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半断と実践は、自分の責任でしてね。もちろん、これが全てと言う訳では有りません。
心理的効果を中心に記述致しましたので、
ゆっくり読んで頂いた方が、お役に立てると思います。
芸能人の行動を例に女性心理の説明も有ります。
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自分を磨く方法・基礎(といっても応用は、散らかっています)はここと他 思いやり・心遣いの学び方はここ
性的成熟などの発達が前の世代より早期化している現象を、発達加速現象という言葉が有ります。早く発達し、だけど大人になりきれず、心身がアンバランスな思春期が昔よりも長くなってるそうなのです。成人で幼児虐待で親になりきれない人などが、最も顕著な例でしょう。 子供の出来る重大さが分かってないのは、例に上げてる小学6年生の子供と全く変わりません。 子供が性交では出来ないとも、出来てもゲームのようにリセット出来るとも、親がどうにかしてくれるとも、勝手に思い込んでるのは、子供と同じと言う事です。中学生くらいまでは、その意味が分からない・理解できないのも当たり前です。それでも自分の欲望の処理だけが先に進んでしまうのです。女子・男子と言いつつも、性的興味を持ち始めたら、いや、普段の接し方が大切なので、興味を持つ前に、知識のレベルに合わせて少しずつ、小学生高学年になれば、身体はもう立派な大人である事を、理解させなければならないのです。女子の場合も、相手の気持ちが性的に、どう変化するかも、どういう事をするのかも、自慰とは何なのかも、しっかり知ってこそ、愛情の有る行為を教えられると思います。 性にしても、金銭感覚にしても、生活感覚の実際は、落ちてしまうと普通に戻せない物なのです。 遊びでばっかり付き合ってると、精神・ハートの成長も望めません。恋愛も同じと言う事ですよ。 しかも、一度落ちてしまうと、同じ低いレベルの、体ばかり・SEXばかり要求してくるような、相手しか望めなくなります。自分のグレード、レベルが低いから不幸な相手にしか巡り合わないのです。
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クイズです:
結婚平均年齢は、男女共に上昇の傾向が有ります。 2001年現在、女性で言えば、27〜8歳が平均とされています。 それでは、なぜ、彼氏・彼女が出来ないと、10代の後半にもなれば、 みんな騒ぐのでしょう? 十数年間も何やってるんでしょうね。 遅れてる状況が有るなら焦らなくとも良いような気がしますが。
解答は、本文中に伏せてあります。
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彼氏彼女がいない事は恥かしい事では有りません。余り好きでもないのに、浅い付き合いをして、簡単にSEXするくらいなら、揺るぎない愛でしっかりと愛する・思いをよせる人を持つ方が、簡単に付き合うよりも、人間的な魅力を身に付けるためのハートの成長は大きいです。簡単に妥協しないで、自分のハートを、感情の表現豊かに、感受性豊かに、鍛える事も大切だと言う事です。簡単に付き合う程度のレベルだから、浮気し合うような仲になってしまうのですよ。本当に大切な相手なら、どんなことが有っても尽くしたいと思うことが自然なんです。 ナンパでいきなり出会って、タイプだからって、簡単に付き合い始めれば、される方も、する方も、一度経験した事は、二度目以降はどんどん敷居(しきい)が低くなって行きます。またどこかで、すぐナンパでくっ付くに決まっているのです。所詮ナンパはナンパなのですよ。「ガサ入れ」のクロ率が60%を超えてるのも、簡単に、ちょっと好きなくらいで、付き合うような相手だからだと、すぐ分かるでしょう。 余りコミュニケーションを取らずに、本当の姿を見ずに、イメージだけで付き合って簡単に直ぐ結論を出したり、直ぐ性交すれば、お互いの繋がり、思い入れが弱いのですから、簡単に別れてしまえるのですよ。
人間・動物で有れば、本能的にセックスがしたくなるときが有るのは、当たり前です。 しかし、だからといって、誰とでもSEXしてしまうのは、最も非人間的(最も動物的)な行為と言えるのではないでしょうか。だから、こういう行為を嫌う人は、逆にとても文化的なことが好きで、詩や文章を書くことを好む、理知的な人のはずです。 確かに、ひとりエッチは小道具などの準備が要るのは大変かも知れないし、それ以前に、そこら辺の男に声をかけるように仕向けてSEXする方が簡単かも知れませ・ん!?ん? 良く考えて下さい。普段、人間関係がわずらわしく思うときがないでしょうか?ベッドやお風呂場に行くのがそんなに面倒なことなんでしょうか?寝ない人、お風呂に入らない人、シャワーしない人が、どの位居るのでしょうか?部屋に居るときは一人ではないでしょうか? つまり、これも、面倒くささにこじつけて、単に自分の「男が欲しい」「男のペニスが欲しい」という、本能的な性衝動・肉欲・欲情を、美的に正当化しようとしてるだけでは、ありませんか。 だから、もっと自慰行為について公にオープンに学ぶ必要が有ると言いたいのです。性欲を自分で(「何か」に打ち込むなど)処理できるから、人間でも有るのですよ。 不倫(恋愛ではなく、婚外交渉そのもののこと)も浮気も、人間的な思考では抑えることが出来なくなった、性欲で動いてるだけなのです。
愛を誓ったときに、どんなことが有っても愛し続けると、宣言しませんか?
フリーセックスは、自由に誰とでもSEXすること・乱交することでは有りません。 テレビやインターネットでは、誰とでも直ぐ性交する、初体験が低年齢、経験も大多数、二股・三股も、浮気も当たり前、というようなことが、平気で、かつ、平然と当たり前のように言われていますが、それは、本当は間違いです。それは、”汚れ”の方が、エネルギッシュであり、目立つだけだからなのです。逆に、大人しい、や、暗い、風俗嬢はいないはず。当然、その人を中心とする友人・人間関係も、偏っているのは自然で当たり前でも有ります。類は友を呼ぶのです。例えば、特定の仕事に進んで集まるような人達の性格、考え方は、非常に近くなると言えば分かるでしょうか。友達とは、性格が合ってるものでしょう。 こんな風に、インターネットでも情報を提供する方と、受ける方とでは圧倒的に、後者の方が何倍も多いです。益して、特殊な仕事(風俗系)をされてるような人の、特別な情報に、無条件に簡単に傾倒するのは、問題です。目立つ情報の全てが、本当ではないのですよ。 例えば、インターネットをビジネスに使われている方なら、ご存知でしょうが(商品によっても違いますが)、一般消費者に対するアンケートと、インターネット上でのWebサイトを使ったアンケートでは、結果が逆になることも有るのです。これは、何が最も大きな要因かといえば、それは、実社会で生活消費を主に支えてる、30代以降の男女の人口比率が、インターネット上では大きく異なることなのです。情報発信者での比率になると、さらに、女性側の減少が顕著に進みます(逆に如何に”ネカマ”が多いか良く分かります)。 最も有名な部類の話で、比較的最近有った出来事では、自民党の加藤さんが、自身のホームページでのアクセスやメールで、民意の大きさの勘違いを起こして、議員同士の数取り合戦に破れて失脚し、その力の無くなった後、秘書給与疑惑までリークされて、2002年10月現在に至ってしまってるのは、有名ですね。
確かに、使ってる人が同じ人間であることには実社会と変わりは無いですが、その構成比率や使ってる人の性格の傾向は、まだまだ、Webサイト上と実社会では差が大きいことも有るのです。 統計で使われてるインターネット人口にもトリックが有って、場合によっては、メールだけを使ってる、携帯・PHSからの使用者数も含んでいますし、企業(何十代もPCが有っても、ネットに繋がってるのは、たった一台だけでも、全てのPCが統計に含まれる場合も有りますし)企業や学校での使用者数も含まれていたり(これらの条件で男女比が違う訳無いし)、モバイルPCなどで個人当たり複数所有する場合は、その分をカウントされて平均を押し上げるし、その使用してる家庭によっては家族構成で、たまに使うだけの人もアンケートに含まれます。電子レンジや冷蔵庫がネットに接続する時代に、ナンセンスな統計にも成り得ますね。 また、■普及率ってホントに正確?に、有るように、使って無い人・使わ(使え)・ない人は、調査にも協力的ではないのが普通です。パソコンでの普及率でも実際には、個人ごとで言えば、2002年3月現在で多くても3人に1人くらいと言われていて、実社会で大勢を占めるのは、(積極的には)使ってない人の方が多くなるのです(2002年11月18日発表国連調べ:UNCTADは年次報告で、インターネット使用者数は2002年末までに、日本は国民の約45%がインターネットへのアクセスを持つ。前年比では55%増加した。韓国は51%で前年比27%増。英国は約40%がアクセスを持つ。前年比では33%増だった。<いずれも、携帯端末込みですよ。>)。 つまり、実際の趣味などとして、積極的にサイトの閲覧を行ってる人で言うと、前述のような差が出てくるということなのです。これをお読みになってるあなたが、もし女性なら、御自身の友達で、自宅で自由に繋いでる人がどれくらいいるか、調べてみても面白いです。もちろん、友人同士でのバイアス(傾向)も、かかっていますが。あ、大手の結婚相談所の運営する、有料・会員登録が必要な出会い系サイトに登録されてる方は、そのバランスが、多分体感できるはずです。名の通ったところなら、サクラはいないと思いますが。
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総世帯の半数にネット機器
インターネットを利用できるパソコンや携帯電話などの機器を保有している世帯は総世帯の48・8%と、ほぼ半数に達していることが2003年2月20日、総務省がまとめた14年の情報技術(IT)関連の家計消費状況調査で分かった。地域別では、関東と近畿で50%を上回り、都市部を中心に普及している構図も浮き彫りになった。 調査は、急増するIT関連などの消費動向を把握するため、家計調査の関連で14年1月から毎月実施。年平均は初めて公表されるため前年との比較はできないが、10−12月期の機器保有率は1−3月期の48・1%から50・3%に拡大し、家庭内でのIT化の着実な進展がみられた。 地域別では、関東の保有率が56・1%で最も高く、近畿の50・5%、東海の49・7%、北海道の48・4%などが続く。最も低かったのは九州・沖縄の35・1%だった。 実際にインターネットを利用した人がいる世帯についても、関東と近畿、東海の3地域がいずれも全国平均の37・0%を上回っている。
こういった、データで語れるものは、心理であってもデータを付ける事を、このサイトのテーマにもしています。
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テレビの世界で例を挙げると、以前有った、「トゥナイトU」という深夜番組で、「カントク」が渋谷で歩いてる若い女性を対象に、インタビュー・アンケートを行うと、その殆どが、ここで挙げてるような性行為に対しては、異常にフランクな情報が集まります。殆どが、初体験は14・5歳の中学生というような、中には小学生というのも、結果になっていました。もちろん、彼氏と呼べないような相手とでも直ぐセックスしてるような意見が集まります。 しかし、この番組が終わる直前(最後の週)に、司会アシスタントの女性アナウンサーのH・Sさんが、自分の企画として(番組で取り上げてる情報に、後ろめたさが、余程、有ったのでしょう)、同じ様に新宿の駅前で、若い女性を対象に、自分でインタビュー・アンケートを行うと、今度は、その殆どが、初体験は18・19・20、中には23・24歳、28歳
卒業後。みんな在学中は、妊娠したときの責任のために、働けるようになるまでは、躊躇(ちゅうちょ)してしまうことが多いようです。 東大出身女優のK川Rいさんは、親しい友人が、大学卒業後までは男性と付き合った様子が無かったと、ばらされていて、ごく最近(02年)でもまだ処女だと噂されていますし、 タレントのS下C里子さんは、ファーストキスが20歳だと自己申告しています。在日2世のSニンさんは、20歳を過ぎても、キスの経験もまだ無いと自分で言っています。同様に、現役アイドルのT岡M澄さんも、21歳現在、交際した経験も無いそう。また、元バラドルのM口H子さんは、整体師さんとの、ロストバージンが27歳のときだったと言っています(ただそれでも、その場の雰囲気で焦ってしてしまったようだから、その後の真の恋愛に異常に臆病になってしまったそう。どうもちゃんとした恋愛は経験してないようです。自分に等身大以上の経験をするとき、その後の恋愛観が影響受けるのは非常に多いですよ。恋愛経験が少ないことを、あせるのが一番よく有りません。背伸びした交際は、愛情を感じられないなら無理をしないことが、自分の心を健全に守ります)。 元フジTV女性アナのN村E子さんも、ファース・キスが入社後であったというのは有名な話です。
