心穏やかに/エッセイ

新しい家族/イタリアン・グレーハウンド〜Q

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 ■第50話/新しい家族■

Qちゃん1 愛犬ポッキーは9歳で、そして昨年9月愛犬レオは15歳で逝ってしまい、我が家からペットが消えてしまった。それからは何となく空洞が開いてしまったようであり、その反面愛犬を失った悲しみも徐々に消えて、またいつか犬を飼えるようになれば…とは思っていた。しかし、世の中の不況、雇用不安、収入減などとてもそんな状況ではない。せめてもの癒し…とここ3〜4週間ほどは日曜日になると妻とともに車で15分程度のディスカウント・スーパー内にあるペットショップに行っては犬をガラス越しに見る状態だった。

 もちろん、あくまでも見るだけであった。また犬を飼うなどという夢はまさに夢だった。だから逆に「出会って」しまうことがないように心の中では妙な矛盾があった。もし、気になる犬に出会ってしまったらどうしょうか?そんなことがあっても到底飼うことなどできる状況でもなく、今後もそのような展望はない。

 そんな状況で、目に止まる犬がいた。イタリアン・グレーハウンドという犬種で、パピヨンのレオやポッキーとはまったく異なる犬種だ。グレーの体毛で全体がスマートで、精悍な印象である。しかも値段を見て驚いた。5万円とついている。生年月日を見ると2010年5月12日。そうか、もう生後5ヶ月経過しているから、安くなってしまったのだろうか?と思った。しかもその印象はパピヨンやチワワやシーズーやポメラニアンといった、いかにも可愛らしい犬とはまったく異質である。しかも、左目の上になにやら体毛がはげている部分がある。後から知ったことだが、尻尾も先端がちょっと曲がってしまっている。

 しかし、ひと目見た時からどうにも気になった。もちろん、あまりペットショップでは見かけない犬種だから、というのが最初の理由だったが、5万円という値段、生後5ヶ月経過しているというペットとしてはマイナスの要素、そして左目上のハゲた部分…きっと売れないだろうな…と思った。その反面、売れてしまったらちょっとショックだな、とも思った。

 我が家の家計は厳しい。会社の状況も悪化しており、収入減はもちろん、ボーナスの支給すら危ぶまれる。そんな事情もあり、つい先般、家のローンの支払いを緊急措置として、ボーナス月の支払いを止め、毎月均等払いに変更手続きをしてきた有様である。当然、毎月のローン返済額は増える。数ヶ月前から辞退した筆者の小遣いは無期限継続が確実となった。

 おまけに息子の学費やその他もろもろの出費も一向に減らない。どう考えてもふたたび犬を飼う余裕などないことは明らかだった。どうする?妻と息子と3人で話し合った。もし万が一、また犬を飼うとしたら今度は3人の協力が必須だからである。飼った以上は犬に対して全ての責任を負うのが飼い主の絶対的義務であるから、中途半端なことなど絶対に許されない。

 息子もやはりこのイタリアン・グレーハウンドが気になるようで、休みの日に見に行ったり、学校の帰りに一人でそのペットショップに立ち寄って、まだ売れていない…というメールをよこしたりした。妻ももう数年前からの膠原病からくる症状で両手があまり満足に使える状態ではない。しかし、昨年愛犬レオを失ってから、やはりいつかもう一度犬を飼いたいという思いは持ち続けていた。

 筆者は妻とふたたびペットショップにまだあのイタリアン・グレーハウンドが売れずにいるかどうか行くにあたって、3人の協力が得られるなら、その覚悟があるなら、飼おうか?と提案した。それは明らかに今の家の経済状況からすればかなりの無理を強いることであることは十分に承知の上でのことである。考えてみれば、レオが入退院を繰り返し、1年半くらい皆勤賞で通院していた頃だって、かなりの出費をした。飼い主の責任として、愛犬に対して最大限の出来ることをしてあげたかったから、とにかく必死だった。

