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ビッグ・リボウスキTHE BIG LEBOWSKI 1998年アメリカ 監督ジョエル・コーエン 脚本イーサン・コーエン/ジョエル・コーエン 撮影ロジャー・ディーキンズ 出演ジェフ・ブリッジス/ジョン・グッドマン/ジュリアン・ムーア/スティーヴ・ブシェーミ/ピーター・ストーメア/デイヴィッド・ハドルストン/フィリップ・シーモア・ホフマン ●117分 アスミック配給 1998年11月21日よりシネマライズ渋谷にて公開予定 ボーリングを生き甲斐にノーテンキに暮らす中年男が、人違いからとんでもない事件に巻き込まれることに。『ファーゴ』のコーエン兄弟によるミステリー・タッチのコメディ。 |
STORY90年代初頭のロサンゼルス。デュード(ブリッジス)は、ボーリングだけが生き甲斐のシケた中年男。ある日、彼の家にチンピラが乱入、「女房の借金を返せ」と脅しをかけてきた。実はデュードの本名はジェフ・リボウスキ。チンピラは、デュードと同姓同名の億万長者を間違えたのだ。その億万長者宅にデュードは出かけていった。目的は、チンピラに汚された敷物の弁償金をせしめること。その日はけんもほろろに追い返されてしまったデュードだが、数日後、今度はリボウスキから連絡が入る。彼の後妻バニーが誘拐されたので、チンピラの顔を知るデュードに身代金の受け渡し役をやってほしいというのだ。 2万ドルの報酬につられ、リボウスキの申し出を受けるデュード。いっぽう彼の親友ウォルター(グッドマン)は、誘拐が狂言であると主張し、身代金の代わりに下着の入ったトランクを相手に渡してしまう。さらに、身代金を積んだ車がボーリング場の駐車場で盗まれるにおよび、デュードはのっぴきならない窮地に立たされる。果たして彼に、再びお気楽な日々は戻って来るのだろうか? |
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SHIMIZU ★★☆(98/07/23 メディアボックス試写室) アメリカのインディー映画の優良ブランド「コーエン兄弟」。彼らの待望の新作です。毎回意表をついたストーリー・テイリングで楽しませてくれる彼らですが、今回の新作も飛びきるユニーク。まず、ナレーター(最後にカウボーイ姿の本人が登場しますが)が「ロサンゼルスで最も無精な男」の話を我々観客に聴かせようという構えで、現代の「トールテイル(ほら話)」ふうの始まり。 その無精男とはジェフ・リボウスキ(ジェフ・ブリッジスが持ち前の、茫洋としたキャラで快演)で、その名が嫌で、「デュード」(しゃれ者などという意味)と名乗る男。ヤギのようなヒゲ面にポニーテイル、そしてバミューダ・パンツ。彼は仕事もせず、スーパーで牛乳を盗み飲みしたりして、ぶらぶらする毎日。お気に入りはマリファナと仲間うちでやる「ボーリング」という、いかにもゆるそうなキャラクター。 そんな彼がある日、事件に巻き込まれる。彼の薄汚い住みかにチンピラ2人が押し入りられ「お前の女房の借金を返せ」と凄まれ、部屋のカーペットにお小水をかけられるわ、殴られるわ散々に目にあってしまう。これは同姓同名の人物との人違い。頭にきたデュードはもうひとりのジェフ・リボウスキに会いにでかける。この相手がタイトルの「ビッグ・リボウスキ」になっている車椅子の大富豪。カーペットをもらって引き上げたデュードだが、その大富豪からある依頼をうける。それが誘拐された若妻バニーの身代金100万ドルを運ぶこと。その報酬は2万ドル。かくしてデュードは探偵まがいの仕事に手を染めるわけであります。 今回のコーエン兄弟のモチーフは'40年代のロスで活躍するレーモンド・チャンドラーのハードボイルド探偵フィリップ・マーロウを、思いっきりひねりをきかせて現代に登場させること。時代背景も、90年代初頭で「湾岸戦争」勃発期にあわせている。コーエン兄弟ならではの突飛な着想が充満した作品。 さて、デュードは仲間と「ボーリング」をするのが唯一のお楽しみなのだが、僕が面白いと思ったのは、「ボーリング」を使った映像イメージの世界。ピンの並びやレーンのフォルム、プレー前に無駄話をするルーズな雰囲気「ボーリング」はいかにも時代からずれたイメージだけど、コーエン兄弟にかかると、ちょっと異次元感覚。それが格好の映像イメージといて広がっていく。 デュードがボーリング場のレーンに登場したショーガールたちの股間を移動していく夢のミュージカルシークエンスは、夢幻的な楽しさ。そう、これは大がかりなセットを駆使し大勢のショーガールの踊りをシンクロさせた30年代の群舞ミュージカルの生みの親バズビー・バークレー映画の大パロディーで、思わずニヤリ。ケン・ラッセルの『ボーイ・フレンド』を思わす映像です。 ほかにもボーリングのボールの穴に吸い込まれる映像があったり、デュードがボーリングのボールをもって空を舞う気絶シーンの世界があったり、はたまたボーリングのシューズ係が湾岸戦争にひっかいてフセインだったり。ボーリングがらみのシーンはどれもシュールなおかしさ。ボーリング場の人間模様もおかしく、なかでも大爆笑は金歯に紫のジャンプスーツ姿で登場するラテン系のボーラー、ジーザス。ジプシー・キング版の「ホテル・カリフォルニア」の音楽にあわせ、レーン場でダンスステップを踏みおどる図はジョン・タトゥーロの独壇場。