M口H子さんのことでもそうですが、 特に後方のページまでに説明しますが、女性ホルモンが減少し出す時期、お肌の曲がり角の時期、性欲がアップし易く情緒不安定にもなり易いです。込み上げてくる性欲や、理性的な行動を出来難くなることが、行動の失敗などで自分で分かってくると、余計に恋愛感情を押し殺し、異性を遠ざける方向に自ら向かいます。学生の頃のようなストレートな告白、表現が、(失恋を)経験すればするほど、なかなか出来難くなるものです。意外に年齢って、意識してる以上に感情を結果的に左右させています。 もっと簡単に言えば、大人であることの責任が自覚できる人ほど、失敗を大人な自分のせいにして、余計に臆病になっていくのです。 大人であっても恋の責任は半々。時には相手を責めて人のせいにして、新しい道に進むのだって、大切なことです。その前に、自分に無理の有る付き合い方をしないことも、大切ですが。
23・24歳、28歳という女性までいました。確かに、中学生での経験を持つ方もいましたが、実際は、みんな堅実な恋愛をして、堅実な性行為をしてることが、最後に分かって、その女性アナウンサーが「実際は、みんな真面目な付き合いをしてるんだと、なんだか、ほっとしました。みんな、本当は普通なんですね。」と言うような、感想をしみじみ述べていました。 つまり、最後のページに繋がりますが、テレビやインターネットでの情報は、(編集者・企画者・出演者によって)脚色が付けられてると思って間違い有りません。不倫に関しても、全く同じで、殆どの人はそれとは無縁です。不倫がどこの会社でもあるようなことは有り得ないのですよ。珍しいからメディアで取り上げてるだけなのです。 ですから、テレビで言ってるような、殆どが中高生で性交してしまってるような、簡単に誰とでもSEXしてしまうようなことは、本当は無いのです。そんなに焦ることはないのです。普通に真面目に恋愛をすれば良いのですよ。また、 お互いの愛情確認はとても時間がかかるし、簡単に出来る物でも無いのです。 あなたを陥れようとする、あなたを汚そうとする、淫らな話には、注意すべきです。 みんな簡単にはしてないのですよ。
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7割近くの中高生が容認 見知らぬ人とセックス
中高生の7割近くが「同年代の女子が見知らぬ人とセックスすること」を容認していることが、警察庁の青少年問題調査研究会(委員長・矢島正見中央大教授)の性に関する意識調査で2003年1月22日分かった。 調査は青少年の非行防止に役立てるため、研究会が2001年11月から約3カ月かけて実施。宮城、千葉、石川、岡山、大分の各県の中高生計3133人を対象に、学校を通じて調査票を配布し無記名で記入してもらった。 調査結果によると、「同年代の女子が見知らぬ人とセックスすること」に、9・6%が「してもかまわない」と回答したほか、58・1%が「問題だが、本人の自由」と答え、セックスを容認する中高生が全体の67・7%に上った。「してはいけない」と答えたのは31・8%だった。 「同年代の男女がセックスをすること」は、38・0%が「愛し合っていればいい」と回答。「したければしてもいい」と答えた34・7%と合わせ、肯定派が全体の7割を超えた。「まだ駄目」は14・2%だった。 「女子が見知らぬ人とのセックスで小遣いをもらうこと」は、ほぼ半数の49・1%が「してはいけない」と回答したが、「してもかまわない」が5・9%、「問題だが本人の自由」が44・8%に上った。 特に女子高生の場合は、3・9%が「してもかまわない」、50・5%が「本人の自由」と答え、「してはいけない」の45・3%を上回った。 「同意があれば、誰とセックスしてもかまわない」という考え方については「そう思う」が44・4%、「思わない」は23・9%だった。 「セックスをしてもいい時期」は、「分からない」と答えた22・9%を除くと、「高校1年」と回答したのが最も多く21・2%を占め、次いで「中学3年」10・0%、「高校卒業後」9・3%の順だった。
解説:私は、このアンケートの分析評価は、これとは少し違います。 まず、中高生の生活環境を言えば、校則や、働いていないことによる金銭的な制限、色んな制限で、日常的に管理されていて、他の世代に比較して、”自由”に対しては特別な思い入れが、多かれ少なかれ有ることが本当のことです。 つまり、この世代は、自由に対して憧(あこが)れが有り、自分の責任を果たすよりも前に、自由を訴え易い環境に有ると見るべきです。
タバコを吸うことが権利だと思っていたりもするからね。これは、まだ未熟で、 吸える時期になっても吸わない・吸わされないことも、それぞれ権利の一つ。
それが、して良い時期に付いて、殆どが「分からない」と答え、それを除く3位に「高校卒業後」となってるのです。 「中学3年・高校1年」というのは、覚え立ての、性に目覚めたての、まだ子供な男子が、勇んで主張してもおかしくはないでしょう。もちろん、子供を妊娠することの大変さが理解できない女の子も含まれるでしょう。少なくとも、この中3・高1と答える大部分の人は、論理的に考えれば中学3年以下になるでしょう(高校生のみに聞けば良かったのに)。 つまり、自分が早く(その頃に)経験したいという希望・願望も多く含まれてしまうのです。 この願望を排除するには、相当な厳しい条件で調査しなければ出来ないのも現実でしょう。
このニュースの分析では、「問題だが、本人の自由」とする方を、容認派に入れていますが、実際は、問題のあることを、少なからず認識してるので、否定派に入れてもおかしくは有りません。後で説明してますが、他人はどんなになっても、自分には関係ないと思うのも事実です。 つまり、「問題だが、本人の自由」ではなくて、「自分がするのはどうかと思うけど、他人は自由にすれば良い」ということが本当でしょう。 したがって、この考えを基に計算すると、 「問題だが、本人の自由」58.1%+「してはいけない」と答えたのは31・8%=89.9%の人が、他人がセックスして良いか悪いかを別に(権利として認められても良いけど)、見知らぬ人と簡単に性交するのは、自分自身には何らかの問題が有ると考えていることになります。
また、ある人(作家)の2000年の統計では、20〜24歳の女性達の性交人数の場合、1番目が「5人未満」で24.4%。次が「1人だけ」で22.9%。3番目が「5人〜10人未満」で16.4%。4番目が「2人」で13.0%。以下順に「10人〜20人未満」(5.2%)、「20人〜30人未満」(1.8%)と続く。20代前半の世代は性体験の多い女性と少ない女性とに二極分化する傾向(する人はどんどんするけど、しない人は、殆どしないこと)にある、と報告しています。 もう少し、分析すると、 ■1人だけ22.9%+2人だけ13.0%=35.9%と3分の1以上を占め、遊びではなく、堅実な恋愛をしてるであろう、5人未満を一緒にすると、 ■5人未満24.4%+35.9%=60.3%と過半数以上を占めます。 ■「無回答」は9.7%で、「答えたくない」が12.0%となり、この内の多くは、未経験を表しているでしょう(経験を多く重ねる人は、それを公言し易い傾向にあることの、逆の分析として)。 ■この仮定を基に、真面目な恋愛、経験をしてる人に加算すれば、これも約80%前後の人が、性体験に堅実だということです。 ただし、この内全体(20〜24歳の女性)の11.1%が既婚者で、初交年齢は17.8歳だとしています。前述のTVインタビューがビジネスウーマンたちを対象にしていたのに対し、こちらは、かなり無作為にしてるデータですので、遊んでる子達も含まれての結果でも、18歳前後になっているのです。 これらが、上の考えを基に、実際に行動した結果としても良いでしょう。上の中高生達との考え方に大きな矛盾が有りますか?
ちなみに、男性も割合はほぼ同じようなもので、「無回答」は2.1%で、「答えたくない」が9.1%で、ここだけが、数値が大きく違います。 さらに、意外かも知れませんが、(恋愛での経験で)初交年齢は丁度1.0歳女性より遅れています。 女の子は年上と、男の子は年下と、っていうことですね。
さらにまた、これは、1999年8月に、財団法人日本性教育協会から『青少年の性行動』(わが国の中学生・高校生・大学生に関する第5回調査報告)で報告されたデータですが、性交経験がある・・・中学生男子3.9%、女子3.0%。高校生男子26.5%、女子23.7%。大学生男子62.5%、女子50.3%。と言うのがあり、統計の切り口が違いますが、進学を契機に増えてる様子が良く分り、世代的なイメージでは、裏打ちできてるでしょう。 さらに補足として、いつも避妊をしている・・・高校生男子51.5%、女子47.6%。大学生男子66.0%、女子65.9%。というのも加えておきましょう。■クリック→これに関しての重要な統計はここ
これって、結局、この直前のTVでのインタービューにも共通することであって、自分自身の責任上の問題を考えれば、愛し合ってるだけでは、簡単にセックスしにくいことを、データで表してることになるでしょう。 セックスする以上、妊娠の確率は、根本的に0・ゼロには出来ません。
多くの人が考える通り、子供が出来る、妊娠するということは、少なくとも自分の生命(妊娠中毒症で死んでしまう確率・中絶でも自分自身が死んでしまう確率も有る)や、子供のその後のことを考えなくてはならないこと、その重みを、実際は、みんなが認識して理解しているのです。
ここを読んでくれた人に。 次ページのこの一言も、ぜひ分かって欲しい。
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女優H月・Rさんみたいに、知り合って4日でプロポーズして、結婚3日で嫌いになると言うのは、紛れもなく性ホルモンのみの影響で生きてるとしか言いようが有りません。男っぽい思い切りの良い行動が証明をしてくれるでしょう。ニワトリじゃないんだから、もっと愛情を暖めて欲しかったです。 「長すぎる春」(だらだらと何年も付き合うこと。幼なじみや、小中学校の相手同士で結婚が少ないことも同じ。余程の人を見る目が無い人でなければ、結婚が目的なら長くても1年以内には結論が出せるはずです。 逆に言えば、性交をするなら、その(1年)位は付き合いを重ねて、分かり合えてからが良いでしょう。セックスする以上、色んな責任を、女性自身が負い易くなる現実は否定できないのです。また、長く交際する上で、ときめきを残しながら付き合いたいのなら、早い体の関係を持つよりも、出来るだけセックスを後にした方が、大脳生理学的には良いですよ。 実は、セロトニンなどの快感脳内物質も交際が始まって、3年以内に相対的に減少してしまって、何も起こらなければ新鮮なときめきが少なくなってきます。つまり、結婚を決めたいなら、どんなに長くても2年以内に決めなければ、3年目以降はケンカが増え出して、話しが進みにくくなりますよ。式場の予約・準備でも1年はかかるのですから、2年を目処にしてギリギリです。こういうハードルは越えたい時期に、一気に越えようとしないと、そういう交際での情熱も老化を始めてしまうのです。■クリック→早く多い(時間や回数じゃないよ)性交は、男性ホルモンも減少させ、興味を失せさせる。)
「長すぎる春」は、きっかけを失い易いですが(結婚を目的にしてる訳でなくて、ごく自然に’熟年夫婦’のように付き合えてしまう人達も、もちろん、居ますよ。価値観がしっかりしてる大人な二人で、価値観がしっかり合うなら、いつまでも付き合えるものです。しかし、どちらかが子供の人の場合は、上記の説明に近く成るでしょう。)、「短すぎる春」は論外なのです(もちろん、これも、ぴったりいけば良いのですけど、同じ価値観(≠価値観が合うこと)同じ価値観の人間は居ないと思うべきです)。みんな理性的に生きようとしても、結構、感情や意識できない性欲で、影響されて流されているのです。H・Rさんだけでなく、みんな多かれ少なかれ影響されているのですよ。 だから、犬や猫のようにしてはいけないのです。その発散方法としての自慰行為をもっと学ぶべきです。 性欲を我慢できないとき、性欲を我慢するには、直接の捌け口を探すなら自慰行為が一番効果的なのです。浮気して全てを失うことは、意外に多いです。 全身全霊、全幅の信頼を持ってくれる人を、一時の迷いだとしても、たとえ間違いだとしても、簡単に裏切ってしまったら、取り返しが付くことはないと、肝に銘じておくべきです。つまり、欲望のために、大切な人からの愛情の全てを失ってしまうのです。
