心穏やかに/エッセイ

夏休みのお墓参り/エッセイ

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 ■第48話/夏休みのお墓参り■

 筆者の先祖代々のお墓は2箇所ある。ひとつは祖父以前のお墓で小田急線・豪徳寺にあり、もうひとつは実父以降で中央線・高尾である。豪徳寺のお墓は、かつてはある程度定期的にお参りしていたのだが、結婚後はまったく行くこともなくなってしまっていた。連続するアンラッキーはもしや先祖代々の豪徳寺のお墓参りをまったく怠ってしまっているためでは?…などとまったくいい加減な理由をつけて、こうなればお墓参りでもして「苦しい時の神頼み」ならぬ先祖頼みでもするしかないか?と思いつつ、それでもまったく行く機会を逸していた。

 しかし、その怠慢のせいか、いかにもがいても一向に事態は好転しない。どこまで深みがあるのか、皆目検討もつかない状態である。そこで、ついに10数年来の重い腰を上げて、豪徳寺のお墓参りに行ったのが、2〜3ヶ月前だったか。10数年来という長い年月が経過し、豪徳寺も駅周辺はまったく変わってしまっていたが、お墓のあるお寺への細い道は健在だった。確か、この道をまっすぐ行って、踏み切りを渡ってすぐの場所だった…という記憶は鮮明だったが。

 細い道にある店には10数年前とまったく変わらずに存在する古い店も結構残っている。何とも不思議な感じである。そして、記憶通りにお寺に着いた。久々のお墓参りゆえ、その直前に実家の母親に、お墓の位置を確認しておいたのだが、母親とて80歳を越える高齢ゆえ、その記憶も当てにならない。万が一の場合には名前を言って、お寺に確認すればいいか…とほとんど消えている記憶と母親からの情報を元に行ってみると、確かにあった。かつては結構ちゃんと訪れていた先祖代々のお墓があった。しばらく誰も来ていないのか、荒れ果てていた。

 久々ゆえ、とりあえず簡単な掃除をし、買ってきた花を添え、水を交換し、線香をたいて、小さなお塔婆を購入し、手を合わせる。…しかし、もう10数年ご無沙汰しておきながら、苦しい時の先祖頼み…である。あまりにも調子よすぎないか?後ろめたさを感じながらも、とりあえず先祖頼みをする。「もういい加減にラッキーが訪れますように…助けてください!」いくら何でも虫のよいお願いである。先祖からすれば、10数年ぶりに来て、自分の要望だけかいな?ときっと思ったことだろう。それならもうちょっと頻繁に来て掃除でもしていけ!と言われそうである。

 そんな経緯があったから、というわけではないのだが、8月19日の夏季休暇に朝から出かける用事があったこともあり、思い立ってふたたび豪徳寺のお墓参りをすることにした。前回が2〜3ヶ月前に来たゆえ、今回は勝手もわかっている。よし、今回はちょっと気合を入れてマジメにお墓の掃除をするか、と思った。最初は曇っていた天気も何やら回復したのか、連日の猛暑のごとくの様相となり、タワシでゴシゴシ墓石をこすると汗が流れてくる。周囲の枯れ葉をホウキで掃く。前回は10数年ぶりに来た割には時間の関係もあったし、久しぶりゆえあまり余裕もなかったが、今回は時間的にも余裕がある。

 かなりマジメに掃除をした。買ってきた花を添え、水を交換し、お線香を立てる。通常は2本だが、よし!今日は倍じゃ!とばかりもう2本追加した。そしてお塔婆…。前回は小さいサイズだったが、今日は大きなサイズだ。全て終えて、お墓の前で手を合わせる。先祖は、またか!と思ったかもしれない。

 しかし、筆者はふと思った。自分のことは自分で何とかなる、しかし第三者のことは自分ではどうしょうもないことだ。ならば自分のことをお願いするのではなく、違うことを先祖にお願いしよう!…と。実家に1人暮らしの母親のこと、彼なりに頑張っているのだろうが、いまいちまだ不安定な息子のこと…見守って助けてあげてください…そう祈る。自分のことは何とか頑張ってみるよ…とつぶやいて。

 そして、しばしお墓の前に腰を下ろし、何を考えるでもなくボーとして、自動販売機で購入してきた缶コーヒーを飲む。お墓参りだからお墓の前に正座もせずに腰を下ろし、缶コーヒーを飲むなど無礼かもしれないが、筆者は自分の先祖に対して敬意は払いつつも、けっして堅苦しくする必要はないと思っている。何よりも遠い自身の身内なのだ。堅苦しくして息がつまるようなことが何故必要だろうか?

 そして帰り道。前回、10数年ぶりに来た時よりも何となくすがすがしい気分である。かなり気合を入れて掃除をしたこともあるし、何よりも自分の要求はさておいて、高齢の母親と無限の可能性を秘めている(?)息子のことを祈ってきたからだろうか?そう、自分のことは自分が最も関わっているのだから、自分で何とかできるのだ。自分の気分なら自分自身の考え方でまったく変更することもできるが、自分でない人間に対しては祈るしかないではないか。

 こうあってほしい、と願っても自分でない人間にはなかなか通じないものである。祈るしかない。祈ってできることをやってあげるしかないではないか。自分のことは自分で…。これなら先祖も願いを聞き入れてくれるかも?また数ヶ月後には訪れるつもりである。


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