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試写状

至上の恋

MRS.BROWN

1997年イギリス 監督ジョン・マッデン 脚本ジェレミー・ブロック 撮影リチャード・グレートレックス 出演ジュディ・デンチ/ビリー・コノリー/アントニー・シェール/ジオフリー・パルマー/リチャード・パスコ/デヴィッド・ウエストヘッド ●106分 松竹富士配給 1999年1月中旬よりル・シネマにて公開予定

夫を亡くして悲嘆に暮れるヴィクトリア女王のために、馬の世話係として招かれたスコットランド人の従僕ジョン・ブラウン。ふたりの秘めた愛のドラマをしっとりと描く文芸調のヒストリー・ドラマ。

STORY

 1861年、20歳のときから連れ添ったアルバート公が他界し、ヴィクトリア女王はワイト島のオズボーン宮に閉じこもったまま喪に服す生活を送っていた。その状態が3年あまり続いたとき、公務の滞りを案じた政治家たちは、故アルバート公に仕えたスコットランド人の従僕ブラウン(コノリー)を呼び寄せ、女王の心を解きほぐす任務を与える。
 その日から、純朴で遠慮を知らないブラウンは、女王の叱責もものともせず、毎日白い馬をひいて中庭で待ち、女王に乗馬をうながした。ついに根負けして遠乗りに出かける女王。彼女の胸には、ブラウンへの静かなときめきがよぎる。それ以来、ブラウンは女王のそばをかたときも離れず、すべてのスケジュールは女王の健康状態を知るブラウンが管理するようになった。王子さえもがブラウンを通してでなければ女王と面会できない状況に、王室のメンバーは苛立ち、巷には女王とブラウンの仲を揶揄するスキャンダルが流れる。やがて周囲の反感を買ったブラウンが、袋だたきにあう事件が勃発。彼は女王に辞職を願い出るが……。

SHIMIZU ★★★(98/11/13 松竹第一試写室)

『英国万歳!』など、コスチュームものが苦手なSHIMIZUめも、この映画は楽しみました。“ヴィクトリア女王の秘密結婚”とまでいわれた19世紀の英国王室のスキャンダルをめぐる物語。

愛する夫を失い悲しみにくれるヴィクトリア女王が「黒い装束」を身にまとい、喪に服し続ける。彼女の悲しみを癒すものは皆無で、お付きのものは女王の顔色を伺いながらのピリピリした日々。女王が食事を早くすませば、同席したお付きのものも素早く食事をすませなくちゃならない。その絶対的な主従関係を描くあたりが、いかにも英国の厳然たる「クラス社会」を印象づけてくれます。

さて、悲嘆にくれる女王の前に現れたのが、亡き夫も信頼していたという従僕のブラウン。彼は「ハイランダー」(スコットランド人)出身であることを誇りに思い、常にキルト姿で登場する偉丈夫な男。侍従から「女王には言われたこと意外に返事をするな」と釘をさされても平気で、言葉を交わす。女王のためになることなら、言いたいことは言う、やりたいことはやる。女王に「馬」に乗ってもらおうと、朝から晩まで馬を連れて、直立不動のままたち続ける。愚直なほどの忠義の家来なのであります。そんな彼の一途な姿に女王は、次第に心を開いていく。乗馬に出かけ、領内の住人の家をお忍びで訪れる。かくして女王はブラウンを寵愛し、「ミセス・ブラウン」とも噂されるようになる展開です。

この映画のキーになるのが女王役のジュデイ・デンチ。プレスには英国版『ボディガード』と、すこしでも馴染めるようにというイメージ付けをしているけど、デンチはホイットニーというわけにはいかない。ニコリともせず、居住まいを正している未亡人ぶりからして重量級の迫力。そのデンチの愛想のないルックスに、男性観客は見る前から気分が萎えちゃかも。でもでも、よく見ていくと、彼女のすごさがジワジワわかり始める。デンチは英国の杉村春子か。ま、よろしい。

とにかく、僕が「オーッ!」と思ったシーンは、彼女が心の変化を司祭に告白する場面です。「私は生きてる人間だと感じることがあります。なぜなら、夫への悲しみはそれとして、私には今ある友人が大切なのです」。黒装束の女王の姿に「女」が再び宿ったような瞬間。デンチがほのかに恥じらいをみせる。情感を抑えた女王がちょっと艶かしく一変するあたりの呼吸がただ者じゃありません。で、彼女の「女ぶり」が次第に画面を占領していく感じであります。やはり、この映画のデンチの名演は噂に違わぬものでありました。

一方、ブラウン役のビリー・コノリーもいい味わいです。彼が「ハイランダー」(スコットランド人)にこだわり、誇りに思っている感覚は、門外漢の僕にはいまいち実感できなかった部分でもありますが、僕はショーン・コネリーが以前演じたSF活劇『ハイランダー』を想起しました。

ブラウンは日本でいえば、忠義を貫く武士。ぼろぼろになるまで主君につかえ命をすてるのが本望。そんな武士的精神が終幕にいくにつけ哀切感を漂わせます。ブラウン自体の忠義と、女王の寵愛との狭間には厳然たる「クラス」の違いがよこたわっている。その厳しさ。病床に倒れたブラウンが職務をまっとしようとする姿には『日の名残り』の執事に通じるような切なさを感じました。そんな名もない人たちの力を踏み台にした「女王」は逞しく歴史を作っていく。という、英国ならではの「女王蜂」的な愛のかたちを見る想い。

