|
答え−綿(補足:ただ、質量は10Kgで等しいです。「質量10Kgの鉄と綿、どちらが質量が有るか」といえば、”等しい”が正解となります。物理学の出題者は、もっと言葉を選ぶべきです。)
うっかり、表面的に(表層思考で)想像すれば、両方とも10Kgと有るのだから、同じだと思い込みがち。だけど、実際は全然違います。また、介護ロボットを作ったりするような仕事や、人間工学には、この事柄は、かなり重要です。仕様そのものよりも、体感の方が意味を持ち得ること。
なぜかと言えば、重さを感じるのは、人間。 人間が重さを感じられるのは、筋組織に負荷がかかったことを、脳が感じるため。
布団などで現物を見てもらえば分かりますが、10Kgの綿の量は、鉄のその量よりも遥かに大きいです。 手だけでは持てなくて、腕でいっぱいに抱えるようになり、それによって、腰を後ろに反らす必要も出てきて、結果的に鉄よりも多くの筋力を必要とするからなのです。
眠ってしまった子供は、重い、と言います。 妹が抱かれてる時に親の言葉を聞いて、”おかしなこと言うな?”と思ったのは、私の間違いでした。実際、医学的・物理的に言っても、眠った子供は、重くなるのです(子供自身の体を支えてる力を忘れていた)。
つまり、同じ重さの10Kgであっても、その環境によっては、評価の意味が違ってくるのです。 ちなみに、10Kgの子供は、鉄と綿や、他のどの10Kgより軽く感じます。だから、眠ると余計に、重く感じるようです。
これ、収入などの数値や、表面的な指標で、論理的に人を分類しようとしたときにも、全く、同様に言えます。 それは、脳が勝手に、物事に重みを付けて(=思い入れをして)判断させる機能が備わってるためです。 車?のCMじゃないけど、「高い100円も有れば、安い100万円も有る。」というのもこれです。 数学的・論理的に、頭−すなわち理性−で、計算してるうち・考えてるうちは、これらに結論を導くことは出来ません。”そんな馬鹿な”程度にしか、到達出来ないのです。 「生きた金、死に金。」なんていう表現も、これに当たるでしょう。 脳が付けようとする、物事への重み付け・思い入れ−Fuzy(ファジー)処理−は、論理的思考とは、文字通り、逆側に存在するからなのです。
頭が良くて、高学歴で、高収入で、容姿も良くて、・・・・自分の仕事も大事だし・・・・、なんて、自分の行動に、多くの条件付けを論理的に行って、人を選ぼうとしてるうちは、良い人に巡り会うことは出きません。理性が一生懸命に自分の行動を制限しようと、チャンスを吹き飛ばすからです。 脳の機能で言えば、本当は逆であって、人を好きになることは、何か一つに重みを付けていって、そこを好きになることなのです。それは、理性による判断では得られないです。 全部が良いと言う訳でもないし、比較して好きになる訳でもないでしょう。 それこそ、借金が有ったって、好きになってしまうときは、好きになってしまうのが、本当なんですよ。 また、獄中の凶悪犯人に、思いを寄せてしまう人が、たまに居る程度のことは、テレビでも多いでしょう(希なことだから取り上げられてる)。好意の出現はとても不可解。時折、理解不能な人も居るものです。 ここまでは、行き過ぎですが、 理性での制限が棄てられたときに、本当は、たくさん有ったはずの出会いに気が付くことが出来るようになるのです。 理性的な恋愛なんて存在しやしないのです。好きだと言う思いは、理性の制止を振り切っても出現するものです。映画やドラマを見て感じる感情の動き−悲しみや、嬉しさ、喜び、そして−感動そのものに、理性での説明は出来ないのです。悲しいから悲しいし、嬉しいから嬉しいのです。 それとも、どうしてそんな気持ちになるか、なぜ涙が溢れるのか、理論的説明が出来るのですか?感情的涙を、物理現象として完全に説明できるのですか? くり返しですが、仕事のみに縛られ、理性的にしか脳を使わないとき、出会いの糸口さえも見つけることは出来ません。探しもしないで、「良い人が居ない」などと言っていれば、その自分が思った通り、考えた通り、言った通り、良い人には巡り会えないのです。これだって、自分の行いがそのまま帰ってきてるだけです。 自分の相手に対する好意とは、脳の扁桃体(へんとうたい)が決める、そういうものなのです。 もっと、学問的に言うと、大脳の一番外側の理性を司る大脳新皮質の機能が高まってる時、その下に有り、”好き嫌い”の扁桃体や性中枢・性ホルモン中枢である視床下部を含む、大脳辺縁系は、逆に機能できないのです。これが、本当の現実です。 ■出会いは、実は<自分次第で>無限!
