2873.中国産毒餃子事件について 再考



中国産毒餃子事件について 再考


                           日比野


1.日本の勝利

続々と事実が明らかになってきた感のある中国産毒餃子事件につい
て、さらに考えてみたい。

今回の毒餃子事件については「2861.中国製餃子中毒事件につ
いて」で述べたけれど、ほぼ当該記事で予測したような展開になっ
てきつつある。

その記事で、個人の犯罪だったキャンペーンをするのではないかと
した予想どおり、中国当局は「自分は悪くない」と言い張り、2月
6日になって検査検疫総局の魏伝忠副局長が「中日関係の発展を望
まない少数の分子が過激な手段に出たのかもしれない」と、故意の
犯行をほのめかした。

問題はこれに日本側が乗ってくるかどうかだけれど、犯人が捕まっ
たりして、公表されない限り、中国がいくら安全だと言い張ったと
ころで、日本政府として安全宣言は出しにくい。

中国が犯人を公開して、天洋食品の管理責任を問うというシナリオ
が一番幕引きには向いていると思っていたのだけれど、天洋食品自
身が中国国家お墨付きの安全・最新の会社であるようで、どうやら
責任を問うつもりはないらしい。

とすると、犯人は日本人だ、ということにするしかないのだけれど
、日本側の捜査が着々と進んでおり、密封容器の内部からもメタミ
ドホスが検出されたこともあって、その可能性は限りなくゼロに近
い。

日本警察が偉かったのは、早期に日本国内の可能性がないことを証
明したこと。そして、それをしぶしぶながらマスコミが報道したこ
と。

これが実に大きかった。ともすれば、パッケージ袋に空いた穴をタ
ーゲットに、事件の責任は日本にあると、責任転嫁される事態をギ
リギリで回避した。

次々と発覚した事実と科学的検証によって、日本国内の犯行説の声
がどんどん小さくなって、中国国内の問題だろう、との日本の世論
が固まってきた感がある。この時点で日本の勝利は確定した。



2.無為無策の効用

今の段階でも、日本政府は中国産食品に対して、輸入禁止措置をと
ることもなく、抗議もなく、対外的には特になにもしない、無為無
策の状態にある。

仮にこの無為無策になんらかの効用があるとすれば、国民の自衛意
識を促したことと、中国の実態を国民に明らかにしたことだろう。

国民の生命が危険にさらされた、という事態にあって政府レベルで
なにもしないということは、国民に自分の命は自分で守れ、と言っ
ているに等しい。現に冷凍食品のみならず、中国産食材や中華料理
そのものが敬遠されるという風評被害が起きている。

国民は政府に非難の声をあげることなく、黙々と自衛行動に出てい
る。このまま無為無策が続けば続くほど、「中国」と名がついただ
けで、すべて敬遠されていくだろう。

また、この無為無策行動は中国の選択肢を狭める。逆説的に聞こえ
るかもしれないけれど、今回の事件で、相手にフリーハンドを持た
せたことで、かえって中国を追い詰めることになっている。

なぜかといえば、既に日本国内の問題ではないということをほぼ確
定させたから。この問題を解決しようとすれば、中国側から解決の
ための原因の特定と今後の対策を提示しないといけなくなった。

一説には、今回の犯人は、天用食品を解雇された元従業員ではない
かとも、天洋食品側の杜撰な衛生管理だとも言われているけれど、
いずれにせよ、中国当局は自分の国の問題であることを明らかにし
て、謝罪し、再発防止策を公表しなくちゃいけない。でなければ日
本の消費者は安心して買うことができない。

中国は自国の食の安全に問題があることを世界に公表したくない。
特にオリンピックを控えた今の時期にそんなことが明らかになった
ら、五輪開催も怪しくなってくる。

となると中国はなにがなんでも、今回の問題について自国の責任を
認めるわけにはいかない。日本の責任にして、自分は悪くないと言
いたいのだけれど、もうそんなことは、科学的にありえないことが
分かってきたから、逃げ道は塞がれている。

