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半断と実践は、自分の責任でしてね。もちろん、これが全てと言う訳では有りません。
心理的効果を中心に記述致しましたので、
ゆっくり読んで頂いた方が、お役に立てると思います。
芸能人の行動を例に女性心理の説明も有ります。
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本筋からは少しずれますが(遊び目的で付き合っていたような人は除外。また、そう言う話も、真面目な恋愛での別れ方には、余り参考にならないでしょう。そういう分かれ易い、遊び目的を認識してる相手、お人好しな相手を選んでるはずですからね。)、 別れ方・別れ際も、宣告する方は「友達でいたい」とか、変な優しさをを出さない方が良いです。きっぱりと悪人になって相手を諦めさせて上げることが、最後の優しさなのです。友達のように付き合って、相手の人生にいつまでも影響するのは、あなたのエゴです。自己満足です。別れる以上、優しいはずが無いじゃ有りませんか! あなたにとって、相手の方は通過点にしか過ぎないから別れるのです。自分が勝手に通過点にしてるのに、自分をいつまでも良く思っていて欲しいと言うのは、エゴだと言っているのです。矛盾します。 良く思われたいなら、別れる必要はないでしょう。 自然消滅もそうだけど、二人の関係にとっての第三者的な問題を引き合いに出すのもずるいです。それで、「自分は別れたくないのだけれど(もしくは、早く前彼女と別れたいのだけれど)、諸般(しょはん)の事情が許さない。」と、やりたいのでしょうが、それも完全な口実。本音はあなたと別れたいだけですよ。 会えない事情が有るなら、あなたが近くに行けば良いだけのこと。 もし、本当に愛情が有るなら、二人でその問題を一緒に考えれば良いだけのこと。 例えば再婚でなら、前の配偶者(はいぐうしゃ)やその子供に関しての問題は、みんなが考えてる事。けして難問じゃ有りません。 まして別れさせられる側で言えば、前交際の関係を引き合いに出されるなら、それは、単に縒(よ)りが戻っただけ。それで、別れさせられるあなたが、相手を”かわいそう”なんて、思えてしまうようなら、それだから、相手は離れて行くと、考えた方が良いです。
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最近(2003年春)、男の子たちの間で、(前−だけど本当の)彼女を精神病にしたてて、あなたとの浮気・二股を続けることの口実にする、また、その女の子たちでも逆に、精神病を自己暗示などで装(よそお)って、関係を強制的に続けさせる事が、流行っています。 もし、本当に病気であるなら、これらは、もはや、個人レベルで悩んで解決できる問題では有りません。 そういう心の問題を扱ってくれる公の施設も多くありますので、新聞沙汰にならないうちに、専門家・精神科の先生の指示を仰いで、入院なども視野に入れて上げた方が、その人のためです。 本当に病気なら、早くに治療を受けなくてはならないのです。 何もしないで、ただ付き合う事のみを続ける方が、その人の心に不安などのダメージを与え続けてしまうのは、今の御自身とも同じになります。今の状態・関係で、病気になっているので有れば、今の状態・関係を続けていても、絶対に良くはなりません。時間と共に酷くもなるでしょう。 だから、早く治療を受けた方が良いのです。 早く、健全な心を取り戻せた方が、その人の幸せでも有るのです。間違わないで下さい。入院させることが、決して酷(ひど)いことじゃない。 本当に病気なら、二人で一緒に考えて捜して、ここまで面倒を見て上げるのも、一つの案です。 駆け引きが、自分で出来るくらいなら、殆ど病気ではない(病気じゃないと診断されて、怒(おこ)る人も、ほぼ違うの)ですが。普通に、理性(この場合は、ずる賢さ)が良く働いています。 あなたから見れば、「前彼女は良くても、私の辛いのはどうなの?」という思いも、ごく当たり前。 それを、彼氏に分かってもらって、信頼関係を深めるにも、良いチャンスです。 ■自分の気持ちを分かってもらう方法(2つ有り)・その2 彼からの犠牲が少なければ−愛情のバランスがお互いで取れてなければ、今一度、自分たちを見直した方が良いかも。 仮に、本当に優しい人なら、同じような病気の人は大勢いるのですから、その人達も同様に助けようとしなくては成りませんね。これで、もし、その人だけしか、助ける気が無いなら、それは、単なる優しさではなく、その人に確実に愛情の有る証拠でも有るのです。もう、あなたのいるスペースは無いかもしれません。 もし、例えば、結婚後に浮気・不倫されて、あなたが出て行くような別居が有っても、離婚・別離の話が出せない場合、自分で切り出せない場合、その中途半端な気持ちが見抜かれてるがゆえに、相手はその浮気を止められないときも有るのです。別の女性と付き合っても、最終的な責任を取らされることが無いと分かれば、あとは自分の都合だけしかなくて、その関係を止めようとする訳が無いじゃないですか。
さらに例えば、付き合い出しなどで、二股にされてることが分ってる・自分が浮気相手としかなっていないなら、自分の態度をはっきりさせないのは、自分の価値だけを下げて最悪。はっきりさせないのは、浮気相手・愛人になったことを認めてることと同じ。 一発逆転を狙うなら、■前述の、自分の気持ちを分かってもらう方法(2つ)の通り、相手を怒(いか)るのではなく、優しく叱(しか)るように諭(さと)すように、「いつまでも待ってるから、はっきり別れたら、また誘ってね。」などと、期待を相手に残しつつ、自分が上の立場になれるように、優しく明るく言い切ることです。これで、相手が本気なら本当に別れて本命にしてくれるでしょうし。 一番やってはいけないのは、自分の二股にされてる立場をもろに認めて、先に「好きだ」なんてと態度を見せてしまうことです。自分を安売りして、絶対良いことは有りません(自分を安く売るって、体を売ることじゃなくて、低い価値(二股の片割・愛人・浮気相手=唯一無二の存在ではないこと)に見られてるときに、先に告白してしまうことですよ)。
それらでだめなら・・・・。 ■決断しなくちゃいけないときも有る。場合によっては、自分もカウンセリングを受けるなりしてみた方が良いでしょう。 口だけなら、簡単に言えます。関係の無い人にだって言えます。 ”お前も愛してるんだよ” あなたに対しての、性欲以外の行動、マナー・行儀などのプログラム以外の行動を、良く見て考えてみましょう。当たり前ですが、こういうトラブルでの接し方の方が、本当は本心が出易いのです。
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要するに、何も見抜けない−心を感じ取れてなかったのかもと。 別れる側にすれば、相手に自分を良く思わせておいたままで、相手からの関係をしっかり断たないと、ずるずるといつまでも後を引くことになり、逆にストーカーに追いかけられるようなことになり得ます(真面目な恋愛ならね。相手は、一緒の死を考えるかも知れません)。友達関係を残したいというのは、相手にとっては、目の前にチャンスをぶら下げっぱなしにしておくのと同じことでしょう。感情的な人ほど、付き合ってるときの思い出が、執着をさせてしまいます。 とにかく、恋愛の初めの告白には熱中するくせに、別れを学ぼうとしないのは間違いです。 受ける側で言えば、ここで、区切りを付けなくてはいけない所で、区切りをしっかり付けられないから、何ヵ月も何年も、相手を考えてる時間の分、傷が、大きく深くなってしまうのですよ。 別れを告げるのに、良い別れ方は存在しません。だから、良い人でいたいなら、分かれるな!って言うんです。 これ、告白を断わる場合も同じです。自分は友達で、本当に居たいのかも知れませんが、そういう時でも、良い子になろうとしては駄目なんです。付き合えないなら期待を持たせる事の方が、後々、大きく傷つきます。 相手の人は、愛情のやり取りを期待し、恋人の関係しか求めていないのです。それに答えられない、あなたの優しさは、新しいチャンスに目を向けさせて上げる事なのです。 告白されそうになる前に、また、呼び出しがかかったら、そのときに友達としか考えられない事を、しっかり伝えるべきです(これを、言われた人は、■ここの友達関係に付いて良く読んで下さいね。前向きに未来にこだわりましょう)。 必ず、自分が最後の優しさで悪人になって上げて、きっぱり関係を絶つことが必要です。 「別れましょう。」とかじゃなくて、電話・メールで会わずに「大嫌いになった。会いたくもない。顔も見たくない。」と言う主旨をしっかり伝えましょう。理由をしっかり伝えましょう。泣き叫ぼうが、無視して上げて下さい。逆上気質・プッツン気質・ヒステリックの人には、別れ際は会わない方が良いです。「最後にもう一度会いたい」とか呼び出されても、絶対に認めないこと。 会わないことも優しさですよ。
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お得意の問いかけで、追い討ちをかけると、例えば、 「あなたにとって、一番大切なものを、3つだけ、あげて下さい。」
何が出てきましたか? その中に過去に付き合った人・別れた人が入ってますか? 場合によっては、恋愛の話をした直後にも関わらず、今の好きな人も入ってないんじゃないかと思います。 例を挙げれば、先ず”自分”、”お金”、”親友”、”両親・家族”、とういような、これくらいが平均的でしょう。 どれもが、大切であるというよりも、場合によっては、自分にとって必要性(=足りてないこと・頼ること)・利益性の高いものとも取れる場合も有るでしょう。殆どの人の場合、今有る物質・存在としてこだわり、感情や情緒的なものは、このランキングには、なかなか入ってきません。
<逆に3つとも、”心”、”思い出”、”経験”などで、情緒的に揃ってしまうと、 「過去へとてもこだわり易い」気質です。 とても豊かな感性を持ってるのですから、前へ進む努力も忘れないように。>
「あなたは、直下型の大地震に遭遇してしまいました。失ってしまったものを3つあげて下さい。」 でも良いです。どうなったでしょうか。
こちらの方がより物質的に偏り、”思い出の写真”なんて、本当に体験でもしてなければ、なかなか重要性は分からないでしょう。 ここで言う、”失ったもの”は、”失ったら困る”必要性を顕在化させたもの=大切なものとなります。 ここでは、さらにその降りかかってきた災難に対する自分の柔軟性も表します。 ちょっと頑張れば、いくらでも直ぐに手に入るもので、かつ、生活に関わるようなもの−例えば”お金”など−を、第一位に上げるとき、”もう頑張れないであろう自分”を内在させていて、災難やトラブルに非常に弱い自分を表します(普段から”金、金、お金が大事。”なんて本当に考えてる人も、危ない。倒産やリストラで、無気力状態〜鬱に簡単に陥り易い)。 命に関わるのもちょっと問題。想定されてる死のハードルが低いとき、自分や他人を傷付け易い性格でも有るでしょう。 逆に”家”などは、平均的でも有りますが、家の壊れた所をイメージ出来てる点で、自分は災難を受け入れ乗り越え、生き延びられる前提が無意識に有り、(家は壊れちゃっても自分は)平気で柔軟性が有ることを対称的に表しています。
そう、つまり、人間というのはそのくらい利己的なもの。 相手を思ってるようで、本当は自分のためでしかないことも多いものです。 ”別れた人・別れる人の心”が大切だなんて、本当は思ってもいないのです。 大切に思うこと(愛すること)と、必要に思うこと(頼ろうとすること)も、本当は違うのです。
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元へ続けて、いまさら”寝た子は起こさない”的な発想は、もう現状では通用してないようです。中学にでも行って、彼氏が出来れば、限りなく性交の可能性は高まったと言えるんではないでしょうか。ですから娘さんがいらっしゃれば、性教育は大切ですよ。「お父さんとお母さんは、おまえ達を創るときにだけエッチしたんだよ。」なんて言っても通用しませんよ。クラスで変に知ってる子が一人でもいれば、嘘だと言うのは簡単に見破られます。 下手をしたら子供たちの間で親のコンドーム捜しが流行したりします。 「うちの親も普段からSEXしてるんだ!」なんてびっくり・がっかりされないように、普段から、思春期前の教育が大切なのです。性に対して先入観を持たない内が肝腎です。人から間違った知識・考えを植え付けられないよう(先生でも「男は浮気しても本能で、女は妊娠するから結婚するまでしたら駄目。」とか、訳の分からないことを言う人もいるのです(実話)。 また、学校の体育の先生によっては、月経(げっけい−月一回の排卵で、股間から・女性器から・膣口から・膣を通って子宮から、男性とのセックスによって体内に射精される精子が卵管に無くて、卵子が受精しないで着床・妊娠しなかった場合、成長した子宮内膜を経血の形で、卵子と共に体外に排出する事。生理。)学校の体育の先生によっては、月経中であってもプールを見学することを絶対許さないところも有ります(実話)。確かに、嘘を付いて見学する女の子にも問題は有りますが、だからと言って、無理矢理、「生理用品をタンポンにしろ。」だとか、経血が水着の股間部から、茶色く、染み出てくると、男子生徒の前でも、「バケツでプールの水を汲んで、バサバサと腰に目掛けてかける。」なんていうのも、思春期の女の子の心に、どんな傷を残しかねない、危険な行為と言えるでしょう。はっきり言って人権侵害です。 こんな学校には、お嬢さんを通わせてはいけません。日頃の近所付き合いで、こういった情報を集めておくべきです。
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神奈川県教育委員会は2002年8月22日、保健体育の授業中に女子生徒3人をTシャツと短パンで泳がせた同県藤沢市内の県立高校の男性教諭(52)を、同日付で停職6カ月の懲戒処分にしたと発表した。女生徒は下着を着けていなかったという。
解説:こんなの、ちょっと考えれば、分かりそうですけどね。いくら筋が通ってることでも、これじゃ、単なるスケベオヤジですよ。良い先生と言えども、完全では無いのです。
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自分の生理を他人に知られる・見られることが、どんなことか先生が全然理解できていないのです(それとも先生が、S:サドで、使用済ナプキンでも見たいのでしょうか?)。そこまでしていて、ここで言ってるような、こういうメンタルな’性’に関しては、超・及び腰(およびごし)になってる先生方が殆どです。ですから、)人(先生も他人なのですよ)から間違った知識・考えを植え付けられないよう、恥かしがらない内に、少しずつでも分かるレベルで、教えて上げなければならないのです。親身なら。 それが、幸せになれることなんです。聞かれた事に、正直に本当の事を教えるべきだと思いますよ。自然に、さらっと話せば、お互い恥かしいことも無いでしょう。 この一瞬・思春期前で理解できる時を逃したら、他の人の責任で自分の子供が間違った方向に進んでしまう可能性も有るのです。 性教育もただ単に性交すれば子供が出来る、性病が怖い、生理がある、勃起する、射精する、だけでは、多分駄目でしょう。 女の子であれば、最終的には、初潮・初めての生理が有れば・有る頃までには、しっかり、お互いの性衝動やその目的、方法、繁殖・生殖だけでなく快楽的なお互いの愛情確認も有ることを伝えるべきだと思います。それが有ってこそ、お互いを大切に出来るようになるのではないでしょうか。何も知らずに、免疫を身に付けて上げないから、簡単な付き合いで、相手の男の子の性欲に任せて、妊娠したりすることも有るのです。 たった、一言の”(コンドーム、スキン)着けてね・使ってね”が言えないばっかりに。 結婚するまで処女でいて欲しいなんて、もう絶対通用しませんよ。普通は。
先ほどの小学生の例では、快楽など分かるはず有りません。当たり前ですね。また、決して学生の性行為を認めるものでは、有りません(妊娠すると経済的負担・命の危険があるので。古いかな?)。避妊などの徹底は、もっとしっかり行うべきだと考えますが、 だからといって、快楽を最初から否定してしまうのは、その後の心の成長・対人関係にも影響が出るのではないでしょうか。みんなが一人でしてることを、大人ももっと認めて上げても良いと思います。女性だからと言って、間違っても”いけないこと”と、教えてはならないでしょう。 一人でしてるからといって、自分の清純さが無くなる・欠けるなんてことも、全くナンセンスですね。 昔と違って今では、自分で触ることが、とても大切なことであるのは、間違いの無いことです。 ■KAOロリエ・女性の身体の?はここ
一人で覚えてしまう場合、小学生の頃なら、特に暑い時期、ストレッチ素材のショートパンツなどでは余計に、少しゆるいぬれてる水着も、股間の周りが蒸れて、まだ発毛をしてない割れ目に、生地(きじ)がぺったりしょっちゅう食い込んで、一番感じる部分なので不快に思い(思い当たる人も多いのでは。やせてる子ほど、性器周りに肉付きが無いので、食い込みやすいんですよ。)、その食い込んだ生地を、太ももの横、脇(わき)から引っ張って直すたびに、股間に触れることが癖になって、偶然感じる部分に触ってしまったり、食い込んだ生地を動かしてこすってる内に、割れ目の上の部分に有る■陰核(いんかく)がとても気持ち良いことに気が付いて、そのまま陰核の部分を指でくるくる回してる内に、自慰行為を覚えてしまうことも有るようです。実際に聞いた中でも、これに近い物が多いです。小学生以下でも、ごく自然に自慰行為の経験が認められるのですから、決してマスターベーション自体が完全にアダルトなことでもないのです。人間なら誰でも有り得る、普通なことなのです。 また、特に興味の出てくる年頃に、色々有るのは当たり前ですね。もう少し積極的に自慰行為に到ってしまうことも多くなります。 中学生・高校生のころの思春期前後にお風呂に入って洗ってるとき、陰毛が生えてきた頃に気になって、 興味が出てきて性器に、シャワー(ウォシュレット)を当てたり、石鹸・ボディーソープの泡を付けて直接触ってみて、気持ちが良いこと・気持ちがいいこと・感じることに気が付いて、触り続けたり、 お風呂の浴槽の縁を跨(また)いで腰掛けたりして、手を使わずに、自分で前かがみに腰を前後に押し付けながら動かして、割れ目を擦るように刺激するようになったり、 交際相手が出来たり、欲しいと思って、自分の身体が気になったとき、あれこれ思って、鏡の前でキスの顔をしたり(キスはセックスの最初のステップでしょ?)、自分で体を触ってシュミレーション(実験・試)したり、彼とのエッチの後で思い出しつつ触ってみたり、 毎日いつも毎回するようになったからといって、「自分は病気じゃないか?」なんて考えないで下さい。 それは、みんなもしてるし全く正常なことです。ただ、誰もが、恥かしいので隠してるだけなのです。 性器回りを洗ってるときに、「ん、これかな?」って思うときが有ることが、全然当たり前なのです。海にでも行けば、小陰唇などに砂が入り込んでるのを、黴菌が入らない様に、綺麗に洗い落とすでしょう? まさか、お風呂でも洗わない人はいませんよね。おしっこの時に念入りに拭き過ぎると、覚えてしまう事も有るでしょう。生理の前後のときなどは、かぶれたりしないように、特に気を使ってるのではないでしょうか。陰毛が剛毛なら余計にでしょう。
暑い季節、海・海水浴に行かれる人も多いと思いますが、はっきり言って、港湾付近や河川の河口付近の海水浴場だったり、イモを洗うような土日の湘南海岸のような多くの人出の所で遊べば、 前者なら、雨上がりには1000倍の濃度になる、大量の大腸菌で汚染された、未処理の下水・水洗トイレの排水や、また後者なら、出かける前に・海に入る前に、トイレに行った後のお尻・肛門の大腸菌で大量に汚染されているのは言うまでも有りません。 SARSウイルスのように汚水でも生きられるような、キメラウイルス(人工兵器)みたいものの攻撃を仕掛けるなら、大雨明けの、晴天真夏の休日の海岸が、証拠が残らずに感染源を特定されにくいので、もってこいに成るくらいですよ。 まあ、それ(テロリズム)は、大袈裟にしても、大腸菌などの話は事実です。女にしても男にしても、濡れるはずの股間は、粘膜の弱い部分を必ず持ってるからです。だから、海やプールの後は、粘膜(男性は亀頭(きとう)・女性は小陰唇内(しょういんしん・ない))を良く洗った方が良いのです。■性器断面図・解剖図はここ 外陰部(がいいんぶ−外性器。ただし、膣内(ちつ・ない)には殺菌効果のある有用な細菌(デーデルライン桿菌(かんきん))が居るので、膣の奥までをビデや石けんで洗うようなことは、逆にしない方が良いです。この菌は、性的興奮すると出てくる、子宮・膣などからの自分の分泌液で繁殖・増殖を繰り返します。これを考えると、奥までも洗浄しなくてはならないような浜辺でのセックスは最悪ですよ。) ■デーデルライン桿菌を増やして、自ら洗浄能力を高め、感染症を防ぎ易くする方法(完全には防げない)はここ 外陰部(小陰唇などの間に溜まる白い垢(あか)など−垢はまだ良くて、婦人科検診に、丸まった紙切れや繊維かすを付けてくる人も居るくらい。もちろん、膣内部にも垢・細菌は有るけど、それは、膣の分泌液や引き締めで自浄させるのが良いです。ビデなどで奥まで洗うのは、上記の通り良くない。)外陰部を普段から清潔にしないで洗わなければ、雑菌による感染症で不妊(ふにん)や膀胱炎(ぼうこうえん−大腸菌(だいちょうきん−肛門(こうもん)・お尻の穴からの菌類。原因は自分自身も、持っているのです!)などによって炎症(えんしょう−筋肉・各組織、細胞を壊(こわ)れること)が起こり、筋力を弱めて、お漏らし(おもらし)・失禁・尿漏れ体質に近付いてしまいますよ。)や、子宮癌(しきゅうがん)などの病気になってしまいますよ。汚ギャルを自慢してるような人は、要注意です。若くしてこうなる(お漏らし・失禁・尿漏れなどになる)には、自分の日頃の行いが影響してることは、大きいです。■失禁・尿漏れ防止体操はここ 生理用品の話に戻せば、タンポンを使用しなくてはならないようなスポーツウーマンなら、多分間違いなく、生理前に一度はその自分の性器の構造を確認してるでしょうし、インサートするたびに、少なくとも間接的には、触ってることになるでしょう。前もって入れる練習をした人・試してみた人だって、結構居るはず。逆に、いきなり使わない方が良いこともあるでしょう。どうしても、合わない人も居るでしょうし、汚れてるときに、いきなり使うには、心の準備も要るものです。 みんな結局、多かれ少なかれ、そういう気持ち(気持ち良い所にヒットしてしまうこと)は味わってるのです。ですから、それを続けることが有ったとしても絶対に無いこととは言い切れないのですよ。誰もが隠してるだけで、誰でもしてることなのかもしれないのです。
おしゃべりに夢中になってるとき・座ってるとき・立ってるとき・横向きに寝てるとき・歌ってるときなどに、a○○oさんみたいに自分の太腿の間に手を挟んだり、利き手を股間に置く場合が多い子は、基本的・本能的にマスターベーションへの経験度・興味度が高い(快感を受け入れやすい)女性と言えます。本人が否定していても、思春期の初めの頃は、寝てる間に無意識に自分の性器を触ってしまって、または、「大好きな彼にキスされて、胸やアソコを揉まれる」と言うようなエッチな夢を見て、朝に気が付くとパンティが濡れてることも(乾いてがびがびになってるときも)よく有ります(下り物より量が多いです)。新陳代謝が活発な時期なら膣分泌液(下り物ではない)も多いのが自然でもあります。特に、結構な割合の人が居ると言う、朝になると全裸になってるような器用な人ならなお更です。他に、トイレに行く度に鏡をじっくり覗いてるようなナルシストタイプも、自分自身で気持ち良くなりたいという、自慰気質と言えます(詳しくは、先をお読み下さい)。 また、パンティストッキングは人に見られることを前提にされてる、太もものスカートの裾だけが境目の、実は下着です。このパンティストッキングも性的気質を良く表し易いものです。例えば、足全体に有る柄物やレーシーなもの、カラーストッキングを好んで穿ける女の子は、さらに下着もそれに合わせるように派手目で、人に見られる下着であるパンストで、オシャレに気を使うことが、人に中まで見られたい欲求を強く隠し持っているのです。つまり、エッチもナルシスチックに大胆で、自分から進んでコスプレをしたりなど、性的快感・性欲に貪欲なことが多いです。あなたがもし男性で、女の子をナンパしたいなら、内面に一番近い表現に成ってるはずの下着の一つ、パンティストッキングのデザイン・派手さで選べば、彼女達自身の注目を集めたい欲求に合致して、比較的簡単に話が出来るようになるでしょう。 柄物派手派手ストッキングの女の子は一人エッチが大好きなことが多いです(人とは違う部分にファッションをこることも、セクシュアリティをアップすることに直結するから、このこと自体が精神的オナニーのことでもあるのです)。 でも、とにかく、女性でも以外に、試験勉強中などにイライラして、座りながら「いつも気が付かないうちに、勝手に左手で自分の性器を揉んでしまっていたり、シャーペンの後ろでパンツの上から割れ目を擦って気持ちが良くて、そのまま習慣的に自慰してしまっていた。」ということも、多く有ります。 これらは、どれも、顔つき・お化粧や服装では分かりませんよ。真面目そう、清純そうなあの子でも、誰でも可能性が有ることなのです。
ベテラン女優のI・Eりさんは、はっきり(過去の出演映画のオナニーシーンを見ながら)「そ(こ)のときまでは、まだしてなかったんです(現在はオナニーしてる)。」とテレビ(山城さん伸介さんの番組)で公言してしまって、顔が真っ赤になってしまったことも有るくらいで、 また、背の小さいキュートなダイナミックバディーのグラビア・アイドル(2002.1現在)のさん(売れるためには、何でもするタイプ)も、間接的表現ながら自分でオナニー(この言葉は、はっきりと言っていました)をしてることをテレビで焦って言ってしまいました(別なところで、I島
