★『レザボア・ドックス』(92年)『パルプ・フィクション』(94年)『フォー・ルームス』(95年/4話の1話)、そして『ジャッキー・ブラウン』(97年)と米映画界でサブカルチャーの旗手として席巻してきたクエンティン・タランティーノ監督。彼の6年ぶり、51/4目の作品だ。実は彼の監督1作目は69分の中編『My Best Friend's Birthday』(87年)があるから、正式にその中編を1/2と考えれば、53/4。そういうマニアックな気分にさせるのが、愛すべきfucking good guy、Mr.Qことクエンティンタ・ランティーノであります(本作のクレジットでは原案はQ&U。Uはヒロインのユマ・サーマン)。ボク自身、彼の作品(脚本も含め)で1番スキなのは『レザボア・ドックス』、イマジカの試写室でそれを見たとき、ほんとうに酔ってしました。黒いスーツにサングラスのスローモー・ギャングのあのクールさ、優美さ。金の鉱脈を発見した気分。お次は『パルプ・フィクション』。そして脚本作『トゥルー・ロマンス』か。ファンには改め言うまでもないが、ちょっと復習する、と。タランティーノの持ち味はその類い希なる饒舌体の、オリバー・ストーンの追随さえ許さぬダーティ・ダイアローグと、ストーリーを自在に操る「時制」の妙だろう。スティーブン・ソダーバーグが未来をフッシュし現在からことを語る「フラッシュ・フォワード」の名手なら、Mr.Qは過去の時制をフラッシュしながら現在を語る「フラッシュ・バック」、ウェールズ、マンキウッツら映画史の名手を追い越した革新的名手だ。Mr.Qのフラッシュは過去の過去とダブル・フラッシュ(『レザボア』で)劇中で2重の時制を操り、驚かせた。
★さて、『キル・ビル vol.1』でも、やはり初めに「時制」を語りたくなる。彼の職人芸、巧みだ。冒頭は女のあえぎ声から始まる。性か死か。あえぎはヒロインのクローズアップで、絶頂のあえぎでないことはわかる。顔には黒い血しぶき。画面はモノクロで、赤い血はおさえられている。ボクの乏しい映画体験でカラー映画以降、「血」が黒で表現されたのは、モノクロを好んだクロサワの『用心棒』『椿三十郎』での「噴水血しぶき」では。本作ではその噴水血しぶきは、後半でドドッとあふれる。瀕死の彼女に、クローズアップの靴(音)を響かせ、ひとりの男が近づく。彼はハンカチをとりだし彼女の血をふいてやる。ハンカチには「bill」とある。彼女はトドメの銃弾を浴びる。ヒロインは劇中、ファストネームで呼ばれているが、ピーの擬音が入り、字幕では「X印」と伏せられている。ボクの予想ではvol.2で彼女の名前は明かされると思うけど、仮の名称は「ザ・ブライド(花嫁)」だ(『レザボア』でギャングの名にすべて色の符帳を用い「色分け」したMr.Qらしいアイディア)。
★先にも述べた通り、Mr.Qの脚本はジグゾーパズルのように細部を語り、全体にいたるものだ。彼は本作でそれらを整理するため番号を使ってる。ストーリーで紹介した通り、ザ・ブライドは復讐のリストをる。1から5まで番号が打たれ、整理されているが、このリスト作りを語りの半ば示すが彼の捻り。復讐の標的はリスト2のヴァニータからはじまるのだ。字幕ではチャプター1の「2」とある。まず、つかみの過激アクションが面白い。ザ・ブライドは小綺麗な家を訪れる。ドアが開けられた途端、女対女の死闘がはじまる。ザ・ブライドはナイフ、片やヴァニータは台所のフライパン。室内の壊れ物は粉々になっていく。ヴァニータはナイフを手にしてナイフ対ナイフに。闘いが佳境になったとき、大きな窓からスクールバスの到着が見える。ヴァニータの4歳の幼い娘ニッキーが帰ってきたのだ。彼女を迎えるふたりは、ナイフを後ろで隠し、ヴァニータはザ・ブライドを「お友達」を紹介する。娘の前は壊れ物で惨状だというのに。この間の可笑しさ、巧みさ。娘は部屋で大人しくしていなさい、と言われ、ひっこむ。女同士がなごみの小休止となり、コーヒーでも飲むとすすめられる。ザ・ブライドはもし自分の娘が生きていたら、同じ4歳になる、と母性をにじませる。彼女は「慈悲と寛容」を示し、娘に免じて、闘いは改めてと譲歩する。実はヴァニータはナイフ使いの名手であるが、ことの顛末は…。
