心穏やかに/エッセイ

睡眠への憧れと恐怖、そして後悔?

徒然エッセイ
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 ■第85話/睡眠への憧れと恐怖、そして後悔?

 前回、「睡眠への憧れと恐怖」というタイトルで文章を記したが、今回はその続編というか、追加文章として記すことにする。人間は冬眠ということはしないし、寝だめもできない。ゆえに眠くなれば寝るし、それは体力回復のためにも有効なことである。ただ、よく聞く話だが、寝すぎるとかえって眠くなる…というのも事実である。もちろん個人差があるゆえ、何とも言えないが、少なくとも筆者においては長年の短時間睡眠のツケか、寝すぎは明らかによろしくないようである。

 前回の文章でも記したが、人間の睡眠はレム睡眠とノンレム睡眠を繰り返し、その周期は90分と言われる。一般的にノンレム睡眠時はいわゆる熟睡期間で、レム睡眠は眠りが浅くなる時期で夢を見るのはこのレム睡眠期間とのことで、すっきり目覚めるためにはこの睡眠が浅くなるレム睡眠時のタイミングがよろしいようである。これもよく言われることだが、睡眠は必ずしも長ければいいというわけではなく、その質が重要である。

 短時間でもぐっすり眠れれば、目覚めも爽快である。誰でも経験があるだろうが、ほんのわずか10分程度昼寝をしただけなのに、それこそ1時間以上眠ったような熟睡感があることがある。レム睡眠とノンレム睡眠の繰り返しで、理想的に睡眠を取れれば、疲労回復・ストレス解消にもなるわけで、90分単位で考えれば、仮に1時間半しか眠れなかったとしてもその質がよければ、レム睡眠状態で5〜6時間寝るよりもはるかに有効ということになるのである。状況的に長時間の睡眠を取れない筆者もこの点に着目し、1時間半、3時間、4時間半を基本的睡眠時間として、その日の状況によって、目覚ましをかけて目覚めようと目論んでいるわけである。

 ところが、なかなかうまくいかないのが実情である。現状では1時間半程度の睡眠しか確保できない日が週3日はある。4時間半程度寝られる日は2日、残りの2日は夜勤仕事が休みの日で、この2日間は限度はあるものの、たくさん寝られる日である。この2日も今までいろいろなパターンを試してみた。とにかく目覚ましなどかけずにスッキリ目覚めるまで、ひたすら寝てみる。その結果は好ましいものではなかった。途中、何度か目覚めるし、その都度、今日は別に今起きなくてもいいんだ、とうつろうつろに頭が考え、何となくダラダラ寝ているという結果になってしまい、熟睡感もそれほど実感できず、かえって眠くなってしまったり、頭痛があったりした。

 ならば、2分割してはどうか?と考え、まず1時間半程度寝る。そして起きて、やりたいことをやる。そして食事をとって、3時間程度寝る。しかし、この作戦もいまいちうまくはいかなかった。最初の1時間半がどうにも無意識の油断のためか、別に無理して起きなくてもいいじゃん…と考え、まともに起きられないのである。挙句、予定の倍の3時間程度寝てしまう。すると、当然ながらその後の予定に大きな影響が及ぶ。後半の睡眠時間が圧迫されるわけである。

 後半の睡眠は早朝清掃バイトのため午前3時頃には起きなくてはならない場合と、7時半からのバイトのため遅くとも6時には起きなくてはならない場合の2種類あるが、結局予定通りに目覚めることができず、結果的にはバタバタと慌しくなってしまうことが多い。いかに目覚ましをかけようと、無意識のうちに頭で考えていることは目覚めを妨げる結果になる。「あ〜あ、よく寝たなぁ〜」と思えることはほとんどない。

 考えてみれば、睡眠というのは体力回復やストレス解消にも必要であり、睡眠を要求するのは、それだけ体力が衰えている証拠でもあり、体が欲しているわけだから、そうした体の要求は素直に受け入れて、寝たい時はあれこれ考えずに寝ればいいのだと思うのだが、どうにもこのあたりで葛藤することがあるのだ。

 かなり無理な毎日を送っているのだから寝る時間がある時は寝ていいんだ…と予定以上の睡眠を肯定する自身と、余計に寝てしまったからその後の計画が大幅に狂ってしまったじゃないか…と後悔する自身がいる。どうせいくら寝たって睡魔は解消できないのだし、時間を無駄にしてしまった!失敗した!…と後悔するのである。毎週2日ある夜勤勤務の休日の過ごし方で、うまくいった!と思ったためしはない。今週も失敗してしまった…と後悔することの連続である。

 多分、うまく過ごせたと自身が納得するのは、自分でこれだけはやろう!と決めたことを全て実行できた時、いろいろなことができた時なのではないかと思う。時間がある時にしかできないこと、やれないことが持ち越しでどんどん積み重なってくるから、所詮全てを片づけることなどまず不可能なのだが、それでも自身の許容範囲のことまではやりたい…と思ってしまうから始末におえない。決して「完璧主義者」ではないと思っているが、まぁ多少はその気があるのだろう。

 そうしたことに睡眠が絡んでいるから困ったものである。こんなことはもう間もなく人生60年になろうかという今までの自分を振り返っても初めてのことである。かつてもトリプルワークはやったことがあったが、3ヶ月程度で身の危険を感じて断念した。しかし今は2〜3ヶ月間のフォースワークを経て、トリプルワークに移行して9ヶ月になる。年を重ねれば人間ゆえ当然ながら体力だって衰えてくる。

 それが完全に逆行して、本来なら間もなく悠々自適の定年の年齢だというのに、未だかつてないハードな労働状態になってしまっている。やれているのはただただ「ねばならない」という切羽詰った現実があるからに他ならない。言い古されたことだが、どんなことにも終わりはあるものだが、この睡眠への異常なまでの憧れと恐怖、そして後悔の終わりはどんな結末なのだろうか?


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