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試写状

レインメーカー

THE RAINMAKER

1997年アメリカ 監督・脚本フランシス・フォード・コッポラ 撮影ジョン・トール 出演マット・デイモン/クレア・デーンズ/ジョン・ボイト/ダニー・グローバー/マリー・ケイ・プレイス ●135分 ギャガ=ヒューマックス配給 1998年6月下旬より丸の内ピカデリー1ほか松竹・東急洋画系にて公開予定

ジョン・グリシャム原作の「原告側弁護人」の映画化。悪徳保険会社を相手どった訴訟の弁護人になった青年が、巨人相手の闘いのなかで成長を遂げていく様を描く青春映画趣向の法廷ドラマ。

STORY

 苦学してロースクールを卒業したルーディ・ベイラー(デイモン)。法曹界に何のコネも持たない彼は、悪徳弁護士として名高いブルーザー・ストーン(ミッキー・ローク)の事務所の一員となり、司法試験合格に向けて勉強を続ける。そんな彼が手がけるのことになった大事件。それは、大学の実習事業中に持ち込まれた保険会社相手の訴訟だった。
 依頼人は、貧しい家庭の主婦ドット・ブラック(プレイス)。息子が白血病と診断されたとき、彼女は骨髄移植の費用を保険会社に請求したのだが、支払い拒否の憂き目にあい、結果、息子は死を待つばかりの身の上に。事務所の先輩で保険関係に詳しいデック・シフレット(デビート)から、そうした保険会社の汚いやり口を聞いたルーディは、相手側弁護士(ボイト)の示談の申し入れを蹴って法廷に立つ覚悟を決める。
 いっぽうで、他の依頼人を求めて病院のカフェテリアに張り込んでいたルーディは、夫の暴力に悩む若き人妻ケリー(デーンズ)と知り合う。お互いにひかれあうふたり。だが、彼らの行く手には、思いがけない運命が待ち受けていた。

SHIMIZU ★★★(98/04/22 ギャガ試写室)

コッポラの久々の快作です。前作『ジャック』は彼がまだ長男を失った悲しみのなかにいる感じがして痛々しかったけれど、今回は若者の成長を見守る父親のような眼差しを感じさせる青春作の趣です。

主人公は、大学のロースクールを出たばかりで、司法試験も受けていない新米弁護士ルーディ。彼は'60年代の公民権運動の影響をうけて弁護士を志した正義派。そんな彼が怪しい法律事務所に入るところからはじまる。条件は月1000ドルの金を稼ぐことで、取り分は3分の1(裁判に勝った場合の弁護士の成功報酬は『スウィート・ヒアアフター』にもでてくるけれど、獲得賠償額の3分の1が相場みたい)。1000ドルに足りない場合はその分が借りとなる。はなから歩合セールスみたいな対応。

まず、主役のマット・デイモンがいい。彼はトム・クルーズやマコナヒーが演じる熱血弁護士とは違い、ひとりで闘うほどの技量はない。法廷で証人の席に近づく時、判事の許可を得ることも知らなかったり、裁判の「いろは」も分からないヒヨッ子弁護士ぶり。いかにも頼りなげだが、へんに熱血でないのがいい。弱者を見つめる等身大の青年像という感じが好ましい。

ルーディは、白血病にかかった青年が大手保険会社から保険請求を拒否された一件を担当。会社側の弁護士は若造の弁護士を御しやすしとみて和解などでまるめこもうとするが、ルーディは法廷で闘う道を選ぶ展開だ。

裁判術に長けた会社側の弁護士ジョン・ボイトの老獪な悪役ぶりを初め、このルーキーをひきたてるベテランたちのアンサンブルがとても気に入った。裁判を冷静に仕切る公民権運動派の黒人判事役のダニー・グローバーの飄々とした味もよければ、最初の方で姿を消すが、終幕で主人公に助け船を出す法律事務所の悪徳ボス役のミッキー・ロークも久々に「いい役」をもらったという感じ。

なかでも僕が気に入ったのは、法律事務所の古株ダニー・デビート。司法試験を何度も落ち弁護士の資格はないけれど、保険問題の処理などに滅法通じている実務派。病院に乗り込んで、怪我をした「fish(クライアントになりそうなカモ)」に名刺を渡す図も、小悪党デビートの独壇場。そんな彼が新米のデイモンと新たに法律事務所を作り、裁判で助手役として八面六臂の活躍をする姿が、なんとも頼もしい。会社側の弁護士が盗聴している事実を確認するため、陪審員(カントリー歌手のランディ・トラバス)を買収しているようにみせかける電話作戦を展開、まんまと弁護士をひっかけるあたりも面白い。デビートが一枚かむだけで、これだけ画面に活気がでる。やはり、彼の存在感に改めて感心した次第であります。

