GAY CINEMA DATA


ブランドン・ティーナ ストーリー
まず最初に言っておきたいのはこのドキュメンタリーは「性同一性障害」について描いているのではない、 ということです。ブランドンが憧れたオス社会がいかに危ういバランスを保っていてそれが崩れると、 どんなに恐ろしいものになるかということを描き、加害者の全く勝手な理由で行なわれた暴力、 レイプ、殺人を告発したものです。

一番憤りを覚え、又虚しい気持ちにさせるのは、加害者の青年ジョンとトムが三人の被害者に対して 全く謝罪をしていないこと。 なぜ自分達が裁かれるのか判っていないこと、というか理解しようと しないことです。被害者のうちブランドン・ティーナは彼等とトラブルがありましたが、あとの 二人はたまたま同じ家にいた、というだけで殺しています。一緒にいた赤ん坊は殺しませんでしたが、 「しゃべらないから」という理由だけで、もっと大きな子供だったら殺していただろうと警察は 見ています。ブランドンは自ら死を招くような要因を作った、というマスコミ報道もあったそうですが、 彼自身に問題があったからといって、虫けらのように殺されていいわけはありません。 直接の原因となったレイプの告発は、彼にとって当然の権利であり、傷つき脅えながらも必死に闘おうと していたのです。レイプをした当事者達の「アイツのせいで俺たちが50年の刑をくらうのは頭にくる」 という言い分は身勝手としかいいようがないものです。 トムはレイプについて「恥ずかしい」と言います。しかし、「人の尊厳を傷つけたこと」が恥ずかしいの ではなく、「男のような女をレイプした」のが恥ずかしいのです。まるで、自分は「変態」じゃないか、 そう思っているだけで人の痛みを全く知ろうとしない。「自分」のことしか考えていないのです。

事件が起こった場所はアメリカ中西部ネブラスカ州、フォールズシティ。住民はほとんど白人で黒人は 一握りしかいません。荒っぽい土地柄で田舎町なのに犯罪も多い。 人々が好きでよく聴いたり歌ったりするのは「カントリーミュージック」、という絵に描いたような 保守的な町です。たぶん住民たちは「ゲイ」をはじめとして毛色の変わったものは、「いる」ことは 知っていてもよその場所に「いる」もの、自分達の町には「いないもの」と思っている、思おうとして いるといってもいいかもしれない。だから、ブランドンが「性同一性障害」だということは、理解の 範疇を超えていたんだと思う。「(性別としては)女が女とデートする」=「レズじゃないか」この 図式しか思い浮かばないだろうし、 「なんで(レズじゃない)女が男の格好をするんだ」このことは映画の中でも繰り返し出てきます。

人々の「不寛容」が悲劇をもたらした、とパンフレットには書いています。ただ、実際には「不寛容」と いうより、どう対処していいかとまどってしまった、といったほうがよいかもしれません。 ブランドン・ティーナは人々の前に「完璧な男」として現われました。写真をみると繊細でキュートな 少年、といった感じです。彼は礼儀正しく、女たちには紳士的でした。男達の目には、容姿とは裏腹に かなりの無茶をするマッチョなヤツ、と映ったのだと思います。とにかく全員が見事に彼に「騙された」 わけです。彼の「正体」は、他人の小切手を盗んだり偽造したりして逮捕されたことにより暴かれる ことになりました。つまり、彼は犯罪者でもあったのです。
人々にとって彼が実は「女」だった、というのもショックだったでしょうが、「騙された、裏切られた」 という気持ちがものすごく強かったのだと思います。

ブランドンと加害者の青年ジョンとトムの関係ですが、トラブルになる前は精神的ゲイといっても よかったんじゃないかと思います。全く無意識下にあったモノが、ブランドンが実は女だと判って から、揺り動かされてパニックになった。「自分達はノーマルなのに、変態のアイツが来て全部おかしく なった。おまけにアイツは町一番の美人のラナまでモノにしやがった。許せん」というわけです。 (これは、あくまでもわたくしの推測です。インタビューに答える実際の彼等は公判中だったことも あって何故レイプしたのか、何故殺したのかについてはっきりとは述べていません)

インタビューを追っていくと、関係者の意外な一面も知ることになって新鮮な驚きでした。 たとえば、恋人だったラナの母親ですが、ブランドンが「嘘つき」であり、「泥棒」であることに 腹を立てながら、彼が暴行を受けレイプされたことを聞くと、警察に行ってちゃんと告発するように アドヴァイスしています。「娘の恋人が女だなんて、とんでもない。どこかに行って欲しい」と 思いながらも、理不尽な暴力は許されるものではない、泣き寝入りはいけないと実に公平な見方を している。 事件を担当した保安官は典型的なマッチョタイプの大男ですが真摯な態度で事情聴取を行なっています。 彼は、ブランドンを粗略に扱っていはいません。 ただ、ブランドンを「男」とみていいのか「女」とみていいのか戸惑っている印象を受けました。 警察のレイプ事件に対する認識の甘さが、殺人事件まで引き起こしてしまったという批判もありますが、 保安官自身は、被害者3人に深い同情を寄せているところなど「保守的」ではありますが、「まっとうな」 人でもあると感じました。

印象深いのはブランドンがレイプされた後の事情聴取で、「女なのにどうして男の格好をするんだ」と 保安官から問われて、「性同一性障害なんだ」と告白するところ。保安官が戸惑った口調で 「それは、どういうことだんだ?」と聞くと、彼は「説明できない」と答えている。 たぶん彼は「男」としての存在価値を完璧に打ち砕かれて「自分の中身は男なんだ」と言えなくなって しまったんだと思う。彼にとって「男」はレイプされるものではない、はずだったのだから。 またこの作品では事情聴取の模様を録音したテープが度々流されるのですが、レイプ事件の事情聴取 は「セカンド・レイプ」だという話が本当だと言うことがよく判ります。告訴に持ちこむために必要な ことだし、保安官が尋ねる内容も口調も興味本位のものではありません。 しかしその生々しさは女性にとってはかなりショックが大きいと思います。

ブランドン・ティーナの悲劇は、彼の居場所を中西部に求めた、ということです。 何故フォールズ・シティにきて、正体が暴かれても町にとどまったか。それは「彼」の本質が「保守的」 だったからだと思う。彼にとって「男」=「マッチョ」、その図式しか頭になかったんだと思います。 カリフォルニアやシアトルでは、もっと生き易いかもしれないけれど「あそこに行くのは「オカマ」だ」と、 もしかしたら考えていたんじゃないかしら。カントリーミュージックを聞き、女の子とデートし、 男たちと酒を飲みながらきわどい会話を楽しむ、ちょっとした犯罪を上手くやってのける… それが彼の「男」の理想像だった。彼は脅えながらも、決して涙を流さなかったそうです。 まさに「Boy's DON'T CRY」なのですが、このドキュメンタリーを作った監督は「フィクション版」は、 事実をもてあそび、登場人物や事件を歪んだ描き方をしてしまうものだとして同意できない、と 語っています。(当日、会場でLGFF独占メールインタビューのチラシを貰いました)
う〜、まとまりのない文章だ…でも、むずかしいのよ、この作品。(おクチさま)


マルコビッチの穴 BEGIN JOHN MALKOVICH(99・米)
監督:スパイク・ジョーンズ
出演:ジョン・キューザック/キャメロン・ディアス/キャサリン・キーナ/ジョン・マルコビッチ
昨日「BEGIN JOHN MALKOVICH」を見たのですが、これがレズの話だったので びっくりしました。 しかもキャメロン・ディアズと夫役のジョン・キューザックと さらにジョン・マルコビッチと三人でキャサリン・キーナーに 恋してしまうという話でした。