”簡単に妥協するな”と言うのは、相手にいつまでも執着することでは有りません。それでは、ストーカーと同じですよ。近寄れば、近寄ろうとするだけ、あなたをどんどん嫌(きら)って行くだけです。別れても友達でいたい、なんて、絶対通用しなくなります。 あなたの好きな人は、どんな人ですか?(男性は性別を入れ替えて読み進んで下さい。) ブラピですか?ジャニーズ系ですか?そんなような感じですか? そんな人に限って、奥さんが既にいたり、彼女が当然居ることでしょう。では、その人と一緒になれる、付き合える確率はどれくらいでしょう? 不倫ともなれば、殆どゼロに近いでしょう。あの当たらない競馬でも、100円で75円、75%、宝くじでも46%、の還元率が有るのですよ。つまり、殆どあてにならない部分、無駄な部分に努力して、その他の大部分の叶えられるはずの確率を棄ててしまうのは、とても勿体無いことです。 小学校や中学校のときの好きな人を思い出して下さい。大抵は、学年で数名の美男美女に殆ど全ての人の好意が寄せられていたことでしょう。では、その子達が、そのままその中の子達と結婚してるのでしょうか? そんな事は、殆ど希で、滅多に無いでしょう。その殆どは、進学や社会に出て、新しい関係の中で、結婚相手を捜すことになるでしょう。すなわち、その頃は、人を見る目も無く、話してもいないのに性格の善し悪し、合う合わないも、分かる訳ないですし、自分の無い物ねだりで、格好の良い人ばかりを、好きになっていたことでしょう。 つまり、いつまでも執着することは、その頃の幼稚な自分と何ら変わり無いこと、成長してないことでも有るのです。普通なら、良い男・良い女が外面的な部分だけでないことに気付くことが、成長過程で有るはずなのです。 一例を上げれば、ローラースケートで有名なH・Gと言うグループのM星君が、同じスタジオに遊びに来ていた、S・東さんの息子さん(当時5歳)を呼び付けて、その子の手のひらにつばを吐きかけて、「後で高く売れるかも知れない」と言い放ったと、そのまんま・Hさんが言っています。(こりゃ、砂利−ジャリだね。) いくら格好良くっても人間としてどうでしょう。また、こういう事を認めてでも、格好が良い人が良いと言うなら、あなた自身のその取り巻きも悪劣下劣な人間達が集まり、すさんだ人間関係の中で、結果的には自分自身が不幸になることに違いないでしょう。
例えば、下劣なグループ内で、「愛情・恋愛か、お金か、どっちを取る?」と選択を迫られた場合、当然、みんな格好付けて「やっぱりお金!」と言うでしょう。そんな話を、グループ内の誰かが、ふざけてか、または、下劣なグループなので、陥(おとしい)れる事はなんとも思わずに、他のグループや男性に言ったとします。すると、ゴシップはみんなが好きなので、話しに尾ひれ、手ひれを付けて、面白おかしく男性中に広まります。 その話を聞いた男性達は、お金と性を結び付けて、みんなこう思います。「金でヤラせて(SEXさせて)くれるのか。」「裏では売春婦まがいにしてるんだって。」って。もうこうなると、あなたの評判は最後です。ヤリたいだけの男がうじゃうじゃ寄ってきて、モテてるのかと錯覚するぐらいに成りますが、ヤリたいだけなので次から次にと棄てられるように成り、「ヤリマン女」か「馬鹿女」のレッテルを貼られて、本命となる人に見向きもされなくなるでしょう。 私の周りの実話ですが、夏にたまたま、ノースリーブを着て会社に来たら、その脇や胸元から見える胸が原因で(他の女性を嫉妬(しっと)させたのでしょう)、「ノーブラ(ジャー)で毎日来てる淫乱女(いんらんおんな)」にされてしまった人を知っています。 実際こんな事は、世の中、特にインターネットの世界では多分に有ります。自分に関係なければ陥(おとしい)れるのを楽しんでいるのです。ですから、上の質問のような事を決してはっきりと答えては、いけないのです。 その言葉・してることを、「あなたの一番好きな人が直ぐ側で、聞いてる・見てる」と思うべきです。 それくらい、日頃の品行と、それによって分けられ、集まる友人のグレード、レベルに、自分の人生が左右されるものなのです。嫌われないように、表面的に振る舞うことも大事かも知れませんが、真に味方になってくれる人を得ることも大切ですよ。
さらに、女性同士の場合は、親友どうしと呼べるような間柄でも、自分より、先に幸せに・(既婚者でも)とても幸せに、なられるような事を潜在的に嫌う人がいます。わざとではなくて、本能的にそういう選択をしてしまうので、注意が要りますよ。 例えば、高卒で初めてどうし(処女と童貞どうし)などで結婚でも決めようなものなら、貧しい不幸な考えの持ち主たちが、よってたかって、「他に(異性を)知らなくていいの〜?」なんて、”多く付き合うことが、幸せなことだ。”と言わんばかりに、必ず言ってきます。でもちょっと待って下さい。 何人も付き合うのと、一人きりで決められるのと、どちらがプリンセス?シンデレラ? そうなんです。答えは分かりきってること。 少ない関係で理想的な人に巡(めぐ)り会える方が、シンデレラ・ストーリーに決まってるでは有りませんか。若くして、大人な考えで、結婚に踏み切れることは、お互いに素敵なことに決まってるでは有りませんか。 少なくとも、遊びでや、お小遣い・お金をもらって、簡単にセックスしてしまう人と比べれば、純粋に愛し合えることは、素晴らしいことでしょう。 そんなあなたが、本当にお姫様に見えるから、うらやましいから、嫉妬(しっと)や、やきもちで、言えてしまえることなのです。 勘違(かんちが)いをしてはならないのは、付き合うことは手段の一つであって、真の目的は、自分達の家庭を作れるかに有る=幸せに成れるかに有るはず。その目的が果たせるなら、何も、多くの人と付き合わなくてはならないことが、論理的に矛盾(むじゅん)してることが分かるでしょう。 幸せで、満足してるなら、一人で良いに決まってるでは、有りませんか。不幸せな結果になるから、人数を重ねてしまうのですよ! さらに、このことに自ら気が付けない人は、自分の人を見る目がない=人間観が低いのですから、そう言う人が、何人と付き合おうと、不幸な結果になる可能性は高いでしょう。 つまり、前言のように「一人でいいの〜」なんて言えてしまえることが、いかに、人間的に不純な動機をはらんでいるかも、自分で言ってることなのです。 はっきり言って、喜んで祝福できないような人達なのですから、人間的に醜(みにく)い人でしょう? 遊びを目的に付き合う=付き合い自体に目的が有るのと、愛する人と幸せな家庭を作りたい、と付き合うことは、全く次元が違うことだからなのです。そんな次元の低い話を、まともに聞く必要はないでしょう。 不幸で、かわいそうだなって思ってれば、腹も立たないですね。 直前で説明した恋愛期間にも繋がりますが、元アイドル歌手の浅香唯さんのように、初めて好きになった人と、14年間も付き合って、ご結婚されることだって、事実、有るのです。 まあ、確かに、後述してますが、多くの人間関係には触れておくべきですが。 だからといって、恋人・経験が多くたって、セックスフレンドみたいのじゃ、全く意味が無いのです。 必要なのは、人間関係です。恋愛そのものじゃないですよ。
また、交際中に悩んで、友人に聞いてもらおうとしてみます。 すると、自分が相談すれば、その相手は簡単に、絶対に、しかも、おお真面目な親切心を装(よそお)って、「止めた方がいいよ」と言いますよ。 なぜだか、分かりますか?簡単ですよ。 あなたは、なぜそれを相談してるのでしょう?不安だからですね。つまり、相談をされてるあなたは、友人に対して、交際相手の「気になる部分」を次から次へと話してるはずです。そう、つまり、嫌なところしか話してない可能性が高いのです。そして、友人として感受性の近いあなたの分身に、その事のみを言えば、それは、「別れろ」と言うのが当たり前なのです。あなたは、交際相手の良いところと、悪いところ、両方を見て悩んでる訳ですから。 でも、これは、悪気が有って言ってるのではなくて、普段の関係においての判断が働いてるだけなので、決して責めたりしない様に。相談の仕方、相手に気を使うべきですね。得に関係が長ければ、長いほど、偏り易いのでなお更です。 仲が良ければ良いほど、愚痴は聞いてもらっても良いでしょうが、同調・意気投合やアドバイスは絶対に貰わないようにすべきです。親友は自分の分身だと思うべきです。自分の人生なのですから、成人したり、社会人に成れば、自分の力で答えを見つけるべきなのです。 カウンセリングは簡単じゃないですよ。難しいから、職業として成り立っているのです。良いカウンセリングは、「止めろ」などと結論は絶対に言いませんよ。自分自身で見つけさせるように話します。 また、私の出席した結婚式で、友人代表で未婚の女の子がスピーチをしてるときに、途中で泣き出して(結婚する本人でなくて、その友人がですよ。)しまったことが有りました。これなんかは、女心の複雑さを良く表してる出来事だと思います。友達が幸せになる喜びと、自分への焦り、親友が盗られるような想い、など、複雑な思いが交錯して急に情緒不安定になったのでしょう。別に取り立てて、結婚する本人がいくつもの障害を乗り越えたと言う話しは無かったようなので、あくまでもスピーチしてる本人の感情のみで、泣いてしまったようです(その時の出席者の間で「何で泣いたんだ?」と、ざわついて話題になっていたぐらいです)。純粋に良かったと思うなら、自分の話しで自分が泣く事は余り無いでしょう。 他に、既婚者なら「結婚して何の得も無かった。良い事も無かった。」などと、結婚することを嘲笑う人が居ますが、そんな事は絶対に真に受けてはいけません。不良の言葉のように、格好付けて言ってるだけなのですから。
元々、幸せの価値観は人それぞれですし、例え世の中の全てのカップルが不幸だからと言って、自分達が不幸に成るとは、絶対に言えません。幸福、不幸とは、あくまでも当事者同士の価値観で決まっているのです。 その証拠に、「結婚なんて」と言う既婚者に限って、離婚もせずに生活してる人が大部分のはずなのです。今の世の中、嫌なら別れる事は、悪では有りませんね。
「結婚したら遊びに行けない」「結婚したら小遣いが無くなり、好きなものが買えない」「結婚したら美味しいものも食べられなくなる」 確かに、制約も有るかも知れませんが、これらは大嘘(おおうそ)でも有ります。 全てのご夫婦が旅行に行ってない?ブランドショップに主婦が行かない?グルメ料理店で、ご夫妻を見かけない?その前に、食べに行くといっても、ダイエットにはまってなかった? 答えは明白。全て自分次第なのです。 子供が中心になる事は多いですが、友人の繋がりが無くなる事は有りません。返って、腰を落ち着ける場所が増える事に、以前よりコミュニケーションは増えたりもします。ここまで来ると、単なる飲みに行く知り合いと、育児の事を相談できたりする友人の違いがはっきりしてしまうのも事実ですが。 そういう、他人が自分を貶(おとし)めようとする言葉に、”そうそう”なんて、納得してしまったら悲劇です。 こんなこと自体を切り出す人は、自ら影では、結婚へのステップを着実に進んでいる事でしょう(後述しています)。 なぜ、進むかと言えば、”歳をとるから”でも有りません。 愛情の通う家族を持ちたい欲求が有る事に、自分を抑える事が出来ないからです。 孤独に耐える事が出来ないからなのです。 自分の制約は、実は愛情の裏返し。自分が対等な愛情を得ているから、受け入れられているのです。 愛する人と一緒に居られて、その愛の証として、子供が産まれるって、このことだけでも、結構幸せなんですよ。
もちろん、付き合いが浅い、親友と呼べないような友人知人のアドバイスも非常に危険です。 特に多くの女性同士で集まってるときに出てくる、人に合わせようとする同調行動は、それぞれの個人から見れば、単に話がしたいだけであり、嘘に近い物まで含みます。つまり、結果はどうであれ、自分には直接の影響は無いと思うし、お互いの真意を汲み取らずに、上辺だけのやり取りになり易いからです。 女は嘘吐きです。まして、好き嫌いの好みの話になれば、その殆どは体裁(ていさい)を繕(つくろ)ってるだけに過ぎないことも多いでしょう。女性自身、絶対に忘れてはいけない、「女心は変わり易い」の喩は、こういう上辺だけの薄いコミュニケーションから、生れてくるのです。 その友人知人が、自分の立場に成ったときは、全く逆の選択をしてる可能性も高いのです。
「結婚は未だいい」「今は仕事」「結婚なんてしなくていいや」など、色々有るかも知れませんが、それも建前で、口でそうは言っても、裏では、「コンパ」「パーティ」だ、「結婚紹介所・相談所」だ、なんだかんだと、みんな色々考えて、あの手この手で行動してるものですよ。 シングル・マザー(未婚の母)やAV(アダルトビデオ−最近は、オブラートに包んで官能ビデオと言いますが)女優などでも、自らテレビに出るなどして公言してしまう(後ろのページに続きますが、やっぱりこう言う人はM・マゾヒスト気質なんですよね。女優のS田A子さんが「未婚の母」から結婚して、結局、マネージャーだった暴力夫M野さんと離婚したでしょう。これなんか、典型例ですよ。幸せになれる可能性を自分で初めから棄ててしまっているのです。 また、テレビのドキュメンタリーが成立するとき、それらは必ず”変わり者”の類になっています。普通じゃないってこと。最先端かもしれないけど、逆に落ちこぼれの可能性も有るってこと。見る人は絶えずそれを意識すべきなんです。誰にでも出来ることではないし、また、誰にでも有っては成らないことでしょう。) 自らテレビに出るなどして公言してしまう、「自分の人生は正しいと思う。悔いは無いよ。」と言うこと、M(マゾヒスト・自虐(じぎゃく−自分いじめ)的)気質な人の言葉ほど注意して聞いて欲しいです。成功者の話として聞けるならまだしも、こう言う話は人生の成功者なのでしょうか?大人の女性が、結婚を決める前に、自分の将来を考えずに、妊娠してしまう可能性が高いSEXをすることが、正しい半断と言えるのでしょうか?
