メッセージ絵本公開/エッセイ

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 ■第32話/「ぼく」シリーズ第3作「ぼくの木」公開■

ぼくの木 当サイトの「ともだち絵本館」で管理人オリジナルの絵本作品「ぼくの木」を公開しました。この作品はすでに公開中の「ぼくのカメ」「ぼくはぼく」と同様に、メッセージ絵本という位置づけで創作した作品です。もっともメッセージ絵本…などというカテゴリーは筆者が勝手に作ったものですが、あえてそのようなネーミングをしたのは、絵本を通して伝えたいことをより明確に表現したかったからで、作品に込められた作者のメッセージを読んでくださる皆さんに、より明確に意識してほしいと思ったからです。

 この「ぼくの木」は、出だしの主人公「ぼく」が、道端で雑草を見かけるシーンから始まりますが、これはある意味では筆者が共同出版した絵本「I will…」の発想と共通するものです。「よく、こんな場所で生きているなぁ」と思う主人公のぼくの感想は、I will…」の着想時に筆者がしみじみ感じた感覚です。

イメージに近い木の写真 しかし、この「ぼくの木」では、その雑草が、とてつもないスピードでぐんぐん成長します。まるで1日が1年のごとく成長し、あっという間にとてつもない大木になります。てっぺんがどこにあるのかまったくわかりません。

 主人公のぼくは、その木に登り始めます。木登りなんて、今の子どもはやらないでしょうね。そして気がつくと、何と「ぼく」は、雲をつき抜け、木を登ってきたのです。あり得ませんね、こんなことは。しかもその木にはいろいろな果物がなっています。これもあり得ませんね。そして、さらにずんずん木を登って行った「ぼく」が、ある朝グラグラと揺れる木に地震かと思って、下を見たら、もくもくときのこ雲のような煙が…。そう、核爆発の時に見られるあのきのこ雲です。

 とてつもなく高い木の上から、「ぼく」が下界を見てみると、そんなきのこ雲があっちこっちに見られました。人類はついに世界中で禁断の「核戦争」を起こしてしまったのです。はるか上空にいた「ぼく」は、ずっと後になってそのことを知りますが、極めて冷静に、こうなったら帰る場所もないし、木の上で生活しようと決めます。何せ、木のてっぺんを目指して登り始めたのに、この巨木は一向にそのてっぺんが見えないのですから、てっぺんを目指して登り続けるしかないのです。ラストシーンは「ぼく」が生活する巨木が、まるで巨大な宇宙船のごとく、核戦争で破壊され、汚染された地球を離れて漂流しているかのごとくです。

道端ぼための参考写真 第1作「ぼくのカメ」も同様なのですが、我々人間にとって、キチンと考えなくてはならないことはたくさんありますが、そうした「脅威」を、実際に身近なこととして認識して早急な対処を実行に移すことはなかなか出来ません。地球温暖化も最近の異常気象を体験すると、決して空想の世界の危機などではなく、まさに迫っている危機ですが、今、世界を動かしている人は自分たちが生存しているうちは致命傷には至らないだろう…と考えれば、何もそんなに慌てて対応策を練らなくてもいいじゃない…ということになります。

 自分の生存中にそんな危機になれば、生死を賭けた大問題ですが、数十年先の、まず自分が絶対に生存しているはずもない将来に対しては、それこそ「知ったことか」ということになってしまいます。もちろん、生身の人間であれば、誰だって多かれ少なかれ、同じような考えは抱くものですし、ある意味ではやむを得ないことでもあるでしょう。

雑草のための参考写真 身近な例で言うなら、親なら子どもの将来のために、何かを残してあげたい、何かをしてあげたい…と思うのが自然の感情ですが、他人となればその感情も大幅に薄れていきます。企業の経営者なども、世襲制の同族企業なら親子関係に近い感情を抱くでしょうが、そうでなければそれこそ自分の代さえ会社が潰れなければいいや…という感情から、企業の遠い将来の存続を見据えたビジョンなど考えずに、行き当たりばったりで、自身の快適な周囲環境整備に没頭しかねないものです。

写真に主人公の「ぼく」を合成すると… よく考えてみると、過去の偉大な発見や発明も、その当事者はあくまでもピュアな感情だったはずですが、何故かそれが、創始者の意図に反して思いもかけない使われ方をしてしまう場合が多々あります。今回の「ぼくの木」の「核」も資源やエネルギーとしての有効活用とはまったく異なる「恐ろしい兵器」となってしまいました。身近な例で言うならインターネットの世界も同様です。時間や国境を問わず、環境さえあれば、誰もがいろいろな情報を入手することができると同時に、情報発信者にもなれるのがインターネットですが、それとてその利便性を悪用すれば、あっという間に恐ろしい「武器」になってしまいます。

 全てのものは、それを使う側のモラルに依存されます。それは、さらに突き詰めていくと、人間の「思いやり」という感情に行き着くのではないでしょうか。誰もが人を「思いやる心」を持っていれば、少なくともどんなものでも、「害」になるものはないのではないでしょうか?そんな「思いやりの心」をこうしたメッセージ絵本を通して、コメントしていければと思います。

※ここで掲載の写真は、今回の作品を創作するに当たって、作者が参考資料として携帯カメラで撮影した画像です。


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