I(A)さんがK・Hさんのこのことをチクっていました。また、この一年後の別の番組では、アイドルを目指すために、自分で胸をもんで大きくしようとしていたことを、自身でお話されています。つまり、自分の体に触れること・じっくり見てることに、全く嫌悪感(けんお・かん)は無いと言うことになり、前述の「オナニー」発言の元になった心理テストの結果を追認して、自分で証明してることにもなるでしょう。実際に、彼女の胸が体型に比べてかなり大きいのは、こういう性的に快感を受けていたベース、または、快感を得られ易いベース・(人に見せるため・見られるためにも必要なことでもある)少しエッチなところ・エッチな事に対しての許容量(きょようりょう)包容量(ほうようりょう)などが、有ってこそでも有るのです。毎日のように自分で見て触(さわ)って揉(も)んでいれば、やはり、自慰をそのまま行ってしまっていても、何ら不思議はないし、大部分の女の子も行っている、本当にごく普通のことでも有るでしょう。少なくとも、大きく色も形も成長して変わってくる、乳首には見て触れて、その感じ易さに気が付いて、自分で少しはしてしまったことは簡単に想像できるでしょう)。 また、セクシー系アイドルのインリンちゃんなんかみたいに、人前で触ってる風に写真を撮られたり、見られることが平気で出来るなら、実際に触ってみて、気持ち良くなったことが無い、と言う方が信じにくいし、実際、有り得ないでしょう。そこまでしてれば、してるって。TVでも”エッチはきもちいいかなぁ”なんて言って除けています。自分で何度かしてるから、見せられるギリギリが分かるし、いきなり人前で感じる部分に当たってしまっても困るし、やった事が無い人が、こんな格好を人前でする方が、辛いことでも有るでしょう。彼女に近い人の話しでは、バイブやローターを持っていて使ってると思われることに、なんの否定もしなかったそうです。さらに顔つきでは、告白こそは出来なかったようですが、使ってることは無くはなさそうな顔をしていたそうです。少なくとも持っていれば、大切な所に当ててみたくなるのは全く自然でしょう。最も、二十歳を大きく越えて、セックスのセの字を知らない方が希なことでも有るでしょうけど。 言葉やその内容を知っていれば、「どんな感じになるんだろう」「どのくらい気持ち良いのだろう」と思って、自分で想像して、触ってみることの方が、好奇心の強い人類にとっては当たり前でこそ、有り得ないことや不思議なことでは全く無いでしょう。タバコをお吸いになられる方は、一番始めを思い出して下さい。男女共に好奇心(こうきしん)からだったでしょう。吸ってもいないのに欲しいとは思わないのですから。人間は未知の感覚に対しては、物凄い好奇心を持ちます。その延長に覚醒剤・幻覚キノコなどの薬物使用者がいると言えるでしょう。 益して、全く個人的なことで、人に全く迷惑がかからないし、体にも全然悪くないなら、自慰行為は、麻薬・タバコなどから比べれば、うんと、チャレンジし易いと言えるでしょう。”乳首こりこり”が全然嫌いじゃない、と、TV放送で言いつつ、仲居さんの前では、服の上から自分で乳首を摘(つま)んで、こりこり乳首を起(た)たせて見せることが出来る、タレントの篠原R子さんのようであれば、乳首だけしか試さないことの方が無理が有るでしょう。その自分の体に触れて、快感を積極的に求めようとする気持ちが、「自分でするのは、どのくらい気持ち良いのだろう」と、ほぼクリトリスも当たらせてみたのでは。触ってるのでは。 特に芸能人では、Y野Sかさんなどのように、意外なアイドル系でも「私はソフトMなんです〜。」とか、番組で公言してしまう人も結構多いでしょう。テレビなどの発言に注意して聞いて見て下さい。M(マゾ:いじめられたい感覚保有者)なら当たり前で、公言することで、人から見られてるときのような感覚を得て、更に自分でするときの快感を本能的に強めようとしているだけなのです。でもこれは、女性なら誰でも多かれ少なかれ潜在的に持ってる感覚であり、テレビやラジオやインターネット上などでも性的な話題を大勢の人に進んで提供しようとする人にも顕著に表れていて
^^; 、自分をどこかで辱(はずかし)めたいと言う欲求でも有り、痛いくらいに、きつく抱きしめられたいと思うことの延長に存在してる感覚の一つなのです。
悪い例を言えば、相談番組でのプライベートな相談・性的告白なんて、嫌なら出演自体を辞める事だって出来るでしょう。本当に困ってるなら、芸能人相手に相談するよりも、カウンセラーや弁護士・精神科など専門家にかかった方が良いに決まっています。益して、インターネットで一般人で、どこの誰か分からないのに、色々打ち明けるのは、ちょっと、まともな感覚では、無いかもしれません。 確かに、やぶ医者みたいのは居るかもしれませんが、それでも、経験や学や知識の無い一般人よりは、良いでしょう(例えば、あなたは、風邪とインフレンザと肺炎と結核とオーム病の違いが直ぐ分かりますか?)。 それを押してまで話たいという事が、もうM(マゾヒスト)の感覚なのです。 つまり、実生活上も事態の悪い方向へと自分で進んで選択して差し向けて、自分で傷付けて、みんなに見て聞いてもらいたい、注目されたいと思うことも深層心理で多くなります。これに自分で気付かないと、こういう性癖の強い人は、安定性を本能的に嫌ってしまうので、もう、幸せを手に入れ難いでしょう。 例えば、最近(2002.3)の「キスイヤ」という番組に有りましたが、彼氏が事ある毎に「別れる」「うるせぇ」と言って、自分を1・2年もいじめてるので、「もう別れる」「うざい」と番組に一人で出て宣言していた娘がいましたが、嫌で別れたいなら一人で別れれば良いでしょう。何もテレビに出る必要は有りませんね。 もう、この段階で、M(マゾヒスト)として彼氏に負けていて、彼女の本心は、それでも彼氏を求めている部分が有るのです。悲惨な自分が好きになっているのです。 「そんな何年も、良く付き合えるなぁ。」って、思うのが一般の感覚でしょう? 予想通り、収録後の展開で、彼氏が反省の色を少し見せて、1ヵ月だけ、縒りを戻して付き合うことに成ってしまったようです。結局は、いじめられることから自分で抜けられることが出来ないのです。 こういう、いじめられる環境が、こんなに長くガマン出来る人は、自分の選択に注意して下さい。一生そうなってしまいますよ。考え方は、意識しなければ変えられないのですから。
また、自ら進んで悪い選択をするような人の、ファッション的な特徴が有ります。 それは、ピアスです。両耳に一つ二つずつを開けてるくらいなら、”ファッション”と言われても、まだ、納得できるし、大丈夫ですが、これが、片耳に複数開けてしまうような人、また、まぶたや舌、口、鼻、首、乳首、おへそ、性器に開けられてしまうような人の場合は、危険度が上がります。これが、人に見られないような所ほど、内面的に自分自身に向かって、悪性の状況になってるはずです。どんどん穴を開けたがります。 また、見える場所でも十数個以上に開けてしまうような場合は、それで、注目を浴びたいと思うような、感性を持ってるのですから、大勢の人との・大勢の人前で、性行為・乱れるようなセックスまでを許してしまうようなタイプでもあります。 要するに、それだけ普通の感覚からは、かけ離れて行く人達なのです。そんなことでしか、目立てない−自分を表現できない人達
(ファッションだけがしたい人なら、ここは読まれないでしょうから、それなりの所を目指す人へ)ファッションリーダーに成りたいと言っても、してる事は、雑誌か誰かのコピーだったり、おそらく服も自分で作ってもいないでしょう。実際のリーダーたちで、こういう目茶してる人が余り居ないのも現実です。こういう業界でも、ビジネスにはビジネスの行儀作法と格好でなければ、契約が成立し難いです。 ”見た目で判断するな”と言うのは、そのままでは到底成し得ません。トップになればなるほど、そういう力にも従う必要が実は有るものです。■人と違う事をするなら、余計に余分に、叩(たた)かれる事に堪(た)えなければなりません。違うことをする、自らへの責任が、必ず付いて来るのです。 また、ファッションを目指すなら、高校生にも成れば自分で服の一つも作れてないと、言ってる事が矛盾もします。専門学校では遅いのかも。服を作れないデザイナーは、言わば、料理の出来ないシェフと同じなのです。 突っ張りたいなら、自分に一本筋を通すべきです。
自分を表現できない人達なのです(開けるのは自由ですが、自分で開けるのは薦めません。危険な場所も多いからです。 例えば、首の後ろは、頚椎(けいつい)の間から、大元の太い神経が出ていますが、それを傷付ければ、半身麻痺(はんしん・まひ)にも成り得ます。太い神経が通ってるのは、頬(ほほ)も同じで、顔面麻痺(顔面が片方だけ、だらっと垂れて、一生治りません。)に成り得ます(顔面を強打した場合も同じですが。マンガなどでは、簡単に殴(なぐ)り合いを描いてますが、打ち所が悪ければ、ボクシングの選手でさえも、一発でも、顔面麻痺や、網膜剥離(もうまくはくり)などで目が見えなくなったり、硬膜下(こうまくか)出血などの脳出血で死んでしまう場合も有るのですよ。たった一発でもですよ。)。さらに、鼻の頭には、葡萄球菌(ぶどう・きゅうきん)が繁殖してるために、免疫が弱い人にとっては、化膿(かのう)し易く、場合によってはその菌類が神経を伝って、眼球や脳にも到達する可能性まで有ります。化膿し易いのは、性器も同じです。また、乳首の場合、乳腺が菌やウイルスに感染する(直ぐに発病しなくとも、ヘルペスなど、神経系や極一部の組織に忍び込み、ひそむ病原体は、一生無くならずに、体力が衰えてくる・歳を取るのを待って、発病してきます。帯状疱疹や結核がそう。その傷が元に癌化(がんか)というのも有り得ます。)と、後々、乳がんの可能性を高めるでしょう。乳首に穴が開けば、赤ちゃんへの授乳はもちろんきついですよ(考えてないだろうけどね))。 こう言う人は、自分に穴を開けることに、少なからず(性的に繋がる)快感を感じてる人が多いはずです。これが、ズバリ、SM(サドマゾ)のマゾの人・自虐的(じぎゃくてき)性癖(せいへき)を持つ人です。 例えば、元ドリカムの西川さんは、まぶたなどにピアスをしていましたが、その後の、事故以降のストイックな彼の生き方を見て、また、2002年10月18日現在、覚醒剤使用で逮捕されてしまっていますが、これが、典型的な例と言えるでしょう。ファンの方なら思うであろう、「何でグループを抜ける必要が有るのか?」という疑問そのものです。 つまり、ピアスをあちこちに開けたいと思う心は、自分自身を傷つけたいと思うことに、全く同意でも有るのです。別に、変なツボを刺激したからでは、全く無くて、心の、自分が満たされてないという問題でも有るのです。 それは、過度な期待の裏返し=それに答えられない意思表示=ドロップアウト宣言、でも有るでしょう。
でも、こういった性癖の多くの深層心理は、精神や理性で抑圧され捻じ曲げられた、動物的で性的な欲求が元で発祥することが多いです。素直に性的成長を自分で受け入れて、自慰行為などで絶頂感・快感を受け入れられれば、間違った方向に進むことも少なくなります。 基本的に動物には、食欲、睡眠欲、性欲の3つの欲望しか存在しません。これらのどれか一つを取ってしまっても、生物として成り得ないのですが、人間の場合、食欲と睡眠欲は生活リズムとして意識的にでも制御できるのに対して、性欲は深層心理の奥深くに隠蔽(いんぺい)されてしまいがちです。猫で言えば「にゃ〜〜〜〜〜〜おん」「みゃ〜〜〜〜〜〜おん」と言うような生理の排卵周期に合わせて、発情期(排卵周期毎の男性ホルモンの増加による性欲)が訪れるのを理性によって無視するからなのです。本来は、その発情期を理性が認識できて初めて、正常に感情を押さえる事が可能になるのです。 生理の前後に来るイライラは、発情期と理性の矛盾がさせているのです。 つまり、性欲を知ってこそ、感情をコントロールできるのです。 好きな人が誰かに盗られたときに感じるジェラシー・嫉妬(しっと)などが、表面上に出てきた場合の理性的に認識できる感覚です。それが、表面に現れずに自分で認識できない状態になると(拒食症・不眠症・精神的性的不能などに出所が捻じ曲げられ)、理性と本能の間で(食べたいのに食べられない・したいのに出来ないと言うような)矛盾を生んで、精神的に不安定(イライラなど)になって、自分で自分を傷付けるような異常的な行動、性癖が発祥してしまうのです。 言い換えれば、性的成長を自分で素直に受け入れて、大人に成れた人のみが、自分の感情を制御抑制でき、純粋な自己表現・感情表現ができ、愛される人になれるのです。 間違って進んでしまわないように覚えておいて欲しいです。元の自分を取り戻すにはとてつもない努力が必要になるのですから。 またその反面、好きな人に尽くしたいと思うことも、全く同様なM(マゾ)の一種です。 S(サド:いじめたい感覚保有者)でもM(マゾヒスト)の感覚が分かってこそ、性的興奮を得られるのです。知らないで、分からないでやることは、単なる「いじめ」と同じって言うことであって、性的快感に結び付くものでは無いです。
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確かに、実は、欲求は、大脳の進化の度合いのそれぞれの部分に応じて、その部分を元にする欲求に大別できます。また、そのより深い部分に有る欲求が、代謝・満たされなければ、その上の欲求はほぼ満たされません。 ただし、拒食症や過食症などの場合、上位に有るはずの(親の)愛情に関しての、感情の問題が解決されることにより、より深い部分の、欲求が満たされることが出来るようになることは有ります(満腹感が理性寄りに存在するのもある)。
- 大まかに言えば、大脳の一番深くに、一番根源的な部分に有るのが、生理的欲求、つまり、食欲(排泄(はいせつ)欲)、睡眠欲、性欲です。動物にも共通に有る欲求ですね。殆どが無意識です。
- さらに、その上位に中間に有るのが、愛情などにも関係する、無意識、有意識の、感情の欲求です。
- そして、最上位に有るのが、大脳新皮質に有る、理性や金銭など、物理的、有意識な欲求に大別できます。
自分の心に問題が有る、と言えそうな場合、この心のレベルを意識しつつ、上位から深い部分に下がっていくと、その根本原因に突き当たることが出来る場合が多いです。<もちろん、この方法が全てでは有りません。>
- マズローの欲求段階説では、これらを、5段階で説明しています。
- 生理的欲求−主に生理現象に関する欲求。生きる上での基本的な欲求。これは、上の説と全く同じですね。最下位の欲求です。根源的にある欲求です。繁殖(はんしょく)欲求が生物の定義に有るのを考えると、シングルマザーも分かり得なくもないでしょう。
女性を意識して生きていくなら、子供を産みたい欲求の有ることから、目をそらすべきでは有りませんよ。夢にまで出てくるくらい、女性にとって重要なことです。 この肝腎な部分を掛(か)け違うと、上位の欲求が成り立たなくなるからです。
- 安全欲求−自分の生命に関係するような、危険回避をするための欲求。感情と生理の中間に有り、「殺されたくない」は、もちろん、さらに「叱られたくない」「いじめられたくない」なども入ります。生存欲ですね。自分の居場所を求める事で、感情的欲求にも密接です。
- 感情的欲求−人・友人と仲良くして、笑い合ったり、泣き合ったり、愚痴(ぐち)をこぼし合ったり、一緒(いっしょ)に幸せを感じたい、という欲求です。「社会に出て、人の役に立ちたい(これがミソで、何かをやって上げるには、依頼(いらい)されたり、’やらせていただく’という感覚が必要なのです!)」「上手く仕事が出来るように、人付き合いがしたい」などや、「彼氏彼女を得たい」というのもこの欲求です。いわゆる、人の心への依存(いぞん)欲求ですよ。
重要なことですが、一人きり・孤独な人は、泣き笑いも無いものです(だから、一人きりの老後は、悲惨になるのです。身内と話だけでもしたいと思う(介護の大切さもここに有る)のです)。 もやもやと”何かもの足りない”と思うのもここですね。 もやもやするのは、当たり前。物欲ではなくて、生命に関わるような、もっと概念的(がいねんてき)・動物的なこと、このレベル以下の無意識の階層の欲求だからなのです。 余りにも、社会的な見栄=本当の自分に無い価値観と、それを作り上げようとする情報によって、頭でっかちになってしまった結果(上の階層の欲求に執着(しゅうちゃく)した結果)、下位の階層の欲求に蓋(ふた)をして、見ないふり、気が付かないふりをしてしまってるから、もやもや燻(くすぶ)ってしまうのです。 ■<これに、気が付けない人は、こうなることも有ります。(バストアップ項へ移動)> それは、意外に、自分が物質的に得るものではなくて、ボランティアなどをやらせてもらうことで自分が人様に尽(つく)すことにより、存在意義・自己認識みたいなものが出てきて、逆に満たされることも有るでしょう。 ”辛いときこそ、人の役に立ちなさい。”と言われるのは、あながち間違いでは有りませんよ。
- 承認欲求−簡単に言ってしまえば、名誉(めいよ)欲です。「大切な人に誉(ほ)められたい」(誉められるか誉められないかは、良い自分と悪い自分の対比で行なわれていて、その目標が互いに共有され存在してる。=自分が誉められることは、他人より秀(ひい)でていることが前提に有る。)「認められたい」「偉くなりたい」「賞が欲しい」「昇進したい」「世話をやきたい(
≠ 役に立ちたい(感情的欲求)。このニュアンスの違いが分かるかな。世話をやく(承認欲求
∋ 名誉欲)、というのは、上の立場で行うこと。例えば、お見合いのお世話など。役に立ちたいというのは、対等になれるかということなのです。こちらは、ボランティアなどです。)」「金持ちになりたい」「美男美女の彼氏彼女を連れて歩きたい」「きれいになりたい」(きれい、美しい、などは、他人との比較で成り立っている)などですが、この名誉欲自体が、この前に有るはずの、人付き合いに関しての、(役に立ちたいなどの)感情的欲求を元にしてることが、分かり易いでしょう。こちらは、対人的な優越(ゆうえつ)欲・自己顕示(じこ・けんじ)欲です。
この下の階層に有る、感情的欲求との順序が逆に思えてる人は、不幸なルーティンに陥(おちい)り易いです。友達も少なくなるときも有るでしょう。必要なものを逆に失うときも有るでしょう。 感情的欲求を満たせるような人でなければ、人に認められることは少ないものです。 たとえ、きれいだと言われていても、上っ面(つら)の言葉に聞こえる−物足りない−欲求が残されているなら、あなたが、より下の階層の、人間的に感情を満たし得ない状況に有ることを物語っている場合も有ることでしょう。
- 自己実現欲求−他人の価値観に囚(とら)われず、「自分自身の望むことをしたい」「自分自身の思う道に進みたい」という欲求です。すごく理性的で、哲学的な思い入れも、自分に必要になると分かるはずです。独立欲ですね。これが、最上位です。
最後からのこの2つが、前説で言う、大脳新皮質に有るとされています。
- どれも、前の段階の欲求が満たされてなければ、上の階層の欲求が満たされないことが分かるでしょう。例えば、多くの人に、経営哲学や商品に共感してもらえるからこそ、商売が成功して、お金持ちになれるのです。
仕事で使うなら、先ず、情、そして、お金(生活できる事)、さらに、地位名誉、となります。 豊臣秀吉らが、これらを使いこなしていたのは、有名ですね。
例えば、小説家や漫画家になろうとしてる人で、子供のときから自分一人の世界に閉じこもって、家族以外の人では話せる友人も全く居ないような、欲求をもやもやさせたままで、余りコミュニケーションをしてこなかった場合、ヒットして売れっ子に成れることは、まず無いでしょう。 なぜなら、人の気持ちを分かって言葉を交わすことが出来なければ(感情的欲求を満たせなければ)=目の前の人達に自分を受け入れられなければ=(泣き笑いのともなう、感情的な)共同作業が出来なければ、自立しようと自分を表現した所で=どんなに崇高(すうこう)な自分の世界を持とうとした所で(どんな大きな自己実現欲求が有ったとしても)、それを多くの人に受け入れられるのは、至難(しなん)の技(わざ)のはずです。 自分の作品が出来ない・人に受け入れられないと、もやもやするのも当たり前で、自分に、色んな人の生身の心を、直接、感じ取る機会が無ければ(心情を共有する経験が無ければ)、自分の世界が広がり、知らない人相手に、共有させることは、有り得ないでしょう。人との出会いに、何も感じられない人に、人を感じさせる事は出来ません。こういう人は、短気・かんしゃくを起こして(キレて)、さらに閉じこもる傾向に成りますが、本当は真逆で、多くの人との接点を、ゆったり構えて持つべきなのです(この自分の本当の欲求に従わないと無理ですが)。
女性作家でも、「あたしは、人に分かってもらおうとは、思わなかった。」とか、言い切る人もいますが、この矛盾に気が付きましたか? そう、それを公の場で言う事自体が、実は、自分の気持ちを分かってもらう事。本当に人に分かってもらう必要が無いなら、テレビにも出ないし、益して、自分の過去を話す事は、有り得ないでしょう。 自分を晒(さら)し、言葉を発する事が、人に分かってもらおうとする行為そのものなのです。 もう少し広げれば、作品を認めてもらうことだって同じ事。 夢中で考えもしなかったなら、そういう風に言えば良いのですから、こんな格好付けの言葉に、騙(だま)されてはいけません。 この人は、まだ自分の本音をしまっていますよ。 読み進めば分かりますが、1人も分かってもらえる人が居ない限り、人に受け入れられて、自分の著作物がヒットする事は、殆ど無いのです。自分のその立場が有るのは、多くの人に支えられてる御陰である事を忘れるべきじゃないのです。 例えば訳の分からない言葉をしゃべる人が、テレビに出て、人を引き付けられるでしょうか? 出演を依頼されるとき、担当者は、”この人なら、何か伝えられる”と思うから、キャスティングされるわけです。 誰かに分かってもらえるからこそ、そこに居られるのですよ。
実際、ネットにしても本にしても、全ての執筆作業は、自分自身の経験・学習をベースに切り売りしてるものでもあるのです。人間の脳は、経験以上の想像はとても出来にくい(殆ど出来ない)のです。→
■この前後辺りの話にも繋がります。 離婚経験者が、自分の離婚を肯定(こうてい)するのは当たり前ですが(嫌で別れたのですから、そりゃそうでしょう)、実際、行き過ぎた我慢は必要有りませんが、だからと言って、離婚経験者や独身主義者の本や、女優の言葉に良くある、結婚生活そのものを否定(ひてい)するのは、次元が全く別の話です。 離婚者で言えば、結婚が失敗だと言う思いが有るのでしょうが、本当は、その前の恋愛感や人間感の問題。つまり、人を見る目の問題で有って、結婚が失敗したと言うのではなくて、自分の恋愛が失敗してるだけなのです。まして、恋愛中に、セックスに溺れ、子供まで作ってしまう人が、良く言います。 結婚が悪いわけじゃなくて、自分の人を見る目・付き合い方が悪かっただけなのです。 相手が悪かっただけなのです。 スタートが、かけ違えば、結果が不幸になるのは、当たり前じゃないですか。 独身主義者で言えば、一番近いサンプルである、自分の両親や親類、友人の見かけだけでの比較であって、自分の経験じゃないことに注意して欲しいです。 自分の経験が無いものは、単なる想像に過ぎない(この下も読んでね)のです。 前述の通り、幸せの形・価値観は一つでは有りません。幸せに一緒に暮らす人達も多く居ます。それが、分かってない事だけで、結婚(同棲)生活そのもの全てを否定するのは、明らかに間違いです。 お互いの幸せのために、人のために、人と一緒に、何か出来ると言うのは、そうしてる自分を見ていてくれる人が側(そば)に居ることは、それ自体、本当に幸せなことなのです(感情的欲求を満たされること。これを否定できるのも、幸福感に対する矛盾。孤独は、不幸。集団心中で、「最期くらいは、人と一緒に・・・・」というのも、誰にでも有る本心ですよ)。 例えば、セックス一つとっても、全て一つの方法でも有るわけが無いでしょう?それこそ、いじめられることで快感を得られることだって有りますね。これ、意外に、愛情の真髄を突いています。 子供になんか奉仕(ほうし)した所で、物理的には何も自分に返っては来ません。無償です。ですが、それに、自分の与える愛情に、大切にしたいと思うことに、どういう訳か快感が付いて来るのは、間違いないことなのです。 それが、愛情と言うもの。 個人的なものに目を向ければ、大切にしたいと思うことであれば、仕事にしても、マラソンなどのスポーツにしても、楽しいと言いつつも、努力や、失敗や、その苦痛を受けずにはいられません。 良く分からないのは、快楽主義の女優であっても、その地位を築くまでには、劇団に入ったり、発声の練習をしたり、台本を覚えたり、怒鳴られたり、相当の努力をしてるはずなのです。 それは、それを大切に思ったから。それが、苦痛を感じさせない愛情だと言ってるのです。 それが、そのときの感情のみで行動していたら、嫌な事で直ぐ辞めていたら、決して、その現在の地位は得られる事は無かったでしょう。 「どうせ××なら、??しない方がいい。◇◇のままでいい。」「どうせ××なら、一生、○○に成れない・出来ない。」(付き合いたくない、結婚したくないことに多い言い訳です。) これは、一見、正しい論理に思えるかも知れませんが、実際は大間違いです。未来に起こることに対して、何の根拠も持たないし、可能性に対しての考察が抜けています。 ”昨日、今日と、雨だったから、明日も雨だ。”と言ってるのと大差無いのです。 だけどそんな馬鹿なことが有りますか? そういう努力・頑張り無しに、何の進歩も無い事は、ここで、ご納得頂けたでしょう。 失敗や挫折が有って、自分の現実を受け入れられるからこそ、その障害を乗り越えられる訳です。その自分に足りないものに気が付かない限り、新しい自分にも成れませんよ。 大切なことは、何にしても、自分の思ってる以上の結果は、導き出せないことです。 自虐的(じぎゃく・てき)なこと−”恋愛なんて・結婚なんて”とか−を言うから、常に自分に全て跳ね返って来て、本当に誰とも付き合えなくなるような、女を棄てなければならないような、悪い現実しか実現しなくなるのです。だから、”別れるために付き合う”とか、ひねくれた言葉を発してはいけないのです。心と体は密接に繋がってもいます。また、人を愛したいと思うとき、普通は自分にも気を使うし、相手からも愛し返されることでも、自分の肉体と精神を労(いたわ)ります。特に病気、その部分によっては、姉妹・親でも愛情が届かないことが有ることを、独身派の人たちは、留意した方が良いでしょう。異変が有るのに、無理をし易いのはこのグループでも有るし、さらに、愛する人を持つ人達との、病気に立ち向かう頑張り様の差も、明らかに違うものです。 逆に、頑張る限り、いや、普通に愛情を受け入れようとする限り、その奥に隠された幸福を、得られる可能性が0:ゼロだとは、誰にも絶対に言えないのです。それを、勝手に決め付けようとするから、矛盾だらけになりがち。 ”結婚なんてしない方が良いわよ”−これは、そう言ってる人だけの、その人自身の結婚のケースであって、全部のケースを言い尽くす事が絶対出来ない事を、そう言う人も認めるべきなのです。■心の二面性はここ。