後に続きますが、多くの女性の場合は、脳の構造からいって、こういう失敗談を反面教師にすることは、なかなか出来ません。もし、人生相談として何処かでされるなら、女性自身・同性からの失敗談は、善意で教えてくれても、また、仲間意識ゆえに非常に傾倒し易いですが、なるべく撥(は)ねてしまった方が良いです。まともに鵜呑(うの)みにするのは問題ですよ。失敗談に耳を貸すなら、成功者の意見を聞いた方が、よっぽど、あなた自身も成功するはずです。 確かに、M気質の人なら妊娠の可能性が有るかも知れない条件での性交は、その緊張感・スリルから快感を逆に増すかも知れませんが、それはその時の苦境・辛いことに向かって行く(可能性の有る)けなげな自分・母親に憧れる自分と、体(必ずしも心が必要な訳でない)を愛され快感を受けてる現状との落差が快楽を強めてるに過ぎません(言い換えればこれもマスターベーションの一種でしょう)。 つまり、快楽のみで行動してるに過ぎないのです。余り良い例では有りませんが、第二次世界大戦中の兵隊で(全員では有りません)、性的快楽を求めて戦場でも、女性との性交を時間の限りしてるようなこと(集団レイプや従軍慰安婦)と同じで、自分の生命などが苦境に立たされると、性的快楽を求め易くなることと同じなのです。
もちろん「正しい」と言えることは、本人の問題で有るので、否定はしませんが、正しいか・正しくないかは、本来、社会のモラル・道徳が決めること(多数決)であって、本人が評価することでも有りません。 例えば、お年寄りに乗り物の席を譲るときに「正しい」と思いながら譲るのでしょうか?落とし物を拾うのはどうでしょうか?人の手伝い・手助けはどうでしょうか?いつも「正しい」と思うのでしょうか? そう、殆ど全ての道徳的な行動の正しさは、自分が自分を「正しい」と思う以前に、その認識が無い内に「〜しなくちゃ」と行動できるのです。だから優しさの有る人間であり、モラルであり、正しいのです。それを自分で自分の事を「正しい」と思いつつ、行った瞬間に打算に成り、自分の下心を露呈する結果に成るでしょう。避妊の選択も、自分らに対してではなくて、子供のために行うこと・子供に対しての責任を忘れてはいけないのです。
(例えば、相手の子供を連れて結婚し、継父・継母に成る場合、全員では有りませんが、相手に向けられる愛情と、口で「子供も愛する」と言っていても・頭で分かっていても、連れ子に対する愛情は異質なものになり易いです。人生経験の余り無い、未熟な人ならなおさらです。また、最初は良くても、後々、自分の本当の子供が出来ると、本当の子供だけを溺愛(できあい)する人も出てくるでしょう。 なぜなら、子供は親とは別人格であり、別の人間関係、つまり、親子愛・家族愛が必要だからです。また、これらが、インスタントに出来上がってる訳では有りません。自分が親に思うことを考えても、すぐ理解出来るでしょう。相手が好きで愛情が有るのとでは、愛情の質が全く異なるのです。特に男性の場合は、自分の子供でさえも愛情が湧くには時間が必要な場合が有り、親として未熟な人も居る・虐待に走ってしまう人も居るのです。これが、男性の心に多かれ少なかれ存在してるのです。そのために、10カ月も妊娠期間が、親としての練習期間が、有るということなのでしょうか。 また、男性からの連れ子の場合、忘れがちですが、その子を手放した、母親(前妻)の存在も後々、キーポイントに成り得ます。例え法的に親権を手放してもなお、歌手のA・Nさんのように子供の名前を自分の腕に刺青・タトゥを入れてまで、主張したいと思うもの。何年も経ってるわけでなく、新しい幸せを手に入れてることもなければ、入れ墨までは多くの人はしないまでも、普通の人なら、元の結婚相手を嫌っても、自分の子供だけは愛したいと思うのは当然でしょう。そういう子供の本当の母親も彼同様に愛して、子供に会わせることを許さなければならないときも有るでしょう。 つまり、子供が居れば男女関係のみに止まらず、簡単では無いって事ですよ。 もし、子供が就職し成人するまで、お互い愛情が有るなら、その時に一緒になれば良い(そのくらいのつもりなら良い)のです。自分達以外に、家族が既に居ることは、そのくらい難しいし、忍耐力も必要とすることなのです。
まして、男性自身が仕事が大好きで、また、忙しい仕事で、子供の面倒をきちんと見られない時、もし、相手となるシングルマザーの子供が娘・女の子で、既に5・6歳以上の場合は、その子自体もシングルマザーを進んで選択しかねない状態になることが、多くなるので注意が要ります。つまり、自分達のそれ以上の問題を、将来に抱えてしまうことの予想が、逆にできます。後述していますが、女の子の場合、そうであって欲しくない例でも、母親の行動を無意識にトレースしようとする傾向が有る為なのです。
<片親と性や交際に関わる問題点>(もちろん全部がそう成るということでは有りません。) 小学生(〜高学年)になるまでの成長過程で、父親の存在を知らない子・希薄(きはく−物理的法律的に居ても精神的に居ない様−浮気・暴力などでもう片親や自分を傷付ける親・本来の役割を果たしていない親を持つ様)な子は、顕著(けんちょ)にシングルマザー・母子家庭になり易い。父性に対してのコンプレックス(片親を意識し過ぎたまま無意識に無理に頑張ろうとすること(両親が揃(そろ)ってるときよりも、母子関係、片親であることを四六時中意識し易くなる。親を思い、そのために堪(た)えることが有る。)=片親という事実に、深層で繋がる、恨んだこと=理性によって押し隠された経験が、自分の本心を隠すことと同時に、親子観・異性観を歪めることが有る。また、その時期が幼い時期からだと、本心に触れられること・触れることを嫌って、■共感能力の発達を著しく妨げる場合も有る。)無意識に無理に頑張ろうとすることが、父性を男性に繋げて、上手な異性交際を制限させる場合が有る(■ここを参照−異性を傷付け振り回す(もしくは、異性を傷付けることが、浮気や不倫に積極的に向かわせたり、後述のように金欲物欲に頼って、異性をモノとしか見れなくなったり、貢(みつ)がせること(=自分に対しての対価だと思うこと)から、性自体をモノとして商品として、性を売ることに抵抗感が無くなったり(売春・性風俗)、異性交際だけでなく、自分が我慢したことを無意識に規準にして、自分に関係が有ること・過去に触れるような問題に対して、無意識に他人を攻撃し易く、その隠されてる過去の辛さを同じように相手に体験させようとしたりする(性格が異様にきつくなる)。)・逆に傷付け方が受入れ方に出て、無意識に異性を遠ざけることで、片親であること−居ない親・存在の薄い親へ−の仕返(しかえ)しとして、同性愛までにも向かわせる(そこまでの中間的な意味合いで性的接触を嫌ったり、異性〜人間関係を嫌うなどの)場合も有る(こちらの関連は、最後までに点在)。この人達の多くは、感情を共感共有したい欲求が奥底に人一倍有るのに、それに逆らって、人との関係を嫌う場合は、余計に歪みを助長します。自分が楽になるために、”愛情=演技だ”・”愛情が必要ない”と自分が本気で思ってると、自分で錯覚させます。)父性に対してのコンプレックスを持ち易くなる。片親であることに、頚木(くびき−制限)が無いなんて思った瞬間に、実は、■表に出すべき大切な感情をしまい込んでしまって、”良い子”を演技してるだけの自分に気が付かずに大人になってしまう・ことが・有るのです。「一人しか居ない親に、辛く当たっては行けない。」と思うこと自体が、屈折する元になり得るのです。 それは、神経精神障害にも繋がったり、傷付ける行為が自分に向かうこと−居ない親・存在の薄い親=振り向かない人・自分をいじめようとする人の気を引くこと=不幸になることを自ら選び易くなることとして出るときが有ります。 死別などで、仏壇などに写真が、しっかり有る場合などは別。つまり、仏壇などに対しての、お母さんの愛情の表われ方・お父さんに対する現在の愛情表現(これらは、母子父子逆の場合も同じ。無かったものを無理にでも得ようとするか、無いことの自分への理不尽さ(男女関係が有って生れてるはずなのに、片方の存在しか感じられないこと)を仕返しで晴らそうと=(家庭や人の愛情好意を無意識に遠ざけて)自分の痛みを分らそうとする。)愛情表現によって、過去の、お母さんが、お父さんにどの程度愛されていたかが分かって、かつ、その過去の母への愛情が、間接的に娘さんに分かるようになることによって、父の愛情という認識が働き、その存在を満たされていることになるのです。逆に、父となる人に求められるのは、この穴埋めになるのです。 愛情にしても、憎しみにしても、悲しみにしても、親の持ってる心が、子供に伝わってしまうのです。自分が相手に因縁を吹っ掛けてれば、その因縁が子供に返って来ることが有るのです。 一般的にも片親であることに偏見が有る(ことが、ストレスの原因)かもしれませんが、現実的には、希薄な親を持つ子も含めて、少なからずは自分に無理をし、心に病を持ちつつある子は本当に多いものです。偏見がいけないことだと言うのは当たり前ですが、それを親が言い続けたからといって、子供の傷が完全に無くせるものじゃ無いかも知れません。言えば言うほどきつくなることも現実として有るのです。これは、いじめの問題にも共通ですよ。 例えば(もちろん全員じゃないでしょうけど)、「”片親家庭だから”と言うな」と言いつつも、場合によっては、他人を”顔・容姿・スタイル”や、”頭の善し悪し”などで、平気で好き嫌い・仲間・グループを分けられるはずです。戦争にまでなる、教えと行動が違う、一般的な宗教もそう。嫌われる体臭だって、毛深さだって、殆ど本人に関係なく、優性遺伝によるものです。言ってみれば、これらも偏見じゃ有りませんか。自分達の多くと違う者・外れる者を嫌う傾向が、多かれ少なかれ有るでしょう。
たとえば、あるTV番組でジェンダーフリーの討議をされたときに、男性パネラー(O竹さん)が「家庭で責任を取るのは男性だ」という主旨の発言をされたときに、”何でも平等にして欲しい。”・”区別を無くせば、いじめが無くなる。”と言う女性パネラーが(もちろん、これらは正論です。)、「そんな寂しい・・・」と言って、その男性パネラーを、「発言を撤回しろ!寂しいとは何事だ。」と激怒させました。 その女性パネラーは、激怒の理由が余り分からなかったようですが、この矛盾に気が付いたでしょうか。 それは、”区別を無くせば”(理論)と言いつつ、”それは寂しい”(感情論)と人に言ってしまったこと。
これには、”私たちのような考え、頭脳を持つものは、寂しくなくてとても幸せで、自分らの意見に納得賛同出来ない、あなたは寂しい人間で、(奥さんは)とても不幸なんだ。”と言う、思い込みと区分けが、しっかり勝手に、何も知らないのに発生してしまったことなんです。 さらに、女性の立場で言えば、”男性にしっかり守っても欲しい・頼りたい”と思ってる人だって、実際はかなり多いです。デートに行けば、決定権と責任を男性に頼ろうとするものでしょう。 それでいて、自分以外の人が不幸かどうかなんて、決め付けられるはずが無いのです(後で出てくる、「好きになる法則(P4に入り口)」は読んでね)。
形容詞を言葉で使うとき、必ず比較するものを何処かに置き、想定し、その相対で判断しようとする働きが脳には有ります。例えば、田舎のスーパー(商店)で買い物をしたとき、地元の人は、お客さんが10人弱居れば混んでると言います(都市部大手のバーゲンセールを知ってる人なら有り得ないですね)。沖縄で気温15℃を下回れば大寒だと言います(逆に夏の暑さはご存知でしょう)。 これらは、自分の認識を元に判断してる証拠。認識とは何かと言うと、数値表現じゃなければ、個人の感情や思い込みを指すのです。
正しいことを言うとき、区別・差別を無くせばと言いつつ、相手を区別しなけりゃならない現実が有ることを、忘れてはなりません。 リバウンド効果だって、そう。気にしないようにすればするほど、裏腹に気にすることは止められません。 最終的に区別を無くすことなんて出来なくて(脳機能として最初から備わってる。)、それが、人間性・個性にも現されるわけです。 またそれが、感情と言うもの。”それは寂しい”と決め付けたこととも全く同一のことです。 例えば、誰でも好きになれて、誰でも愛せるわけじゃないんですよ。この直前のように、嫌いな人だって無くせません。 <性同一性障害・ジェンダーフリーについてなども扱ってるから最後まで読んでね。> 誰だか有名な人の言葉が有ります。 「君の意見には賛同できないが、君の発言することの自由は、命を懸けても守る。」 区別を無くすことと、相手を尊重すること=違いを認め合うことは、別次元のことなんだってば。
お分かりの通り、これらは、脳で言えば、特定の人を好きになる・愛するための機能と背中合わせで同一です。それらを棄てようとするなら、好きな人が居る世界も無くなってしまうこと=(だから、前述の通り)誰も好きになれないこと・ストレートに本気で人を愛することが出来ないことと同一でも有るのです(最後のページまで全体をしっかり読んでね。偏見をしなさいということではなくて、マイナスの偏りが”偏見”と言われて、プラスの偏りが”思い入れ”と呼ばれ、そのどちらもが同じ機能で成り立ってるということ)。 こういう問題を抱える場合、素直に感情を表現させて、心身で強くなるような具体的なテクニック(映画じゃないけど、武道もそうですし、体育会系部活もそうですし、とにかく内と外で、強くなるテクニック。)を身に付けさせる方法が良いでしょう。親(親代わり)には子供に責められる、義務と責任が残っているのです。人の目は変えられないのですから、自分が変わるしかないのです。 もちろん、逆に言えば、「良い人だったんだよ」「たくさん思われていたんだよ」「大切にされてたんだよ」って四六時中聞かせて上げられれば、ひねくれない心に、育てられるでしょう。って、これ、両親(お互い)が健在の場合にも、かなり重要ですよ。お互いの愛情が深いことを伝えることって。(さらに逆に、健在でも貶(けな)し合うのは、ここの上下の通り、存在感の無い希薄な親を擦り込んで、最悪です。■お互いに愛情が無いなら、別れた方が健全です。)
”母親に全て任(まか)せておけば、上手く行くだろう。”なんて、無責任なことを少しでも思うのであれば、その選択はしない方が、自分達の人生の為(ため)でもあるでしょう。
また、忘れがちですが、離婚・シングルマザーなどで人生の選択に失敗をしてる人は、人間観・人を見る目が余り無かったのですから、また同じ過(あやま)ちを冒(おか)し易(やす)いことです。子供を「産むか、おろすか(中絶するか)」なんて、もの凄(すご)く痛いことで悩まなければならない選択を、自分で用意してる人なのですから、性格的・人格的に問題が多少は認められるはずなのですよ。 未婚の母になる人は、生活から考え方まで、全てを正さなければ、何人でも子供を産んでしまいますよ。交際中は、結婚するまで子供を作らないように、性交そのものに、最低限の生活改善は必要です。
| <熱中症>車の中で女児死亡 両親が放置か 福井