 人間は、ある状況下になれば、それに適応せざるを得ないものである。こういう状況になったら、余裕ができたら…などと先送りしていたら、恐らくそんな時期は永遠に来ないものである。そういうことは過去の実体験でも何度も味わってきたことである。新しい家族としてふたたび犬が我が家にやってきたら、いやおうなしにそれに対応せざるを得ないのだ。そう考えてみた。コツコツ貯めていた別口座の残高もレオの入退院に軽く100万以上を出費し、その後もなかなか安定しない息子の学費やらその他の出費、自身の突発的入院や、妻の常態的な通院とは別の歯の治療にかかる出費などで、みるみる激減し、まもなく底をつく。毎月の小遣いが得られない状況で、自身の小遣いもその口座から必要に応じて出費してきたから、何とか少しでも蓄えを…と思っていた定期も何度か解約しては、普通口座に移し、多少でもと残額をまた短期定期預金にしてきたが、それとて先が見えている。

 明らかに犬など飼える状態ではない。しかし、実際に存在したら、どうだろうか?と考えた。妻も息子もそれなりの行動をとるのではないだろうか?どんな形か、わからないが、犬の存在によって、自分がどうしなければならないかを考えるのではないだろうか?それは筆者自身も同様である。悲しいほどに従順な、決して裏切ることのない犬がまたそばにいてくれたら、例え会社がどうであろうが、見栄や外聞など気にせず、きっと必死になるのではないか?叩きのめされても犬を含めた家族を守るため、頑張ろうという気持ちを持つのではないか?と考えた。そうするためには、ムダなことは我慢するだろう、病気などになる余裕はないから健康にも今まで以上に注意しなくてはならない。

 こうした自身に対する意識が妻や息子を含め、自身にも強くなれば逆境下であろうが、踏ん張れるのではないだろうか?そしてそうした中で、犬の存在が決してお金では買うことのできない「癒し」と「安らぎ」と「笑顔」を与えてくれることはレオやポッキーで十分に知っているではないか。

Qちゃん2 決断した。イタリアン・グレーハウンドを飼うことを。そして妻と息子と3人でペットショップで購入に踏み切った。約1年ぶりにふたたび愛犬のいる我が家となった瞬間であった。ところが、何と連れ帰ったその日の夕方から新しい愛犬はひどい下痢となった。そして、明け方になってもその状態は改善する兆候がない。そのペットショップがあるディスカウント・スーパーには併設する形で動物病院があり、年中無休で診療しているから、翌日朝9時に妻とともに早急に病院に向かった。事前に購入したペットショップにも電話をし、店長と思われる人から、その動物病院に一声かけておいてくれるように頼んだ。

 結果は環境の急激な変化による悪玉菌が増殖し、下痢を起こしているのではないかとの診断で、下痢止めの薬をもらい、そのついでに、左目の上にある体毛のハゲた部分についてと尻尾の先端の曲がりについても獣医に質問してみたが、ハゲ部分はかさぶたの跡があり、何かあった結果かもしれないとのこと、尻尾については生まれた時からもものかもしれない…とのこと。いずれにしろ、10月の3連休は新しい家族によってバタバタ常態となった。そしてさらに追い討ちをかけるかのごとく、病院に連れていったその日の夕方には、まだ下痢も治らない状態に加え、餌を食べている時、突然前歯の1本が抜けた。息子の話だと、抜けた歯は連れて帰ったその日からグラグラしており、同じ前歯でちょうどその反対側の前歯もグラグラしているとのこと。

 かつてレオやポッキーを飼っていた際には、そうした乳歯が抜ける場面に遭遇しなかったためだろうが、突然のことにまたまた3人でビックリし、乳歯が抜けたのならいいが、永久歯が抜け、他にもグラグラしている歯がある状況では、下痢とともに購入してから、わずか2日たらずであまりにも…という事態ではないか。そこで、同じ日の夜、ふたたび動物病院に駆け込み、抜けた歯を見てもらいつつ、歯の状態を診察してもらった。幸いにも抜けた歯は乳歯で、今後も2〜3ヶ月の間で乳歯が抜け変わるだろうとの診断。

