心穏やかに/エッセイ

白内障手術

徒然エッセイ
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 ■第67話/何が見えるのだろう?■

 9月25日に白内障の右目の手術を受けた。医師の言う通り、進行が非常に早く、前日にはもうかなり曇りガラス状態で、車の運転など絶対に危険な状態でほとんど限界だった。お金の余裕などまったくないから入院などできず、日帰り手術だったが、右目保護のために顔半分を覆う大きなガーゼを貼られ、当然ながら車の運転などできないから、行きも帰りも徒歩だった。さすがに片目だけの歩行は心もとない状態だったが、翌日の26日には朝の診察でガーゼも取ってもらえた。

 驚いたのはこんなに見えるのか!ということ。考えてみればメガネのお世話になり始めたのは学生時代で大学生の頃には常時かけているという状態ではなかったが、必要な時にはメガネを浸かっていた記憶がある。だからもう30年以上は視力の悪さで困っていたことになるわけである。それが、ここ数ヶ月で白内障の診断を受け、すでに5年ほど前に眼底出血でレーザー手術を受けて以来、左目はほとんど視力が出ず、右目だけに頼っていたわけだが、その頼みの右目が白内障になってしまってはもうお手上げ状態だった。

 手術は正味10分もかからなかったが、その準備として点眼したり、点滴したりでトータルでは2時間くらいはかかったが、手術は局所麻酔だったが、まったく痛みもなく、手術を受けている間は3つの光の中心を見て、時々医師の指示に従って下方を見たりする程度だった。翌日の検査でも特に問題はなく、あとは10月2日に左目の手術を受けるのみである。

 突然、右目がよく見えるようになり、左目はまだ相変わらずだから左右のバランスが極端に悪く、日常的に困るのではないかと心配だったが、もともと左目はほとんど視力がないようなものだから、度の入っていないメガネなら心配していたバランスの悪さもほとんどなく、車の運転も必要に迫られてということもあるのだが、27日からはやっているし、仕事も2日間休んだだけで出勤している。ただし、医師の注意として極端にハードと思えるような作業は不可とのことで、継続的に重たいものを持ったりするのも厳禁ということで、それは職場にもお願いした。ただ、やはり目というものは日常的に使うもので、仕分け作業なども目で見て動くだけに27日はさすがに夕方近くなると目から来る頭痛を感じた。

 手術を受ける前にふと思った。目がよく見えるようになることは喜ばしいことである。しかし、一体何が見えるのだろうか?と…。果たして「明日」が見えてくるのだろうか?…ふとそう思った。昼間の仕事に職場を変えてから時給が下がり、収入は減少してしまった。Wワークをやっても以前の夜勤プラス早朝バイト時に比べるとかなり減少している。他に収入の当てもない。今は体調的にも目の状態からもとりあえずはそれを万全にすることが大切だし、日常的な生活リズムをちゃんと整えることが先決である。

 目が見えるようになって果たして何が見えるのか?鏡を見てふと思った。そこに写る自分自身は年齢相応に年取った自分だった。考えてみれば、顔を洗って、髪をとかしてなどは日常的にやっていたことだが、メガネをかけるようになってからは、裸眼の自分自身の姿ははっきりとは見えなかった。メガネをかければはっきりと見えたが、当然ながら鏡に写る自分自身はメガネをかけた自分である。だからちょっと大げさに言えば、裸眼の自分自身の姿をはっきりと見たのはそれこそ30年近くぶりである。

 そこに映ったのは年齢相応にしか見えない自分自身だった。髪の毛も育毛剤や白髪染めを使っているものの、やはり年齢相応になってしまったし、目の下の涙袋はやけに大きくなっていた。泣きたいことばかりのここ10数年の涙が溜まってしまったのだろうかと思える。「明日」は見えない。白内障手術が終わって、30数年ぶりに裸眼でもちゃんと見えるようになって、見えてくるものは一体何なのだろうか?

 正直なところ、さすがにちょっと疲れたかなと思う。自分なりに決して日々いい加減に生きているとは思っていない。まだまだ努力不足かもしれないが、頑張っているつもりである。しかし、さすがに年齢相応の体力では若い人にはかなうはずもない。こんなはずじゃ…なんて思っても、それは仕方ないことである。自分は年だから…などと全てを年齢のせいにして、手抜きしているわけではない。自分なりに懸命に頑張っているつもりである。

 しかし、誰でもそうだが、年齢という現実は否めない事実である。疲労感もやはり比べ物にならないし、無理もきかなくなってきている。今の昼間の仕事の職場にはいろいろな年齢層の人がいる。一体いくつなのかわからない人も多い。中心は30〜40代なのだろうが、多分自分自身と比較的近いのでは?と思える人もいる。そういう人は一体何故ここで働いているのだろうか?とふと考える。すでに定年し、体力維持のために来ている人もいるだろう。家にいてもヒマなので運動がてらに来ている人もいるかもしれない。生活には比較的余裕があり、自分の小遣い稼ぎに来ている人もいるだろう。

 果たして自分自身のようにWワークしてもアップアップしているほど状況が悪い人がいるのだろうか?と考える。正直なところ、仕分け作業をしている時、「これは自分自身の本来の人生ではない」と思う時がある。こういう場所で、こういうことをしている自分は自分ではないと思う時がある。もっと他にやるべきことがあるのではないか?このままアップアップして、疲れ果てて人生を終えるのか?そんなはずはない…などと思ったりする。

 しかし、現実に存在するのはいつもいつもお金の心配をして、自分の時間もまともに持てず、睡眠時間も4時間程度で、まともに連休なども取れない自分自身である。白内障の手術は、手術すれば治る。その意味では確かにお金はかかるが、まだ救いがある病気である。目が見えなくなってはそれこそ働くことも困難になってしまう。

 不幸にも視力を失ってしまった人や生まれた時から障害がある人に比べればまだ幸せである。それは十分にわかっているものの、ふと思った。一体何が見えるのだろうか?と…。「明日」が見えてくるのだろうか?今は耐え忍んで、自分自身を疑わず、自分を信じて生きていくしかないのだろう。


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