心穏やかに/エッセイ

8月の格言

徒然エッセイ
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 ■第66話/8月の格言にも思わず納得!?■

 この徒然エッセイ第62話で「つまずいた石」というタイトルで文章を記したが、今回のエッセイもその続編的である。月めくりカレンダーに書かれた格言だが、8月の格言は「酷暑も極限を超えたとき涼風が吹く」である。今年の夏は一層の猛暑で東京でも37度超を記録したり、各地で記録的な暑さである。

 その反面、大雨による大被害など、誰がどう考えても地球そのものの異常であることは明らかである。地球温暖化の問題はもうかなり以前から警鐘が鳴らされているが、それでも根本的具体的対応などは一向になされていない。誰もが「変だ」と思っていても、そこから引き起こされる天災が現実的に身に迫らない限り、きっと何も変わらないのだろう。そうした環境問題の件はまた別の機会に記したいと思うが、今回のエッセイはあくまでも「格言」について記したいと思う。

8月の格言 62話で記した文章も読み返してみると、「つまずき」イコール不運の連続についてのことであり、それをどう捉えるかということであった。今は8月になり、その時から約5ヶ月が経過した。「つまずいた石」は果たしてステップとしての踏み石になったか?否、相変わらずというよりもむしろ更につまずきの石の連続に見舞われているのが現状である。

 まず、1年以上継続してきた夜勤の仕事…ここが急激な仕事の減少により、残業どころか早上がりせざるを得ない状態となり、残った仕事を余剰気味となってしまった人員で分け合うような状態となってしまった。時給計算の従業員としては当然、残業もできず、早上がりによる収入減となり、状況を見て別の仕事を探していたのだが、あいにく時給のいい夜勤の仕事で自宅近辺という「好条件」は見当たらず、ノーマルな昼間の仕事に転職することにした。

 当然、毎月の収入も夜勤よりは減り、ただでさえ赤字の家計は改善されるはずもなく、夜勤時代からやっている早朝3時間の別のバイトはそのまま継続せざるを得ない。今までは夜勤明けでそのままやっていた早朝バイトを終えてから、今度は新たな仕事場に向かうという順序が変わっただけである。1年以上やってきた夜勤中心の生活から全ての時間帯を変更せざるを得ないため、しばらくはまたリズムが崩れてしまうだろう。

 年齢が年齢だけに職業選択もかなりの制限があるゆえ、とりあえず雇ってくれるところが結構スムーズに見つかったことだけでも感謝すべきかもしれないと思っている。新しい職場の締めの都合もあり、今月16日からの勤務となり、今この文章を記しているのは夜勤勤務した会社の有給休暇消化期間となり、つかの間の生活パターン調整期間なのだが、そのタイミングを見計らって2ヶ月くらい前から気になっていた急激な視力低下の検査のため、眼科に行って調べてもらったら、何と「白内障」の診断。

 筆者は左目をもう5年以上前になると思うが、眼底出血によって数回のレーザー手術を受け、矯正視力でも0.5が最大という状態だったのだが、今度は頼みの右目が白内障という診断を受けた。医師の説明によると、老人性白内障ではなく、目のレンズの裏側だかが急激にくもって見づらくなる状態で、進行が非常に早いとのこと。確かに、何か「変だな」と感じたのは6月頃だったように記憶しているが、それからは日に日に非常に見づらい状態になっている。霞がかかったような状態で、最初は目の疲労かと思ったし、日常的な平均睡眠時間が4時間足らずという状況が影響しているのかとも思った。

 車通勤が必須であり、定期健康診断でも両眼で0.6程度という状態で、慌ててメガネ屋に行き、より度ぼ強いメガネを作ってもらおうと思ったが、検査の結果、これ以上は医師の処方箋でもない限りは作れない…と言われ、お手上げとなり、タイミングを見てようやく眼科で検査してもらったのだった。白内障は手術以外には完治せず、点眼によって多少進行を遅らせることくらはできる程度とのことで、手術を受ける以外もう選択の余地はなかった。

 手術は目のレンズを人工的なものと「交換」するもので、ちょっと考えると何やらサイボーグ的であるが、人工的なレンズを入れることによって根本的な近視治療にもなるとのこと。片目だけで45,000円ほどの手術費がかかるそうだ。両目で9まんえんである。ただでさえ、赤字でカードローンで借金している身分の筆者である。どうするんだ?と思ったところで、じゃあこのまま放っておいて進行速度の早い白内障で右目が見えなくなる方法を選択するのがベストか?更に借金が増えようが、手を打てる状態なら治療するのがベストな選択であることは言うまでもないと筆者は即断した。

 不治の病気なら仕方ないが、そうではない以上、整備していい状態にするのが得策であるのは明白ではないか。順番待ちの兼ね合いもあり、手術は9月末と10月初旬の2回に分けてやることになった。それまでは、少々厳しいが、今の状態でr何とか仕事をこなしていくしかない。新たに勤務する会社も最低限度の休暇で何とか凌ぐしかない。

 それにしても…何たること!何でだ?…そう思った。こんなに連続して不運の大波ばかりが押し寄せるのは一体なぜなんだ?…もうこうなると絶望感というより、笑うしかない。ひどいものだ!こんなに連続して不運に遭遇するほど、今まで自分自身はいい加減に生きてきたか?自分なりに頑張ってきたんじゃないか?…そうしたことがいろいろと浮かんだ。そんな時、冒頭に記したカレンダーの格言を読み返し、自分にとっての「酷暑の極限」はまだなのか?と考えた。「長い夜」は今どのあたりなのか?夜明けの光はチラッとでも見えないのか?「酷暑」のピークはまだ先なのか?今がピークでは?と思えたことは何度もあった。

 そして、もうこれからは浮上するのみ…と自分自身を叱咤もしてきた。ところが、何たること!…しかし、それでもやはり8月のトイレカレンダーの格言「酷暑も極限を超えたとき涼風が吹く」と思える。半ばヤケ気味とも言えるかもしれないが、こうなれば不運貯金をタップリして、近いうちにタップリと利子のついたラッキーを還元してもらうとするか…という心境である。思えば筆者はもう10数年前にガン宣告をされて手術、入院を余儀なくされたことがあった。

 入院生活というものは、余程の特例以外は辛いものである。自由にならない毎日である。窓から眺めた景色は、自由に動けない苦痛とともに恨めしいものだった。人間はどんなに辛い体験でも時間の経過によって、完全に消えることがなくても薄れさせていくことができる。その辛さにしがみつくか、開放されるべく思考方法を転換させるかによってその後の展開は大きく変わる。「人生の逆転」はまだまだ十分に可能なのだと信じている。

 生きているということはまだ自分のなすべき役割があるということであると考えている。一瞬の出来事によって人生の大逆転も起こるものである。「酷暑」の極限が仮にまだ先だったとしても、必ず極限は訪れ、そして間違いなく「涼風」が吹くのだ。このエッセイを自分自身に、そして環境や状況は異なっても頑張って生きる人に贈りたいと思う。


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