心を穏やかに/エッセイ

追悼*マイケル・ジャクソン/エッセイ

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 ■第42話/追悼*マイケル・ジャクソン■

 今となっては、やや古い話題となってしまったが、日本時間6月26日(現地時間6月25日)に、電撃的に駆け巡ったキング・オブ・ポップ、マイケル・ジャクソンの急死のニュースを筆者は勤務先でYahoo!のニュースを見て知った。最初はえっ?何これ?と半信半疑で、どこのマイケルだ?どこのジャクソンだ?と事態を理解しかねた。勤務時間中ゆえ、大っぴらにニュースを熟読することもできず、逐一更新され、新たに公開されるニュースをこっそりと見た。

 ははぁ、7月の復活ロンドン公演を控えて、また話題作りのジョークか?とすら思った。もしくは誤報で、病院に搬送されたことは事実だとしても、命は取り止めたのだろうと思った。まさか、死んでしまうわけなどないじゃん!と思った。しかし、続報は心臓発作による急死を告げるばかり。死因について調査しているとか、冗談ではなく本当に急死したとしか思えないニュースばかりである。

 世界中のファンはもちろん、その反響はすさまじいものだった。そして、その瞬間から過去のスキャンダルから、今後の遺産相続の問題、葬儀の日程やら、某週刊誌等にも記されていたが、死してなお世界中のマスコミを奔走させている。

 じつは、以下に記した文章は3月29日に記した文章である。ブログか徒然エッセイで公開するつもりで、いろいろと書き溜めている文章もあり、中途半端なものも多々あるのだが、このマイケル・ジャクソンの文章もそのひとつであった。よもや、こんな事態になることなど誰も想像していなかっただろうし、筆者も同様だったゆえ、そのままにしておいた文章である。


今さらながらのマイケル・ジャクソン賛美論

 マイケル・ジャクソンと言えば、誰もが知っている世界的なエンターティナーである。「キング・オブ・ポップ」として君臨していたが、今やいろいろなスキャンダルやら児童虐待疑惑やらでかつての栄光は陰を潜め、ついこの間、今度のロンドン公演が最後という「重大発表」を行い、ちょっと話題になった。

 すでにマイケル・ジャクソンも50歳とかで、相変わらず整形後のいろいろな影響やら皮膚が白くなるのは病気で、身体的な危機説も出たりしている。まぁ、そうした話題はさておいて、ここではマイケル・ジャクソンのアーティストとしての素晴らしさを今さらながら記させてもらおうという主旨である。

 53歳の筆者からすると、ほぼ同年代的な年齢ゆえ、何?もしかしてずっと隠れMJファンだったの?と思われるかもしれないが、じつは筆者がマイケル・ジャクソンってすごいな!と思ったのは、全盛期をやや過ぎた頃である。

 もちろん、それまで世界的ヒット曲の「スリラー」やら「バッド」やら「今夜はビート・イット」などは知ってはいたし、あの芸術的なムーン・ウォークなるダンス・ステップも「すごいな〜!」と知ってはいた。

 しかし、本当にビデオやらCDやらを見たり、聴いたりするようになったのは「デンジャラス」発売から数年後くらいの頃だろうか?知り合いから録画したマイケル・ジャクソンの「デンジャラス・ショート・フィルム」のビデオをダビングしてもらい、見てからだったと記憶している。それからはテレビで放送があったりすると録画したり、レンタル・ビデオ店でマイケル・ジャクソンのビデオをレンタルしてきて、ダビングしたりして、密かに隠れマイケル・ジャクソンファンとなり、ひっそりとその素晴らしいアーティストぶりに驚嘆していた。

 しかし、世間がまったくマイケル・ジャクソンから離れてしまったように、筆者も日常的な多忙やら興味の変化で、かつて何度も見返していたビデオもまったく見なくなってしまった。そうこうしているうちに世の中はビデオからDVDに移行してしまい、今さらビデオでもない時代になってしまった。

 そんなある時、おもむろにマイケル・ジャクソンのビデオがむしょうに見たくなった。押入れの中から引っ張り出してきて、見ようと思ったが、いちばん見たいと思っていた「デンジャラス・ショート・フィルム」のビデオがいくら探しても見つからない。

 数本持っているビデオの中でいちばん頻繁に見ていたビデオなので、まさか捨ててしまうことはあり得ないし、それだけ頻繁に見ていたのだから、そんな奥にしまい込んでしまったという記憶もなかった。しかし、いくら探しても見つからない。他のビデオは見つかったので、とりあえずそれらを見たが、やはりいちばん見たいビデオがない…というのはどうにも悔しいではないか。

 何度か思いついては、あっちこっちありそうな場所を探したが、見つからない。そうなると、ますます見たくなるのが人間である。それは、もう絶対見たいという欲求に変わっていった。

 しかしないものはない。どうする?かといって、今さらレンタル・ビデオ店に行ったところで、そんな古いビデオは置いていないだろうし、第一今やビデオではなくDVDである。DVDかぁ…しかし、筆者の家ではビデオデッキは3台あるが、DVDを見るのはプレステ2という有様である。

