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グロリア
GLORIA 1998年アメリカ 監督シドニー・ルメット 出演シャロン・ストーン/ジェレミー・ノーザム/ジーン・ルーク・フィゲロア ●107分 ギャガ=ヒューマックス配給 |
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YAZAKI―アメリカでは試写も行われず、ひっそりと公開された映画。日本でも、ひっそりとビデオで出したほうがよかったんじゃなかろうか。大先輩の渡辺祥子さんいわく、「個性が強すぎて映画をダメにする女優」ことシャロン・ストーンが、今回も存分に本領を発揮。「にじみ出る母性」を「女々しさ」とはき違えたメロドラマ演技で、オリジナルのカッコよさを物の見事にブチこわしてみせます。 カサヴェテス版に比べると、このグロリアは「仮釈放中でフロリダの監察官のもとに帰らなくちゃならない」とか、「身代わりになって刑務所に入った恋人に裏切られた」とか、いろいろ背景を背負った女。どうもキャラの人間味を強調しようという試みらしく、それに従ってドラマはどんどんセンチな方向に流れて行く。劇中には、家族の死を知ってショック状態に陥った少年のために、シャロンが子守り唄を歌ってやるシーンなどもあり、オリジナルを知る人は笑っちゃうよ、きっと。いちばん驚くのは、ラストのドンデン返しがないこと。超ウェットな感動オチに持ち込まれる結末に、しばしアゼン。(99/02/28 ビデオ) |
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コリン・マッケンジー/もうひとりのグリフィス
FORGOTTEN SILVER 1996年ニュージーランド 監督ピーター・ジャクソン 出演レオナルド・マーティン/サム・ニール/ハーヴェイ・ワインスタイン ●53分 パンドラ配給 |
| YAZAKI★★★ピーター・ジャクソンの実家の隣に住むハナ・マッケンジー宅の納屋に、映画史を塗り替える重大なフィルムが眠っていた! こりゃあテーヘンだってんで、ジャクソン以下ニュージーランドの映画人たちが、幻の巨匠コリン・マッケンジーについて調査に乗り出す。その顛末を、大マジで描いたモキュメンタリー(ものまねドキュメンタリー)の佳作だ。 ニュージーランドのフィルム・アーカイブの人間が、総動員であたったフィルムの復旧作業。そこから、コリン・マッケーンジーという男が、映画史上の「世界初」の偉業を次々と達成していたことが判明する。自転車を動力源にした珍妙なカメラを発明し、1908年にトーキー(ただし中国語)の長編を作り、1911年にはカラー映画を製作。さらに、第一次世界大戦をはさんだ数年間で4時間モノの超大作に挑戦し、そのかたわら、資金かせぎに「どっきりカメラ」の撮影も手がけるという次第。 それらの「過去」のフィルムにまじえ、ジャクソン率いる一行が超大作のセットを発掘に行く現在のエピソードや、世紀の大発見に驚く人々(映画評論家のレオナルト・マーティンや、ミラマックスのハーヴェイ・ワインスタインなど)の証言も盛り込まれ、にぎやかなことこの上なし。「ハリウッドもリュミエール兄弟も、オラが国の偉人には負けるべえ」というスタンスで繰り出されるパロディの数々は、映画ファンなら楽しめること請け合いだよ。なかでも、第一次世界大戦に志願してガリポリ戦線に送られたマッケーンジーが、『誓い』そっくりのアングルで戦争ドキュメントを撮影する場面は爆笑モノ。(99/07/28 東和映画試写室) | |
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シュウシュウの季節
XIUXIU : THE SENT DOWN GIRL 1998年アメリカ 監督ジョアン・チェン 出演ルールー/ロプサン/ガオ・ジエ ●99分 エース・ピクチャーズ=日本ビクター配給 |