★このあとのチャプター2で時制は過去にもどり、昏睡状態で病院のベッドに横たわるザ・ブライドの姿を俯瞰でとらえる。病院に復讐リスト3に挙げられたエルが潜入、看護婦の出で立ちとなり死の注射を用意する。エルは片目でカリフォルニ・スネークの異名をとる。その顛末は…。彼女が昏睡状態となり4年が経過していたが、彼女が目覚めるきっかけが可笑しい。なんと彼女の柔肌に蚊が吸いついたのだ。彼女が下半身麻痺状態を改善するため、足の親指を動かすことから始める。小技だが、意表をつく変化球満点の笑い。半身不随のザ・ブライドは看護士が連れてきた「客」に強姦される局面が訪れるが、見事に逆襲。車椅子で敵から逃れ、10時間以上かけて親指を動かすリハビリに専念し、彼女は五体満足で甦った。
★時制の入れ子細工が一段落したあと、復讐リスト1の顛末へと話が進む。標的は東京でヤクザ組織を束ねる女親分として力を持ったオーレンだ。その前に、ザ・ブライドはなぜかオキナワに向かう。『ベスト・キット』以来、オキナワは米国映画でなじみの武道の国。
ザ・ブライドは日本刀を手にいれようとやってきた。このオキナワシークエンスは、ボクを含め日本人の観客には嬉しいような恥ずかしいような。嬉しいとは、服部半蔵役のソニー・チバがあの大仰な発声とつたない英語ながら、Mr.Qが愛する「イコン」として銀幕に登場する。Mr.Qは脚本作『トゥルー・ロマンス』の冒頭で主人公が深夜映画を見るとき、チバの作品が上映されている設定にしたほど。
ちょっと気恥ずかしいのはチバと弟子のベタな吉本調(?)の掛け合い。このシークエンスで、Mr.Qがチバを思い入れたっぷりに描いたことはわかるが、冗漫で退屈と指摘した米メディアもいた。少々同感。チバがユマに日本語で喋られる言葉はと問い、「こんにちは」などの日本語の喋りを聞かせる図は、Mr.Qにしては陳腐に思えた。思わず笑ったのは、日本刀を売らないという半蔵に、ザ・ブライドが譲ってほしいと迫るあたりの光景。なぜ日本刀が欲しいか。「切りたいネズミがいるから」とザ・ブライド。「余程大きなネズミだな」と半蔵。敵を「ネズミ」になぞらえるのは日本の時代劇の影響か? そのネズミが半蔵の弟子と聞かされ、半蔵が蒸気で曇った窓に「BILL」を指で書く演出が、ダサ可笑しい。隠し部屋で日本刀を手にしたザ・ブライドが半蔵と腹をさぐりあう。日本刀を抜いたザ・ブライドに半蔵が、いま関心のあるのはこれだ、とベースボールを出す。腕試しを異文化演出で見せる図に、思わず笑ってしまった。半蔵がボールを投げると、ザ・ブライドはボールを一刀両断。日本の劇画にありそうな、歌舞伎方じゃないか。そう、本作は日本の劇画の影響も受けているようだ。米国でカルトな映画ネットの「Ain't it cool」では、本作に『子連れ狼』の影響が見えるとディープな読みをしていたのには驚いた。ザ・ヒロインは拝一刀か。ボクには半信半疑の解釈だが、本作の最後の最後を見たら、それも的はずれではなく、vol.2における隠し味なのかとも思った。余談だが、千葉真一が撮影では3シーン(シークエンスか)撮ったが、ワンシーンがカットされ落ち込んだと残念がっていた。ひょうとすると剣の稽古でもつけるシーンだったのだろうか、ちょうと興味がわく。