”いい人が居ない”をスポーツで言い換えれば、試合の前に”勝てる相手が居ないんだもの”と言ってることと同じですよ。 流行の本のように、結婚組全員が勝ち組みだとは言えませんが、でも、それでも、30歳を過ぎて、人生の伴侶をなかなか見つけられないのも、幼稚で未熟な人格がもたらすものですよ。 自分を棚に上げておきながら、人には過大なイメージを押し付けていたり、自分の気持ち・感情(≠理性)=脳の機能が理解できていないからなのです。 それにパートナーシップは、自分の足を引っ張るだけのものじゃない。■こういう成功者は多いです。逆に両立が出来ないのは、自分の能力の無さを、初めから露呈してもいるでしょう。 労働人口のバランスから、今後定年の年齢は伸びないか、下がりもし得ます(リストラは続く)。残りの人生の2・30年は、今の仕事が続けられてるかどうかは、現実問題、かなり可能性は薄いです。リストラが一段落した大手企業では、生産性・労働力の観点、能力主義の名目で、ある年代に成ると、資料整理などの簡単な事務職に配置転換を余儀なくされ、逆に給料を減らしていく所も多く出てきました。 老化には誰も勝てない。 つまり、学生時代より遥かに長い時間を、別のことを人生の目標にしなくてはならない会社員は、大部分になりそうなのです。■その仕事だけじゃ、一生分の充足感は得られない、可能性が大きいのです。 それで居て、年金とか、社会保障を信用してない、参政権・投票権(=みんなが大大大好きな権利ですよ)を放棄してるなんて、もう目茶苦茶です。 本当に、気が付けられるなら、絶対早い方が良いことです。何も自分で自分自身の条件をきつくすることはない(”良い人”と条件を引き上げて、相手に言ってるようなんだけど、上記の通り、自分の人生にそっくり跳ね返っても来ることだからな)のです。 自分の欠点を受け入れられた人(=ポジティブ(積極的)に考える人とも言える)だけが、(積極性ゆえに当たり前ですが)逆に深く深く愛されて行きます。 もっと、簡単に言えば、 減点法の恋愛なんて本当は有り得なくって、恋することは、必ず加点方でしか起こり得ない、と言う当たり前のことなのです。
最初から”良い人が居ない”なんて、否定から入る人生観の人は、自分の可能性を棄ててる人。 こんな簡単な言い訳で、自分自身の不甲斐(ふがい)なさを、逃・げ・る・な。って言うの。 あなたが本当に良ければ、誰も放って置かれるはずもないのものです。 ずばり、”良い人が振り向かない”と思えるのは、あなた自身が”良い人ではない”からなのです。 ”(私の)ルックスは良いんだけど”、と思い込んでるなら、■この方法でそれは、 ”(私の)中身は全然大した事無いかも”、と同じ言葉ですよ。
あるバラエティTV番組の、モデル上がりの女性アシスタント(2004年現在29歳YMさん)が、この−結婚−問題で、番組出演者に向かって、 「(両者とも既婚の)SKさんやSSさんみたいな男性が多いから、駄目なんですよ。」と強めに言い放って<ナーバスな問題だけに、多少感情が入って目が釣り上がってる。結婚できないことが負け組であることに納得できない様。>、自分が結婚できない原因で、”良い男性が居ない”と男性側を批判したい様子。 すかさず、端っこに居たYRさん(愛妻家で有名)が、 「じゃあ、二人の奥さんは、全然ダメなわけ?駄目な女性なわけ?」、と突っ込んだ。 そうなんです。 そういう、全体を見る余裕の無さ、その人のこと、さらにその家族のことを、考えられないことが、決して良い女であるなんて絶対言えない。いくら、面白いからと言って、仲が良いからと言っても、女性自身が、女性やその子供を傷付けるのは最悪かも。思いやりがない。 ちょっと格好が良くて、ちやほやされた人で、さらに、無能な人間ほど、そういう自分に気が付かずに、周りの人を振り回し、傷付け、怒らせ、人の所為(せい)にしたまま、結果的に、自分の価値を下げてる現実が有るのです。 特に女性は、”抱かれたくない”アンケートなど、こういったことを、雑誌等で平気で平然と人を傷付ける下地を作られ、誘導されてるから、要注意です。つまり、きれいになりたいと熱心な人ほど、そうなり易い。 ファッション誌、週刊誌を信じ込めば信じ込むほど、あなたの相手を得られる確率は下がっていく可能性が、とても高くなっていきます。 普通に考えれば、こんな酷いことは、言えないことでしょう?(言える場合は、あなたもNGかも。) あなたが、”抱きたくない”に選ばれたらどうでしょう? TVなんかで放映されたことは、取り返しが付かないんだよ。口から出た言葉は消えない。 人間としての、一線は、棄てちゃ絶対駄目に決まってるじゃん。30歳前になってもなお、平気で言えること−そっちが、結婚できない原因だって。子供っぽすぎる。大人な人間関係の中で育ってこなかった証拠。 だから、モデルタレントとして、アシスタントの仕事しか入らない。 もう30歳前後になったら、現実を受け入れられなくちゃ。 結婚や伴侶を得ることは自分自身の問題。これ以外の何者でも無いのです。 人の所為にしてるうちは、限りなく無理ですよ。占いでも、”いつ頃できますか?”なんて言うのは多いみたい。でも、これは間違いで、あなたに、する気・したい気・探す気が無ければ、初めっから、無理に決まってるじゃん。 逆に言えば、今から相手が欲しいと思ってれば、2・3年後くらいには、ようやく叶うかもね。
■仕事で得られる充足感だけで、人間的にいつまでも、幸福で居られるの?
