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シティ・オブ・エンジェルCITY OF ANGELS 1998年アメリカ 監督ブラッド・シルバーリング 脚本ディナ・スティーブンズ 撮影ジョン・シール 出演メグ・ライアン/ニコラス・ケイジ/デニス・フランツ/アンドレ・ブラウワー/コルム・フィオーレ/ロビン・バートレット/ジョアンナ・マーリン ●114分 ワーナー・ブラザース映画配給 1998年9月より丸の内ピカデリー1ほか松竹・東急洋画系にて公開予定 |
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凄腕の心臓外科医と、彼女に恋した天使が奏でるピュアなラブ・ファンタジー。『キャスパー』のブラッド・シルバーリング監督による『ベルリン・天使の詩』のリメイク。女性プロデューサーのドーン・スティールが製作に名を連ねるこの作品は、97年12月に51歳で他界した彼女に捧げられている。 |
STORYセス(ケイジ)は、ロサンゼルスを見守る天使のひとり。死に行く者の前に現われては天国に導いて行くのが、彼の仕事だ。あるとき、病院の手術室にやって来た彼は、迎えに来た患者を必死で蘇生させようとする外科医のマギー(ライアン)が、一瞬自分を見たように感じてドキリとする。その瞬間、彼は彼女に恋していた。患者を救えなかったことで自分を責めるマギー。そんな彼女の前に、掟を破って姿を現すセス。彼の優しいなぐさめに心ひかれるものを感じたマギーは、セスとの再会を強く望むようになる。いっぽう、マギーの患者のひとりでメッシンジャー(フランツ)という男の病室を訪ねたセスは、メッシンジャーが姿の見えない自分に話しかけてくるのを知って驚く。よくよく話を聞いてみれば、メッシンジャーは元天使だったというのだ。「覚悟を決めて高いところから飛び降りれば、天使も人間になれる」 メッシンジャーの言葉に励まされ、ついに永遠の命を捨てる覚悟を決めるセス。だがそのころ、マギーは同僚の恋人からプロポーズを受けていた……。 |
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SHIMIZU ★★☆(98/06/09 丸の内ピカデリー) アメリカ人なら、タイトルを聴いただけで、この映画が「L.A.」を舞台にしたご当地もののファンタジーと直感できるはず。'70年代半ばにミラクルズのアルバムに同名作があったっけ。 これはこの世に舞い降りた「天使」のお話。冒頭、4歳の女の子が高熱を出すシーンからはじまります。母親の、懸命の看護のさなか、部屋のドアすみに男がひとり佇む。ダークコート姿もユニークな「天使」であります。この天使が、謎の「ストーカー」と思わす面妖な存在のニコラス・ケイジ。ここでケイジの、濃い演技にロマンを感じない、乗れないという女性が出そう。それを押しても見てやろう、という気持ちが肝要です。大きなお世話かも知れないけど。 「今までで一番好きだったものはナニ?」と天使は冒頭の女の子を天国に導く途中で、そう訊きます。女の子の答えは「パジャマ」。短かった彼女の人生では、自分が着ていたパジマが一番の愛するものだったなんて。ちょっと、泣かせる導入です。このダークコート姿の天使は、どんな類の天使なのか。彼が心臓手術に失敗した女医マギーと出会い、人間の世界にふれていく。女医が手術に失敗して「涙」を流す姿を見ても、涙というものを理解できない。天使は人間的な感情というものがない。食べ物の味覚も感じられない。 そんな感情を持たない天使が、人間に転向した元天使(デニス・フランツがいい味です)から、天使の特権を捨ててまでも、人間になった素晴らしさを聴いて、人間になりマギーへの愛を成就させようとする展開です。 ヴェンダースの『ベルリン・天使の詩』のリメーク。オリジナルを見ている人で、それが気に入っている人なら、ハリウッド版の天使にかなり不満をもつかもしれません。 とにかく、ハリウッド版はオリジナルより分かりやすくできています。オリジナルでは天使が恋をするヒロインはサーカスの綱渡りの女だったけれど、ハリウッド版では生と死を身近に感じられる女医にかわっていいるとか。天使がたむろする図書館ではヘミングウェイの作品をピックアップし、「また来る春」への想いを代弁させているとか。天使が人間になるシーンがハリウッド調にオーバーにビルから落下して見せるとか。オリジナルの良さがたぶんに単純化され、あるぶん誇張され、ハリウッド調の大ロマン作に変身しています。 