ずばり、「結婚に対して怖れや疑いがある」ということは、結婚が”永遠の愛”の象徴であるので、「永遠に自分を愛してくれる相手なんていない」という思い込みを表しています。でもさらに上の方法で分解すると、深層ではその全くの逆で、「自分自身が誰かを愛さなくなったこと」に凄い罪悪感を持っていることに、ほかならないのです。 だから、その自分の罪悪感を否定するために無理矢理こじつけては、インチキな論理武装して、結婚を完全に否定しようとします。つまり、そのことで自分の足場を守ろうとしてるだけなのです。
10Kgの鉄と、同じ重さ10Kgの綿は、どちらが重い? (表層思考の落とし穴・更新)答えはここ 人に好かれたい・持てたい人も、恋したい人も、↑ここ、しっかり読んでね。
中には、”恋愛はどんどんしても”などと付け加える事も有りますが、これは、=男漁りはどんどんしても=セックスはどんどんしても、と言う事。’恋愛’なんて格好付けて言うけど、その中身はこの通り、性欲優先でもあるのです。 本当の意味で使ってるハズの人生経験と、男性経験は全く違うもの。 体を重ねる数だけが、自分を磨くことじゃない。 こと、恋愛に至っては、繋がっていないで(まだ)離れているときに、どれくらい色んなことを考え思い悩めるかにかかってる、と言っても良いくらいでも有るでしょう。 そう、離れてることを本当は悩むということは、逆に考えれば・・・。 これは、紛れも無く、明らかに、一緒に住む事を否定するための、自分の嫌味(いやみ)な部分を、きれいなイメージで有る’恋愛’と言う言葉で、着飾(きかざ)って隠(かく)すための形容法です。 愛情が有って、一緒に居たいと思うだけで、結論を出すのに、そんなに時間はかからないことが自然でしょう。デートの帰りでも、また会えると分かっていても、「もう行っちゃうの?」などと離れ難い(はなれがたい)気持ちにも成るものです。 つまり、恋愛のバリエーションとして、一緒に住む選択を否定してる事が、”恋愛はしても”と言う事に矛盾が有るのです。 好きな人と、自分の子供と、自分の家族と、一緒に生活する事の、何処(どこ)が、一体、いけないの? この疑問に、明確に論理的に言及してるものは、私たちが見たものの中では有りません。 中には、法律に縛られ頼る事がいけないなどと、格好付けて言ってますが(真面目な人に向けて、こうアナウンスすると、恋愛の対象から外される事も有るから、格好付けの恋愛論で言うなら、言わない方が恋愛の幅を制限しません。がっついて、”結婚”を連発するのも止めた方が良いけど、こういった、心のお飾りも止めましょう。そう言ってる当人の中には、二面性も有るのも事実(少し上にリンク有)ですよ。)格好付けて言ってますが、でも、ちょっと考えて下さい。 社会生活をする上で、法に縛られない事は無いし、全く頼らない事も有り得ません。 ”情に法律がそぐわない”なんて言うかもしれませんが、人身の絡む犯罪も、情が絡むものが殆どです。ストーカーに近いような場合でも、自身を、純粋な恋愛・愛情だと思ってるのですよ。 果たして、そんなものでも受け入れられるのでしょうか?法的措置に絶対訴えないと言えますか? つまりそれは、自分のご都合=感情によって、その法=最低のモラルを使い分けてるに過ぎないでしょう。 それとも、全て、感情のおもむくままに、行動してるのでしょうか。これも、矛盾ですね。 緊張感の持続を目的に言うのなら、離婚することは悪ではないのですから、いまさら、紙切れ一枚が意味の有る事も少ないでしょう。それこそ、”成田離婚”の言葉だって有るくらいです<この下の一線を越える方法にも繋げます>。それに、こんな紙切れで緊張感が無くなるのでしたら、そんな関係は、恋愛中にだって、長い付き合いになれば、緊張感は無くなることでしょう。 逆に言えば、緊張感の持続を求められるのは、良い人間関係には成り得ません。絶対的に重荷(おもに)になります。だから、余計な駆け引きはすべきではないのです。それが分かるから、真面目な(無意識に、家族を持とうという目的意識の有る)付き合いの、恋愛の対象には、されにくくなってしまうのです。 だって、自分が言ってる通りなら、初めに目的が違う事が、明確になっちゃうんですよ。 自分の友人との関係を思い浮かべて下さい。 気の抜ける関係が有るほど、落ち着ける関係が有るほど、ほっと出来るほど、仲の良い友人と呼んでるはずです。それとも、中の良い人ほどに、駆け引きしてるの? それは友達と、ほ・ん・と・に呼べるの? 結婚の憧れが少しでも有るなら、それを格好付けで隠すのは、止めた方が良いでしょう。 でないと、本当にチャンスを失いますよ。 否定的なエネルギーを放出するとき、大切なものを失い易いです。
1%でも願望が有るということは、行動で比較するのなら、 0%との間に無限大のロジックの開きが有ることを、自分でも認識しておくべきでしょう。普通は、絶対的に嫌なら、0%(無回答)と答えてるはずですよ。 0%じゃないこと自体、もう深層心理では、それを望んでることの欲求が、現れてるだけなのです。僅かな数値・点数を付けて表現するのは、深層心理を隠してることの代名詞でしょう。 理想がしっかり有るから、点数も付くのです。 理想が有ることは、希望願望も持ってる証拠ですよ。 一回でも過去に点数を付けた人が、これを読んだ後で、じゃ”0%”だと、決め込んだあなたも、逆に言えば、100%の理想を持ってる証拠です。 <ちなみに、仲居さんが言ってるのは、私生活の”煙幕”でもあり、番組演出の”演技”でも、ある。>
でも、ここで聞きたいのは、そんな上っ面の法律論・恋愛論なんかじゃない。 好きなものどうしで、結婚したい人達が多い(夫婦別姓を必死に求めてるのだって、法律で別姓のまま結婚を認めて欲しいからでも有る)のに、 なんで、その幸福の存在を素直に認めようとしないのか、ということ。 その幸福の何処がいけないのか、ということ。その理由が無い。 結局一人よがりに、自分のことのみをヒロインにして、切り取ってるに過ぎません。 また、それが、そこまでの過程に至らない人なのですから、その愛情もごく薄い人であり、浅い人間関係しか作れない人達なのです。 そりゃ、別れる事も多くなるってば。 独身であっても、別れて暮らすのであっても、それで良いなら、自分の勝手。 誰にでも来る、老後の問題で、他人に迷惑をかけずに済むなら、好きにすれば良いでしょう(病院で寝ているお年寄りの殆ど全員が、コミュニケーションに飢(う)えています。”俺、直ぐ死んじゃう。””あと3日で死んじゃうんから。”などと言って、気を引きたがります。これだけは、忘れないで下さい。病院・施設だって、完全に、それには対応できません。CMでやってるような看護は本当に僅(わず)かです。お金で、最期のコミュニケーションは買えないのです。これは、自分がそういうことの直ぐそばまで来なければ(そういう年代にならなければ)、本質を感じ取る事は出来ないかも知れません。分からない人に限って、社会の上層にいる裕福なタレントのような人に限って、”親子の独立”を盾に格好付けます。そりゃ、中には、子供じゃない方が良い関係の人も居るでしょう。だけど、それが、自分のしてきた事が、自分に向かってるだけでも有るんですよ。独立を言いたいなら、”他人(ひと)の子にも世話にならない”って、宣言して、しっかり筋を通すべきでしょう。持ちつ持たれつが、人の基本なんですよ。弱さを受け入れられる事が強さなんです。
老人ホーム契約、法規制へ 不当表示を防止、公取委 公正取引委員会は2003年10月1日、有料老人ホームが提供するサービス内容について、消費者の誤認を招く恐れのある表示を未然防止するための検討会の報告を公表した。今後、景品表示法に基づいて不当表示を指定し、告示する手続きを進める。 報告は有料老人ホームについて、契約時に高額の費用を必要とすることや、契約の段階では将来にわたるサービスの内容を把握するのが困難なことなどを指摘。誤認を招く恐れのある表示を、景品表示法違反として規制することが必要だとしている。
解説:中には終身と謳いつつ、実は寝たきりに成ると契約が解除される内容になってるものも有る(自活限定)。文面に有るように、一般的に面倒を看てもらえそうなレベルにオプションを組んでいくと、すごく高額になるなどのこと。 これらは、契約そのものの話しですが、こういう詐欺ギリギリの広告を打つような所で、本当に親身に看てもらえる訳が無いことが分るはずですよ。 本当は、利益誘導の出来ないものも有る以上、利益を生み出すとすれば、そのしわ寄せが客に行くのは当たり前のことです。 そんなに甘いことは無いのです。
●98年2〜3月 東京都・三宅島の特養ホームでインフルエンザの13人が死亡 ●99年1〜2月 岐阜県大和町の特養ホームで60〜97歳の10人が肺炎や気管支炎などで死亡 ●00年1月 青森県西部の3特養ホームで男女8人、北海道秩父別町の特養ホームで5人がインフルエンザの疑いで死亡 ●01年8月 病原性大腸菌O157集団食中毒で埼玉県岩槻市の特養ホームの女性2人が死亡 ●02年8月 宇都宮市の老人保健施設で9人がO157食中毒で死亡 ●03年1月、長野県松本市の特養ホームで7人(70〜91歳)が肺炎で死亡。 ●04年12月末〜05年1月5日 広島県福山市の特養ホームで81〜91歳の6人が死亡
この年末年始は他の数箇所にも有り。 ■ロタウイルス おう吐や下痢などの症状が数日間続く感染性胃腸炎を起こすウイルス。ワクチンは実用化されていない。患者の便の中に出てきたウイルスが手などについて周囲に運ばれ、感染する場合が多い。子供での流行が中心だが、高齢者施設での集団発生も報告されている。 厚生労働省のページでは、加熱処理すれば防げる。などの情報を公開してる。言われてみれば、当たり前のことばかり。 でもこの年末年始は、それができなかった。なぜか?それは、ニュースでご存知の通り、中で働く人の多くが遊びたいと休暇を取ったこと、管理が甘くなったことに繋がる。 上記の8月のお盆休み・夏休みも同じ。 働いてる人の一部には、自分の家族の様には絶対思って見てくれない人達も紛れているのは間違いないようだ。彼らにとって飯の種であって、他人事なのだ。
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「近所と親しくない」65% 03年度国民生活調査 3人のうち2人は隣近所の人との親しい付き合いがなく、地域社会との関係がますます希薄になっていることが2日、内閣府がまとめた2003年度の国民生活選好度調査で分かった。 それによると、近所付き合いの程度に関しては「付き合いはあるが、それほど親しくない」との回答が49・0%で、「ほとんど、もしくは全く付き合っていない」も16・5%に上った。 これに対し、「とても親しい」「わりと親しい」との回答は計34・4%。1994年と97年に行った類似調査の45・9%、42・3%と比べ、調査を重ねるごとに近隣とのかかわりを避ける傾向が強まっている。 年齢層別では、「親しく付き合っている」との回答が最も多かったのは70代の14・9%。親しい近所付き合いは年齢層が低下するほど少なくなり、20代ではわずか1・9%だった。 見知らぬ中学生や高校生が夜中に集まり、騒いでいるのを見ても「注意する」のはわずか10・2%で、63・2%は「放っておく」と回答した。 調査は昨年11−12月にかけて、国民の生活意識を探るため全国の15歳以上の男女5000人を対象に行い、3908人から回答を得た。
解説:ちょっと前まではあてに出来た、近所ももうあてにならない。 親戚もかなりきつい。 親も最後は居なくなる。 友達も、付き添い介護まではしてくれないか、自分より遅かれ早かれ、倒れる可能性も。 最後に残った自分は、誰が・・・
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蓄えがあれが、老後は一人でも大丈夫だと思ってるでしょう? 働き手、提供者と、サービスをの受給者が、やがてひっくり返るって気が付いてる? 不動産の価値なんか、あと十年もしたら、無くなってるかもよ。人口(世帯数=家族の数)は、もう2・3年で減り出します。また、神戸のように大地震で、一日で無くなっちゃうかもよ。まして、ブランド物のバッグなんかは、価値を残せません。まだ、宝飾品の方がいいかも。ピッキングで通帳を盗まれて、全部使われてしまうことも新聞では有りましたね。 物やお金など、物質こそ信じられると思うのは、デカルトじゃないけど、本当は逆なんです。 みんな自分の肉体が衰えて動けなることを、頭では分かってるつもりになっていても、完全には、理解できないんです。 本当に忘れがちですが、たとえ一人で生きて行くことが出来たとしても、一人で死を迎えることが、色んな意味で、とても難しいということ。それは、病院でも、ホームでも。 幸せな最後を迎えたい、と思うなら、多くの、かつ、自分よりも若い人たちに看てもらえることが、基本的な前提でしょう。 若くたって、人は一人じゃ何も出来ない。 前述のネット心中じゃありませんが、深層では共感を求めてるのは全く普通なことです。 ”私は一人でも平気””一人で生きて行く”なんて自分から公言できるような、自分に余裕の有る人ほど、逆に内面の二面性によって、映画や本のラブストーリーのような、空想物語が大好きだったりします。まさか、そういった文化・恋愛物語を全く避けては、生きれられないでしょう。メディアの殆どの時間・容量は、恋愛に関係が有ることばかりであることが、その証明です。 だからこそ、格好付けずに、自分に素直に生きる方が、幸せなんですよ、と言いたいのです。 そういう自分の深層心理を見つめたときに、本当に一人でも良いと言うなら、仕方有りませんね。そのかわり、遅くなればなるほど、その列車は途中下車は出来ないことを覚えておくべきでしょう)。一人でもいいなんて、格好付けずに、自分自身には、本心をむき出しにして、見せてあげなよ。それが、楽になる方法だよ。 にやけた、格好付けの言葉は、全然響いてこないよ。全然、つまんない。 周りの異性や人間達がつまんないのではなくて、そういうマニュアル通りの生き方・会話しか出来ない自分自身がつまらないだけのです。それが、自分に跳ね返ってるだけ。出来る人は、全く同じ環境でも、自らより良い環境を自分で作って、どんどん一人で輝いて行けるものなのです。 そこらで学校がつまらないと言ってる人も同じ。だったら、とっとと独り立ちして、自分で働いて暮らせば良いだけ。 鍛練(たんれん)の場を嫌い、逃げる人は、何処に行っても、また、物質だけでも、幸福には成れません。努力の結果が報われるから、その幸せも大きくなるのです(もちろん、日々の自分へのご褒美っだってそう。努力しないで褒美だけのときよりも、同じご褒美でも感じ方が違うのはそのため)。 だけど、まかり間違って、自分の生き方を肯定するために、幸せな人達までを否定できる所が、もう人間的に劣っているし、醜(みにく)いのでは(そういう所(人に干渉(かんしょう)したがる所−自分の失敗を人に押し付ける所(そうじゃないって言うなら、本なんかにしなけりゃいい。人に言う必要もない。))そういう所に破綻(はたん)の原因が有る場合が多いです)。 こういう否定的な立場の多くの場合、両者(離婚者・独身主義者)共に、人間関係に幾度か失敗した人=敗者で有って、特に女性脳を持つ、反面教師が働かない人が、これらの失敗のケース・考え方を、じっくり読んで聞いて自分で自分にインプットするのは、しない方が良いです。必ず同じ考えにされて、陥(おとしい)れられますよ。 何度でもチャレンジする人の方が、ポジティブに決まってるじゃない。
| 元チェッカーズ高杢さん、がん手術告白
元チェッカーズの高杢禎彦さん(40)が2003年6月24日、都内で会見し胃がんで昨年11月22日に手術を受けていたことを告白した。病名は「食道、胃接合部がん」で食道下部と胃、胆のう、脾臓(ひぞう)をそれぞれ全摘する大手術。高杢さんは「家族がいなかったら逃げ出したかった」と涙を見せ「一度死んで、新しい自分が生まれた気持ち」と話した。 手術後、6、7キロほど体重が落ちたという高杢さんは「宣告を受けた時はドラマを見ているような感じだった。恐怖心?ありました。だから今まで発表できなかった。がん=死というイメージ。しかも年齢も若い。弱虫どころの話でない。もう(人生は)ないだろうなと思ってた」と淡々と説明された。 さらに「術後半年を経過して、今のところ転移も再発もないと言われた。やっと“オレ、がんだったんだぞ”と言えるようになった」と時折、笑顔も見せながら話した。 それでも、支えてくれた奥さんや3人の子供たちの話題になると声を詰まらせ涙。「子供たちには、手術の前日か当日に女房が話したと思う。長女は病室に入ってこなかったし、何もしゃべらなかった。あきらめきれないものってあるんですね。今オレがいなくなったら、こいつら困るだろうな、と」と家族への思いを吐露した。 両者共に、色んなご苦労が有ったことをうかがわれました。 |
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元プリプリ中山“自己宣言”破り結婚
女性5人組バンド「プリンセスプリンセス」の元曲作り担当メンバーの中山加奈子(39)が結婚していたことが2004年2月6日までに分かった。自身の公式ホームページで「突然ですが、先日結婚しました。昔から結婚しないと言ってきたのに、こうなるとは人生不思議なもんです」と報告。お相手は明かされておらず「今までとあんまり変わらないな。そんなわけでこれからもよろしく」とファンにメッセージを送っている。 |
大脳の側頭葉に蓄えられ、最後に思い出すのは、愛し愛された記憶だけ。それは、家族の絆と言う、感情の積み重ねだけのことです。
→自由なはずのSFでも、怪獣や宇宙人といえば、恐竜や古代生物、タコやイカや深海魚、ひどいときは日用品の、複合物になってしまいます。それでも、しっかり二足歩行を外せなかったりしてしまうのです。 これは、ストーリーに関しても、人物像にしても全く同一です。だから、人と付き合う事が、色んな経験を積む事が、意味を持ち得るのです。触発する音楽が無くて、音楽を目指す事が無いのも同じでしょう。 こういう著作に関して、自己陶酔(じこ・とうすい)して自分の世界を持つのも大切ですが(受け取る人の日常と全く同じであれば価値が無くなってしまう)、自分を切り取って人に売ろうとした場合、それが、人に分かり得る範囲に無ければ−共感できる形でなければ、受け取ってもらえるはずは無いでしょう。 西部劇・時代劇はできても、未来劇が無いのは、知識の共有量も関係するからなのです。つまり、 自分一人で生きてるなんて、思い込んでる内は、目的を達するのは、ほぼ無理でしょう。どんなに(例えば親から)独立をしようとしても、それでも、どこかで人のお世話になってる現実から目をそらすべきではないのですよ。人に生かされてる現実を受け入られるまでは、逆に、独立も”絵に描いた餅(えにかいたもち)”にしか過ぎません。 売れっ子作家ほど、都知事や長野県知事やテレビタレントとしても、成功を収め易いのは、そういう、感情的欲求を自分で満たす能力が高いために=人にも満たさせるコツを体得してるために、多くの人にも受け入れられる結果になるのです。 まず、目の前の一人と感情の共有(感情的欲求を満たすこと)が出来るか、出来ないかが、初めの一歩でしょう。 1%の共感を必ず得られれば、もう売れっ子です。逆に言えば、100人に1人でさえも共感を得るのは、実際、とても難しいのです。だから、余計に目の前の一人が、とても意味を持ち得るし、前述の■告白に関しての話に繋げれば、文章だけで期待を持つことの難しさも、良く分かるでしょう。 100人中99人以上は、返事もくれないのは当たり前なのです。 ネットでの出会いに執着してはいけませんよ。”メールでの告白は出来ないんだ”程度で丁度良いでしょう。 逆に、相手が数ヶ月も経たないのに、焦ったように、会いたい事しか、打ってこないなら、少し長めに様子を見て上げた方が良いでしょう。その間に別の相手のメル友を捜しても良いし。友達なんだから。 メールでの付き合いって、相手も実際その程度なのですよ。 共感を得るのが上手ければ、ネットになんか頼らないでしょう? 共感の話に戻せば、 0×∞=0(0の結果にしかならないことに無限大の努力をしても0にしかならない)ですが、 1+1=2(自分プラス一人の相手が一緒になれるだけで倍に)なり、 両者には結果的に無限大の開きが有ることに、気が付くでしょうか。 共感を得るためには、最低二人、必要だってこと。自分だけでの共感は有り得ません。それが、編集者だったり、ファンだったりするだけ。この原則はどんなにヒットしたものでも同じです。 どちらも、受ける側から見れば、一対一の共感の積み重ねに過ぎないのです。 自分の表面に有るものの、’したいようにする’ことだけが、欲求を満たせる訳でもないのです。是非、奥底の欲求に気が付いて欲しいです。
また例えば、彼と別れるときに、彼を追い回そうとする心は、 彼を物として自分に欲してるだけでしょうか? それとも、愛し合える、愛情が欲しいのでしょうか? もし、前者なら、悪しき物欲なのですから、余計に彼を得ることは出来ないと気が付くでしょう。 ’彼’という器(うつわ)・外見を、意識し過ぎるために、その心・内見が手に入らないことを、自覚しなければならないのです。 こういう状態では、離れていても愛情を感じる、なんて心は、見えてきませんね。自分が束縛されたいことが、逆に相手を先に束縛してしまおうとするのです。■束縛したいのは、性欲の裏返しはここ。 心が欲しいのなら、逆に、四六時中、側に居なければならないことはないのです。 それだけ、もう、純粋(じゅんすい)に、相手のことを思ってる訳ではないってことなのです。 心をそっちのけに、物欲に浸ってしまっているのです。 そんな自分を客観的に見て、”醜(みにく)くない”なんて思えますか。 もし、後者なら、愛情が欲しいというなら、まず、先に自分が愛すべきでしょう。彼にとってどちらが幸せなのか考えれば、余計に追い掛け回すことは出来ません。 全てを、彼のために棄(す)てて上げて、諦(あきら)めて、心の距離を取って上げるのも、自分の愛情なのです。 つまり必然的に、ストーカーのような人間性では、交際しようとする相手は愛情を殆ど感じ得ない、という当たり前の結論が見えてきます。 だから、一人に執着(しゅうちゃく)することが、余計に嫌われるのです。 自分の価値を落としてしまうのです。
さらに例えば、二股を平気で出来てしまう(交際相手を次から次に変えようとする)のは、当たり前ですが、気持ちがいつも揺れ動いてるためです。 また、そのどちらの人も、どちらかと言えば、同じような人ではないでしょう。 同じような相手なら、増やしたり、入れ替える必要はない訳ですし、違うから、付き合いたいのでしょう。一方は、 「外見はとても好きなのに、相手がモテるゆえに、ケンカやいざこざが絶えない。いつも振り回される。きつい言葉に傷つく。」 また、もう一方は、 「外見はそんなにでも無いけど、(他の相手と)ケンカしてる自分を、優しく受け入れてくれる。とてもリラックスできる。」 というような、補完的な(彼どうしが足りないものを補い合ってる)関係で二股が行なわれるときが有るでしょう。 最初の人のように、自分に対して、辛(つら)く当たる男性を好きになるのは、幼年期・少女期の、父親の家庭に対しての乱暴なイメージに重なっていて、自分に愛情を注がれていないと感じていた人に多いはずです。少女期に憧(あこが)れの彼氏に、冷たい仕打ちや、いじめを受けた人も、ここに入るでしょう。 そんな、自分に振り向かない父親(憧れてた人)を振り向かせたかったことが、自分に殆ど振り向こうとしない相手を好きになってしまう要因なのです。その頃の幼い自分に対して、再体験してやり直して満たされたいだけなのです。 そういう場合、好きになるタイプ・理想も、自分に無いもの、か、一番気にしてるコンプレックスの裏返しであったりします。つまり、人の目を気にし続け、その相手の外見的ステータス・見栄によって、自分を補いたいだけ。 でも本当は、この体験を持つ人の場合は、深層心理では逆に、人の何倍もの安らぎ・心地よさを、人間関係に求めているのです。この矛盾(むじゅん)が、相手を一人に絞れない理由なのです。 つまり、前述の方法によると、外見の承認欲求が強すぎるために、本当は先に満たされるべき、感情的欲求が満たされないため、心がいつまでも不安定になってしまうのです。 この本当の欲求に気が付くまで、また、自分から安らぎを、本心から求めようとしない限りは、何人でも、自分に振り向かない相手を、好きになってしまうのです。 だから、相手を次から次に代えて、必然的に二股になってしまうことが多くなり、それがバレては、優しい方の相手にも、そっぽを向かれて別れてしまうことを、繰り返すのです。 そんな両方を満たせる王子様は、現実的には、そんなあなたの前には、なかなか現れないことが、本当のことなのですよ。 そんな自分は、清純(せいじゅん)なシンデレラなのですか?肌もまだらにどす黒くなるほどタバコをふかしながら、男をとっかえひっかえしてるようなすれてる人には、良い相手は振り向きっこないものです。
厳密に言えば、格好付けでふかすのと、楽しみで吸うのは、本当は違うんですよ。この意味が分からない人、喉が痛いのを我慢しながら、タンやつばを道路にぺっぺ吐きながらふかす人なら、吸わない方が良いです。そっちの方−人に流されない方が格好が悪くはないですか?
