心穏やかに/エッセイ

つまずいた石

徒然エッセイ
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 ■第62話/つまずいた石■

 ^特に珍しいことでもないと思うが我が家のトイレの壁にはカレンダーがかかっている。近所の美容室から毎年もらう月めくりのカレンダーで、いわゆる格言が書かれたシンプルなカレンダーである。格言だけに読んで思わず納得する文章なのだが、今月3月のカレンダーに書かれた格言を見て思わずう〜んとうなってしまった。

 「つまずいた石は踏み石にもなる」…これがその格言である。読んでその通り、つまずいた石はその時にはつまずかされた原因である石に対して不快感を抱き、頭に来てその石を恨み、それこそつまずいた原因である石を蹴飛ばしてやりたくなる。しかし、ちょっと冷静になって考えてみるとそのつなずきの原因となった石も場合によっては踏み石という自身を助けるもの、向こう側に渡るための重要な石になる場合もあるということである。

 考えてみると、人生には何度もつまずくことがある。多くの人の場合、むしろ順風満帆な時より嘆く時の方が多いだろう。かくいう筆者もつまずきの連続である。何でこんな目に遭わなくてはならないのか?どうしてこんなことばかりなのか?同じ格言で「明けない夜はない」という、どんなに厳しい、暗い夜でもいつか必ず夜明けは来るという希望的な格言で誰でも聞いたことがあるだろう。

 確かに明けない夜はない…と頭では理解していても、その夜があまりにも長いと、本当に夜明けは来るのか?と疑いの気持ちが出るものである。確かに夜明けは来るかもしれないが、その夜明けは本当に明るいのか?もしかしたら、どんよりと曇った夜とさほど変わらないような暗い夜明けなのでは?と思ったりする。

 つまずいた石は非常に腹立たしい。なんでこんなところに石があるんだ!ムカつく!と誰だって頭に来る。どんなことでもそうなのだが、物事をどう捉えるか、ということによってその後の状況は大きく変わる。つまずいた石を格言のように踏み石にもなる…と捉えるのはプラス思考であり、つまずいたことを恨み、その不運を不運と考え、執着することはマイナス思考である。とは言っても人間、そんなに強いものではないというのが現実である。

 頭で理解していたって、なかなかそれを実践するのは困難であることが多いが、プラス思考で…という考えも十分わかっていたって、そう簡単に実践できるものではないのが現実である。いわゆる不運、アンラッキーを180度転換して、それを糧にして前向きに…と考えるのはそう簡単なことではない。明けない夜はない、必ず光輝く明るい朝が訪れると言われても、はい、そうですね、ではそれを信じて耐えましょう、頑張りましょう…などと素直に考えることは困難である。

 しかし、誰でも思い当たる節があるかと思うが、確かに考えようによっては心がずっしりと重なることも、逆に意外にも心が軽くなることもあったのではないだろうか?嫌だ、嫌だと思っていると本当に気が滅入って本当に嫌である。ところが嫌だなと思っても、それを重く考えずにまぁいいか…とちょっと手抜き的に考えてみたら意外にも嫌なことも思っていたほどではないか、と思えるものである。

 つまずいた石を恨み続けるエネルギーより、ちょっと待てよ、このつまずいた石も考えようによっては有効に活用できるのはないか?と考えれば、つまずき体験を恨む気持ちは徐々に失せて、失敗のサンプルとして「次」につなげることができる。ムカつくことがあっても、ずっと腹を立てて怒っていることの労力より、その一時はムカついてもまぁいいか、次につながれば良しとしよう…と踏み石としての活用を考える方が疲れない。つまずきなど誰にだってあることである。世に中に語り継がれてきた格言も、まさに自分と同じような境遇に遭い、それをいかに乗り越えるかという技術を先人、偉人たちは自分に言い聞かせてきたものである。

 つまずいた石を踏み石にするためにも、まずはそのつまずきへの執着を捨てて、つまずいて痛い目にあったけど、誰にだってあることで、決して特別なことではないから、まぁ仕方ないか、と一刻も早くそのことから離れることである。それも決して焦ることなく、あくまでも自分のペースという範囲内でいいのだと思う。


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