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ジャンク・メールJUNK MAIL 1996年ノルウェー 監督ポール・シュレットアウネ 脚本ポール・シュレットアウネ/ヨニー・ハールベルグ 撮影ヒェル・ヴァスダール 出演ロバート・シャーシュタ/アンドリーネ・セーテル/ペール・エーギル・アスケ/エーリ・アンネ・リンネスタ ●83分 KUZUIエンタープライズ配給 1998年2月上旬より日比谷シャンテ・シネ1にて公開予定 憧れの女性は犯罪者……。彼女のアパートに侵入し、偶然にも自殺の現場を救った郵便配達マンの愛の行方は? カンヌ映画祭批評家週間最優秀賞を受賞したオフビートなノリのラブストーリー。 |
STORYノルウェーの首都オスロ。ロイ(シャーシュタ)は、歩き回ること以外に芸のない郵便配達人。ある日、古本屋に立ち寄った彼は、向かいの洗濯店に勤めるリーナ(セーテル)が、医学書を万引きする現場を目撃して興味をひかれる。リーナのアパートは、偶然にもロイの受け持ち地区にあった。郵便ポストに玄関の鍵をみつけたロイは、彼女の部屋に侵入。そのときかかってきた留守番電話の男が「お前も共犯者だ」というメッセージをリーナに残すのを聞いて、ますます好奇心をかきたてられる。数日後、合鍵で再びリーナの家に侵入したロイは、睡眠薬を飲んで眠りこけてしまう。その間にリーナが帰宅し、ロイは大慌て。だがそれよりも驚いたのは、彼女がバスルームで自殺をはかったこと。ロイは救急車を呼び、リーナは一命をとりとめた。 退院したリーナの店へ、自殺未遂騒動のときに汚れた制服のクリーニングを頼みに行くロイ。リーナの後をつけるように地下鉄に乗り込んだ彼は、電話の男ゲオルグ(アスケ)に、リーナが金の包みを渡すのを目撃する。ゲオルグを駅のトイレに閉じ込め、偶然に落ちた金の包みを奪って逃げ出したロイだが……。 |
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SHIMIZU ★★★★(97/11/27 TCC試写室) ノルウェー映画ときいて、最近では『さまよえる人々』があったっけ、と思い出しながらでかけました。上映時間は83分の手頃、というのも嬉しい。なんたって今日の僕はビックコミック・スピリッツの原稿を朝までかかって仕上げ、数時間仮眠をとっての「出撃」であります。トホホ。 さて、この映画。眠気をふっとばしてくれるくらい、気に入っちゃいました。 主人公はオスロの郵便配達員ロイ。小男で身なりもかまわない。実に風采のあがらない男。彼のことを気に入っている同僚の女子でさえ、彼の取り柄を仲間にきかれ、暫し沈黙のあとぽつりと「歩き回ることよ」と言う始末。ま、存在感の希薄な男であります。 が、同僚たちの目のとどかないところで、ロイはめちゃくちゃ大胆で自己を主張しています。まず、ですね。自分の担当のどうでもいい郵便物を電車のトンネル内の秘密の穴蔵にせっせと捨て、興味のある郵便物は開封して、人の秘密を覗く。鬱屈した危ない奴であります。 この主人公が洗濯屋の女に目をつけ、想いをよせるところから、彼の人生は輝きはじめます。郵便配達中に偶然、彼女の部屋の鍵をみつけ、合い鍵を作り、なんと彼女の部屋に侵入する。彼女の部屋で、皿に残ったものを食べ、思わず「ゲーッ!」となる間抜けぶりもおかしい。いちいち彼女のものをチェックする。そして彼女の電話番号もチェック。普通は勘弁してほしいキャラだけど、俳優ロバート・ジャーシュタの情けなくもパワフルな演技に、すっかり乗せられてしまったSHIMIZUめであります。この160cm少々の俳優はノルウェーのダニエル・オートゥイユか、さもなくばポランスキーか。 主人公を軌道に乗せていく映画の語り口が、なんともうまい。ふと、上級者の玉突きを見るような感じ。この角度から付くと、こう動く、ゆえにこうゆう関連づけができる。そんな感じの人間玉突状態なわけですよ。話見えます? まず冒頭の警備員に瀕死の重傷を負わせ金を奪ったカップルがいるわけです。顔は見えないわけですが、郵便配達ロイの視界の中で焦点をあらわしはじめるのが、洗濯女とその愛人なわけね。罪の意識にさいなまれた彼女リーナ(彼女の演技も素晴らしい)は睡眠薬を飲み浴槽で自殺をはかります。そこに侵入していた、くだんのロイ。必然的に彼女を救済することになります。ここで全裸で当然陰毛もあらわなリーナの姿に、得したを思ったSHIMIZUめでありまが、それは別の話。 僕はこの人間関係に、キェシロフスキ的な人間造型を感じました。忍びよる「孤独感」、それを跳ね返そうという「運命の力」。かといって、この監督は深刻じゃないのね。それをオフビートな笑いにつなげる作劇のうまさがあります。カウリスマキほどデットパンではなく、ジャームッシュほど軽くない人生のほろ苦い笑い。