シルバーシートの存在について★エッセイ

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 ■第5話/シルバーシートの存在について■

 今や電車やバスなどで、その存在は当たり前になった「シルバーシート」。ところが、実際にはその役割を充分に果たしているのか、となるとちと疑問を感じることがないだろうか?もちろん、お年寄りのためには絶対に必要なものである。しかし、時々というよりも結構頻繁に遭遇するシーンなのであるが、例えばバスでも電車でもいいのだが、シルバーシートがある。もちろん、その座席は他の一般座席とは色も異なるし、一目瞭然で識別できるようになっているのはご存知の通りである。

 例えば、あなたがバスでも電車でもどちらでもいいのだが、乗った時、まずは当然の心理として空席を目で探すだろう。そして空いている席を発見する。が、見てみると、そこはシルバーシートだったとする。その場合、あなたはどうするだろうか?私の場合は無条件で座らない。やはり抵抗を感じるのだ。もちろん、自分自身が周囲から見てもシルバーシートに座る権利のある年齢であれば別だが、まだそういう年齢ではない以上、やはり座るわけにはいかないと思うのは当然かと思う。

 そして次に乗車してきた人もやはり同じように空席を探す。そして空いている席を発見するが、それがシルバーシートとわかると座らない。そして次の人も同様だ。かくしてシルバーシートのみがポツンと空席のまま、立った乗客が多くなる。混雑してくる。しかし、依然としてシルバーシートは空席だ。場合によってはたまりかねてほとんどやむなくシルバーシートに着席する人もいる。この場合、立っている乗客の混雑具合から、これはむしろ仕方ないことであり、逆に全体的にはいいことである。なぜなら1人分でも混雑が緩和されるのだから。

 ふと他の座席を見回すと、お年寄りの乗客が座っている。そこはれっきとした普通席である。そんな時、ふと思うのだ。あのお年寄りがシルバーシートに率先して座ってくれれば、少なくとも1人分の普通席が空くのになぁ…と。こうしたシーンは電車よりはむしろバスの方がより目立つ傾向かもしれない。基本的に今のバスは1人掛けの席になっているから、なおさら1席だけポツンと空いていると妙に目立つ。電車の場合だと、ほとんど3人掛けがシルバーシートに割り当てられているから、まったく誰も着席せずに、その3人掛けの座席が空いているという現象はまずない。それでも気のせいか、本来そこに座るべきではない(?)人が何らかの事情や状況によって座っている場合は、何となく後ろめたい雰囲気がにじみ出ているように思える。それを紛らすために(?)眠っている人もいる。

 いったいなぜ、シルバーシートのみがポツンと空いている状況が発生するのだろうか?うすうす感じている方も多いのではないかと思うが、お年寄りの方が率先してシルバーシートを活用してくれない…ということにも原因があるのではないか?もちろん、当人からすれば、「自分はまだまだそんな年齢じゃない」という気持ちがあるのだろう。確かにシルバーシートには何歳以上の方優先の席、とかいった決まりが明記されているわけではないし、もしそのような年齢表記をしたら、逆に年齢を気にしている人からすれば、自分の年齢を暴露することにもなるゆえ、ますます敬遠することになるだろう。

 そもそもシルバーシートが出来た理由は何なのだろうか?座席をお年寄りに譲らない「冷たい」人間が多いから?高齢化社会のスタート時期にどこかの団体からそういった提案があったのだろうか?まぁ、出来た理由を今さら詮索しても仕方ないことであるが、それよりも何よりも、せっかくあるものをもっと有効に活用すべきなのではないだろうか。

 確かにお年寄りからすれば、「まだまだ自分は…」というプライドもあるかもしれないし、見栄もあるかもしれない。しかし、ここはそうしたものは一切考えずに、素直にシルバーシートに座っていただきたいのである。電車でもバスでも、お年寄りはまず普通の座席よりはシルバーシートを埋めてほしいのである。「まだまだそんな年齢じゃない。私は充分に体力もあるし、若い」という気持ちは大切だが、公共の乗り物ではお年寄りはどんどんシルバーシートに座っていただきたいと思う。それは決して恥ずかしいことなどではなく、むしろ混雑緩和のための方法でもあるのだから。

