心穏やかに/エッセイ

久しぶりのお墓参り…

徒然エッセイ
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 ■第70話/久しぶりのお墓参り…その意図は?■

丸山家先祖代々のお墓 タイトルに何やら意味深含みの言葉を記したが、実は何のことはない。以前より、まったく行けなくなっていたお墓参りのことは気にしていたのだが、ようやく行って来たというだけのことである。

 出来る限り定期的にと、ある時期はせいぜい2ヶ月周期くらいで豪徳寺にある祖先のお墓参りには行っていたのだが、このエッセイでも記しているが、収入減による経済的理由と勤務時間等の関係で体力的にも金銭的にもまったく余裕がなく、いつの間にか足が遠のいてしまっていた。

 では、久しぶりにお墓参りに行けたということは多少なりとも改善され、余裕ができたのか?と問われれば、そんなことはまったくない。赤字状態は相変わらずだし、今回久々のお墓参りを実行したのも、一時的ではあるが、Wワークのひとつだった早朝のショッピングモール清掃のアルバイトを辞めたから、以前よりはかなり時間的にも楽になったからである。

 このまま夜勤勤務1本でやっていければ、それに越したことはないのだが、そういうわけにもいかないため、現在また新たに短時間で近場のアルバイトを探している最中である。

 さて、久しぶりの豪徳寺のお墓参りだが、夜勤明けで自宅に帰宅したのが午前4時前。そのままの流れで、午前5時47分発の始発バスで最寄の駅まで行き、そこから豪徳寺に向かった。毎度のパターンではあるが、豪徳寺駅前のマクドナルドで朝マックを食べてからお墓参り。さすがにお墓は荒れ果てていて、ひどい状態だった。とりあえず周囲を掃除して、墓石などを水を流し、スポンジでゴシゴシこすって洗い、花と線香とお塔婆を買ってきて、とりあえずきれいにしてきた。

 苦しい時の神頼み…それは見苦しい行動かもしれないが、今回はもちろんそうしたい気持ちは山々なれど、まずは実母の健康をお願いし、自身の家族の健康を手を合わせてお願いした。認知症のため施設に入っている実母にも、もうしばらく会えないでいる。これもお墓参り同様に、以前から気になっていて、何とかしなくてはと思いつつも、往復だけでも4〜5時間かかる場所だけに交通費もさることながら、時間的余裕がないとどうにも行けずにいる。せめて祖先の力を借りて、実母を見守ってもらうしかない。もちろん、何とか多少なりとも現状の赤字だらけの経済状態を改善し、体力的にも時間的にもちょっとでも余裕が持てるようになったら、行きたいと思っているのだが…。

 お墓参りして、手を合わせて何かをお願いしたとて、どうせ遠い祖先は、お願いなどせずとも全てお見通しである。助けてください…などと口に出さずとも、現状などとっくにわかっている。しばらくお墓参りに行けなかった理由なども別に報告せずともわかっている。助けてほしい気持ちはもちろんであるが、だからと何もせずにただお願いすればいいのかとなるとそれは違うと思っている。

 ラッキーは棚からボタモチもあるかもしれないが、筆者の考えとしては、やはりやるべきことをやって初めて巡ってくるものだと思うのだ。何もせずにひたすら祈れば、ラッキーが来るなら誰もが何もせずにひたすら祈るだろう。やるべきことをやってこそ、訪れるものが本当のラッキーではないかと筆者は思っている。

 夜勤明けの流れで、そのまま行ったお墓参りだっただけに、帰宅後さすがに爆睡したが、何か気持ちの上ではスッキリした感じがした。お墓という厳粛な雰囲気は、やはり行くだけでも何とも言い難いおごそかな気持ちになる。同時に、前向きになれる気力ももらえる。

 遠い祖先あってこそ今の自分がこの世に存在するのだ。これは紛れもない事実である。厳しい時代を生き抜いて、今の自分にバトンを渡してくれたのである。だから、筆者はごく当たり前の感覚として祖先に敬意を払い、その祖先のお墓参りをすることも、特別な行いではなく、当然のことと思う。できることなら、何とか定期的にせいぜい2〜3ヶ月に1度はお墓参りをしたいと思っている。


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