心を穏やかに/エッセイ

レオのこと…旅立ったレオ、ありがとう/エッセイ

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 ■第41話/レオのこと…旅立ったレオ、ありがとう■
レオ1

 9月3日(木)午前2時15分頃、愛犬レオがとうとう逝ってしまった。10月29日が16歳の誕生日だったが、その日を迎えることなく15歳10ヶ月ちょっとで逝ってしまった。

 昨年5月頃から体調不良が目に見えてひどく、昔からかかっていた動物病院で診断してもらったところ、腎臓疾患とのことで、臓器の状態と年齢から完治することはなく、皮下点滴注射によって不快感を少しでも和らげ、寿命を全うさせてあげることが飼い主にできる唯一の対処法だった。

レオ2 本来なら毎日でも点滴注射を受けることが理想であり、人間ならば人工透析すべき状態だったが、さすがに毎日通院することもできず、まして人工透析などはその設備がある病院自体も限られているらしいし、費用的にも到底出来ることではないゆえ、毎週土・日の病院通いがその時からの「日課」となった。

 今やペット保険もあるが、レオの年齢では入れるはずもなく、人間と違って保険のきかない治療ゆえ、毎月の治療費も決して安いものではなく、しかも体調が極端に悪い場合には入院となり、永眠するまでの1年4ヶ月ほどの間にトータル7回の入退院を繰り返した。

 ただでさえ厳しい家計状態からその治療費を捻出するのは、かなり厳しいものだったが、そんなこともいつの間にかどこかへすっ飛び、とにかく出来る限りのことをしてあげたい…と思ってやってきた。

 それは、レオの弟分だったポッキーが9歳という若さで忘れもしない1月15日の朝、死んでしまった過去があったからである。ポッキーはレオに比べて、本当にひょうきんな犬で、感情表現も豊かだった。ただ、肝臓が悪く、ひどい腹水で何度かおなかにたまった水を抜いたり、某大学病院に入院し手術を受けたこともあった。

 そんなポッキーには通常の食事ではなく、特別な餌が必要であり、その餌代は1ヶ月2万円程度はかかってしまうものであった。当時もやはりそんな余裕はなく、せいぜい数日に1度、その高価な餌を食べさせるくらいが精一杯だった。いかにペットとはいえ、そこまでお金はかけられない…という判断もあったのだと思う。そして結局ポッキーは逝ってしまった。

 そんな過去があったから、なおさらもう二度と同じ過ちを繰り返してはいけない…と強く思った。だからレオには可能な限り、手を尽くしてあげたいと思ったのである。妻も1ヶ月に1度、通院している状態で、朝もなかなか起きられないため、レオの通院は筆者の役割だった。病院は車で30分弱の場所ゆえ、レオをお腹の前に抱くようにしてシートベルトを締め、運転していった。まさに「皆勤賞」で通院した。

レオ3 しかし小康状態と思われたレオの旅立ちのカウントダウンは7月15日の痙攣発作によって始まってしまった。その後、ほぼ1日1度の痙攣発作を起こすレオはその時を境に一気に老化してしまった。それからは妻を中心として我が家の24時間看護体制が始まった。筆者も休日などは極力、妻と交代してレオを看護した。娘も息子も出来る限り、自分の時間を潰して交代で看護してくれた。ほとんど寝たきり状態のレオであったが、それでも自力で立ち上がり、オシッコをし、排便もした。量は少ないものの餌も口にした。

 土・日の通院もその後は筆者一人で運転しながらでは何が起こるかわからないゆえ、妻もがんばって付き添うようになった。病院の先生もレオの驚異的な生命力に驚いて今までのように点滴治療を続けてくれた。土曜日の帰りがけに日曜日の通院の時間を決める際にも「レオが生きていたら」というのが返事になった。

 そして、9月2日…。この日は月1度の妻の通院のため、筆者は休暇を取っていた。その日のレオの様子を見て妻が、一緒に連れて行こうと言った。ほんのわずかの時間でもレオを一人ぼっちにすることに不安を感じたようだった。妻の病院から帰ってきたレオはその日の夜、猛然と妻の用意した餌を食べた。ものすごい勢いで食べた。そして日付が変わり9月3日となった午前1時過ぎからどうにもレオの様子がおかしくなった。しかし筆者は会社がある。いつまでも起きていては睡眠時間が減るばかりである。しかし、レオの様子を見るとどうにも不安である。

 妻はもう朝まで持たないのでは?と不安がっている。確かに見る限りでは筆者にも朝を迎えるのは厳しいと思えた。午前2時を回った頃、筆者は妻にもレオのそばで添い寝でもいいから寝た方がいいから…と果たして起きられるだろうか、と思いつつ横になった。寝入ったばかりの時、妻の呼ぶ声で目を覚ますと、妻が泣きながら「レオが逝った」と言う。慌てて飛び起きてレオを見ると、すでにレオは旅立っていた。

 …9月5日にレオを火葬した。かつてポッキーを火葬した同じ場所である。ポッキーの骨壷はそのメモリアルパークに置かず、ずっと家に置いて保管していたが、その日、レオと並べて安置してもらった。ポッキーが死んでしまった時は確かにショックではあったが、まだレオが残っていてくれたから、かなり救われた思いだったが、今回レオが逝ってしまったことで、我が家から愛犬は消えてしまった。何とも言えない空洞感…。帰宅すれば、いつもの場所にいるはずのレオはもういない。通院を始めてからの1年半あまりの間、入院した時、やはり同じような違和感を感じたが、それはせいぜい1週間もすればまた戻ってくるゆえ大したことではなかった。しかし、今回はもう2度と帰ってこない。もうレオの姿を見ることはできない。

レオ4 こんな悲しみ、苦しみを味わうくらいなら、最初から犬など飼うんじゃなかった…ふとそんなことも頭をよぎる。しかし、確かに大きな悲しみではあっても、レオが存在したことによってそれに勝る癒しを与えてもらったのだ。ペットを飼ったことのない人には決して味わえなかった素晴らしい年月を体験させてもらったのだ。

 これからも、ちょっとした時、ふと大きな悲しみがぶり返してくるだろう。呆然とすることもあるだろう。いつの時でも残された者は辛いものである。時間がかかっても悲しみではなく、素晴らしい思い出を心に抱き、そして我が家の一員として15年数ヶ月一緒にすごしてくれたことに心から感謝したい。泣くのではなく、レオに伝えたいのは感謝の気持ちである。

 レオ、本当にありがとう。最後の1ヶ月半くらいは、思うように動けず、左目も見えず、やせ衰えてしまって、つらかったかもしれないけれど、もうそんな苦しみもなく、自由に歩き回って、走り回って、ゆっくり眠れるんだよ。レオ、ありがとう。本当によくがんばったね。ポッキーに会ったら、いろいろと話をしてあげてほしい。きっとまたいつか、どこかで会えるね。


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