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試写状 アナザー・デイ・イン・パラダイス

ANOTHER DAY IN PARADISE

1998年アメリカ 監督ラリー・クラーク 出演ジェームズ・ウッズ/メラニー・グリフィス/ヴィンセント・カーシーザー ●106分 松竹富士配給
1999年7月31日よりシネマライズにて公開予定

自動販売機荒らしで日銭を稼ぐ16歳のボビー(カーシーザー)。傷の手当てをしてくれたヤクザ者のメル(ウッズ)から儲け話に誘われた彼は、恋人ロージーを連れ、メルとその情婦シド(グリフィス)と共に危険が待ち受ける旅に出る。『KIDS』のラリー・クラーク監督によるクライム仕立ての青春ロードムービー。
YAZAKI★★かたや無気力&無目的なストリート・ライフを送るティーンエイジャー、かたや60年代の「明日なき暴走」の価値観を引きずっていきるヤクザ者。犯罪の旅に出た2組のカップルの姿を、とことん救いのない調子で描いたラリー・クラーク監督作。
 最初、ジェームズ・ウッズ扮するヤクザ者のメルを、メンターとも親とも慕っていた主人公のボビーが、アクシデントのたびにキレるメルの本性(刑務所入りを怖れる小心者)に気づき、軽蔑のまなざしでみつめるようになる――というあたりが、ドラマの妙味。ただ、それをきっかけにボビーが自分の生き方にめざめる、なんてふうにはならないところが、クラーク映画のクラーク映画たる所以。「友達が死んでも何も感じない」という『リバース・エッジ』(87年)のティーンエイジャーを超越し、「友達が死んだことにすら気づかない」ような『KIDS』(95年)の子供たちの世界に属するボビーは、恋人の死をも淡々と受け止めながら、流されるままの人生に舞い戻って行く。
 という主人公に、共感よりも薄ら寒いモンを感じてしまうYAZAKI。ま、ボビー役のヴィンセント・カーシーザーは、「ポスト・ディカプリオ」の売り文句に恥じない美少年ぶりを見せてくれるけどね。母性としがらみの女に扮したメラニー・グリフィスが、意外な好演。(99/05/13 松竹試写室)

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チラシ アムス→シベリア

SIBERIA

1998年オランダ 監督ロバート・ヤン・ウェストダイク 出演ヒューホ・メッツェルス/ルーラント・フェルンハウト/ヴラトカ・シーマック ●87分 シネマストリーム=シネカノン配給
1999年8月中旬よりシネ・アミューズにて公開予定

ヒューホ(メッツェルス)とゴーフ(フェルンハウト)は、観光客をナンパして金とパスポートをネコババするのを生業にしているお気楽コンビ。そんな彼らのアパートに居候を決め込むララ(シーマック)。カモの彼女に本気でホレたゴーフは、稼いだ金でララの故郷シベリアに行こうと、ヒューホに金の山分けを申し出るのだが……。ソフトドラッグ解禁の街アムステルダムを舞台にした友情と恋のかけひきの物語。
SHIMIZU―この監督のデビュー作『リトル・シスター』は8ミリカメラ片手の兄がカメラアイで妹の日常を執拗に追うプライベート映画の肌触り。カメラの使い方が独特というイメージが残っていたが、2作目も手持ちカメラを多用し日常を捉えるルック。ただしワイ雑なカラー映像の途中に、意味ありげにモノクロ映像を忍ばせるテクは、効果的とは思えない幼さ。物語の組立ても幼い。アムス(テルダム)の街で、ストリートワイズふうの手慣れたな青年と妙に純情バカふうの青年が、ご当地を訪れる各国のバックパックの女たちとやった後、金を頂戴し戦利品として彼女たちのパスポートの写真部分を破り持ち帰る。それ自体はなにか面白い展開を期待されるものがあるのだけど、彼らがシベリアから来たララと出会い、男2人と女1人との奇妙な3角関係になるあたりから手詰まり。結局、悪女的なララにバカなふたりが翻弄される。
 ララが帰りたがっていたという「シベリア」を、このふたりのバカが目指すあたり、ふたりの愚直な友情が残る。なんか愚鈍なバディ映画だな。(99/06/25 ビデオ)