要するに、最後は、しばらく一人になってみて、自分自身を見詰め直せるかの、自分自身の余力が必要なのです。一人になることを怖がってはいけないのです。一人に決めて交際して、結果、一生居られる関係になるか、別れてしまうかは、簡単に言えば、確率は同じこと。逆に言えば、その1人になることを怖がって、本当の幸せも望めないのです。恋愛自体・誰か異性と一緒に居られること自体に依存が有る様では、その孤独感が自分の正常な判断力を奪ってしまうのです。 ここ、一線を越えることが出来ない関係にも共通なことです。結婚だって<この上の結婚観から引き継ぎます>、離婚してしま得ることが、お互いに分かってなければ・許せていなければ、結婚できないし、しても長続きはしないでしょう。→
■一線の越えるための方法■デートで安心出来る、基本中の基本。でも、心の一線って、二人に共通に有るわけではなくて、交際相手の所為(せい)でもなくて、自分自身の中にこそ有るのが本当でしょう。ここのコラムと、また、■ここの辺りから、よく考えながら読み直して下さい。「越えられない」→「越えられないの?」、または、「越えたくないの?」と自分に聞いてみる必要も有るでしょう。 いつまでも差し障り(さしさわり)の無い良い人で居たいと思うのも、承認欲求そのものですよ。表面的にしたいことだけしていても、満たされないときが有ると言ったのは、ほんの何十行か前のことですね。 特に経験の少な目の方は、付き合う前に、自分のプライドや心が傷つけられることをとても恐れます(承認欲求の裏返し)。でもそれは、関係がまだ無いのですから、テレビのブラウン管の向こう側の人に憧れて、「嫌われたらどうしよう」と思うのと同じで、本当は実体の無い=自分で作り上げてる不安です。本心をさらけ出さずに(交際中も同じ)、無い関係を悩むのは愚かしいです。 逆に言えば、嫌われることを怖がるのは、自分自身が一番大切であるという事(これが、承認欲求)。それでは、相手のために犠牲になる事、愛する事も出来なくて当然でしょう。愛情が欲しいというなら、まず先に自分が愛するべき。 さらに裏返せば、愛したいと思う事は、相手から傷付けられることが有るという事を、自分自身で認める事でも有るのです。 だって、付き合い出せたって、別れるカップルは、それこそ山のごとくでも有るのですよ。 だから、付き合い出す前に、悩むのはおかしいと言ってるのです。 相手が、自分を(もちろん自分も相手を)好きか嫌いかは、普段の会話(直接、気持ちを聞く事ではない会話)を増やさずに、分かりっこ有りません。 異性として意識し合える仲になれるかは、自分達次第。例え、初めは嫌ってるものどうしでも、俳優の渡辺徹さん・榊原郁恵さんのように、いつのまにか付き合えてしまうカップルも多いです。(ストーカーに拡大解釈されても困りますが。会話できる仲が前提です。異性として無視されるようなことに近い場合も、逆に難しい。) 共同作業などが、その相手の存在の必要性を変えてしまうのは、前述した通りです。 要するに、コミュニケーション次第ですね。 お互いをもっと良く知り合いたい、一緒に遊びたい、一緒に居たい心境が有れば、自分に素直になるだけで十分で、そこにはダメな方向にしか考えられない、頭でっかちな理屈や理論、ましてや、駆け引きは、何にも要らなくて不必要で(テレビドラマの安いラブストーリーに毒されてはいけませんよ。だって、あれらは、筋書きが最初から完全に決まってるわけでしょ?)、付き合い方を人に聞くのもおかしいです(これが、分からない人は、このコラムの先頭に戻って読み直しましょう)。人を好きになったときと言うのは、そんな事をあれこれ思わなくとも、自然に行動が出来るものです。それが出来ないのは、逆にコミュニケーションが成り立っていない証拠です。 だって、デートに誘おうかと考えてる人が、相手の遊び方を知らない様じゃ、デートが詰まらなく思われてしまいますよ。 逆に、デートの目的はプライベートなコミュニケーションにあるわけですし。 これがあるなら、多少の趣味の違いがあったとしても、「今度、こんなことしてみない?・しに行かない?」と相手を引き摺り込むことも可能ですし、自分が引き摺り込まれることも普通に起こり得ます。こういう趣味や好みもバランス感覚・振り子感覚がとても大切です。 そこで、一緒に話しながら行動することって、交際以外の何者でもないのです。 だから、コミュニケーションなんですよ。 直接会える人なら、eメールでのアプローチは止めた方が良い。それは、一言のニュアンスが伝わり難いために、色んな詮索(せんさく)を元に、自分達の行動力を奪(うば)います。関係が安定するまでは、携帯もパソコンも棄てた方が良いでしょう。会えばいい、話せばいいんですよ。 同じ人でも相手が変われば付き合い方も変わってしまうくらい、カップルの付き合い方は千差万別。それこそ星の数ほどの組み合わせが有るのです。 また、普段話してる内に、他の相手との恋愛のアドバイスを求められたり、恋愛の価値観についての話が余り出来ない場合など、相手が友人関係しか望んでいない、と気付いた場合、異性関係を押し付ければ、いきなり関係も終わってしまうでしょうが、友人関係しか求められていなくても、チャンスが全く無いわけでは有りません。 事実、親友どうしを前提に、ご夫婦になられる方々も居られますし、友人関係を長い間続けてる内に、自分にとって、とても大切な関係だと認識できれば、それも簡単に変わってしまうでしょう。男女関係では、誰にでもそが許されるのです(”掟破りだよー”とか、”寝耳に水だよ〜”とか、大ショックに思うようなら、自分もそういう事を望んでいた証拠なんですよ。良い相手ほど、交際のチャンスは多いもの。もたもたしていると・・・・)。 ここでも、コミュニケーション次第です。 逆に、セックスが有っても、友人以下の関係の人達もいるくらいですよ。 男女の友人関係と恋人関係は、すごく微妙でも有るのです。
ここで、男女の友情が成り立つかどうかという問題に関しては、もちろん人それぞれですが、また、当人たちは友情が成立していると思ってる事も有りますが、実際の異性間の友情が、同性間の友情より浅い事が、多いです。 殆ど無いのが(全くとも言えませんが)、裸の付き合い。 何も一緒にお風呂に入るだけが友情では有りませんが(シンボリックな喩(たとえ)ですよ。同性でも入れない人も居るけどね。)、逆に、どうしても、性が違うだけで、目に見える形で壁が出来てることも忘れるべきではないでしょう。 性に関する悩みは、どちらに相談し易い?同性?異性? 攻(せ)める事の多い、男性の方が(受けに回る事なので)理解し安いかも知れませんが、異性間の友情を意識するとき、(二面性によって)だから余計に、お互いの性差を無視する事は、逆に出来難いのが現実です。 ”友達”とだけしか使わない人は違うでしょうが、 異性の友達を呼ぶとき、”女友達・男友達”と性別を付けて言って、同性の方には単に”友達”と、別けて言う事自体、それぞれの友達としての意味が違う事を、自分でも認めてる事にもなるでしょう。そこには、承認欲求(元々、異性間の友情を求める人には、女性である前に・男性である前に、自分を人間的に、立派な大人として見て欲しい、と言う欲求を持っています。人間的に認められるのは、気持ち良いこと。その気持ち良さを”異性間の友情”という相手に、求めているのです。別に、友情そのものを、求めているのではないのです。)も、見えて来るかも知れません。英語にすれば、ストレートになってしまいます。 特に男性なら、女性の性的魅力に本能が動かされない事は、少ないかも。 それこそ、フェロモンの影響を受けて、異性として目覚めてしまうことだって、無いなんて絶対に言えません。生物とはそういうものですし、心のどこかでは、ここで言う関係そのもので、本心ではチャンスを覗ってる状態の人も、実際には居るでしょう。 仮に、成り立つとしても、悩み事を打ち明ける事は、自分の弱さを教える事でも有ります。 こういった、頼り頼られる関係が、愛情の伴う男女の恋愛関係と大きく違うわけでも、有りません<重要>。 だから、チャンスが無いわけでもない、と言えるのです。 だから、現実に、結婚してしまう人達も居るのです。 ただ、誤解が有るといけませんので、追記しておきますが、子供の頃からの知り合いのような、長い関係などでは、同性の友達以上に信頼できる関係で、お互いの恋愛相談などが、すんなりできてしまう関係も、けして少なくも有りません。 男女のグループで、多数対多数も、多分、違うでしょう。 お互いの理性で、友情しか望んでいないことが、絶対であるなら、友情は越えないでしょう。 逆に、片方が−あなたではなく、相手が、異性関係を求めれば、その友情は壊れてしまうという、危うい関係でも有るのです。 別れても、告白して振られても、友達でいられると言うのは、強い理性が有るか、もしくは、その交際が、自分にはほんとに大切な関係に思えてないかの、どちらかです。 かけがえの無い人に巡り会っておきながら、友達になってしまうこと=他人に取られることに苦しみが伴わないことは有りません。■少なくとも相手が自分をそう思っているなら、しっかり嫌われて上げるのも、最後の愛情です。
それらのリスクが嫌なら、後はもう、お見合いくらいしかないのです。 ただそれでも、交際が始まった後のリスクは変わりませんが。 ■告白に関してなどはここから最後まで
| 付き合い初めでの心理をみるとき、それは相手の行動から相手の考えを読むこと−読心術ではなくて、相手とのコミュニケーションにおいて、自分自身がどのように接したら良いかを、自分自身がどうすべきかを、考えるためのものです。 好きな人が出来たり、付き合い出したら、日記を付けましょう。これは、後々、自分を分析する上で、とても重要です。愛情の相手とのバランスが分かりますよ。
癖(くせ)が人によって違うよう、相手の言動と欲求は、必ずしも一致しません(必ず二面性の影響を受けるから)。それは、ここをお読み頂いてるあなたも全く同じでしょう。 ただそれでも、前述してるように、あなたが相手のことを理解しようとして、相手の心に無理に急に深入りしたり、自分で選ぶべき何かを無理矢理押し付け、干渉(かんしょう)すれば、それだけで関係が壊れてしまうでしょう(もちろん、関係が深くなれば、お互いの歩み寄りも必要なのは、当たり前ですが)。自分がそうされて育ってきた人は、人にもそうしたいと言う欲求と、さらにそうする事によって二面的に自分をも干渉されようとする事で、(親の)愛情を感じようとする欲求を持っています。 支配し支配される関係は、愛情とは違います。それは、自分自身のために行うか、相手のために行うか、の違い。 相手が開放してくれた所までしか、自分は入って行けないのです。 ただ、開放させる方法はいくらでも有ります。それが、コミュニケーションそのものなんです。自分が開放して、相手を呼び込まない限り、相手も開放してくれないし、距離が縮まるわけも有りません。 自分だって、そうでしょう? ■開放のタイミングを知る一例■自分をオープンにする大切さ
例え交際がOKされたからと言って、「ろくに自分を分かってない」と相手に思われてるうちに、いきなり、”結婚を前提に”だとか、結婚(生活)などの結論の話をちらつかせ、持ち出すと、それも、アンバランスな欲望と受け取られて、せっかく始まったばかりの交際が、失速しかねません。直ぐ上の友達関係の話のように、会って楽しければ、それだけで、本当は自然に答えが出せるものなのです(不安な人は、もう一度「告白に関して」から読み直して下さい)。■人付き合いがチャンスを運んでくるのはここ。自分を磨く方法はここ。話題の作り方はここ。 つまり、相手がどうこうより前に、自分自身の問題であるのは、他の数学や物理や英語などの問題と全く同じことなのですよ。自分自身が問題で有る以上、解くのは自分の中にしかないのです。特に、付き合い始めは、いかに、本当の自分を、分かってもらうかに、かかってると言っても良いでしょう。逆に言えば、どこまで相手の人を理解して上げられるかと言うこと。 それでも、固く考える必要は有りません。ありのままの自分で行動すれば良いのです。相手の事が余り分かってない以上、逆に、これ以外は出来るはずもないのです。また、無理しても、先は余計にきつくもなるのです。相手のことが理解できない限り、その人の欲求には、合わせられないのです。■この観点で、理解して上げることが、愛するために、必要なのです。
仮に読心術か何かで、ダメだと読めてしまっても、じゃ、それで、「進みたくないの?」「納得できるの?」「諦めるの?」ということなのです。はっきり、結論が出てる訳じゃないのにですよ。 自分が求めているのに、ダメだと分かってる状態で、友人・知人関係を続けられるのもきついはず。諦めようと思いつつ、こういうふうに相手の詮索(せんさく)ばかりしてる人=相手に入れ込んでる自分の姿を素直に受け入れられない人が、その執着を諦めることは出来ません。逆に”知らなきゃ良かった”と思うことも有るものです。 相手の心の仮説を基にしか動けない人は、いつまでもその仮説の積み重ねを続けてるだけ。幸せの周りをぐるぐる回ってるだけで、色んな形に見える相手の心に怯(おび)え、自分から何の手も打たずに、その内に、タイムオーバーとなってしまうのです。 だから、余計に悔いが残って、過去に縛られ、自分の評価を下げ(後ろ向きな人が持てるわけは有りませんよ)、”あーすれば良かった””こーすれば良かった”と、またまた、仮説をするだけで、さらに執着してしまうのです。でも本当は、仮説には検証も必要。 結局の所、そちらも行動力を要求されます。同じ行動するのであれば・・・・。 包丁を使えば怪我(けが)も有り得ます。火を使えば火傷(やけど)も有る。車の運転では事故も有る。宇宙に出れば帰ってこれない事も有る。 行動を起こせば、ハートに火を点したければ、何らかのリスクは必ず有り得ます。 ただそれでも、人間ですから、進まずにはいられないのです。 その自己矛盾を解決できないから、自然科学で有り得ないようなことに、縋(すが)ろうとしてしまうのです。
でも、実際は、どんなに社交的な男性であっても、真剣に相手の事を考えれば考えるほど、最初の取っ付きには、苦慮(くりょ)します。だから、 だからこそ、関係を持ちたいと思うなら、自分で電話したりして”今、何してるの?どうしてるの?”くらいの、”気にかけてるよ”光線をしょっちゅう出して上げるべきなのです。 それで、何度話しても、優しい答えが返ってこないなら、ちょっときついでしょうが、もし、優しい応対をしてくれたり、相手からもかかって来たり、(メルアドは、好意を受け取らないため・話したくないときの口実として使われる事も有るけど)携帯の番号などを教えてくれたり、プライベートなコミュニケーション(実際に話す事)が成り立つなら、もう心配は要らないでしょう。その関係は、友達と大差有りません。後は自分達次第でしょう。
「友達になって下さい」といって友達になる人は、余り居ないでしょう? 恋愛だって実際はそうなのです。 「付き合って下さい」「好きです」が、通用するのは、中高生くらいまででしょう。
もちろん、その交際の先に来るであろう、大切なシチュエーションでは、ハートのこもった言葉で、表現することも大切。 こういう時こそが、”好いと・好きやねん・好きだよ”の言葉が、強烈に意味を持ち得るのです。(■告白に関してなどに戻るけどね) でも、そこまで辿るなら、もう難しくはありません。 高が知れてる言葉でも、肩の力の抜けた、ダイレクトに気持ちの伝わる、善い言葉が簡単に使えるでしょう。
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<別れる前にちょっと待って!> でもこの、心が傷つけられる不安(承認欲求の裏返し)って、自尊心・プライドの強い人の交際にも共通で、関係が怪(あや)しくなると、相手を変に疑(うたが)って、別れを切り出されるかまだ分からないのにも関わらず、自分でけりを付けて、先に別れを切り出してしまったりします。 これ、少し足りないと感じるのは、自分からも信用して愛してない事の裏返しであるのは、前述の通り。また、この愛情が少し足りないと思うことが暴走して、好き嫌いをシーソーのように両極端にして、別の相手に走ってしまう(走ろうとしてしまう=今の寂しく不幸な状況を満たしてくれる相手を求める=今の相手との別れを考えてしまう)のは、この直ぐ下に有る説明の通りです。 恋愛の勝ち負けは、おかしい。別れるのは二人なのですから、別れる事自体が、二人の負けだと、前に書きました。そんな見栄なんて棄ててしまって、素直な気持ちを伝え合うのが、本当はベストなことでしょう。簡単に諦(あきら)めちゃ、今までに積み上げてきた関係が、もったいないです。 たとえ別れるにしても、しっかり、日記を読み返しましょう。第一印象や、どんな相手だったかも、思い起こせて、その結論をより的確に導くでしょう。特に、恋愛に限らず、人間関係に付いては、悩み事になる前の、自分の相手との本心を思い出す事により、より正確に結果を出せるようになるでしょう。自分が相手に本当に求めてるものを、鮮明に呼び起こせます。 でも、もう一度言いますよ、その1人になる=別れを言われる=傷付け・傷つけられることを怖がって、本当の幸せも望めないのです。 直ぐ諦められるような、恋愛とも呼べないことを続けてるなら、仕方有りませんが。 当然、関係を深められない・深めたく思わない人にも、同様に有る問題です(分かり合える恋愛をしたいと思わない人は、こんな所は読みもしないでしょうけどね(逆に言えば、自分で何とかしようと、ここまでお読み頂けるような場合、その行動自体、アクティブなのですから、必然的に答えは導き出されますよ。後少し悩めば、それが糧(かて)になって、自分を育てて、より良い関係に成れるでしょう。勉強も運動も壁に当たらずして、成長無しですよ。それは、心も同じこと))。
→ 多くの人と付き合えることを自慢したくなるのは、単なる承認欲求(優越欲)ですよ。自分が相手に釣り合っていなくって(負けていて)、自信が持てないからこそ、人に自ら言って認めてもらって、自信を補おうとするのです。”こんなに、いい女なのよ。”って。 逆に言えば、そういう、いい女じゃない自分も、内心では、認めてもいるのです。 オセロゲームのように、異性を振り向かせることのみに執着するような、モテモテで、とっかえひっかえするようなタイプも同じくです。自分のステータスをそれで高めたいだけ。それでいて、大切な人と思える人と付き合わないから=余り好きではない人と付き合うから、直ぐ別れられてしまうのです。■相手の人を本当に好きなの?はここ■こういう人と付き合う側から見ればこういう側面も有る■付き合わされる側の孤独感が、評価基準を下げてしまう問題はここ だから、次から次へと相手を受け入れては、それを補おうとする=内心にある自分を受け入れられないから、悪循環が断ち切れないのです。<人と繋がっていたいと言う感情的欲求が孤独感(こどくかん)を生んで、その疎外感(そがいかん)が飢餓感(きがかん)=食欲と性欲(結果、寂しさの裏返し)に直接繋がって、満たされようとする(好き嫌いを判断し、感情的な人ほど影響が大きく、女性は男性の倍の能力(左右の脳のバイパスの太さの違い(女性脳の方が太い)に関係していて、瞬間で男性より大量の情報を処理してしまう)能力が有る、大脳の扁桃体が、”(ほんの少し)足りないと思う愛情・今置かれてる嫌な状況・ストレス環境”に、過剰に反応して混乱し、前頭葉(理性)の制御が追い付かなくなった結果、興奮している扁桃体が直接、より下層の欲求に摩(す)り替えて、視床下部(性欲・食欲・睡眠欲)を刺激してしまうことによって代替で代謝させようとしてしまう、脳の機能のため)。誰かに肉体的に抱いていて欲しいと思うか、食欲(暴飲・暴食)で不安を打ち消して、安心しようとします。 普通なら第一に、より生命維持(せいめい・いじ)に近い欲求である、食欲(グルタミン酸などによる抑制)で補われようとします(逆に肥満の傾向が有る人には、性的なこと・快楽を自分に、素直に許せることも大切だということ。)が、ここで、承認欲求の強い、自分のスタイル・美貌(びぼう)を、しょっちゅう気にしてる人、ナルシストのような人の場合は、食欲に行か(行け)ずに、”男性の腕の中できつく抱きしめられながら眠りたい”という性欲に表れ易いです(これで、徹夜明けや、慢性的な睡眠不足が有る場合は、扁桃体からの興奮の出口は一ヵ所、”性欲しかない”事になってしまいます)。これが、■前述の遠距離恋愛(キスイヤ)の問題の所の理由。恋愛が純粋に、愛情だけでは、奇麗事(きれいごと)では済まないときが有ること。 一度構造が分かってしまうと、なんて事はないのですけどね。逆に言えば、適度な孤独感は、お互いの愛情を育みます。いっつもくっ付いてるだけが、ベストじゃ有りません。 これは、簡単。 相手の存在を意識すること、相手を思う愛情の強さによって、新しい相手を求めようとしなければ、その蓄積される情熱が、今の交際相手に、より素直に向かわせるからです(結局そこで、浮気しちゃうから・・・・我慢できないから・・・・破局するのです)。 大切な人に出会ったとき、優しさや、悲しみや、喜びの意味や、色んな価値観が変わります。本当の愛情を感じられるなら、決して、一人が寂しくなんか、ないのです。 この辺は、男性ほど知っておいて欲しい所です。過去より大切なのは未来。→
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ただ、遠距離恋愛(すれ違い生活)をもう少し補足すると、 女性脳の方が、空間認識力が低い(方向音痴に繋がってる)ため、物理的な距離感が、扁桃体のパニックによって、どうしても、二人の距離感を無限に広げて、何処に居るのか分からない不安(これが、逆側に出ると、それを言い訳として、別れたわけでも無いのに、関係が切れたと錯覚させて、自分を自由に思えて、新しい性欲に掻き立て動かされ易くなる。)不安を強くし、自分だけ取り残されたように、思わせるほどに、時折認識されてしまう事も事実です。 女性の遠距離恋愛(すれ違い生活)の場合、かなりの忍耐か積極性が必要になるのは覚悟しておいた方が良いでしょう。だから、■最後のページで、付き合い初めとかは、こまめに2・3分で良いから会いましょう、とご提案しているのです。 逆にご夫婦などで、(女性が)自からが別居を言う・距離を置こうとするのは、殆どの場合、致命傷になります。→
鎹(かすがい)となってくれるような絆(きずな−例えば子供)や信頼が無い、薄く細くなってるときこそ、要注意。平常時のときこそ、覚えておくと良いでしょう。 下記に続きますが、男性は女性に対して、女性は男性に対して、コミュニケーション下手。あなたが引き止めてもらいたくて、その心理が深層に有るのに、家を出たり、距離を置くと、繋ぎ止めようとするものが現実には存在してないのですから、関係が破綻(はたん)します。これをすると、お互いのプライドが足かせとなって、逆に、お互いに心が遠くに離れて行ってしまうのです。 相手の浮気が原因に、実家に戻るのさえも、自分の将来の生活プランは考えておかなくてはならないでしょう。時間と共に冷え込んで行くばかりになりますから。 だから、自立しておきましょうよ、と言ってるのです。 自立してることは、お互いへの労(いたわ)りという絆に変わり易いからなのです。
また例えば、極端な例かもしれませんが(そうでもない?)、自分の浮気(不倫)で、自分が家を出る事。これは、男性にも決定的な一撃に成り易いです。 もし仮に、自分で結婚指輪などを物理的に外す事に迷いが有るなら、内心では、その結婚を続けたいと思う心境も有る事になるでしょう。それが有るなら、繋ぎ止めるものが無いのですから、家を飛び出しちゃいけなかったのです。 旦那(だんな)の自分に惚(ほ)れ込んでる心に甘えたかったのかも知れませんが、(相手はともかく)自分が、信頼や絆を断ち切ってる立場を忘れると、破局(はきょく)意外の結果は出にくいでしょう。 主人公は自分だけじゃない。 こういうことが平気で出来る人に限って、大勢の人前で、堂々と、格好付けの、自己中心的な、恋愛論なんかを広げるから、要注意! 相手に対して思いやりが無く、決して尊重なんてできない。 良く噛み合ってる夫婦でも、相手が自分と同じ考えであることなんて、絶対思っていません。逆に、一緒の考えじゃないことが理解できるから、お互いに尊重しあって良く噛み合うのです。 みんな、自分の思う通りに動かないことを知って初めて、大人な恋愛感を育てられるんですよ。 ”あーじゃなきゃダメ。こーじゃなきゃイヤ。”ばかり言ってられるうちは、お嬢ちゃん、お坊ちゃまの、お子様と同じですよ。””内だけを、もう一度読んでみなよ。
絆や信頼が無いときに、離れれば別れが来る。 この当たり前の結論を、忘れてはいけません。やり直したいのならね。 ■浮気される側で言えば、自分たちの将来をはっきりさせられる、チャンスでもある。 相手が、離れて行ってしまう場合は、もう、自分だけではきついけどね。 ■特に女性は、27・8歳を過ぎる頃から、男性ホルモンの影響を受け易い事も忘れない様に。
→逆に言えば、女性は、本当は後腐れは無い方なのです。 その点、男性脳は空間認識に優れ、絶えず地図を意識してるかのように、「こっちの方角のこの辺に、居るんだよな。」「今ごろ、こんな事してるんだろうな。」とか、自然に思えます。 この男女脳の違いを、知っておいた方が、お互い良いでしょう。男性からのコミュニケーションは薄くなりがちだってこと。■ただでさえも、自分の弱みを隠し易いことも有る。 ■基本的に、男女のコミュニケーション方法は違うものだ、という事を覚えておきましょう。 さらに、付け加えるなら、愛情が距離で薄まるなんてことは、本当は有り得ません。 それは、ただ、元から薄いだけ−お互いの理解が少ないだけ、そんなに重要な相手だとは思えてなかったのでしょう。 距離で愛情が遠のくなら、単身赴任や、戦争で、一時的に分かれて住んでるご夫婦が全く成り立たない事になるでしょう? だけど、そんな事は有りません。 逆に、こういうハンディキャップは、愛情を深めるチャンスでも有るのです。 携帯がまだ普及してない頃、仲間内で打ち上げをするときに、テレカを持って落ち着かない様子の、遠距離恋愛中の友達が、その合間を縫って、公衆電話に嬉しそうに駆け寄って、話していたのを思い出すとき、 何も、便利で直ぐ話せるだけが、愛情を深められる事ではない、と思わせるこの頃です。 一生懸命に繋げようとする気持ちが、伝わらないわけは有りません。 後述の学者じゃないけど、不自由は、何も、愛情を奪(うば)うものではなくて、むしろ、愛情を鍛(きた)えるものなのですね。 文明がいくら進歩しても、愛情は変わらない。 もちろん、その二人は今も一緒です。
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男性の場合の、彼女にセックスばかり、体ばかり要求して、求めてしまうのも、同じ扁桃体の不安が原因。 女性はセックスに肉体的に繋がる事が出きる今に、その過程である絆(きずな−女性自身で分かってない人も居ますが、性器の交わり、そのものじゃないのです!)を求め優先します。愛情が有るから、裸で抱き合う事ができてるんだと、安心できます。 だから、セックスばかりする(一人よがりな、腰を振るだけの、ピストン運動されるだけの、性器を交えるだけの)ことに、心を置き忘れさられてる、体だけが目的のような感じがして、それを好みません。 エッチをすればするほど、どんなにその時に感じても、後になると、一人になった落差が、”あたしって、なんなんだろう?”とか、不安に思って、余計に愛情が遠くに感じられてしまうものです(この矛盾が、孤独感で余計に性欲(男遊び)を暴走させてしまう原因なのですが)。 逆に男性は、自分の性器を女性の体に入れる事で、自分自身を受け入れられ、認められたような感じがして、愛情を感じようとします。そして更に安心したいがために、求めようとします。簡単に言えば、自分が彼女にエッチしてる事で、性器を独占することで、彼女を占有・征服できてると思うのです。 けど、さらに裏返せば、男性が半ば乱暴に体ばかりを求めようとする事は、彼女を占有できてないと思うことの不安からであって、自分の自信の無いことの証明になります。また、こういう人は実際に感じているのか、いないのか、最中に聞いてしまう人も居るでしょう。■女性は、後で、この辺りを参考にすると、彼を直接安心させられます。 (女性はダメよ→■男性は、この辺りとか、他、この後のページ、を、後でしっかり読んでね。性器を交わらしてイク、絶頂感を得るだけが、性交では有りません。前述の通り、この本質を忘れると、彼女は離れていってしまうかも。) ダンディな男性が好きな女性の殆どが、良く聞くと、この自信の違いであったりもするものです。若さゆえのことでも有るのですが。 女性の場合と同じく、その行き過ぎる快楽が、(彼女の心を、また、(直ぐやれるような相手ばかり求めて)自分を本当に理解してくれる女性を、少しずつ遠ざけて)より占有できてないと思う不安−いくらやっても解消されない孤独感−を煽(あお)って、性欲の暴走が止らなくなってしまいます。 こういう二人には(交際相手がいるなら)、絆(きずな)をより深める事が何よりも大切です。 直接には、性欲以外の、食欲(手料理)・睡眠欲→(=落ち着ける場所・自分の部屋・テリトリーに受け入れること。例えば、友達と遊びに行くのにでも、形だけでも誘って上げたり、実際に連れて行く事(感情的欲求と承認欲求を同時に満たせる。手料理もそう(ちょっと手伝ってもらうと良い))。人前で、べったりまったり、して上げること。行うならたまにすれば良いだけ(し過ぎると、刺激が薄くなる)。 これらの効果は、性別に関係有りません。 逆に言えば、交際が順調に進んで安定状態(ステディ)になれば、男性でも性欲が落ち着いて、小猫や小犬を抱くように、一緒にくっ付いてるだけで満足できてしまうことだって有り得ます(■倦怠期(けんたいき)はまた別ですが■物理的・心理的に作れるドキドキ感(倦怠期脱出のきっかけ))。 自分の行動を逆に、「高校時代の仲間内だから」とか言って断わったり、自分の家にも入れないような、関係を拒絶する=孤独にすると、もう効果覿面(こうかてきめん)。 不安がどうにもこうにも成らなくなります(次に会うときには、別な人に気が移っていないか、愛情を確かめようと、もうレイプまがいになってしまうことでしょう)。まあ、これらも気配りの一つでも有るのですけどね。 ただ倦怠期でも、相手の心が既に移りかけてるときに、わざと仕掛けると、それを理由に関係を切られる可能性が強いので、わざと仕掛けるのは止めましょう。相手と自分に必要なものが、肌で感じ取れる人たちには、倦怠期に陥ることは少ないのです。逆に相手が分らないからこそ、倦怠期を不安に思う(不安の無い安定状態とは紙一重の違いでもあり、もし分ってれば、どうするにしても結論を自然に引き出せる)のですから、相手との距離感が分らない人が、企んで、これをすべきじゃないのです。 日本人の恋愛論は、これを仕掛けることを奨励し過ぎてます。本来、愛情はもっと純粋な気持ちの基に立つべきなのです。 特に、視聴率優先の安っぽいテレビの異常な刺激には注意です。 個人の人間関係は、面白ければなんでも良いわけじゃないのです。) 食欲(手料理)・睡眠欲→を上手く満たして上げられれば、彼氏が愛情を感じて安心して性欲が抑えられます。つまり、どう、あなたが、彼に愛情を伝えられるかでです。 これが、分かってないと、自分もセックスを嫌いになって、扁桃体によって、その嫌いという感覚が彼氏にも向いて、どんなに優しい彼氏で良い人でも、別れを考えたりしてしまいます。 男性で言えば、自分で処理するのが普通なんですから、彼女をティッシュ代わりに射精して、体に出すのも良く有りませんよ。じゃないと、いきなり切れる彼女なら、気付かないうちに致命傷になっちゃいますよ。すればするほど。■ただし、エッチそのものが悪いわけじゃなくて、時にはしがらみの全てを棄てて、とろけるくらいに激しく愛することの出来るメリハリは必要です。■愛情を、お互いに伴って、尽(つく)し尽くされることと、その安心感と快感が、お互いの愛情をより育(はぐく)むからです(場合によっては、女性自身が主導権を握ってして上げることも必要なことも有る)。■早く(関係が浅い時期での)多い性交は、男性ホルモンも減少させ、興味を失せさせる(クーリッジ効果)。■男性のみ、ここをクリック
→経験の多い女性ならなおさらですよ。振られた直後の女性が、不安定になるのも同じなんです。> それを断ち切るには、性欲に流されて、性的に満たされたいとき、抱いて欲しいとき、抱かれたいときには、寂しくて無闇に相手を求めるよりも自分でする、自慰行為の必要も有るのです。それは、他の人の目を気にすることなく自分で自分を愛すること、自分自身に興味を持ち、いたわり、愛せて=自分の本当の欲求に気が付くこと、自分を幸せにすること、自信を取り戻すことにも繋がっていくのです。(別れていれば、未来の新しい)大切な人を思いながら、自分で時間をかけて行って、深い強い快感(ドーパミンによる強い快感によって誘発される、脳のほう線核から分泌されるセロトニン(俗に幸福ホルモンといわれる)などの分泌される快感興奮脳内物質)により満たされ、一拍置く事によって、かなりのストレス(目に見えない形の扁桃体のパニック−ノルアドレナリンによる不快感や、くよくよ感のコルチゾールなど)が、γ(ガンマ)アミノ酪酸(GABA−ギャバ)などによって直接打ち消され抑えられます。■詳しくはバストアップの3P目に繋がります 先ずは、見つめ直して下さい。自分自身を。 無闇に相手を求める事に虚(むな)しさを感じられたなら、出口は直ぐそこでしょう。 ”あたしは、そんなにいい女じゃないかも”。自然にそう逆告白するあなたに、告白してきた彼が、自分を受け入れた人間的な大きさに、余計に好きなることは有っても、嫌いになることはないでしょう。 嫌いなら、男性は、二人きりで話すなんてことはしないでしょ?