もともと、ジョン・マルコビッチが好きなので、まさかこんな映画は日本には 来ないだろうと思って、アメリカから買いました。 マルコビッチがたくさん見られてよかったのですが、彼にとってはかわいそう な結末でした。 彼の声がすごく好きなのですが、こんなふざけた映画に出るなんて驚きます。 友人役としてチャーリー・シーンも出ていました。彼も禿げていました。 女装で胸のあるマルコビッチ、子供のマルコビッチなどめずらしいものが見 られます。めずらしいといえばキャメロン・ディアズがこんなに美しくない のもめずらしいです。

日本でも「マルコビッチの穴」として公開される予定になりましたが、 15分だけジョン・マルコビッチになれる穴をめぐる話で、それを見つけた クレイグ・シュワルツ(ジョン・キューザック)は同僚のマキシーン (キャサリン・キーナー)と二人で一回200ドルでそれで商売をはじめます。 しかし、それを試した妻が男性の体が気に入り、性転換するといいだし、 さらに彼の体を通してマキシーンと関係をもって彼女に恋してしまいます。 しかし、それを知ったクレイグはそのデートを邪魔して彼女の代わりに マルコビッチの体に入り、マキシーンと関係を持ってしまいます。そのとき クレイグはあやつり人形師だったため、マルコビッチの体をあやつれること に気づきます。そして…。

女同士のラブシーンはありませんが、男性の体を通して女性同士が愛し合う というシュールなラブストーリーといえるかもしれません。(Illyaさん)


アンディ・ウォーホルを撃った女I Shot Andy Warhol(96・米)
監督:メアリー・ハロン
出演:リリ・テイラー/ジャレッド・ハリス/スティーブン・ドーフ
前にBSで録画していたのをようやく見ました。 「アメリカン・サイコ」のヘアリー・ハロン監督の出世作でアンディ・ウォーホル狙撃事件を 素材にスタイリッシュな映像で撮った映画で彼を撃ったバレリーという女性の生い立ちから彼女が ウォーホルを狙撃するほどまでに追い込んだのは一体何だったのか、そこに至るまでの過程を 回想形式という形で順を追って描いています。
このバレリーという女は頭が良く、身体を売りながら大学まで出たのですが、卒業論文が 男性優位主義の世の中を告発したものでした。 実は彼女はレズビアンで、大学の講師?と面接している時も彼女にちょっかいかけたりする シーンが登場します。ちなみにバレリーを演じているのはリリー・テイラー。この人自身何となく レズビアンの雰囲気が濃くてハマり役だと思います。好みの顔ではありませんが・・
彼女は自分の本や脚本を出版社やウォーホルに売り出すのですが、相手にされなかったり、 騙されたりしてますます男への憎悪を募らせていくのですが、男社会に組しないと思っていた ウォーホルにも裏切られた(と思い込んだ)ために、彼女の怒りの矛先はより強くウォーホルに 向けられるといった解釈になっていますが、彼女のことは何も知らないし、本も読んだこと ないので、実際のところはどうかわかりません。単なる彼女の被害妄想だったのかもしれないし。

彼女の書いた本はフェミニズムのバイブルになっているそうですが、フェミニズムとレズミアニズムは より近しいものなのでしょうか。これはまったく偏見に基づく解釈に過ぎないのですが、レズビアンに走る 女性というのは、単なる性的嗜好というよりも、男社会の中で虐げられてそうなってしまうケースが 多く、生来からというのは希な様な気がします(「炎の2人」「カラー・パープル」など典型的なそれ)。レズビアンの 女性が子供の頃から女の子にときめいたり、といった話はあまりきかないし(レズビアンと性同一性 障害は別物)、男性のゲイが女性をまったく知らない人が結構いたりするのに対し(私の読んだ本に よると)、レズビアンの女性で男を知らないという人は皆無に近いような気がします。
だから、男性社会でゲイよりもレズビアンに対してやや寛容的なのは(ポルノでも必ず女同士 の絡み登場させるし)いつかいい男に出会えば、男の元に戻ってくるという安心感があるから でしょう。

最後にドラッグ・クイーンのキャンディ・パーをスティーブン・ドーフが演じているのですが、 これもなりきっていてすごい綺麗。バレリーと喧嘩して彼女に「オカマ!」と 罵倒されながら押え込まれているシーンは情けないものがあったりして・(^^;) ちなみに彼女(彼)は性転換手術を望んでいたそうですが、ホルモン投与を受けている間に ガンを煩って75年に亡くなったそうです。


タキシード Tenue de soiree (86・仏)
監督:ベルトラン・ブリエ
出演:ジェラール・ドパルデュー/ミュウ=ミュウ/ミシェル・ブランアントワーヌ
けちな娼婦とそのヒモ夫の前に突如あらわれたなぞの男J・ドパルデューが、なんと夫を誘惑。 巧に口説き関係を結ぶと、ついには、女装までさせる。 はっきりいって、美形はゼロ。J・ドパルデューに誘惑される夫役は見事なはげ頭。腹のたるんだ J・ドパルデューの愛ほしさに女装までするのは滑稽で醜悪。女房の隣で、激しくSEXする中年 男優二人の姿にどこまで我慢できるか、、、。(マミさん)
セット・イット・オフSet It Off (96・米)
監督:F. Gary Gray
出演:Jada Pinkett/Queen Latifah/Vivica A. Fox/Kimberly Elise/John C. McGinley/Blair Underwood/Vincent Baum
クビになった銀行員、子供のために必死に働いても金のないシングルマザー等、4人の黒人女性 が抑圧、差別から銀行強盗を決意するクライムアクション。 仲間の一人クイーン・ラティファ演ずるエンジニアがレズで、その恋人も仲間になるという設定。 儲けた金で恋人に色っぽい下着を買い自分の前で踊らせ、陶酔しながら見つめるラティファ。 人気歌手でありながらこういう役をやるのはすごい。破滅へと進んでいくラストは辛い。 日本でも売れた桐野夏生の「OUT」は絶対この作品のパクリだと思っているのはわたしだけ?(マミさん)
キャバレー (72・米) CABARET
監督:ボブ・フォッシー
出演:ライザ・ミネリ/マイケル・ヨーク/ジョエル・グレイ/フリッツ・ウェッバー
あの有名なライザ・ミネリ主演映画です。 将来の成功を夢見るギャバレーの踊子と恋愛と関係なくひょんなことから同棲することになった イギリス人青年(マイケル・ヨーク)。二人の前にあらわれた貴族の青年(だったかな?)とライザは いい関係になり、3人の不思議な交友が始まります。しかし、なんとマイケルと貴族も関係を結んで しまい、3人の均衡は崩れてしまう、、というもの。 口ひげはやしたこの金持ち貴族の、最初からマイケルに色っぽい視線を送ったり、自分の服を貸し、 着替えるところを見ていたり、高価なシガレット・ケースを贈ったり、という思わせぶりなところ から見ても、ねらいはこっちだったかな?とつい思ってしまう。別にラブシーンはないけれど、 マイケルがライザに「彼と寝たんだろ?ぼくもだよ」と告白するところはショッキング。 結局貴族は母国に帰国してしまい、残った二人にもかつてのような満ち足りた時間はなくなり空しさ ばかりが残ってしまう、、。ライザ・ミネリの迫力ばかり目立ってしまう映画ですが、当時の作品と しては思いきったエピソードだったのでは?(マミさん)
ジュ・テム・モア・ノン・プリ Je Taime Moi Non Plus(75・仏)
監督:セルジェ・ゲンズブール
出演:ジェーン・バーキン/ジョー・ダレッサンドロ/ユーグ・ケステル/ジェラール・ドパルデュー
最近NHKのBSで深夜にやっていました。 NHKのBSって結構この手の物を平気で放映するので驚いてます。かつて「百合の伝説」や、「セバスチャン」もやっていました。スタッフにその手の人がいるのでは、、とつい勘ぐっております。 廃棄物処理のトラック運転手をやっている結構マッチョなゲイの青年カップルがしなびたガソリンスタンドでボーイッシュなジェーンに出会う。 誰からも(父親にさえ)相手にされない孤独なジェーンはゲイの片割れに接近。 彼の方も男の子のようにざん切り髪でスリムな身体に魅力を感じますがなんせゲイだから女の子とは まともにセックスできず、結局強引にアナルセックスしてしまいます。 ここからがすごい。ジェーンは痛みに悲鳴をあげながらも毎回毎回アナルセックスに応じていく。ホテルの床や、トラックの荷台で、自分が女の子に見えないように身体を隠し自ら尻だけを相手に向けるところなどフランスのアイドル女優とは思えない。 当然ゲイの相棒は相手が女でも激しい嫉妬を感じ、、と、ハッピーな結末はまっていない。 「あんな大声出すなよ」「だって、痛いんだもん」というせりふに、じゃあ、なんでセックスしてるわけ?と思ってしまう。ちょっと意味不明の変態映画でした。 この程度ですいません。よろしく。(マミさん)
ピーター・グリーナウェイの枕草子(97・英)
監督:ピーター・グリナウェイ
出演者:ヴィヴィアン・ウー/緒形 拳/ユアン・マクレガー/オイダ・ヨシ/吉田日出子/ジュディ・オング
緒形拳、ユアン・マクレガーまで出ているわけのわからない映画。
芸術作品なのか、わいせつなのか、、 ハリウッドで活躍するオイダ・ヨシがいやらしい出版会社のオヤジを熱演。 家族の前で 緒形拳を陵辱し、(信じられない!なんで緒形拳なんだ!もっと若い男優を選ぶべきだ) さらにはユアン・マクレガーを愛人にしている。 ユアンがオイダ・ヨシの頭を愛おしそうに愛撫するシーンはおぞましい。 いくらヌードが平気でもあのオヤジ相手によくベットシーンが出来たものだ、と感心するばかり、、。
ホーム・フォー・ザ・ホリディ(95・米) Home for the Holidays
監督/ジョディ・フォスター
主演/ホリ−・ハンタ−/アン・ヴァンクロフト/クレア・デーンズ/ロバート・ダウニー・Jr
出演者が多彩な家族ムービー。トラブル続きのバツ一娘が感謝祭で故郷に帰宅。集まった家族とは 不協和音。残してきた娘は母の留守中にロスト・バ−ジンを計画。 さらには弟(これまたロバート・ダウニー・JR)はなんと男と結婚していた、というもの。 息子をゲイとは認めたくない父親の背中に「(結婚式で)ドレスは着なかったよ、パパ」と、 言い訳する姿がなんとも悲しい。さらに、一緒に感謝祭の家族の元に連れてきて紹介できない ”結婚相手”に「早く君に会いたくてたまらない。愛してるよ。」と、電話する姿もいい。 ロバート・ダウニー・JRはやはり明らかにそういう人かな?というぐらい自然。適役です。(マミさん)