| SHIMIZU★★☆『ラスト・エンペラー』のジョアン・チェンの初監督作です。この映画の好き嫌いは別にしても、彼女はかなりの映画に対する美的なビジョンを持っている人だ、と思いました。真っ青な空を臨む情景とか星空の臨む原野のシーンとかファンタスティックな自然な映像が随所に出てきます。撮影は文句なしの美しさです。 さて、映画はチェン監督の、女としての多情な精神がほとばしった内容です。物語の骨格は文化革命の時に体制の犠牲になった「少女」の物語で、多分に告発的な問題意識を強要する方向性をもっています。社会派作と受け取る人も多そう。その視点で僕も見ていたのですが、チェン監督の興味はその少女にそそがれるあまり、彼女の女として「情感」に深入りしていきます。辺境の地に派遣された少女は、その地でチベット人の男と軍の牧場建設するため、同居しはじめます。屈強な男は昔、男根をちょんぎられ「宦官状態」。そんな性的に半端な男が少女の愛を注ぎます。お風呂に入りたい、という彼女のために小高い丘に露天風呂を設営します。男と少女の関係は『ロリータ』における教授と少女にも見立てることができそう。 少女役のルールーは撮影当時16歳。そこまで見せるか、という感じで、こぶりのバストもあらわに「体当たり演技」をみせます。少女が目隠しのため張られた布ごしに着替えをするシーン、美しい裸体の露わに水浴をするシーンなど、ロリータ趣味の人はかなりそそられるシーンが豊富です。さて、少女は次第にフェロモンを発散させ、予定通り「女」へと開化していくそれも、少女が帰郷をするために必要な書類を手にするため、男の相手をすることで、です。その噂を聞いた役人らが次々に彼女のもとを訪れ、彼女の体をむさぼりつくします。男はそれを悶々として見守るばかり。極めて哀しい関係ですが、僕の見る限るでは少女は男たちを誘い、生来の「性」の目覚めに身をまかせている印象。わるくいえば、コギャルっぽいクールさが漂うのです。 僕の視点から言えば、男根を失ったチェベット男(これが小林稔侍を思わす風貌)の存在がもっと少女に拮抗するポジションで迫ってきてもいいのでは、とチョット歯がゆくなった。少女を思う男の生理があれば、もっと少女と男の哀れさが際だっていくのではないか、と思った次第です。チェンはこの男をただ少女のために長い道のりを「水くみ」に行くことでしか愛の証を示さない男として描いています。もっと、彼の性を感じさせるシーンがあったら、その人間的味わいの深く強固になったに違いありません。とにかく男の立場が妙に稀薄。チェン監督には、男は興味のほかなのかも。 僕は次第にふたりの関係が『ノートルダムのせむし男』におけるカジモドとエスメラルダとダブりました。そう、チェン監督の少女の性をめぐる悲話は、ある種のメルヘンに彩られているんだよね。終盤の「雪」を背景にした少女の哀しい最後の表情すらも、少女メルヘンの余韻。それを最後は少女を圧殺した「体制」で縁取ろうとするあたり、かなり映画のベクトルが破綻してる感じがしました。チェン監督は濃厚な女の映画を撮らせたら、かなりの線をいくかもしれません。次回作に期待です。(99/07/14 メディアボックス試写室) YAZAKI★★☆1975年は、『ジョーズ』が公開された年。という自分自身の歴史観と、この映画に描かれる前近代的な出来事とのギャップに、まずはカルチャー・ショックを受けました。我々が『ジョーズ』を見て浮かれていたころ、中国ではこんなことが起こっていたんですよ、と。これは、そんな告発の意味がこめられた映画です。 主人公は、素直で明るく、くったくのない美少女シュウシュウ(演じるルールーが、これまた輝くような美少女)。下放政策で地方の工場へ送られた彼女は、1年後、チベット人のラオジン(ロプサン)の元で放牧を習えと命じられ、荒野の生活を始める。「半年たったら迎えに来る」という本部の言葉を信じ、不便なテント暮らしに耐えるシュウシュウだが、いくら待っても迎えは来ない。やがて通りすがりの行商人に身体を許した彼女は、以来、「自分は役人にコネを持っている」と言ってテントを訪れる男たちを相手に、娼婦まがいの女に身を落としていく。 その間、当初のハツラツとした輝きを失い、商売女の目つきに変わって行くシュウシュウ。そんな彼女に自分がしてやれるのは、水浴びの水を汲みに行くことだけだと、馬を河へ走らせるラオジン。