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試写状 葡萄酒色の人生/ロートレック

LAUTREC

1998年フランス 監督ロジェ・プランション 出演レジス・ロワイエ/エルザ・ジルベルシュタイン/アネモーヌ ●128分 日本ヘラルド映画配給
1999年9月3日よりル・シネマにて公開予定

パリのムーラン・ルージュをはじめとする下町人間模様を描き続けた画家、ロートレックの生涯を、モデルのシュザンヌとの愛のエピソードを中心に描いた伝記ドラマ。
SHIMIZU―ロートレックものなら、ジョン・ヒューストン監督の『赤い風車』('52年)という作品を思い出します。ローレック役はホセ・ファーラー。ロートレックが子供のころ階段から落ち足を骨折し発育がとまり、成人しても152cmだったという事実にのっとり、181cmのファーラーは膝に靴を履き演じました。あの映画の印象が強いため、ロートレックとくれば異形の人のイメージ。でも、この映画はロートレックを演じるレジス・ロワイエの肉体をそこまで強調していない。ちょっとチビな男という程度の印象。僕にはこれが妙に映画自体をライトに見せようしている感じがしました。

 ロートレック自体、最初のほうは自ら道化的なふるまいで、自虐性を楽しむようなキャラ。この描き方に嫌みがあるわけじゃないけど、かといって『マイ・レフト・フット』の主人公のような人間的な魅力もない。途中、いかにもフランス映画らしく、ロートレックの愛も点描されています。彼の「作品」に嫉妬する女流画家ヴェラドン(『ミナ』の演技が大好きだったエルザ・ジルベルシュタイン)と彼女を愛し続けたロートレックの関係も、なんだか曖昧で、僕にはピンとくるものがありませんでした。

 ま、ロートレックの伝記をやるとすれば、当然、絵の素材になったムーラン・ルージュの光景抜きには語れない。フレンチ・カンカンを見せるモンマルトルのダンサーたちや、ムーランの娼婦たちなど、うかばれない市井の人たちに目を向けるロートレックの視線。それが彼の絵のままに再現するあたりは、この映画の身上。彼の田舎の情景を含め、ピクトリアルな映像は見どころです。か細いロートレックが、人の生のエネルギーを吸い取りたいという思い情熱をかたむけるあたり、彼の複雑な人間性を軽快に伝えようとしていますが、僕にはちょっと冗漫に思えました。彼と同時代を生きたゴッホ、ドガ、ルノワールなどの人物往来も深いものではないけど、有名人交流録をみるような楽しさも少々。(99/08/04 ビデオ)

YAZAKI★★☆星の数は、ちょっと多いかな? という気もするが、ここんとこフランス映画の自己満足体質にウンザリさせられどおしだった身には、いちおう他人の満足も考えて作られたこの映画に、何かホッとさせられるものを感じましたもので。
 フレンチ・カンカンの明るさと陽気さ。それが、この映画の色合いです。15歳で骨の成長が止まる障害を持ちながら、酒を愛し、女を愛し、人間を愛したロートレック。その豪胆な生きざまが、ここでは弾むようなテンポで描かれ、愛のエピソードを中心にしたドラマからは、彼の希有な人間性が伝わってきます。

 私がいちばん印象深く受け止めたのは、ロートレックは「自分が何者であるか」を知る男だったということ。伯爵家の跡取り息子に生まれながらモンマルトルの猥雑な空気に安らぎを感じ、後年、娼館に寝泊まりして絵を描くようになる彼は、身分やルックスといった外套を度外視した目で他人をみつめ、自分自身にも同じまなざしを注いでいた。それは、「神の前では人間は皆平等」というキリスト教の精神に通じるものでもあるのだけど、ロートレックの場合は、宗教ではなく、障害を持つ自分自身の運命を通じて、そんなまなざしを体得していったわけです。

