心穏やかに/エッセイ

人間という生き物は…

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 ■第101話/人間という生き物は…■

 このサイトの「独断でおすすめの1冊」という読書レビューコーナーの第114回で「世界一の睡眠の専門医が教える!4時間半熟睡法」という本を紹介している。内容的な詳細はそのレビューをお読みいただきたいと思うが、かいつまんで紹介すれば、従来の睡眠に関する常識的見解は間違っているということから、正しい短眠法を説明しましょう…ということで、よく耳にする「レム睡眠」(夢を見ている状態)と「ノンレム睡眠」(ほとんど夢を見ない状態)が90分単位で繰り返されるということである。

 そして、深い眠り「ノンレム睡眠」は寝てから3時間の間に多く出るということなのだそうだ。そして、短眠時間としての限界が4時間半睡眠であり、理想的には6時間睡眠が望ましいとのことである。この本を読んだのはもうかなり以前のことで、その当時も筆者の睡眠時間は必ずしも理想的ではなく、ダブルワーク等の影響で、平日は限界の4時間半の睡眠が確保できるか否かという状況で、シングルワークの日には日頃の睡眠不足がたたって、長時間爆睡してしまい逆に体調を崩したり、四苦八苦していた記憶がある。そんな状況を当時でもう5年以上継続している筆者の状況も記されている。

 ところが、ここ3年近くの状況はこの4時間半熟睡法を読んだ時よりも「悪化」している。4時間半も寝られればラッキー!というような状態で、3時間程度がほぼ日常的となり、曜日によってはダブルワーク勤務の都合上で、帰宅して食事もせずに、何もせずに即おやすみなさいをしないと3時間を切る場合があるのが現実である。もちろん、睡眠というものは一般的にも知られていることだが、その時間のさることながら、むしろその質の方が重要であることも多くの人が周知していることである。そのためのサプリメントも販売されているから、ご存知の方も多いだろう。

 確かにダブルワークであろうが、トリプルワークであろうが、帰宅したら、前述のように食事もせずに、何もせずにひたすら寝ることを最優先すればいいのかもしれないが、そういうわけにもいかないのが現実である。筆者は相変わらずトリプルワークを継続しているが、もう3年近くなるゆえ、どうしたら自分が最も「楽」になるかと試行錯誤し、何度かわずかながら、それぞれの勤務時間帯や曜日変更等を繰り返し、収入の具合を考慮しつつ、今現在のトリプルワーク体制を継続している。

 メインの収入源は夜勤勤務の仕事だが、さすがにここ1〜2年は耐え切れずに1時間程度はいつの間にか眠りに陥ってしまっていることが多々ある。最も夜勤で同僚も許容してくれているからこそなのだが、それでもやはり自分自身としては、正直なところ不本意であり、後ろめたさももちろん感じている。確かに勤務時間中に休憩時間は取る権利があり、1時間はどう使おうと自分の勝手だから、寝ようが誰に文句を言われる筋合いのものではない。

 が、場合によっては1時間半くらい寝てしまっている時だってあるし、目覚めたらもう退社して次の職場に向かわなくてはならない時間が差し迫っていて、慌てふためいて退社する羽目になったことも何度かある。1時間の休憩時間をどう使うかは、当人の自由ゆえ、寝ることは罪悪ではないが、どうにもその辺りのことが性格的なこともあるのだが、自分自身としては何とか寝ないで耐えることはできないものか?などと思ってしまうことが多々ある。寝るにしてもせいぜい30分程度のうたた寝で済ませられないものか?などと考えることもある。

 考えてみれば、1日3時間前後の睡眠時間で暮らしていくことなど、やはり人間としては不可能である。短眠で有名なナポレオンやエジソンなどの偉人も、どこかで居眠りをしていたという話は有名である。筆者は睡眠時間においては、過去の歴史上の偉人たちに肩を並べる(?)状態を継続しているわけであるが、そんなアホな考えはともかくとして、かつて「4時間半熟睡法」を読んだ当時は限界の短眠時間に近い状態をある程度はキープできていたのかもしれないが、それが状況の変化により、今や3時間前後が当たり前の状態になってしまうと、4時間半寝られれば、もうこんなラッキーなことはないじゃん!という、いつの間にか状況が悪化したにも関わらず、それが当たり前のようになり、「習慣化」してしまうことはある意味では驚きである。

 いままでも何度も試行錯誤し、3時間前後しか寝られないなら、その3時間をいかに質のいい睡眠にするか…などとも考えたし、お試しサプリメントなども購入してみたこともあった。が、いまに至るまで、ベストな方法は見出せず、時には「睡眠」に対して必要以上に「憧れ」や「執着」を持ったりしたこともあった。とにかく眠りたい、ちょっとでも多く眠りたいと渇望する反面、微妙に睡眠時間が増えたために頭痛を誘発したり、逆に何となく体調が優れないなどということも何度も経験してきている。

 結局、ベストな方法を模索中なのだが、自分自身の性格的なことも考えると、あまり深く考えずに、眠いという事実は人間として当然と割り切って、眠くなり、寝られる状況なら寝てしまっていいのだ、と考えることが最もいいことなのではないかと思える。何時間寝たとか、何時間しか寝ていない…などと数字的なことをやたらと気にすると、逆にそのことに意識が集中してしまい、逆効果にもなりかねないと思えるのだ。

 確かに、今までだって、夜勤勤務中にいつの間にか落ちてしまい、慌てて退社したり、後ろめたく思ったり、何で寝てしまったんだ!と後悔したりすることが多々あった。その状況は今だって大して変わらない。大切なことは自分自身を正常に保つことであり、他者に迷惑をかけない範囲内なら、必要以上に気にしたり、後ろめたく思ったりする必要などないことなのだと思う。いい意味での「手抜き」だってありなのである。他者や同僚に迷惑をかけない範囲なら「楽」することだってありなのである。何よりも自分自身は自分しか守れないのだから。ストレス・睡眠不足・疲労…繰り返される日常の中で、自分を正常に保ち、維持し、守っていくのはあくまでも自分自身でしかないことだけは間違いないことであろうから。

 それにしても、人間という生き物は、よくもこう環境に適応して生きていけるものだと、我ながら感心してしまう。厳しい状況が延々と続けば、それでも何とか頑張って、耐えて生きていこうとするが、それがちょっとでも「楽」なことがあると、その「楽」に感謝しつつも、あっと言う間に「楽」に慣れて、そのぬるま湯から出る時の苦痛を何倍にも感じてしまうものである。ぬるま湯から出ることが、それまでの厳しい状況であるにも関わらず、ほんのちょっとの「楽」を味わったばかりに倍返しのごとく苦痛に感じるのも何とも妙なことである。


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