原作は米プレミア誌の今年度のハリウッド「パワー・ランキング100」でマイケル・クライトンに次ぎ60位だった、弁護士ものが得意なベストセラー作家ジョン・グリシャム。彼の映画化作品では、これが一番好きかも。最後で主人公ルーディが人生のいい勉強をしたというような、清々しい余韻も好きだな。それにしてもジョン・ボイト演じる弁護士を見ているとアメリカの弁護士って、口八丁手八丁で丸め込むインチキ野郎という感じで、劇中デビートが言う至言に頷くことしきり。「弁護士が誇りを保っている時は、沈黙している時だ」。

YAZAKI ★★(98/04/14 ギャガ試写室)

グリシャム初の一人称小説の映画化。弁護士といえどもSTRUGGLEな環境にある主人公が、サバイバルを賭けてダビデ対ゴリアテの闘いに挑む――グリシャムの小説をひとことで言うならこんな特徴づけができると思うのですが、今回の原作「原告側弁護人」も、まさしくこれに当てはまるパターン。とくに、主人公が法律学校を出たての若造である分、ひとりの青年の成長物語という青春モノの色合いが強くなっています。

で、これをコッポラがどう料理するんだろう? というのが、いちばんの興味の的だったわけですが。結論を言うと、お手並み鮮やかなシェフぶりを見せてくれる部分(法廷シーン)と、手際の悪さが目立って仕方がない部分(殺人事件から、大詰めのドンデン返しになだれこむクライマックス)が、相半ばする感じ。でもって、映画全体の流れからすると後者のほうが際立ってしまうので、「さすが、コッポラ」という印象は残りませんでした。

とくに疑問が残ったのは、ラストのオチ。ルーディのナレーションが、弁護士の倫理を問うような道徳モードに変えられているのには、驚き。「自分は汚いオトナにならないぞ、という教訓を、彼はこの事件から学びました」みたいな結論の付け方が、ルーディの挫折感&絶望感を全面に押し出した原作に比べると、とても青臭く感じられてしまうのです。

そのいっぽうで、裁判シーンは、原作以上に面白かった。原作のルーディは、新米といえども、用意周到かつ冷静な態度で法廷にのぞみます。が、映画版のルーディは、おおいにズッコける。最初の証人喚問では、質問のたびに「異議あり、誘導です」と抗議を浴びせられる始末。ならば相手側弁護人の誘導にケチをつけようとすると、「反対尋問では誘導は許される」と、逆襲される。

ほかにも、異議を唱えようとして慌てて法律書をめくる場面があるとか、切り札の証人(バージニア・マドセン)の証拠が却下されてしまうとか、戦い方のマズさによってルーディが苦戦を強いられる模様が、なかなかサスペンスフルに描かれています。

そんな彼が、裁判が大詰めに近づくにつれて自信を増し、一人前の弁護士らしくなっていく姿も微笑ましい。保険会社の社長(ロイ・シャイダー)を追い詰めていくあたりの闘いっぷりは堂々としたもので、この場面ではデイモンの好演ぶりが光ります。

が、いかんせん、この裁判の評決が出るエピソードを、ケリーをめぐって起きる殺人事件の後ろに持って来た分、あとの展開が死んでしまった印象。ダビデがゴリアテに勝った、その勝利が殺人事件をめぐる検事との取り引きに有利に働く、が、そこで勝利ムードをひっくり返す出来事が起こり、ルーディは苦い挫折を体験する。きちっと整った原作の流れを変える必要がどこにあったんだろう、と、悩むことしばし。

天国から地獄へ突き落とされるルーディの状況と心境が、もっと緊迫感を伴って描けていたなら、「君は歴史を作ったんだ」というデ・ビートの一言も、ずっと感動的に響いたはずなのに、と、思わずにはいられませんでした。

『カンバセーション…盗聴…』のあのキレ味は、どこにいってしまったんでしょうか、コッポラ先生。と、文句をたれつつ、脇役までこれだけのメンツを揃えられたのは、やはり彼の力か。その脇役のなかでは、FBIに追っかけられる悪徳弁護士のミッキー・ロークが久々にいい味(彼の登場シーンには、『ランブル・フィッシュ』を連想させる水槽が用意されるお遊びも)。また、ルーディの家主の役で、『打撃王』の名女優テレサ・ライトが出演しているのも、うれしい驚きでした。

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