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製作:スティーブン・スピルバーグ/キャスリーン・ケネディ/フランク・マーシャル
原作:ジョージ・G・バラード
監督:スティーブン・スピルバーグ
脚本:トム・ストッパード
出演:クリスチャン・ベール/ジョン・マルコビッチ/ナイジェル・ヘイバーズ
ミランダ・リチャードソン

英国のSF作家、ジョージ・G・バラードの自伝的小説の映画化作品。
上海で両親と何不自由なく暮らしていた特権階級の英国人少年ジムが、混乱の街中で
両親とはぐれ、一人日本軍の収容所に入れられるがそこで想像を絶する試練の数々を経て、大人への
脱皮を余儀なくされる。戦争が成長期の少年の感受性にどの様な影響を与えたかを淡々と描く。

この映画は主人公ジムの成長の物語で、ジムを演じた英国人子役クリスチャン・ベールの
天才的とも言える演技を堪能する為のものであり、それ以上でもそれ以下でもない(これが
スピルバーグ・ファンの言う事かい(笑))。
彼の前ではクセ者俳優ジョン・マルコビッチも「炎のランナー」の英国人俳優ナイジェル・ヘイ
バースも単なるサポート役に過ぎない。
彼の演技力を引き出したスピルバーグの手腕は見事という他ないが、ほとんどがベール自身の資質の
賜物だろう。
彼は英国人という事もあるだろうが、スピルバ−グ作品に登場する他の子供達とは明らかに
雰囲気が違っていた。
戦争によって両親と引き裂かれ生きる為に、子供のイノセンスを捨てざるを得なかった少年という
設定は余りにも切ないが、最初と最後でここまで印象が違って見える子供も珍しい。
「太陽の帝国」は元々デヴィッド・リーンが企画したものでスピルバーグに権利を買って
欲しいと言ってきたのがきっかけだった。リーンが監督をし、スピルバーグはプロデューサーに
徹するつもりだったが、リーンが別のプロジェクトに取り掛かっていて共同製作ができなくなった為
スピルバーグが自分で監督をやるはめになってしまったのだ。しかし、それは結果的に成功だった
ようだ。リーンが監督したら果たしてあれほど少年をうまく描けたかどうかは疑問である。
戦争映画や歴史ドラマとしては食い足りないが、少年の成長物語としてこれほどよく出来た
作品は他に類を見ないだろう。
主人公ジェイムズ・グレアムは、上海の祖界地で両親と共に何不自由なく暮らしていた。
中国人使用人をアゴで使う傲慢さと日本のゼロ戦に憧れる無邪気さが同居するごくごく
普通の子供で、世の中の仕組みなど何一つ知らなかった。
しかし、そんな上流階級の少年の運命も日本軍の上海侵攻によって一転してしまう。
逃げ惑う群集の中、うっかり母親の手を放してしまったジム少年は両親とそのまま
生き別れになってしまう。仕方なく住んでいた家に戻るがそこに両親はいなく、
中国人乳母が荷物を運び出していた。咎めるジムの頬を彼女が無言で殴るシーン
は、いかに中国人が侵略者である西欧人を憎んでいたかという事を端的に表したエピソード
だが、彼女を何でも我が侭を聞いてくれる優しい乳母だと思っていたジムにとっては青天の霹靂で、
この時、初めてジムは世の中の裏表を垣間見る事になる。
仕方なく、缶詰などで食い繋ぎ、両親の帰りを待つが食料も底を尽くと当てもないまま
上海の街をさ迷い、中国人孤児に靴を盗まれたり、散々な目に遭うわけだが、
私は収容所のシーンより少年がたった一人で街をさ迷うこのシーンが最も切ない。
前に夜のロスで、うっかりバスで知らない場所に降ろされてしまった時、随分心細い思いを
した事があるが、大人である程度ロスの知識がある(あるから余計に恐かったのだが)
私でも不安だったのだから、何も知らない上流階級の子供であるジムは、どんなにか
心細かっただろうと思うと身を切られる思いがした。私の様に子供のいない者でもそう
思うのだから同じ様な年頃の男の子をお持ちのお母さんは尚更だろう。