遊びたくて仕方ない場合、その欲求を満たせられる組み合わせは、お互いに同じ欲求を持たせる環境に有り得ること。 これが、どちらかが愛情に執着した瞬間に、物理的に危険な関係にも成ってしまいます。そのことを内心で理解してるから、後腐(あとくさ)れの無いような相手を選び、簡単にセックスをし、余計に遊びに夢中になっていってしまうのです。 でも、こういう人でも、余計に、真っ暗な自分の部屋に帰ると、こう思います。”寂(さび)しい”と。 もしくは、それを基にする、別な、不安などの感情に置きかえられ、そのギャップを満たそうと、勘違いして、また次の日は更に相手を求めて遊んでしまうのです。 でも、本当は答えが既(すで)に出ています。 ”寂しい”。これは、本当は自分が「本当の相手=きちんと愛せる相手」、さらに、=「(悪い)自分を愛してくれる相手」を求めていることの裏返し。 寂しさを紛(まぎ)らわすためにいくら遊んでいても、これでは絶対に欲求を満たすことは有りません。 遊びたいのも承認欲求の一つの形。若い内だけだろうなと、どこかで理解し、それが、自分の肉体の美に直結してることが分かってるためです。または逆に、美のコンプレックスを穴埋めしたいだけ。 本当に満たしたいのは、感情的欲求であることが殆どです。<遊び人じゃない人にも重要なこと>
このコラムが納得できない方は、手をひざの上に置いて、手のひらを上に向けて指の力を抜いて、上を向いて目を閉じて、本心で思い起こしながら、読み返してみて下さい。きっと、見つかるはずですよ。 それでも、足りない場合は、■この辺り前後を読み返してみて下さい。
不幸とは反対に、幸せはそれと分かって感じるものではなくて、後になって思い出す時、幸福だったと気付かせられるものでもあるのです。
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実は安定や平凡なこと(毎日同じ時間に顔を合わせて、在り来たりな話を出来るような、単純な生活の繰り返し。)こそが、最高の幸せであって、波瀾万丈な、元祖ブリッコ歌手M・Sさんのような人生の方が特殊なことなのです。 家庭が退屈だから仕事をすると言うのも、才能や能力が有れば、自然なことかもしれません。 しかし、その仕事も、会社の中での単純な作業の繰り返しに過ぎませんよ。新しい人にどんどん会える?それも、販売促進活動における、単純な機械的な時間割されたマニュアル通りの作業では有りませんか。もし、人間関係を増やしたいと言うなら、定期的に転職を繰り返さないと、その自分で言ってることの実証にはなりませんね。同じ会社なら、人間関係も同じ部署の限られた関係に終始するのですから。
どっかの作家(私は
I原さんの言ってる事に感動したときが有りました。結婚しても、健康保険料や税金を一緒に払うのは、当然だと思っていました。しかし、あの人が「ギャルママ」たちの存在を前にして、「生き生きしてる」「のびのびしてる」からと言ってギャルママ専業主婦を認めてしまった事に、矛盾と憤りとやるせなさを感じました。 そう、最初に自分の本で言ってる、税金などに関しての専業主婦に対する苦言は、一体、何だったのでしょう? 狂信的で乱暴な言動のギャルママ達に、その行動力と若さの憧れを前に、自分の考えを簡単に変えてしまった事自体、あの本は「単なるあなたの過去の自分の家庭に対する文句に過ぎなかった」ということの証明になってしまいましたね。とても残念です。 税金・保険料で主婦が社会に寄生してると言うなら、ギャルママ達にもはっきりと、専業は、いけないと言うべきだったのですよ。それを、言えないあなた(I原さん)も、専業主婦の考え方と何ら変わっていない、社会に文句を言いながら寄生してるだけの人ですよ。人に「くたばれ」と言いたいなら、まずあなた(I原さん)のそのいい加減な生き方を、変えるべきでしょう。)
どっかの作家−でもないのに、自分の仕事でどのくらいクリエイティブなことをしてますか? そんな余裕有ります?自分の仕事で。 例えば、接客業などで、日々何が変わっていますか?何が進化出来てますか?何の効率を上げていますか?会社が儲けるために何が新しくなっていますか? それらを直ぐ言えますか? 製造ラインで働いてでもいれば、業務自体が縛られてもいる事でしょう。→
ホームヘルパーなども一日の時間が物理的に決まってるのですから、回れる家の件数も制限が有りますね。 ただ、前述のように、そんな仕事でも一生懸命に出来る仕事なら、嘆く必要も有りません。 そういうあなたの手から出て行くサービス・製品は多くの人の役に立つものでしょう。 たとえば、タイヤのようなものであっても、普通の車もF1のタイヤも、成分や大きさが違うだけで、人間が関わる工程はほぼ同じです。また、中小の缶詰工場などのようなものであったら、機械に頼る工程は減ってきて、人間による工程もさらに多く必要になってきます。叩いて不良品をはじけるのも熟練技の一つです。 イヤイヤするか、能動的に仕事に向かうかだけが、その後の到達度を決めるものです。 逆に言えば、儲かるからって詐欺まがいの商売をやっていたら、他の善良なサービスに淘汰されても当然ですし、情熱も続かないのも当然のことです。 現実に”どっかの作家”の本は、現在はあんまり売れていません。
→例え出来たとしても、例えデザイナー・作家であったとしても、何年も同じ仕事をしてれば、やっぱり、型が出来上がって機械的に同じ作業の繰り返しにならざるを得ないでしょう。小室Tさんの曲調がみんな同じように成るのと同じですね。 みんなが音楽家や美術家に成れないのと同じで、誰にでも出来る事ではないのです。クリエイティブ=創造性とは、結果であって努力じゃないのです。成果が残せなければ、仕事における創造性は意味が無いのですよ。 今の職場だから、自分が活かせない? それも、過去の自分の学力・実績によって決まった会社なのですから、全く逆なのですよ。 現状で目一杯活かせない自分に、他の職場で活かせる自分は、ほぼ無いのです。会社を起こそうとするような人は、育ちながらにして、そう育ってきているのです。 才能の無い人で、下手をしたら、コピーとお茶くみで一日が過ぎていたなんて事にもなるのではないでしょうか。 つまりそれらも、学校の父母会で、他のお子さんの親御さんに会うのと同程度でしょう。しかも、学校と言うコミュニティーは、業界ごとの壁の無い、多くの人が集まります。職種で言えば、こちらの方が多く会えるでしょう。 それより何より、物を作って動かすより、人間を育てること、人格を創ることの方が幾万倍も難しく、やりがいの有ることでは、有りませんか? つまり、本人の考え方、行動の仕方で、社会に対する接地面積が大きくも小さくもなるのです。 家庭に閉じこもってしまうのは、紛れも無く自分自身がしてるだけなのです。お子さんを中心とする社会活動は、結構多いはずなのです。それも出来ずして、社会進出は考え難いでしょう。→
補足ですが、知的生産の出来る人のみが優秀で、未来も安泰かと言えば、そんな事は全く有り得ません。 例えば、ソフトウエアの開発で言えば、中国やインドが既に力を付けていて、アメリカとインドの関係は密接です。一例を上げれば、ハリウッド映画のCGは、日本人よりインド人・ロシア人・中国人の割合の方が多いです。 さらに、そのプランニング・企画そのもの、映画製作では、既に中国の香港映画が日本映画よりシェアが大きいことは、ご存知でしょう(昨年から、今年にかけては、「千と千尋・・・」が大きく影響してはいますが)。 つまり、中国やインド、台湾、韓国、シンガポールなどにとって、農産物や工業製品のように、ソフトやプランニング・ビジネスも、全く同様に進出の対象で、規制緩和は同じように彼らにもチャンスになるのです。結局、この分野でも将来は、リストラの対象に成り得るのです。「開発部門は中国に移転します。」なんて、工場のようにも成り得るのです。もしかしたら、「国内には、調整工程ラインのみ残す。」と言うような事情から、「現場仕事でリストラが無いのに、開発部門から左遷後に半リストラされてしまった。」なんてことも起こり得るでしょう。また、開発部門の移転で無しに、会社そのものを起こされて攻め込まれることも有るでしょう。 とにかく、図面や文章で伝えられる技術なら瞬時に同じレベルになれるし、安い労働力でも、中国やインドで知的生産が出来ない訳じゃないのです。小説や漫画を書かないことも有り得ません。
補足を続けて、エリートとは、単なる統計学上の偏差値によって分類できるものであって、全体の大体2割がエリートと呼ばれていて、その2割のエリートが急にいなくなったとしても、残りの8割を10とする中から、また2割のエリートが創出されて、その2割がまたいなくなったとしても、また残りの人の中から・・・・と永遠に分類できて、分けられるものが、エリートの本質なのです。 例えば、暴走族になったとしても、そこにはやはり2割のエリート・幹部が小集団を統括して、その2割ずつが集まって、その集まった中から、また2割が総長になれると言うようなことです。その点、暴力団も同じですね。つまり、どんな世界でも、エリートになれるのはほんの僅かであって、また、そう人のみが、業界を越えて活躍できる人とも言えるのです。それは、漫画家や小説家を目指しても同じことです。買ってくれる、読んでくれるお客が無限でないのですから、シェアが有限なのですから、他の作家との割合で自分の位置が相対的に決められてるのも、本当なのです。つまり、一般的に大部分の人に才能は認められません。下手をすれば、才能よりも変わり者に認められることが落ちでしょう。 これらは、仕事における業界にも当然言えることで、相対的価値観にのみによって、エリートが決められてることに注意が要るのです。つまり、先の中国・インドのソフトウエアの話では有りませんが、仕事上間接的(輸出入)・直接的に国境を越えて来る、その必要とされている仕事全体の労働人口によっては、エリートから簡単に転落してしまう現実が、統計学上、人口の流動化で言えるのです。安いネギが輸入されて、日本で農家が出来なくなることと同じです。 威張って、その地位にあぐらをかくと、転落の人生が待っているのかも知れませんね。 ここまで来ると、給料が安い国には、何も勝てなくなる現実にお気付きでしょう。この事に気が付いた、アメリカは知的所有物・特許の保護に力を入れて、パソコンのCPUにしても、OSにしても、日本や中国で真似されないように、あの手この手で法的手段をとってきたのは、この15年くらいのことです。自由の国と言いながら、一番の保護政策を取ってきたのはアメリカでも有ります。 ニュースに良く流れる、半導体や鉄鋼の「ダンピング提訴(ていそ)」を聞くたびに思うことは、「アメリカのような大国でも、または、大国で有るがゆえに、自分らの国としての尊厳を守ることに、ためらわずに行動できる、うらやましさです。」 自分の国で、自分の国の産業を守ることが、いけないことなのでしょうか? 自由化だけで、成功に導けるのでしょうか? 少なくとも、アメリカは逆の政策を一部業界には取っていたのですが。
国際化は、給料の額も含められるのです。 アメリカや、カナダ、などの先進国でも、チップが必要な理由を知っていますか? 旅行専門のページなどを捜して頂ければ、分かりますが、 基本的に給料が安くて生活の出来ない人・低所得者が多く働いてるので、その人達のために、ホテルなどで、そのサービスを利用できる裕福な人が、僅かな額を分け与えようと言う精神で、行なわれていたのです。
自由化は、これから、貧富の差が広がって、これらを追従するようになる(V字型ではなくて、X字型の回復。駄目なものは、0へと近付き、良いものだけ一人勝ちする。)のかも知れませんね。
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貯蓄なしの世帯が20%強 資産保有の2極化進む 金融広報中央委員会(事務局・日銀)が2003年9月22日発表した2003年の「家計の金融資産に関する世論調査」によると、預貯金や有価証券などの貯蓄(金融資産)を持たない世帯の割合が前年に比べ5・5ポイント増加、全体の21・8%と1963年(22・2%)以来の高水準となった。 半面、貯蓄がある世帯に限った保有額の平均は、前年比38万円増の1460万円と3年ぶりに増加し、過去最高額となった。同事務局は「収入減などで貯蓄する余裕がない世帯が増える一方、貯蓄が高額の世帯も増えており、資産保有の2極化が進んでいる」と分析している。 1年前に比べて貯蓄残高が減ったとする回答は前年比0・8ポイント増の51・1%と3年連続で増加。減った理由では59・6%(複数回答)が「定期的な収入が減ったので貯蓄を取り崩した」と回答、過半数の世帯が貯蓄を取り崩すなどして長引く不況をしのいでいることを示した。 調査は全国6000世帯(世帯員2人以上)を対象に6月27日から7月7日に実施。回収率は69・3%だった。
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誤解が有るといけないので、追記しておきますが、駄目な業界といわれる土建業でも、要らないわけでも有りません。さらに日本を支えてるのは、99%の企業は、中小・零細企業なのです(日本の企業の中で、中小企業の割合は、数でいえば99.7%、雇用(従業員数)でいえば約7割です)。 強いもの=大企業だけが残れば良いというような、銀行の手助けだけの構造改革では、現在の日本は、本当は救えないのです。
交通渋滞による日本全国での年間損失は、時間にして38億時間、費用にして12兆円とも言われていますが。
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松下電器、中国中心に外国人200人本社採用へ
松下電器産業は2003年4月3日、2004年度の本社採用予定900人のうち、中国を中心に海外で外国人を200人採用することを明らかにした。同年度から、外国人を松下本社が直接採用する「グローバル採用」制度導入に伴う措置で、ほとんどが技術系になる見込み。 松下の本社採用はこれまで国内だけで、03年度は約800人だったが、優秀な人材を世界各地から集めることで、技術力を高め国際競争力の強化を狙う。
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| 中国へ事業部移転へ サントリー
サントリーは2002年11月26日、成長市場の中国での清涼飲料などの事業拡大のため、アジア地域の飲料の製造・販売を統括する「アジア・中国事業部」を12月1日付で東京から上海に移転すると明らかにした。 ビールのシェア拡大なども目指すほか、来年度以降、ウイスキーや花事業などにも進出したい考えだ。 ビールなど同社商品の中国での売上高は約150億円。ビールのシェアは上海ではトップという。移転する事業部には、事業部長を含む7、8人が常駐する予定。同社は移転で、意思決定から販売までの時間を短縮、より現場の需要に即した商品の展開を図る。 |
| MSがインドに4億ドル投資
インドを訪問している米マイクロソフトのビル・ゲイツ会長は2002年11月12日、同社が今後3年間でインドに4億ドル(約480億円)を投資すると発表した。投資は、同国でコンピューター普及を図り情報技術(IT)を促進するとともに、自社のソフトウエア開発センターを展開するなど事業拡大を図るのが目的という。 |
| 中国のIT技術者を日本へ パソナ
人材派遣大手のパソナは2002年9月26日、中国の大学などと協力し、情報技術(IT)関連の中国人技術者を、日本国内の電機メーカーなどに派遣する事業を、今月末から展開することを明らかにした。
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| 8年後に世界シェア20% ヤマハ発動機
ヤマハ発動機は9日、2002年4月に始まる新中期経営3カ年計画「NEXT50」を発表した。主力の二輪車事業で生産コストを3割削減するため、中国に部品開発供給センターを設立。欧米に比べてシェアが低いアジアでの販売を強化し、今年3月末時点で約8%の世界シェアを10年までに20%とすることを目指す。
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→確かに、動物には、新しい環境を目指すような本能もみんなに有ります。理性的に見える、今の生活を変えようとする欲求は、実はとても動物的なものです。例えば、 全く同じ水槽を幾つか付けてタコを飼育すると、その水槽の間を落ち着かずに絶えず行ったり来たりしています。この状態、精神不安定・情緒不安定な人間の欲求の状態・行動の、そのものじゃないですか?(結婚、即離婚、そしてまたすぐ結婚とかです。) つまり、カッコイイと思う活動的な行動も、実は理性で制御できなくなった動物的で下等な欲求を元に動いていただけなのです。 水槽が同じだと考えられるのも、ある行動をとった結果が同じ環境・境遇だと理解でき、認識できるのは理性有るゆえの結果なのです。その理性の抑制が少ないから、動物的下等な欲求にしたがってしまうのです。 進化で言えば、海から陸に上がって、不安定な2本足で歩いて、さらに、空気の無い宇宙へと、どんどん、生活場所を広げていくことでしょう。しかし、これは、自分達を増やしたいと思う、繁殖行動にこそ、その理由が有るのです。自分のコピーを増やしたいから、新しい環境を目指しているのです。それなら、安定して子供を育てられる、自分のコピーが安心して育てられる、目的の達成されている環境が現実的には良いに決まってるでは有りませんか。子育て、つまり、家庭を目的にするなら、安定することが唯一無二で良いことなのです。 「結婚の目的が式に有る」「平凡な生活は嫌い」と言うような、悲しい、狭量な人間になっていけません。結婚の目的意識をお互いに認識できれば、離婚すること無く、将来も続けて行く関係が保てます。家庭を続ける目的が一番にならないと、結婚は難しいでしょう。お爺さん、お婆さんになって、孫達に囲まれてる、家族に囲まれて、陽だまりのひまわりのように、お互い笑っている、在り来たりな事が一番幸せな事なのです。
在り来たりな事を、上のM(マゾヒスト)のように、自分の欲望が強過ぎて、退屈に想うようでは、とても不幸な人生になります。家族と在り来たりな生活を送れることが、一番大切なのです。 例えば、日本以外では、災害やテロや戦争で、一番愛する人を亡くすのは、そんなに希では有りません。では、こういう事が、今後日本で起こらないかと言えば、有り得ないと言うより、頻繁に起こり得ることです。その時になって、大切な人がこの世から消えてしまって、初めてその在り来たりさが、どんなに重要であったかを気付くのでは、遅いのです。 実際徴兵制の有るアメリカなどでは、戦争の直前になると、結婚や婚約をするカップルが増えるそうです。離れよう、離されようとするときになると、今まで気付かなかった、お互いの単純な関係こそが、どんなに大切か分かるのです。 学生で、初めて付き合う直前の感覚を思い出して下さい。 朝夕の通学の電車やバスで、遠くからでも顔が見られれば嬉しかったでしょう?「今日も会えた」って。 視線・目でも遭えば、それこそ、ハッピーな最高の一日になったことでしょう。 このときの感覚を、大人になって忘れてはいけませんよ。お互い。 どうせ後で、70歳80歳になって、人生の最後に近付けば、全く同じ事を思い出すのですから。 男女関係・家族は、とてもわずらわしい。肉体、精神が、下り坂になればなるほど、そう思います。 付き過ぎれば、みんなそう思います。付かず離れずが原則。■ただ、計算ずくで距離感を出そうと言うのは、ヒモ男と変わりません(無意識にお互いに有った距離感が必要で、例えば、「細く愛して、長く愛して。」なんて、言うほど離婚し易いのと同じです。愛情をコントロールして距離感を作るとき、その関係は本当は危うい状態なのです。上手く行くカップルは、太くも長くも、自然に愛せるのです)。 ただそれでも、離れれば、付きたくなる原則は、愛情によって行なわれるのは、直前の戦争の話の通り。 仕事をしていても、60歳余で普通なら定年になります。残りの平均26・7年を、どういう風に過ごせることが、幸せなのでしょうか。今のこの時が、未来へ連綿と連なってるのですから、今の考え方が、その時に大きく作用することは、間違い無いでしょう。その直前に修正したとしても、残された時間は僅かになるし、簡単に自分の人生を変えることは出来ないでしょう。今から、考えて行動することが大切なのです。 ■ただ、退屈が強すぎると、セロトニンが減少して、ときめかなくなることも有る。
直ぐには納得できないかもしれませんが、それでも自分の人生を幸せに過ごすために、絶対忘れないで下さい。 また、確かに分かってる人は少ないし(これが納得出来るあなたは、とても幸せ者ですね)、分かっていても実践するのは大変かもしれません。それでも、 幸せ・幸福って、不安(新しいこと、斬新なこと、ドキドキすること)と、安定(古いこと、平凡なこと、穏やかなこと)との、絶妙なバランスの上に成り立っているのです。また、ここが、物質を得ること・満たすことだけで幸福になれない理由です。物質だけでは、このバランスを見出せることは有り得ないのです。それは絶えず、片側の重みを付けて行くことにしか成っていないからなのです。 互いに相反するものが同時に均等分無いと(回数でなくて、質の事です)、基準になる位置が作れないので、どこまで行っても(満たされない)不幸せに偏ってしまうのです。5つの辛いことに、5つの優しさが有れば幸せに感じられるのです。逆に言えば、満たされて、倦怠期(けんたいき)に陥(おちい)る余裕(よゆう)が有るくらいなら、新しい何かを人生の目標にするのも良いでしょう。それは、もちろん、個人ごとのバランスで考えても良いし、二人で分担するのはもっと良いでしょう。外せない事は、人の巡り合わせ・出入りを絶たない事です。■理由はここで言ってます。
直前のタコの飼育の話にも繋がりますが、遺伝で言えば6段階に別ける事が出来、新しい事にチャレンジし易い(チャレンジ精神は全員に有るんですよ!)−新規探索傾向(しんき・たんさく・けいこう)の一番強い人=快感物質ドーパミンの分泌レベルの一番低い人は、日本人の場合、100人中1人くらいしか居ません(この極端なバランスが有るがゆえに、この1人の方になると、価値観のバランスが合う人が極端に少ないので、1人でタコのように空回りする事が多くなってしまうのですが)。 長い封建社会(ほうけん・しゃかい)や、その前の戦国時代や戦争の中で、互いに共食いをしていった事や、「出る釘は打たれる」というような格言の通り、大部分の革新的な人が排除されていったからに他なりません(アメリカでは1/5も居る)。 早い話、日本人の場合、チャレンジしたい感覚を自然に意識せずに作れる才能を持つ人は、殆ど居ないと思うべきです。つまり、それを意識して、退屈になり過ぎないよう−保守的に成り過ぎないよう、いつも理性でそれらを管理する必要が有るのです。
そして、やりたいことばっかりすることや、その逆に、我慢してばっかりだと言うのは、明らかに間違いです。そんな時は、家族としての繋がりを中心に考えて、何が大切で、何を守りたいのかを、話し合ってみれば良いのです(この話し合いも出来なければ、もう言うまでも有りませんね。やがて2人の関係が終焉(しゅうえん)を迎えるに違いないでしょう)。
特に意識的に、自分が不機嫌(ふきげん)になってみて、わがままを言ってみて、イタズラしてみて・すねてみて(これが、かわいいと思われてることが多い(と自分で錯覚(さっかく)してる)ので、図に乗ってしまいがちですが。S・Tまおさんなんかがそうかな?)、相手を困らせ、振り回して、許してくれるかどうかで、自分に気を引こうとするのは、止めましょう。これが出来る人は、自分がそうされる・試されるのは、大嫌いなはずですよ。”あたしは、試されるの、大嫌い。”なんて、平気で彼氏に公言するような人に限って、二面的に、自分では試そうとします。 それは、逆にすれば、自分自身が相手に対して、警戒心や不信感の強さを表してる結果ですよ。自分が愛されているか分からない=自分が正面から愛せていないから、でも有るのです。 これに、相手に気が付かれると、信頼関係が成り立たなくなり(自分で壊そうとしてるのですよ!)、嫌気が差して、離れて行ってしまうでしょう。■悪くなるのは、必要ない。 素敵な恋愛がしたいなら、前述のように、こういった心のお飾りは、全く不必要です。 いじめてることが好きなことだ、というような、小学生のままでは、やがて嫌われてしまいますよ。素直になって、信用して上げて、大人になりましょう。 それが、信用されて、自分の輝きを増して、相手を釘付(くぎづ)けにする秘訣(ひけつ)であるのも、すでに言ってる通りなのですよ。
ちなみに、真逆として、わがままを聞いて、したい放題許すことが、包容力が有ると言うことでは有りません。それは優柔不断な下心有る打算からでしょう? お互いの将来の関係を考えたら、譲るべき所は譲らないと、長い関係は保てません。 愛してるから、かわいいからと言って、愛情が、子供や相手を自由に遊ばせる、何でも許すことでも有りませんね。実際、分かってもらうには、物凄い忍耐力が必要になります。この時の我慢、切れないで話し続けることが、包容力では有りませんか。 我慢をさせて分かってもらうのも、包容力で、愛情なんですよ。 愛することは、’良い子にならず’に自己犠牲することでも有るのです。人としての芯・厳しさが自分に無ければ、人を愛するなんてことは、簡単にできないのです。 逆に、子供のときのように、親の顔色を覗(うかが)うように、自分のせいにして、卑屈になる必要も有りません。 親なら、良い子にしてれば、無償の愛情を与えてくれますが、男女関係では、それでは成り立たたないからです。 逆に、そんなにきりきりしてるあなたに、今の自分自身と同じように安らぎを得る事が出来なくなってしまいます。もっと今の自分を受け入れて、素直に感情を表現しても良いでしょう。 「良い子で居たい」というのは、■承認欲求。内心では、それに反する自分に無理をしてる証拠です。本当の良い子は、自分にこそ嘘を付かないことなのです。良い子になろうとしてる内は、本当は良い子じゃないんですよ。 ■人間関係は振り子の様。一方的な事が、一番良くないです(ゆっくりここまで、読み返して来て下さい)。
戻って、同じようなアイドル系の
