自分にとってたいせつなこと/エッセイ

自分みとってたいせつなこと/エッセイ

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 ■第36話/自分にとってたいせつなこと■

  「独断でおすすめの1冊」のコーナーで、マーガレット・ワイズ・ブラウン作の「たいせつなこと」という絵本を紹介している。どのような絵本かは、「独断でおすすめの1冊」コーナーの第70回をご覧いただきたいが、簡単にこの絵本を紹介すると、どんなモノにもその本来の「役割」があり、その役割をしっかり果たすことが「たいせつなこと」であるというのである。グラスやスプーンなどの物体の本来の「役割」、雨や草や雪などの自然界のものの本来の「役割」、そして最後は「あなたがあなたであること」…それがもっともたいせつなこと、と描写している。

 今回の文章は、共通した考えも多分にあるものの、そうした視点とはまたやや異なる面から記してみたい。ある人は、自分の人生においての目標を「地位や権力」に置いて考えている。いわゆる出世競争でも、自分の目標を達成するためには例え友人であろうが、同僚であろうが、裏切ったり、足を引っ張ったりするかもしれない。自分が地位を得るためには他人の状況などは眼中になく、ひたすら自己の目標実現に邁進する。そして、その人はとうとう最高の地位を得た。目標を見事に達成したわけである。

 ある人は、やはり当初は同じように「地位や権力」を求めていた。順風満帆と思えた人生は、ある日暗転し、目標とはかけ離れたまったく想像すらしていなかったような状況に陥り、「地位や権力」などとはまったく無縁の人生を歩んでいる。この2人を比較した場合、世間一般では前者は「勝ち組」で、後者は「負け組」となる。地位と権力を手にした人は世間的勝利に酔いしれ、ますます自己中心的となり、既得権となった地位と権力を維持することに全力を注ぐ。一度味わった「美味しい汁」を誰がやすやすと放棄したいと思うだろうか。

 負け組に甘んじた人は、ふと考える。自分自身が人間として生きていく上で、一体なにがたいせつなのか?人としての思いやりや優しさを捨てて、自己実現に没頭して得るものと、世間的には完全敗北であっても、挫折したからこそ得た人を思いやる心や優しさと、果たしてどちらが「たいせつなこと」なのか?もちろん、人それぞれの価値観ゆえ、たいせつなことの尺度は異なる。だからこの2人の場合にしても、どちらが正しい生き方とは言えない。

 筆者は後者の人間である。地位も権力もないゆえ、辛い思いもしているし、特に権力構造の世界では惨めさも存分に味わっている。権力構造の中に生きる人々は、自分にとって何らかのメリットがある人には表面上の敬意を表し、対応も異なる。しかし、筆者にはその意味でのメリットはまったくないから、軽くあしらわれバカにさえされる。人としての行き方がどうの…と主張しても、それは単に「負け犬の遠吠え」にしかすぎない。

 しかし、果たして自分にとって、本当に「たいせつなこと」は何なのか?と、狭い世界からちょっと離れて自答してみると、今の自分自身の方が、もしかしたら自分に正直で自分らしい生き方なのかもしれないと思える。もしかしたら自己弁護の強がりもあるかもしれない。自分が一体何を求めているのか?…そう考えるとやはり自分らしい自分であり、地位や権力をまとった上に成立するものではない尊敬される人物なのではないかと思う。

 夏の太陽のようにギラギラせず、穏やかな風のない冬の陽だまりのような人生…そういう生き方が望みのように思える。自分にとって「たいせつなこと」が明確にインプットされていれば、きっとどんな状況でも、生きていけるように思うのだ。


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