 「破滅の淵を知る女たちは気高く、美しい」と、娼婦たちについて語るロートレック。絶望的な運命の力を知り、それに抵抗できないことを知った人間が、あきらめや怒りを陽気さに転化させて生きる姿――その美しさこそが、ロートレックが生涯にわたって魅せられたものであり、彼の絵画の魂でもあるのでしょう。

 ムーラン・ルージュの楽屋でドタバタ騒ぎが繰り広げられているところに、親友ゴッホの死の知らせがもたらされる場面が印象的。カンカンの浮かれ騒ぎと、死の悲しみが交錯する瞬間。それこそが、「セ・ラ・ヴィ」なんだよね。というところに、クラシカルなフランス映画の良質のエッセンスが感じられる点が、私は好き。(99/08/16 ヘラルド映画試写室)

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試写状 Hole

HOLE

1998年台湾=フランス 監督ツァイ・ミンリャン 出演ヤン・クイメイ/リー・カンション/ミャオ・テイエン ●93分 プレノンアッシュ配給
1999年9月4日よりシネマライズ渋谷にて公開予定

ゴキブリ症候群という奇病が蔓延する汚染地帯。マンションの水漏れに悩む女(クイメイ)の通報で、上の階に住む男(カンション)の部屋に配管工がやって来る。が、配管工は男の部屋の床に穴を空けただけで立ち去り、男と女は、穴を通して互いの生活を垣間見る間柄になる。そんなふたりのドラマの狭間に、50〜60年代の人気歌手グレース・チャンのヒット曲を使ったミュージカル・シーンを挿入、コミカルなノリに仕上げたツァイ・ミンリャン監督(『河』)の新作。
SHIMIZU★★住人があたりかまわずゴミをすて新型ウィルスが発生した地域。たまりかねた政府はその地域を2000年から「断水」すると宣言。2000年まで7日に迫った、その地域の古いアパートに食材店を営む青年とハイミスの女だけが居座った。見知らぬ同士が階上と階下に陣取っている。青年の部屋を訪れた配管屋が床に「穴」をあけて放置。その穴の下の住人であるハイミスは、ゴキブリは這い出てくるわ、酔った青年が放出したゲロを直撃されるわ、大迷惑。この「穴」によって関係性が生まれた男女の愛の物語という趣向だ。

 劇中はバケツをひっくり返したような豪雨。それが延々、止まない。ノアの箱船でも用意しなくちゃ、という様相で、画面はどこまでもジメジメの「世紀末」。極端にセルフを少なくし、部屋にいる二人の「生態」を淡々と描写する。ブリーフ姿の青年は即席ラーメン(ラ王か)を作ってすすり、スリップ姿の女もこれまた即席ラーメン(これもラ王か)。女が便器に腰掛けて食べる姿もアンニュイ。アパートの空間の使い方といい、無為な男女のけだるい感じといい、水が染み渡るウェットな情景といい、ツァイ・ミンリャン監督がいまの映画でみせてきた「意匠」が盛り込まれています。

 この映画で初めて登場したのが「穴」と「夢」でしょうか。僕はその「穴」の存在を見ているうち、安部公房の小説のような、シュールな世界を夢想しました。が、その穴はそんなにシュールでもない。ただ、見知らぬ男女を結びつけるだけの「入り口」にすぎないのだ、と最後に分かり少々あてがはずれました。

 意外という点では、ジメジメしたアパートの空間が突然、「夢」のシーンに変化すること。ヒロイン役のヤン・クイメイ(僕は『愛情蔓歳』の彼女がとりわけ好きです)が、イルミネーションが点滅するエレベーターの中で、コンクリートむきだしの荒れた階段の上で、踊り歌う(歌はグレース・チャン=本人は登場しないけど、プレスの写真を見ると美形。'64年に引退した不滅のミュージカルスターなのだそう)。洗練されたミュージカルシークエンスとは言い難いけど、なにかキッチュな感じで引かれるのです。このミュージカルシークセンスがジメジメした現実から逃避する感じで、随所にインサートされる演出。これは物語に関係なくteaserとして楽しみました。が、物語のなかで、これがうまくworkしているとは思えない。たとえば、いい夢ではないけど、『未来世紀ブラジル』の「夢」のような物語を補完する関係にあるとは思えない。

