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ビヨンド・サイレンスBEYOND SILENCE 1996年ドイツ 監督カロリーヌ・リンク 脚本カロリーヌ・リンク 撮影ギャルノット・ロル 出演シルビー・テステュー/タティアーナ・トゥリーブ/ハウィー・シーゴ/エマニュエル・ラボリ/シビラ・キャノニカ/ハンザ・ツィピィヨンカ ●110分 パンドラ配給 1998年4月下旬より銀座テアトル西友にて公開予定 聾唖の両親を持つ少女ララ。成長した彼女は、憧れの叔母と同じ音楽の道を志すが……。東京国際映画祭でグランプリを受賞した感動作。 |
STORYララ(トゥリーブ)は、聾唖の父マルティン(シーゴ)と母カイ(ラボリ)に代わって銀行との交渉もこなす8歳の利発な少女。クリスマスの日、叔母のクラリッサ(キャノニカ)からクラリネットをもらった彼女は、大喜びで練習に励む。そんな娘が自分から離れてしまう気がして、不安にかられるマルティン。音楽をめぐり、父娘のあいだにはかすかな溝ができる。10年後。クラリネット奏者をめざすララ(テステュー)は、マルティンの大反対を押し切り、音楽学校受験のためベルリンのクラリッサ宅に身を寄せた。ララを娘のように考えるクラリッサの独善的なふるまいに、次第に息苦しさを覚えるララ。そんなとき、彼女は、聾唖学校で手話を教えるトム(ツィピィヨンカ)という青年と出会う。トムとのデートに、心の安らぎを見出す日々。だが、その幸せなときも束の間、ララのもとに母の事故死の知らせが届く。 |
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SHIMIZU ★★★★(98/03/18 松竹第二試写室) 冒頭、カメラは湖底から徐々に浮上して氷が張った湖面を下から仰ぎ見ます。次の瞬間、氷上でアイススケートをする大人の女性と少女をとらえます。バックにはピアノの音。タイトルにひっかけていえば、氷で仕切られたような「沈黙の世界」が解き放されるような詩的なイメージが広がるタイトルバック。この出だしだけで、僕はすっかりこの映画のとりこになってしまいました。なにから話そうか、と考えるだけで、幸せな気分になる。でも、この映画の良さをどうやっ分かってもらおうか、とてもじゃないけど、自信がない。 沈黙の世界の住人である父親のマーチンと、その沈黙の世界から逃れたいと思う娘ララ、そしてララの姿に自分を重ね合わせ、マーチンと心を分かち合えなかったという「思い残し症候群」にとりつかれる叔母。その3人をめぐる心のドラマ、成長のドラマです。ひとつひとつのシークエンスは凄く短いのだけど、そのひとつひとつが、音と沈黙が随所に意識される詩のような世界。ほんとうに詩です、この映画は。音が感じられる映像、映像が感じられる音。どれも素晴らしく豊穣なイメージにみちています。 雪の夜。雪はどんな音がすると、マーチンが娘に訊きます。「雪はすべての音を吸い込む」と応えるとマーチンは「雪が降ると世界が沈黙する、ステキだ」と手話で娘に伝えます。雪国育ちの僕はその感じがすごく分かる。そう、僕がこの映画に魅了されたポイントは、単に人間と人間の心の壁を描くというのではなく、なにか「自然」というものに心を任せたところ、その大きさに感動してしまうのです。雪、稲妻、風、雨など自然の律動を意識した感覚は、僕の好きな『天国の日々』のテレンス・マリックに通じるものを感じさせてくれます。この映画が厳しい冬から始まり、春へと向かっていく構成なのも、その自然観を意識してのことでしょう。 かといって、イメージが先走っているということじゃありません。町や部屋の佇まいから日常の小物にいたるまで、日常のディテールがどれも鮮やかに映像化されています。どれもリアルなのに、ファンタスティック気分にさせる美しさがある。その日常の佇まいのなかに、ふと夢幻的な雰囲気を織り込ませる感じは、へたをしたらこの女流監督はジェーン・カンピオン級の美意識の持ち主かも。母親が事故死したあと、ララと父親が窓辺に佇むシーンで大きな月が窓ガラスに映り込むショット、あるいは町でララが出会ったろうあ学校の教師トムが映画をみたあと路上でウォールアートの壁面に影絵ふうに自分たちを映して遊ぶユーモラスなショット(このあとグロリア・ゲイナーの歌「アイル・サバイブ」でふたりが踊るシーンも嬉しくなっちゃった。これは『ピーターズ・フレンズ』などヨーロッパ圏の映画によく使われているんだよ)、滝の向こうに町の城の情景を映し込むショット。 叔母がララを誘う「秘密の湖」シーンにも心動かされました。夜の湖で彼女たちが全裸で泳ぐあたり、『ネル』のような心のヒーリングも感じました。この映画はさりげなく挿入したシーンに、静かなエネルギーや律動感を感じさせてくる映画なんです。 沈黙(映像)だけでなく、音(音楽)の使い方が素晴らしい。クラリネットの音はララの心の音。彼女が音楽に対して「情動」なるものを感じ、自由に自分を表現しようとする終幕の音楽学校の受験シーンは、また感動ひとしお。すてきなハッピーエンド映画です。 そうそう、最後になったけど、俳優たちが涙がでるくらい素晴らしい。少女期のララ役の子タティアーナの達者なこと、成長したララ役のシルビーの美しさ、両親役のろう俳優のスポンテイニアスな演技、そして叔母役シビラ・キャノニカの艶やかな女ぶり。 これは僕にとって、今年の『シャイン』。今年のベスト映画の1本です。それなのに想いあまって言葉たらず、いくら書いても物足りない。この映画の前では、しばし沈黙が金と思ってしまった非力なSHIMIZUめであります。 |