空腹時に、「好きな食べ物を思い出して下さい。今、何が食べたい?」 と言われて、即、”これよりこれが好きだ”とは、普通は思えません(時間が経つ毎に、思い出したり、順位が入れ替わったりするようなことは、良く有ります。でも、それでも、食べたい食べ物が、一瞬で、決まってるはずです)。これは、 ダイレクトに好きなものに辿り着けるように、脳がプログラムされてるからです。 じゃないと、太古の広い草原で、食べ物を食べようとしたときに、悩んで選んでいたら、自分が餌(えさ)になるか、もしくは、他の仲間たちに、先に取られてしまう可能性が高かったからです。 一直線に移動し、素早く食べ、そして、また一目散に立ち去る、この行動が、必要だったのです。 だから、今でも、本来、会話もメインになってるはずのレストランなどで、うじうじ、いつまでも、決められずに悩んでる人は、好かれないのです。 逆に、嫌うのも、ダイレクトです。敵の・よ・う・な・ものが襲ってきたときに、逃げようか、どうしようか、どっちに逃げようか、など考えてる暇は有りません。一義的にでも、先ず逃げようとしなければ、真の敵なら、本当に生き残れません。 ”生理的に嫌い”、と、理由がはっきりしない嫌悪感をよく言いますが、嫌いなことに説明が付かなくても、当然のことなのです。嫌いなことは感情表現なのですから、”必ず生理的に”と決まってもいるのです。 これらの、好き嫌いを判定していたのが、大脳の扁桃体だったのです。 だから、直前の通り、理性で恋は出来ないと言うことなんですよ。 好きになるのも、”生理的に好き”しか、実はありません。
同じように、人を好きになること、それは、比較できる、具体的な数値が有る訳じゃ有りません。 それを、理性が、無理にあれこれ比較を続けようとするから、 扁桃体が良い結果を導けなくり、真っ当(まっとう)な恋愛が出来なくなるのです。 逆に言えば、その脳の機能上、「好きなものはどうなっても好き!」と言えないなら−つまり、 簡単(かんたん)に失わせること、簡単に諦(あきら)めることが、出来るうち・状態を、”愛せてる”とも言えないのです。 まして、損得を考えられてる内は、絶対、愛情では有り得ません。「自分の身を投げ打っても守りたい」と思えることが、愛してる状態とも言えるでしょう。 ■二面性の話の所で、「一人に決められない」という、女の子の話を、使っていますが、実は、中身で観れば、これの答えも、この脳機能に帰着するのです。 だからこそ、「表面的な指標は棄てなさい。」と再三に渡って、言ってるのです。 だって、どんなに条件に合う人、適う人が居たって、自分が好きになれきゃ駄目ですし(条件と好意は違う)、また、相手だって好きになってくれないなら、成立しないのです。
100万の月収が有る人が、カード・借金の返済などを含め、120%を使い込むような、”人の物も自分の物”と言うような性格だったらどうするの? 交際中は、誰でも取り繕い、甘いものですよ。 例えば、銀行などで、横領する人の給料が、一般より低いことも少ないものです。 収入だけで人を見ると言うのでさえも、一元的なことを忘れるべきでは有りません。 例えば、使われ方だって、重要なはずなのです。入り口も有れば、出口も有る。 ■二面性の所で、自分の持ってる表面的指標を、ひっくり返して、考えてみて下さい。
高校生くらいでは、”顔が好きだと言うのと、お金を持ってる彼が好きだと言うのは同じだ”と錯覚し易いですが、はっきり言えば、「夢と欲望」が違うように、「彼の容姿・佇(たたず)まいと、お金を持ってる彼」と言うのも、厳密には違います。 彼の容姿・佇まいとは、彼を表す属性の一つ一つですが、”お金を持ってる彼”と言うとき、それは、彼を間接的にしか表していない−中身を直接表現できないことに成ります(”お金持ちの彼”と言えても、”彼のお金持ち”とは言えないのです−どちらの属性になってる?)。つまりそれは、”洋服を着てる彼”と言うのと変わり無いことです。 