2002年4月22日午後1時40分ごろ、福井県清水町三留、自営業手伝い、Mさん(26)と妻(21)から、「子どもが呼吸していない」と119番通報があった。救急隊員が2人がいた同県鯖江市北野町1のコンビニエンスストアの前に駆け付けると、車内で長女(生後11カ月)がぐったりしており、近くの病院へ運んだが、間もなく死亡した。死因は熱中症とみられる。 鯖江署の調べに対し、2人はこの日午前11時ごろ、同市神中町2のパチンコ店の駐車場に車を止めた。長女が後部座席のチャイルドシートで寝ていたため、窓を閉め切ったまま、冷房もかけずに車を離れたという。 午後1時半ごろ、ぐったりしている長女を、車に戻ってきた2人が見つけ、長女に水を飲まそうとコンビニエンスストアへ車を走らせた、と話しているという。同署は2人が車に長女を残したまま、パチンコをしていた可能性もあるとみて、詳しい事情を聴いている。同署は2人の話にあいまいな部分もあることから、詳しい事情を聴いている。 福井地方気象台によると、鯖江市北隣の福井市で22日の最高気温は25・0度の夏日で、6月上旬並みだった。
解説意見: こんな例を使いたくは、有りませんが、これも年に十数件も起こってることが実状です。親になるには、子供のために欲望の全てを棄てられる、大人な人間性と責任が最低限必要なのですね。
<熱射病>死亡女児の父親を逮捕 福井県警
福井県警鯖江署は2002年4月22日、生後11カ月の長女を車内に置き去りにし、死なせたとして、同県清水町三留、自営業手伝い、M容疑者(26)を保護責任者遺棄致死(ほごせきにんしゃいきちし)容疑で逮捕した。宮下容疑者の妻(21)も任意で事情を聴いている。 調べでは、M容疑者は同日午前11時ごろ、同市神中町2のパチンコ店駐車場で、長女をマイカーの後部座席に放置して、車を離れ、長女を熱射病で死なせた疑い。宮下容疑者らは、車の窓を閉め切って冷房もかけずに離れ、約2時間半、パチンコをしていたという。 M容疑者らは当初、パチンコ店近くのショッピングセンターの駐車場に駐車し、買い物中の事故だったと供述していたが、その後「(パチンコ中では)世間的に困るので、買い物と言った」と翻したという。 解説意見: 身勝手で幼すぎるでしょう? 死んでしまった娘を差し置いても、まだ、自分(立場)が中心に思えてるなんて。 こんな人は、交際中も身勝手に振る舞ってることも多いと思うのですが・・・。奥さんも一緒に遊んでるようじゃ、分からなかったのかな。 やっぱり、交際相手は、自分のレベルに合った人になってしまうのですね。
<虐待死>「なつかないので暴行した」と父 茨城・石岡署
長男(3)に暴行を加えて死亡させたとして、傷害致死容疑で逮捕された茨城県玉里村上玉里、会社員、須○○春容疑者(24)が石岡署の調べに対し、「長男がなつかなかったので、むしゃくしゃしてやった」と動機について供述していることが、2002年7月7日分かった。 調べに対して須○容疑者は、今年1月ごろから長男○太ちゃんに暴行を加えていたことを認めている。不審に思った妻(28)が事情を聞くと「どこかにぶつけたんだろう」とか「俺を疑うのか」などと答えていたという。須○容疑者は妻と昨年8月に結婚、○太ちゃんは妻と前夫との間に生まれた。
<乳児死亡>パチンコ店の駐車場車内に置き去り 長野 2003年4月3日午後6時半ごろ、長野県飯田市上殿岡のパチンコ店Kの駐車場で、同県阿智村伍和、会社員、Hさん(27)の長男(9カ月)が乗用車内でぐったりしているのを、母親のKさん(25)が発見し「子供の息がない」と119番した。Rちゃんは市内の病院に運ばれたが、間もなく死亡した。飯田署で詳しい死因を調べている。 同署によると、Kさんは同店でパチンコをしていた同日午後の数時間、窓を閉めた乗用車内の後部座席にRちゃんを寝かしていたという。長野地方気象台によると同日の飯田市の最高気温は18.1度だった。 <乳児置き去り>パチンコ熱中の母逮捕 9カ月の長男死亡で 長野県飯田市内のパチンコ店駐車場で、乗用車内に置き去りにされた乳児が死亡した事件で、飯田署は4日、乳児の母親の同県阿智村伍和、主婦、HK容疑者(25)を保護責任者遺棄等致死容疑で逮捕した。H容疑者は容疑事実を認めているという。 調べでは、H容疑者は3日午前から午後6時半ごろにかけて同市上殿岡のパチンコ店でパチンコをしていた間、乗用車内の後部座席に長男のRちゃん(9カ月)を寝かせたままにして死亡させた疑い。司法解剖の結果、Rちゃんの死因は熱中症と判明した。
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もし、自分で育てられずに、子供の養育費を期待してるなら、そんな願望は諦めましょう。 始めの内は、男性が納得・認知して養育費を払っていても、男性側の状況で、何時、支払いが止ってもおかしくはないでしょう。それは、会社を倒産・リストラされて自己破産するかもしれないし、蒸発・失踪するかもしれません。また、別の女性と結婚し家庭を持つときも有るでしょう。また当然、未婚の母になるくらいなら、相手の親とも面識が、ほぼ無い状況で事態が進行してるでしょう。そんな状況下で、更に、認知成立後に数年も経っているなら、裁判を起こす気力は余り起こらないでしょうし、相手の親や家族のことが分からなければ、その相手の所在も捜すことが困難になります。また、裁判を起こせるくらいなら、ここまでの状況に陥らないし、自活できるでしょう。 つまり、もしもの場合は、自分以外に子供を守る方法は有りません。全て自分自身の責任になるのです。 実際、養育費が滞るのは決して少数ではないのです。 また、連れ子を認めて結婚する・一緒に暮らすにしても、子供が自立できる少年期を過ぎてれば確認は、し易いですが、子供が幼少期なら、なお更注意したいです。その子から見れば、自分の意志は全く反映されてないのですよ。 一時の感情で不幸になるのは、いつも子供です。
一番肝腎なことは、愛する彼の子を分身として愛するために、シングルマザーに成ることは、その人自身の、”何年も片思いの出来る”というような−変わらないのではない−成長してない人間性や、子供っぽいエゴ・身勝手から(自己中心的な恋愛観。ストーカー気質(あちこち他の人と付き合っていたくせに、「何年も前から好きだった」なんて言う人には近付かない方が良い。後で必ず痛い結果に成りますよ。代替で恋愛できる人は、それだけの低いストーカー的恋愛観しか持ってないと見るべきです)ストーカー気質。閉鎖的人間関係。相手やその家族の気持ちを考えられないこと。少なくとも子供の人格は無視されてることに注意。)エゴ・身勝手からであり、子供に対しての本当の愛情とは、その段階では別であって異質であり、子供から見て(戸籍による法の下での完全な差別(「長男・長女」の表記が一生出来ない。多分これだけで、金融機関への就職は困難でしょう。公務員も、どうでしょうか。その前に、私立の学校や幼稚園も厳しいかな。椎名林檎さんの出来ちゃった結婚、出産、即離婚というのはこのことを知っていた可能性も有りますね。それにしたって、結婚前にあなたのことを考えずに、妊娠させるようなことを何度もする男が、(自分で求める場合は自身も)良い人のはずがないのですけどね。)差別や社会からのいじめなど)責任を人並みに全うできないことです。つまり、親が自分の生き方をどう思おうが、どうしようが、勝ってですが、そんな事は、どんなに後で説明しても、子供にとっては全然関係ないのですよ。 子供は子供で、彼では有り得ないし、もちろん、「自分の生きがいのため」の道具でもないのです。 そういう子供っぽい、または、”都合の良い女でも構わない”と思えるような、自虐的(じぎゃくてき−自分いじめが好き)な自分に酔ってる、自己中心人間だから、妻子を振り切ってまでもというような、あなたを愛すること、選ぶことが出来ないのです。彼から見れば、性の捌け口の一つに過ぎなくて、やっぱり真の愛情の対象には成り得ないのです。
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事情は違い、同一ではないのですが、現実の一端をしっかり見つめて下さい。
遺児高校生の内定率は45% あしなが育英会調査 病気や自殺などで親を亡くし、あしなが育英会から奨学金を受けている高校3年生の就職内定率は、12月1日時点で45%と極めて厳しいことが2003年12月9日、同会のアンケートで分かった。昨年11月末現在の厚生労働省の調べでは、高校生全体の内定率は60・3%で、これを大きく下回っている。 一方、母子家庭の年収の平均は約144万円で、遺児は経済的にも苦しい立場に置かれている。 調査は、今年4月時点で「就職希望」「進学か就職か迷っている」とした奨学生328人を対象に実施し、283人から回答を得た。 それによると、内定を得たのは127人。内訳は男子52%(81人)、女子37%(46人)。専門学校など進学に変更した高校生は38人いた。 来春高校に入学する遺児630人の家庭の収入を調査した結果、平均年収は148万687円。母子家庭に限ると、144万8512円で、いずれも全国の平均年収の3分の1未満だった。 「遺児は進学も就職もできない状況に追い込まれている。行政に支援を求めていきたい」と話している。
解説意見:働きたいと思う心に、親のある無しは本来関係有りません。まして、意欲で言えば逆のことも有るはず。だけど、現実はそんな風には受け入れられていないのです。
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自分の家族を愛するとき、それは、家族・子供が不幸に成るような選択は、普通の神経をしてるならしないでしょう?じゃ、子供は?
家族を創るきっかけが不幸なら、結果も不幸になりますよ。マゾ気質は変えにくいからです。少なくとも、子供にとっては、「都合の良い女」は「自分の人生のじゃま女(別れた彼も、後で必ず嫌ってこう思うでしょう)」になってしまいますよ。自己中心的に一人で子供を産んで、勝手に生きがいにされて、迷惑だと思う方が多くなるでしょう。 とにかく、こういう事する人達には、周りの人の心を察して、行動することが、欠けていて、足りてないのです。本当に愛情があるなら、自分から棄てなきゃならないものもたくさん出てきますよ。「あなたの家庭には、迷惑かけないから・・・、これくらいは・・・」などと子供を条件に取り上げて言えることが、すでにおかしいのです。 子供が後で自分で父親を探し出して、分かってしまったら、存在自体が迷惑だと思われることも有るでしょう。もし、そうなったら、子供も相手の家庭も皆、とても不幸です。
男性から見れば、自分にも含めて、子供に対して、無責任で自己中心的な「子供だけ欲しい」(「都合が良い女」でいたいなら、子供も要求するべきでもないでしょう?)「子供だけ欲しい」というような”痛い”選択をする可能性の有る人を、また、人生の裏道・不幸になり易いことを進んで選ぶような人を、選ぶことは少なくなる、もしくは、深層心理で嫌(きら)う(母親(男性にも有る母性とその象徴)とは、太陽の真下で明るく輝くものだ、子供や家庭の幸福を何よりも大切にするものだ、と思いたいもの。こっそり隠れて、影で、裏で、というのは、似合わない事を知ってるから)でしょう。だから、結局、彼とは結ばれなかったと言えるのです。
2003年2月13日(同日追記。その人にもここ読んで欲しかったな。)の歌舞伎のI・Sさんも、この心理で破局したのでしょう。 まあ、女性元歌手にとっては、6年も付き合っていての、最後の賭け(かけ)の意味も有ったのでしょうけど、それだけ経ってると、交際に情熱も無くなっていて、勢いでの結婚は有り得ない(理由は前述(ここ))はずだから、かなり難しい賭けに出てしまった、当然の結果なのです。 その証拠に、一人で育てられるかどうか不安が有るから、その時にどうするかが、もう問題に、なってるそうです。確たる自信の有った結果ではなかったようです。それだったらねえ。 米倉さんは、避妊も出来ないような男とは付き合わない、と言っていたそうですが。
これ、不倫で、彼・自分の家族を傷付けるときも同じで、心の深い部分で、その傷(記憶)が見えない形で残って、たとえ一緒になれたとしても、時間を置いて情熱が冷めてくると、自分にしっぺ返しが来るときも有り得ます。 彼を奪(うば)いたいなら、また、自分を奪われたいなら、逆に、自分から、不倫相手にこじつけて、”家庭との別れ”などの結論を、切り出してはいけないのです。 それは、家庭を傷付けようとする行為が、深層心理に対しての、自分の評価を下げるからです。 ここで、ある矛盾に気が付きましたか? それは、セックスを含め、関係を深めようとすると、この理由で自分の価値が下がり得ること。 逆に言えば、きちんと付き合いたいなら、不倫になる方は、前もって、それなりの”けじめ”は絶対必要不可欠(これ自体も矛盾ですが。最初から壊れてるなら別ですが、好きな人が出来たからと言って、自分で、(または、人の、)幸せな家庭を壊せるのは、その程度の家庭観しか持っていない事の証明。深層心理では、そういう人を実は嫌うのです。それでも好きなら、家庭というものを縛(しば)りに感じてる人なのですから、今度は自分が不倫をされる側に回る可能性は高いのです)。結局のところ、不倫を成功に導くのは、お互いが完全にシングルになれる事。不倫じゃなくて、自然な関係に成り得るかにかかっているのです。だから、不倫と呼ばれるうちは、とても難しい。 その関係そのものが、その償(つぐな)いを共に(不倫をした者・させた者が)背負って行くべきであるものです。 逆に言えば、すでに元から、結婚や付き合いが有ったのなら、不倫や浮気する側には、それを清算する度胸(どきょう)も、本当は必要なのです。 不倫や浮気をする人の大概は、自分が一番かわいくて、自分の視点しか持っていなくて、■子供をかわいそうなんて言いつつも、その根幹に有るものは、利己的で自分を非常に美化・正当化し易く、自分が悪くならないような画策や言動をするもの(これも、愛情に対しての矛盾)です。「子供のために」と考えるのは、本来は母親の決断で(■必要なときも有る)、多くの余所の人が、介入できるものではないし、それを別れさそうとする側が言うのは、横柄横暴意外に感じられることは有りません(表に出すだけで余計にこじれる)。自ら人の胸にナイフを突き刺しておいて、”腐っちゃうから、早く、おっぱい取った方が良いよ。”と言ってるのと意味は同じですよ。これは、某国の人質の論理とも変わりません。 その言い草自体が、人として、愛情を持つ人間として、どうかとも思わせるでしょう。 家庭が崩壊し、また、別居状態であるなど、”奪って上げた方が幸せだ”と言うことは確かに有るでしょう(ただ、この−家庭で言えば婚姻(こんいん)が、ほぼ破綻(はたん)してる−状態からを、略奪愛とも言いませんね。略奪の意味が混同されていますが、本来は幸せであった家庭・交際を、壊させしめることのみを言うでしょう)。 ですが、元々、男性とは、既に有る付き合いをわざと下げて言うのは普通でしょう(正常でも謙遜(けんそん)が働く)。セックスのために嘘を付ける人までいます(当然、ネット上などでも、性別を偽(いつわ)り、自分を偽り、自己を正当化し、女性に対して不倫・浮気による激しく乱れる性交を奨励(しょうれい)し、自分の欲望を満たし易い環境を整えようとする)。その状態で、客観的に比較できる位置に居ない、両極に居るのなら(全てを知らずに、間接的にしか知らないなら)、本当はどっちが幸せかなんて分るはずが無くて、さらに、先のことは予想が付かないから、その浮気・不倫をしてる張本人でさえ、実は迷って当たり前です。幸せかどうかなんて、一時期のバランスだけで見える物では無くて、もっとダイナミックに変動するものです。 究極的に言えば、愛情とは、相手を思い、痛みを受けながら、どれくらい犠牲になれるかにもよるのでしょう。だから、お互い、自分の足場を探して、悩むわけです。例えば、辛い時期を一緒に頑張ることが出来ても、裕福・平穏に成った途端に、目標を失い、別れてしまったりすることも有るものです。 また、張本人が、迷っていないなら、それは、不倫や、まして浮気には当たらない・ならないでしょう。ここの前後で言ってる通りに、とっとと関係を清算すれば良いだけのこと。それがなかなか出来ないということに、この関係の全てが有るのです。特に男性を中心とする三角関係の場合、ベースとして”据膳食わぬは男の恥(すえぜんくわぬはおとこのはじ)”という言葉が辞書にも有るくらい、どっちも摘まんで、いつまでも食べていたいと思うものです。 結局、奪われようとする側もが、”あたしと居る方が幸せだ”と思うことの、(どちらが正しいのか)結論を出す方法は、両極の二人には本当はないのかもしれませんよ。それを、一方的に新しい相手である自分こそが、幸せになれる相手だと思えることは、傲慢(ごうまん)であること意外の何者でもないでしょう。張本人が迷っているくらいなら、逆の結論だって十分有り得るじゃないの。この色の囲みの部分の通り、奪おうとしなくても、幸せであることに違わないじゃないですか。 これらが、これから奪った方が幸せだと言うことに矛盾するのです。一時の迷いか、本気かは、張本人が結論を出すまで分らないというのが、本当の所でしょう。その後だって、悩む人は悩むものです。 幸せかどうかなんて、厳密に言えば一生かかる命題の一つなのですよ。簡単に他人が決められることでもないでしょう。