ロバート・ダウニー・Jrはゲイですよん。(erin)


ボーイズ・オン/ザ・サイド(95・米) Boys on the Side
監督:ハーバート・ロス
出演:ウーピー・ゴールドーバーグ/ドリュー・バリモア/メアリー・ルイーズ・パーカー
妊婦、HIV感染者、レズビアンの3人の女性のロード・ムービー。
あまり期待してみませんでしたが、実はとても心に残る作品でした。 なんと ウーピー・ゴールドーバーグがレズという設定。 別に同行するほかの女性と何かあるというわけではないですが、いつもながらの存在感で 悲しみを抱えたメアリー・ルイーズ・パーカー演ずるHIV感染者の良き理解者としてその 傷付いた心を救います。 「あなたは私の相手じゃないわよ」と、彼女の不安を取り除きあたたかい友情を示すシーン などなかなか。涙の後に救いあり。ハートウオーミングな作品です。(マミさん)

ウーピー・ゴールドバーグもバイだとか。ドリューの恋人役のアホ警官は売れる前のマシュー・マコノヒー(erin)


チェイシング・エイミー(97・米) Chasing Amy
監督:ケヴィン・スミス
出演者:ベン・アフレック/Joey Lauren Adams/ケヴィン・スミス
ベン・アフレック主演の青春ラブストーリー(?) 友人とコンビを組んで人気コミックを書いているベン・アフレックがコミックマーケットで 出会った女性に惚れてしまうが、なんと彼女はレズビアン。 さらにはそれがもとで相棒と不協和音が生じ、気付いてみると相棒は自分に友情以上のものをもっていた、というコメディではないけれど、変な展開。 なんとかうまくおさめようとする ベン・アフレックが「3人でセックスしよう」 と提案するのはもうずっこけもの。相棒はOKするが彼女は拒絶し、ことなきを得るが、 結局は3人とも破局、という何が言いたいのかわからない物語でした。アメリカのコミック マーケットとか「おたく」を知るにはいいかも。(マミさん)
ジーア 悲劇のスーパーモデル(98・米) Gia
監督:Michael Cristofer
出演者:アンジェリーナ・ジョリー/Elizabeth Mitchell/Eric Michael Cole/Kylie Travis
アカデミー賞助演女優賞に輝いたアンジェリーナ・ジョリー主演の実話。 すばらしい美貌とプロポーションとワイルドな魅力で一気にトップモデルになったジーアが 薬物中毒になりついにはエイズで命を落とすまで。 結末がわかっている分、華やかな栄光に包まれた時間がものすごく虚飾の世界として写ります。 ジーアは初期に出会ったメイクアップアーティストの女性に心を開き、関係し、その後も何人 もの男性とも関係しながらもその女性を思い続けるのです。見事な肢体を惜し気なく見せる アンジェリーナ・ジョリーに脱帽。ジーアの心を知りながら自分にも彼氏もいるため拒絶し続ける 相手の女性はけして美人ではなく、ジーアは恋人というより、とにかくそばにいて落ち着ける 家族にような存在を求めたのが良くわかります。全裸で哀願したり、花を送ったり、必死に 求めながら手に入れられず破滅へと進んでいく姿は見ていてつらいです。(マミさん)
ルナ(79・伊) LA LUNA
監督:ベルナルド・ベルトリッチ
出演者:ジル・クレイバーグ/マシュー・バリ−/アイダ・バリ/トーマス・ミリアン
月のイメージにさいなまれ、非行を繰り返す息子を世界的オペラ歌手である母親は過剰な愛情で 包み込んでいく。

母子相姦映画として話題になったが、実は少年の父親探しの旅を描いている。ローマの街をさまよう少年。「サタディ・ナイト・フィーバー」の曲が鳴り響くとあるカフェで、ゲイとおぼしき青年(パゾりーニの「アポロンの太陽」の主役だった男)に誘惑されそうになる。ラストで父親に頬を打たれてうれしそうな少年。(ひみつさん)

公開当時は母子相姦映画ということばかり話題になってて、母子相姦ものが嫌いな私はいくらマシュー・バリーが綺麗でもわざわざテンタルまでして見る気起こらなかったのですが、上記の書き込みからこれは少年の父に対する思慕を描いた話だと知り、スカパーで放映時に鑑賞。父親(実は血の繋がりはなかったのですが)を失って、心の均衡を失い、麻薬に溺れる少年を立ち直らせようとする母と子の葛藤を描いた物語ですが、結局彼らは一線を越えません。一応、親子はアメリカ人で言語も英語なのですが、イタリア的な濃密な空気がぷんぷん漂っていて息がつまりそう。 主人公少年役のマシュー・バリーはほんとに可愛く、彼が町を彷徨って入ったバーでおっさんに誘われてしまいます。 母親役のジル・クレイバーグもこんな可愛い子にキスできて嬉しかったのでは? マシュー・バリーの方は迷惑だったかもしれないけど。迷惑といえばこの美少年にブサイクな少女がつきまとうシーンが鬱陶しかった。しかし、彼ってこれだけだったのですね。花の命は短し・・ 美少年で売り出して大成した人ってレオくらいのものか。もっとも彼は絶世の美少年でもなかったけど・・(erin)


