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フランス映画社提供スチール
▲PHOTO by フランス映画社

世界の始まりへの旅

JOURNEY TO THE BEGINNING OF THE WORLD

1997年ポルトガル=フランス 監督・脚本マノエル・デ・オリヴェイラ 撮影レナート・ベルタ 出演マルチェロ・マストロヤンニ/ジャン=イヴ・ゴーチエ/レオノール・シルヴェイラ/ディオゴ・ドリア ●95分 フランス映画社配給 1998年1月下旬より日比谷シャンテ・シネ2にて公開予定

世界最高齢(88歳)の映画作家マノエル・デ・オリヴェイラが描く「サウダーデ」(郷愁)のロードムービー。主人公の映画監督を演じるマルチェロ・マストロヤンニにとっては、これが遺作となった。


STORY

 北ポルトガルの路上を、映画監督のマノエル(マストロヤンニ)率いる一行がドライブしている。メンバーは、女優のジュディト(シルヴェイラ)、ポルトガル人俳優ドゥアルテ(ドリア)、フランス人俳優アフォンソ(ゴーチエ)、そして寡黙な運転手(オリヴェイラ)の5人だ。彼らは、マノエルが幼い頃過ごした避暑地を訪れ、さらにアルフォンソの父の故郷を訪ねるという計画。
 途中、寄宿学校や、家族と過ごしたホテルの光景に誘われるように、マノエルの郷愁の思いは強まっていく。彼の記憶にあったペドロ・マカオの彫像も、いまだにブドウ棚を背負って立っていた。「わが名はペドロ・マカオ。柱を背負う。あまた人、我を見て過ぐ。白き人、黒き人。我を救う者なし」――彫像の下で出会った農婦から、マノエルたちはペドロ・マカオにまつわる歌を聞く。
 さらに北上して、ルガル・ド・テーゾの村へ。そこには、フランスで死んだアフォンソの父の姉が住んでいた。が、感激の対面にも、叔母のマリア=アフォンソ(イザベル・デ・カストロ)は怪訝な顔をするばかり。彼女には、自分と同じ言葉を話せない男が、どうしても甥だとは信じられないのだ。しかし、アフォンソが「流れている血はあなたと同じだ」と言って腕を差し出したとき、叔母は、初めて彼が弟の息子だと納得した。通い合うふたりの心。翌日、一族の墓参りをしたアフォンソは、今度は弟も連れて戻って来ると叔母に約束する。
 一行は、撮影の仕事に戻った。メイクをほどこされたアフォンソの顔は、ペドロ・マカオにそっくりだ。彼は、出番を告げに来たマノエルに、ペドロ・マカオがのりうつったような口調で言う。「あなたもまた、ペドロ・マカオだ。誰もあなたの苦しみをとり払いに来はしない」……と。

SHIMIZU (97/012/11 シネセゾン試写室)

夜6時からの試写。上映時間95分と短め。映画監督らが車で故郷を訊ねる「先祖帰り」の旅をめぐるお話だけど、車の後方を映す映像(過去をさかのぼることを意図した映像とか)をみながら、SHIMIZUめは次第に深い深い眠りにはいってしまいました。スマン。前日の徹夜仕事がたたったのか。マストロヤンニの遺作で、87歳の高齢監督オリヴィエラと話題には事欠かない映画なのに、もったいないことをしました。

業界の敬愛する大物評論家・宇田川幸洋氏が昔「よくねむれる映画はいい映画だ」みたいなことを言ってたけど、この映画もそうかもね(苦笑)。映像のタッチが、スペインのエリセ監督の『マルメロの陽光』みたいだとおもいましたが、それも夢だったかも。ま、機会を見て再見してみます。お後がよろしいようで。

YAZAKI ★★(97/12/08 東宝第一試写室)

世界最高齢監督のオリヴェイラ。映画祭で上映された作品をのぞいては、『アブラハム渓谷』『階段通りの人々』『メフィストの誘い』に続く4本目の公開作であります。私は、異様に抹香臭くて演劇がかった『階段通りの人々』が、けっこうカルチャー・ショッキングで好きだったんだけど、この監督は、そういうお国ぶりみたいなところにいちばんの魅力を感じさせる人。だから、映画の面白さをそこんとこに求めない人には、けっこうツライかもしれません。

『世界の始まりへの旅』も、ポルトガル色がめっきり濃い映画です。テーマになっているのは、「サウダーデ」。「郷愁」とか「メランコリー」と訳されることが多いポルトガル語だそうですが、プレスにあるインタビューによると、もっと翻訳不可能なニュアンスがあるらしい。「郷愁」という言葉にかきたてられる後ろ向きなイメージではなく、何か「原点帰りをする」という意味に近い言葉のようです。オリヴェイラ自身は、「人は、自分の原点、つまり自分がどこから来たかを知ろうとすることがありますが、それが、サウダーデではないかと思うのです。サウダーデとは、自分を知りたいと望むことではないでしょうか」と、語っています。

という点を踏まえて映画を見て行くと、これは、オリヴェイラ自身をモデルにしたような映画監督と、ポルトガル人でありながらフランスで育った俳優のルーツをたどる旅を描きながら、人間の生き様のルーツを探ろうという趣向の作品のよう。いきなり結論を言ってしまうなら、人間は、所詮ひとりだってことですね。誰もあんたの苦しみを肩代わりはしてくれないんだ、と。北へ北へ山あり谷ありの旅路をたどりながら、やがて死にたどりつくのが人間なのよ、と。「長生きするのは神の贈り物だが、代償も大きい」という、さすが世界最高齢監督と思わせる含蓄のあるセリフを聞きながら、そんなことを私は感じたわけです。

もうひとつ、興味深かったのは、これが最果ての国からの発想であること。劇の最初のほうで、ドライブの一行は、ローマ時代の遺跡っぽいメガネ橋を通りすぎる。それに続く石畳の小道を進むにつれ、どんどん郷愁の色合いが濃くなっていくという作りが、ヨーロッパそのものの原点帰りを感じさせます。

でも、正直言って、映画としては退屈。必ずセリフをしゃべっている人間にカメラが切り替わるカット割りの単調さには、思わず眠気を誘われずにはいられません。まあ、オリヴェイラの分身たる監督と女優レオノール・シルヴェイラのアブない会話に、キェシロフスキとイレーネ・ジャコブのようなイミシンの師弟愛が感じられてニンマリしてしまう――みたいな楽屋落ちふうのお楽しみポイントも、あることはあるんですけどね。

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