中国当局がなにか言っても、そのたびに日本側から科学的・客観的
に検証されて否定されるものだから、言い訳すればするほど、自分
の首を絞めることになってしまっている。

長年、反日教育をしてきて「愛国無罪」も事実上認めてきたものだ
から、中国人民は犯人にしたくない。たとえ事実だったとしても。

万が一、中国人が犯人だったと日本に公表して刑罰を科して事を収
めるにしても、その行為自体が国内感情を強く刺激する。人民の不
満が政府に向かうリスクもある。だからたぶん刑を科しても中国国
内には一切報道させないだろう。

また、千葉県で健康被害を起こしたものと同じ製造日の冷凍餃子を
日本生活協同組合連合会が、検査を行わないまま、来日した中国の
調査団に譲渡していたことが判明して、中国側での証拠隠滅の恐れ
も懸念されているけれど、今回の事件に纏わる中国当局の対応ぶり
と状況証拠がここまで揃っていれば、かえって不信感がつのるだけ
。

さらには今回の毒餃子を契機として、農薬サバや殺虫剤肉まんなん
かも明らかになってきて問題は深刻の一途をたどってる。

それにも関らず、2月22日には中国検査当局が殺虫剤肉まんにつ
いて日系企業に落ち度があったとまでいう始末。

中国も内心はとても苦しい立場にある。アクションを起こすたびに
自分の首が締まる。だから、「日本の政府とメディアは、国内の世
論をコントロールするように」と、横柄に泣きを入れてきた。もち
ろん日本のせいじゃない。



3.「やらない」と「させない」

福田総理はかつて、靖国参拝の是非について問われ、「相手の嫌が
ることはやらない。」と答えた。確かに今回の毒餃子事件について
、中国に責を問うことは「相手の嫌がること」だろう。

だけど、日本国民にしてみたら、毒食品を無差別に食べされられる
のはたまらない。中国産食材の輸入停止をしていない現状は、日本
国民にとっても「嫌がること」

福田総理は中国の嫌がることと、日本国民の嫌がることの狭間で立
ち往生の状態にある。

以前「2795.総理の一字」で、福田総理の行動原理を表す一字
は「安」ではないか、と言ったけれど、なにもやらなければ「安」
を得られるのは当然。だけどやらなければ得られない「安」がある
ことも忘れてはいけない。

今回の事件は明らかに、日本国民にとってやらなければ得られない
「安」に直面している。

こうした国民の生命に関わる緊急事態に政府がきちんと対応できな
いのであれば、無政府状態と殆ど変わらない。

今回の問題について、日本国民がとれる自衛手段としては、中国を
キーワードにして、中国の名のついた食品を避けること。危ないも
のは口にしない。

だけど、鳥インフルエンザなんかの、空気感染するような疫病とな
ると、感染者に接触するだけで危険にさらされる。だから、国内に
感染者が出た時には、入出国の制限や感染者の即刻隔離などの処置
が取れなければ大変な事態に陥ってしまう。

今回の毒餃子に対する対応で、各省庁の足並みがそろわないという
報道もあったけれど、鳥インフルエンザが感染爆発するような事態
になったら、足並みが揃わないなんて言っていられない。

国民を守るということひとつとっても、「やらない」ことで守れる
ものもあるけれど、「させない」ことでようやく守れるものもある
。やらないことは楽だけど、させないことは大変面倒。でも危機が
起こってから、やらなかったことを後悔しても、もう遅い。



4.やっぱり板ばさみ

岸田国民生活担当相は2月7日午前、TV番組で中国製毒餃子事件
について「結果論だが、企業の食の安全に対する危機管理に問題が
あったのではないか」と述べて、日本の輸入業者の責任に言及した
。

日中両政府が政府の責任ではない、あれは事故なのだと互いに押し
合いをすれば、間に挟まれた食品メーカーや輸入業者が押しつぶさ
れる。今後、同じ事件がおきたら、確実にメーカーの責任にされる
。会社が傾く。