★さてさて、vol.1のハイライトは復讐リスト1のオーレン・イシイとの決闘(この役名はオーレンが『影の軍団』で志穂美悦子が演じた役名から、イシイは石井輝男、石井隆、石井聡互とMr.Qがスキな3人のイシイから)。舞台は青葉屋(house of blue leaves)。このセットがなんともキッチュ。作りは和風で、1階はステージがあり、3人の女性バンドが演奏し客が踊っている。2階は時代劇の料亭ふうで和室が並ぶ。オーレンはここを会議室がわりに使っているのか。ヤクザ組織の総会は長いテーブルを置いた座敷で行っている。オーレンに抵抗するヤクザの親分もいる。国村準演じるこわもての親分が不満をぶちまけ、「あいのこ」(いまは死語か、混血の侮蔑語だよ)と罵る。それを聞いたオーレンが長いテーブルの上をツカツカと疾駆し、次の瞬間、親分のクビを日本刀ではね、クビを手にもち、さらす。ほかの親分を恫喝する凄みたっぷりの蛮行。米国の客には相当刺激が強そう。オーレンがなぜそこまで修羅の女となったのか。その生い立ちが日本のアニメ(劇画的な泥臭い絵つら)で語られるのが、ある意味オリジナリティ満点。彼女の両親はヤクザの惨殺され、以来復讐を誓い、ヤクザな道を進んできたというのだ。本作はドバドバ血まみれなのに、アニメがある種の映画の趣向を示し、エクスキューズになっている感じだ。これはあくまでリアルなお話ではなく、コミックにあるような空想なのですよ、と。
★このへんの趣味趣向は相当、好みがわかれるかもしれない。Mr.Qのサブカルチャーモードが全開だからだ。彼のサブカルチャー映画玉手箱から、フワフワと煙がでてきて、映画のマジックを見せてくれる。冒頭、ブルース・リーからジャッキー・チェンまで、あるいは本作で格闘振り付けのユエン・ウーピン(そう『マトリックス』)も含め、香港のショウ・ブラザースの会社ロゴを配してオマージュを捧げた。さらに『仁義なき戦い』の「深作欣二監督に捧げる」と献辞もある。本編でMr.Qが試みているのは、大きく見て2つの宝物からの引用。セルジオ・レオーネに代表されるマカロニ・ウェスタン、香港の「武侠映画」からの影響である。さらに隙間(?)はマニアでも知らないB級映画の引用やスプーフ。ちなみにMr.Qが撮影に入る前にユマなどに見せた作品は、ベトナム帰還兵の復讐劇『ローリング・サンダー』(脚本はポール・シュレイダー)、『ジャッキー・ブラウン』で主役を演じたパム・グリアーが70年代に主演したブラックスプロイテーション映画『Coffy』(73年/黒人看護婦コフィがヤク漬けにされ瀕死の状態になった妹の敵に復讐をする)、『ハードボイルド・男たちの挽歌』などを見せたという。一体どうなるとユマが思ったという、チャンポン状態の発想だ。だから、本編ではMr.Q好みの作品をかぎ分け、楽しむオタク的要素が満載であります。ボクはといえば、彼の玉手箱から出てくる煙にむせてしまい、半分もそのサブカルの下敷きに反応できないが。
★そのオタク領域に触れられない人にもMr.Qの世界は、吸引力を持っているのは確か。ザ・ブライドはいよいよ東京に上陸、黄色いジャンプスーツに身を包み(『死亡遊戯』でのブルース・リーの出で立ちだ)、半蔵の名刀を手にして青葉屋の乗り込む。ザ・ブライドを迎えうつのは、オーレンの手下であるゴーゴー・ユウバリ(ゆうばりファンタ映画祭へのオマージュか)、淫行目的の中年男に入れたいかと迫り、逆にナイフで腹をえぐり「こちらが入れちゃった」と不敵な笑いを浮かべる17歳。『バトル・ロイアル』の栗山千明が不気味な存在感で、『ブラックレイン』の松田優作のキャラにも負けない凄みたっぷりの殺し屋キャラであります。ザ・ブライドとゴー・ゴーとの対決では、ザ・ブライドが天井にへばりついて隠れる忍者アクションからスタート。青葉屋の階段も縦横に使った空中戦がダイナミックで展開する。