これは文句なく笑えます。 毎回、コーエン動物園とも形容される得意なキャラクターたち。今回は主人公のデュードをはじめ、ベトナム帰りですぐ拳銃を持ち出し切れるジョン・グッドマン演じるウォーター、ブシェミ演じる元サーファーの間抜けなドニーの、ヒッピー世代の3バカトリオ。裸に絵の具を塗り絵を描く、ジュリアン・ムーア扮するフェミニストの前衛画家、元ロッカーの誘拐犯ニヒリストなど、変態キャラクターがいっぱい。 でも、今回はお話自体の面白さに絡む面白キャラクターというより、キャラクターのためのキャラクターという感じで、ひとりひとりの「お笑い」に収斂される感じ。だから、笑いのつぼにはまればバカ笑いできるけど、笑えないと、とことん笑えないのが難点。 ただし、デュードとウォルターとの関係は漫才ふうのボケ、つっこみで、徹底的にこてこてのグッドマンのつっこみにハマる人は爆発的に笑えるかも。笑いって、人それぞれだからね。終盤、金をネコババした少年をとっちめるウォルターが、少年の家の車を思って壊した車が近所の家の車でひと騒動というあたりのスケッチは、「サタデーナイトライブ」あたりでやるとうけそうなネタかも。ちょっと予想がつくオチだけど、このシーンは結構笑えました。 今回の笑いに絞ったお遊びタッチは『赤ちゃん泥棒』に近いコメディー感覚かも。『赤ちゃん泥棒』が大好きだった僕としては、今回あれほどのお話のテンポもなく、笑いにも息切れする感じ。こちらが寛容で調子いい時に見ると、案外楽しめるポイントがでてくるかもね。あと車椅子の大富豪が登場するシーンでは『博士の異常な愛情』のセリフをパロったところもあります。 |
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YAZAKI ★★(98/05/29 徳間ホール) コーエン兄弟が、お気に入りの俳優を集めて、ユニークな人物図鑑をホラ話のタッチで編み上げたという印象の作品。 主人公は、ジェフ・ブリッジスが演じるデュード。いまのストナデュード(おバカ青年)の大先輩みたいなこの男は、70年代にヒッピー暮らしのぬるま湯の味をしめ、そのままズルズルとナマケモノ人生を過ごしてきたみたいなグーフィーなキャラクター。その彼が、同姓同名の大富豪と人違いされたことをきっかけに、富豪の娘の前衛アーティストからポルノ製作者にいたるまで、魑魅魍魎たる別世界の住人たちを相手に探偵ごっこをやるハメになるというお話です。 テイストとしては、『マルタの鷹』『動く標的』ふうのハードボイルトに、『アフター・アワーズ』の物事が悪い方へ悪い方へ転がっていくノリが加わったような雰囲気。でもって、デュードがホンモノの探偵じゃない分、事が行き詰まると「ま、とりあえずボーリングでもやるか」みたいなブレイクが入る。そういうハズしたテンポと、キャラクターの作り込み&ディテールに、どうも今回のコーエン兄弟は面白さのツボを求めている感じ。いわばゴハンとオカズよりも付け合わせの小鉢の数で勝負に出たという、そんな感じのする映画です。 前衛アーティスト役のジュリアン・ムーアが素っ裸で宙を飛んで来たり、バズビー・バークレー調のレビューでまとめた悪夢のシーンがあったりと、小鉢の品揃えはかなりキワモノ的。全身パープルの衣装でかためてスカシまくったジョン・タートゥーロが、ボーリングの球を舌先でペロリとなめる場面なんかもあったりしてね。 そのなかで私がいちばん面白いと思ったのは、スティーヴ・ブシェーミが演じたキャラ。彼は、主人公のデュードと、そのボーリングの相棒ウォルター(これがまた、マジぎれすると銃を持ち出すというベトナム・ベテランのアブないオヤジ)に、腰ギンチャクみたいにひっついている存在感が希薄な男。そんな彼が、デュードとウォルターの会話に加わろうと必死になっている様子を、ピンぼけで映す演出には大笑いさせられました。 ただし、どれほど小鉢が豪華でも、やっぱりゴハンとオカズがちゃんとしてないと、映画としての魅力には欠ける。いちばんの弱点は、プロットの甘さ。なんだかね、身代金の100万ドルをめぐって奇々怪々な人物をいっぱい出してきた結果、それをどう収拾つけたらいいのかわからなくなり、最後は投げちゃったって印象なんだよね。もともと、デュードという主人公は、物語を通じて成長の見込めるキャラじゃない。それだけに、彼の心境の変化で話をしめくくるという、一般的な展開に持ち込めない苦しさがあるのはわかる。 わかるんだけど、やっぱりこのラスト・シーンには、タマゲましたわ。物語の語りべ的な役回りのサム・エリオットが、カメラ目線で「あれこれ笑えただろ? 人間のコメディは、そうやって未来永劫続いて行く」と言うのですが。これって、「この映画のどこが面白いかというと……」と説明しちゃう、林家三平オチと一緒じゃありませんの。「これはプロットではなく、ディテールを楽しむ映画です」と主張したいコーエン兄弟の気持ちはわかるが、何もそれを客に向かって言い訳しなくてもよかろうに、と思うぞ。 傑作『ファーゴ』のあと、ここは一発、脱力モードでお遊び映画を作ってやろうと思ったのかな? 作っている側と同じくらいレイドバックした態勢で見れば、もっとその場その場のギャグを楽しめたのかもしれないけど、コーエン兄弟の映画に付き物の「スペシャルな後味」を求めていた分、今回は肩透かしをくらった気分が強かったです。 |