 まず、シルバーシートから着席していっていただき、それが満席の場合は普通席という順番を意識していただきたいのである。今どきの若いものは礼儀も知らないから、席も譲らない…ということもかなり以前から時々聞こえてくるが、決してそんな人ばかりではないのではないだろうか。自分の前に辛そうなお年寄りが立っていたら、それでも平然と座っていられる図太い人間の方がむしろ少ないのではないだろうか?だから、お年寄りはどんどん率先してシルバーシートを活用していただきたいものである。

 では、本来なら敗北濃厚のはずのバトルに見事勝利したおじいちゃんはどうしたか?おじいちゃんは、まったく何事もなかったかのごとく、あくまでもマイペースを守り、サラリーマン氏がロケットスタートで走り去ろうが、さらに後続の自転車族が迫ってこようが、まったく意に関せずテクテクと歩いていたのである。その姿はまさに歩道を歩く者にとって見習うべき(?)威風堂々としたものであった。

 そしてまた、普通の座席でも譲ってくれる心やさしい人がいたら、そこは意地を張らずに素直にその親切を受けていただきたいと思う。時々、せっかく譲ろうとしたのに拒否されるシーンを見かける。あれはやはり断られた当人にとってはダメージである。「次の駅(もしくは停留所)で降りますから」と言って断る場合がもっとも多いパターンであるが、そんなわずか1駅であっても、座ったり立ったりという動作が負担にならないのであれば、素直にその厚意を受けてほしいものである。そうすれば、譲った側も譲られた側も、そして周囲で見ていた側にとっても、その一瞬は非常に素晴らしい「美しい光景」となるのだから。

 やや話しが横道に外れてしまったかもしれないが、シルバーシートだけがポツンと空いていて車内は混雑している、といった妙に矛盾した光景はやめようではないか。それはまったく無意味だし、不効率このうえないことである。そのためには、ぜひお年寄りの方には再三記してきたように、率先してシルバーシートを活用していただくことが大前提となる。もし、その「シルバーシート」という名称や、その区別のしかたに抵抗があるというのなら、改善も検討すべきかもしれない。「シルバー」がどうしてもお年寄りイメージというのならもっと漠然とした名称…例えば「思いやりシート」とか「譲り合いシート」(思いつきゆえ、あまりいいネーミングではないが)でもいいかもしれないし、区別も今のように明らかに…という状態だと、確かに利用されるお年寄りにとってはすぐ目についていいのだが、お年寄りが利用されない場合に普通の人がもっと利用しやすいものに変更してもいいかもしれない。

 人間の心理というのは、思うほど単純なものではないゆえ、せっかくよかれと思ってやったことでも逆に反感を買う場合もあるものである。せっかくの「シルバーシート」を無駄で妙な空席にしないためにも、どこかの交通機関がまずはテスト的にでもぜひトライしてみてほしいものである。

 筆者は道路を隔てた反対側からそのピリピリした心理戦を観戦してふと思った。「あ〜、自分もあのおじいちゃんのごとく、歩道はあくまでも歩行者優先のものゆえ、自転車が来ようが堂々と歩いていられればなぁ〜」

 それにしても最後の最後までナゾだったのが、果たしてこのおじいちゃんは自身の背後に迫って4度に渡り「チリンチリン!」鳴らしたサラリーマン氏の自転車の存在を認識していたのかどうかという点である。こればかりは、まさにおじいちゃんに直接確認するしか、その手だてはなく、今となっては永遠のナゾとなってしまったのである。 

 自転車はどこを走るべき?の続編として、筆者が目撃した不思議な出来事をご紹介したが、何にしても理想的にはもう少し歩道が広いか、自転車専用道が設置されているか、自転車が車道を走っても安全な状態が確保されるか、日本の道路事情が改善されない限り、こうしたシーンは全国いたるところで起こり得ることなのである。


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