まして、女として極端に働く偏りが機能するとき、(容姿・佇まいは、自分の属性・型枠からは切り離せないけど)本来は全く別々の存在である”お金”と”彼”を、扁桃体が無意識に別けてしまって比較して、彼より、実は、お金が好きだと言う状態にも成り得ます(属性を無理矢理に変えた後者”彼のお金持ち”の、”持ってる”状態を省くと、”彼のお金”が好きだってことにも成り得る。前者なら”お金の彼”に成ってしまう)。この状態で、彼に対しての本当の愛情を持っていないことの証明にも成ってしまいますよ。 彼よりお金が好きだと、本能的に思い始めたとき、それが行動に少しずつ表れて、愛情を失うのは、直ぐ分るでしょう。そう、あさましく見えることは間違いないですよ。その欲望に集ってくる男も、全く然(しか)りですよ。 「お金持ち」と言うのは、持ってるお金の、多い、少ないを、論理的に、分けてるだけであって、好意・愛情とは、違うものなのです。
”仕事を頑張って儲けてる彼が好きだ”と言いたいなら、彼を直接表すような”ひたむきな彼が好き”とも言えるはず。 それがどういうわけか、それを飛び越え、直接、その彼の能力を金銭で直結して、”成功の成果のみ”に言い表そうと言うのは、その扁桃体の偏り−”彼よりお金が好き”かもしれないことを、逆に自分で分っての、仕事の能力への後付けのこじ付けも含まれるのです。 このセクションの初めの、提起の通り、本来は、儲けていなくたって、好きになれることが本当です。つまり、それでもなお言いたい、と言うことは、”儲けてる”という具体的な状態に、重きが存在してるのです。
今は原始時代じゃないのですから、一緒に切り盛りして、飢えない程度であれば(飢餓(きが)感の生存欲求への不安が、家族として一緒に取り除ければ)、本来十分でしょう。 そう、不安が有るなら、自分の力を足すこと・注ぐことで、本当は手に入る幸せも存在するのです。 それに、愛情の形は、元々はそういうものですよ。
過去に誰かに強く裏切られたと思う経験をされた方は、”あんなにして上げたのに”と、損を受けたという(深層に隠された)思いから、この協力関係が成り立ち難く、出来難くなって、一方的に異性に養ってもらう能力に引かれようとします。
逆に、ビジネスでの採算は、一時の、非常に短期間の能力を表すことに過ぎません。立派だと思う会社であっても、決して安泰でもありません(その逆だって有り得る)。いつまでも続くなんて、そんな保証は何処にも存在してないのです。
そんな不安定なもの・普遍ではないもの、そしてもちろん、容姿も同様にして単なる外見のみを、自分の好意の指標だと錯覚してしまうのでは、とても不幸です。 例えば、事故や病気や怪我(けが)や老齢で、外側の能力が激変しようとするとき、それで、自分や、または、相手が、直ぐ冷めてしまえるとしたら・・・、 それを、本当の愛情だったと呼べるのでしょうか? そう、思う通り、その好意や愛情だと思っていたものは、永遠でもなく、ごく近未来の有限のものにしか成り得ません。
まとめれば、 儲けてるか、儲けてないかは、算数。算数は理性。しかし、頑張ってる情熱を感じるのは、感情。好きだと言うのも感情。
”仕事を 頑張って 儲けてる 彼が好きだ” − ”仕事で儲けてる”[理性]
いつもどん尻でも頑張る、競走馬のハルウララに、共感できて思い入れが起こるのだって、全然不思議なことじゃないのです。
何が言いたいか、伝わってるかな?要するに、 人を選ぶことと、好きになることは、180度違う思考である。 ってことなのです。 脳で言えば、逆のことをしようとしてるんだもん、良い相手が見えてくる訳は、絶対無いのです。 人を好きになることって、砂丘の砂を篩(ふるい)に掛けて粒を残して行くことじゃ全く無くて、そのたくさんの砂粒をさらさら触れてるうちに、何か風が吹いてきて、目に入ってしまったようなものに、興味が湧くというようなことなのです。
