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始皇帝暗殺THE FIRST EMPEROR 1998年日本=中国=フランス=アメリカ 監督チェン・カイコー 脚本チェン・カイコー/ワン・ペイコン 撮影チャオ・フェイ 出演コン・リー/チャン・フォンイー/リー・シュエチェン/スン・チョウ ●170分 日本ヘラルド映画配給 1998年11月より丸の内ルーブルほか松竹・東急洋画系にて公開予定 『さらば、わが愛/覇王別姫』のチェン・カイコー監督による大河ロマン。秦の始皇帝暗殺未遂事件にまつわる男と女のドラマを描く。約20億円をかけて建設した咸陽宮のセット(東京ドーム6個分の大きさ)が話題に。 |
STORY紀元前3世紀、中国は、7つの王国が天下統一を争う戦国時代の真っ只中にあった。なかでも秦の若き王、政(リー)は、野望の達成に並々ならぬ執念を燃やしていた。そんな彼に、幼なじみの趙姫(コン)がとある計略をもちかける。政を憎む燕国の太子丹(スン)に政の暗殺計画を立てさせ、それを失敗させることで燕を無条件降伏に追い込もうというのだ。趙姫がこれを思い付いたのは、いずれ自分の故国・趙も、秦に滅ぼされてしまうと憂慮してのことだった。太子丹と共に燕国へ出向いた趙姫は、そこで荊軻(チャン)という男と出会う。彼はかつて暗殺者として名を馳せた人物だったが、殺した娘に哀れみの情を持ってしまったことから、過去を捨て、いまは隠遁生活を送っていた。そんな荊軻に、趙姫は心ひかれていく。 その間も、政は天下統一の野望に向けて突っ走っていた。隣国の韓を滅ぼした彼は、手をゆるめることなく趙に進軍。趙姫の懇願もむなしく、幼い子供たちまでも皆殺しにする。怖れていた流血の事態が現実になり、呆然とする趙姫。いまや彼女は、政の暗殺を成功させることを望んでいた。その思いを知った荊軻は、自ら暗殺者の役目を引き受けるのだった。 |
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SHIMIZU ★★☆(98/09/11 ヘラルド映画試写室) '80年代後半、ハリウッドを席巻したエイジェント、CAAマイケル・オービッツが仕掛けそうな、「パッケージ映画」の装い。とにもかくにも、大作。最近の流行言葉でいえば、「イベント映画」の趣です。『さらば、わが愛』のチェン・カイコー先生は今回は、明らかにアメリカのマーケットを横目に演出している感じだね。 まず、この映画はいろんな映画のエッセンスを思い起こさせる。冒頭、非情な暗殺者・荊軻が一家皆殺しを展開するシークエンスは、香港アクションにサムライ・アクションがミックスされた活劇のノリ。ここで、エイジアン・エキジチズムに憧れる米国人を引き込みそう。ところが彼は一家の盲目の少女と対峙するや、非情な心の壁がもろくもくずれ、「人間」らしさに目覚め、漂泊の人となる。 世は7つの国が争奪戦を展開中で、そのなかで武勇を誇り「先祖代々の宿題である天下統一」の野望を持つ男がひとり。のちの「ファースト・エンペラー」である秦王・政。彼が馬車で敵を追い粉砕するアクションは、『ベン・ハー』の戦車アクションか。まず、討つ者と討たれる者との骨格をふまえたあと、物語の要となる「ヒロイン」の登場。押し出し十分のコン・リー。秦王の幼なじみだった趙姫で、彼女が秦王を手玉にとりながら、「秦王暗殺計画」をリードする役回り。 この3人を核に、サブのキーマン3人ほどを動かしながら、大河ストーリーを編んでいく手さばきは、かなり面白い。どのキャラも、コマとして有益で、宦官を装い始皇帝の母親に接近しはらませてしまう男も印象的で、中国版のシェークスピア劇を狙ったようなケレン味たっぷりの作劇。司馬遼太郎なんかが好きな、おやじの絶対的な支持を得そうです。 俳優はどれも存在感がある。でも、ちょっと大仰で新国劇的だから、いまの若い連中にはちょっとダサく見えるかも。僕は秦王役の李雪健の、不安まるだしで弱みを見せる演技は新国劇のノリを感じちゃいました。でも、ハマル人はハマル演技だよ。僕がいいな、と思ったのは荊軻役の張豊毅。『さらば、わが愛』の男役だった人。映画自体のキャラは意外にパターン化されている印象なのだけど、なにか存在がカッコイイ。その荒々しさのなかに清新さが漂う雰囲気は中国のブラピと呼びたい感じ。 さて、この映画の見どころのひとつは中国ならではの人海戦術によるスペクタクルアクションと背景の巨大な城塞のオープンセット。このスケール感は『タイタニック』の船に匹敵するかもしれないね。僕はこの手の大仰さが苦手。それよりも、感心したのは猿之助もマネしたいんじゃないかと思った、最後の暗殺の場となる秦王の宮殿の謁見場のセット。秦王の王座の前はプール状に水が満々とはってあるわけね。王のそばに行くに場合は、プールの底から可動式の道が浮き上がる仕掛け。『十戒』みたいな感じね。このスタイリッシュな仕掛けは、面白い。 ゲイジュツ派のカイコー先生にしては、思い切って娯楽作よりになった感じ。その分、彼の個性が少々薄れ、職人監督になったうらみがあるけれど。 |