だから、ジムがベイシーに出会うシーンでは心底ホッとさせられた。
例えろくでなしのチンピラであろうと同じ言葉を話す西洋人だからだ。ジムは彼から
生き延びる為のノウハウを教わり、収容所でうまく立ち回る事を覚える。
収容所のシーンは自由な空気のアメリカ人の棟と秩序正しいイギリス人との対比が面白い。
自由奔放なアメリカに憧れるジムが収容所長を煙に巻く事でアメリカ人に一目置かれる
ようになるシーンは、「アラビアのロレンス」でロレンスが砂漠で行方不明に
なったアラブ人を救った事で認められるといったシークエンスと通ずるものがある。
ここまでは面白かったのだが、「未来世紀ブラジル」のトム・ストッパードの脚本が
もともと淡々としたものでメリハリに欠けるので後半はやや退屈で尻すぼみとなっていく
のが残念。ジムが収容所仲間から離れて一人で荒野をさ迷って収容所に戻って来る過程も
何だか不自然。おそらく編集がまずいのだろう。これも完全版を出して欲しいものである。
ところで、例によってこの映画は日本人の描き方が何かヘンだし、どこからともなく流れる
尺八などを使った日本的音楽も苦笑ものだが、「ベスト・キッド2」や「ライジング・サン」
等に比べるとさほど国辱的でもない。むしろ、日本人に対して好意的な方だと取ってもいい
だろう。公開当時、日本軍をエイリアンか何かのように不可解な人種として描いていると非難
する人もいたが、戦争中は欧米人の多くがそう考えていたし、11才の少年の視点から見るの
だから尚更不気味に見えても仕方がないだろう。同じ日本人の私たちでも旧日本軍人は不可解
なのだから・・
それにしてもクリスチャン・ベールは見事だった。サバイバル生活で一足飛びに大人になる
事を余儀なくされた少年という設定だから当然かも知れないが、既に大人の表情をしている
のだ。特に目の演技がいい。スピルバーグ映画の子供達の中では抜きん出ているだろう。
子役時代が余りに素晴らしいと、ただの人になるケースが多いが、彼は現在、もっとも演技力の
ある若手俳優の一人と言われ、現に欧米ではカルトな人気を誇っていてホームページも沢山存在する。
ファンの子はこのメイキング・ビデオ、出して欲しいだろうな。私などは監督と俳優両方のファン
なので尚更である。
ちなみに彼はこの作品の前年TVのミニ・シリーズ「アナスタシア」でスピルバーグの前夫人
エイミー・アーヴィングと共演していて、既にスピルバーグの目に止まっていたらしい。
上海、スペイン、英国と広範囲に及ぶロケは非常に過酷なもので、ハードな撮影をクリアしていく
13才のベールのけなげな姿はスピルバーグの心を打った。
「戦争捕虜収容所に入れられた少年というテーマはひどく切ない。僕は主人公と一緒に苦しんだ。
もし、メソッド監督(「メソッド」とは俳優が感情的に演じる役になりきる演技法のひとつ)と
いうものがあるのならあの時の僕がそうだった」とスピルバーグは語る。
私は、ジムが結構タフなので泣かなかったのだが、英国人医師に「ママの顔を思い出せない」と
言って泣くシーンと最後に両親と再会する所ではホロリとなった。父親は余りにもジムが
変わってしまったのでわからないが、母親はしっかりジムを見つける。ところが、ジムの方は母親と
再会しても表情が硬い。感極まって泣くよりも、無表情だったのが尚更失ったものの大きさを
実感させ、切ないのだ。ジムは、スピルバーグの分身とも取れる存在であり、
そろそろ子供から脱皮して、大人にならなければならないという永遠の少年スピルバーグの決意
の現われかもしれない。
ちなみに私はこの映画を留学中のロンドンで観たが、ジムの話すキングス・イングリッシュ
はわかりやすかったが、ベイシー達アメリカ人の英語がわからなくて苦労した。パンフも
欲しい事だし、結局帰国してもう一度観たのだった。(99年3月13日UP)
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