厳しい毎日/エッセイ

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徒然エッセイ
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 ■第34話/厳しい毎日■

 人生、山あり谷あり…とは言うが、2008年も11月となり、早いもので、もう間もなく12月となり1年が終わる。振り返るには少々早いかもしれないが、まったく今年は一体何という年なのだろうか…と思える。このエッセイの第30話でも記したが、年明けからして、救急病院に駆け込んだくらいだから、それを暗示していたのかもしれないが、とにかくいろいろあった。こうした場所にその全てを記して公開することなど、ちと出来ないようなことが連続した。

 これまたこの徒然エッセイの第11話でも記したが、そうしたアンラッキーはしっかり貯金して…という論法からすれば、今年1年でだいぶアンラッキー貯金が出来たのではないだろうか。そして、そうしたアンラッキーの連続の中でそれを乗り切っていく術も身につけたのではないかと思える。そんなものを習得しても一体何の得があるのか…と思いたくなるが、これはある意味では逆境の中での処世術でもあるのではないか?

 それは、「気分」というものが何とも気まぐれだということである。よくプラス思考とマイナス思考の例えとして、「今月はあと千円しかない」と考えるか、「今月はまだ千円もある」と考えるか…少々金額がせこい設定だが、筆者のような身分からすれば適当ゆえ、ご了承いただきたい。つまり、「もう」と「まだ」という意識の違いで、プラス思考にもなりマイナス思考にもなるというわけである。

 確かに、その通りである。「もう」という考えは追いつめられている状況だが、「まだ」は余裕があることになる。今年は、「まだ」というポジティブな考え方を意識できるようになったのではないだろうか。それにしてもつくづく思うのは、前述の通り、「気分」は気まぐれだということである。嫌だなぁ…と思うとますます嫌になる。それを口に出して言おうものなら、さらに嫌になって憂鬱になる。そんな時は、意図的に「嫌だ」と思わないようにする。嫌だと思うから嫌なのであって、どうってことないや、と思えば嫌ではないのではないか?と暗示をかける。そしてよく考えてみると、そう嫌でもないかな、大したことないかな…という気分に持っていく。

 嫌だと思うことは口に出さない。深く思い煩わない。深呼吸をする。そうすると徐々に何となく落着いてくるものである。まぁ、自分自身に対する自己暗示のような方法ではあるが、ちょっとした考え方の転換で、気分はぐっと違ってくる。そもそも、自分の力や意志ではどうにもならないことに四苦八苦するのは空しいものである。他人の言動が気に入らないからと直してほしいと思ったって、それは至難の業である。そんな時でも相手を変えようとか、変わってほしいと願うより、自分自身の考え方、見方を変える方がはるかにやさしいものである。何せ、自分自身は自分自身をコントロールできるのだから。

 対人関係などでも、どうしてもしっくりしない相手がいるなら、可能な限り関わりを持たなければいいのである。考えなければいいのである。もちろん、まったく関わりを持たずに済むという訳にはいかないことも多々あるだろう。そんな時でも、必要以上に考えることは自分から関わりを持とうとしていることであり、疲労度が増すだけである。まぁ、いろいろな人がいるから…と、ちょっと引いて傍観者的スタンスになれば、大したことない…と思えるものである。

 アンラッキーの貯金という考え方も、一種プラス思考になるための筆者の一手段なのだが、時々は自分の「気分」がいかに気まぐれでいい加減なものかを見つめ直してみるのがいいだろう。スーと肩の荷がおりて楽な気分になるものである。確かに厳しい毎日である。しかし、それとて気分の持ちようで、何とか凌げるのではないか?と思える。


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