懐石料理とホッピーの未来図           
                 ☆いとうひとえ

 極寒の地、新潟から上京して早
十数年。すっかり都会の女と化し、
アーバンライフを満喫する日々と
もお別れせねばならぬ時がやって
参りました。思えば東京に出たて
の頃の私は何も知らなかった。そ
んな私をここまで育ててくれたの
は美由紀さん、貴方です。電話で
「『ホッピーでハッピー党』って
いうのを結成したの!」と聞いた
時は、ああ、私はホッピーまで貴
方に教わるのか……と密かに嘆息
したものです。その頃の私にとっ
てホッピーとは、ほぼ『電気ブラ
ン』と同義でした。即ち、アルコ
ールであることは知っていても、
どんなものやら皆目見当がつかず、
少なくとも決して婦女子の飲み物
ではないであろう代物、私が飲む
ことはあるまい。といったもので

した。それがこんなことになるな
んて。
 ホッピーを飲んだ日は見事なま
でに記憶喪失になります。朝起き
るとスカートにゲロの跡。二日酔
いでズル休み。土曜日に家で飲み
ましょう、と誘ったことすら忘れ
る始末。あまりの口あたりのよさ、
飲み干した後の爽快感。
「ビールだったらこんなに沢山お
いしく飲めないよねー。おかわり
っ」そして無我の境地に落ちて行
く私。こんなに飲んでイイかしら。
 そんな私もとうとう貴方の元か
ら巣立つときがやってきました。
嫁ぎ先は松坂の割烹旅館。ホッピ
ーに伊勢海老。ホッピーに松坂牛。
ホッピーに赤福。しかし、「お店
にホッピー置いてないの?」と聞
いたら、「懐石料理にホッピーな


んか出せるわけねーだろ、馬鹿」
と怒鳴られてしまいました。悔し
い。でも私は挫けません。私の代
になった暁には、ホッピーの飲め
る店として全国にその名を轟かせ
てみせましょう。そのときは、テ
レビ東京さん、お願いします。
 ところで私には、まだ知らない
ものがあります。それは『黒』と
『生』です。あー飲みたい。飲ん
で正体不明になりたい。これはも
しやマリッジブルーというもので
は……、そうだそうに違いない。
しかしここまで書いて予定は未定
というのが一番恐ろしい。恋に破
れて帰ってきても、どうか優しく
迎えてくださいね、美由紀さん。

 



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