葉っぱのフレディ-いのちの旅

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葉っぱのフレディ-いのちの旅


■第10回/葉っぱのフレディ―いのちの旅―

 この本を紹介するのも今さらという感じである。何せ数年前に大ベストセラーとなり、あまりにも名作として知れ渡っているのだから。が、本のタイトルは聞いたことがあるけど、実際にはまだ読んだことがない…という方々も以外といるものである。かくいう筆者も、じつはこの「葉っぱのフレディ」は某通販会社の絵本専門のカタログの表4で堂々1ページを使って販売したことがあり、そのレイアウトもやったのだが、キチンと読んだ訳ではなかった。「生きるって素晴らしいことなんだ!」というキャッチコピーだけは鮮明に覚えているのだが。だから、そういう意味も踏まえて、知ってはいてもまだ実際に読んだことのない皆さんを中心にご紹介したいと思う。またすでに読んだことのある皆さんもそれぞれに感じることがあるかと思う。筆者の個人的感想とは異なるかもしれないが、それはそれでいいことである。

 さて、大まかなストーリーだが、主人公はもちろん葉っぱのフレディだ。春に大きな木の梢に近い、太い枝に生まれた五つの葉先の葉っぱである。そして夏にはりっぱな体に成長した。木に生まれた葉っぱだから、当然他にもたくさんの仲間である葉っぱが存在している。フレディは、最初はみんな自分と同じ形をしているのだろうと思っているが、すべて異なることに気づく。これは、まさに人間世界にも言えることであり、また生あるものに共通したことだ。

葉っぱのフレディ表紙 フレディの大の親友はダニエルだ。ダニエルはいちばん大きくて、考えることが好きで、物知りでもあった。だからフレディにもいろいろなことを教えてくれる。フレディが葉っぱであること、木の根っこが地面の下に四方に張っているから木が倒れないこと、月や太陽や星が秩序正しく、空を回っていること、季節がめぐること…そういった自然界の法則から、夏の暑い時には葉っぱ同士で体を寄せ合って木かげを作ってあげると人間が喜ぶこと、それも葉っぱの仕事であることなど。

 自分が葉っぱに生まれたことを喜ぶフレディだが、季節は移り変わり霜の季節が訪れる。緑色だった葉っぱは一斉に紅葉する。フレディは赤と青と金色の三色に変わった。他の仲間たちもそれぞれ、違う色に変化した。いっしょに生まれた同じ木の葉っぱであるにもかかわらず、全部が違う色に変化する。不思議がるフレディに、親友ダニエルは生まれたときは同じ色でも、なにひとつ同じ経験はないから、違う色に変化することを教える。

 そして冬の到来とともに、葉っぱたちは冷たい風に吹き飛ばされ、つぎつぎと落ちていく。「さむいよう」「こわいよう」とおびえる葉っぱたち。ダニエルはやがてみんなが今の場所から「引っ越す」ことをフレディに教える。やがて木に残った葉っぱはフレディとダニエルだけになってしまう。フレディはダニエルが言っていた「引っ越す」ということが「死ぬ」ことを意味するのだと気づく。

 「死」を恐れるフレディに、ダニエルは、経験したことがないことはこわいと思うもので、すべては変化するものであることを教える。死ぬということも変化の一つであることを教える。変化することはまったく自然だということを教える。「ぼくは生まれてきてよかったのだろうか」と尋ねるフレディに、ダニエルは深くうなずき、やがて夕暮れに中を枝からはなれていく。

 ひとりぼっちになってしまったフレディは、雪の朝、迎えにきた風にのって枝をはなれ、しばらく空中を舞ったあと、そっと地面におりていく。初めて木全体の姿を目にしたフレディはダニエルが言っていた“いのち”の永遠を思い出す。そして静かに目を閉じ、ねむりに入っていく。…そして季節は巡ってまた春になる…。

 全体は葉っぱの絵とともにストーリーを見事にイメージした写真で構成されている。表紙に巻かれた帯には「この絵本を、自分の力で考えることをはじめた子どもたちと、子どもの心をもった大人たちに贈ります」と記されている。そしてアメリカの著名な哲学者レオ・パスカーリア博士が「いのち」について子どもたちに書いた生涯でただ一冊の絵本であることも。

 …今の子どもたちはゲームというバーチャル世界で、あまりにも安直な「死」を体験することが多くなってしまっている。バトルで死んでも、ゲームだからリセットすればふたたび生き返る。ボタン一つの操作で死んだキャラクターなりが生き返る世界は、「死」というものの観念を大幅に変えてしまった。生き返るのが簡単ならば、「死」というものもそれほど大したことではない。人を傷つけることも大したことではなくなってしまった傾向がある。ゲームの世界では、大けがをしようが、あっという間に簡単な操作で回復してしまうからだ。

 そんなバーチャル世界に警鐘を鳴らすのが、この「葉っぱのフレディ」だと思う。もちろん、そんなことばかりではない。最大の主張は「いのち」が永遠であること、すべては変化すること…なのだと思う。主人公は葉っぱのフレディだが読んでいて、フレディは擬人化された存在のように思えて仕方なかった。いや、フレディに限らず登場する仲間、親友のダニエルやアルフレッド、ベン、クレアたち、それらはみんな葉っぱであると同時に、我々人間でもあるのだと思う。生まれた時は同じでも、やがていろいろな経験によって異なる色に変化すること、一見同じように見えても、それぞれがまったく異なること…まさしく人間そのものではないだろうか。

 フレディは春に木の枝に生まれ、冬にその役割を終えて落ちていく。誕生から死までは本当に短い期間だ。しかし、その短い期間に充分に役割を果たし、去っていくのである。そして去っていくこと、それは「死」ではあるが、「いのち」は永遠であり、新しい「いのち」を生み出すための準備でもあるのだ。すべてのものにそれぞれの役割があって、変化し、寸分の狂いもない大自然の設計図は進んでいくのである。

 本の帯に記されている通り、本当に子どもはもちろん、大人にも読んでもらいたい名作である。あえて付け加えるなら「子どもの心を失ってしまった大人たちも、その心を思い出すために」読んでもらいたい一冊であることだろうか。フレディはすぐそばにある目にもとめられないかもしれない平凡な葉っぱであり、身近にいるすべての生あるものであり、自分自身でもあり、自分の周囲にいるたくさんの人でもあり、ひいては人間すべての姿でもあるのだと思う。実際に読んで、皆さんがそれぞれの感じ方をしてほしいと思う。


葉っぱのフレディ―いのちの旅―
●作/レオ・バスカーリア●みらいなな/訳●定価1500円(税別)●童話屋刊●234×183mm●32ページ
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