「無知」であるがゆえに体制に翻弄され、自分を失っていく弱者の悲劇をみつめたドラマは、同時に、シュウシュウに寄せるラオジンのプラトニックな愛にも焦点を当てています。過去のケンカが元で男としての機能を失ってしまったラオジン。孤独を友に生きる彼の人生が、シュウシュウという一筋の光によってささやかな輝きを帯びていくことを、寡黙で無骨な横顔の影に物語るロプサンの名演。 ただ、運命に抵抗しない主義のラオジンが、傍観者としてしか機能しないドラマは、後半にいくに従ってどんどん息苦しくなっていく。なすすべがない状況に置かれたラオジンとシュウシュウと同様、見ている側も、登場人物に共感を寄せられない手詰まり状態に追い込まれていく感じ。「人類の最大の敵は無知である」を主張する監督のメッセージは力強いけど、作劇はもうちょっと工夫の余地が逢ったかも。シュウシュウに思いを寄せる少年の回想として語られる手法が、とってつけたように感じられちゃうのも、惜しいです。(99/06/11 メディアボックス試写室) | |
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HEART
HEART 1998年イギリス 監督チャールズ・マクドガル 出演クリストファー・エクルストン/サスキア・リーヴス/リス・エヴァンス ●84分 シネカノン配給 |
| SHIMIZU―試写の時間があわなく、シネカノンの青木さんからビデオを送ってもらっての鑑賞となりました。血だらけ袋を持った中年女が電車に乗り、たどり着いた墓場で警察に逮捕される出だし。その中年女役のサスキア・リーヴスが事件を語る構成から、一瞬『バタフライ・キス』のような味を想起しました。お話の設定自体には、かなり興味をひかれました。心臓の病で夫婦関係がうまくいっていない男が、妻の情事にたまりかね男の家へ乗り込み、逆に銃で撃退される。そんな男がバイク事故で急死した若者の心臓をもらい、健康体をとりもどす。男は提供者の母親に会い、その母親も息子の想いを胸に、男に接近していきます。これはいま注目される「心臓移植」をフックにして、魂を語ろうとする映画ではないか。そう想像させるに十分な前提です。 が、母親が男の家に入り浸りストーカー状態になる中盤から、映画の雲行きが怪しくなる。僕がこりゃ、なんだ、と思ったのは、男の妻の情事に憤慨するリーヴスが、その妻の車に蜂の巣を仕掛け、蜂責めで交通事故死させようとするくだり。僕はアリシア・シルバーストーンがストーカー少女を演じた『ダリアン』での蜂の巣攻撃を思い出して、しばし苦笑。映画は「心臓」つくって「魂」入れず。あきれるばかりの志の低さで、「猟奇」まっしぐら。妻の浮気が許せないバカ男の暴走など、終盤はレベルの低いスリラー・モード。最後の最後に『黒衣の花嫁』を思わすオチもあり、なんだ結局、これがやりたかったわけ。と僕は口あんぐりでした。『司祭』の脚本家の映画とか。なんだか、ウィンターボトム系のあざとさを感じる作風です。(99/08/04 ビデオ) YAZAKI★★血のしたたる紙袋を持った女が、列車に乗り込んでくる。あきらかに、異様な殺人を背後に感じさせる情景。案の定、墓場にたどりついた女は警官に包囲され、つかまって取り調べを受ける。そんな彼女の告白の形で、それまでの経緯が解き明かされていくという、謎解きの趣向をはらんでドラマは展開してまいります。 冒頭の女は、『バタフライ・キス』のサスキア・リーヴス演じるマリア。溺愛する息子を交通事故で亡くした彼女は、後日、息子の心臓を提供されたというゲイリーと出会い、彼に対してストーカーもどきの行動をとるようになる。彼女は、明らかに、ゲイリーを息子の分身、もしくは生まれ変わりのように感じ、男女の愛とも母性愛ともつかない(それでいて激しい)感情をゲイリーに寄せる。いっぽう、妻の浮気問題で悩むゲイリーも、マリアの息子の存在を自分のなかに感じ、マリアを邪険に扱う気持にはなれない。 というところが、設定の面白さのポイント。つまり、それまでまったくの他人同士だったふたりが、1個の心臓を媒介にして奇妙な血のつながりを持つという。で、私としては、マリアとゲイリーがどんどんあやしい領域に突入していく展開を期待しておったのですが、ゲイリーの妻と脚本家の情事が絡んで進行する話は、どんどんフツーの三角関係モノに盛り下がっていっちゃう。後半に行くに従って、心臓移植の設定が、単なるセンセーショナルな話題性を狙っただけのドラマの添え物に見えてきて、映画全体が志の低いものに感じられちゃうんだよね。「マリアの復讐話」でしめくくられる物語のオチも、えらく映画のテイストをB級にしている感じ。(99/07/13 シネカノン試写室) | |
