心穏やかに/エッセイ

前倒し定年退職(?)

徒然エッセイ
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 ■第52話/じつは前倒し定年退職(?)しましたです。■

 大学を卒業し、ほとんどまともな就職活動もせずに、会社説明会には一度も顔を出さず、書類締切日当日に、慌てふためいて履歴書を持ち込むという「離れ業」ながら運よく採用となりスタートした社会人生活…、誰しもが願わくば無事定年までひとつの会社で勤務できれば、と思っているだろう。筆者とて、決して飽きっぽい性格というわけでもないのだが、いろいろな事情から5つの会社を渡り歩いたことになる。

 その4つめの某出版社に運よく中途入社できた時には、このまま定年まで安泰…と思っていたが、出版界の不況もあり、所属していた事業部ごとそっくり分離・独立となり、転籍・退社となってしまった。それでもその流れを汲む会社として、独立当初は比較的安泰だったが、やはり不況やら何やらで、年々待遇はダウンの一途。そして数年前には、遂に某会社に株式の51%を占有され、いわゆる「身売り」された状態となってしまった。

 おまけに、何やら根拠不明の理由等で身分は降格、給料も大幅ダウンとなり、にっちもさっちもいかない状態になりつつあった。こんな状況なら、あっさりと見切りをつけて転職じゃ!と行きたいところだが、気づいてみれば年齢は55歳となり、会社の定年まで5年を切った時期だった。こんな年齢では、今がいかに高齢化社会といえども、不況に変わりはなく、転職など至難の業である。職場環境も決して好ましいものではなく、おまけに大幅にダウンした給料、しかし家のローンが残っている以上安易に動くわけにもいかない。

 いろいろと悩んだ。このままの環境で、果たしてまともに勤務できるのか?我慢できたとしても、果たして定年までの4年半弱の間、会社は存続しているだろうか?親会社となった会社にそっくり乗っ取られ、子会社の社員はどんどんリストラの憂き目に会うのでは?…売上げも下降線の一途をたどり、プラス材料はまったく見当たらない。担当する業務もその環境ももはや苦痛でしかない。妻とじっくり話し合った結果、前倒し定年退職を決断した。

 さては、その後のアテができたか?と思われるが、残念ながら、そんなものはまったくない。じゃあ、生活はどうなるのか?家のローンは払えるのか?…こうした当然の不安はまったく解消しないまま、退職を決めた。有給休暇が40日残っていたから、8月いっぱいの出社を最後に9月、10月と2ヶ月間はまるまる有給休暇消化期間となった。

 前述したが、筆者は今まで、5つの会社に勤務してきたが、その全てで1日たりともブランクはなく、次の会社に勤務してきた。だから、今回のような2ヶ月に及ぶ長期的なブランクは何とも妙な感じである。冷静になって考えてみれば、この場では詳細は書くことはできないが(まだ、実質的には退職した会社に在籍の身分ゆえ)、体にムチ打ち、かなりハードな毎日を過ごしてきただけに家族からすれば、2ヶ月の休暇など、特にどうということもなく、今までの分をゆっくり休んで、体調を整えて…という涙が出るような言葉ももらったりしたが、当の本人は決して、そんな悠長な気分にはなれない。それはもちろん次が決まっていまいからである。

 転職の際に、まったくブランクもなく5つの会社を渡り歩いてきた筆者にとっては、長期間の休暇はどうにも居心地が悪いものである。それでも、正式に退職となる11月1日から働く場所が確定していれば、まだ気分も違うだろう。今まで頑張ってきたんだ、2ヶ月の長期休暇とてバチが当たるまい、と思えるかもしれないが、そのアテがまったくない。9月上旬から中旬にかけてはとにかく今までやりたかったが、できなかったことを、この唯一のチャンスに全てこなしたい…と思っていた。

 実際に、何とかしなくてはと思っていた部屋の整理はある程度進んだ。ずっと手つかずだったベランダの清掃も、まだ完全ではないが、半分程度はできた。捨てるべきものも徐々に整理し、ようやく粗大ゴミ以外はある程度のメドはついた。自身の身辺整理についても、年齢を考慮しても、もういつ死んでも家族に迷惑をかけないように、捨てるべきものはどんどん捨てた。どうせ自分が死ねば、家族が捨てなくてはならないものはどんどん捨てた。