N山T(C)さんでもテレビで高校生のときに彼氏の家にお泊りしたときの快楽の話などをしていますし、山田Mさんの自他共に認めるエッチ、自慰好きは有名です。歌手系でもS−−VAさんも何の抵抗も無くしてることを認めていますし、a−k−さんも、自分の部屋に大家さんが突然入って来ることを、「一人でナンカしてるときに見られたら大変」ということを、否定もせずにすんなりと恥かしそうに、はにかんでうつむきながら認めています。その恥かしそうな表情から自慰の事であることは、しっかりイメージしていたことは、間違い無いでしょう(実際その一人エッチの会話もしていた)。 また、レースQから癒し系グラビア・アイドルに転身した(2002.4現在)Y岡M穂さんも深夜のテレビ番組でマスターベーションの仕方の話をしてるときに、「M穂ちゃんはどうやってるの?」と聞かれて、返事が出来ずに、はにかみながら恥かしそうにしていました。マスターベーションをしていないなら、普通なら他の子のように「知りません」「してません」と言えば良かったのですから、現場のスタジオの雰囲気から「本当の事を言わないと、いけないのか?」悩んでいた様子が、画面を通して良く分かりました(分かったはずです)。少なくとも、そんなに定期的に頻繁にはしてないけど、マスターベーション経験が全く無い訳じゃないと言うのが、顔のその困った表情からよく分かります。癒し系だから、清純派だから、って、自分を慰(なぐさ)めては、そのキャラクターに反するとは言えませんね。人間として普通で当たり前でもあります。 また、同席のHしのEみさんは、女性作家SもとM明さんの「化粧瓶の細いのに、お湯を入れて(膣に)差し込んでするの。」と言う言葉を、自分が司会進行をしてる訳では無いにも関わらず、顔もそらさずに、しっかり目を見て’そんな方法でも有りなの?’と言うような興味津々(きょうみしんしん。建前?)の顔つきで、その話を聞いていました。 たとえ建前だとしても、基本的なマスターベーションの方法が分かってなければ、話の深さに合わせた、そこまでのリアクションは難しいですね。基本的な方法が分かっていて、性的快感の分かっている大人の女性であれば、試した事が無い・一度も無いと言う方が、圧倒的に不自然でしょう。そこでの番組で話に出ていた通り、大人の女性なら読むような女性週刊誌にでも、たまに「オナニー特集」「マスターベーション特集」が有りますしね。やっぱり、興味が有ってマスターベーションすること、性的快感を得る事の方が人間として自然なのです。 この他、バイブレーターやピンクローターの話を笑って出来る、MべKりさんや、FもとAやさんなども、居られます。実際に持っているかは、また違うでしょうけど、それなりにどういうことに使うかも、使えばどうなるかも分かっているのも確かでしょう。知っていれば、前述の通りに近いと見て自然でしょう。 また続けて、Hなシーンの多い女流漫画家・小説家のU田S菊さん・SもとM明さんもズバリ、快楽が好きであることは公言されています。さらに、最近(2002.1現在)ニャンニャン写真が公開されてしまった、結婚されて子供の居るママドルのH・A子さんや、H・Aさんと同じ事務所の元グラビアアイドルで外人と付き合ってる(2001.12現在)さん(テレビでSEXが愛情表現のボディーランゲージだとも自分で言っていた)さえも、快楽を受け入れることが好きなことは、もう隔しようが無い、疑いようが無いでしょう。交際したいと思う欲求も、性欲を満たしたいという欲求の理性への影響がさせているからです。 それくらい、また、大人の女性なら、みんな普通にしてることなのです。興味を持ってることなのです。それくらい、いけないことではないのです。 ですから間違っても、自慰行為をすることが、いけないとすることは、逆に、してはいけないのです。 全く普通なことで、決して卑らしいことではないのです。人に自慢することでも有りませんが。
お気付きかもしれませんが、こういう風に、マスターベーション→ (自分で快楽を得る行為。本当は自画自賛(自慢)することも精神的なマスターベーションで、肉体的なものとは精神的には同一です。つまり、テレビに出れるような芸能人のように、人の前に出ようとすることと同じで、人から見られることが好きなM(マゾヒスト)の一形態に同じなのです。 実際のSMで言えば、知らない人は、S(いじめる方)が主導権を握ってるように見えますが、実際は、Sには、M(いじめられる方)の快感の場所や具合を理解できてないと単なる暴力に変わってしまいます。現実的には、主導権を握るのは、M(マゾ)の人が許せる範囲にしかないのですから、Mの人が握ってること、つまり、主役は必ずMの人に成ります。主役に成りたい人は、Mに共通してしまうのです。”同情するなら金をくれ!”じゃないけど、”おしん”にしても、”スチュワーデス物語”にしても、主役はMで成り立つのです。いじめられてる姿を見られる事・それを想像する事が快感に成るのは、性的SMも、芸能界のSMも、同じなのです。いじめられることで中心になろうとするのは、リストカット症も同じくです。 芸能人達が競って公言してしまう理由も分からなくも無いでしょう?マスターベーションを人から見られながら、想像しながら、してることと同じって言うことです。例えば、2002.1現在、アイドル女優のなどの、ニャンニャン写真にしても、残れば別れた後で公開されてしまう可能性が有るのは明白でしょう。それでも撮られたいと思うことも自慰行為と同じであって、それによって快感が増すことを本能的に既に理解できてるためでしょう。少なくとも、K谷Sかさんのようなベッドでの性交中のフルヌード撮影は、普通の人なら抵抗は有るはずです。 また、演出のページに有る、下着の話しのところで前述の通り、MべKりさんやAざいH子さんのように、乳首をポッコリ膨らませて、透けさせていてもテレビに出られる人も居るのです。S戸Aかさんのように、水着が透けていてもグラビア撮影しなければ、生き残れないし、大勢のスタッフの前で着替えたり、ハプニングで全てを見られてしまう事だって、往々にして有るのです。そのくらい、基本的にエッチに成らないと、タレントには成りにくいし、オーディションでも個性的、エロチシズム、セクシーさが感じられなければ受からないのが本当でしょう。好きなタレントを思い浮かべて下さい。)
→マスターベーションをしてることを、快楽を得る行為をしていることを、自分でも認めてしまうような人に限って、物凄く綺麗だし、ダイナミックなプロポーションの持ち主であることに注意が必要です。つまり、快楽を得ることが身体を女性らしく成長させるための一つの方法であることは、逃れようの無い真実でも有るのです。 特に、逆説的に考えれば、芸能人にはこのエッチな気質、マスターベーション気質も絶対的に必要になるのです。どこぞのK姉妹の様に、ギリギリまで見せるようなことは、当たり前なのですから。ドラマなどで役をこなすにも、実体験が伴わなければ、表現も難しくなるでしょう。 女優のF谷M子さんやアイドル系のH末・Rさんや、F田Kさんが、思春期後期に精神的不安定、情緒不安定になり(雑誌やワイドショーネタに成ることが分かってるのに)奇行や変わった発言が有るのも、芸能人になれる気質が、性的M(マゾ)気質が無いと成り難いことを考えれば、ある程度のこういった性癖を持つのも仕方ないことが、理解できるのではないでしょうか。 前に、女性ならある程度はMっ気は有ると言いましたが、女性が芸能界・アイドルを目指す理由も、根本的には同じ気質だと理解できるでしょう。男性のページ(P.4)では説明しましたが、基本的に女性には自分を(性的に。セックス-)アピールしたい本能が、進化の過程で身に付いてしまったのです。(ミニスカートやキャミソールの理由ですよ。)
エッチだからプロポーションが良くなるのか、プロポーションが良いからエッチになるのかは、微妙なところですが、どちらの可能性にしても、自意識が強ければ強いだけ、そのきっかけを得る(女性男性ホルモンの効果)のですから、ニワトリが先か卵が先かと言うような事柄だと思います。これを、動物としての進化で考えれば、 エッチ、性欲旺盛な方が妊娠の可能性が高くなり、繁殖能力が高いと言うことと、進化の過程で、直立歩行をし、道具を使い、体を大きくしていくときに、脳の進化(頭の大きさ)が倍倍になって人類の種が変わって来ていることと、さらに、毛皮などの衣服を身に纏(まと)うようになって、羞恥心(はずかしさ)により性器や胸が隠されて、その反対に繁殖時期には、セックスアピールが分かり易い、衣服を通して外見から見て分かる部分で、より肉体的な特徴、つまりセックスシンボルが必要になり、結果的に、男性が女性の胸と骨盤(より大きな体と脳・頭には、大きな骨盤も当然出産時に必要であった)胸とお尻の大きな人ばかりを選んできた結果が、猿や類人猿のメスの胸とは全然違って、進化して人間の女性の胸だけが、ブラジャーが必要なほど大きく成長した理由、胸が大きくなった理由、くびれの有るプロポーションの理由だと言うことを考え合わせると、生物の存在理由は繁殖行動に有るので、当然、繁殖能力が高いことと胸の大きな事・ダイナミックなプロポーションは同一評価基準に並びます。 つまり、女性の進化がエッチで性欲旺盛で、骨盤と胸の大きな女性が自然淘汰(性交渉のときに相手にされない事で子孫が残せず、環境に合わない物が絶滅された−男性の意志によって選択された−)で残された結果であると言うことを考えれば、
(理性が介在しにくい、本能的な選択、生態的に骨盤などの制限が、繁殖の基準であった頃は、エッチさとプロポーションを2軸X,Yにとって見れば、そのどちらかが無く(軸近辺)ても駄目なので、かつ、また、より性欲旺盛な方向、よりプロポーションの良い方向へと選択が進む( 目指そうとする
- 現代人に言えなくも無いでしょう? みんなセクシーになりたいし、プロポーションを良くしたいはずです。この二つを分けて考えてる人が居ますが、実際にプローポーションを良くすることがセクシーになって行くことと別だとは言えませんね。それは、セクシーになりたいからプロポーションを良くしたいと言うことも含んでいるのです。 そのセクシーさとは何でしょう?綺麗なお洋服が着たいから?では、なぜ着たくなるのでしょう? 良い女になりたいから?良い女になるとは、セックスアピールでは有りませんか? そのセックスアピールはどこに向いてるのでしょう?同性に?そんな建前は、止めましょうよ。その自分の本当の声を理性が格好付けて隠すから、幸せに成れないのですよ。自分の願望を正面で受け止めましょう。”女”を意識するときは、その相対として”男”も意識して当然です。女だけなら性別を意識することは無い(人間で有る以外の修飾詞は要らない)のですよ(例えば、私たちは宇宙の外側・宇宙人から見れば、地球人であると認識できますが、普段地上に居るときには地球人であることを認識できません。何人?と聴かれて、「日本人」や、人によっては、せいぜい「○×県人」と狭くも答えてしまうでしょう。 つまり、自分の属性(どこに属しているのか)を感じられるのは、それらを集合とする比較対象が存在し、理性で認識してるからに他なりません。 ”女”・性別を自分で意識してること。それは、”男”・異性からの視線をも感じて認識してる証拠でも有るのですよ)。 つまり実は、素敵な相手に認められたいから、巡り合いたいからでしょう? なんで、十代も中頃になれば彼氏・彼女が欲しいと、コンパだ合コンだとみんな騒いでるのでしょう? 避妊をしてのセックス−つまり快楽だけのために性交・SEXをするのは人間だけですし(動物からみれば、彼らに考える能力が有れば、滅茶苦茶エッチだと思われても仕方ないですね)、原始的な状態から性交を考えると、そのバリエーションの多さ・増加をみれば、一目瞭然です。私はフェラチオ・口腔性交をする犬はもちろん、猿(正常位が出来るなど、快楽のためにするサル、これは、最近出てきたらしい(逆に言えば、知性の発達とも密接に関係してることも見えてきます。だから、こればっかりなことに、野蛮なことに思えて、不安が付きまとうのですね。))をも、見た事有りません。フェラチオだけでなく前戯・後戯をできるのも(これはまだ)人間だけでしょう。ファッション的に言えば、プロポーションを良くする事を自己満足と言う人が居るかもしれませんが、それこそ「なぜ自己満足?」って、聞いてみて下さい。確たる答えは無いはずですよ。そもそも自分の満足と言うことが、性ホルモンの影響と遺伝子に刻まれてきた(相手に好かれようとするためのセックスアピールという)向上心がさせているだけなのですから。 )選択が進むので、グラフを右肩上がりに推移・進化が起ころうとします。つまり、)
プロポーションの良さとエッチさが比例しても、進化上は全く可笑しくありません。言い換えれば、 セックスシンボルの目立ち易さ=エロチシズム:セクシーさと、ナルシズム:性的欲情が比例する、と言う当たり前の結果に戻る事に、その証明がなされてると言っても良いでしょう。 プロポーションを良くする為に、女性ホルモンを多く分泌する為に、排卵周期は短くなり、一年中とも呼べる繁殖期間(これは人間だけの特権です)を得ることが出来たのです。猫のように「にゃ〜〜〜〜〜〜おん」「みゃ〜〜〜〜〜〜おん」と生理の排卵周期で一年に1回2回しか発情しない、ムラムラしない、恋をしないより、愛情を受ければいつでも、相手を受け入れられる、また、生理の周期で月一回は発情する方が魅力的でしょう。生理の前後に有るイライラは発情期に入った本能とそれを無視しようとする理性がケンカをしてる証拠なのです。(実際は、発情期間、繁殖期間の多くて長い人だけが、数的にも勝り、増えることが出来て、繁殖期間の短い、少ない人が自然淘汰された結果で、性欲旺盛でプロポーションの良い人だけが残されていったのです。) 好きな人が出来れば、一緒に身体をくっ付けたいと、理性では押さえられない、感情・気持ちになりますね。また、相手と付き合いたいと思いますね。その気持ちそのものですよ。 逆に、もしかしたら、今の自分のプロポーションが自信がなくても、エッチさ、色っぽさが強く(勝負)出来たら、男性には受けが良いかもしれませんね。
余談ですが、ソープ嬢やAV女優、ヌード写真を撮るタレントななどの見せる商売の風俗系の女性には、いくら商売用とは言え、胸の大きさに執着して、豊胸手術などを受けたがる(男性は陰茎で読み替えて下さいね)のは、胸−セックスシンボルの大きさと性的欲情が比例することを、心の奥底では解っていて(男性でお読みなら、なぜペニスを大きくしたがるかと言えば、もっと興奮したいから、もっとエッチに成りたいからでしょう?女性も基本的に同じで、”ファッション的に同性へのアピールだ”、”自己満足だ”と言うのは、女性の中でそれとなく目立って、最終的にそれによって異性から、好きな人から注目されたいという目的が、心の奥底に有るのであって、同性から嫌われないようにするための、仲間はずれにされないための間接的表現の一つであって、ただ単に自分の欲望を美化してるだけでも有るのです。)大きさと性的欲情が比例することを、心の奥底では解っていて、深層心理では性に対しての執着心、卑らしさが多く有り(だから、逆に、エッチに思われないように”自己満足”を強調してしまうのです。)、自信を持って良い相手と知り合って、その欲情・欲望を満たしたいためでも有るのです。簡単に言えば、セックスシンボル−自分の胸・体に興味を持っている、ナルシストタイプなのですから、これも自分で自分を慰めるという、性的快感を得たいと感情が働く、自慰気質・マスターベーション気質とも言える訳です。それが、性的コンプレックスに繋がって、普段も胸が小さいことを気にしてしまうのです。
ミニスカートや、タンクトップや、キャミソール、海やプールでのビキニ水着など、下着や肌を多く露出させるような格好を、年頃の女性のみんなが競ってする・見せたくなってしまうのは、異性に対してセックスアピールをもっとして、目立って、良い相手を奪(うば)い取りたいという、遺伝子がさせる本能が働く(猫や犬が生理の間近に、さかりの付いた鳴き声を繰り返すのと同じ)に過ぎません。子供も出来、ある程度の年齢になれば、逆に露出を抑えたくなるのも、その証拠です。■クリック→肩を出したがる意味について 同性どうしの中でも目立ちたいのは、群れの中で目立って、繁殖のため・子供を作るために良い相手を獲得するための、本能の働きでもあるのです。 意外に自分たちのことは、何も分からないのです。
何の必要の無い、こんな女性タレントまで、 必要性にかられてしまうとき・脱ぎたくなるときが有るのも、事実なのです。 他にも、こんな幅跳び、高飛び、といった陸上競技でも、 性的な高揚感(こうようかん)が余計に得られて(=興奮・奮起して)、 成績を上げられることを、本能的に理解してるから、 勝負服としてのユニホームも、露出を高めることをしてしまうのです。
■クリック→ダイエット願望の本当の意味
逆に、肌を露出させて、人に見られることにより、女性ホルモンが増えて、女性的に若返られるのも、遺伝子レベルで見れば当然なのです。 だから、外見的に制服などで露出できなくとも、内側の下着の露出度・派手さ・セクシーさを高めて、ブラウスやTシャツ、スカート、パンツから、レースデザイン、形や色が微妙(びみょう)に薄(うっす)らと透(す)けさせることで、恥(は)じらうようにしながらも、見られてること・見られそうなこと・見られていそうなこと、を、ドキドキと意識(この性的な意味での、ハラハラ感・高揚感(こうようかん)・興奮感(こうふうんかん)がとても大切)ドキドキと意識し、感じながら、自分の脳を直接刺激出来れば、女性ホルモンが増えて、より女性らしいプロポーションにも、より乳房を大きくも、変われると言えるのです(露出狂に成ろうと言うのでは有りませんよ。念のため。裸を見せるのではなくて、多かれ少なかれ、どうしても透けてしまうことに、度胸(どきょう)を決めて、内側からセクシーさを高めようと言うことです。その結果、脳が女性としての本能に目覚めて、活性化させるのです。ただ、推定少女さんみたいに、(もちろん衣装で、見せパンでしょうけど)完全に露出するのは、タレントでもなければしない方が良いです。既出ですが、僅かなヒント・手がかり(チラリズム−ちらっと少しだけ見えてしまうこと)こそがフェロモン効果・女性ホルモンのアップ効果を高めるのです。あそこまで行くと、次は本当に見せるしか残って無いようなものです。 ですから、胸の小さい人ほど、水着のタンキニなんて選んだら駄目ですよ。はみ出すように露出を上げた方が大きく見せ易いのは、こちらで、ご説明した通りです。 度胸を付けて、小さいビキニ、リオバックのショーツに柔(やわ)らかい三角カップのトップなどのものを選んで下さい。ワンピースなら、競泳水着のように、ハイレグ度、背中やお腹などの露出度の高い物、生地の透けるくらい薄い物で体のラインがハッキリ出る物を選びましょう。それが、水着の選び方です。 見せるときには、徹底的に、自分の思ってる恥かしさの限界を超えて、ぎりぎりまで露出度を上げること、また、レーシーやシースルーなものを選ぶことこそが、女性ホルモンを増やして、プロポーションを良くする秘訣(ひけつ)です。人=異性に見られることの高揚感を、ぜひ感じて下さい)。 競泳をする男性のペニスが大きいのは、これも、運動してる効果のほかに、人に見られてることを意識してる心理的肉体効果も有るからなのです。 K姉妹だって、「見せたい」と、いつも思って露出を多くしてるからこそ、あそこまで胸を大きく、プロポーション良く、出来た一因なのです。 普通の人では外見的にアウターが、社会的に制限が多いのは仕方ない(ドレスで通うわけいかない)ですが、中身・下着においても、露出度(ろしゅつど)や華美度(かびど)やセクシー度を抑(おさ)えてしまうことは、早く老けて、老化を進めてしまいます。 柄(がら)無し模様(もよう)無しカップや、ショートガードルなど、響かない下着ばかりを、選んでいては、気にしていては、駄目ですよ。それは、そのまま、周りの人への無意識のガードを高め、相手を遠ざけさせ、逆に自分に返ってきて、性ホルモン上も、アピール精神=若さと、やる気を確実に失わせますよ。 性(男性・女性)ホルモン量とやる気が比例してるのは、バストアップ項で説明しています。 逆に言えば、外は厚く隠しても、中=下着・インナーを派手にすれば良いのです。■ツボはここ。 どんなときでも、彼がいてもいなくても、毎日が勝負下着にして行くくらいで、丁度良いのです。女は度胸ですよ。 若いうちに、抑えることを覚える必要は無いのです。それが、若さなのです。
「ファッションのために、自己満足で胸を大きくしたい」と言うような人でも、そのセンスやスタイルを誉められればとても喜びます。 そこには、人から認められたい・人の視線を集めたいと言う、潜在的欲求・本能が存在することは、間違い無いのです。■クリック→
性とおしゃれの本質 こういう”ファッション的に”、”自己満足で”というような建前の、人の言うことを真に受けて、自分自身にすり込んでしまった人は、とても悲劇です。■クリック→
性を嫌ったり、諦めれば、男性化してしまうことも・・・。
はっきり言ってしまえば、自己満足というのは、他人に対しての相対的な幸福度に由来します。周りに比較できる対象例・目的・目標、もしくは、人からの注目が存在しなければ得られません。つまり、自己満足で納得できるときは、世間的一般レベル・平均を超えることが前提になっているのです。そう、自分の満足と言いつつも、その実は、他人に対する優越感(ゆうえつかん)で成り立っているのですよ。自己満足と人に言うほど、その裏には、他人・それを聞かせてる相手を追い越して、自慢したいという不細工な裏心がミエミエに存在してるのです。本当に自分の価値観だけなら、人にそれを言わなくとも、満足しようとしてれば、口にも出さなくても済むものです。登山家が山に登りたくて、黙々(もくもく)と訓練や山登りをするのと同じで、また、昇れたことを決して自慢しないことと同じなのです。 それは仕事でも同じことでしょう。 自己満足、すなわち、自分の価値観としての満足度を狙うなら、他人は関係有りませんね。他人が関係ないということは、人や世間とプロポーションを比較する必要は全くなくて、ゆえに、本当の自己満足というなら、胸の大きさなどを悩む方向には、出現しません。どんなプロポーションでも納得できてしまうことが、本当の意味の自己満足なのですよ(つまり、言葉の使い方の意味が逆だって言うこと。「今のプロポーションでも自己満足だよ」とやるのが普通で、「自己満足で胸を大きくしたい」のではなくて、少なくとも、自分自身には、はっきりと「人より大きくしたい」「人並みに大きくしたい」「恥かしくないように、目立ちたい」と言うべき、認識すべきでしょう)。 自己満足なんていう言葉は早く棄てて、自分の本当の願望に目を向けるべきなんです。プロポーションを良くして、人より、または、人並みに胸を大きくして、「本当にどうしたいのか」を認識することが大切です。 少なくとも、自慢したり、納得したりすることだけが、目的ではないでしょう。きれいな洋服を着て、どうしたいのかを見つめ直して下さい。その先に、意識が変わって、脳が変わって、プロポーションが良くなれると思って下さい。見られることで綺麗になれるのも、これらの理由からなのです。 誰にセックスアピールしたいかが肝腎(かんじん)なのです。
ちょっと考えれば直ぐ分かりますが、元々、プロポーションと個人の才能・能力・性格は全然関係無いし、胸の大きさと綺麗であるとか・美人であるとかとも殆ど違うからです。胸の小さいタレントやモデルは多く居るし、 反対に、牛のように胸ばっかり大きくても・・○△◇・・だったら 駄目でしょう。ということは、胸の大きさで全てが決まる訳では無くて、むしろエッチさのみが違うだけくらいと理解してても、殆ど問題は無いのですよ。それが、女性のセックスシンボルが胸であることの証明でも有るのです。 単直に言うと、胸を大きくしたい・プロポーションを良くしたいというのは、早く、かつ、もっと、性的に満たされたいという本能の代替欲求でも有るのです。その本当の心に覆いをかけて規制をするから、日常的にイライラしてる(ご夫婦仲の良くない)人も多いし、欲望を無視するから、食生活などに影響が出て、逆に胸が成長できないのです。寝ないで居ると、食欲が無くなるのと同じで、生きるための欲望は、素直に自分で受け入れる必要が有るのです。 また、忘れてはならないことは、胸を大きくしたいということは、−他人・特に男性から見ればほぼ確実に−セックスシンボルをもっと目立たせたいこと、すなわち、エッチさをもっと極めたいということと同等だと言うことです。 男はもちろん女も、やっぱり、胸の大きさは基本的・深層心理的ににエッチさなんですよ。■クリック→
男性の本心・本質
中学生くらいに既に巨乳になってしまって、大きい胸を小さくしたい、胸を潰したいと悩むのは、そのエッチさ・大人の女性になっていく自分の性を、自分で認めて受け入れることがなかなか出来ないため、セックスアピールを、未だしたくないと思うため、なんです。 ここからも、セックスシンボルである胸を大きくしたいと思うことの、逆の意味での心理が分かりますね。
胸の大きさで言えば、今でもCカップやDカップ、Eカップなどは増え続けていて、世代が進むたびに、さらに大きくなろうとしてるのも、感じて頂いてるし、すぐに理解できるでしょう。巨乳タレントと呼ばれる人達では、Fカップは当たり前で、GカップやHカップまでも、当たり前に成りつつ有ります。 食べ物が良くなったからだと言われていますが、食生活が欧米並みに改善されて30年以上も経ってるので、一概に食生活のみが、原因とは言えません(もちろん条件として最低限必要ですが)。また、今でも大きくなってることも考えれば、「現在の食生活は改善が著しい・進んでる」とは言えない(現在進んでいるのは、分析の技術であって、そんなに目新しい食品が出てきて、日常的にどんどん昇っている訳ではないでしょう。毎日食べてる物自体は、そんなに変わってないはずです。 それより、野菜などは、品種改良によって、クセを無くした結果、30年前の栄養価よりは、半減や3分の1に減ってるものまで有るくらいです(これを、或る或るテレビ番組は、”だからサプリが良い”と言ってましたが、その前に正すべき問題として、本当は、その農法に毒された日本そのものなのです。それを言えないメディアは、報道機関としては存在意義が余り無いようにも思えます。食糧問題を追求できないで、軍事も政治も経済も無いはずなんです)。食べてる野菜の量が倍以上になってるなら、食品の効果だと認められますが、減ってるものも有りますし、まして、最近は小学生でもダイエットが流行るくらいなのですから、それでも、性徴期の低年齢化が起こるというのは、一概(いちがい)には、)「現在の食生活は改善が著しい・進んでる」とは言えないので、そこから考えても、食生活のみの影響とは考えにくいです。反って昔ながらの和食の(以前の食生活の)良さが認められ出してることに、説明は要りませんね。昔の和食が行けなかったのは、動物性タンパクが足りなかっただけなのです。
