『月光仮面』は疾風のように去った

 1959年は、私にとってテレビにおける重要な年だった。現平成天皇が美智子様と結婚
した“皇太子ご成婚”があったからではない。“皇太子ご成婚”に合わせて、広島で民間テ
レビ局RCCが開局し、あの噂に高かった『月光仮面』が見られるようになったからだ。マン
ガや映画では『月光仮面』を見知っていたが、都会の子どもたちを熱狂させているテレビシ
リーズは未知の世界だった。

 日曜夜7時、“タケダ、タケダ、タケダ〜”の音楽とともに、武田薬品の本社が映し出される。
その後「月光仮面は誰でしょう」という主題歌とともに、月光仮面がオートバイに乗って現れ
るタイトルへと続く。期待と興奮で胸の熱くなる一瞬だ。
 白いボデースーツに白マント。白いブーツに白手袋。白覆面にサングラス。白いターバン
の額の部分には燦然と輝く三日月マーク。正義の味方は白装束、悪人たちは黒装束とわ
かりやすい。

 日本で製作した初めての連続TV映画。製作したのは宣弘社。30分あたり50万円という
予算だったそうだ。その頃の物価が、現在の20分の1としても、おそろしく安い。悪人の手
下に自社の社員を使ったり、セットとして自社の社長室を使ったりしたそうだ。
 『月光仮面』の成功が、『豹の目』『快傑ハリマオ』『隠密剣士』へと、引き継がれる。

 RCCが放送開始した時は、第1部“どくろ仮面”、第2部“パラダイ王国の秘宝”、第3部
“怪獣コング”は終了していた。
 私が『月光仮面』を見たのは、第4部幽霊党の逆襲からである。莫大なウラン鉱山を我が
物にしようと企む秘密結社・幽霊党に、月光仮面が敢然と立ち向かう。
 マントを肩にたくしあげ、拳銃を発射すると、悪人たちの拳銃がはじき飛ばされる。“憎むな、
殺すな、許しましょう”のキャッチフレーズ通り、月光仮面はどんな悪人に対しても、決して傷
つけないのだ。
 ところが、視聴率40%を超える人気にもかかわらず、第5部“その復讐に手を出すな”の
終了をもって、ブラウン管から姿を消してしまった。
 子供がマネをして、木の上から飛び降りてケガをする事故が時々起こり、親や教師から
「暴力を奨励している」「教育上好ましくない」という声があがったからである。
 ケガをした子供は、たしかに月光仮面のマネをしていたかもしれないが、チャンバラしても
忍者ゴッコをしても、ケガをする時はするのだ。
 子供のケガとTVドラマを因果関係にして、強引に結びつけてしまうことが怖いよね。

 第6部“ドラゴンの牙”が、『少年クラブ』では桑田次郎のマンガで、『少年マガジン』では原
作者川内康範の小説で続いていたが、テレビなしでは人気が得られず、これでもって『月光
仮面』は去ってしまった。

PS:劇場版(東映)の『月光仮面』については、ここへ

 

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