 ほっとして家に帰ったものの、相変わらず下痢は徐々に快方に向かいつつある状況ながら続いており、おまけに食事をさせている途中で突然、歯が抜けたものだから、慌てて犬を車で病院に連れていったせいか、家について間もなく吐いてしまった。もうバタバタである。妻も息子もこのバタバタ状態に、多分1年ちょっと前に経験したレオの終末時期の大混乱を思い出したかもしれない。

 その意味では、1年以上前になるとはいえ、そうしたハードな体験をしているから何ともないのだが、いかんせん犬種がまったく異なる未知から、わからないことだらけであることも事実である。突然、購入を決めたこともあったから名前すら決めていない。病院に行っても、名前はまだ未定、ペット保険の手続きをする際にも当然未定という状況だった。

 妻と息子と3人で、四苦八苦の末に決めた名前は「Q(キュー)」だった。妻の提案だが、筆者のような年代だとQ…というとオバケのQ太郎とかウルトラQとかが思い浮かぶし、最近では女子マラソンの高橋尚子さんの愛称がQちゃんだが、意図としては呼んだ感覚がいい感じであることと、素早い動きのquickという意図もあるし、映画や芝居などでスタートの際に監督が合図する「キュー」という意味の「Q」である。

Qちゃん3 レオの死後、1年以上が経過し、もう当分は犬など飼えない…と思っていたから、ペット用品などほとんど処分してしまっていたからその準備にもお金がかかるし、ペット保険にも加入したから、こんな厳しい家計状態の中では、ほとんど自分の首を絞めるようなことである。しかし、筆者が決断したのは、そんな時だからこそだった。考えてみればレオが入退院を繰り返した時だってその1年半は大変なものだった。しかし、そういう状況であれば、必然的にその状況に合わせた生活をせざるを得ないわけで、かなりハードながらもしのいできたのだ。

 そもそも人間などというのは、置かれた環境によって変わるものである。生き物全てがそうであるように、環境に適応していかなくては生きていけない。ならば、新しい家族が増えて、いろいろなことで負担になるのであれば、家族全員がそうした環境に対応した生活をすればいいのである。節約すべきは節約する、我慢すべきは我慢する。犬を飼うということで負う飼い主の義務と責任を果たすために…。

 そうした負担が発生しても、それ以上の貴重なものを与えてくれるのがペットの存在であることはレオやポッキーで十分に味わってきたことである。病院通いを続ける妻も、未だに安定しない息子も、この新しい家族Q(キュー)によって、きっと何かを感じ、どうするべきかを理解してくれるだろうと思っている。そして筆者自身も、一向に回復しないアンラッキーの連続の日々であろうが、厳しい環境の中でも、そんなこと、どうってことないさ…と大きく構えることができるように意識改革をするのではないかと思うのだ。

 Qが我が家に来てから1週間が経過した。まさにウルトラQのごとく、素早い動き、先端がちょっと曲がった尻尾を懸命に振る愛想の良さ、妻も息子もその世話に手を焼きながらも、レオがいなくなって以来、久しぶりに心からの笑いも戻ってきたように思う。もちろん、ポッキーやレオで体験したように、いずれはQもその寿命が尽きる時が来て、またあの大きな悲しみを味わうことになる。もしかしたらその前に筆者の方の寿命が尽きてしまうかもしれない。妻や筆者の年齢からすれば、順調にQが成長してくれれば、これが最後の犬ということになるだろう。

 これから先、いろいろなことが起こるだろう。しかし、Qという新しい家族を迎え、妻も息子もいい方向に向かってくれ、そして筆者自身も意識の上でいい方向に向かうなら、いろいろなリスクなど全て帳消しで、むしろプラス要素が多いのではないかと思えるし、そういう方向に向かう気持ちが強くなるはずである。もしかしたらQは我が家のラッキー・ドッグかもしれない。


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