心穏やかに/エッセイ

大切な役割は…

徒然エッセイ
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 ■第97話/大切な役割は…■

 相変わらず厳しい状況のどん底である。トリプルワークも早1年5ヶ月になろうとしているが、慢性的となっている睡眠不足もさることながら、60歳という年齢のせいか、ガクッと体力が落ちてきてしまったように感じる。60歳になって、というよりは、その2ヶ月くらい前からだろうか、急激に体力の衰えを感じてしまった。

 今までも夜勤仕事の勤務時間中にうたた寝をしてしまったり、ごく短時間の居眠りはあったのだが、ここ数ヶ月は1時間は爆睡状態になってしまったりする。夜勤明けに早朝清掃のバイトが控えている曜日などは定時の午前3時ちょっと過ぎには退勤しないとバタバタしてしまうのだが、うっかり寝てしまい、3時半過ぎに目覚め、慌てて退勤したことも何度かあった。

 夜勤仲間は筆者の居眠りの状況を理解してくれているし、やるべきことはやっているから、別段批難したり、どうこう言ったりすることはまったくないのだが、筆者自身が寝てしまったことに猛烈な自己嫌悪を覚えるのだ。疲れているから仕方ないよ…というのは確かだが、せいぜい30分くらいとか、本当のうたた寝程度なら自分自身も許容できるのだが、完全に意識を失ったように寝てしまっていることに、目覚めた後、猛烈な自己嫌悪感を覚えるのだ。

 だいたい、午後11時過ぎまでは、いかに寒くても外仕事だから、暖房のきいた事務所に入り、しかも食事をして満腹になってしまえば、誰だって眠くなるといえばそうかもしれないが、どうにもその居眠り具合が本人としても愕然とする状態なのである。その状態が、前述した通り、60歳を迎える2ヶ月くらい前から顕著になったように思うのだ。年齢を重ねれば、誰だって体力が衰えるのは当たり前であるが、突然の体力減退は何か原因があるのだろうか?と考える。

 確かに無理を重ねていることは明らかである。ふと、ずっと服用してきたローヤルゼリーの変更もひとつの要因なのか?とも思う。それまで5年以上になるだろうか、服用してきたローヤルゼリーを販売する会社が諸般の事情とやらで廃業してしまい、やむなくいくつかの代品を試した結果、今服用しているローヤルゼリーに変更したのだが、やはり多少はその影響もあるのだろうか?そしてあまりに長引く厳しい状況に精神的に疲労を感じて、ガクッと来ているのだろうか?

 何一つ「いいこと」と思えることはなく、ひたすら働いて、家のローンやカードローンの借金を返済し、給料日などうれしいことは何一つなく、お金のやり繰りに四苦八苦して、自分の欲しいものもほとんど買えず、食料品など買いに行って、美味しそうだな、などと思っても「贅沢はできないからやめよう」と本当に必要なもの以外は買わない。買えない。

 睡眠時間にしても普段は3時間弱でも、夜勤仕事が休みの曜日とか、多めに取ろうと思えばできる曜日もあるのだが、下手に5〜6時間でも寝ると、「寝すぎ」の信号のように頭痛がある。それに余分に寝ても、決して熟睡して気分爽快などということはないし、いくら寝ても眠くなる度合いはほとんど変わらない。そんなことを何度も繰り返せば、な〜んだ、いくら多く眠っても同じじゃん…と思えてしまうのだ。

 その結果、自分がどうしたいのかすら、わからなくなってしまうのだ。眠いから寝たいのか?時間があるなら、もっとやりたいことがあるのでは?やりたいことがあっても、眠くなってしまうじゃないか。眠くなれば、やりたいと思っても集中すらできないじゃないか。そんな思いが堂々巡りする。

 そんな日々の中で、唯一の救いは、愛犬Qちゃんとポコちゃんの存在かもしれない。寝る時間になると必ず筆者のところにやってきて、顔をべろべろ舐め回し、2分くらいはその洗礼に耐えるのである。もっとも、最近はマスクを着用して寝るようにしたから、以前ほどではなく、彼らも徐々に諦めてくれたのか、それぞれが自分のポジションに位置しておとなしく寝てくれるようにはなったが。

 Qちゃんの定位置は筆者の股の間で、ポコちゃんは筆者の右肩あたりを枕にするのが定位置である。Qちゃんは何度か出入りを繰り返すが、股間が定位置ゆえ、筆者は両足をO脚にして寝ることになる。Qちゃんの場合は、定位置に落ち着くまでは筆者の足を舐め回すのが習慣である。ポコちゃんはマスクをするまでは口の周りをベロベロ舐め回し、その影響か、ばい菌でも入ってしまったのか、ある日口の中が腫れてしまったために、それ以来マスク着用で寝ることにしたのだが、それでもあごから首にかけて舐め回し、納得するとおとなしく寝るのが習慣である。

 散歩も寝る時間を削っても、雨の日以外は実行している。もっとも、最近では妻が筆者の睡眠時間が厳しい曜日だけは、何とか代行してくれるようになったが、彼らにとって散歩はストレス発散の時間でもあるし、何よりも彼らとの時間は、後になって悔やみたくない気持ちが強いから例え、時間的にきついなぁ、と思っても例え短時間でも行くようにしている。

 以前、一緒にいてくれたレオとポッキーは完全に室内犬としてで、散歩というものは一切しなかったが、今となって考えてみるとどうだったのだろうか?と思うことがある。Qちゃんとポコちゃんは毎週1回は必ずシャワーで体を洗ってあげているが、レオやポッキーはそこまではしなかった。

 肛門腺絞りや爪切りも今は毎月1回、動物病院に連れて行ってやっているが、レオやポッキーはそこまではしなかった。確かにレオやポッキーは我が家で初めて生活した犬だったから、いろいろとわからないことや知らないことがあったからでもある。

 レオとポッキーがいてくれたから、今はQちゃんやポコちゃんとどのように生活するのが自分自身にとってもいいのか、理解できるのだろう。彼らのことを考えると、自然と心が和む。動作や仕草を思い浮かべると、心が柔らかくなるようである。今の筆者の「生きる役割」は、借金を返済して万が一、死んでしまっても残った家族に迷惑をかけないようにすることと、Qちゃんとポコちゃんに対する「飼い主」としての責任を果たすことである。


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