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パトリシア・アークエットのGOODBYE LOVER
GOODBYE LOVER 1998年アメリカ 監督ローランド・ジョフィ 出演パトリシア・アークエット/ダーモット・マルロニー/メアリー=ルイズ・パーカー ●104分 ワーナー・ブラザース配給 |
| SHIMIZU★★わざわざ「パトリシア・アークエットの」をタイトルにうたう必要があるのか疑問。彼女を嫌いじゃないけど(でも、あの歯並びは気になる)、それほどスターバリューがあるとも思えないし、ね。映画では確かに彼女を中心に物語が動いていく。彼女を含め主要な登場人物は6人(モルモン教の、とぼけた味の刑事を入れれば7人か)。保険金狙いの殺人を軸に、その関係が2転3転していく。ひねりのあるノワール調のプロットだ。 舞台はロス。ヒロイン役のサンドラは高級住宅街の豪邸を担当する不動産ブローカー。彼女は目下浮気中。オルガンの音でカムフラージュしながらセックスをしたり、売る予定の豪邸の住人が留守の時を見はからいセックスをしたり。奔放でbitchな女。彼女の情事の相手は、夫の兄。彼はPR会社の重役(ドン・ジョンソン)。が、彼女の狙いはその兄を殺し保険金400万ドルを手にし、夫のジェイク(ダーモット・マルロニー=恐ろしく一本調子のキャラ)とリッチな生活を楽しむこと。さて、兄をビルから落とし、予定通りにことが運んだかにみえたが…。 配給会社の要請で、物語の展開を書けるのはここまで。あとは秘密。なにやら『白いドレスの女』のような意外なドンデンがまっているのか、と期待がふくらむ。が、この映画はローランドジョフィ監督によると、「フィルム・ノワール(黒)」ならぬ、「フィルム・グレ(灰)」なのだそう。犯罪映画でもラブロマンスでもない、その中間ということか。全体に、オフビートなとぼけた味が漂うのは確か。サンドラ役がなぜか『サウンド・オブ・ミュージック』のサントラがお気に入り。劇中、鏡の前で身繕いをしながら「I have Confidence」を歌ったり、そのサントラ・テープが犯罪の物証になったり、健全ムードの歌を小悪魔的なサンドラが援用することでシニカルな可笑しさが醸し出させるという趣向。 脇役陣では上司のベンと関係を持つ部下のペギー役メアリー=ルイーズ・パーカー、サンドラを怪しいとにらみ捜査する女刑事リタ役のエレン・デジェネレス。と女優陣がなかなかのくせ者。楽屋おち的なネタで笑っちゃったのは、デジェネレスで、とぼけた相棒の刑事(これがいい味)に「あんたはゲイか」とズケズケ聞くゲイ嫌いの女刑事役という設定。かく言うデジェネレスはアン・ヘイシ(ヘッシュ)とカミング・アウトした正真正銘のレズ女優だから、このゲイからみのセリフが皮肉な面白さ。あと殺し屋役で、いま旬のヴィンセント・ギャロも出演。女どもと格闘する設定だ。 とにかく、おかずが多いけど、どれもほどほど。物語のドンデンに「やられた」と驚けないほど、映画のキャラに肩入れするような情感もないし、話しの運びもどこまでもメリハリがなくてルーズ(とくに出だしの会議シーンなどカットした方がいい退屈な場面)。その点をさして「グレ(灰)」というなら、その通りだろうけどね。『キリング・フィールド』や『ミッション』の監督にしては、今回は雇われ仕事。この人は映像で悠々と語ろうとする人。話の運び見せる監督じゃないだけに、お話がただメリハリなく悠々としている感じ。最後で、善良を絵に描いたようなおとぼけ刑事が「いい人が幸せになるのは気持ちいい」と画面に向かってひとこと。そのいい人が大金を手にした「犯人」とも知らずに、というオチ。最後までゆるい、可笑しさ。(99/08/17 ワーナー映画試写室) | |