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英国万歳!

THE MADNESS OF KING GEORGE

1994年イギリス=アメリカ 監督ニコラス・ハイトナー 脚本アラン・ベネット 撮影アンドリュー・ダン 出演ナイジェル・ホーソーン/ヘレン・ミレン/イアン・ホルム/アマンダ・ドノホー/ルパート・エヴェレット/ルパート・グレイヴス ●111分 松竹富士配給 1997年11月上旬よりシネ・ラ・セットにて公開予定

1991年にロンドンで初演されたアラン・ベネットのヒット舞台劇を、脚色=ベネット、監督=N・ハイトナー、主演=N・ホーソーンという舞台と同じ顔ぶれで映画化。ホーソーンが英アカデミー賞主演男優賞、王妃役H・ミレンがカンヌ映画祭主演女優賞を受賞。

STORY

 時は1788年。英国国王ジョージ3世(ホーソーン)は、今年も国会議事堂で開会を宣言した。家来が来て書面を読み上げただけだが、ま、つつがない日々。彼は気軽に領内の農家を訪れ、豚談義をするほど打ち解けた国王で、下々の者は親しみをこめ、「農夫ジョージ」と呼んでいる。ジョージもそう呼ばれるのがお気に入り。人心を掴んでいるという自信に満ちているのだ。悩みのタネは、太ることしか能のないバカ皇太子(エヴァレット)。彼は密かに王位継承を狙い、下院議員フォックス(カーター)と政権奪取を画策中。
 王妃シャーロット(ミレン)とのオシドリぶりも自慢にしていたジョージ。彼の異変は、腹痛からはじまった。早朝4時に侍従グレヴィル大尉(グレイヴス)を叩き起こし、下着のまま飛び出して、豊満な胸の女官長ペンブルック夫人(ドノホー)に抱きつく錯乱ぶり。噂を聞きつけた皇太子が開いた演奏会では、自ら鍵盤を叩いて大狂態を演じた。
 国王は医師団の手にゆだねられた。一方、下院ではピット首相(ワダム)が皇太子の摂政任命を迫るフォックスの追及をかわすのに必死。国王が回復しなければ首相の地位が危ないと感じた彼は、名医と噂の牧師ウィリス(ホルム)をリンカーンシャーから呼び寄せる。

SHIMIZU ★★(97/08/20 松竹第一試写室)

僕の苦手な舞台劇の映画化。特に英国の時代劇ものは、敷居が高い。まず、俳優がものすごく偉そう。どうだ、本当の演劇を見せてやるか、と、怒涛のセリフまわし。ここではジョージ3世のナイジェル・ホーソーン。突然、乱心するあたり、ありきたりの乱心じゃありません。何分の1かは正気を残し、徹底的に抑制された演技。ボーッとみていると、乱心を装っているのでは、と思いたくなるほど微妙。終幕には、シェークスピアの『リア王』の読み合わせがあったりして。英国演劇の得意ワザを持ち込むあたり、お手のものの展開なのです。これまた演技派のヘレン・ミレンも悠々たる女王ぶり。アンタはウマイ!

が、物語がどうも予定通り、という感じで入りこめず。映画のせい、というより、こちらの感性の問題のせいか。浅学非才を恥じながらも、★はフツウにしておこうと決めたSHIMIZUです。

ホーソーンの表情や演技を見ていてフト思ったのは、よく似たメル・ブルックスが王室ものパロディをやったらハマリそうだな、ということ。冗談がすぎますか。あと、『白蛇伝説』のセクシーな快女アマンダ・ドノホーの豊満なバストは、乱心ジョージと同様、心動かされました。

出演者で1番面白いと思ったキャラは、イアン・ホルム。この人の演技は偉そうでないのがダイスキ。「牧師だから、シェークスピアを読まない」なんて言う武骨な姿も好ましく、ジョージを人間として扱い、キチンとしたたたずまいを感じさせる。あと、ルパート・エヴェレットのバカ息子役も、コメディ転向してもいい、ボケぶりだね。

YAZAKI ★★★(97/09/05 松竹第一試写室)

江戸時代の話とはいえ、これは紛れもない王室スキャンダル。ファミリーの御家騒動が天下国家の御家騒動になっちゃう仕組みは、今も昔も同じ。というわけで、王室ウォッチャーの皆様方におかれましては、なにはともあれ必見の映画でありますぞ。

遺伝性代謝障害と現代では推察されている(と、最後に字幕で説明される)、王様のご乱心の原因。それがホントは何だったのか? を観客に推理させるところに、まずは面白さが見出せる作品だ。私の推理は、「ふたりの子供の裏切り」。

子供のひとりは、植民地アメリカ。もうひとりは、エヴェレット演じる皇太子。独立戦争に負けてアメリカという子を失い、さらには実の長男に王座を狙われるジョージ。外と内、公と私、二重の家庭崩壊の危機に見舞われたことによってアイデンティティを見失った彼は、ついにプッツン状態に逃げ込む。つまり、『リア王』の悲劇を現実にパロディしちゃった人というのが、この劇中におけるジョージというキャラクターの位置付けなわけ。

ただし、ジョージは『リア王』の運命をまっとうしない。イアン・ホルム演じる牧師の「服従療法」を通じて中途半端に正気を取り戻した彼は、まんま中途半端に社会復帰しちゃうのです。それが、イギリスにとって、もしくはロイヤル・ファミリーにとって、良かったのか悪かったのか? 私が二番目に興味をひかれたのは、そこのポイント。

だって、もしも改革派のフォックスが政権を握っていたら、世界の最高権力者のお株をアメリカに奪われっぱなしの事態には陥らなかったかもしれないし、カソリックの娘と極秘結婚した皇太子が摂政の座についていたら、家庭崩壊を上辺の微笑で取り繕うファミリーの体質だって変わっていたかもしれないし。

とまあ、外も内も体質改善がなされないカオス状態にあるうちにですね、どんどんパワー・ダウンの一途をたどる大英帝国。その最期の栄光的お姿を、絢爛たる美術(プロダクション・デザインは『バリー・リンドン』のケン・アダムだよ!)を駆使して見せながら、個人→家庭→国家崩壊のテーマに突っ込んでゆくこの作品。かくなるスケールの構え方で好き嫌いが分かれそうだけど、私は好き。ハイトナーの演出も、「怒涛の巻き込み型」で勝負に出た2作目の『クルーシブル』とは、また違った味わい。王に謁見した家来が、長い廊下をツツーッと後ろ足で下がっていくところなんぞ、格調の高さに酔いましたです。

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