さらに、浮気や不倫をすることを仕方ないということのみを拠り所(よりどころ)にして、非難されないこと=正しい(<非難されること=正しくないこと>の否定形の肯定表現で)正しいと言う人も居ます。だけど、仕方の無いことと、正しいことには、本来は意味合いに無限の開きが有ります。その論法に代表されるのが、”なし崩し(なしくずし)”という、民主主義の議論方法を根本から危うくしてるものです。もっとも、”本当は正しくないこと”を心のどこかで認めてるからこそ、こんな無茶苦茶な論法が正しいと大声でそれのみを訴えようとしてることでも有るでしょう。 ”お年寄り・体の不自由な人を大切にしましょう。”と個人レベルで他人に向かって、大声で言ってる人は殆ど居ないでしょう?(グーグルで”お年寄り
体の不自由な人 大切にしましょう”を検索すると、2003.9.7現在7件しか出てきません。”体”を”身体”にするとたった2件。)本当に浮気や不倫が正しいと思うなら、みんなが受け入れて、叫ぼうなんて人は、まず出てこないでしょう。本当に正しいと思ってるなら、すり替えの論理やいい加減な論法は棄てて言わなければ、伝わるわけは有りません。 誰にも非難されない、と言うのは言い過ぎで、直面するそれぞれの二人だけ(さらにまたは、喧嘩してるのも嫌だけど、別れるのはもっと嫌だと思う子供−この存在を忘れられる人・痛みの理解できない人は、本当の親には成れないでしょう。−子供)には、非難されても仕方が有りません。それを忘れてるだけで、利己的であることの証明は、他には何も要らないでしょう。 ”なんだ少数だ”と言うかも知れませんが、逆に、これらは、巻き込まれた関係者全員でも有ります。その最低どちら側か全員に非難される可能性が有って、誰にも非難されないというのは、おかしいでしょう。当事者間の問題を一般に広げて薄(うす)めて、非難されないと言うことが誤りです。当事者以外は他人なんですから、非難しなくて当たり前です。恋愛感情とは、絶えず当事者間の問題。例えば、失恋して悲しむのは、本当は個人だけ。悲しいと思うのは、一般じゃない。それは、憎しみも同じ。そういう個人個人の問題を取り上げ、掘り下げて、論じたものが恋愛論など。一般を対象としてるのではなくて、あくまでも個人同士の関係を論じられるものです。当事者個人から全体を見ることが出来も、一般から個人を見て、何も論じられません(その”一般から見ること”が既に別の個人でしかない)。それを一般に広げて非難されないというのは、論法が間違いなのです。恋愛において、当事者の感情が全てであって、それを自分自身に置き換えることであって、それ以外は論じる必要は有りません。愛するのも、憎むのも、思い悩むのも、一般ではなくて個人です。それらの他人を省いてもなお、非難されないと思えるなら、仕方有りませんが。 人の痛みを共感できない人に、いくら言っても通じないのは、池田小殺傷事件などの犯人・被告とも共通なことですから。 とにかく、奪った側には、それなりの償(つぐな)いは発生するものです。また、発生しなきゃ、人間として未熟すぎます。 償い−それは、本来、自分の何を表すものか・何のために必要かを考えれば、本当は明白なのです。 言い直せば、仕方のないこと、かも、しれないけど、非難されないこともない、と言うのが、本当の所でしょう。 付き合うきっかけで、相手の背後関係まで知らなかったとしても、実際の非難は、してしまったことに対してのみに起こるものなのです。 たとえ、そんなに罪悪感が必要のない恋愛どうしでも、思い入れが、強くなればなるほど、奪われて、”ムッ”とも来ない・悲しくも思わない人は居ないでしょう。強引に進めてしまって、その怨み・憎しみが重くなることをすれば、近い将来に自分に返ってくることも有るでしょう。その行いをずっと見てる人が、愛してる相手でもあるからです。 逆に、奪われた人の気持ちを理解してるのと、してないのとでは、人間性・包容力が違って見えるはずなんですけどね。 裏返せば、(張本人が、)今の人よりも、これからの人を大切に思えるなら、その人を、また、元の人を、辛い目には、出来るだけ合わせないようにするのなら、けじめを出来るだけ早いうちに、付ける事も当然でしょう。 裏切って、騙(だま)してる状態が、また、時間を無駄に過ごさせる事が、両方の相手に、幸せな状態とも呼べないでしょう。 浮気・不倫なんて、和気・風鈴みたいにきれいな言葉に聞こえるけど、何のことは無い、人を裏切る行為のそのものです。お隣、韓国では、姦通罪という犯罪です。 じゃ、国によって倫理が違うのかと言えば、そんなことも有り得ません。だから、不倫と書くのです。 そんな輩(やから)の言葉が信用できる、愛せる自分を、じっくり見直した方が良いでしょう。相手の思うつぼとなる言葉を、自由な恋愛と、ごちゃ混ぜにしないで下さいね。■人間性は変えにくいからです。
TVに出るような整形外科医師でも、”不倫関係がばれたときに全てを失うことがあるから悪という観念を植え付けて、それをさせないでおこうとしているだけです。”なんて言ってますが、これらが、そんな風に読めたでしょうか。 ”人を精神的に傷付けることが、人間として本当に、大手を振って正しいことと言い切れるのか?”・”人を愛することの意味とはなんなのか?”と言う、一連の問題提起なのです。 さらに同じ医師が、”世の中にはこの「悪行」をする女性が意外に多いのです。アメリカ合衆国の産婦人科医の発表によると、たいてい、10人に1人は子供の遺伝子と父親の遺伝子が不一致だという結果でした。つまり不義の子は10%いるということです。”なんて、うそぶいてますが、アメリカであっても、子供の遺伝子を勝手に調べることは出来ません。この発表が単なる個人医師の統計にしかなってないばかりか、この調査依頼が有るのは、そういう不義の疑いが有ること・どちらの子か調べたいことの、意味を既に含んでいます。やましくないなら、調べることが少なく成るのは当然でしょう。調べること・動機自体に、重みが乗ってることを誤魔化し、都合よく数値だけを取出した言い方はすべきじゃない。■アメリカ人のしてることが正しいと思わせてるのも擦り込みじゃないですか。逆に、アメリカ人の父親には無知・無能が多い統計・家庭崩壊の多い統計にも見て取れますが(こういう商業主義に偏る医師は、ブキャナンさんの本なんか読みもしないのでしょうけど。アメリカ人自らの、自己批判にも耳を傾けるべきですよ)。 最初に”大抵(たいてい−多分・おそらくの意味が含まれてる。言い切れる場合は、この言葉を使うことはまずない。数値が確定されていて、なおかつ、省略される場合は、接頭語に’約’を使うのが一般的。)”といい加減に濁しておきながら、最後には”10%いる(最初の’10人に1人’をくり返し言い直すことによって、データの信憑性(しんぴょうせい)を高めようとする場合に行われることが多い。)”と言い切る言い方が、これも単なる植え付けでしょう? つまり、(完全な統計として)全体を調査してないのに(調査人口ベースが不鮮明なまま)、”10%の子の父親が違う”と言いきるのは、間違いでしょう。まして、精子バンクの有るアメリカでは、日本と比較は出来ません。父親が存在しなくても良い国と比較して何が言いたいの。自己の正当化がしたいの?これで言うなら、日本人の統計を出すべきなのです。その違いが有るから、不妊治療のガイドラインも国によって違うのですから。 もちろん、重要なことですが、日本では、戸籍(こせき)に、親子関係などの虚偽記載(きょぎ・きさい)をした場合、婚姻の継続−家族をそのまま続けること−の如何に関わりなく、刑法犯としての罰則も有り得る犯罪そのものです。映画のようなハッピーエンドは、法規上、許されていません。自分達の子として育てたいなら、不義相手からの認知や養子縁組などの正当な手続きを踏む必要が有るのです。まして、離婚〜自分と不義相手への、慰謝料の請求の対象としては、十分な条件です。ちなみに、個人的な繋がり・関係において、この医師のような言葉を親友などに勧めてしまって、実際に行われてしまった場合は、虚偽記載の幇助(ほうじょ−犯罪の知恵を与えること)にもなって、自分も刑罰・慰謝料請求の対象になり兼ねないことです。このインテリを気取った医師の言葉は、そのくらい危ういものでも有るのです。 また、逆に同じ論法で考えて、アメリカでは15歳以下の性交体験が軽く10%を越えます。日本人の体験の推移より、約2歳以上早いです。ティーンエイジャーと言えば、小学高学年も平然と含まれてます。 だからって、日本人の小中学生にも性交を”もっとやりなさい”と奨励できるでしょうか。するつもりなのでしょうか。 特に女性は体(子宮・性器)が完成する20〜22歳までは、医学的には、性交は勧められません。だからこそ、ここでは学生の性交は、良しとはしていないのです。 逆に言えば、未熟な体のうちにセックスしても、感じない・気持ち良くならない、と言うのも、女性にとっては、極々自然なことでも有るわけです。もし、感じないまま、もしくは、彼氏の性欲の捌け口(はけぐち)としてしか、無理矢理としか、性交渉を持てないなら、後々、自分に精神的・肉体的に後遺症を残すことにもなりかねません。■クリック→未熟な人・行為が、堕胎やSTDの割合を高めてる事実もあります。子供を作る目的では無く、快楽のために−愛情だと思うのは錯覚のことが有る(後述=実はこれがメイン)−性交を選択することはありません。愛情表現としてなら逆の選択−セックスしないで、お互いの未来を大切に思う選択、ゆっくり時間を大切に重ねる選択も有るのです。 またたとえ10%のアメリカ人の子が母親の不義によって本当に生れていたとしても、それをそっくり受け入れられるかは、全く別の問題でしょう。 前述を含め、不倫を勧めるような人は、こういったすり替えを平気で行うことが多いです。これらの問題提起に真っ向から答えてくれる、純粋に考えてくれる人には、殆ど出会ったことが有りません。<現に、これを記載して、半年も経つのに、この部分に関する反論は、ただの一件も来ておりません。> ■クリック→不倫を擁護(ようご)する本当の理由
例えば、騙(だま)し易い、学校を卒業をしたての経験の少ない頃ばかりを狙ってる、妻子の有る男性も少なからず居るのです。 結婚が既に有る男性から、「家の中はがたがたで、今の奥さんと別れて結婚する」と言われても、その約束は、民法上は無効で、婚約として成立しません。したがって、その約束が反故(ほご)にされても、法律上、なんの手立ても無いのです。妻子有る男性と関係を持ってしまった自分が悪いだけだ、となります。■ただの浮気相手・愛人相手にされてるだけの相手の心理はここの辺 女性は男性の性欲をもっと知った方が良いし、男性は女性の心を分かって欲しい。これが、このサイトの動機の一つです。 逆に奥さん側から言えば、その幼い自分が、その奥さんの居る事を知りつつ、そこまでの関係に成れば、不貞行為(ふてい・こうい)という民法上の−刑法に触れる犯罪ではないけど−違法行為(いほう・こうい)に荷担(かたん)した事、共同不貞行為(きょうどう・ふてい・こうい)になり、相手の人はもちろん、自分が家庭を壊した原因とされて、慰謝料の請求をされてしまうことだって有るのです。ちなみに、奥さんが、それの証拠集めとして、自分の夫の携帯・メモ帳などを覗くのは、プライバシー侵害には当たらず、違法行為の調査権は認められています。ただし、関係が無ければ、逆に慰謝料の請求権が発生しますが、そこまでするような場合は、先に離婚が有るのが普通でしょう。■自分の気持ちを分かってもらう方法(2つ有り)・その2(この方法もですね) 信頼(しんらい)の無くなった関係は、とても惨(みじ)めです。 不倫に、仕事が絡めばキャリアの全てが吹っ飛ぶ場合も、女性の方が圧倒的にリスクが大きいのは本当なのです。性的に交わることのデメリットは、女性の方が多いです。
テレビでやってる、弁護士たちの話・裁判ごっこは、まともに聞かない方が良いよ。 彼らは、逆のことを、さも正しいように言わないと、勝たさないと、商売にならない人達なんです。 (もちろん、立派な方もいらっしゃいますが) 犯罪者の弁護のこととか考えてみてね。 不倫をするのは不貞行為で、悪なんですよ。だから、裁判沙汰にも成るのです。 これを忘れると、自分の欲望に足下を掬(すく)われます。 伸介さんは、別に選んだでしょう? 離婚カウンセラーだって、離婚を煽(あお)ろうとしない限り、商売が出来ません。 ”いくら”相手から取れたかが、カウンセラーとしての能力だと錯覚を起こさせます。 結果によって、営利の絡むカウンセリングは、本当は商売のコンサルティングの方が近いものです。 中には、調停員や裁判官に、事実に無かったことまで、嘘を付くことを強引に勧められ、 暴力的に自己正当化し、逆に、心の病気になって、病院通いをする方も実在するくらい。 彼女の心は、離婚で勝っても、決して満たされなかった。 因縁は何処かしらで、自分に返ってくるものです。 強すぎる欲望は、しばしば、一番大切なものを、見失わさせます。
”みんな、どんどんやってますよ。”は、電話の勧誘にも有る、同調行動を暗示させる、単なる営業文句です。 ”みんな”と言うと、統計で調べられ、多くの人が本当に行動してるように思えますが、 みんなの分を調べてるわけ無いし、実際は、決して全員がそういうやり方を選んでるわけじゃ有りません。
新しい関係に、新しい自分を求めるのは、違うでしょう。本来は、学校や職場を変わったり、奉仕活動や趣味を増やす事、新しい環境=新しい自分に、新しい関係が付いて来るのです。 新しい自分捜しを口実に、人を裏切れるのは、それまでの人間性でしょう。別れて堂々と付き合えばいいんですよ。自分かわいさに、行き先が決まるまで、決断できないような人は、本当はすべきじゃないでしょう。 ■新しい自分捜しと言う格好付けの、甘い言葉の罠はここ それを承知(しょうち)で、付き合ってるのでしょうね?