YAZAKI★ひとりは、「落とせない女はいない」と自信満々のナンパ師。もうひとりは、寝た相手に思わずホレちゃう純情バカ。そんなふたりを手玉に取って金を横取りしようとする小娘。どいつもこいつも人間としてサイテーなヤツらが、だましたり、だまされたりの駆け引きを演じる。はっきり言って、「好きにやれば?」の世界です。
 ケチな犯罪者を主人公にする場合、どこかしらキャラクターに愛すべきポイントを与えるのがお約束だと思えるのだけど、この映画の3人には何ひとつそれが見当たらない。とくに、主人公コンビが、寝た女のパスポートを破ってトロフィーのように陳列している設定には、その志の下劣さに、あたしゃ本気で怒りたくなった。「この世でいちばん大切なのは男の友情」と言いたげなオチも、白々しくて背筋が寒くなるばかり。(99/06/11 映画美学校試写室)

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試写状 スウィーニー・トッド

SWEENEY TODD

1997年アメリカ 監督ジョン・シュレシンジャー 出演ベン・キングスレー/ジョアンナ・ラムリー/キャンベル・スコット ●92分 アルバトロス・フィルム配給
1999年8月7日よりシネマスクエアとうきゅうにて公開予定

理髪店主のスウィーニー(キングスレー)は、客を殺して金品を奪う恐るべき殺人鬼。死体の始末を請け負うのは愛人のラベット夫人(ラムリー)で、彼女の作る人肉パイは飛ぶように売れていた。そんな彼らの陰謀をかぎつけたアメリカ人のベン(スコット)。彼の喉元に、スウィーニーの剃刀が迫る……。18世紀末のロンドンで実際に起こった事件を、『真夜中のカーボーイ』のジョン・シュレシンジャー監督が映画化したゴシック・スリラー。
YAZAKI★☆スティーブン・ソンドハイムのミュージカル版をロンドンで見ていたけど、歌のないこの映画版からはブラック・コメディのセンスが欠落。産業革命時代のロンドンの下町のワイザツな雰囲気はよく出ているものの、マジな推理モノとしてストーリーが展開していくので、アナクロな印象は否めない。これはむしろ、スウィーニーとラベット夫人のキャラクターの奇抜さで勝負すべき話のはず。私が見たミュージカル版では、ジュリア・マッケンジーがラベット夫人を演じたのだけど、彼女の愛嬌たっぷりのおかみさんぶりは最高におかしかったです。多分、当初予定されていたティム・バートンが監督したら、KINKYなキャラクターをいかした「いまどきの映画」になっていたんじゃないかな?(99/04/27 メディアボックス試写室)

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試写状 セレブリティ

CELEBRITY

1998年アメリカ 監督ウディ・アレン 出演ケネス・ブラナー/ジュディ・デイヴィス/ファムケ・ヤンセン ●114分 松竹富士配給
1999年8月より恵比寿ガーデンシネマにて公開予定

有名人願望を持ちながら有名人に振り回されどおしの小説家志望の芸能ジャーナリスト(ブラナー)と、ひょんなことから自分が有名人になっていく彼の前妻(デイヴィス)。不幸と幸を分かつ元夫婦の運命を、さまざまなセレブリティのスケッチを織り交ぜながら描くウディ・アレン監督のコメディ。
SHIMIZU★★☆欲も野望も捨てきれない自意識過剰の中年男と、そんな始末におえない男に振り回されたり、振り回したりする女どもがからむ(当然、多彩な俳優アンサンブルがミソ)。『地球は女で廻ってる』同様、最近のアレン映画のマンネリをぎっしりつめこんだ「定番」映画です。

 ここの新趣向は一応、現代の虚構を体現する「有名人」という道具を使いながら、処女作が酷評されて以来、作家業にも拍車がかかず、有名人になれぬまま有名人にすりよるジャーナリストの姿を描いていきます。「誰でも15分間は有名になれる」というウォーホルの言葉を援用しているが、「風刺」の味を期待すると肩すかし。アレンに、そんな真っ当な世界を期待するのはお門違いなんだろうけど。それにしては映画に芯がない。ふやけた印象です。

