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クッキー・フォーチュンCOOKIE'S FORTUNE 1999年アメリカ 監督ロバート・アルトマン 脚本アン・ラップ 撮影栗田豊通 出演グレン・クローズ/ジュリアン・ムーア/チャールズ・S・ダットン/リヴ・タイラー ●118分 K2エンタテインメント配給 2000年1月下旬よりシネセゾン渋谷にて公開予定 老女の自殺をめぐる騒動から、思わぬ過去の秘密が浮かびあがってくる模様を、ユーモラスに活写したロバート・アルトマン監督作。 |
STORYミシシッピ州ホリー・スプリングス。復活祭の前日、ひとり暮らしの老女クッキー(パトリシア・ニール)は、天国にいる夫のもとに行こうと心に決め、自分に向けて静かに銃の引き金をひいた。その死体を発見した姪のカミール(クローズ)は、「一族から自殺者が出るなんてとんでもない!」と、クッキーの死を殺人事件に仕立てて警察に通報。妹のコーラ(ムーア)にも口裏を合わせろときつく命じる。その結果、逮捕されたのは、クッキーの雑用を引き受けていた黒人のウィリス(ダットン)だった。彼がクッキーの銃の手入れをしたため、指紋がついていたからだ。が、ウィリスの釣り仲間の保安官(ネッド・ビーティ)も弁護士(ドナルド・モファット)も、はなからウィリスが犯人とは疑っておらず、3人は留置所でスクラブル・ゲームを始める。そこにやって来たのが、コーラの娘エマ(タイラー)。カミールとソリがあわずに家出していた彼女は、「ウィリスが犯罪者なら、私だって駐車違反の常習犯」と主張し、勝手に留置所に居候を決め込む。 いっぽう、クッキーの遺産のことを考えはじめたカミールも、警察の封鎖を無視してクッキー宅に住み込んだ。町からは腕利きの警部がやって来て、事件当日のウィリスの足取りを追い始める。 復活祭の夜、教会ではカミールが演出をつとめ、コーラが主演する「サロメ」の芝居の上演が始まった。そのころ、警察には重要な目撃証人が出現。さらに、銃についていた血液型からも、ある容疑者が浮かびあがった。警部たちは、「クッキー殺人事件」の犯人を逮捕するべく、教会へパトカーを走らせる。 |
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SHIMIZU ★★★(99/10/26 徳間ホール) 小さな町を舞台に、老婆の死をめぐる奇妙で愉快でほのぼのした人間模様を描く、アルトマン監督得意の人間モザイクものです。 タイトルロールは、夫を失い独り暮らしの老婆クッキー。彼女が信頼を置くのは、彼女の世話をしくれる黒人のウィリスのみ。夜中にウィルスが彼女の家に忍び込む、亡き夫が大切にしていた「銃磨き」をするほど。気心の知れた仲。一見、白人老女と黒人男の『ドライビング・ミス・デイジー』ふう。でも、そこにひねりをきかせるのがアルトマン調。クッキーが「銃」で自殺し、室内に指紋があった黒人のウィリスが疑われる。疑われた理由は、クッキーの家を訪れた姪にあたる姉妹(グレン・クローズとジュリアン・ムーア))が「自殺」している叔母を目撃したこと。我が家では「自殺」する人間などいない、「強盗」に入られたのだ、とずるい姉のクローズが、頭のとろい妹ムーアに噛んでふくめるように言い、クッキーが大切にしていたダイヤとルビーのネックレスなどの貴金属品を盗み、銃も始末して「強盗工作」をする。それが前段です。 ウィリスを中心にした人たちは実にコージーで、ほのぼのとした人間性が漂う。冒頭、ウィルスが酒場で飲んだあと、ワイルドターキーを1本失敬するが、あとでちゃんともどす。それを酒場の主人たちも、毎度のことと了解している関係も微笑ましい。ウィリスを渋々しょっぴく警察官が彼を無実と信じて疑わない。だった彼は「釣り仲間」だから、というネッド・ビーティの警官もとぼけた可笑しさ。そう、『ショート・カッツ』に登場した「釣り仲間」がそのままこの映画に引越ししてきた感じです。 物語は叔母の遺産目当てのクローズが「強盗工作」の陰謀が明らかになっていく過程を描きます。映画の趣向のひとつが、クローズが町の住人による演劇の演出をしていること。舞台はヘロデ王に「首」を所望する悪女を描くおなじみワイルドの『サロメ』。クローズがワイルド作品を手を入れ、勝手に「共作」しいる設定で、頭のとろい妹がサロメ役。大いに芝居ががった姉妹が、事件の全貌が明らかになるにつれ、「芝居」の狂気と同一化してくる感じの作劇がこの映画の妙味。ただ、僕にはクローズの定番のオーバーアクトがどうにも好きになれない。逆に、頭はとろいが姉の言われた通り、自分のパートを守り自己主張するムーアの演技が終盤妖しさを増してくる感じで、僕には面白かった。 映画のポイントは「家族的なるものとは?」というのが僕の見立て。物語の終盤では、意外な家系図が次々に明らかになる展開で、一見、つながりのないよいに見える人たちが意外な関係性を持って有機的につながる。その複雑に入り組んだ「家系図」の謎はじっくり見ていただくとして、僕がそこで感じるのは大いなる人間的なつながりということ。チマチマした「家族」そのものの呪縛から開放され、「家族的なもの」を希求し、自由なつながりを謳歌しよう、というアルトマンのヒューマンでドデカい「世界観」が見えてくる感じなのです。 ひとつ、久々に気付いたのは「コカ・コーラ」。アルトマンといえば、『ボウイ&キーチ』でのコカ・コーラの使い方に、アメリカ的な意匠を感じたものだが、ここでは警察の自動販売機から「コカ・コーラ」を買い飲む姿が目にとまった。アルトマンのアメリカ、その人生の一片が描かれた、愛すべき佳作といえましょう。 |