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YAZAKI ★★★★(97/11/07 松竹第一試写室) 音楽学校を受験するとき、試験官に「どんな音楽に興味があるか?」と質問されたヒロインのララは、「ユダヤ音楽に興味がある」と答えます。理由は、「音楽に宿る明るさ、わびしさ、束縛の情感がわかる」から。この「束縛」って言葉に、私はものすごく心動かされたのよ。なんて率直な映画なんだろうって。 少女時代から両親の耳と口の役目をつとめてきたシッカリ者のララ。彼女自身は意識していないんだけど、その心には、自分が親のお守りをしなくちゃいけないという思いがいつもあって。そういう「束縛」を感じながら生きてきた女の子が、いかに自立の道を模索していくか? その過程で揺れ動く親子双方の心情を、細やかに真摯に率直に綴った点に、抵抗できない感動を覚えさせられる作品であります。 少女のララ(演じるタティアーナ・トリープが輝くばかりの美少女!)は、父親の妹のクラリッサに憧れています。この叔母は、スケートとクラリネットがうまく、あか抜けた美人で、「束縛」のない人生を生きているように見える女性。そんなクラリッサのマネをして、ララは髪をショートにする。でも、そのとたん、なんだか自分が自分でなくなってしまったように思えて、とっても悲しくなってしまう。すごく些細なエピソードだけど、少女の多感な心情を伝えて観客の気持ちをグッと彼女のほうに引き寄せていく演出が、とってもうまいのね。妹が生まれたとき、赤ん坊が聞こえるかどうか心配になったララが、赤ん坊の耳元でクラリネットを鳴らしてみる場面なんかも、この子の気持ちが痛いほどわかります。 いっぽう、父親のマーチンの心情も克明な描かれ方。「パパは聞こえないから音楽の大切さがわからない」とララに口答えされたとき、娘が離れていく予感にかられる父親。音楽学校を受験するために家を出て行くと決めたララに彼が言う、「お前が聾唖なら同じ世界に住めたのに」というのが、この父が娘に対して一貫して抱いていた偽らざる気持ちなわけね。 親子は、決して心が通いあってないわけじゃないし、互いに心を閉ざしあっているわけでもない。けど、ふたりのあいだには、「音楽」をめぐってどうしても超えられない溝ができてしまう。娘は、自分の愛する音楽を父が理解してくれないことにフラストレーションを感じ、父は、そんな娘の気持ちがわかるだけに、それが理解できない自分に歯がゆさをつのらせる。そのギャップからくる双方の孤独が、タイトルにある「サイレンス」の意味するところでしょう。 そうしたわだかまりを持つ父と子が、互いに精神的な自立を果たすことによって、「ビヨンド・サイレンス」にいたる道のりを見つけだしていくのが後半の展開。自分とは正反対の楽観的な人生観を持つ青年との恋を通じて、女性として成長を遂げていくララ。かたや父は、確執のあった妹クラリッサと心触れ合う機会を持ったことをきっかけに、娘を一個の人間として見直そうと努め出す。 つまり、すごく下世話な言い方をすれば「親離れ、子離れ」の図。それを、この映画は驚くほど繊細に見せてくれるんだよね。ベタベタの愛情や思いやりじゃなく、お互いの価値観を認め合うことに親子なり人間関係の基本があるってことを、すごく真摯に訴えかけてくるところが、とっても感じがいいの。 モチーフとしては、音楽の先生と聾唖の息子の関係を描いた『陽のあたる教室』に似ているところもある作品。でも私は、親の呪縛を敏感に感じ取っている人間が音楽を通じて解放と癒しを得ていく展開に、むしろ『シャイン』の女性版のような印象を持ちました。 「雪はどんな音がする?」と尋ねる父に、「雪は音がしないの」と答える娘。「雪が降ると世界が沈黙する、ステキだ」と言う父。「世界が沈黙」であれば、自分も娘もその同じ世界で暮らせるのにという父の思いが絶妙に託された名場面。これなんかは、『シャイン』の冒頭を彩るどしゃ降りの雨に通じる描写です。こういう自然に心情をサラリと託すセンシティブな手法は、ドキュメンタリー出身の監督に共通するものなのかな? ともあれ、『シャイン』に感動を覚えた人には、この映画、ぜったいにオススメ! |