 監督の分身であるリー・カンションもミュージカルに加わり、ダンスを見せます。ほとんどやりたい放題。僕はこの映画の野放図さに少々あきれるばかり。最後、「穴」がロマンや夢のメタファーになるシーンも、ふたりの愛情の奔流が皆目見えないため、そうなってもナンのカタルシスも沸き起こりませんでした。(99/08/17 メディアボックス試写室)

YAZAKI★★☆またも、「水浸しのアパート」であります。デビュー作の『青春神話』から、ツァイ・ミンリャンの監督作にはこれが付き物。ま、同じシチューエションでこれだけのバリエーションが作れるのは、一種の才能であるとは思いますが。

 今回は、アパートの上下階に住む男女のお話。水浸しの部屋に住むのは、下の階の女。彼女の水漏れの通報を受け、上の階に住む男の部屋に配管工がやって来て床に穴を空けていくという、安部公房チックなシュールな設定。で、その穴を通して、孤独なひとり暮らしをしていた男女の間にある種のコミュニケーションが生まれていく過程が、途中にコーヒーブレイク調のミュージカル・シーンをはさみながら描かれていきます。

 酔った男が穴に向かって吐いたゲロが、女の部屋のタンスにかかったり。女のまいた殺虫剤が、穴を通じて男の部屋にのぼっていったり。コントふうに仕立てられたエピソードを通じて、男女にとっての「穴」の意味が次第に変わっていく点が、映画のおもしろさ。最初、穴は、おたがいのプライバシーを侵害する迷惑な存在。それが、好奇心をかきたてるのぞき窓に変わり、ちょっとエロチックな色彩を帯びてくる。そして最後には、孤独と狂気にとらわれた女にとって、唯一の救いをもたらす脱出口になる。これまで、「出口のない状況」を描き続けてきたツァイ・ミンリャンが、初めて出口を設けた(しかもハッピー・エンド)ってところに、新鮮味が感じられる展開です。

 ただ、話自体は、星新一のショート・ショートみたいなノリのものなので、30分くらいの小洒落た短編にしたほうが、この素材が生きたような気がする。ミュージカル・シーンの挿入も、ラストの男女の「出会い」場面の伏線であることはわかるけど、監督のノスタルジーと思い入れが先行する印象で、ちょっとうるさく感じられます。(99/07/16 メディアボックス試写室)

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試写状 エステサロン ヴィーナス・ビューティ

VÉNUS BEAUTÉ

1999年フランス 監督トニー・マーシャル 出演ナアリー・バイ/ビュル・オジェ/サミュエル・ル・ビアン ●105分 アルシネテラン配給
1999年11月6日よりル・シネマにて公開予定

アンジェル(バイ)は、パリのエステ・サロンに勤める40歳。心の孤独を埋めようと、カフェで男漁りの日々を送る彼女は、あるとき、年下の青年アントワーヌ(ル・ビアン)にひと目惚れの告白を受ける。20歳の婚約者がいるという彼と、奇妙な関係を続けるアンジェルだが……。『肉体の悪魔』のミシュリーヌ・プレール、『二十四時間の情事』のエマニュエル・リヴァ、『ネネットとボニ』のクレール・ドゥニ監督らがゲスト出演する恋愛劇。
YAZAKI★☆浮気した恋人と刃傷沙汰を起こして以来、恋愛不信に陥って『ミスター・グッドバーを探して』状態の日々を送る中年女が、年下の男性に惚れられて愛に開眼するまでを、エステサロンの人間模様と共に描いたメロドラマ。
 プレスによれば、フランスでは100万人突破のヒットを飛ばしたらしいが、逆にそのことがフランス映画の低調ぶりを物語ってしまうのは皮肉な事実。主人公とエステサロンの客たちとの会話は、ただの世間話やグチのレベルに終始し、人生の断面をさり気なく切り取るといった深みはまるで感じられない。何より、ナタリー・バイ演じる主人公のキャラが、手前勝手に「私は孤独、私は不幸」という思い込みにはまりこんでいる最悪にイヤな女で、その正体がわかればわかるほど、彼女の人生がどうなろうが知ったこっちゃないという気分にさせられる。
 その彼女と、年下青年&婚約者の三角関係から、再び刃傷沙汰に発展していく終幕の展開は、笑いが出ちゃうほどのソープのり。「幸せは、人様の不幸の上に成り立つ」という教訓(!?)に満ちた結末に、私は目が点になりもうした。(99/07/27 TCC試写室)