 う〜む、こうなれば、マイケル・ジャクソンのDVDを購入し、それを見るためにDVDプレーヤーも購入するしかないか?とまで思った。DVDプレーヤーも安いものは激安で入手できるし。

 まぁ、しかしプレステ2でも見られるのだからと、とりあえずDVDを購入することにした。そして、念願の「デンジャラス・ショート・フィルム」DVDと、「ヒストリー・オン・フィルムVolK」をネット販売で購入した。後者のDVDでは1995年MTVビデオ・ミュージック・アワードのステージが収録されているからである。そして、探しまくって見つからなかった念願のマイケル・ジャクソンの映像を久々に見た。

 …確かにいろいろ言われてきた。以前、テレビで放映された買い物風景の異常な状態やら、奇人変人ぶりを紹介した番組なども見た。それらは人によって判断も異なるだろうが、そうしたプライベート的なことはさておいて、やはりマイケル・ジャクソンは天才であった。キング・オブ・ポップであった。

 世間が人格的なことをどうこう言おうと、あのパフォーマンスに対して何か言えるだろうか?誰か真似できるだろうか?あの驚嘆のステージを誰か凌げるだろうか?マイケル・ジャクソンはダンサーではなく、基本的にはシンガーだと思うが、あの独特の声と音域の広さ、どんなメロディであろうとリズムであろうと、まったく違和感なくこなしてしまう才能を誰が否定できるだろうか?

 筆者は、性格が暗いこともあるせいか、マイケル・ジャクソンの数多い曲の中でも、アップテンポの曲よりは、むしろバラード調の曲の方が好きである。「ヒール・ザ・ワールド」「チャイルドフッド」「ユー・ア・ノット・アローン」「アース・ソング」等のような曲調のものである。

 DVDビデオを見て、初めて気づいたのは、レビューなどでは悪評が多いが、字幕として歌詞が表示できるので、それを表示して聴いてみると、直訳的なこともあって、何やら妙だったり、やたら難しい表現だったり、逆にもっと他の言葉で訳せないのか?と思えるような部分もあるが、その曲がどのようなことを歌っているのかは、概ね理解できる。

 「今夜はビート・イット」など「ビート・イット」が「ずらかっちまえ」と訳されているが、何か変な感じで、本当にそうなのか、わからないが、とりあえず歌詞の内容はつかめる。それで、結構、詞の内容が主張があることに驚いた。マイケル・ジャクソンの苦悩や願いが盛り込まれているではないか。

 顔の変貌もいろいろと話題にされる。確かにかなり大掛かりに変貌を遂げていることは事実である。それにもいろいろな理由やら情報も入り乱れているが、その件もここでは特に記すつもりもない。彼の芸術性とは無関係だからである。つまり、彼の肌がブラック・オア・ホワイト…などということは才能には無関係である。

 そしてダンス…これも天才的であるが、筆者はビリー・ジーンがヒット全盛だった頃のシャープなダンスよりは、むしろ前述したが1995年MTVビデオ・ミュージック・アワードのパフォーマンスで披露されたビリー・ジーンのダンスのが格段に好きである。動きは確かに若い頃の鋭さはないかもしれないが、表現の芸術性からしたら、まさに円熟した最高レベルではないかと思える。マリオネットのようなギクシャクした動きは人間ワザとは思えない。

 若い頃のマイケル・ジャクソンのダンスは、それはシャープでスピーディな動きで驚異的ではあるのだが、それを越えたダンスはまさに円熟の境地だと思えるのだ。誰にも到達できない極限の領域である。アーティストとしての存在は、決して誰にも否定できない最高峰なのである。

 …スキャンダルやら児童虐待疑惑の件に、ちょっと触れさせてもらうなら、何か結局はプライベート的な面での常識はずれの情報が、大いなる妬みを買い、結局は潰されたのでは?と思える。ここまで世界的なアーティストとなり、お金も腐るほど持って、ネバーランドなる超豪邸に住んでいれば、妬みを買うのも当然だろう。

 もちろん、筆者は一連のスキャンダルや疑惑が事実なのか否かはわからないが、環境的に少なくとも「普通」でないのは当たり前であり、それだから奇人変人と決めつけてしまうのもどうかと思うし、マイケル・ジャクソンのおかげで、たんまりと儲けた人だって多いだろう。そうした人も利用するだけ利用して、何やら旗色が悪くなると手のひらを返したようにさっと引いていってしまうのも、どうやら万国共通の人間心理ということだろうか。

 いずれにしても、マイケル・ジャクソンのアーティスト、シンガー、ダンサー、エンターティナーとしてのレベルは最高峰であり、それについて悪口を言ったり、否定したり、偽者扱いする人は皆無である。

 ゆえに、筆者としてはプライベートがどうこう…などという次元の低いことは一切無視して、可能な限り人類の最高峰レベルのパフォーマンスを見せてほしいと願う。そのパフォーマンスに対しては誰一人として異論を唱える人はいないのだから。頑張れ、マイケル・ジャクソン!…である。やはり紛れもない「キング・オブ・ポップ」である。(…以上、3月29日に記した文章)

