講田寺
かな      ひとばしらでんせつ
空白線
哀しい人柱伝説 

こうでんじ
講田寺  所在地:八幡市橋本平野山

橋本小学校を西へ100メートル、橋本平野山に講田寺があります。開山は不明ですが、本尊に観世音菩薩を安置する曹洞宗の禅寺です。古くは生津村(現京都市伏見区)にありましたが、水害を避けて当地に移ったとされています。
20段ほどの階段を登ると、左手に地蔵堂があります。その中に「笑地蔵」が安置されていますが、その柔和な笑みのなかに人柱伝説の悲劇が伝えられています。

その昔、淀川に橋が架けられました。しかし、出水のたびに流れてしまうので、ついに人柱が立てられ、そのためか、橋は流れなくなりました。この人柱になった男に一人の娘がいて、娘は父の死を深く嘆き悲しみ、ものを言わない人になったのです。
やがて娘は、父の菩提を弔うために尼となって対岸の山崎に庵を結びました。
それから歳月を重ね、あるとき、朽ちた橋の杭が水底から姿を現し、尼となった娘はそれに地蔵尊を彫って供養をしたのです。人々はこの地蔵を「笑地蔵」と呼び、水難除け、交通安全、安産などの御利益があるとして信仰を集めるところになりました。

講田寺がある平野山一帯を通称「別峯」というのは、講田寺の南隣にあった智渓寺を開基した別峯和尚の名に由来しています。また、平野山を含む西山地域は、終戦直後の食糧難に際して開拓地とされ、20世帯が入植して芋、柿、筍などを生産しました。今でも、その名残をとどめるかのように、寺の周囲には柿の木が多くあり、秋になると鈴なりの実がが枝をしならせています。


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