Beautiful Thing(96・英) Beautiful Thing
監督:Hettie MacDonald
出演:Linda Henry/Meera Syal/Martin Walsh (III) /Scott Neal
すみません、字幕が出るとはいえ、残念なことにあまり英語の方は理解できなかったです。(汗)
でもだいたいのストーリーは追うことができました。舞台はイギリス。マンションのうちが隣り合った 高校生2人がお互いの家庭の事情(一方は兄貴と親父に毎日殴られてる。一方は登校拒否で母親に 怒られっぱなしの毎日。)を慰めあうようになり、そのうちお互いを好きになって同性愛に目覚めていく というお話でした。暴力をふるわれてる方の子が主役の子の家にしばらく転がり込むようになったの をきっかけに初Hをしてしまうのですが、その時に流れる音楽がなんとサウンド・オブ・ミュージック(!)のなかの一曲。("You are 16♪Going on 17♪Baby it's time to think〜♪♪♪"という歌←曲名失念)驚きましたーこの取り合わせには。(^_^;)なんか梅干を見て唾が出るみたいにこういう音楽を聞くとワルツかなんか踊らないといけないような気になるのでまさかこれがベッドシーンで使われるとは思ってもみなかった。。うーん、いいセンスしてます。しかし肝心のラブシーン はお口にチュッの後は一瞬で終ったのが残念。(殴られた傷の手当てで薬を塗り込んでマッサージ するシーンの方が長かったなぁ。。)一番気に入ったキャラはこの男の子の母親です。 QAFのヴィンスの母親みたいにバーで働いて経営も目指そうとしてるかなり気性が荒い女なんですが、 息子がゲイだと分かってから大ショックを受けて、隣の男の子とゲイバーに遊びに行くのを後を つけたり、「オカマなの?!」と詰め寄ったりして最初は怒りまくるのだけどだんだんと2人と 話し合ううちに理解を示すようになっていくという共感のもてるキャラでした。 他は彼女の愛人(?)の男(ロバート・カーライル似)がやたらといい奴だったのが印象的。 同じマンションの住人も活発な黒人の女の子(あれ?どっかで…)やら脇を固めてるのですが 彼らとの騒動はいかんせん英語がダメなので分かりませんでした。 カムアウトストーリーとしては基本中の基本という感じがしましたが、2人の男の子はまだまだ 成長過程で「キスしたことある?」とか聞いちゃうシーンはもう見てて恥ずかしくなってくる ぐらいかわいかったです。なんといってもITIDみたいに最初から最後まで明るい音楽と キャラたちで盛り上げてるのがよかった〜(゚v゚)(トモさん)
フォー・ウェディング(94・英) Four Weddings and a Funeral
監督:マイク・ニューウェル
出演:ヒュー・グラント/ジョン・ハナー/サイモン・キャロウ/アンディ・マクドウェル
脇役でゲイがでてくる映画は多い。アメリカ映画だとたいてい出てくる。 これはイギリス映画。ゲイのカップルが出てくる。サイモン・キャロウともうひとりは 思い出せない。サイモン・キャロウは、「眺めのいい部屋」の神父さん。 「モーリス」でも?「アマデウス」ではモーツアルトに「魔笛」を依頼した劇場主シカネーダー。(ひみつさん)

実は虫唾が走るほど嫌いな映画で記憶から抹消していた。尻軽女が軟弱男と結ばれたからといってどうだっちゅーの。ヒューが情けない。 でも、脇役は良かった。マイク・ニューウェルは「白馬の伝説」は良かったのにどうしてこないなアホ映画 撮ったんでしょう。(erin)


ガルシアの首(74・米) Bring me thehead of alfred Garcia
監督:サム・ペキンパー
出演:ウォーレン・オーツ/ノセラ・ベガ/ギグ・ヤング/ロバート・ウェバー
広大なメキシコを背景に、酒場のピアノ弾きが既に死んでしまった男の首を 手に入れるため、墓場をさまよい歩くといったB級活劇。
ギグ・ヤングとロバート・ウェッバーの殺し屋が、ゲイを匂わせている。 ペキンパー監督。ウォーレン・オーツ主演。(ひみつさん)

見たはずだけど、ゲイ・ティストに関しては気づかなかった。(erin)


すべての人のもの(70・米) Something for Everyone
監督:Harold Prince
出演:アンジェラ・ランズベリー/マイケル・ヨーク/
11月9日にNHKBSで放送された未公開映画・「Something for Everyone」が原題。 落ちぶれたオルンスタイン伯爵夫人の家にコンラッドという美青年が入りこむ。まあ、 「テオレマ」パターンですな。娘と息子をとりこにしてしまう。 コンラッドがマイケル・ヨーク。息子がいかにも・・・(ひみつさん)
ふたりは恋人 Staircase(68・米)
監督:スタンリー・ドーネン
出演:リチャード・バートン/レックス・ハリソン
リチャード・バートンとレックス・ハリソンという大物が、 恋人同士で、同棲している。舞台劇の映画化。当時は、あまり話題にならなかった。 というより、避けた?ちょっとはやすぎたから?「Mr.レディ Mr.マダム」よりも前だよ。 WOWOWで、最近放送された。スタンリー・ドーネン監督。 ジャクリーヌ・ビセットも出ていたらしい。1968年頃。(ひみつさん)
Madagascar Skin(96・英)
監督: Chris Newby
出演:バーナード・ヒル/ジョン・ハナ/マーク・アンソニー
入江敦彦著「英国映画で夜明けまで」から。ジョン・ハナ主演。顔にマダガスカル島の あざのある青年が海岸で、全身刺青をした、フリントという元海賊と知り合い、 同棲生活を送る・・・という話で剃刀のような鋭い切れ味の映画ということらしい。 (ひみつさん)

ゲイ・クラブのバック・ルームでつかの間の情事に耽る3人の男たち。 その中にハリーがいた。暗闇の中で情熱的に絡み合うが明かりがついた途端、ハリーは他の2人の男達から冷たい視線を浴びせかけられる。彼の顔にはマダガスカル島の形をした醜い痣があったからだ。 自分は暗闇の中でしか愛されないと絶望的な気分に陥った彼は自殺の発作に駆られ、車に乗って海に向かう。 だが、死に切れるはずもなく、砂浜をぶらつき打ち上げられた魚を入れるため、バケツを拾い上げると、その中には何と男の首が!彼は首だけを地上に出して埋められていたのだ。 実にシュールな光景だが、この時のハリーの驚きは並大抵のことではなかっただろう。その少し前にチンピラみたいな連中が逃げていったから、マフィアか犯罪者同士の争いか何かだと判断した彼は、妙なことに関わりたくないと思ったのか、一旦は去ろうとするが、満ち潮でこのままでは男が溺れてしまうことに気づき、慌てて近くにあったシャベルを使って無事救出。 自称海賊のその男はフリントと名乗り、その後、森の廃屋で二人の奇妙な同居生活が始まった。

あまり会話のない映画なので助かりましたが、例によってヒアリング力のなさが災いしてフリントがなぜあんな所に埋められていたのかなど、想像に頼るしかなかったので非常に歯がゆい思いをしました。 ちなみにこのフリントを演ずるは名優バーナード・ヒル。あの『タイタニック』で船長さんを演じた人なんですよね。 あまりの雰囲気の違いにそれはもう、度肝を抜かれてしまいました。 若くもなければ美形でもない男2人の絡みは見ていてあまり楽しいものではありませんが、バーナード・ヒルのじいさんに比べるとジョン・ハナーが坊やに見えてくるから不思議です。 入江氏は剃刀のように鋭い痛みを感じさせる映画と書かれていたけど、思ったより重苦しい映画ではなく、この手の映画にしては珍しくハッピー・エンドで終わるのもありがたかったです。 決してロマンチックなストーリーではありませんが、人に必要とされたい、人から愛されたい、という痛切なテーマは伝わってきます。カミング・アウト、ゲイであることの苦悩といったありふれたテーマを扱っているわけではないのでうざったさを感じさせなくて済むのはありがたいのですが、ハリーが常日頃から感じている疎外感みたいなものは確かに痛いほど伝わってきます。 ただ、先ほど書いたようにヒアリングがからきしなので、おそらくこの映画が言わんとしていることの半分も理解できてないでしょう。 それにしても、変人海賊フリントの奇行ぶりと言ったら、ネズミやゴキブリ、果ては電球まで食べてしまうのですが、 これはさすがにいただけません。こんな奴でも初めて自分を必要としてくれたということで、盲目的に彼を慕わずにはいられないハリーの孤独がいかばかりだったか、想像に難くありません。(erin)


