2953.花の仮想現実



花の仮想現実

みなさま、

三度目の天命反転住宅生活の中で、おもしろい体験をしましたので、ご報告しま
す。

得丸公明



現代という芸術 花の仮想現実

 仮想現実(VR)という言葉あるいは技術は、高速画像プロセッサによる画像を
使った戦闘機の操縦あるいは空中戦シミュレーション技術によって発展した。そ
のため、一般にVRとは、高速プロセッサによる高精度画像処理技術のような印象
を持たれるが、人間の意識の側からとらえなおして、「現実には存在していない
が、脳が現実と受け止める」ものを仮想現実として定義するのが一番わかりやす
いと思う。コンピュータ画像に限らず、騙し絵や、電話での俺々詐欺や、新聞・
テレビのヤラセ報道も、人がそれを現実と受け止めて反応する限り仮想現実とい
える。

 私は昨年秋以降、荒川修作が設計した三鷹天命反転住宅に、断続的に5週間ほ
ど滞在した。最初のうちは、できるだけ家の使用法にしたがって、このユニーク
な空間になじんで暮らすことだけで精一杯だった。最近すこしゆとりが生まれ、
5月20日から302号室で8泊宿泊をしたときは、友人を招いて酒盛りをしたり、2階
の202号室と行き来したりと、やっと普通に暮らせるようになった。そして、
「花の仮想現実」とでも呼ぶべき体験をした。

 ある朝、屋上庭園の花を見て部屋に戻ったときのこと、それまで単に鮮やかな
色としてしか目に入ってこなかったピンクや黄色や赤い天井や壁の色が、屋上の
花の色とまったく同じことに気付いたのだ。それまでいろいろと濃淡があるとし
か見えていなかった緑色も、それぞれが草の葉の色を反映していることがわかっ
た。

 ああ、この家の壁や天井は草花の色そのものだったのかという感慨が生まれ、
それから、部屋の中にいながらにして庭の中にいるような、屋上庭園や1階の庭
の草花が部屋にやってきて咲き誇っているような不思議な感覚が生まれてきたの
だった。

 この花の仮想現実感覚は家に来ていきなり生まれるものではないのかもしれな
い。約5週間使用法にしたがって、私と家、私と庭とがそれぞれ交わって、その
結果生まれてきた現象である。マニュアルの指示にしたがって目ざしたものでは
なく、なんら期待せず自然な体の動きの結果として生まれた自発現象である。お
そらく一度この感覚を獲得すれば、花の季節が終っても、室内の花畑は続くもの
と期待される。

 この家に住むと、朝目が覚めてから夜寝るまでの間、不思議な幸福感、充足感
に包まれる。極端な話、おなかもあまりすかない。その理由についてこれまで深
く考えたことはなかったが、とくに朝だんだんと空が明るくなって、部屋の中の
天井や壁が色を持ち始めるときに感じる幸福感は、この花の仮想現実からもたら
されていたのかもしれない。

 これから人類は環境危機や戦争や自然災害によって、受難の時代を迎えること
になるだろう。そのとき、天命反転住宅のように、花畑の仮想現実の中で生きる
ことができたら、それだけできっと幸福な日々を生きることができるだろう。



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