最後のヒネリは(これは口外しないことになっておりますが)、ちょっと、こてこてのハリウッド調映画になりすぎた感がありますが、メグ・ライアンの愛らしさを含めて、僕はこの映画を嫌いじゃありません。 まず、天使たちが大挙登場するシーンはオリジナルにもあるけれど、この映画の天使たちのシーンは素晴らしい。明け方の浜辺で太陽が昇る「音」を聴く静寂の瞬間、図書館で主人公の姿に注目する天使たちの動きも、なにかミュージカルのワンシーンを見ているような静と動の律動を感じさせます。女医のメグ・ライアンが生と死を女医という立場で感じるあたりの感情表現は(病気の赤ん坊をめぐるシーンなど)、オリジナルにない素晴らしさ。このハリウッド版は「天使」の映画であると同時に、人間らしい生と死とはなんだろうと感じさせる愛の映画に変身してします。 とりわけ、身近に生死の境をさまよう人がいる人には、「人生で一番好きだったもの」を語る瞬間を、思わずわがことに置き換えてしまいそうです。かく言う私めも、丁度生死の問題を抱え手術前の娘を想いながら、この映画を見ずにはいられなかったことを告白しましょう。そして、ケイジが「波」に身を任せ自然の律動を感じながら、「生きる」実感を確かめる最後のシーンには、正直、心動かされ、涙がちょちょぎれました。 この映画はドーン・スティールという、この映画の女流プロデューサーに捧げられています。彼女はこの映画を最後にガンでいったハリウッドの伝説的な、辣腕プロデューサーでした。この映画の「生きる」ことへのマニフェストは彼女の想いだったかも知れません。合掌。 |
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YAZAKI ★★(98/06/09 丸の内ピカデリー) 天使は人間の心の声を聞くことができるけど、光景はモノクロにしか見えない。このお約束が破られたことによって、オリジナル版の詩情の半分は失われたと言っていいでしょう。ま、ハリウッド映画をモノクロで作るわけにはいきませんからね。 というわけで、モノクロ映像の代わりに、ここでは「感触(フィーリング)」がモチーフとして使われております。触れるってどんなことなんだろう? 風を感じるってどんなことだろう? 人間の営みを眺めながら、天使のセスはそう思う。 そんな「フィーリングへの憧れ」を描くシーンのなかでも、いちばん印象的なのが海岸の場面。毎日、天使たちは、日の出と日没の時間に海岸に集まって、太陽の「音」を聞いている。でも彼らは、海の冷たさとか、波に肌をくすぐられる感じとか、そういう音以外のものを「感じる」ことができない。次第にセスの心の中には疑問が広がっていきます。風を感じることができないのに、空を飛べる意味がどこにある?……と。 彼が永遠の命を捨てて人間になろうと決断するのも、これが理由。つまり、生きているという実感がないのに、永遠の命にどれほどの価値があるんだろう? と、彼は思うわけですね。そして、彼にとっては、マギーを愛することこそが、生きる実感であるわけです。 だから彼は人間になって、必死の思いをしてマギーに会いに行く。「温かくて少し痛い」――それが、彼が手に入れた愛の感触。これは、ふたりが肉体的に結ばれたときの「感じ」を、マギーがセスに言わせる場面のセリフなんですけど、このラブシーンの直裁な表現に、私はちょいとビックリしました。 生きることは「感じる」ことであり、愛しあうことである。そんなテーマを実にわかりやすく、セックスの快感に置き換えてお目にかけてくれるところなんですが、ドラマ全体を彩るそのテのわかりやすさ、そして、ニコラス・ケイジの年季の入ったマヌケ面がどうも鼻につき、半ば白けながら映画を鑑賞しておったことを、ここに正直に告白しておきます。 そもそも『ゴースト/ニューヨークの幻』タイプのラブストーリーに、感動した試しがない私。最初にあげたフィーリングをモチーフにした点、とくに風や波を使って主人公ふたりの心情を物語っていくところはウマイなと思ったけれど、それ以外に好きと思える部分がなかったのも確か。 天使たちが病院の回廊にズラリと並んでセスとマギーの出会いを観察する場面とか、海岸の日の出と日没の儀式の場面とか、スタイリッシュを狙った絵作りも、私には新興宗教臭くて気味悪く見えるばかり。何より、こんな具合に天使に見張られていたら、おちおちトイレにも行けないじゃん……と、映画を見ながらつい余計なことまで考えてしまいました。もっと素直で清らかな心の持ち主なら、こういう映画に泣けるんだろうと思うけど。 |