Relax(91・英) 監督: Chris Newby
「マダガスカル・スキン」の監督Chris Newbyの初期短編映画。同棲中の恋人が いながら不特定多数の相手と寝ている男がエイズの不安を覚え、検査を受け、結果が 出るまでの5日間の焦燥の日々を描く。キャストが書かれてないから、一般のゲイの方か演劇学生を 使って撮影されたと思われる。(erin)
フルムーン・イン・ニューヨーク(・香港)
監督:スタンリー・クアン
出演:マギー・チャン/シルビア・チャン/スーチン・ガオア/マギー・チャン
シルビア・チャン、スーチン・ガオア−の3人のニューヨークに 生きる中国人女性の姿を描いている。シビアだけど、強く生きる。監督は、ゲイと公言 しているスタンリー・クアン。マギーがレズビアン。金髪の女性が愛人。(ひみつさん)
君さえいれば(95?・香港)
監督:
出演:レスリー・チェン/アニタ・ユン
レスリー・チェンとアニタ・ユンの香港映画。レスリーの愛人で女優のカリ−ナ・ ラウのファンの女のコが、相手役のオーディションに男装で。 レスリーの友人にゲイのエリック・ツアンが。ゲイ達者な演技で笑わせる。(ひみつさん)

「ゴージャス」にも通じる可愛い映画でしたね。(erin)


五条霊戦記(・日本)
監督:石井聰亙
出演:隆大介/浅野忠信/永瀬正敏
石井聰亙監督の大コケしたサイバー時代劇? 遮那王(義経)と弁慶の話です。女性がほとんどでてこないので娯楽時代劇にならなかったようです。 遮那王も元服前には見えないし。その一方では深読み妄想女に受けました(笑)ある者への執着がねじ曲がった愛情を感じさせ、またそれが勝手な思い込みの如くつき進む男達の映画とでもいうのでしょうか。 遮那王の影武者芥子丸の愛らしさ、男ギライ(?)の弁慶のモテモテっぷり。鉄吉の生足、遮那王のストイックな美しさに惹かれました。 ラストシーン(ネタばれになってしまうので…。)弁慶に抱かれる遮那王が全てを物語っていると思います。キャッツアイみたいな遮那王登場シーン、五条橋なのですが、弁慶と邂逅して見つめ合う時間の長いこと。お互いの「気」を感じあうらしいのですがまるで一目惚れのようです。 DVD発売は4/3とのこと。レンタルはそれ以降になりそうですね。 弁慶:隆大介 遮那王:浅野忠信 鉄吉:永瀬正敏(アクビさん)
FRIDE DRAGON FISH(・日本)
監督:岩井俊二
出演:浅野忠信
岩井俊二監督のテレビ作品。PicNicと同時公開された作品です。この作品の続編みたいなものが 「スワロウテイル」だそうです。データバンクのオペレーターがひょんなことからドラゴン フィッシュにまつわる事件の秘密をさぐっていくうちにナツロウという少年と出会うという ありふれたもの。しかしナツロウ、テロリストなのですが胴元らしい男トビヤマに飼われています。 ノーマルな男性もこの関係に気付いてる位ですから深読みにはなりませんね(笑) トビヤマに「ねぇ」と問いかける響きが二人の関係をかいま見せているようです。 この後、岩井監督はPicNicを作るわけですが、最初の構想では浅野みたいな感じの少年が 二人くらいちょっとホモセクシャルな雰囲気で暮らしているということだったそうです。 浅野の体毛がまださほど多くない(笑)少年期の終わりです。(アクビさん)
ウォッチャーThe Watcher (2000・米)
監督:Joe Charbanic/Jeff Jensen
出演:キアヌ・リーブス/ジェイムズ・スペイダー/マリサ・トメイ
所詮「8mm」「コピー・キャット」のような凡庸なサスペンスだと思って ビデオ待ちしようと思ったのですが、予告編を見てこれはもしかして??と 思ったらやはり非常にスラッシーな映画でした。内容的にははっきり言って駄作で(^^;)、 殺人鬼の背景や捜査官を追跡するに至った動機なども語られなければ、相変わらず派手なカー・チェイスをかますわ、 あれだけの車に追われながら犯人に逃げられてしまうわとおかしなところは山ほど あるのですが、注目すべきはキアヌ演じる殺人鬼のFBI捜査官への異常な執着です。 彼に花束と共に殺人予告を送り届けるわ、彼の行動を逐一眺め、毎晩何を食べている かまで把握しているわ・・。挙句の果てに
「俺が欲しいのはお前だ」
「俺達は影と光・・互いを必要としている。」
などという嬉しいセリフを言ってくれます。
キアヌも「マトリックス」の頃よりかなりふっくらといいガタイになってまして、 エレベーターで並んだ時など、ジェームズ・スペイダーの方が小柄でもしかして これはキアヌ攻め?などと妄想してしまいましたよ。
この映画のタイトルのウォッチャー=殺人鬼が見つめているのはFBI捜査官であり、 キアヌが女を殺すのは女そのものに興味があるというより、ひたすら彼の気を引きたい からなのです。その証拠にマリサ・トメイ扮する精神科医は捜査官を引き寄せる道具 としての役割以外にその存在に意味を見出せませんでした。
あと、キアヌとスペイダーの役を入れ替えてもいけるのではないか、というより その方がしっくりくるような気がしました。(erin)
Westler (1986・ドイツ)
監督:Wieland Speck
出演:Harry Baer/ Andreas Bernhard/ Zazie De Paris/ Christoph Eichhorn/ Sasha Kogo/ Andy Lucas/ Hans-Juergen Punte/ Sigurd Rachman/ Frank Redless/ George Stamkowski/ Rainer Strecker/
せっかく、PAL対応DVDを持っていながら、英国サイトでリージョン・フリーのゲイのソフト・ コアばかり購入していては宝の持ち腐れ。というわけで英国ゲイ・メディアとリンクしていて ゲイ映画に強い英国通販サイトBLACK STARにて申し込みました。
日本はおろか英米でも未公開だったのですが、このたび、英国でDVD発売となりました。
舞台は1986年。ベルリンの壁は街を分裂させるに留まらず、ヨーロッパの大陸全体の東西分割を 象徴し、それは25年に渡って家族や友人、そして恋人達を引き裂き、東から西への亡命を試みた 多くの人々の死を引き起こした。 西ドイツの人間の東側への訪問は、規制などがあるもののさほど困難ではなかったが、、 ベルリンの壁が崩壊する89年まで当然一般の東ドイツ人が西側に行くことはまず不可能だった。
そんな時代背景の中、西ドイツ人のフェリックスはアメリカ人の友人と旅行中の東ベルリンで トーマスと出会い恋に落ち、その激しい恋はトーマスに西側への亡命を決意させる。