幸せに成りたいなら、「都合の良い女」を目指すべきじゃないのです。絶対、別れてしまうってば。 それでもあなたは、愛情の無い人の子を育てるつもりなのですか?彼に棄てられた、その現実から逃げて、または、それに一生気が付かずに、子育てをダシに使った夢・エゴに浸ってることが出来ると思いますか?そんなに子供が欲しいなら、アメリカなどの精子バンクにでも行けば良いのです。 不倫から出産して、シングルマザーになって、ヒロインになって・・・、「私は、一人で悲惨なことの全てを背負っても、けなげに生きてる。それでも、明るく生きてる。」なんて、またそれを、「その事だけは、子供に認めてもらおう。分かってもらおう。」なんて、自分で自分を哀れむのは、お止めなさい。 自分で問題を作っておいて、それに答えられたなんて、何を言うのでしょう。貧乏神にとりつかれたような人が、人に好かれる訳ないし、幸せに成れる訳ないのです。平穏に暮らせることが絶対幸せなのですよ。
余談ですが、タバコを吸っていて流産や早産、乳幼児突然死症候群などが増えるのも当たり前。これも、自分で問題を用意してる口です。 「苦労して、やっと生れてくれた。」というのも分からなくは有りませんが、それだったら、計画的に、数年前にはタバコを止めるべきでも有ったのです。
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ライターの火遊びが原因か 名古屋の幼児4人死亡 2003年12月12日午後8時半ごろ、名古屋市西区清里町、市営住宅3階の無職、MK子さん(36)方で、室内に煙が充満し子供4人が倒れているのを、帰宅したMさんが発見。4人は病院に運ばれたが全員死亡した。 愛知県警西署と同市消防局は13日、出火原因を詳しく調べるため、現場の市営住宅3階のMさん方を合同で実況見分、出火元とみられる電気こたつ付近から簡易ライターが見つかった。 Mさんによると、子供たちは日ごろから、MK子さんの吸ってるタバコのライターで、遊ぶことがあったといい、西署は火遊びが原因の可能性が高いとみている。 Mさんは、自分が留守の際に子供が外に出て事故などが起きるのを防ぐため、玄関に外鍵を付けており、ドアは内側から開けられない仕組みになっていたことも判明。4人は玄関からは逃げ出せない状態だった。 調べでは、燃えていたのは玄関に近い和室。4畳半の1畳分がこげていたが、こたつが置いてあった部分は燃え方が激しく、こたつ天板の中央付近は焼けて穴が開いていた。近くにはライターが落ちていた。 死亡した長男(4つ)、二男(3つ)、三男(2つ)、長女(1つ)の4人は玄関ドア付近に倒れていた。いずれも外傷がないことなどから死因は一酸化炭素中毒とみられる。煙から逃れようとした末に力尽きたとみられる。 近所の住民によると、午後6時半ごろから焦げ臭いにおいがしていたという。
解説:子供は、親の真似をするもの。真似を遊びにするものです。
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さらに余談ですが、テレビにも良くある、”多額の借金を抱えて頑張ってる人・返した人”を、「偉(えら)いねえ」「立派だねえ」「頑張ってるねえ」って、(表面的に)思うかもしれませんが、(頑張らないよりは良いけど)現実的に、銀行などの破綻・破産のニュースを見聞きしてる限りでは、「そんな借金を抱えるような経営をする責任が、会社・経営者に有る」と思うでしょう。 また、それを認められない債務者が居れば、最悪なことです。 健全な計画性が有れば、借金は破産するまで増えないでしょうし、また、返せて当たり前なんですよ。 金融機関の全部が危ないイメージが有るけど、静岡や北海道などのある地域の信用金庫などでは、自己資本比率が20%(2002年3月)を越えるところも、現実に存在するのです(法律が違うので、大手と同一に比較することは出来ませんが、比率の計算は変わりません)。これが、バブルに踊ったか、踊らなかったかの、違いでも有るのでしょう。 また、連帯保証人で、いきなり借金を背負ってしまうのだって、その人に責任が全く無い訳じゃないんです。だからこそ、法的に借金を肩代わりするしかないのですよ。借金する人が、”返せないかも”とは、言わないのです。 (もちろん、騙された人が、決して悪い訳では有りませんが。)
テレビやインターネットで、こういう事出来る人達を、簡単に’十数行の文章’で、相談者を応援してる人もいますが、どこまで将来が分かってるのでしょうか?子供を成人に育てた経験も無い素人が、まともな判断が出来てるのでしょうか。それとも、本心では他人事なのでしょうか。少なくとも、一方的な相談で、答えが出るような、ファシズム・欠席裁判みたいなことは、すべきでないと思いますが。 でもはっきり言って、そういう所にしか相談できない、人間的な浅さ・人間経験の無さが一番の問題でも有るのです。それを相手に薄々、見抜かれ、気が付かれているから不幸になるのですね。
恋愛の主人公は、自分だけじゃないのです。
ちなみに、殆どの男性は、女性から「お茶でも・・・」とか言って部屋に誘われたりして、「愛してる」「抱い(SEXし)て欲しい」と言われれば、拒(こば)みようが有りません。 どんな真面目な人でも、性欲との葛藤(かっとう)が起こります。また、相手から言われた場合は、女性の責任にこじつけて、上の立場に立って、即、(自分の家庭・立場を理解してても、抱(だ)かれたいと思ってくれる−そんな女性は、離婚してくれとは言わないだろう、と勝手に思い込んで(これには、お笑い芸能人が良く言う”浮気は男性の本能だ”と言うような、社会からのすり込みも含まれます。男性の場合は無意識に、遊びであること、浮気であること、が、先行します。))都合の良い女として、内心では分類されてしまいます。 男性から見れば、愛情は必要無くて、「抱きたい」と思う性欲と、そこにまで至らしめる「色気」「艶」があれば、浮気、不倫の関係にでも成り易いです。 したがって、以前に付き合っていた人同士などの場合は、すでに、そういう体の付き合いが有り、経験してることがハードルを低くして、また、好みも、趣味も分かっているのですから、非常に簡単に、セックスする関係を作り易くなります。また、思い出の殆(ほとん)どは、自分の印象であり、非常に美化され易い状態で記憶されています(嫌なことは、忘れ易い(といっても、消されて完全になくなってるわけでも有りません。記憶が出てこない様に遮断されます))。 元彼からの電話などで、心が揺れてしまうのは、このハンディキャップが存在するためです。これで、現在の彼が勝てるには、今の彼とも同じくらい以上の付き合いをしてなければ、バランスが取れてないこと−問題が、お互いで解決できなくて別れたことを、忘れるべきでは有りません。たとえ自然消滅だって、相手がそういう手を使って、別れようとしてるだけのときも有るでしょう(後述してます)。 お互いに深い愛情が有れば、コミュニケーション=関係が切れる事は、絶対有りません! つまり、必ず前の人を良く思ってしまう傾向・バイアスが、自分の心には存在するのです。 結婚後の元彼に会ったりして、人間的な成長度に再び引かれ直して、不倫の関係になり易いのは、この理由からです。 後述の別れ方にも繋がりますが、まして、”自分が直接の原因ではない・自分が悪いんじゃない(辛さの余り、自分でも自然にそう思い易い)”、と別れるときに思い込まされて、別れていれば、簡単によりが戻せます。 こういう場合は、愛情より先に性欲が、心理上、先行してると思って間違い有りません。男も女も、倫理的な制約がかかることで興奮度が上がることも加えて、昔・若いときのように、燃え上がる・活き活きした情熱を思い出したい=激しいSEXをしたいだけに、近いのです(ここの辺からここにかけてで後述してます)。しかも、結果は、再び別れてしまうことも、ほぼ決まっています。お互いに問題が有ったから、過去に別れたことを忘れては、いけません。こういう場合、最終的によりを戻すのは、たとえ結婚までこぎつけたとしても、ゆくゆくは不可能なことになり易いです。 だから逆に、愛する人との関係を保ちたいと思う、大切にしたいと思う、頭の良い賢い男性は、後で昔の女性は近付けないような別れ方をするし、自ら近付こうとしないのです。 全身全霊、全幅の信頼を、あなたに持ってくれる人を、一時の迷いだとしても、たとえ過(あやま)ちだとしても、簡単に裏切ってしまったら、取り返しが付くことは有り得ません。許されないことが普通です。 裏切られて、気分が良くなる、好きになることは、有ったとしても希(まれ)なはずなのです(それこそ、Mっ気のある(いじめられることが潜在的に好きな)人・一般的心情の欠如してる人でしょう)。 もし、直ぐに許してくれるような人なら、本当は逆に潜在的には、余り好きでない可能性も有るでしょう。心の中・深層心理では「(過去の多くの内の一人のように、駄目なら、)また、乗り換えればいいのか」とか、「今日のエッチが、出来ればいいや」、などと思っていたりするものです。 もちろん、そんな自分の本心に聞いてみて、後々許せることも、大切なことでも有りますが。
ただ(2003年2月27日のキスイヤじゃないけど)、交際中などでの女性の浮気の場合、 それがアブノーマルな行為(倫理(りんり)や道徳(どうとく)から大きくかけ離(はな)れてる=理性の抑制(よくせい)が殆(ほとん)ど働(はたら)かない人の場合)、 例えば不倫や、彼氏の後背や同僚など、三角関係になるような、また、学校・会社内での、簡単に人目に付くかも知れないような所での、場所を全く選ばないような、机やイスや階段を使うだけのような、急激に盛り上がってしまう、激しいセックスを伴えば伴うほど、その理由がどんなに”寂(さみ)しい”などとどうあれ、頭で分かって反省してると言っても、例え結婚までしたとしても、その浮気心を修正するのはかなり難しいです。理性が余り働かないからそうなるのです。 何度も言いますが、女性(もちろん論理的な女性は除けます。感情的・情緒的に傾いてる(もちろんこういう男性も。)多くの女性)の場合、脳の構造(記憶方法)からいって、こういう反面教師的な学習はとても苦手です。 良くないと頭で理解しつつも(実際、その浮気がそうでしたよね。)、後々、家庭に不満の一つも出てくると、それを自己正当化の理由として、浮気心を止めることが難しくなります。この心は、並大抵では消えません(今だって理性が殆ど働いていないかもしれません。余り謝(あやま)らずに、理由ばかり言ってるのは、その証拠。悪いと言うことが心底、理性で分かっていないから、自分が一番目に大事だ・中心だと思えてしまうから、そうなってしまうのです。先に謝れないのです。つまり、自分の欲望が、どうしても先に来てしまう人なのです)。 またこういった、異常なこと−事件にもなりかねないようなこと−に近いような非日常的なシュチュエーションを、求めて自分で作ってしまうでしょう。