これらが理由で、 だから、結婚を大前提で何(十)万人も集ってるはずの、大手の結婚紹介所でも、実際の成婚率は一般とも余り変わらないのです。結婚が特殊な条件で、決まる訳じゃなくて、あくまで一人の人間同士が決めることだからでも有るのでしょう。 条件だけで恋愛が始まるわけではないことを、心のどこかに留めておいて、絶対損はしないですよ。 ■結婚相談所の成婚率(もちろん全部じゃないでしょうけど。もし、あなたが、こういうビジネスを行おうと言うなら、カップル成立率を上げたいなら、出来るだけ、プロフィール・データをブラインドの奥に隠すことです。会ってみて初めて分ることも有るのですから、プロフィールは二の次で良いのです。)
逆に言えば、人に好かれたいなら、 (もちろん、嫌味な部分などは無い方−人間的に良い方が、良いに決まっていますが、) そういう、脳の重み付け=思い入れを受け易いように、自分だけの価値観、個性を形成することなのです。突き抜けて、跳び抜けてしまえば良いのですよ。 許容量・柔軟性の有る(もちろん、■交際は共感と妥協の繰り返しだから)、自分の世界観を持ってしまえば良いのです。 好奇心は誰にでも有るのですから、取っ付きは、違っていた方が有利なのです。 ■具体的にどうすれば良いかと言うのは、この辺りから、有ります。 自分の違いを出す、と言うのは、人が何をして、何を思うかを、気持ちを理解することに、必ず返って来ます。それが、出来ないとき、その個性は、単なる我が侭(わがまま)になってしまうのです。 お互いに理解し合えるから、「そういうのも有るんだね」と、違いが分かり合えるのですよ。 その、人が認めてくれた物が、自分の個性なのです(自分で思う個性は、個性ではなくて、自分自身の単なる分類でしょう)。
同じ格好や同じ持ち物=同じ外見は、中身の違いを余計に際立たせます。 例えば、天才の言動を真似してるつもりでも、直ぐには天才になれません。ちょっと知ったかぶりの知識をひけらかしたりすることを、真似てることが簡単に見抜かれれば、誰にも相手にされなくもなるでしょう。
変に、多くの同性や、人と同じ価値観を持とうとするから、無理も起こるし、それこそ、相手から見れば、比較の出来る、良い対象に、されてしまうのです。 比較の対象になってしまうのですから、好かれる訳は無い、という、当たり前の結論に辿り着いて、自分を悩ませることにも繋がって行くのです。 自分が相手にとって、掛け替えの無い(かけがえのない)存在になれること、それは、すなわち、人と簡単に比較されるような位置に自分を置かないこと=自分だけの価値観・個性を持つことである のです。 一般に、集団からちょっと外れた人・群れない人が、個性的に良く見えるのも本当でしょう。 好きになる理由で、”平均的だから”というのは、有り得ないのです。それとも、あなたには有りましたか? 居たとしても、そんな普通な存在に、好意の持続も出来ません。きっと別れてるはずです。 平均である以上、その平均なら誰でも良くなってしまうからです。人は個性しか好きになれません。”君じゃなきゃ駄目”と言われることを目指すべきなんです。 同性同士でもたまに聞かされる、”普通な所が好きだ”(↓問題提起)と思うのは、本当は平均的な所自体に好意が有るのではなくて、嫌味の無い自然な振る舞いの”優しさ”などに好意を感じていたりすることが本当の事です。その”優しさ”などの表現方法だけのことなのです。中身で見れば、その自然な振る舞いこそが、既にオンリー1(ワン)になっているのです(分るかな?)。多くの人が、自然じゃなかったからこそ、自然なことが特別なことになってるだけなのです。その言う”普通なこと”は、多くの人から見れば、”普通なことじゃない”。 ”普通じゃないから好き”(↑分析結果)に成れてるのです(■説明はここ)。平均じゃないから、思い入れが出来るのです。 当たり前のことなんですけどね。 まあ、駄目な人ほど、自分の足を引っ張ろうとする、人の良く言うような平均に、気付かずに自ら囚われ縛られようとするのも本当ですが。 みんなの言うことやることに、自分で自分に”待った”を掛けてみることが、個性的になる一歩です。 個性=すなわち、今のあなたは、心の本当の奥底の、あなたのままで、良いのです。 ■信頼と欠点の重要な関係■自分の欠点を受け入れられないと・・・