英語字幕が出るのでかえってわかりやすくて助かりました。
ただ、期待して見たんですけど、残念ながらメンタルな部分においては、私のお気に入りの 「ベルベット・ゴールドマイン」はおろかPRIDEもののロマンチックPORNにも及びません。 東ベルリンに旅行した西ドイツの少年フェリックスがそこでトーマスという少年に出会って恋に落ち、 毎週東に通うことにのですが、やがて短時間の逢瀬では満足できなくなったトーマスはついに西側への 亡命を決意する、という非常にドラマチックな設定のはずが、どうも緊迫感やパッションにに欠けて いていまいち盛り上がらないのが残念。 もっと切迫した感情とか東から西への逃避行が描かれていたら実感が沸いたのでしょうが・・ とはいえ、トーマスがフェリックスに会いたくて電話をし、彼が現れたら 「本当に来てくれるとは思わなかった」というところにホロリ。念願の逢瀬も感激のあまり、ついつい ぎこちなくなってしまうといった男女ものでももはや見られなくなった初々しい演出がかえって新鮮。 押さえた演出なのか、描写が淡々としていまいち情感が伝わってこないのが残念ですが、カムアウト 問題が前提となってない等身大のラブ・ストーリーに好感が持てました。 カップルもどちらもなかなか可愛い子だったので嬉しかったです。
ベルリンの壁が存在していた頃の話であり、その頃はベルリンの壁がわずか3年後の崩壊する など想像もつかなかったでしょうから、当時のドイツ人が置かれていた状況を知るのに最適の一編。 東の描写などいかにもゲリラ撮影しましたといった感じの安定しないカメラワークが 涙ぐましい努力を物語っていてこれはこれで「ベルリン天使の詩」のように貴重な記録映画として 価値があると思う。(erin)

それまでドイツ映画といえばキラーコンドームやドイツチェーンソー大量虐殺かネクロマンティック か死の王かてなホラー映画ばかりと思いこんでいた府抜けた頭にまさに一発、いやさ一服の清涼剤 ともいうべき涙涙の名作で、どうしようもないアメリカ産ゲイ映画輸入してる暇があったらもっと こういういい作品探してこいよと思わずにはいられませんでした。
字幕付きなのに単語すら訳せないため(T_T)、未だトーマスが過去どのような目に遭ったのかということや、 彼が受け取った手紙の内容が分からず何故に彼が最終的にあのような行動に出たのか理解できていない情け ない身ではありますが、主人公のフェリックスとトーマスが恋に落ち、楽しくも切ない逢瀬を重ねる様子が 思った以上に微笑ましく描いてあったのが何よりも嬉しゅうございました。トーマスの電話に応じてフェリ ックスが彼の家に駆けつけた際の「来てくれるとは思わなかった」というくだんのトーマスの言葉もほろり とさせられましたが、その後すぐにベッドになだれ込んだりせず、お茶を飲んでたわいない話をし、再会の 約束をしてから別れ際に離れがたさのあまりに抱き合ってキスを交わす、というきちんと段階を踏んだ(^_^) 関係の築き方が、ゲイ映画でも一般の恋愛映画でもここ久しく見ていない丁寧さで思わず感涙してしまいま した。かといって肝心の場面をはぐらかしたまま終わらせるようなこともせず、ベッドシーンもばっちりあ るのでこれまた感動も倍増(感動の仕方が間違っているような…)、愛する人と一緒に暮らす事は勿論、一 晩を共に過ごす事も許さぬ、東西ドイツを分断した壁というものの存在の大きさと厳しさを初めて思い知っ たような気持ちにもなりました。(鳩三礼さん)


アメリカの夜 LA NUIT AMERICAINE (1973・仏)
監督:フランソワ・トリュフォー
出演:ジャクリーン・ビセット/バレンチナ・コルテーゼ/ジャン・ピエール・レオ/ジャン・ピエール・オーモン
音楽:ジョルジュ・ドルリュー
映画を愛する人に捧げられたトリュフォーの名編。ニースのスタジオ"ラ・ビクトワール" ここでハリウッドの女優ジュリー・ベイカーを招いたフェラン監督の新作の撮影が始まった。 しかし、そこで様々なトラブルが発生し、撮影はなかなかはかどらない。撮影中、どんな大変な思いをしても 撮影が完了すれば、また次の仕事をしたくてたまらなくなる映画人のサガを愛情をこめて謳いあげた 傑作中の傑作。73年度アカデミー外国語映画賞受賞。

トリュフォーの映画撮影現場映画。常連ジャン・ピエール・レオ主演。 撮影のため、スタッフが撮影所に集結。アメリカからは、ジャクリ−ヌ・ビセット、フランスの俳優 ジャン・ピエール・オーモンもやってくる。オーモンは、毎日空港へ誰かをむかえに行っている。 それは、若い男の愛人。しかし、交通事故で死亡して、まだ残っている撮影は危機に。 オーモンのシークエンスはほんの一部。あとは、トリュフォーらしい語り口にのせられて 楽しめる。(ひみつさん)


ひと月の夏A MONTH IN THE COUNTRY (87・英)
監督:パット・オコナー
出演:コリン・ファース/ケネス・ブラナー/ナターシャ・リチャードソン
戦争後遺症の吃音症に悩まされている青年バーキン、彼は教会の壁画修復のためにやって来た。 そこで発掘作業を行っているムーンや牧師夫妻と出会い、交流を深めていく。

教会の壁画の修正にやってきた男コリン・ファースと、教会の牧師一家との交流。 遺跡を掘る男ケネス・ブラナーとの交流。ブラナーは、かつて、軍隊で当番兵と関係を持ったと いう過去がある。ふたりの間にはなにもないが、微妙な雰囲気が漂う。(ひみつさん)


ルナティック・ラブ The Cement Garden(92・仏)
監督:アンドリュー・バーキン
出演:アンドリュー・ロバートソン/シャルロット・ゲンズブール
英国の郊外を舞台に、両親に死なれた4姉弟のうちの姉と弟が次第に男女の関係になっていくのですが、 近親相姦というダークな色合いは感じず、ただひたすら美しく切ないです。シャルロットの性別を超えた色香と、 弟役のロバートソンの青臭い美しさ(ナイーヴでナマイキな美少年)の微妙なやりとりは、 あからさまな描写よりずっとドキドキしてしまう・・ 世の中に数多く許されない関係はあるけれど、そのなかでも最もタブーである姉弟間の愛がガラスのように繊細に描かれています。この舞台は英国以外に考えられません、抜けるように白い肌や柔らかな栗毛の巻き髪もナマナマしさを隠してくれます(日本だったらエゲつなさそうだけどあえてキャスティングするなら・・広末と滝沢か?) 弟役のロバートソンですが、その後の行方が気になり、調査したところBBS制作titusのTVシリーズ Gormenghastに出演している様です。 シャルロットの囁くようなセリフだけでご飯10杯はいけます。(メロメロです)(Hardyさん)
去年の夏突然に SUDDENLY,LAST SUMMER(59・米)
監督:ジョゼフ・L・マンキーウィッツ
脚本:ゴア・ヴィダル
出演:エリザベス・テイラー/モンゴメリー・クリフト/キャサリン・ヘプバーン
T・ウィリアムズの"黒い戯曲"三部作の1本を映画化。州立精神病院の優秀な医師クロウィッツ は、新病棟の建をエサに、地元の有力者ビネブル夫人から姪キャサリンのロボトミー手術を 依頼された。夫人の息子セバスチャンが去年の夏突然死亡し、居合わせたキャサリンはショック のあまり早発性痴呆症にかかったのだ。だが、キャサリンの記憶が呼び戻されるにつれ、意外な 事実が浮かび上がる。公開当時全米にセンセーションを巻き起こした問題作。

あまりにも有名なテネシー・ウイリアムズの戯曲の映画化。エリザべス・テイラーは、 キャサリン・ヘップバーンの息子セバスチャンと結婚する。 セバスチャンは女に興味がない。男の子を誘惑する役をテイラーに。 その男の子たちを毒牙に。怒って、飢えた男の子たちは、セバスチャンを襲い、食べてしまう。 目撃したテイラーは精神障害に。まだゲイがタブーだった頃の映画なので、それとわからない表現。 サスペンス風で面白い。(ひみつさん)