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<学校保健統計調査>
文部科学省が2002年12月18日公表した02年度の学校保健統計調査(速報)で、身長の伸びは横ばい状態で、男子、女子ともに過去最高を更新する数値はなかった。02年度の17歳の身長は、男女とも10年前と同じだった。
解説:身長などは、もう十年前から変わって無いと言うこと。
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そこで、先にご説明した通り、 発達加速現象により、今までの世代より早くから、小学生の高学年までに、性的に目覚(めざ)めることによって、脳の機能で性的な機能の部分・体型(女性ホルモン、男性ホルモンの分泌)を発達させて、そして、胸などの大きさを早期より発達させているため・思春期が長くなってるためと、考えた方がより自然です。大きい子は小学生の高学年までに、性的な成長が始まってるのは、街中でも確認できるはずです。 この事は、精通(初めての射精・精子が出ること)や初経・初潮(初めての生理・月経・排卵)の低年齢化が進んでることでも確認できるし、ご納得頂けるでしょう。
テレビ・映画などの影響(前述のように、以前はキスシーンも駄目で、映画の「窓ガラス越しのキスで、苦情が出た。失神しちゃう人もいた。」なんていうくらいから見れば、性情報の氾濫(はんらん)程度の物凄(ものすご)さは、すでに体感できてるはずです。 特にコンビニで確かめて欲しいのは、女子小中学生が読むような少女漫画でも、男性週刊誌並みに露骨な性表現が有ること。男性でも、場合によっては、少女漫画のH(エッチ)シーンに興奮できる場合も有るでしょう。 今となっては、幼稚園などの男子園児であれば、先生の胸を揉(も)もうとしたり、覗(のぞ)き込んでは、先生の嫌(いや)がる様子で遊んだり、見れた場合は乳首の色のことを言ってからかったり、 下手をすれば、自分の両親のエッチの様子を、寝たふりしながらしっかり覗いていて、お股(また)や胸に触(さわ)ると、お母さんが変な声を出すこと(または、それをいじめられてると思っていたり)まで知っていて、ジーパン・パンツの上からお股やお尻を触っては、先生の悲鳴で楽しんでいたりするのは、保育士の方なら、良くご存知でしょう。 前述の通り、ストレスなどを受けると、その捌(は)け口を、無意識にでも性的行為に求めようとすることが、男子児童には有るのです。だから、一人が始めると、他の子も覚(おぼ)えて、それに乗っかってしまうのです。 またさらに、園児どうしでも、”好きだ”の”嫌いだ”の言って、もうキスしちゃう時代なんですよね。 私は、この世代どうしの中間くらい(のつもり)ですが、それでも、当時の幼稚園からは、考えられません。きっとこの先も、間違いなく低年齢化を進めて行くのでしょう。) テレビ・映画などの影響により性的成長が早まっていることが、体の成長に関係してるのは、間違い無いです。「ませている子」ほど、と言うことです。 そんな幼稚園の頃から、キスとかしてれば・見てれば、興奮(こうふん)することが有るっていうのも分かってしまって、そりゃ、性だって目覚めるのは、本当に早いですよ。
余談ですが、過去の人類の区分を適用すれば、頭・脳の大きさがホモサピエンス(現代人種)の2倍の大きさ・体積になったときに、新人類が発生したと見ることが出来ます。つまり、その時の女性の骨盤、子宮、膣などは、現在の直径の1.4倍、4割り増し程度大きくならないと、頭が通らずに出産できません。旧人類と現代人の骨盤の大きさの比率から算出しても同様で、正面から見て骨盤だけでも、今の自分の約半分近くを大きくしないと成し得ないのです。 もちろん、一足飛びにそうなる訳でなく、徐々に大きくなっていくのですが、→
学説によっては変わり出したら一気に変わるとも言われている。こちらの方が説明が付き易い側面がある。 なお、博物館や教科書で見る、類人猿達の進化は、それぞれが繋がって進化されたものでは有りません。絶滅してるそれらは、現代人間と同じく、生物進化の大木の、枝葉の一つだったものです。 要するに、進化を(自然によって)させられるときには、いくつもの試作品が時間や空間を隔(へだ)てて出来上がるようなのです。その内のいくつかが、自然淘汰(しぜんとうた)に耐え切って、数を爆発的に増やせるようになるのです。 巨乳な人、微乳な人、色々、極端にタイプが分かれるように遺伝が行なわれるのは、種類を増やして、生物という大きなカテゴリーで(遺伝子が)、その生存をかけて、チャンスを覗(うかが)ってるだけのことなのです。
将来のプロポーション予想
→その時の人類は、どんな体型になるのか考えると面白いです。その時には、スレンダーな人は生き残ってないかも知れません。古代人(縄文人)が壁画や土偶(どぐう)などを作って感じていた通り、その体型に人類の未来が有るのかもしれませんね。 猿のずん胴な体型と今の女性の体型を考えても、その先の体型が簡単に想像が付くでしょう。 頭脳の発達のためにも、プロポーションの発達が絶対条件であったのは、前述の通りなのです。進化のプロセスを考えると、帝王切開などのように、自分で産む力の無い人が増えて行くことは、生物としても進化に逆行するジレンマも発生させているのも事実なのです。 もし将来、戦争や地震などで、設備の無い所・病院でないと出産できなければ、 そのときは子供も母も死を選ぶしかなくなるのです。
ちなみに、男性の場合も、ペニスが哺乳類最大になってることと、こけしのような形の亀頭の突出と弾力性に特徴を見ることが出来ることを考えると、ペニスの大きさと、亀頭の大きさ、軟らかさに、自然淘汰の条件が有ったことの証明になるでしょう。つまり、男性も性欲旺盛で性器が大きく、だけど、亀頭自体は柔らかい人が、勝ったのでしょう。 結果的にエッチでセックス・アピール・パーツ、セックス・シンボルの大きい人が、選ばれていった結果が、ホモサピエンス-現在の人間なのです。 ただし、現在は理性が大きくなって、精神的な要素、性欲だけでなく愛情も大きく関わってる為、大きさなどは、人間的には全く関係有りません。この辺が、人間の多様性を生む結果になっています(大きい人も小さい人も居るって言うこと)。 まぁ、巨乳な人の全てがしてるとも言えないし、していても、自尊心ゆえに認めることは無いでしょうけどね。結婚してしばらくして、子供を育てるような時期になって、親しい友人に、夫婦の性生活の話題と共に、ばらせるかどうかっていうくらいが、普通ですよ。 でも男性なら分かると思いますが、自分の陰茎が成長して大人になってきたら、自慢下に自分で根元から握りたくなるでしょう?「くぅっわー。こ〜んなに大きくなった。」って、つるつる光ってる亀頭をまじまじと見ながら。女性なら、胸が膨らみ出したら、乳首が大きくなりだしたら、触ってみたくなるのも、私だけではないと思うんだけどなあ。少なくとも形やバランス、乳輪が大きく、黒くなるのはみんな気になってると思いますが。 だから、身体を洗ってるときなどには、色々する経験も有るものなのです。
実際に調べられた統計(2000年、私立医療機関監修統計)では、日本人の場合、有るのかも知れませんよ。女性の場合、男性とは違ってエクスタシー・性的絶頂感を求めない自慰も有るので(=性交で、それだけを求めてる訳でもない事。)、自分で体に直接触れなくとも、精神的に・想像上での、交際相手や好きな人ととの、キスや抱擁(ほうよう)や、胸へのタッチやペティングなど性的な行為を想像し満足することも、広義には自慰行為に入るので、この統計自体も余り意味が無さそうですが。 元々、医者にだって「言うことじゃない」と思ってることが、普通でしょうし(事実、その通りです。)、多くの女性は、元々日常的に、恋愛・ロマンスの可能性や、そのものを、あれこれとシミュレーションを繰り返すものですね。 例えば、その当時、全校集会などで貧血で倒れちゃうようなときでも、タダでは済まなくて、それこそ、保健室で好きな彼やアイドルが待っていてくれて、優しく添い寝(そいね)されるように看病される、だなんて、本当に有り得ないようなことまで、想像していた人も居るし、大人になっても、失敗したときや叱られて孤独なときに、同じように王子様に助けられるようなことを、つい思ってしまうことも良く有ることでしょう<これらは、妄想僻(もうそう・へき)が在るというようなことじゃ有りません。現実をしっかり分かっていてのことですので、病気じゃ有りませんよ>。 それが、少し拡張されれば、もう、大人の関係(キス〜性交)を想像する事の一歩手前には、確実に居る事にもなるのです。つまり、そういう想像の全てが、オナニーとも呼べるわけです。これが、男性のオナニーの場合は、性器が勃起する事で、射精まで=性的絶頂感までを、想像(好きな人・その人の物を、おかずにすること−好きな人とエッチなことをする想像をすること)によってほぼ必ず、要求されてしまう事の違いが有るのです。実際、性交経験とも、間違いなく比例(初交経験自体、厳寒・猛暑・離島・農村で早くなってる)をしています(タバコを吸う女の子はさらに・・・はここ)。 この統計を元にすると、さらに、少なく見ても、ある程度の年齢の女の子が2人で話してれば、テレビなどで並んで出ていれば、そのどちらかの子は、自分で性的な愛撫を行って、自慰行為の経験が有り、一人で性的快感を受けてるとしても、間違いではない割合になります(実際に、体に触れて行っているのは、そんなもの−最低50%以上くらいでしょう(私達の周りでの話し。少ないかな?他の女性のサイトでは、9割と公表してる所も有る。確かに、看護師の女子寮などは、異性関係を遮断し易い環境でもあるので、興味を持ってしまう子が、逆に増える(刺激は、寮にいても、いなくても、同じですが(配属によっては、さらに受ける場合も有る。)、異性交遊自体が少ないので、周りが同年代の女の子だらけである安心感が手伝って、自室に1人で居るときに、自分自身の体に性欲が向かい(向かわせ)易くなる−鏡の前で、下着などの一人ファッションショーをするのも、結局は同じこと。(これ自体も広義にはオナニーでしょうが)コスプレだって、過激に成っていくようなら、自慰の可能性・興味を高めざるを得ないでしょう。それだけ、普段の生活以上に、体の細かい部分までを意識したり、触れたりする機会が増えるのですから。)でしょうから、これに近かったかもしれません。もっとも、フェラチオ(口腔性交)出来ない女の子も極端に減ってきてますから、習熟の意味でもオナニー経験が増えてないことはないでしょう))。同性から見て清純そう・真面目そうに見えても実際は、その子でもしてるかも知れないのですよ。その証拠にエッチな話には興味深々乗ってきませんか?(見た目の綺麗さでは関係ない)明るくかわいい子ほど、エッチな話が好きだったりします。 気持ち良く感じることは自然なことで、悪いこと、不潔なことでは決してありませんよ。全く普通なこと。まして、「あたしは、おかしいのかも」などとは、絶対に思わないで下さいね。 また、気持ち良く感じること自体は、エッチでもなんでも有りません。肩を揉んで気持ちが良いのと、変わりませんよ。 逆に20歳を過ぎて、「どうやれば絶頂感が得られるの?」「絶頂感ってどんな感じ?」なんて人・友人に聞くのもおかしいです。まともに、精神的にも成長してない可能性も有ります。男性との普段の生活は、コミュニケーションが上手く行っていますか?性交時は何も出来ない・しないつもりなの?興味(きょうみ)はないの? 逆に言えば、大手の掲示板でよく有る、”一人エッチのしかた、教えて下さい。”なんてみたいのは、矛盾(むじゅん)しています。だって、興味が有れば、結局自分で色々試すでしょうから、そんな所で話を出すのは大嘘(おおうそ)なのです。男性は引っかからないように要注意ですね。それでも、仕方・やり方を聞きたければ、このままお進み下さい。
自我の発芽と、性的な目覚めは、一つでも有り、切っても切り離せないからです。だから、逆に「自分が卑らしい」「こんなことして・・・」「いけないことなんじゃ・・・」と葛藤(かっとう)が起こるのです。 これが、第二次性徴期における思春期の「大人になる体の要求と子供のままで居たい」心の問題の根幹でも有るのです。 なぜなら、人は、自立して、家庭を持って、性交をして、親になって、子孫を増やすことが、生物としての生きる最低の目的なのです。またそれを意識した、成人の儀式が宗教上、多数、世界各地に残ってることで、この事の証明になるでしょう。 人として自立するために、子供っぽい性格や内気な性格では、なかなか独り立ちできませんね。 ここでさらに、”性格”という文字の意味を考えれば、「性」という字には、”生まれつき・物事のたち・男女の区別”という意味、「格」という字には、”やり方・極める事・きちんとしてる事”という意味(広辞苑より)が含まれています。つまり、元々の”性格”と言う言葉の意味には、生まれ付きに誰にでも有る、自分の性に付いて責任を持ち、子供を作るために、男女の違いや行為を受け入れる事、性をきちんと受け入れられる事を意味しているのです。性を極めて、受け入れる事が必要だから、性質とは言わずに性格と言う訳です。 ★実際は、誰でもみんな、12・3歳前後に性に目覚めるように(動物で言えば、さかりが付くように)、性ホルモンが脳の信号(性腺刺激ホルモン)を元に分泌されて、子供が作れるように体が大人になる第二次性徴期を迎えるのです。つまり、 大人になる過程で、性に目覚めるように、遺伝子にプログラムされていて、結局は、どこかで、それを受け入れるときが来るんですよ。 また、子供を多く作り、子孫を増やすように、条件の一番良い時期−10代20代で性が盛んになるのも、しっかり、遺伝子にプログラムされていて、子供が産めなくなる年頃を境に、興味が無くなるようになってるのも、遺伝子にプログラムされています。 したがって、自分で一人エッチを回数多くしてしまうのも、したくて仕方が無いときが有るのも、子供を作る能力の証明であって、決して悪いことでは有りません。確かに、学生の性行為・セックスを認めるのは、どうかとも思いますが、自慰行為が、悪いことだとは絶対言えないし、逆に、普段の性衝動・本能を有効的に抑えられる、一番人間的な方法でも有るのです。また、間違っても、感じることが、「卑らしいこと」「エッチなこと」「いけないこと」とは言ってはならないし、思ってもいけないのです。前述の通り、子供を作るために、人間として絶対不可欠な能力の一つに過ぎないからです。いけないと言うこと、それは、「お腹が減ることをいけない」「オシッコすることをいけない」と言ってることとも同じなのです。
■産婦人科女性医師の話(朝までしてても、悪くも、何も問題も、無いのです。大人になれば自然に収まるようにプログラムされているからです。)
■自慰行為のし過ぎに関する問題点について
早い話が、体を性的に売る”売春”の「春」という文字は、ずばり、「性」を意味していますね。 つまり、”思春期”の「春」も同じで、普段、簡単に使っていますが、思春期とは、自分の大人に成っていく性を思って、受け入れる、心の準備期間の意味が、大元には有るのです。 だから、同じ体の変化を言ってる、「第二次性徴期」と、両方の言葉が出来ていて、両者とも使われているのです。青春が「青い春」なら、”青い性”−”未熟な性”となって、”まだ未熟な人間”であることをも言ってることになるのです。
また例えば、大人になってエッチな話題をしてるときに(彼氏が出来たり、社会に出れば多く有るものです)、「私、わかんな〜い。」と心の中で言ってポカンとしてるより、表情豊かに話に反応して、恥かしがったり、話に乗って自分も加わる必要も、コミュニケーションとして必要なんです。一緒にエッチな事を切返せるくらいで丁度良いのです。 さらに言うと、仲の良い、話しの分かる男性が相手なら、快感などの性的なエッチな話しになったときに、もし相手が「今度、バイブレーター、プレゼントしようか?」と言われたら、「じゃ、小さいので・・・」って笑いながら誤魔化したり、「SM(サドマゾ)みたいだよね?」なんて言う話しに、うっかりうなずいてしまって、「そこまで知ってんの(男性は絶えず女性の性的成熟度・エッチ度を探ってるものです。結婚でもして会社に行けば、新婚なら、表で話さなくとも裏では、「どんな声出してエッチしてるんだろうね」とか会話してたり、テレビなど見ては、例えば「西村知美って主婦なのー。どんなエッチしてるんだろうね」とか言っていたりします)そこまで知ってんの?じゃ、今度ローソクあげようか?」なんて言われたら、恥かしそうに笑いながら、「じゃ、ロープも・・・」とやったり、例えば男性器の話で「ウィンナーとフランクフルトどっちがいい?」と聞かれれば、「ポークビッツよりは(大きい方が)・・・」などとやり返せれば、それ以上、話しの展開が広がる事は無いし(逆に反らせば反らすほどしつこくなる物ですよ)、大人な頭の回転の良い男性なら、冗談だとすぐ分かるし(真に受ける男はストーカーになり易いので注意)、自分の清純さが汚れることは、まず有りません。それどころか、大人の会話が出来る(そういう性的な事も知っていて、許せる大きさが有る)、賢(かしこ)くって(はにかみ方が)凄くかわいい人と思われるでしょう(話しの分かる男性が相手なら、体でも触られたりしないのであれば、カリカリとセクハラを言うより、こちらの方が、仕事の面でも幸福・幸運を掴み易いです。嫌なら無理にする事は有りませんが)。
こうして、関連させることで受けて、輪をかけて返すことで、大人な相手なら話を止めることが出来ます。 ある古い建物の取り壊しをめぐる議論では、 M(70歳過ぎのお爺さん)「古けりゃ、何でも残そうって思ってるけど、何の価値も無いじゃないか。取り壊すこと自体を国辱と言うのはおかしい。」(価値の議論じゃなくて、既に感情についての議論にすり替わってることが分かる?本当に価値が無いと思うなら、価値が無い証明を議論でするのが本当でしょう。) O「そんなこと言ってるけど、あんただって、古くて残ってるじゃない。」 そうだよね。普通の会社員ならとっくに定年を迎えてる年齢で、政会にこびりついてることの方が問題だったりして・・・・。
「男子は嫌らしくって、スケベで、エッチだから、嫌いだ!」なんて言ってないでしょうね?それは、同じ人間で有る以上、結局は、女子女性も多かれ少なかれ有るものなんですよ。男も女も、普通ならエッチになって快感を得ないと、子供も作る事も出来ないのですよ。男性が、スカートまくりや性器を見せる・露出させると言うような、性犯罪をしても良いと言うことでは有りませんが。
それでも、性的成熟は、自分の心の成長を待ってはくれずに、どんどん一人で進んで行くものなのです。自分でそれを認めて受け入れない限り、理性が本能的に影響される割合は逆にどんどん高くなっていきます。理性が性的欲求を知って始めて、それらを制御できるようになり、理性による判断(性的欲求なのか、理性・愛情によるものなのか)が出来るようになるのです。 思春期・第二次性徴期に悩んで、こういう性的なことが自然に受け入れられることが、大人に成長することなのです。これが、通過できて異性交際がまともに出来るようになるのですから(全然知らないまま、妊娠しても困るし)。中学のときの同級生が、「好きな人と一緒にいれば、子供が出来る。」と親から聞かされて、真面目に悩んでいたときも有ったくらいです。ですから、小学校高学年できちんと理解させておくべきなんだと思います。
- 男女相愛にして肉欲に到るのは自然である。肉交なき恋は、事実にあらずして空想なり。(国木田独歩)
- 肉欲を知らぬ動物はいないが、これを純化するのは人間だけである。(ゲーテ)
- 男が女に処女性を求めるのもまた、愛情が純潔に捧げる永遠の賛辞の一形式である。(プルースト)
- 全ての人間が世に生まれ出たのは快楽の御陰である。(ヴォルテール)
- 欲情は二つの皮膚の偶然の接触から生れる。(モロア)
- 肉体的な不満足は恋愛や夫婦愛を殺すどころか、むしろそれを鍛えるものだ。童貞はなにも人間を病気にはしない。(ピカート)
- 「性」とは、心が自立できて、一人で生きることが出来るようになって初めて、人間として受け入れられるべきものだ。(PoYo)
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逆に絶頂感を知らない・知ろうとしないような、この上の程度の性に対する感覚・感性だと、モテようも無いでしょう。性を意識したときには、必ず相手が有って成り立つものなのですから、自分を知らないことは、相手との関係も成り立たないことなんです。自分が自分でして気持ち良いからこそ、相手にも同じ事を与えられる原則−喜ばせられる原則が有るるのです(自分がされてうれしいことが、相手のうれしいこと)。相手のことを考えるなら、自分の身体をまず知るべきです。それが、魅力的になること、セクシーさを身に付けることなのです。「そんな事してない・やってない」と言うのは、それはみんなの建前・たてまえです(このサイトを良く読みきれば分かります)。男同士でも隠す人もいるそうです。 自分の身体なのですから、自分で試しておくべきなんです。 この下に続きますが、男性の9割と女性の6・7割が自分で性的快楽を得る経験が有る・行為をしてると言うことは、人口上の過半数以上で経験の有ることなのです。それなのに、自慰行為をいけない事・汚い事だと言うのは、ある意味、社会矛盾でしょう。 どこに躊躇(ちゅうちょ)する理由が有るのですか?少なくとも、自分を恥かしく思う必要は、全く有りませんよ。この教育、性に対してねじれた感覚を持たないようにすることも大切なのです。確かに大勢で、人前でする事でも無いかもしれませんが、でも、親なり、誰かが、間違わないようにしなければならないと思います。
ちなみに、男性のほぼ9割以上(10割近く)が自慰行為・マスターベーションを日課のように経験しており、性の快楽に対してはとても敏感です。つまり、絶頂感による射精は既に経験済みなので、ちょっとしたキス(接吻)から、胸や性器にペッティング(触ること)まで行くと、どうしても絶頂感を迎えたいと感じます。 少しの快感でも満足して終わらすことが出来る女性とは違って、一度進み出すと、射精するまで止められないのが男性の性なのです。 「途中まで許す」なんてことは出来ませんよ(強引に止めさせることは
(肛門を締めるようにして膣を力強く締めると、男性器はなかなか挿入できません。特に膣分泌液が出てない状況では完全に無理でしょう。襲われたら思い出して下さい。 ただ、本当のレイプの場合、自分の膣が裂けるくらいになっても、ナイフを差し込んできてでも、性欲の固まりの男の陰茎は、無理矢理にでも膣に入ってきます(レイプ犯の場合、自分で気持ち良いと感じる事そのものよりも、征服欲(せいふく・よく)−相手の自由を奪って苦痛を与えることに快感を覚えることが、その動機に成ります。これらは、SMのサドも、幼児性愛者も、共通項です(殆どの性倒錯(せい・とうさく。ロリータ・コンプレックスや性同一性障害や、肛門・太もも・下着などの一部分の、生殖に関係ない物・部分に愛着すること(フェチシズム)などの)性倒錯は、幼児期に両親の十分な愛着(愛情のアタッチメント)を得られなかった人で有ります))。 また、その望まれない場合でも、膣内はもちろん、外性器・膣口に射精されるような場合・パンツの上からでもでも精液がしみてきて膣に着いた場合、その精液で妊娠することも十二分に有り得ます。また、性交をする以上、どんな避妊方法であっても、精子が一瞬でも一つでも膣内に存在できれば、根本的に妊娠の確率は、0・ゼロに出来ません。 望まないなら、一番は、実際に会っての信頼関係が薄い内に、そういう、肌や下着を多く露出させたまま、二人きり・男だらけ・自由を奪われるような(性的興奮を起こし易い)環境に持ち込まないことです。信用してるなら、逆に怖いということを簡単に伝えられるのです。なぜなら、相手を思いやることが愛情の一つだからですよ。 特に男の子には、性体験−〜人切り−自体を仲間内で自慢してる人達も多いものです。前述のアナウンサー(のような半公人)でも、”中1での初交経験を自慢したい”と思うくらいのことも有るのです。
<これが、恋愛の体験ならまだ納得出来ますが、実際は処女や童貞を忌み嫌う傾向が有るのも本当でしょう。ですが、そんな経験は、風俗=お金で買う物としての価値しかなくて、人間的な価値には到底及ばないことを忘れるべきじゃ有りません。処女や童貞でいることを嫌い、性交体験数を自慢するのは愚かですよ。 そんなことは、どうでも良いこと。体や心が変わるわけでも有りません。 問題は、自分自身が、真に、本当に、愛せたのかということだけでしょう。>
また、それを競いたいだけの男の子であっても、セックスをする、ほんの直前まで、そういうSEX出来るシチュエーションになるまでは、優しい振りで迫って、直前に手のひらを返し、乱暴してくること、無理矢理セックスしてくることも有るのです。 下手をしたら、体験を競いたいことから、クラス中・クラブ中の男子達にセックスしたことが筒抜け(つつぬけ)になっていて、他のそういう競ってる仲間にも”あいつは簡単に(セックス)やらせてくれる””無理矢理やっても喜んだ”などと伝わり、好きでもなくとも口説いて誘い、同じように(SEX)やるか、また、その知れた集団で回そうとする(集団で無理矢理セックスする)ようなことまで、事件として過去に無いわけでも有りません。 二人だけになってSEXしようとしたら、彼だと思っていた人と終わった途端に、隠れていた共犯者達が急に入って来て、次々にセックスやられてしまうようなことは、早大レイプサークル事件でなくとも、いつまでも無くなりません。また、殆どの場合、犯罪だと分っていても、前述のようにデジカメ・携帯で写真でも撮られれば、早大レイプサークル事件同様に、大人でも泣き寝入りしてしまう人が多いのも現実なのです。 針のむしろのようにさせられ、何度も泣かされるのは、いつも女です。 しっかり信頼関係を築くことが重要なんですよ。その手間暇を惜しまないことです。自分の体だけ、セックスだけで、交際相手を繋ぎ止めておくことは有り得ない、と肝に銘じて(きもにめいじて)おきましょう。)