特に女性の場合、仲間はずれを嫌う−■生存欲・飢餓感に繋がってる行動−プログラムがされてるので、自己暗示で集団に擦り寄り易いので、自分で注意しましょう。 ”良い男が居なくって・・・”と同意を誘われたら、 「かわいそうな人だな」って思って上げて下さい。 それは、自分の人を見る能力・交際能力の低さを、自分自身で晒(さら)してることでもあるのです。 例えば、30年前後も生きて来て、全く1人も居ないことは有り得ないはず。
初恋もせずに、大人になれるものでしょうか? 誰も好きにならずに済むものでしょうか? 今でも処女なの?キスもしたことないの? それなら、筋は通りますけどね。
もし、そうでなければ、 それは誰かに取られてしまったり、不釣り合いであったこと、失恋の結果を認めてる、 これこそが”負け犬”の言葉です。 その若い頃・昔を思い起こす時、幸せだったと感じられる人も居るでしょう。 今の幸せだと思うことも同じように逆に、 後で振り返る時、本当は幸せじゃなかったかも、と悔いるかもしれません。 幸せとは、今現在だけで計れるものでは無くて、後で感じる価値観こそに、本当の幸福の価値観を見出せるもの。 だから、 ”一生一人でも十分よ”・”男は金よねえ”なんて、人前で口合わせしても、内心では自分の価値観に、絶対無視はしないで下さい。無視したら、自己暗示が完了してしまうでしょう。 それが、最低限で十分な、幸福の条件です。
少なくとも、会社を幾つ、持ってようが、口角が”ヘ”の字にいつもなるような人は、人間的には、全然魅力が無いってこと。証明は沢山有るので、皆さんに任せますが、こんな人の意見は、完全に除外した方が良いです。今、分らない人も、大人(な人間性)になれば、絶対分ることです。これは、多くの投資家の間でも、一番に見られる、本当に存在してる、人間性の切り口です。 顔はあなたの人生観を表すもの。 こう言う”へ”の字口の人は、経済的な裕福さと、人間的な裕福さが、本当は完全に分かれてることを知らない人です。 だから、一つの会社では飽き足らずに、次々に別業種で会社を起こそうとします。でも、その欲求自体が、人間的、根源的な欲求であることに、蓋をしてしまって、目先しか考えないようにしてるだけのことが多いです。つまり、自己認識が非常に鈍い(だから投資できない)、子供な欲求表現(子供の頃に親がしてくれなかったようなことを、逆に自分がして満たそうとすること)をしてることが多いのです。 例えば、異性をペット扱いするのも、こういうタイプ。子供のおもちゃを扱うようにしか、付き合えないのです。それは、自分自身が子供の時に受けられずにやり残されたと思ってる、愛情表現。 経営能力(経済力)と、人間性の豊かさが、大きく違うってことの、一番良い例です。 だから、超一流の起業家は、子供なエセ討議バラエティ番組に顔を出すことは有りません。 出るのはB級C級の女性起業家ばかり。<■でも、本当は優れた女性企業家は、家庭も両立してる現実も有るのです。> ここを、定義しないで、人間的なことである、”勝ち組み”・”負け組”も本当は有りませんよ。 馬鹿な人選をしてる、バラエティ番組に、絶対騙されるな!
私たちの言う”負け犬”とは、自分の経験・過去を棚に上げておきながら、人を本気で好きであった過去、これから好きになるであろう可能性を、自分で閉ざしてしまう人を指します。
人間性は、感情の共感なしに形成できません。 一生一人が良い人なんて、基本的に人・人間では有り得ないのです。 あなたが、読み書きや、こうしてここで既に考えられるのは、コミュニケーションをすることを前提にされてるから。 本来、人間はコミュニケーションしたくてたまらない生き物。 コミュニケーションすることは、本当は、とても楽しいと感じてるはずなんです。 誰かと心の繋がりを持っていたいと思うことが、人間なのです。 だから、本当に一人でも良いの?