これをQUEER映画と言わずして − 『去年の夏、突然に』のわかりやすすぎる暗喩 富豪の未亡人から精神病院にいる姪の手術を依頼される脳外科医。彼女たちの回想で語られる、 繊細な詩人だった今は亡きセバスチャンという天使のような青年。 未亡人の一人息子で姪の従兄弟だった彼が去年の夏突然異国で客死した真相を明らかにしていく医師を、 最終的に正気を失った未亡人が『セバスチャン』と愛しおしげに呼び幕。 その名によって、彼が殉じたものとは?/もし春休みの中高生がたまたま暇な昼下がりにこれ 見たらどうだろう。明るいうちにやる内容じゃないだろうに。自分はいまさらだから どうということはなかったけど、高校生の頃山岸涼子の『スフィンクス』読んでたら、と 考えると暗澹としてしまう。『スフィンクス』は結末に救いがあるのでまだましだが、 『去年〜』は鑑賞者を深淵に叩き込んだまま知らん顔だ。子離れする気のない母親と親離れ したいのにさせてもらえない子の確執。これはオイディプスの昔から普遍。 『スフィンクス』は目の前で投身自殺した母親にショック受けるも、周囲の献身と 本人の意志で最後は少年の正気が戻り、哀しい関係だった過去を省みるが未来へ向けられた 目で終わった。『去年〜』は死んだのが息子の方というのがまず逆転していて、一見正気に 見えた母親が最も狂気の世界にあった、という暗い結末。母と息子は傍から見ると恋人同士の ような美しい一対だったそう。この時点で一家、というか両親が夫婦として機能不全に 陥っていたことがわかる。裕福な家庭に起こりやすいことで、母がその愛すべてを息子へ 移行という定石まで実に周到/T・ウィリアムズ戯曲の映画化はおしなべて薄味、 時代的にしょうがなく、同性愛要素すべて割愛、とものの本で読んでいたのでまるで 期待しないで見ていたら、もうとんでもなく濃厚。
セバスチャンがもちろんゲイだったのだが、それをウダウダ悩んでたんじゃなくて、 単に欲求不満で自滅したってのがエグさ極まれり。(美人母と美人従姉妹を餌に若人 釣ってたんだと。ヒー)実際描写に慣れた昨今には眼から鱗請け合い。作家もやぱ 女性嫌悪、とこういうの見せられるたび感じてしまういたたまれなさとか無力感が 一気に。オンナってつまんねー、とゆーか、ひとを好きになるのにリスク払えるか?と 一寸刻みに突きつけられる気分/サブタイの暗喩とは。楽園願望のウィリアムズ、 母親の回想に息子と行ったガラパゴス諸島でのウミガメ産卵シーンを喋らせてます。 孵った幼カメを飢えた鳥が空旋回しつつ狙い、もう少しで海って時に一気に狙い定め 鋭い嘴で喰い散らす。そのシーンを息子は恍惚と見ていたと。
実は息子の死に様、これと寸分変わらなかったりする。(=貧しい土着民に囲まれなぶり殺し) まぁ嘴がダビンチの夢診断じゃないけど男根象徴とか数え上げたらキリないが、 実にわかりやすい同性愛暗喩として使われてる。結局『セバスチャン』は回想の後ろ 姿だけで出てこないが、この自堕落で破壊的なイメージが当時のゲイだったのかと思うと、 彼らはどうやって凌いできたのか暗い気分に。そしていまだ基本的にメジャーな市民権が あるわけでもない現在を考えると、いったいひとはどのへんが進化しているのかと思う。 ひとの基準をつくるのも同じひと、という第三者監視を置けない世界がうまく機能する わけもないことを、ひとはずーっと見て見ぬフリしてるんだなぁ。/吹き替えですけど、 狂母キャサリン・ヘプバーンを故・山岡久乃が見事演じきっとります(もろ新劇のやう) これだけで一聴価値あり。杉村春子のグロリア・スワンソンとか昔の吹き替えって ジャストな配役するから侮れーん。(スギオメルさん)


真夜中のパーティ The boys in the band(70・米)
監督:ウィリアム・フリードキン
出演:ケネス・ネルソン/レナート・フレイ/フレドリック・コム/クリフ・ゴーマン/ピーター・ホワイト
ゲイが権利を主張し始めた70年代前後にオフ・ブロードウェイで大評判を取った芝居の映画化。 主人公は男ばかり8人、ゲイのパーティを開くが、偶然ホモでない男が一人紛れ込んだばかりに 楽しいはずのパーティは次第に険悪なムードとなっていく。ゲイでない男ピーター・ホワイトを含め 8人の男全てが実生活でもゲイだというところが作品にリアリティを与えている。

この映画は以前、ビデオでみました。登場人物は9人ぐらいだったでしょうか。 ゲイ仲間の誕生日パーティーに一人のストレートの男性がきてしまって登場人物たちの 間に葛藤がおこります。主人公は旧友であるその男性に最初はゲイであることを 隠そうとするのですがすぐにバレ、全員を巻き込んでの傷つけあいや争いに 発展していきます。最初みたときはよくわからなかったところもあるのですが 2度3度みてみると、白熱したドラマの展開にみている方も熱中してしまいました。 ラストのハンクとラリーの恋人同士のやりとりや告白には圧倒されました。 私は優しいハンクやドナルド(だっけ?)が気に入りました。 あと、ひとりだけ美形の坊やが誕生日のプレゼント(!!)として出ています。 出演している俳優はひとりを除いては全員同性愛者だそうです。その除かれる ひとりというのがいかにもオカマっぽいエモリー役の人だというところがなんとも皮肉です。(Mayさん)

ゲイの自覚は鉛を呑むこと。ゲイを取りまく社会は茨の檻。互いを貶めてやっと人並みに息がつける。そんな時代の精一杯な「ここにいるぞ!」宣言はたまらなくすがすがしくて、でも切ない。 今だったらこんな風に刺し違えることもなかったでしょうにね。見てて非常に煩悶するのだけど、ドラマ性の完璧さ(特にダイアローグは流石舞台劇だけあって練られまくり)がまさっています。 どう考えてもクローゼットゲイな主人公の大学時代同級生は、結局うやむやにされちゃってるあたり、「ほんとはヘテロつったって、なぁ?」的製作サイドの本意が見え隠れてもいたりして。 「30越したユダヤで見にくいあばた面のゲイだよ、あたしゃ」てな最強オネェキャラの強さに対する、逡巡しまくり主人公の悪あがきじみた他人罵倒は初め見苦しいなぁと思わすも、ラストですべて自爆禊になってますね。つらいしイタイしやりきれんけど、それが現実。嗚呼・・・ 冒頭彼がジュディ・ガーランドの「Get Happy」を楽しそうに真似て歌うシーンに、やっぱりこの時代からジュディってゲイイコンだったのねえ、と再認識。入門編として最良テキストだったんですね。今でも全然有効。(スギオメルさん)


インモラル物語 CONTES IMMORAUX(73・仏)
監督:ワレリアン・ボロズウィック
出演:リーズ・ダンバーズ/ファブリス・ルシーニ/シャーロット・アレクサンドラ
人間の永遠のテーマとも言うべき性の問題を4つの時代を背景に描いたオムニバス映画。

宗教感の強い映画なんですが、4編に別れていてとにかく出て来る人は皆大体、裸! 第一遍では女の子と男の子が海辺で満潮を待ちながらフェラさせてしまう話しなんです。 性についての主題なんだと思うのだけれども何とも摩訶不思議な感じ。 2遍では少女が罰で部屋に閉じこめれれ、そこでエロ本を発見しオナニーしてしまうとか! 3編にいたってはレズビアンだし、4遍目なんか近親相姦だし。でも全編通して見て行くと、 何かしら感じるものがあるような気がする。演じているキャストもそれなりに適役だし、 日常隠れている人間の本性がそこには有るように思える。見る人によっては理解不能かも。(ビタミンKさん)


アパートメント・ゼロ APARTMENT ZERO(86・米)
監督:マーチン・ドノバン
出演:コリン・ファース/ハート・ボックナー/ベリル・レイド
フォークランド紛争後のブエノスアイレス。名画座を経営する映画青年エイドリアンは部屋代 節約の為にルームメイトを募集する。やがてやって来たジャックとの共同生活は順調に始まった かに見えたが、やがて彼の恐ろしい秘密が明らかに・・