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試写状 サイコ

PSYCHO

1998年アメリカ 監督ガス・ヴァン・サント 出演ヴィンス・ボーン/アン・ヘイシ/ジュリアン・ムーア ●104分 UIP配給
1999年9月11日より丸の内シャンゼリゼほかにて公開予定

ヒッチコックが60年に製作したホラー作を『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』のガス・ヴァン・サント監督が完全リメーク。ヒッチのオリジナル版のショットをそのまま再現する演出を敢行した異色作。ノーマン・ベイツ役には『スウィンガーズ』などのヴィンス・ボーン。撮影は『恋する惑星』など香港映画でおなじみのクリストファー・ドイル。
SHIMIZU★★ご存じヒッチの名作ホラーのリメーク。リメークとなれば、オリジナルとどう違うか、キャスティングはどうか、とあれこれ比較してみたくなるものだ。ところが、今回のリメークは超異色。オリジナルの絵コンテをもとにヒッチと同じショットを再現して、話を進めたというアイデア。製作段階から、「どうなるのか?」と思っていたが、これが懸念した通り、どうにもピンとこない代物なのだ。

 今回のリメークで目新しい点は、画面が「カラー」になったこと、キャストがいまどきの男女優であること、セリフ回しや設定は現代的にアレンジされていること。まずカラー映像は、『恋する惑星』など香港映画で活躍するクリストファー・ドイルで、これがハリウッド初挑戦。手持ちカメラが持ち味の彼が固定カメラで、寸分たがわぬ映像を「トレース」したような映像は、それ自体相当窮屈だったんじゃないかな。

 冒頭、カメラがビル街にヘリビューで接近し、窓の隙間から情事の現場にすべりこむ出だしはスムーズ。ヒッチ作では情事後の余韻はサラリとしているが、リメークでは男ビゴ・モーテンセンの「おしり」のショットがあり、ゲイのヴァン・サント好みも少々。でも、これ以降、ジャネット・リーが演じたマリオン・クレイン役のアン・ヘイシが、会社の金をネコババして車で逃走、雨のため例のベイツモーテルに投宿。モーテルオーナーの青年ノーマン・ベイツに遭遇、有名な「シャワーシーン」へと話が進んでいく。

 「シャワーシーン」で「血」が流れるシークエンスもそっくりコピー。本来ならカラー版では「赤い血」が強烈に意識されるか、と思いきや、僕にはヒッチの「どす黒い血」のほうが強烈に見えた。ことほど左様に、どうもこれは、ヴァン・サントが私淑するウォーホルの「モンローのシルクスクリーン」みたいな、ポップなコピー芸術を狙ったような感じ。作っているほうは、「芸術」を構築しているつもりかも知れないが、見ているほうは「怖さ」も「新鮮さ」も感じられず、ほどほどの贋作を見ているような。僕個人としてはベルトコンベアーに乗ってラストまで運ばれた気分でした。