 そもそも主人公のリー自体に共感がわかない。彼は16年目で離婚を決意する。その理由が同窓会で容貌衰え老化まっしぐらの同級生と出会ったこと。「自分だけ若く見える。まだは40歳。50歳になって後悔したくない。セックスの快楽も味あわないで終われるか」。このいじましいスノッブぶり。イノセントを装ったようなブランナーの「僕ちゃん」演技も共感できないポイント。なのに、結果は被害者面で人生に「HELP」(映画中映画で、この文字が空に浮かぶ)を発し続けているだろう彼の心持ちにも、つきあいきれないという感じ。

 ただ、ウォーホル的なスノッブな世界をアレン流に遊んでるというポイントは、それなりに可笑しい。主人公の前妻ロニー(常連のJ・デイヴィス)がセックスのテクを修得するため娼婦の家を訪ね、「BLOW JOB」の秘伝をバナナで教示されるが、娼婦(これがYAZAKI推薦の舞台の名女優)が「ディープスロート」しすぎて窒息しそうになる図。そうそう、冒頭リーが女優(M・グリフィス)の取材のさなか1発やろうと迫ると、最初拒絶した彼女が「体は夫のもの。でも、お口を使うのは別の話」なんてリーのお股に顔を埋める図。『地球…』の冒頭でドレイファスらが演じたBLOW JOBスケッチがあったけど、アレンって、BLOW JOBギャグが相当好きなんだね。

 多彩な女優たちを駆使した女のスケッチでは、モデル役シャーリーズ・セロン(ショートカット姿がアレンの前妻M・ファローを思わせるのだが)が当然豹変する妖気あふれるコワいキャラで面白かった。逆に小悪魔的な女優の卵ウィノナの役は先がミエミエのタイプキャストという印象でつまらない。あとホテルでご乱行のスター役ディカプリオはジャニー・デップとケイト・モスを思わすエピソード。随所にスノッブな有名人を配していて、不動産王のD・トランプとかが顔を出す。'90年代の初めに評判になった女子高校生エイミー・フィッシャーによる人妻殺人未遂事件で、フィッシャーと関係していた夫ジョーイ・バターフューコも登場していたのにはビックリ。「有名人」を狂言回しにした回り舞台的な世界はたぶんにフェリーニを意識しているのではと思いました。TV局でゲテモノ人種が交錯するあたりは『ジンジャーとフレッド』を思わすもんね。(99/06/08 松竹試写室)

YAZAKI★★☆オープニングとラストを飾る「HELP!」という飛行機文字が、主人公の芸能ジャーナリスト、リー(ケネス・ブラナー)の心境を物語る。中年の危機――というよりは、ウディ・アレン的な自己不信の危機に陥った彼は、人生の方向転換をはかろうとして離婚をし、脚本を書き、編集者の恋人から女優の卵に乗り換えてみるものの、結局は「自分の求めているもの」の正体がつかめず、「オレ、いったい何やってるんだ?」の空回り状態。そんな不幸のループにはまりこんでしまったリーとは対照的に、女たちはちゃっかり幸運をゲット。という運命の皮肉の物語を、ジョニー・デップもどきの暴れん坊スター(ディカプリオ)や、全身性感帯のスーパー・モデル(シャーリーズ・セロン)らが織り成すセレブリティ・ワールドを舞台にスケッチしたモノクロ作品であります。
 彼ら有名人に、リーがオモチャにされる図は笑えるけど、過去のアレン映画とまったく同じ彼のキャラは、正直言って食傷気味。いちばんの見モノは、ケネス・ブラナーのウディ・アレンのモノマネ。(99/03/18 松竹試写室)

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試写状 ポーラX

POLA X

1999年フランス=ドイツ=スイス=日本 監督レオス・カラックス 出演ギヨーム・ドパルデュー/カテリーナ・ゴルベワ/カトリーヌ・ドヌーヴ ●134分 ユーロスペース配給
1999年9月よりシネマライズ渋谷にて公開予定