1人で良いなんて言ってる人は、実は(自分が感じてる)家族愛が希薄な人が多いです。親戚付き合い、人付き合いを異常に嫌う親を見てきたり、姉妹や片親が居ないなど、で、育ってきた人に多いです。 本来、世界で一番先に好きに成れるはずの親や姉妹に共感できないのは、とても不幸です。 絶えず自分の生存が不安に思いつつ育ってきてしまってる可能性も有るのです。 公共CMに有る、”自分の子供の愛し方が分からない”編は、この一番身近な人に共感する経験が余り無かったから。 幼児虐待の子供さんは、親からの虐待をなかなか認めることが出来ません。それは、それによって、(形だけでも)親の愛情が無くなることを認めるのが怖いから。 親から受ける酷い仕打ちを、自分の中で無理矢理に合理化・正当化することで、自分の生存権を守ってきてるのです。だから、自分もそれを踏襲せざるを得ない。
人口減少問題なんて、福祉や社会制度で、みんな色々余計なことを言うけど、逆に、根本的に家族を考える時間・家族愛を感じる時間を週に1時間でも与えれば、意外に解決するかもしれません。虐待も歯止めを掛けられそう。 簡単に言えば、上手に愛されてきた人は、上手に愛することが出来るのです。 だから、愛さない人は愛されない人。 言われてみれば当たり前でしょう? だから、1人で良いなんて言える人が、とても不幸に見えてしまうのです。
このページに来てくれた人だけにお教えしておきますと、 現実、統計として、「おばあさん」仮説というものがあります。 一般、動物で言えば、子孫を残す能力が無くなるのと、寿命はほぼ一致するのですが、人間だけが閉経後、何年も生き続けることが出来ます。この現象について、詳しく統計を取ってみたところ、孫の数が多いほど、圧倒的長寿であることが分かってしまったのです。 人間は子孫繁栄を自分自身だけでなく、家族という存在から補助することによって、子孫繁栄能力を補ってるということ。自分自身の価値を見出してる。 核家族、少子化、さらに、独り身、どれも本当は、自分の人生、精神的には本当は負荷になってる可能性が高いことが窺がえるのです。これが、科学で解ってきた常識なのです。
さらに、私自身が調べてる仮説を加えるとすると、 前述の、人を思い量る気持ちや、母性本能が、共に学習によるなら、 めぐりめぐって、自分自身が老いた時に、家族にどのように扱われるかは、目に見えて来ませんでしょうか? くしくも、長寿になる理由付けが、出来てませんでしょうか。
家族を嫌えば、自分自身をも、逆に、世の中の存在から早く消し去られてしまう。
やっぱり、最後はどうしたって自分自身に帰ってくるのは間違いようです。 ちなみに、早死にの傾向が有ると言うのは、やっぱり、肉体的にも若々しくなく、美貌の衰えも早いことを表します。 健康なら、死ねませんから・・・。
また、こんな言葉も、古くから日本には有ります。「痘痕(あばた)もエクボ」 まさしく、これで良いのです。これこそが、脳の重み付け機能の完全な形容です。
あなたの”好きなタイプ”と、あなたに”合ってるタイプ”は、必ずしも一緒のタイプじゃないのです。 合ってるタイプの可能性を、絶対棄てちゃいけませんよ。 「好きなタイプ」だからと言って、恋愛感情になれないことも有るように、その逆も無くは有りません。伴侶を持つお互いが、”タイプじゃなかったんだけど・・・”と言うのは、結構有るものです。 実は、「好きなタイプ」と言うのは、過去の経験の分類であり、その既知のイメージに偏る所が大きい。ベストタイプが、ベストパートナーとは限らないのです。 欲しいものをゲットしようとするとき、今持ってるものをしっかり手放して、自分の手の、大きさや厚み、質を、真に自分で持てるのか見極めなければ、本当は、手に入れられることは有り得ません。 手に余るものは、持てっこない。 あなたのまだ知らないタイプにこそ、ベストパートナーは眠ってるかも知れませんよ。 (ベストパートナーを探す方が、楽で楽しいものなのですが。「この人かな?」って。 否定から入るよりずっと、ね。)
重さの話に戻って、じゃ、価値観、幸福感、そして結婚・恋愛の重さは?
同じことが、それぞれに有ったとしても、不幸か幸福かは、あなた自身の感じることの他に、結論を出す方法は、この世には存在しません。まして、不幸になることだけが、決まってる訳でもないし、幸福の可能性も公平に存在するのです。 これは、チャレンジしようとする限り、必ず、自然に、公平に、決まってることです。 仮に、不幸にばっかりになるのは、自分の心と、その育ち方に原因が有ることでしょう。 ”してもらったこと”・”させてもらったこと”・”(相手を傷付けることなどを)してしまったこと”、謙虚(けんきょ)さを忘れずに、居ること。 逆に、(傷つくような)”こんなことされた”・”あーしておけば良かった”・”こんなことしなけりゃ良かった”などと、否定的・悲観的に思うから、余計にそこから抜け出せなくなるのです。 さらに逆にして、これをもうちょっと、積極的に言うと、 ”ありがとう”・”これで良かった”・”相手のために一生懸命愛せて嬉しい”、と思えれば、自然にツキが変わってきます。→