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YAZAKI ★★☆(98/09/03 渋谷パンテオン) ずいぶんチンマリした映画だな、というのが第一印象。今年の1月、配給元のヘラルドが、咸陽宮のセット見学ツアーにマスコミを大量に連れて行くという太っ腹なプロモーションをやったりしたので、私のなかには「超スペクタクルなエピック」というイメージが勝手に出来上がっていたのね。たとえば、『ラスト・エンペラー』の紫禁城前の「ひれ伏し」場面が、何万回と出てくるような感じ。 ところが、咸陽宮のセットはこんなにスゴイぞ、どうだ、まいったか的なスペクタクル映像は、皇太后の愛人が謀反を起こすところに片鱗が見られる程度(この場面は、衛兵の動きが『不思議の国のアリス』のトランプの兵隊みたいで美しいです)。どちらかといえば、男女の関係に的を絞った古典的なメロドラマの色彩が強い。まあ、その分、バブリーな臭いがしないところは好感が持てますが、「中国映画最高のスタッフ・キャストが体力の限りを尽くして作り上げる」という大作感を売りにした謳い文句をまともに受け取ると、「それで、こんなもん?」と思っちゃうかもしれない。 中国の歴史を左右したかもしれない暗殺未遂事件の顛末を、秦王の政と、趙姫と、暗殺者の荊軻の3人を主役に描く。2時間50分の上映時間のわりに、筋書きはきわめてシンプルであります。 3人のなかで中心になるのは、今回の映画化で創造された架空の人物・趙姫。政の貪欲な性格を知る彼女は、政が必ずや天下統一をやってのけるだろうと考える。そして、その過程で無益な血が流れるくらいなら、全部の国が無条件降伏によって秦に従うほうがましと、燕の国から政の刺客を出すように謀を仕組む。彼女のキャラは、さしずめ平和主義を掲げる無血革命の闘士といったところでしょう。 が、趙姫が燕国で根回しをしているあいだに、政はどんどん戦争による侵略を進め、趙姫の考えていた無血革命は挫折に終わる。絶望の淵に沈む趙姫。そんな彼女を愛する荊軻。彼は、政の暗殺者に志願することで、己の空虚な人生に決着を付けようとします。 政は野望の人、趙姫は理想の人、そして荊軻は、さすらいの人生の果てに、愛のために死ぬという大義を得た男。それぞれのキャラはとてもわかりやすく、かつ、それぞれが夢と愛の狭間で繰り広げる葛藤も、ていねいに拾われています。ただ、趙姫と荊軻の心が通いあっていく過程など、後半部分はかなり飛ばし気味に描かれているので、ふたりの心の動きを補いながら見ていかなくちゃならない。最後、趙姫が荊軻の子を妊娠していると明かすのだけど、事ここにいたり、「ふたりの関係はそこまで進んでおったのか!?」と、私めは少々ビックリいたしました。 飛ばし気味の描写ゆえにつまらなくなってしまったシーンが、もう一ヵ所。政の出生の秘密を知ってしまったばかりに秦から逃亡するハメに陥った将軍が、荊軻と酒を酌み交わしながら「自分の首を政への土産にしろ」と言うところ。ここにいたる前に、将軍と荊軻に通いあう「大義をなくした者同士の絆」がきっちり描けていたら、ものすごく泣けるシーンになったと思うのだけど。 何か、ドラマを主人公の3人に凝り固まって展開させようとした分、将軍みたいな脇の人物がおざなりにされている感じ。冒頭に言ったチンマリ感=戦国絵巻きとしてのスケール感の乏しさは、こういうところにも原因がある気がします。たとえば将軍が、『ブレイブハート』のロバート卿に匹敵するくらいボリュームのあるキャラクターだったら、きっと印象が全然違ったものになっていたんじゃないかな? 私が面白いと感じたのは、主人公3人の運命を左右するポイントに「子供」がキーワードとして使われているところ。荊軻は、盲目の少女との出会いから己のなかの人間にめざめる。反対に、政は、自分と同じように母が不義の相手に産ませた子供たちを抹殺することで、非情さにめざめる。いっぽう趙姫は、祖国の子供たちが政の手で生き埋めにされたことから、憎悪にめざめる。そして、そんな彼女の心を知った荊軻は、「二度と子供を殺させない」と、政の暗殺を決意する。 ここでの「子供」は、3人の人生の方向を左右し、人間性を浮き彫りにする触媒の役目を果たしている。そう考えれば、最後、趙姫が荊軻の子を宿すという唐突に見える結論も、それなりに納得が行くわけで。 ただし、この「子供」の使い方も、あくまで3人の物語の一部という印象。それが、もっと大きな歴史のうねりを感じさせるものに結びついて行けば、メロドラマ以上の深みに到達できたんじゃないかと思う。その点が、ひじょうに惜しいなと思います。 註:この試写のあと、チェン・カイコー監督は編集を200個所もやりかえたそうで、劇場公開版は、かなり印象の違うものになっているようです。渡辺祥子大先輩によりますと、「妊婦姿のコン・リーが、雪原のなかの荊軻の墓参りをするシーンがラストに加えられているなど、全体に女性ドラマの趣が強くなっている」そうです。 |