正体不明の小説家として成功をおさめたピエール(ドパルデュー)。婚約者との結婚を控え、幸福の絶頂にあるはずの彼だったが、亡き父の娘と名乗る難民(ゴルベワ)と関わりあったことから、その運命は激変する。ハーマン・メルヴィルの原作を、『ポン・ヌフの恋人』のレオス・カラックス監督が映画化した宿命のドラマ。
SHIMIZU★★プレスにはPubic Hairまるだしの大股開きの全裸ヒロインが男と絡まるお姿。(結局、このシーンは劇中にはないパブカット)。カンヌでの会見ではセックスシーンは本番をやったのでは、という質問がでたと聞き、カラックス映画に、なんの興味もない僕も今回は興味津々で試写にでかけた。我ながら興味のレベルが低いです。ハイ。そうでもしなくしゃ、カラックス作品なんぞ見る気になれないもん。
 冒頭には「この世のタガが外れた。何の悪意か、それを直す役目に生まれたとは!」と『ハムレット』の独白。原作は『白鯨』のメルビル。難解そう。でも、主人公が訪れる趣のあるシャトーのような邸宅など映像ルックは、かなりスタイリッシュ。でも、正直言って、自分ひとり承知したナルシスト的な語り口には、なにをやるのやらと冷ややかになる一方。 肝心の主人公と謎の女との、暗闇のセックス・シーンは期待ほどのもんじゃない。小説家の主人公が隠れて執筆に励む廃墟の倉庫とか、なにかSF的な雰囲気だけど、人間関係など、よーわからんところ続発。でも、僕は寝なかった?!(99/06/04 ヤマハホール)

YAZAKI★☆「ホンバンやってるらしいぜ」とSHIMIZU氏に吹き込まれ、ノコノコと試写に出かけたYAZAKIめでありますが、フランス映画らしい思いっきりひとりよがりな展開に、まったく着いて行けませんでした。期待のホンバン場面(!?)も、薄暗い中で男と女がモゾモゾやってるという程度で、騒ぐほどのモンじゃないっすよ。

 冒頭に『ハムレット』が引用されたり、主人公の従兄弟の名前がティボー(英語読みでティボルト)であるところから、シェークスピア劇がモチーフになってる話かと想像をめぐらしながら見ていたけど、主人公ピエールと母(カトリーヌ・ドヌーブ)の近親相姦めいた関係に『ハムレット』の片鱗がうかがえるくらいで、あまり関係ないみたい。どちらかと言えば、ギリシャ悲劇の世界か。いずれにしろ、私には解釈不能の領域だわ。

 物語は、財力にも小説家の才能にもチャーミングな婚約者にも恵まれた青年ピエールが、高名な外交官だった父親が赴任先(多分ユーゴ)で産ませた難民の娘と出会ったことから、それまでの生活を捨て、その女と夫婦を装いパリで暮らし始めるという展開。貧乏暮らしのなかで現実の醜さを知ったピエールには、観念だけで書いていた小説が書けなくなり、金に困ったふたりは、テロリストと思しき集団が潜伏する倉庫に住処を求める。自分自身の不甲斐なさを嘆きつつ、女と愛し合うピエール。女の守護天使であろうとする思いとは裏腹に、堕ちるところまで堕ちていく彼は、ついに自らの家系を断ち切ろうとして従兄弟に銃弾を放つ。

 という成り行きから、これが「さまよえる魂」の物語であることが読み取れるのですが、確信を持って言い切れるのは、せいぜいそこまで。真実を追究するに従って、ピエールの虚飾の芸術家の仮面がはがれ、語るべきものが何ひとつなくなってしまうという皮肉なサブプロットは面白いと思ったけど、それ以上に「あのテロリスト集団はいったい何なんだ?」とか、些末な疑問が随所に浮かび上がり、映画の真髄に到達するまでにはいたらず。「歯が立たない難解な映画」というのが、率直な感想。そうそう、主人公がオートバイで疾走する図は、『汚れた血』以来のカラックス映画の定番だね。(99/06/04 ヤマハホール)

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