例えば、暑いさかりに、結婚の決まったカップルが、式場やらパーティー会場を捜そうとするとき、 マリッジブルーが出てきたあなたは、「なんで、こんなときに捜さなくちゃいけないの?」 と思うかもしれません。ぶすっとした態度にも成って、口も利かずに、ただ黙々と歩いていたりもするでしょう。
ここで、自分の否定的な考え方に囚われるから、関係が危うくなります。 でも、謙虚さを忘れなければ、「こんな大変なときに、私のためにしてくれてるんだ!」 と思えば、同じ工程にも関わらず、全く感じ方が変わります。 また、そう思ってくれるあなたに、辛く当たる彼は居ないでしょう。 したがって、結果も次々に、連鎖的に変わって行くのです。→1
ただ、彼氏・男性も、もう少しは気を使って上げて、暑い時間帯を外して上げるなどした方が良いことも確かでは有りますが。また、そんな気を使えない男性には、こんな手で教えて上げることが出来ます。 例えば、休憩にお茶してるときに、「お化粧、崩れちゃったから、直してくるね。」と言えば、彼氏のために、して上げてることにも繋がるし、暑いときに動けば、そういった気遣いも必要であることに、気が付くでしょう。 ただ、余り、頻繁に手直ししてると、神経質やら、時間を待たせ過ぎて、煩(わずら)わしく思われてしまうので、注意が要ります。 くれぐれも、「あたし、暑いの大嫌い」なんて、否定をしてはいけませんよ。 ■「否定的会話法は、賢いとは言えません。」は、ここ
ただ、男性へ言うと、ここで言ってるように、夏の暑い時期は、女性にとって汗をかくことは、とても敏感です。過敏と言っても良いくらい。 汗でお化粧が崩れたり、汗で体が臭ったりするのを気にしてるうちに、汗自体、べとべと感も大嫌いな人が多いです。自分の汗の臭いも気になります。その汗をかく環境で、体を寄せて歩くのは、これらの理由で、みんな好みません。 どうしても必要なときは、出来るだけ、さらっとした距離観(気候や関係)を保てるようにすべきでしょう。→
もう少し科学的に捕捉すると、不快指数が75を越える気候では、半数以上の人が不快感を感じると言われますが、 これが、日本の平均湿度64%を越えることの多い真夏の場合、特に9月頭くらいまでは、■グラフより、26〜7℃を気温が越えそうなときには、一緒に過ごす、涼しいシチュエーションを選んだ方が良いことにもなります。この気温は、一つの目安に出来ます。 まあ、一つの条件、気温だけじゃないことも、殆どでも有るでしょうけどね。
→ただし、それだけでは、男性がかわいそうなので、付け加えると、この時期でも、OKな環境も存在します。 それは、海やプールの開放感や清涼感を伴う場面や、アウトドアなスポーツでの、汗をかくことを目的にするような場面のことです。これらは、初めから汗をかくことが分っているのを、受け入れてしまってるのですから、どうしようもないワガママさん以外は、割とスキンシップを受け入れ易いです。 例えば、夏の涼しくなった夜の花火などは、昼間の暑苦しい喧燥(けんそう)を忘れさせ、その落差が演出となって、余計に清涼感を感じさせます。あなたのことが好きな女の子なら、ちょっと間を置こうとしていた、昼間の自分に反発して、もうちょっとは寄り添っていたいと、逆に思わせたりするものです。 ただ、それでも、べたべた・むんむんに汗をかいてるのに、男性から間を開けずに座ったりするのは馬鹿者です。ニュアンスでは、”知らない人にいきなりされたら嫌だろうな”ってことは、夏は余計に避けるべきです。 満員電車で知らないおじさんが、汗べとべとの腕を、ああたにいきなり押し付けてきたらどう? こういった、基本的な感情を忘れると、痛いですよ。
逆に、デートでの行き先や人に会う場所に応用するなら、出来るだけ、すがすがしい場所、気持ち良い場所を選べば、自然に仲良くもなって行けるのです。 呼び出し元のドキドキ感を勧めてるのとは、逆の意味に聞こえるかもしれないけど、好きなら良いのですが、絶叫マシンやおどろどろしいホラー映画などを、嫌なのに乗せたり見せたりさせないことですよ。この全てに使える言葉、絶対忘れないで下さい。 相手を不快に思わせなければ、根本的に自分の失敗は有り得ないはずなのです。 だから、■悪くなる必要はないよ、と言うことでも有るのです。
1→つまり、悲観的な物事の捉え方をするのと、どっちが楽なんでしょう? 一見、自分に楽なのは、悲観的になることだと思い、感情を相手にぶつけたりしますが、 実は、本当は、真逆なんです。
付き合い始めの、純粋な気持ちを、日記で呼び起こしましょう。
→まして、人によって、不幸だけが有る訳じゃない。 結局、ここを見落としちゃうんですね。
柴咲コウさんの「眠レナイ夜ハ眠ラナイ夢ヲ」(UNIVERSAL J)、一度聞いてみると良いですよ。 ■眠れない場合のワンポイント
もどるはここ メニューと注意事項はここ
|