 おかしかったのは失踪した姉を探す妹役のジュリアン・ムーアがなぜか「ウォークマン」を離さないという「現代的な」設定。あと、製作前に期待したヴィンス・ボーンがトニ・パキのようなサイコキャラには縁遠く、細やかな心理演技は無理。人のいい、ちょっとマヌケなあんちゃんというキャラが彼の持ち味のようだ。ジャンジャン。(99/07/28 UIP試写室)

YAZAKI★アメリカでの評判は聞いていたので、まったく期待しないで見たけれど、主人公のノーマン(ヴォーン)が、モーテルの客(ヘイシ)の着替えをのぞきながらマスかくシーンにビックリ! これって、ヒッチ作へのオマージュというよりは冒涜なんじゃなかろうか。

 そもそも、「誰が犯人か?」を世界中の人間が知っているサスペンスを、「オリジナルに忠実」を売りにリメイクする必要がどこにあるのかしらん? と、YAZAKIは104分間、悩みどおしでありました。有名なシャワー・シーン(ヘイシが殺される)にハイスピードの雲の映像が挿入されたり、探偵(ウィリアム・H・メイシー)が殺される場面に牛のイリュージョンが登場したり。ガス・ヴァン・サントなりの小細工もチンケに見えるばかり。ま、そういう数々のカン違い(役者の演技や、大オーケストラで再現した音楽も含む)を、「笑い話」として見る分には、なかなか楽しめますが。

 ひとつ、よくわからなかったのは、ジュリアン・ムーア(ヘイシの妹)がベイツ屋敷へ乗り込んで行くとき、わざとらしく「ウォークマンを取ってくるわ」と言う場面。このああと、ウォークマンが小道具として生きるシーンもないし、ありゃいったい何だったのかね? 『ジャッキー・ブラウン』で男をあげたロバート・フォスターが、劇の最後に精神科医の役で出演。(99/08/27 UIP試写室)

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試写状 ユニバーサル・ソルジャー/ザ・リターン

UNIVERSAL SOLDIER : THE RETURN

1999年アメリカ 監督ミック・ロジャース 出演ジャン=クロード・ヴァン・ダム/マイケル・ジェイ・ホワイト/ハイジ・ジャンツ ●83分 エース・ピクチャーズ配給
1999年10月上旬より丸の内シャンゼリゼほかにて公開予定

戦死した兵士をDNA操作で蘇生し、最強の戦士に生まれ変わらせるユニソル計画。その打ち切りを知ったスーパーコンピュータが、クーデターを扇動。初代ユニソルのリュック(ヴァン・ダム)は、コンピュータに操られたユニソル軍団と死闘を演じることになる。スタントマン出身のミック・ロジャース監督による7年ぶりの続編。
YAZAKI★監督は、長年メル・ギブソンのスタントマンをしていた人で、メルの『ブレイブハート』では第二班監督をつとめたんだそうな。どうやら「アクションはオレにまかせろ」ってタイプらしい。だから、この映画もアクション・シーンを中心に組み立てられている。ハイ、ここで爆発。ハイ、ここで銃撃。5分後にカーチェイス。ちょっと色気が欲しいから、ストリップ・バーの場面も盛り込んでおこう、なんて具合にね。先にアクション・シーンのパターンをあげ、それを無理矢理1本のストーリーでつないでいったという感じ。
 こういう映画の作り方は、思考のツールがデジタル化してきたことを示す好例だね。テーマに添ってプロットを組み立て、キャラクターを練り、それを動かしてドラマを構成していくという従来の行程は、原稿用紙に頭から文章を書いて行くようなもの。いっぽう、この映画みたいにアクションのバリエーションをズラッと並べ、それを入れ替えながら話を組み立てていくやり方は、表計算やデータベース・ソフトを使って原稿を書くのに似てる。で、後者の方法では、やっぱロクなもんが出来ないと痛感。物書きとはしくれとして、アナログ的な思考を忘れてはいけないと、この映画を見て肝に銘じたです。(99/08/02 ソニー・ピクチャーズ試写室)

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