アンジュール

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■第4回/アンジュール ―ある犬の物語―

 もう何年前になるか、記憶も定かではないが、確か新宿のとある書店で何気なく本を物色していたときのことである。帯に書かれた大きな文字が目にとまった。「絵本の原点」感動の一冊…と明朝体で書かれていた。タイトルは「アンジュール」…振り向く犬の絵が描かれたシンプルな表紙ながら、何故かやたら気になった。
 確か、当時私とイラストレーター・河野あさ子氏との合作である6冊の絵本「トマトマ村のゆかいな仲間」を制作するために、参考になる絵本を探していたのではないかと思う。そんなとき、前述の「アンジュール」を目にしたのであった。

 開いた途端、衝撃だった。文字がまったくない!ただ、デッサンのような絵がページに描かれているだけだ。決して立ち読みをする気持ちではなかったし、誰でもそうだろうが、購入する前にパラパラとページをめくって、おおよその中身を確認するだろうが、私もそんな気持ちでパラパラとページをめくっていたのだった。

アンジュール表紙 今から思い出しても不思議なのだが、ページを開いた瞬間から私は「静寂」の世界に入ってしまったようだ。決して異常にその絵本に執着して、周囲が見えなくなってしまったのではない。何故か、文字のない世界は驚くほど静かで、表現するなら漫画チックだが、「シ〜ン」という世界だ。場所は新宿という雑然としたところだし、絶対にそんな静寂はあり得ないのだが、とにかく「シ〜ン」としてしまった。数ページ読んだ、といのか、見たというのか、したところで、私は静寂の世界を閉じ、その本を購入することにした。この本をこのまま置いて、立ち去ることは到底出来る自信がなかったのである。

 自宅に帰って、早速本を開いた。やはり、あの新宿の書店で体験した「静寂」の世界が私を包んだ。とにかく文字がない。ないのだが、それを補足するには余りある強烈なデッサンのモノクロの絵がそこには存在した。作者であるガブリエル・バンサンがもし文字を記していたとしたら、どのようなストーリーなのかはわからない。だからここでご紹介するストーリーは、あくまでも私が勝手に推測したストーリーということになるかと思う。

 物語はまず車から放り出される犬のシーンから始まる。そして走り去る車。懸命にそれを追いかける犬。しかし、無情にも到底追いつくはずもなく、犬は置いてきぼりにされる。途方に暮れる犬は意図的なのか、無意識のうちなのか、車道に飛び出し、ちょうど走ってきた車同士が犬を避けようとして事故を起こしてしまう。驚いた犬は慌ててその場を立ち去る。自分が原因でとんでもないことが起こってしまったことを察知してか、犬の表情や姿は何とも複雑である。それから犬は放浪する。自分を捨てたかつてのご主人を捜しているのか、何を考えているのか、わからない。とにかく数ページに渡って放浪する犬の姿が描かれている。周囲のシーンは変わっていく。どこを歩いているのかわからないが、私には何となく海辺の砂浜をさすらい歩いているように思える。

 そしてふたたび道路に出て、犬はさまよい歩く。と、建物が描かれた場所を犬がさまよい歩いているシーンとなる。どうやら犬は町にたどり着いたようだ。お腹もすいていることだろう。ゴミ箱をあさろうとして「あっちへ行け!」と怒られているようなシーンもある。
 と、その犬の前に1人の少年が現れる。少年はどうやらバッグ1つということから、旅をしてきたのか、はたまた家出でもしてきたのか、孤独な少年なのか、わからないが、犬に歩み寄る。何やら犬に話しかけている。何を話しているのか、わからない。その表情からは犬の境遇を理解し、そして自分と同じ境遇であることを察知しているように思える。「そうか、きみもぼくと同じで、1人ぼっちなんだね」と話しているように思える。
 最後のページは自分と同じであることを犬も理解したのだろう。うれしそうに、少年になつくシーンで終わっている。57ページである。

 …この「独断でおすすめの1冊」で「アンジュール」の感想文を書こうと、確認の意味も含めて本当に数年ぶりにまたページをめくった。最初にページを開いたときから少なくとも5〜6年は経過しているはずだ。もうあのときとは違うだろう…と思っていた。が、何と!ページを開いた瞬間に、数年前に体験したあの「静寂」がまた私を包んだ。何ということ!5〜6年たった今でも、この絵本はなお、あの不思議な「静寂」の世界を私に蘇らせてくれたのだ!「シ〜ン」という耳に聞こえてくる静けさの「音」もまったくあのときと同じだった。

 私が「アンジュール」に初めて出会ってから、ふたたびその本のページを開くことになった5〜6年の間で変わったことといえば、残念なことに2000年9月に作者であるガブリエル・バンサンが亡くなってしまったことである。それ以外は年月を越えても、その絵本の持つ不思議な「静寂」の世界は何ひとつ変わっていなかった。もちろん、私自身の環境は当時から比べれば大きく変わった。しかし、この偉大ともいうべき作品はいくら年月を経過しようとも少しも色あせることなく、私にあのときの衝撃をふたたび蘇らせたのである。

 この「アンジュール」を読む、といのか、見るというのか、どう表現するのが適切なのかわからないが、その度に絵本というものは本来、どうあるべきかを考えさせられる。冒頭でもちょっと触れた通り、私はイラストレーターの河野あさ子氏と共同で、いくつかの絵本を制作してきた。このサイトでもそのオリジナル絵本を紹介しているが、絵本にとって文章というものの持つ意味は…と思うのである。少なくとも私の場合は河野あさ子氏という素晴らしいイラストレーターと共同で作業させてもらっているから、どうしょうもない私の文章でも何とか形にはなっている。しかし、この「アンジュール」のような高度な作品に出会うと、正直なところ打ちのめされる思いだ。文章を否定された思いになる。

 帯に記されたこの「アンジュール」は「絵本の原点」…これは事実だと思う。絵本とはその名の通り、絵の本なのだろうか。これは決して絵が極限に到達していれば、文章を一切必要としない…ということを主張する意味ではない。だが、ガブリエル・バンサンの絵に限って言えば、やはりその強烈なモノクロの絵が、あえて文章を必要としなかったようにも思う。この文章の途中にも記したが、作者であるガブリエル・バンサンがもし、この作品にあえて文章をつけていたら、どんな言葉が使われていたのかは誰も知らない。読む側がその絵を見て、自分なりに頭の中で文章をつけて読んでいるのである。特殊といえば、特殊な絵本かもしれない。が、やはり再三繰り返すが、絵本の原点であることも紛れもない事実…それがこの「アンジュール」なのである。ぜひ一度は絶対に見ていただきたいおすすめの1冊である。きっと、あなたも私が味わったと同じ「静寂」の世界を体験することと思う。耳に聞こえてくる「シ〜ン」という静けさの音の中で、あなたなりの言葉でこの素晴らしい絵本を「読んで」いただきたいと思う。


アンジュールガブリエル・バン
サン/作●BL出版刊●1300円(税別)●190×260mm●58ページ●日本図書館協会選定、全国学校図書館協議会選定、産経児童出版文化賞美術賞
表紙
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