階段の欄干もツタツタとはね回るワイヤー・アクション振り付けは面白い。武器の対決は、ザ・ブライドの日本刀に対して、ゴーゴーは草刈りガマふうの飛び。くさりがザブライドのクビに巻き付く。さらにクサリの先にはベイブレードのような鋭利な刃物。2店転の死闘のあと、ゴーゴーの死に方が、強烈だ。お次はザ・ブライドがオーレンの手下88人を相手にする大量殺陣の図で、本編最後に勝新太郎への感謝もあったから、「座頭市」も影響しているのかも。とにかく、手下の手足がばさばさ切り刻まれ、先にも言った通り「噴水血しぶき」の雨あられ。いやはや。
★意外に思ったことは、日本部分ではザ・ブライドとオーレンが頑張って日本語のセリフに挑戦していたこと。このセリフ回しがたどたどしいインチキ外人の日本語で、喋るたびに妙な可笑しさがわきあがる。オーレンがヤクザの総会で、親分のクビをとったあと、日本語で語るが途中から「この先は英語で話す」と断る妙に律儀な姿にも笑ってしまった。日本でタレント活動をしているフランス人のジュリー・ドレファスがバイリガルの通訳兼秘書役で登場し、物語のブリッジ役となっている作劇の配慮も、Mr.Qらしい几帳面さか。
★終盤はよりスタイッシュなアクション。手下と闘うザ・ブライドが電気が消され闇となった部屋で、障子の蒼白い薄明かりをバックにシルエットの殺陣を見せる。オーレンとの対決では、障子を開けるとそこは雪が降り始めて日本庭園。獅子おどしの音が響くなく、オーレンは白無垢のキモノ姿で、ザ・ブライドと相対する。オーレンがザ・ブライドに、許しを乞うようなエールの交換は、互いに復讐の人生を歩んできた同士の共感か。最後で半蔵の剣は、オーレンも驚く力を発揮するが、その顛末は…。資料によれば、このシーンは藤田敏八監督の『修羅雪姫』でのヒロイン梶芽衣子のイメージから発想したそうですが、ボクは『修羅雪姫』は未見のため、その関係はわからず仕舞い。ここで梶芽衣子の音楽も流れる(最後のクレジットロールでは「恨み節」までも!)。そうそう、音楽はすべて映画やテレビに使われた既製の曲をMr.Qがセレクトした、これまたオタクの味。「鬼警部アイアン・サイド」のテーマ、アニマルのヒットで知られた「悲しき願い」などなど。オーレンが登場するシーンでは、『新・仁義なき戦い』(00年)のテーマ(布袋寅泰作曲)が妙にハマっていてカッコいいです。
★ボクはこの映画に完全にはまったわけじゃない。エクセレントとも思わない。が、B級の味を目指した映画ならではの、お楽しみは詰まっている。何度か、時間を置いて食べたみたい、庶民の味。多彩な映画素材を名シェフ、Mr.Qがあれこれ工夫して、いろんな味にして仕上げた。好き嫌いはあるだろうけど、ダレにも真似できない唯一無二の無国籍の味わい。Mr.Qが独自の道を行く「映画の鉄人」であることだけは、たしかであります。
★そこで、『キル・ビル vol.2』の展開はどうなるか。上のザ・ブライドとビルの写真はvol.1では現れないvol.2のものだが、ボクの食指が動くリストを挙げてみよう。
1)1作目で描かなかった挙式での惨劇が時制の綾として、リアルに再現されるのか。
2)片目の大柄女ダリル・ハンナが『ブレードランナー』以来の肉体アクションを魅せのか。
3)バドを演じるリスト4のマイケル・マドセンがヒロインへのシンパシーを見せていたが、初の男の対戦で男の情を発揮されるのか。
4)最後の標的であるビル役のデビッド・キャラディンが日本刀を弄んでいたが、どんなふたりの殺陣となるのか。
そして、第1巻のエピローグで明かされた「秘密」がどう影響していくか。
次のメニューも気になり、思わずゴクン!でも、まずは、血のしたたる人肉料理をボナ・ペティ。(ギャガ=ヒューマックス配給 2003/10/20 UPDATED)