 ところが、今後の生活の糧となる新しい就業先のメドがない。いざとなれば複数のバイトを掛け持ちして、毎月の不足分は当面、退職金を充当し、その間に何か有効な資格を取得して、1年でも早いうちにより有利な職場につけるように…という目論みだった。しかし、実際に新聞の求人欄やネットの求人サイト等をフルに活用して調べても、予想通り、高齢者の就業は困難である。漠然と、今までのスキルとはまったく異なる業種につきたいと、的を絞って調べてみても、なかなか希望に沿った会社がヒットしない。

 今までのスキルを活用しようにも、恐らく大きなネックは年齢である。企業はこの不況である、少しでも人件費の高騰を抑えるためにも、若い低賃金で採用できる人材を求める。いかにスキルがあっても、高齢であれば給料も高く、将来性もない。本人がいくら給料についてある程度の範囲でと妥協したって、そんなことは伝えることもできない。年齢の割には、まだまだバリバリの現役でやれます!と豪語したって、そんなことを初めから相手に証明できない。

 結局、今までのスキルうんぬんではなく、対象業種も「高齢者歓迎」が最優先条件となる。定年退職した第二の職場として、または年金受給者が勤務する業種に限定されてくる。当然、給料は安い。それでも、とにかく家でこのままずっとブラブラしていられる身分などではない。給料が安かろうが、仕事が退屈であろうが、とにかく働かなくてはならない。

 …というわけで、日々求職中の状態である。これは結構疲れる。今はネットでいろいろ検索でき、昔と違って非常に便利になったが、その分情報量も膨大であり、自分の希望する職種の検索といえども、かなり時間がかかる。業種も多種多様だから、ピンポイントで検索すると逆に検索結果がゼロでヒットしない。検索条件を広げれば、膨大な件数がヒットし、それをひとつずつチェックしていく羽目になる。いかにバタバタしても、表向きは10月いっぱいは退職した会社に在籍しているわけだから、新たに就業することは就業規則違反となり、また健康保険等も2重となってしまう。

 実際に就業できるのは11月1日以降なのだから、それまでは堂々と今まで出来なかったことを存分に…と開き直ってもいいのだが、それにはやはり11月1日からの働き口を確定しておきたい。しかも、できることなら、時間的に規則正しく、資格取得の勉強時間が確保でき、本来やりたいクリエイティブな作業もできる状況が望ましい。

 もう9月も終わろうとしており、有給消化も1ヶ月が経過しようとしている。しかし、これは決して強がりではなく、今まで勤務した某社を前倒し定年退職したことに後悔はない。むしろ、あのまま残っていたら、と考えるとやはり無理だっただろうと思える。精神的にも限界を超えていたから、もしかしたら精神的な病気になってしまったかもしれない。先のことを考えると少なくともある程度の収入は確保できていたわけだし、職場環境さえ我慢できるのなら居座るのが得策と思えるかもしれないが、1ヶ月近く経過した今となっても、後悔の念が湧いてこないのは、今までの経験からすると自分の選択が間違っていなかった証拠と思える。

 11月からの働き口についても、多分、進むべき道は自然と現れるように思っている。いくつか履歴書を提出したり、アクションを起こしているところはあるが、それらも全ては「縁」である。自分が行くべきところなら、それはきっとスムーズにことが運ぶだろうと思っている。仕事に関しては、いろいろな経緯があったこともあるが、どの職業がどうというようなかつて順風満帆の絶頂期(?)にあったようなエリート意識もまったく消えているから、未体験のことでも素直な気持ちで習得する努力ができると思っている。

 こういう時にこそ、自分自身を信じることが大切だとつくづく思う。ターニングポイントには結構ドラマチックな結果で乗り越えてきた自分自身の「ラッキー」を信じていいのだと思っている。なるようになる…これは決して投げやりという姿勢ではなく、やるべきことをやってあとは堂々と構えていればいい…ということだと思っている。あのまま現状に留まっていることがどうだったか、そんなことはわからない。人生の選択においては、その片方の結果しか見られないのだから。


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