出来ますが、相手にとっては、逆に不快感・不達成感を与えてしまい、後々まで気まずくなることも有ります)。 コミュニケーション量も関係しますが、逆に言えば、途中で性行動を、女性が断ち切るのは、ほんと、その後の全ての行動に、影響しかねないことは、事実として有ります(それ(性)だけの相手なら去っていくでしょうし、優しすぎる彼なら、二度としてもらえなくなるほど、きっかけが作られ難くもなるし、ご夫婦であれば、溜まってる精液は、確実に浮気心をくすぐらせます(かと言って、実際に行動に出るかは、これも、普段のコミュニケーションと愛情で決まるでしょう)。それが、男性の性とも言えるでしょう)。 こういう男性の感覚を知るためには、自分も絶頂感と性的感性を知ってこそ、相手の今の心理も分かるのです。つまり、そういうシチュエーションに持ち込まないテクニック−感じること・絶頂感を連想や想像させないこと−も逆に、自然に感じ得ることが出来る(逆も真で、相手をその気にさせる、タイミングも分かる)のです。例えば、胸元や脇を大きく開けた緩い服装で、胸をちらちら見させておいて、密室に二人きりになれば、また、あなたが先に濡れるほどに、エッチな想像で興奮をすれば、フェロモン(体臭)も働いて(後述してます)、性欲は止めにくくなります。 先の快感−直ぐそこに有る快感が分かってれば、ガマンし難いものなんです。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
(心理的な違いで言えば、女は自分の過去を分かって含めて愛してもらいたいと思いますね。でも、男は過去はこだわらない・触れられたくないと思うものなんです。これは、脳の構造(脳梁(のうりょう)−左右の脳のバイパスの太さの違い(女性脳の方が太い))にも関係していて、女性が過去の(記念日やシチュエーションなど)細かいディテールを大切にする(瞬時記憶容量が多い(瞬間で大量の情報を処理してしまう)=整然と整理された写真のアルバムのように殆ど記憶される)のと、男性が大まかな(どの辺で何をやったなど)三次元的な記憶を大切にする事の違いです(瞬時記憶容量が少ない(瞬間で大量の情報を処理出来ない)=自分のおもちゃ箱に、乱雑にイメージだけを詰め込むのに近い記憶方法。だから、男性の記憶には理論付けが必要で、論理的になり易い)。つまり、男性は「結婚したんだから、いつ結婚したかは重要でない。結婚した事実が大事。」と考えるのと、女性は「結婚記念日や式のエピソードや起こった事の細かい事、感情まで憶えて、重要だ。」と考えていることの違いです。 逆に言えば、男性は、おおまかな好意や愛を感じても、それを、細かく表現しイメージさせることは、とても苦手なことが、ご納得頂けるでしょう。だから女性は”愛してる・好き”の言葉を余計に聞きたがるし、男性は自分の気持ち=イメージをすんなりと汲(く)み取って欲しい、分かって欲しいと思うのです。 男性同士で”な、そうだよな。”って、事細かに話さずに、分かり合えることが美徳だ、と思ってしまうのも同じです。 でもこれは、関係の長い付き合いに形成される仲間内だから言えること。←<でも結局は、女性と同じで、感情的欲求の代謝の一形式に過ぎません。女性がしゃべりながらそれを行うのと、男性が余りしゃべらずに分かり合おうとするのは、大脳で見れば同じこと。その方法が違うだけなのです。> 男女の仲で、いきなりこれら(以心伝心)を女性に求めるのは、人生経験が必要だと思うべきです。 したがって、女性は自分の事を’有る事無いこと’事細かに話そうとするし、男性は自分を話したがりません。希(まれ)にいる、自分のことばかり話す男性が自己中心的だと嫌われるのは、この原則が有るからです。デートに使うなら、女性は自分の事を話そうとし、男性はそれを聞きたがるように話を進めれば、上手く行くでしょう。→
<TV番組の結論より要約>言わば、女性は情緒的な共感を得ようと会話をし、男性は現実的、実務処理的な会話をしようとします。男性は問題を解いていくこと、自己主張することにプライドを持ち、女性は感情を分かって欲しいと願っているのです。くれぐれも、女性が伝えたいのは感情で有り、男性が伝えたいのは、アドバイスやプライドが中心に<TV番組の結論でした>なっていきますが、
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ある事件の犯人像を聞く記者会見での第一声で、 1.女性リポーター:「どんなイメージの声でしたか?」 2.男性リポーター:「どんな感じの声でしたか?」 と聞き方が、違っています。この違いが分かるでしょうか。 これが、記憶方法の違いなのです。
両方とも、ニュースソースとして同じ事を聞いてるはずなのですが、答えてる方が男性の場合、女性リポーターの聞き方では、答えに苦慮してしまいます。人生経験の長い人ほど、当然この傾向は強くなります。 男性の記憶方法は論理的分解型。女性の記憶方法は瞬時一括型。一度に記憶できる女性とは違って、男性はそれぞれのプロパティ(属性)に、それぞれを当てはめて記憶しているのです。 案の定(あんのじょう)、女性リポーターの答えには、 「イメージって言われてもねえ」 となってしまいます。そして、男性リポーターの聞き方に対しては、 「やくざ風だった」などと、特徴を話せるように成ります。 同じ、イメージ=特徴であっても、全体像(イメージ)を要求されて答えられるのは、女性であって、男性は、一部分(特徴)を積み上げて、全体像を作ろうとする、違いが有るのです。
まとめると、女性の場合、 記憶が一括で瞬時であるがために、一般的に言うと、直感的・女のカンが鋭い、など、と言われてることに結び付きますが、反面、行き過ぎると、目に見えるような表面的なこと・平面的なことばかりに、終始しがちになり、本質的なことに考えが行かなくなることが多いです。 例えば、巨乳アイドルMさんがTVで言ってるような、−自分の彼が、他の娘と抱き合ってる−浮気の現場を抑えたにも関わらず、彼が言う”悲しいことが有ったって言うから、慰(なぐさ)めてやってたんだ。”という言葉を、真に受けて、”なんて優しい彼なんだ”と思えたと言うのも、表面的なことにしか、目に入らなくなってしまうため・入れようとしないためなのです。 これ、女性には、笑い事じゃないですよ。逆に、慣(な)れない論理的な思考で、深く考えようとすると、今度は簡単にパニックになって、全てが行き詰まってしまうようにも思えてしまうから注意です。大脳の扁桃体が強ければ、簡単に問題を飛躍させる働きを持ちます。例えば、この例とは逆に、察知できる彼の違いの全ての結果を、悪い方へと導き出してしまうなどや、一度振られただけで、「結婚も出来ないんだ」などとです。→
思春期初期の(性ホルモンの)不安定な時期の子供もそうです。 生きる意味が無いから死んじゃう、と言うのは、余りにも短絡的。 生きるとか、死ぬとか、自分とか、自我とか、そんな簡単なことじゃなくて、それこそ一生かけて結論づけられれば良いのですよ。実際、哲学者だって、一生かかるような命題です。 意味が無いと思うのは、今だけのあなたで有って、現在の、家族から、友人から、そして、未来のあなたから見れば、とても意味があることなのです。 なんで、未来の自分が、生きることに意味が無いなんて断定してる、と思えるの? ■ここの前後をしっかり読み返してきてね。■明るい未来を呼び込む自分を作る方法 悩んでるのは決して自分だけではありません。私だって、そう悩んだ時期が有ったのです。 みんなだってそうなんですよ。 人生は、必ずチャラになるもの。 現場で看るとき、長生きすればするほど、本当は苦しみは無くなり、幸福が大きくなる。 苦しまなくても良くなるものです。 ■真の友達であれば、”私も一緒に”だなんて、言ったら絶対駄目ですし、また、そんなことは言えませんよ。■人は、死ぬために生きてる訳じゃない。 親に出来ることと言えば、期待をかけ過ぎず、大きな声での元気の良いあいさつ・コミュニケーション・スキンシップを忘れないことです。言葉も要りません。子供のために自分を棄ててでも一緒に居られる時間こそが重要です。 中には、不貞な愛に憧れるような人で、たまに会えること−子供の運動会やイベント毎に会えるから、余計に親密になれるなんて、自分の立場で・しか・考えられない人達(単なる思い込みであって、子供が、どうしてそう思ってくれるのかの、何の保証も無いことなのに。子供はエゴイストで分らないものです。子供は自然にしてプロだけど、親は努力しても、いつも、ど素人(しろうと)です。自分の世界だけで思い込んではいけません。)自分の立場でしか考えられない人達も居ますが、ここで重要なことは、自分の立場の御都合では全く無くて、子供の見せ掛けではない本心の必要性に応じた、子供の立場から見たスキンシップの事です。結果的にそうなってしまった場合を除いて、前述の通り、不倫やシングルマザーに憧れるような人には、子供の立場を忘れた自己中心的な親子観を持ち易いです。■人間関係の全てに言えることだけど、頭ごなしに決め付けるのは最悪ですよ。■この現実をしっかり見させて、子供について良く考えてから、テレビなどでは、芸能人のお気楽コメントを、放映して欲しい。 例えば簡単に言えば、子供が親の愛情を必要とする場面で、自分の仕事を休んだり、直ぐ早退してでも、子供のために会えるのか、一緒に居られるのか、と言うこと。どんなに理解させようとしても、子供から見れば、自分との接点以外の理由は、仕事であっても親の私事(わたくしごと−プライベート)のように感じるものです。自分の御都合で、(子供から見て)プライベート優先になれる人は、そういう子供の危機が起こりそうであるなら、子供に対して責任を果たせそうに無いなら、相手の男性に初めから子供を引き取らせるくらいのことも必要です。 親の御都合主義(ごつごう・しゅぎ)・世間体(せけんてい)は、思春期にもなれば簡単に見抜かれるものです。 また、スキンシップ(毛繕い)は、サルであった頃の時代から、続けられてるコミュニケーション法でも有ります。さらに、日常的に、幼い妹・弟の面倒・世話を観させるのも、とても有功です(急にやらせても無理ですよ)。それをすることによって、無意識に反射的に、自分が面倒を観てもらった過去を推測させ、親や親になるであろう自分(すなわち未来)に、自然に共感させるからです。それを感じてるときに、人は死にたいとは、思えないのです。姉妹を多くすることだって、意味が無いことじゃないのです。 どちらにしても、しっかり、体温を伝え合って上げさせて下さい。 その時間で、扁桃体のパニックが抑えられるのです。 ■客観的な目を育てるには(=人に共感する能力を高めるには)
→ここのサイトのページに有るように、考えをまとめるなら、ある程度の自己分析は必要不可欠です。前述のように、あなた自身のもってる不安が投影されて、相手を信用信頼できなくさせているのです。 いきなり相手との関係に飛躍(ひやく)して、思考を始めるから、余計にきつくなります。良い所しか見えなくなるのは、自分が相手の必要性を、時間と共に勝手に(付き合いたいという性欲が)高めてるため。彼に嘘を付かせているのは、実は焦ってる自分なのです。自分がしっかり認識されてれば、流されなければ、このような、嘘の入り込む余地は有り得ません。自分の心を失わないことで防げるのです。 冷静なときにこそ、こういった考え方を勉強しておくのは大切なことです。問題が有るときに、慌てるのだと、ちょっときついですよ。 逆に男性の場合、 記憶が論理的に分解され間接的であるために、一つのことがら・手がかりから、色々想像して、立体的に構築(こうちく)しながら考えることが得意ですが、これも行き過ぎれば、女性の男性自身とは違った、型にはまらない行動に翻弄(ほんろう)され、他愛も無い行動を深読みし過ぎ、不安や無いものを想像で創り出したり、勘繰(かんぐ)り易く、なり易いです。 考え過ぎて、感情・愛情が人間関係に有ることを忘れると、足元を掬(すく)われますよ。論理的だと思い込んでるだけに、自分で手を付けられなくし易いのです。 相手の行動を分析する前に、自分の気持ちをしっかり伝える努力をしてみましょう。相手の人が思ってくれていて、誠意が本当に有るなら、それを表に出すだけで、悪い結果にはなりません。分からなければ、もう一回、男女脳の違いを読み直して下さい。
男性は、自分の想像・論理(でも、これは、過去の経験則であって、本当は理論ではない。)で行き詰まりを作りますが、女性は直感的に、(扁桃体のパニックによって)なぜだか分からないのに、行き詰まりを作りあげます。
(もちろん、これらは、女性・男性ではっきり分けられるものでも有りません。 中間のグラデーションも有るってこと。 また、さらに、どちらかというと、第一印象や、問題に突き当たった当初での思考法の違いになります。 当然、時間が経って学習が進めば、どちらの性別からでも、必然的に、自然な結論には辿れます。 女性で言えば、いつまでも表面的な思考で止まってる訳でもなく(それで騙(だま)されてる訳でもなく)、男性で言っても、深読みし過ぎることに気が付き、素直で自然な表現にも変わるときが有るでしょう。 ただ、その時間や本当に辿れるか・学習できるかは、個人の資質によることになるでしょう。出来る人も居れば、いつまで経っても、同じ失敗を繰り返す人も居ます。 感情的な人は追い込まれれば、余計に感情に流されるようになることが、その良い例でしょう。)
これらを踏まえて、ワイドショーのコメントを比較すると面白いです。多くの女性は自分の生活・主観を中心にコメントし、多くの男性は対象の全体像から関連事項に広げてコメントすることが多いのです。 自分への戒めのつもりで、もう少しストレートにきつく言うと、 女性の場合、例を挙げて話そうとするとき、すごく身近で小さい、身の回りだけの世界・自分の経験のみのたとえをして、それが全てであるかのように拡張して、自分でもそれを錯覚し易いことです。
悲しいかな、男女脳で仕事の向き不向きは、現実的に存在します。 少し気に食わないことが有るくらいで、討議中に直ぐ感情的に大声になる、 女性脳に偏ってる候補者には、選挙で投票しちゃいけないんですね。
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これって、結局は、対処方法で言えば、前述の気配りの範疇(はんちゅう)に入ってしまってることが、本当のことでしょう。女性に、プライドが無い訳じゃありませんし、もちろん男性で感情を伝えなければ、愛情だって成り立ちませんよね(私は、そう分析しておりますが。記憶に関することは、男女で違っていても、こういった感情的・論理的といった性格面の違いは、性別よりも、もっと後天的にまつわると。つまり、この辺りが原因で、TV番組の「男女の会話の違い」で、前述(ここ)のように女性が下に見えてしまうことの印象を持ってしまったようです。 女性がいつも感情的で、いつも待ってるもの、と言うのは、間違いじゃ有りませんか? 少なくとも、男性よりの考えでの、作り方でしょう? まあ、その前の番組内での、肩凝りの治し方の内容が、目茶苦茶だった− 強く叩いて痛みが消えるのは、脳内麻薬のエンドルフィンの機能? これって、いつ定説になったのでしょう。もしこれが、本当なら、肩を思いっきり叩いて、虫歯の痛みが和らぐのでしょうか?虫歯の痛みで、肩凝りが和らぐのでしょうか?エンドルフィンが脳全体に働く以上、説明でき難いことも残ります。 叩いて一時的に痛みが消えるのは、注射の前にその部分を”ぎゅっ”と圧迫すると、痛感神経が麻痺して、痛みが消えるのと同じ(かゆみ(小さな痛み)を引っかいて一時的に消すのと同じ)じゃ有りませんか?長時間の拍手で手がしびれたり、武道家が痛みを感じ難いのと、同じでしょう。これで、痛みが一時的に和らいでも、その痛みが減ることが分かれば、エンドルフィンの効果(常習性)のように、再び、行ってしまうようなことは、意識的にでも出来るのですよ。 入浴方法の注意点とマッサージ方法の注意点が、ごっちゃになってる。 熱いお湯に急激に浸かるのとか、長湯になってのぼせるとかは、入浴方法に関しての注意であって、肩凝りのマッサージそのものの注意点とは違うのですよ。これに気が付いた視聴者が、どれくらい居るのか疑問ですね。 さらに、その入浴方法の注意点でも、「高温入浴では芯まで暖まらない」という、間違った報告をしています。 この、高温入浴の問題点は、番組の通り、交感神経が非常に興奮する事であって、この効果を抑えられる入浴法であれば、温度をそんなに問題にすることは有りませんよ。詳しくは、入浴方法はこちらに有ります。 −目茶苦茶だった−のよりは、良いですけどね。)
→ただそれでも、ただ聞いてるだけでは、聞き上手では有りません。自分の理解度を、自分の経験で置き換えて話せるようにすれば、変に無口になることは無くなるでしょう。 またほかに、女は最後の人(今までで(過去の記憶の中で)一番良い人)に思いたがり、男は最初の人(過去の無い(自分の能力を超える情報・記憶を持たない)人)に思いたがるものなんです。だから、女性は自分の過去を話したがるし、それを自ら認識する男性は、過去を聞きたがらないし、これが、男が処女性を求める・若い子が好きな理由・付き合うときに気合入れても、釣った魚に餌をやらない理由なんです。女が、「あの娘から、彼を奪(うば)い取ったのよ。」(彼氏の浮気や女性遍歴(へんれき)を自慢するような場合もここに入る。つまり、逆に、自分の’良さ’を自慢してる・したいのです。)と、どこか勝ち誇(ほこ)ったように自慢げになる理由・別れ際に女性から宣告しやすい理由なんです。男が結婚するときを終着点として自分のハードルにし(最初で良いのか?思う。これで終わりだから、死ぬまで安心だと無意識に思ってる。)、女が結婚を出発点としたり、離婚するときをハードルにする(最後でないのか?思う。終わりでないから、条件さえ整えば、簡単に別れられると無意識に思う。)ものなんです。 これらは、前述の通り、男女の繁殖本能(遺伝子)の違いにより存在すると言われています。つまり、男性は自分の遺伝子だけを残したいと思い、女性は一番いい相手から選ばれたいと思うからです。この辺の心理状態が分かってると攻め易いですよ。 彼を部屋に入れるときは「初めて男の人、部屋に入れたんだよ。」「あなただから入れたんだよ。」、デートで「ここへ来るの初めて〜。」とかやったり、再婚なら「こんな幸せ(結婚)も有ったんだね(今までに経験してない)」「こんなの初めて〜」とやれば、家庭円満です。 男性で彼女に告白するときは「お前で、最後なんだ。」、デートなら「一緒に来て今までで一番楽しいよ。」とか、逆手にとってやれば良いのです。 どちらにしても、相手が特別であると言うような「あなただから」「あなただけに」などの(処女性・貞操観念にも繋がってる)表現を心がければ、簡単に親密に成れます。言われれば、嬉しいでしょう? めちゃくちゃな嘘は、その前にいけませんが。)
そしてまた、テレビなどで格好良い人を見ていて、また、彼の自分への視線を思い出したりして、膣の周りがムズムズして中からヌルヌルした液体・膣分泌液(ちつぶんぴつえき)が出てきたり、トイレに行きたくなったり、その時にオシッコをすると、出難くなって、普段とは全然違った出方になって、方向も変わって飛び散ってしまうように成ること・殆どがお尻に伝って流れていってしまうことだって、全然普通です。それが身体が要求してる、興奮状態になってるときなんです。 興奮すると陰部が充血し尿道口周辺が細く硬くなるためです。充血して硬く勃起するのは、乳首も一緒ですよ。ヌルヌルの膣分泌液は男性の勃起した陰茎が膣に入り易くするため、感じ易くするために、備わってる身体の機能、生物としての機能の一つに過ぎません。 ちなみに、お風呂で洗ってるとき意外では、一人エッチの方法
マスタベーションの方法 オナニーの方法 初めてブラジャーを着けたときや、小さ目のかわいい大人みたいなパンツ・ショーツ・パンティを穿いたとき、自分のくびれ出してきたウエストや、胸やヒップの膨らみを鏡で見たり、そのセクシーでかわいい下着姿を見て、これで大人なんだと、ちょっとはムラっとしませんでしたか?下着の一人ファッションショーを鏡の前でしませんでしたか? 半尻にしたり、お尻や割れ目に、きつく食い込ませて、その気持ちの良い感触を楽しんだことはありませんでしたか? 小学生のときに、大きくなりだした乳首が体操服に出っ張って、触(さわ)ってみると、すごく感じ易くって、余計に乳首が大きく起ってしまうことに気が付きませんでしたか?「触ると乳首が大きくなるんだよ。何でなんだろうね?」と友達と話しませんでしたか? 初めて着けたときくらいに、ブラジャーの上から、膨らみだした胸を触りませんでしたか?揉みませんでしたか? 他、エッチな夢を見たとき、陰毛がにょっきり生えてきたり・初潮・初経・初めての生理・生理前後に気になって見ている内にや、交際相手が出来たり、欲しいと思って、自分の身体が気になったとき、あれこれ思って、鏡の前でキスの顔をしたり、自分で触ってシュミレーションしなかったですか? 手鏡を使って、性器を広げて「どんなふうだろう」って、見たりしなかったですか? 変わったところでは鉄棒やイスなどを跨いで(またいで)、性器を押し付けてるときに感じてしまってということや、もう少し積極的に、机の角や、クッションに化粧水のビンを挟んでや、動いてる洗濯機の振動してる角に下半身を押し付けてみて、性器が気持ちが良いことを覚えてしまったり、水泳部で部活中に循環用給水口より吹き出してる水流を性器に当ててるときに気持ち良いことを憶えてしまってなどや、合宿でレズみたいにじゃれてることが気持ち良くて(しかける方は、すでに気持ち良さを知ってるのでしょうね)、と言うのとか有るそうです。プールで吹き出してる所に長々と止まってる子がいたら、その最中なのかも知れませんね。 また、少しずれるし、インモラルなことでは有りますし、にわかに信じ難いデータでは有りますが、男女の兄弟姉妹の場合は、キスや体の触りっこや、見せっこからセックスまで含めると、何らかの兄弟姉妹間の近親相姦的関係の経験が3割程度有る(逆に7割というのも有る)という統計も有ります。 つまり、結構な割合で性的快楽を求めようとする経験は、かなり、みんな持ってるようなのです(■もっと気持ち良く成りたいときは、こちらへ。この辺・ページ全体をお読み下さい)。
前述のように、現代では、小学生低学年のころからも、オナニーをこっそり覚えてしまってる女の子は、触ってない子よりも実は遥かに多いのです。でもそれでは、小学生が以前と大きく違うかと言えば、そんなことも有りません。 私が子供の頃に友達と話していたように、性的興味はみんなが自然に持つし、ずっと以前から行なわれていた事が、ただ単に表に出てきてるだけのようです。ですから、人より先に目覚めてしまって、「私はなんて恥かしいんだろう」なんて思うことは有りません。同年代なら、絶対的にお友達も始めてるし、知ってしまって覚えてる子も多いのです。
ですから、それが、してることが、分かっても決して、からかったりしない様に。自分だって傷付けられるのは嫌でしょう。みんな同じなんだから、そうっとしておいて上げましょう。大人になる途中なんですから。 普通に恋愛を重ねたり、子供を作ったり、大人になって色んなことに興味を覚えるとき、自分だって、遅かれ早かれ覚えるには違い有りません。 また、最初の内・覚え立てに、したくてたまらないときが続いても、でも、学校も卒業して大人になれば、自然に落ち着いて来ますので大丈夫です。一人エッチの方法
マスタベーションの方法 オナニーの方法 また、回数がなかなか減って来なくても、けして異常では有りませんよ。 ずっと続けていても何の問題も無いのですから。一日中していて病気になるのであれば、セックスを生業(なりわい)にして、一日中に十数人ともセックスをし、それを何年も続けているソープ嬢・売春婦達は、みんな、そういう病気になる・みんな精神病者になることでしょう。しかし、セックスその物のし過ぎでも、そういう病気なる人は、ほぼいません。居たとしても、日常的な(精神的)体力などの無い人に限られています。 つまり、マスターベーションを毎日、何回も続けていたとしても、最終的には一時的なことになる(性ホルモンが、最低、20代の半ば辺りから減少を始める(男性の場合。女性は逆に20代後半から30代がピークになる)。また、し過ぎになれば性感が減少し鈍くなって、性欲が遠のく。)のですから、ソープ嬢の例から考えても、問題は何も無いのです。 ですから、決して「悪いこと」だなんて考えない方が、精神的にも正常な大人になれるはずです。 一日中と言っても、寝ずにや、食べずに、することは有り得ません。したいときにすることが、丁度なくらいでも有るのです。 気持ちの良いことを気持ちが良いとして、それを女性だけが押し隠さなくてはならない方が、社会が平等で無いような気がします。女性が気持ちい良いと思う事・言う事は、そんなに淫らな事なのでしょうか?少なくとも、女性同士はもっとオープンでも良いし、まして、その行為そのものが悪いこととするのは、逆に間違いではないでしょうか。
ただし、男性の場合は、■男性用のページを熟読して下さい。多少は自慰行為に問題がある場合が有りますよ。 思春期前に、毎日のように、早くに性的興味を覚え、自慰に夢中になるとき、精通を本来の予定よりもずっと早くに招き(思春期早発症。男の子の精通は、女の子の初経よりも遅いことが平均的。)、結果的に性ホルモンが身長などの体の大きさを小さくすることも有ります。 また、女性の場合、男性と違って(男の子が毎日射精でき、産生を促せるのと違って)、月経周期・卵子の成熟と排卵が自分で作れない分(ホルモンバランスが意図的に急激には変化できない分)、早発症になる前に緩やかに第二次成長期の発達(腰や胸が大きくなり始めることなど)が起こるだけで止まります(平均でも実際5・6年であって、たとえ3・4年生で初経が有っても、発達の早い現代では全然普通のことになります。また年代ごとに、肉体的に思春期の早まったことが、精神的にも性的興味の持つことを早めてる現実も有ります)。
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実践は、自分の責任でしてね。
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