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ピガールPIGALLE 1994年フランス 監督・脚本カリム・ドリディ 撮影ジョン・マティスン 出演ヴェラ・ブリオル/フランシス・ルノー/レイモン・ジル/フィリップ・アンブロジーニ/ブランカ・リ/ジャン=クロード・グルニエ ●93分 シネマパリジャン配給 1998年10月上旬よりユーロスペースにてレイトショー公開予定 パリ18区の夜の歓楽街ピガールを舞台に、ドラッグクィーン、ゲイの青年、ストリッパーらが織り成す人間模様をサスペンス・タッチで綴ったカリム・ドリディ監督のデビュー作。 |
STORYフィフィ(ルノー)は、ピガールの歓楽街を根城にするチンピラ青年。性転換者のディヴィエンヌ(リ)と同棲中の彼は、覗き部屋のストリッパー、ヴェラ(ブリオル)とも、親友とも恋人ともつかない関係にある。ヴェラは、帝王(グルニエ)が仕切るストリップ・バーのオーディションを受けるが、ギャラの安さに激怒。再び覗き部屋の仕事に戻っていった。フィフィとふたりで故郷のスペインで暮らす夢を持つディヴィエンヌは、新興勢力のマルフェ(アンブロジーニ)の下で麻薬の商売を始めていた。が、マルフェに裏切りを気づかれた彼女は、あっけなく殺されてしまう。 愛する人をなくし、行き場をなくしたフィフィは、ドラッグクィーンのフェルナンド(ジル)のもとに転がり込んだ。フェルナンドの留守中、ヴェラを連れ込んで強引にアナルセックスを強要するフィフィ。傷ついて帰宅したヴェラを待ち受けていたのは、ヒモのイエスの切断された首だった。ディヴィエンヌとイエス――ふたりの死をめぐって、ピガールの抗争と復讐の火蓋が切って落とされる。 |
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YAZAKI ★☆(98/08/03 TCC試写室) ピガールは、モンマルトルの丘の下に広がる夜の一大歓楽街。フレンチカンカンで有名なムーラン・ルージュがあるあたり、ヘンリー・ミラーの「クリシーの静かな日々」の舞台になったところといえば、なんとなく想像がつく? 日本でいえば、新宿の歌舞伎町って感じか。 そこにカメラを持ち込み、オール・ロケーションで撮影したというのが、この映画の最大の売り。確かに、コカコーラの看板が立つビルの屋上にいるフィフィとヴェラを遠景で捉えたショットとか、シネマヴェリテ・スタイルの映像はなかなか新鮮であります。 が、しかし。そういう風俗描写であれば、ドキュメンタリーにかなうものはないわけで。それを劇映画として展開させる以上は、やっぱりドラマとしての完成度が問題になってくるわけですね。 その点、この映画は、ひじょうに不満が残ります。まず、ピガールの縄張り争いに関する前提が不明確。いちおう、ここでは、ストリップ・バーを経営する帝王と、インド系と思しき覗き部屋の主人パジャと、もうひとり新参者のマルフェというのがシマの争奪戦を繰り広げているらしいのだが、そういう人間関係が映画を見るだけじゃさっぱりわからん。実を言うと、私なんぞ、あとでプレスを読むまでマルフェを帝王の手下だと思っていたくらい。 そんなわけなので、ディヴィエンヌがボス同士の利害関係にどう関わり、なぜ殺されたのか、ってことがわからず、中盤からサスペンスに転がっていく展開について行けずじまい。さらに映画の後半では、ヴェラがマルフェの阿片窟みたいなところに囚われの身になるんだけど、「なんでそうなるの?」と考えてるうちに映画は終わってしもうた。誠に情けない話でありますが、この映画のドラマの世界には、完全に置いてけぼりをくらってしまったです。 同じパリ18区を舞台にした映画では、『パリ、18区、夜』のほうが格段に出来がよかったと思うわ。ただ、フィフィを演じたフランシス・ルノーにはちょっと注目したい気持ち。バイ・セクシャルの魅力を淡々とたたえながら、フワフワと夜の世界の上澄みを漂っているような、ひじょうに実体のない情けないキャラクターをとってもうまく演じていて、好印象が持てます。 配給元のシネマパリジャンで宣伝を担当する山岸さんによると、映画のプロモーションで来日したルノー君は、熱血演劇野郎だったとか。で、シネマパリジャンの待遇に感激したのか、帰国のとき、成田で山岸さんたちに食事をごちそうしてくれたそうです(これはもう、ドケチが信条のフランス人にしては超珍しい行動なのよ)。 なんて話を聞くにつけ、なかなかの好青年じゃんと思えるルノー君。ゲイのイメージがつくのを嫌って『ドライ・クリーニング』の主演を断ってしまったそうだが、きっとこれから芽が出てくるでしょう。でも、スターになったからって、アラン・ドロンになったりしないでね。 |