YAZAKI ★★★(98/11/13 松竹第一試写室)

「オレは女王のハイランドの従者だ!」と雄々しく叫びながら、素っ裸で海に飛び込むジョン・ブラウン。この映画の魅力の半分は、彼の強烈なキャラクター。残りの半分は、ビリー・コノリーとジュディ・デンチの熟練した芝居。で、キャラクターと芝居のうまさに目のないYAZAKIとしては、この映画もおおいに気に入った次第であります。

それにしても松竹富士。プレスには、原題の『MRS.BROWN』がひとことも表記されず、『QUEEN VICTORIA』というサブタイトルがあたかも原題のように記されている。この売り方はないと思うよ。だって、いみじくもデンチがアカデミー賞候補になった映画だもの。そこそこ映画に関心のある人なら、『MRS.BOROWN』というタイトルに聞き覚えがあるはずでしょ。そういうお客さんを逃すような売り方をする理由がどこにあるんだろう? と、しばし疑問。しかも、「ブラウン夫人」という原題には、女王が実際にそう呼ばれていたというスキャンダラスな意味と、女王自身の気持の在り方を表す二重の意味がこめられているのだから、邦題はともかく、原題をきっちり明記してニュアンスを伝えるべきなんじゃなかろうかと思うぞ。

と、文句をたれるのはこれくらいにして、本題の映画の話をしませう。アルバート公を亡くしてオズボーン島に蟄居したヴィクトリア女王のもとに、アルバート公の馬の世話係をしていたジョン・ブラウンが呼ばれる。ふたりの対面場面から、ブラウンのキャラクターが早くも強烈な個性を放ちます。「これほど落ち込んでいるとは知らなかった。さぞやつらかろう」と言うブラウン、その言葉を聞いて「無礼者!」モードになる女王。周囲の者が、腫れ物にさわるように女王を扱うのに対し、ブラウンはあくまでも、人間対人間として女王に接しようというスタンス。「オマエさん、ダンナが死んでつらんいんだろ? ほら、オレの肩を貸してやるから思いっきり泣きな」という感じなのです。

このブラウンを一言で言うなら、無骨者。女王への忠誠が第一と心得る彼は、自分が「女王のため」と考えたことを一途に実行に移していく。彼の行動は、ひじょうに率直でストレート。そして、単純。政治的な駆け引きなんか、まるでできないタイプ。で、そういうところが、ロイヤル・ファミリーや従僕の仲間たち、さらに政治家たちの目には、「粗野で独断的であつかましい男」に映ってしまうわけです。

確かに、「女王のボディ・ガード」を自認するブラウンは、女王のNO1の側近であるのをいいことに威張りくさっているようにも見える。でも、彼には、その立場を利用して権力を握ってやろうみたいな野心はこれっぽっちもない。もう、ただひたすら純粋に、女王のために自分があるという思い。その少年のように純な気持は、やはり愛なんでしょうね。女王に対して忠義を尽くそうという気持、彼女を友として思いやる気持、そして女性としてのヴィクトリアを敬い、崇め、自分が命を張って守ってやらねばという気持。ブラウンが女王に寄せる心情が、ふたりの触れ合いを描くドラマから痛いほど伝わってきます。

もちろん、女王側の心情もすごくきめ細かく描かれています。ブラウンの思いやりにだんだんと心を開いていく女王は、次第に生気を取り戻し、ブラウンと過ごす時間を楽しみはじめる。ただ、彼女のなかには、そんな自分に対する罪悪感がつねにあり、威厳ある物腰の陰で葛藤を強いられているのです。「夫を失った悲しみが薄れ、次第に生きている友人に傾いている」と、思い余って司祭に告白する女王。司祭は、「素直に友人に慰めてもらいなさい。友人は神が遣わした人なのですから」と言って、女王を励ます。

女王がオンナの部分を曝け出すこの場面には、なんとも言えない艶っぽさが漂っていますが、辞職を申し出たブラウンに、女王が思いのたけをぶちまけるシーンには、もっと胸を突き動かされる。「あなたなしでは生きていけない。あなたの支えがあるから強い女になれるの。私を見捨てないで」と言いながら、女王はブラウンの手にキスをする。これほどの激しい愛情表現を、私はこれまで見たことがありません。

とはいえ、そんな女王も、ホンネを殺してタテマエで生きなければならない立場。次第に彼女は、ホンネを押し通すあまり孤立した立場に追いやられていくブラウンを、見捨てる格好になる。長年、言葉を交わすこともなくなっていくふたり。やがて死期の迫ったブラウンを見舞った女王は、「あなたが望んだ忠実な友になりたかった」と懺悔の気持を告白する。ブラウンの答えは、「バカな女だ」。このひとことには、「人からどう思われようと、オレはいつもお前の味方だった」という彼の思いがこめられていて、思わずジーン。キス・シーンも何もない映画だけど、やはりこれは、ズバぬけて崇高で希有な愛のあり方を描いたラブストーリーであると思います。

監督のジョン・マッデンは、『哀愁のメモワール』という作品を撮った人だそうだけど、私はこれを見ていない。でも、『至上の恋』の次に手がけた『Shakespeare in Love』(シェークスピアと女優の恋を描いた作品)が、ゴールデン・グローブ賞のミュージカル&コメディ部門にノミネートされたところから察するに、すごく力のある人みたい。気品の演出に長けたイギリスの正統派監督ってことで、これからも注目していきたい存在。

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