だから、必然的に中国産食材とはっきり記載して、消費者にリスク
を負って貰うか、検査をしっかりやって、なんらかの安全対策をす
るしかない。

だけど、事件発覚後の国内の風評被害も含めた消費者の反応をみる
かぎり、中国産食材は、もうそれだけで売れないことがはっきりし
てる。

だからおそらく、業者も中国検査当局から落ち度があったと言われ
ないための面倒な検査・安全保障の仕組みを考えるよりも、いちば
ん簡単・確実な中国産食品の輸入を辞める選択を選ぶようになるだ
ろう。

実際に今回の事件発覚から各輸入業者は次々と仕入れ先の変更処置
を検討しているという。事実上、中国産食品は禁輸状態に近づきつ
つある。

いずれにせよ産地表示に対しての国民の意識がうんと高まった。チ
ャイナフリーが、いよいよ日本でも見られるようになるかもしれな
い。

あとは、中国産を国産と偽る産地偽装や、第三国を経由して中国産
を輸入して、第三国産と表記されることが消費者側として注意すべ
きところ。

昨年マスコミは産地偽装や消費期限問題で散々叩いたけれど、もし
今後中国産を国産と偽って、食中毒を起こしたとしたら、なんと報
道するのだろうか。



5.戒律と取引コスト

経済学用語で「取引コスト」というものがある。

「取引コスト」とは、「交換されたものの価値を計るための費用と
、権利の保護や契約の遵守と執行のための費用」のこと。

たとえば、商品の輸入ひとつとっても、それが確かな商品であって
、約束の期日に契約した数量がきちんと納められて、支払も完全に
行われることが前提となっている。こうした取引をつつがなく完了
させるための費用が取引コスト。

日本人にとってはこんなの当たり前。こんなことに費用が発生し、
また相手や場所によってその費用に大きな差があるなんてことは意
識しない。

今回の毒餃子事件は、この取引コストの意味を痛感させた。中国製
品の取引コストが相当に高いことが知られてしまった。

今後、中国産食材を安全に仕入れるためのコストは今以上に高くな
るのは確実。

取引コストを安くさせる最も効率的な方法はひとりひとりのモラル
を上げること。当たり前の話。戒律でいうところの「戒」。自分で
自分を律する心。

日本は伝統的にこの「戒」の基準が高くかつ広く浸透していたから
、取引コストは限りなく低かった。納期を守るなんて今でも常識中
の常識。

火にかけると鉛やカドミウムが漏れ出す土鍋とか、マラカイトグリ
ーンが残留する鰻とか、釘の入った松茸なんかが、平気で流通して
いるような社会では、その取引コストはうんと高くなる。

そんな粗悪品を全品検査するとなったら、大変な費用がかかる。だ
けど、従業員ひとりひとりのモラルが高くて、明文化されない「戒
」がしっかりしていると、最初から粗悪品なんてつくらないから、
検査費用からして必要なくなる。

国民ひとりひとりのモラル「戒」って結構社会を支える重要な要素
。

フランシス・フクヤマも、インフォーマルな規範は、経済学者が「
取引のコスト」と称するものを大きく下げてくれる、と指摘してい
る。

先日、2月16日に警察庁が問題の毒餃子から検出された「メタミ
ドホス」について鑑定したところ、不純物が多く、日本国内のもの
ではないと断定したと報道されている。毒物混入は中国国内である
ことがほぼ確定した。

中国に進出している日本メーカー、特に食品関連メーカーは中国人
従業員向けに人権教育にもっと力をいれるべきだと思う。

中国人自身のモラルをあげない限り、今回のような問題はなくなら
ない。たとえ毒物混入の犯人が天洋食品の従業員であれ、外部の第
三者であれ、はたまた中国人以外の誰かであったにせよ、簡単に毒
物を混入させられるような製造ラインを許してしまっていたり、そ
もそも毒を入れるというような発想からして無くしていかないとい
けない。

「戒」であるインフォーマルな規範が十分機能している日本と、「
律」であるフォーマルな調整機能、契約や法制度すら満足に働かな
い中国。これらの差を埋める努力が、結局は中国の民度を上げ、品
質を向上させる一助になる。


(了)


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