これがいい。 とにかく、感心したのはサブのキャラまで生きているところ。みんな存分に存在を主張し、笑いに一役。競馬で大穴を当てた郵便配達兄弟、その弟が金をへんな団体に寄付したなんてエピソードもおかしいが、強烈なキャラはロイが酒場で出会った巨乳の金髪おばはん。ロイはリーナの部屋におばはんを連れ込み一発やろうとするわけですが、彼女がリーナのガウンを着ているのを見て激怒、放り出しちゃう図は最高。この怪女はノルウェーのシルビア・マイルズ(『真夜中のカーボーイ』のおばはん)とでも呼びたい女優(シェイクスピア劇の舞台女優リンネスタ)。 おばはんとのやりとりの最中、ロイは盗んだ金を発見します。見ているほうは、これでうだつのあがらない生活ともおさらば、という痛快なロイを夢想させるものがあるのですが、ここでもひとひねり。「金」はロイから愛人へと2転3転。最後に金を手にしても彼はまったく執着せず、ジャンクメールを捨てている穴蔵にお金をポイと捨ててしまう奴であります。ロイがなにより大切におもったこと。それは「愛する」という人生における、なにものにも代え難い至福を手にしたという実感でありましょう。 ここでタイトルの暗喩がみえるよう。あってもなくても困らないと思われた「ジャンク・メール」が、確実に届ける対象を得て、生き返る。まさにジャンク・メールはロイそのものの主張ではないでしょうか。最後、明け方を待つオスロの、ちょっと寒々しい路上で、ロイはリーナにつきしたがいます。「ストーカー」のロイが自分を救ってくれた男と知って戸惑いながら、かといって無碍にもできないリーナ。実に奇妙な奇妙な出会いなのだけれど、ひるがえって自分も「罪深い」という思いがこみ上げてきて、許す気持ちへ動く感じ。「なぜついてくるの?」と言うリーナに「さあ」と答えるロイ。「ずっと来るつもり?」「ああ」。なんとも、これって、愛すべきslice of lifeじゃありませんか! |
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YAZAKI ★★★(97/11/21 TCC試写室) ポストマンを主人公にした名作といえば、クシシュトフ・キェシロフスキ監督の『愛に関する短いフィルム』(『デカローグ』では、第6話「ある愛に関する物語」)があったっけ。あの映画の主人公も、望遠鏡で年上女性のアパートを覗き見するストーカー野郎だったな、なんてことを思い出しながら、ノルウェーが輩出した新しい才能の登場に、拍手するYAZAKIでありました。 そのキェシロフスキ監督作と同じく、とっても魔法の使い方がうまい映画。「こんなの配るの面倒臭い」とばかりDMの山をトンネルの隠し場所にポイしたり、気にくわないオヤジの郵便物を勝手に開封したり、人の部屋にあがりこんで白雪姫よろしくベッドで眠ったり。現実なら半径5メートル以内近づきたくない類の人間を、愛すべき主人公だと思わせちゃう語り口のうまさ――それが、第一の魔法。 第二の魔法は、偶然の一致を「こんなのあり?」と思わせずに描いている点。本屋で出会い、心ひかれた女のアパートの鍵を主人公が入手する偶然。暴漢に襲われた主人公が入院した病院に、ヒロインがやって来る偶然。そういうのが不自然に見えないところがね、すごく巧み。それは、さまざまな暗示をストーリーのなかに埋め込んで行くキェシロフスキのスタイルを、もっと直線的な方法で実現しているような感じ。映画全体に寓話的な香りがするのは、多分このためだと思います。 オフビートな笑いも、この監督の得意ワザのよう。私がいちばん笑ったのは、リーナの犯罪の共犯者ゲオルグが、主人公と間違えられて、デカパイおばさんのボディガードにボコボコ殴られるくだり。その前振りとしては、デカパイおばさんを誘惑しつつソデにした主人公が「自分はゲオルグだ」と名乗ったというエピソードがあるんだけどね。とにかく、ボディガードに「お前はゲオルグか?」と問われたゲオルグが「そうだ」と答えるたびにパンチが入り(身分証まで見せるとこがケッサク)、最後、「ゲオルグで何が悪いんだ?」と言いながら彼が事切れるまでの顛末は、バックを彩る犬の遠吠えも含め、おおいに笑わせてもらいました。 好きな点が、もうひとつ。それは、ケン・ローチ先生伝来のワーキングクラス・ムービーの匂いがするところ。主人公ロイは、超みじめなアパートに住んでいて、ミートボールの缶詰を直に缶から食べるような暮らしぶり。憧れのリーナの店にクリーニングを頼みに行くときは、台所の流しにあるバリバリの雑巾で脇の下を洗ったりする。社会のクズと言っては言い過ぎだけど、誰も気にもとめないチッポケなロイの存在。そういう彼の魂をグッと救いあげてやろうとする監督のまなざしには、ローチ先生と同じ「弱者への視線」が感じられます。ラストシーンは、現代版『モダン・タイムス』みたいだしね。 |