この映画はコリン・ファース目当てで行きました。彼も良かったけど相手役のジャックの魅力に 登場人物たちと同じようにクラクラ。好青年風なのにあやしげなところもまたいいです。 名画座をやっているエイドリアンは生活費節約のためにルームメイトを募集しますが、 社交嫌いで神経質な彼はなかなか決めることができません。そんなところに現れた のがジャックという好青年。気難しいエイドリアンも彼が気に入りいっしょに暮らし始めます。 アパートの住人からも人気があるジャックですが、彼には別の顔があるのです。 私はエイドリアンも気に入りました。映画好きで人づきあいが苦手で神経質なところに 共感を感じたのかもしれません。ジャックと映画当てゲームに熱中するところなどおもしろ かった。また、アパートの他の部屋の人のところへ行ってなかなか戻らないジャックを イライラしながら待って、ついには大声で呼び戻すところもなんかわかる感じ。 そんなエイドリアンにあきれながらもハイハイと表向き従うジャック。 ジャックに不審を抱いて、あとをつけるエイドリアンの下手な尾行も滑稽でした。 オープニングのアルゼンチンタンゴの音色も不安定なイメージを出していてなかなかいいです。 殺人事件もからめてサスペンスでもありますが、二人の孤独な青年のお互いを 求める様子にちょっと切なさを感じる映画でした。(Mayさん)

そのものシーンはないけれど雰囲気濃厚、とはおそらく主要出演2人の関係を見事に表現してくれた映画オタクマザコンゲイ青年役のコリン・ファースと、無意識磁気フェロモン男女問わずな元外人部隊サイコ役のハート・ボークナーの、技能賜物でございましょう。 いったいぜんたい、根なし草の流れ者のよなジャックのどこに、堅実とタイムテーブルと秩序を愛し、なにより自身の世界感(=理想)のためなら他との接触さえ断つ方を選ぶエイドリアンを引きつけ、取り込み、同化しようとまで思わしめたのか。何も言明してないしそんな暗喩表現すら使われてないけど、要は簡単、エイドリアンはクローゼットを出たがっていた井の中のホモセクシャルだったんですね。唯一許しえた外部である「母親」の狂気はますますクローゼットの鍵を頑健にしたけれど、そこへひょっこり表れたジャックが上手いダブルミーニング的台詞をエイドリアンに云っています。 『好きになるのが怖いの?』
そう、恐怖という、“センス”。これは必ずしも悪い感情じゃないんです。怖いという感情があるからこそ、ひとは慎重になり、知恵を働かせ、克服しようと努力もできる。ただ、これの度が過ぎるとデスコミュニケーションを招き、ジャックが表れる以前のエイドリアンが正にそれ。 が、怖いけどちょっと片目を開いて見てみれば、幽霊の正体枯れ尾花のように、なんでもないことだったりすることが多いと気づければ勿怪の幸い、勇気は案外面倒でないことを教えてくれたりもします。まるで蜜月のような共同生活を営む2人はもう何年もそうして暮らすモノガミーのように睦まじくてほほ笑ましいこと頻り。 ただ、ラストだけがいただけない。このラストのせいで、それまでの完成度すべてを台無しにしているといっても過言じゃないぐらいの唐突ななし崩しぶり。これではエイドリアンがクローゼットを出た意味がなくなるではないか。否、そもそもエイドリアンはクローゼットを出たように思ったに過ぎないのか? 現実は映画のようにいかぬ、を単に風刺してしかもそれを鬼の首でもとったように得意になられたようで腹立たしい。彼が求めたのはもう一人の“彼”なのではあまりに空しい。異端は滅びてナンボ、の無責任はいつもながら口惜しくて歯がゆいものを感じる。 ドラマ性を無視して申し訳ないが、「死」でストーリーを決着させてはならないという鉄則は、やはり守ってほしいもの。 (スギオメルさん)


クレイズ 冷血の絆 The Krays(90・英)
監督:Peter Medak
出演: Billie Whitelaw/Tom Bell/Gary Kemp/Martin Kemp/Susan Fleetwood/Charlotte Cornwell

スパンダー・バレエのケンプ兄弟が双子のギャング役です。兄ゲイリーの方はどう考えても ゲイでした。けっこう好きな映画なのですが、なんか暗い・・・。ゲイリー・ケンプはその後よく 映画で見かけるようになり、とてもうれしかったりします。(マチルダさん)
スリー・ツゥー・タンゴ Three to Tango (99・米)
監督:Damon Santostefano
出演:マシュー・ペリー/オリバー・プラット/ネイヴ・キャンベル
オスカー(マシュー・ペリー)とピーター(オリバー・プラット)は、建築士。 実業家チャーリーの文化センター設立のプレゼンにやってくる。景気づけに抱き合ってるのを 見た秘書が、ゲイ・カップルと誤解。それを聞いたリチャードは、自分のオンナである エイミーの監視役を、オスカーに依頼。ゲイなら、オンナも警戒せず、男のほうもオンナに 手を出す事はあるまい、と考えたのだ。しかし、オスカーは、ゲイではない。仕事のためにやむなくゲイとして、ふるまうことに。そのうち、彼はエイミーに恋をしてしまう。誤解が誤解をうんでのコメディ。 ゲイを笑いのネタにしているところは、「イン&アウト」と同じ。理解を示そうとしている風を装ってはいるが、ゲイを軽蔑している感じ。 太めのオリバー・プラットがゲイということになってる。エイミーのボーイ・フレンドのアメ・フト選手も実は、というお笑いもある。 今年のゲイナンバーワンに選ばれて、スピーチすることになってしまったオスカー。 「みなさんも、告白するのは勇気がいったでしょう。わたしも今告白します。わたしは、 ゲイではない。エイミー好きだよ」なんて、ゲイの人たちがなぜ喜んで拍手をおくるのか?(ひみつさん)
処刑人 THE BOONDOCK SAINTS(2000・米)
監督:トロイ・ダフィー
出演:ノーマン・リーダス/ショーン・パトリック・フラナリー
舞台は治安の悪いサウス・ボストン、聖パトリック・デーの日に突然神の啓示を聞いた信仰心厚い アイルランド系兄弟が神に成り代わって街のマフィア共に制裁を加えるといったアメリカ版必殺仕置き人。

信仰のもと、絆の強い兄弟が悪人を制裁してゆく様はスカッとします。 そして素晴らしいのがウィレム・デフォー!!アリアを聴き、手は指揮を刻みながら現場検証 しちゃったりするFBI。コケティッシュにダンディーで、物凄い女装も披露してくださいます。 惚れました。(ヴォータンさん)

期待しすぎたせいかちょっと肩透かしでした。ロッコとかいう兄弟の友達が間にいるのも 邪魔だし、何と言っても致命的なのは彼らのお仕置きに対して何ら共感を覚えないことです。 彼らが片付けるのはマフィアばかりとはいえ、潜入捜査官がいたらどうするんだ、 という危惧もさることながら、中には気が弱く、あるいは貧しさに耐えかねてこの道に 入った奴もいるわけで、マフィア即悪と片付けるのはどうかと。 もう少し彼らが悪事を働く部分等の描写もあったのなら、カタルシスを味わえたの でしょうが、いかんせん殺された彼らがどの位の悪なのか説明不足なのでスッキリ できないんです。
でもまあ、あのウィレム・デフォーの貴重な姿を見れただけでもよしとしましょう。 とにかくストーリーや理屈など二の次にして、美形兄弟鑑賞に徹すれば 楽しめるでしょう。私はノーマン・リーダスよりショーン・パトリック・フラナリーの 方が好み。彼は私の好きなスティーブン・ドーフに似ているような気がします。 個人的には、兄弟がおそろいのケルト十字のタトゥーを入れているところや冒頭の ケルティック・ミュージックなどアイリッシュ・ティストが盛り込まれているのがアイル ランド・オタクの私にとっては嬉しかった。ちなみに私ケルト模様のステンシル・タトゥ 持っています。(erin)