DANGEROUS ザ・ショート・フィルム・コレクション
ヒストリー・オン・フィルム
マイケル・ジャクソン 伝説の軌跡

 マイケル・ジャクソンは世紀のスーパースターだったゆえ、いろいろな話題は尽きない。世の常であるが、必ずしも賛同し賛美する人ばかりでなく、どこかでアラを探して突っついて落とし込もうとする人もいる。マイケル・ジャクソンの場合、そのサクセス・ストーリーが人類史上でも最高であったゆえ、逆にその裏側の話題も多い。数々の奇行や整形疑惑、少年に対する性的虐待容疑、異常なまでに白くなる皮膚のこと…。

 確かにそうしたスキャンダルは、ファンでなくても興味津々だろうし、ニュースとしても格好の話題である。筆者はもちろん、そうした一連のスキャンダル疑惑の真相など知るはずもない。

 しかし、筆者の個人的見解だが、そうしたスキャンダルは、あくまでもマイケル・ジャクソンのプライベート面でのことである。熱狂的なマイケル・ファンはどう思っているのかわからないが、筆者が思うにマイケル・ジャクソンの卓越した素晴らしさは、あくまでもアーティストとして、シンガーとして、ダンサーとして、エンターティナーとしてのものである。

 そして、その点において、マイケル・ジャクソンを非難したりする人がいるだろうか?某歌手のように、歌は下手でルックスだけ、とかダンスはまぁまぁだけど歌は聴けない、とかそういう批評をどこかで聞いたり見たりしたことがあるだろうか?

 もちろん、かつて「BLACK OR WHITE」で、そのダンスの表現や描写される暴力的行為の是非が問われたことなどもあった。しかし、それでもひどいダンスだ、とかひどい歌だ、とかいった技術的レベルの批判などは一切聞かない。つまり、マイケル・ジャクソンのことをどうこう言う人ですら、その芸術性や才能に対しては認めざるを得ないのではないか?

 死後、連日のように報道される新たな事実(?)は、一体どこまでが本当なのかわからない。マイケル・ジャクソンの自慢の黒髪はウィッグ、つまりかつらで、実際には産毛ほどのものしか生えていないハゲであった…などというニュースもあった。ふ〜ん、そうなのか、で、だから何?…筆者の感想である。

 何十回にも及ぶ整形手術でほとんど原型を留めない…ふ〜ん、そうなのか、でだから何?それらが事実だったとしても、それがステージ上で繰り広げられ、映像で見られる完璧なパフォーマンスとどうつながるの?仮にハゲていたらダンスが下手になっちゃうの?歌が下手になっちゃうの?整形手術のし過ぎで、それがパフォーマンスに多大な影響を与えていたの?

 全然関係ないことである。仮にヅラを被っていたとしても、整形手術で顔面崩壊したとしても、あのパフォーマンスだけは真実である。ダミーが歌って踊っているわけではない。つまり筆者のように、プライベートのマイケル・ジャクソンはさておいて、アーティストとしてのマイケル・ジャクソンの隠れ大ファンにとって、そうした渦巻くスキャンダルは、確かに「おもしろい」話題ではあってもそれらは、あくまでもプライベート部分でのことなのである。

 ステージや映像で見せるマイケル・ジャクソンの最高峰のパフォーマンスとはまったく無関係なのである。そしてその最高峰のパフォーマンスという「事実」に対してはアンチ・マイケル派であっても否定はできないであろう。

 いろいろな記事を読むと、当然いろいろなことが書かれている。早すぎる死を惜しみつつも、不謹慎と思われるが…ということわり付で、整形手術でカバーできない年齢による老醜をさらすよりは、ちょうどいい時期だったのかもしれない…という記事もあった。確かにそうかもしれない。人間は老いから逃れることはできないし、老いていけば必然的に表面上の物理的な美しさはなくなってしまう。

 マイケル・ジャクソンの急死のニュースを見た時、それが誤報や冗談などでなく、事実であることを認識した時、筆者はこれまた不謹慎を承知で記させてもらうなら、いくら何でも死んでしまってはダメだよ、もしそれが避けられない運命だったとしたって、それならせめて7月に予定されていた12年ぶりのツアーを、たった1回でもいいから見せてほしかった…と思うのである。

 3月29日に記した文章でも記したが、筆者の好きなマイケル・ジャクソンは若さに任せた素早い動きで圧倒するマイケル・ジャクソンよりも、まさに円熟した表現を前面に出した、静かでゆるやかな動きの中にある完成度の高いパフォーマンスだから、50歳になって、久々のツアーで見られるはずだったマイケル・ジャクソンのパフォーマンスはきっと完成の域に到達したものだと期待していたからである。

 50回などという異常に多い回数を無理してこなす必要などもない、せめて1回でいいから、最高峰のアーティスト、キング・オブ・ポップ、マイケル・ジャクソンの完成形を見たかったのである。それが、あまりにも残念である。大げさでなく、マイケル・ジャクソンの急死によって、人類は最高峰のエンターティナー、神の領域に到達したシンガーでありダンサーであるアーティストの究極の完成形を見る唯一のチャンスを永遠に逸したのである。心よりご冥福をお祈りしたい。


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