心穏やかに/エッセイ

59歳の誕生日

徒然エッセイ
管理人室トップ管理人プロフィールぽえむコーナー徒然エッセイ展示室

 ■第79話/59歳の誕生日■

 今日(2015年2月20日)で59歳となった。年齢というものは重ねれば重ねるほど、その誕生日というものがうれしいというものではなく、あまり気になるものでもなく、何事もなく過ぎていくものとなる。筆者にとっても誕生日といっても特別なものではなく、早朝の清掃バイト、それに続くボウリング場でのバイトと仕事をし、たまたま夜勤勤務の仕事が曜日の関係で休日となり、ちょっとは自分の時間が持てる日となったというくらいである。

明日は明日でまた早朝バイト、そしてボウリング場でのバイトと、まったく今日と同じように繰り返され、21日以降のシフト体制で夜勤仕事の休日が金・土に変更になったため、休みとなり、今日と同じような日が繰り返されることになる。

 それにしても59歳とは世間で一般的に言われる定年まであと1年という年齢である。普段からほとんど年齢は気にしないのだが、やはり60歳を間近にすると、何とも自分では信じられないような気持ちもある。そんな年齢になったのかという気持ちと同時にこれから先の間違いなく短くなった自分の人生をふと考えるものである。

 生き物である以上未来永劫はなく、自分自身も間違いなくこの世を去る時が来る。自身の家族を含め、多くの人の死には直面してきたが、それが明らかに自分自身の前にも迫ってきていることを実感せざるを得ない。その時はどう思うのだろうか?とふと考える。今、思うほとはとにかく周囲に迷惑をかけるような状態では死にたくないないなぁ…ということである。

 それは身体的にもそうだが、金銭面でも現状の借金状態は一切無くしてということでもある。なんてことを書くと、結局は短くなった先のことを考えつつも、現状の解決が最優先であり、真剣に切羽詰って短いこの先の人生を考えているわけじゃないじゃん…と思われるかもしれないが、まぁそれが正解なのかもしれない。

 筆者の周囲には、悠々自適で日々を過ごしている年配の人もいる。ボウリング場などでバイトをしていると開店早々に来店して元気にボウリングに励んでいる年配の人も多い。羨ましいなと思える人が意外と多いものである。早朝清掃で自転車を漕いで自宅へ戻る途中、同じような時間帯に同じような行動をしている年配の人もいる。いろいろな人に、その人なりの人生があり、やがて全ての人は死んでいく。

 その時をどう迎えるかは人それぞれだが、結局筆者はそんな余裕もなく、日々を必死の思いで過ごして、気がついてみたらこの世から消えていたということなのかもしれない。一切の心配事もなく、自分の人生を振り返り、ポカポカの日差しの中で感傷にひたるなどという光景は自分には似合わないのかもしれない。

 とにかく自分自身の人生である。何よりも大切なことは自分が納得することではないかと思う。周囲の目が気にならないわけではないし、どうしたってそこまでの境地には到達できそうにないが、自分自身の人生であることをじっかりと認識し、その日その日を精一杯に生きることが最も大切なことではないかと思う。

 年齢を重ねていくと必然的にいろいろなことでかつてより劣ってしまってきている自分自身に落胆することもある。出来ていたことが簡単には出来なくなってしまった自分。バイト先でも周囲に若い人が多いと、特にそんな自分自身に気づかされるものだが、それでも自分に出来ることを精一杯やって、その結果がダメであれば、それはそれで仕方ないことだと思うようにしている。

 大切なことは年齢が年齢だから…と最初から何もせずに諦めるのではなく、とにかく頑張ってみる、自分なりの精一杯で頑張ってみるということだと思っている。早朝清掃で、寒い中を不慣れな自転車を必死に漕いで勤務先に向かう姿は、もしかしたら滑稽かもしれない。雨でも降っていればかっぱを着て、それこそ格好など気にせずに必死である。それでも必死に生きるしかない。

 今の筆者にとって、まず最優先すべきことは多少なりとも安定した生活の確保である。3人の孫がいるにも関わらず、まだ一度もその孫たちの顔を見たこともないような情けない「おじいちゃん」である。実の母にももう長い間顔を見せることすらできない。姉・兄にまかせっきりで母に会いにいく足も久しく遠のいてしまっている。お墓参りもまた行けなくなってしまっている。家族のことに気配りすることすら出来ない。今は極端に短い睡眠時間の日々で猛烈な睡魔に襲われ、自分の意思に反してうとうとして醜態を晒す日々である。

 それでも自分の人生である。いつか必ず逆転してみせる…という気持ちは持ち続けている。自分がこの世に存在する意義は、決して今の状態ではないと思い続けている。59歳の誕生日は普段と変わらずでも、自分自身でハッピーバースデーしたからそれでいい。まぁ、とにかく必死で生きて絶対に現状のあまりにも窮屈な状況から脱出してみせる。

 深く考え込まず、動くこと。休むとほんの短い期間であろうと怠けグセで、その後が極端に辛くなることもわかっているゆえ、動いていることがいいのだ。何やら支離滅裂な文章となってしまったが、59歳の誕生日のメモである。


徒然エッセイ扉へ戻る

| トップページ | What's New&サイトマップ | ともだち絵本館 | リレー絵本 | 折り紙教室 | ミニゲームコーナー | ともだちギャラリー | Flashムービー館 | 独断でおすすめの1冊 | ともだちリンク | 絵本作家リンク | 全国の絵本館紹介 | 掲示板 | 管理人室 |

TOMODACHI MUSEUM Copyright(C)SADAO MARUYAMA All Rights Reserved.