学習能力が重要です!★エッセイ

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 ■第24話/学習能力が重要です!■

 何か新しいことを始める時、人は誰でもすぐにその第一歩を踏み出せるものではない。そして「もう少し検討してからの方がいいかな」とか、「何も慌てる必要はない」とか、「別に今すぐにでなくてもいいことだ」と、自分自身を納得させる。確かに物事によっては綿密な計画が必要なことも多いだろうし、シミュレーションすべきこともあるし、思い留まるべきこともある。しかし、多くの場合、躊躇するよりも、とりあえず始めることが重要ではないだろうか、と思う。

 人がためらう理由や原因はいったい何だろうか?
それは、「恐怖心」ではないかと思う。誰だって、未知との遭遇は恐怖でもある。ワクワクする好奇心もあるだろうが、それよりもやはり恐怖心の方が遙かに大きいからである。では、いったい何に対して恐怖心を抱くのだろうか?それは、その結果に対すること、つまり失敗するのではないだろうか?出来ないのではないだろうか?ということである。体験したことがあれば、その前例をベースにうまくやるための段取りもつけやすいし、対応もし易い。知らない場所でうろうろするのと、知っている場所で堂々としている違いと同じである。知らない道で迷うのと、知っている道でスイスイ進むのとの違いと同じである。

 しかし、よく考えてみれば、誰だって、どんなことだって最初があるものである。全てを体験してこの世に生まれてくる人間などは存在しない。初めて立ち上がってよちよち歩きをした赤ん坊の頃、初めて自転車にうまく乗れるようになった頃…どんな天才であろうが、達人であろうが、最初からうまく歩けた訳ではないし、すぐに自転車に乗れた訳ではない。最初はみんな失敗したのである。何度もころんだのである。それでも立ち上がってトライしたのである。

 失敗することは確かに格好悪いことかもしれない。しかし、とにかく「やってみること」…これが大切ではないだろうか?「何もしなければ、何も始まらない」のである。出来ないことをマスターするためには、頭の中でただ単にイメージングしているだけでは決してマスターすることは出来ない。思い立ったことを実際の行動として始めなければ絶対に出来はしないのである。

 そんなことは、きっと誰だって頭の中では理解しているだろう。失敗してもいいのである。失敗することは決して恥ずかしいことではない。大切なのは、その失敗から何を学ぶか…ということだと思うのである。失敗するのにも、当然原因がある。どこかでそのやり方を間違えたのである。その間違った部分を突きとめて、そこを修正すればいいのである。「学習能力」…よく聞く言葉だが、これが極めて重要なのだと思う。間違ったことを理解し、それを繰り返さないこと…これが「学習能力」である。もちろん、取り組んでいる内容によっては、一度の失敗で学習し、二度めにはうまくいくとは限らないことも多い。同じ部分で何度か同じ失敗を繰り返すこともあるだろう。違う部分で新たな失敗をすることもあるだろう。

 しかし、その失敗を理解できさえすれば、うまくいくのは時間の問題である。特に反復することによって習得する技術などの場合には、どうしたって何度も失敗することは避けられないことである。しかし、そこで断念してしまっては、それまでの過程が全て無駄に終わるのみである。そんな時は、「やったこと」によって確実に進歩しているということを理解することではないだろうか?その進歩の度合いは、もしかしたら、ほとんど目に見えないほど小さな前進かもしれない。しかし、どんなに小さな前進であっても確実に前進したということを認識すべきである。

 何か重いものを動かすのに、一気に1メートル動くのと、わずか1ミリしか動かないのでは大きな差がある。一気に1メートル動けば、それは達成感もわくし、やる気も出てくるだろう。さらにもう1メートル、とトントン拍子で動かすことが出来るかもしれない。それに対してわずか1ミリしか動かなかったら、諦めたくもなるかもしれない。この重いものを動かすことは不可能だ…と。しかし、わずか1ミリであっても間違いなく動いたのである。その事実を認識すべきである。もう一度、がんばったがやはり1ミリしか動かなかったとすると2度のトライで2ミリである。わずか2ミリではあっても、やらなかったよりは遙かにマシなのである。事実、その重いものは2ミリ動いたのだから。

 失敗する…という「恐怖心」を打破し、とにかく「始める」こと。そして失敗したら「学習する」こと…。自分自身が目指すものがあるのであれば、この姿勢が最も重要ではないだろうか?何か自分自身で望むものがあるのであれば、とにかく「始める」ことである。そして始めたことによって引き起こされる「変化」を柔軟に受けとめ、学習することさえ出来れば、必ずその結果が出るものである。その結果が、仮に自身の当初のイメージからはかけ離れたもので終わったとしても、少なくとも何もせずに現状に甘んじているよりは遙かにマシである。
 「何かを始める」ことに、決して「もう遅い」などということはないはずである。どんな年齢であっても決して遅くはない。「始める」こと以外に「到達」する道は存在しないのである。そして、「学習能力」を高める姿勢や意識を持ち続ければ、きっとどんなことでも、必ず到達できるはずである。


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