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YAZAKI ★★★☆(99/10/08 松竹試写室) まず、タイトル。中華料理の最後に出てくる「フォーチュン・クッキー」をひっくり返したこの題名は、「フォーチュン」の部分に、自殺する老女クッキーの「財産」「幸福」「運命」といった二重三重の含みがもたせてある。で、映画を見ると、それらのキーワードが巧妙にドラマを動かしていることがわかるわけで。この脚本のウマさは、オスカー候補の資格十分。少なくとも、私がアカデミー会員だったら、ぜったいに一票を投じると思うわ。 いい脚本があり、味のある役者たちが揃い、彼らの最高の芝居を引き出す監督がいる。いわゆるウェルメイドな映画の味を堪能させてくれるのが、今回のアルトマン監督作です。 最愛の夫がいる天国へ行くことに、自らの「幸福」を見出した老女クッキー。彼女の自殺を引き金に展開するドラマは、クッキーの残した「財産」と、残された縁者のドロドロした過去をめぐるミステリーの要素をはらみながら、彼らの「運命」が思いがけない方向へ導かれていく様を描きだしていきます。その過程で、人間の本性が暴き出されていくところが、映画のおもしろさのツボです。 多彩な登場人物の中心になるのは、ふたりの人間。ひとりは、黒人の中年男ウィリス(チャールズ・S・ダットン)。映画は、バーで酒を飲む彼が、帰り際にカウンターからウィスキーをチョロまかし、千鳥足でクッキー宅へ向かうところから始まります。クッキー宅の台所の窓から忍び込み、棚から銃を取り出すウィリス。見ているほうは、「コイツはとんでもない悪党だ!」と思い込む。が、そこにクッキーが現れ、ウィリスは彼女に頼まれた銃の手入れをしに来ただけで、実は老いたクッキーの面倒を見ている心優しき男だってことがわかる。さらに、その後、彼が酒場へ盗んだ分のウィスキーを補充しに行くエピソードからは、ウィリスが無類の正直者だってこともわかるわけです。 そんな善良なウィリスと対極をなすのが、もうひとりの中心人物カミール(グレン・クローズ)。教会で上演される「サロメ」の演出家をつとめる彼女は、信仰に厚いコンサバティブな女。が、ドラマが進むに従って、これがとんでもない偽善者であることが判明していきます。まず、叔母のクッキーの死体を最初に発見した彼女は、「うちの一族から自殺者が出るなんて、みっともない」と、強盗殺人を偽装。次に、クッキーの遺産に目をつけ、「この家は、もう私のものよ」とばかり、警察の封鎖を無視してクッキー宅に居座ってしまう。そしてドラマの後半では、カミールの過去の秘密も暴かれ、彼女の人生が「嘘と見栄と強欲」で塗り固められたものであることが見えてきます。 ちょっとした罪をおかすことはあっても心根は善良なウィリスと、善良な仮面の影に隠れて大罪をおかしているカミール。このふたりの「運命」は、クッキーの自殺騒動の余波のなかで絡みあい、二転三転していきます。ウィリスは、カミールのでっちあげた強盗殺人の容疑に問われて留置所へ。かたやカミールは、クッキーの遺産にありつける幸運に浮かれ、遺言状のありかを目の色変えて探し始める。どうも正直者がバカを見る展開。でも実際のところは、復活祭のディナーも運ばれてくれば、仲間とスクラブル・ゲームも楽しめる留置所のほうが、封鎖テープの張り巡らされたクッキー宅よりも、よっぽど居心地がよくて開放的。そのへんの皮肉な状況を、アルトマンは名人芸とも言えるいきいきした筆使いでユーモア満点に活写していきます。 果たして、「真犯人なき殺人事件」は、どんな決着を見るのか? 本部から腕利きの警部も乗り込んでくるほどの大事に発展していく事態は、カミールが自分の撒いた嘘の種に足を絡め取られる格好で、収束に向かいます。結局、カミールの狙っていたクッキーの遺産は、それを受け取るのにもっともふさわしい人物へ受け継がれることになる。で、そんなふうに物事があるべき姿におさまること自体が、クッキーの招いた「幸福」であり、彼女の残した「財産」でもあるという具合に、クッキーの死が、ひじょうに明るくおおらかな意味合いを帯びてくる点が、この映画の好感度の決め手になっている感じ。 ドラマの大詰めで、思わぬ存在感を発揮するのが、カミールの妹コーラ(ジュリアン・ムーア)。詳細は避けるけど、「サロメ」の芝居でも人生でも、姉の言いなりになってきたお人形さん状態の彼女が、最終的に自分が演出家となって姉への復讐を果たすところを、コーラの演じるサロメの情念と重ねあわせて見せる作劇のうまさは、拍手喝采モノです。 ウィリスの善良さを信じて疑わない釣り仲間の保安官(ネッド・ビーティ)や弁護士(ドナルド・モファット)、コーラの娘(リヴ・タイラー)など、偽善を見破る目を持った人々が奏でるコミュニティの人間模様も、映画の大きな魅力。自殺が殺人と取り違えられるシチュエーションには、ヒッチコックの『ハリーの災難』ふうのおかしさもあり、何回か見直せば、また違った良さが発見できそう。 |