この彼女が、今後、彼氏を含めて、誰ともセックスをしない事は、全く有り得ないはずなので、その時の興奮状態や快感が、こういう(以前受けた)アブノーマルなセックスでの激(はげ)しい興奮(こうふん)の記憶を、絶えず呼び起こします。つまり、脳内の快感物質ドーパミンのレセプタ(受容体)やシナプス(脳細胞どうしの繋ぎ手)が、徐々に増える事=徐々にドーパミンの要求量が増える事(=欲望が強くなる事)は有り得ても、減る事はほぼ無いからです(修行僧のように、欲望が絶てれば別ですが。もちろん、快感を得る事は悪い事では有りません。健康のためにも必要なことです。しかし、その求め方の、初めの一歩を間違うと、自分をいじめ、痛め抜くような方向にばかり、悪いと分かっていても、進もうとしてしまうんです)。 これは、タバコや薬物を止める事が難しいのも同じこと。禁煙中にお酒を飲めば、タバコも・・・・ということ。後述の通り、喫煙と自殺願望の関係も見えてきてるくらい。自分自身を抑制し難い。 直接の性欲である出会い系などで彼氏・夫以外と会って(セックス)やってしまう事や、借金する(返せるか不安に思いつつ、収入の1/3を越えられる事が、すでに神経が麻痺してる。理由として有りがちなギャンブルも、そのもの。)・貢(みつ)がせる(スリが人のものを盗るのを止められないのと同じ)ことや、また、余りにも悲しすぎますが、ホームレスや動物を虐待(ぎゃくたい)すること、自分の興味欲望だけで行う、計画的な、また、ゲーム感覚の、非行・犯罪などに、どきどきと興奮する場合も同じです。 これらは、脳内に度重なる興奮の記憶が深くされる以上、自分で止めるのはとても難しいでしょう。それを行う彼らは、基本的に、そのままでは反省・更正する事が出来ません。「反省を促そうとする方が間違ってる」と脳科学では言えてしまいます。社会的に隔離して、罰をそのまま背負わせるしか方法は無いのです。 形ばかりの謝罪・反省なら、誰にでも出来る事を忘れてはならないでしょう(この続きにも繋がりますが)。 直ぐ反省できるくらいなら、度重なる悪さは出来ないでしょうし、そんなことをする前に、自分で気が付くものです。一例を上げれば、万引きの再犯率(この場合は厳密には再逮捕率で、実像はもっと多い。)は、4割。薬物使用は、3割強です。身近な、(ニコチン投与・摂取を行わない)自力での完全禁煙成功率は、1割(9割失敗)程度だと調査されています。 携帯などで、出会い系などを、子供のときから使っていれば、中毒だ、と言える事も有るでしょう。一度は抑えられても、また別な所に、その欲望の出口を自ら作り出すものです。 誘われても、そういう仲間に入らない事。そういう行為をしない事です。気持ちいいと興奮した場合、一度したら、4割の人は一生止められないと思うべきです。 自分のしてる事で、自分の未来が壊れるのは、自分の責任。これも、人を裏切る事・傷付ける事で受けた快感の分だけ、自分にいつか返って来る、と思った方が良いでしょう。そういう欲望は上記の通り、無くなり難いからです。 一つの興奮は、他の同じ神経の興奮を刺激し合い、呼び起こし、さらなる刺激と興奮を求めます(ここで、話してる性的欲望の強い彼女なら、人前への露出型の性交とかで、性的にいじめられれば、躱(かわ)せるかなあ)。
過激な欲望は、あちこちに飛び火しながら、麻薬のように強くなるだけ、エスカレートするだけです。 それを、断ち切るには、欲望の全てを断ち切れる、制御できる、理性を持ち得るかということ。つまり、本能的な性欲が絡むような事柄の場合は、非常に難しいと、お互いに理解しておいた方が良いでしょう。 一線を越えて、芽吹(めぶ)いてしまった過激な性欲は、いつも満たすことは出来ずに、更なる過激さを求めていく(多分、彼とケンカでもしてるようなときに、この彼女に声をかければ、比較的簡単に(この浮気相手なら、さらにもっと簡単に)落ちてしまう)でしょう。 これ、(相手をしっかり知るような)恋愛以外のセックスが直ぐ出来る人にも共通ですが。って、そのものですね。まあ、緊張感を持ったまま、老化するまで突っ走る自信が有れば構いませんが。好きだというのは盲目ですからね。
ただそれでも、 「頭では良くないと分かっていたんだけど・・・・」 これは、自分の嘘(うそ)を隠すための言い訳です。わざわざ”頭では”と主語を使うのは、その罪(つみ)を自分の物ではなくて、第三者的に、他人事のように、認識してる証拠。 初めから分かっていない証拠。 「”頭で”(じゃなかったら、一体誰(だれ)の何処(どこ)で感じるの?ということ)”頭で”は分かっている」は、「本心・理性では認められない(かもしれない)」ことを言ってるのですよ(後述してます)。
まとめると、 「頭では良くないと分かっているんだけど・が(逆接)」・・・・は、 ”止められないの。止められないかもしれないの。”ということです。 こう言う人は、普段から”けど”が多いはずです。 責任逃れが大好きな人です。
例えば、この言葉を聞いた人は、聞けば聞くほど、怒りが込み上げてきたり、不安に思ったりします。 それは、この内面の二面性を感じ取れてる証拠なんですよ。(さらに例を上げるなら、体育の鉄棒の逆上がりで、「頭では分かってるんだけど・・・・」と言ったら、「初めから出来ません」と同じでしょ?ということ。) でも当事者が、こう言う人に突っ込もうとすると、今度は「ちゃんと謝りたいのね」とか、「今、謝ろうと思っていたのね」とか、会話の順番が混乱してる所に付け込んで、さらに良い子になろうと(自然に無意識に)演技もする・振る舞うから注意ですよ。最初に「けど」を使って認めていないのに、心底謝れることは少ないでしょう。 ”私は”ではなく、”頭では”という第三者に罪を押し付けて、自分では逃げの位置にいる、客観的に冷静な位置にいるのですから、こういう小手先の言葉は、非常に上手いですよ。
はっきり、言っちゃえば、”寂しいから相談した”と言うのは違うでしょ? 相談の”相”は、すでに相手を求めてる証拠。 鼻の利く、勘(かん)の良い男性なら、長い友人でもないのに(まして、彼氏の仕事場での後背という、プライベートには程遠い関係なのに、選ばれれば)、話を持ちかけられた段階で、高確率で”(その彼女の体・セックスを)頂(いただ)ける”と思ってしまうでしょう。そういう相談を持ち込む側にも、その予感が全く無かった訳でもないはずです。 だって、何度も社内でセックスを受け入れられるのは、お互いに余程(よほど)の心構えが要ると思いませんか?汚れたまま帰るのも嫌じゃないと思えるのも、同じくね。 つまり、それらに勝つ欲望が、お互いに有ったこと。最初から、お互いに求め合っていたのは明白。「寂しい」だけじゃなくて、「セックスしたい」も多く有ったはず。 こういう人は、物理的に束縛(そくばく)されたり、本当にきつく、半(なか)ば乱暴に激しく、抱きしめられることでしか、その本能的になって、理性の働きを邪魔(じゃま)する、性欲でしか愛情を確かめられないからなのです。 後述してますが、異性間の「寂しい」「寂しさ」は、性ホルモンによる性欲の裏返し。 そうじゃないって言うなら、相談相手を、初めからもっと考えてるって。 その前に、自分で彼氏に分かってもらおうと訴えるって。 つまり、それでは処理できない理由が有ったから。 遠距離恋愛の電話の声だけじゃ嫌で、性欲も処理したかったことでしょう。
(こんなふうに、性欲の激しい相手との遠距離恋愛などでは、その孤独感が性欲を暴走させ易いです(特に女性は。理由は後述)。 会えないときには、電話を使ってエッチするくらいの寛容(かんよう)さと度胸(どきょう)は、ある程度要求されます。時には恋愛は、綺麗事(きれいごと)では済まされないときも有るのですよ。)
そういう、とてもはしたない自分、卑猥(ひわい)で下品な自分−良い女じゃないことを、受け入れられるまでは、素直に心底、謝ることは出来ないでしょう。 そうじゃないなら、少なくとも、自分の悩み・弱みを、交際相手でない異性に見せるのは、好意(後述してます)との誤解を招き易いことは、覚えておくべきですね。
一度くらいの過ちなら、誰にでも有る、かも、しれません。 だけど、彼氏の後背と、何度も社内でセックスを受け入れてしまうことが、「過ちだ」「間違いだ」と、自分で言い切れるのも、少し怖いですね。
人は、して欲しくないことには、大切な人なら余計に、本気で怒れるものなのですよ。
直前のキスイヤの結果に繋げれば、彼氏のあの怒り方じゃ、足りなかったかも。 あの場合は、一度別れを考えても、冷却期間をおいても、良かったでしょう。とにかく、時間が短すぎます。 つまり、彼女の心底まで、その怒りが届かない可能性が有るでしょう。 それとも、彼氏に何か下心が有ったのかな? 上手く行けばいいですね。 直ぐ許すことが、優しさでもないのですけどね。お互いの長い将来を考えれば、なおさらね。 はっきりと、ペナルティを与える方が、優しさで、罪を清算できて、関係が上手く行くことさえ有りますよ。 罰を言われたら、それは助け船と思っても良いでしょう。「どうしようもない」と思われたらそれまでなのです。
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最近のニュースより抽出してみると・・・
あえて、解説はしませんが、 もちろん、全員では有り得ませんが、問題の氷山の一角に過ぎません。 これが、10ヵ月も悩んで、産んだ結果でもあるのです。
目の前で、家族が倒れたら、警察と救急車、普通はどちらに、電話する? 一人では、どうにもならないことも有るのですよ。 自分が死ぬ前に子供の命を守れないことが、既に・・・。
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- 2002年5月31日午前1時ごろ、大阪市中央区日本橋のマンションに住む無職女性(26)から「帰宅したところ、生後2カ月の娘がぐったりしている」と110番があった。女児は近くの病院に運ばれたが、すでに死亡していた。
南署が女児の死因を調べるとともに、女性から詳しい事情を聴いている。女性は女児と2人暮らしで、30日午後8時ごろ、女児をソファに寝かせたまま買い物に出掛けたという。
- 2002年5月31日午前一時ごろ、大阪市中央区日本橋のマンションで「生後2カ月の娘がぐったりしている」と母親から110番があった。乳児は近くの病院に運ばれたが既に死亡しており、南署は同日、保護責任者遺棄致死の容疑で、母親(26)を逮捕した。
調べによると、母親は、娘に定期的にミルクを与えるなど保護する責任があったにもかかわらず、30日午前4時ごろから31日午前1時までの約21時間、娘を自宅のソファに寝かせたまま仕事に出掛け、死亡させた疑い。娘はソファから床に転落し、うつぶせに倒れた状態で発見された。 南署は司法解剖して死因を調べているが、目立った外傷や衰弱はみられなかったという。 母親は娘と2人暮らしで、「今まで3時間おきにミルクを与えていた。娘は首はすわっていないが、足で体位を変えることができた」と供述しているという。
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- 親の失業や収入減など経済的な理由で昨年度、退学した私立高の生徒は1校当たり1・45人と1999年度の1・51人に次ぐ高水準になっていることが31日、私立学校の教職員で組織する全国私立学校教職員組合連合(全国私教連、谷正比呂委員長)の調査で分かった。
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- 長崎県警諌早署は2002年6月3日、出産したばかりの乳児を放置し殺したとして、殺人と死体遺棄の疑いで、長崎県諌早市馬渡町、団体職員、前○○子容疑者(34)を逮捕した。
調べによると、前○容疑者は5月25日午前零時ごろ、1人で男児を自宅で産んだが、その後、体温を確保するなどの必要な措置を取らずに殺し、遺体をビニール袋に入れ自宅内に放置した疑い。
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- 一昨年(2000)11月の児童虐待防止法施行後、虐待によって死亡した子供(10歳以下)は全国で計62人おり、うち15人のケースでは、児童相談所が関与しながら防げなかったことが、厚生労働省の調べで分かった。同省は2002年6月20日に開いた全国児童相談所長会議で、虐待の危険性がある家庭には迅速な対応を行うよう指示した。
死者数は、厚労省が全国の自治体や報道から得た情報をもとにまとめた。死者の年齢別内訳は、0歳児が26人で全体の42%、次いで1歳児が12人を占め、85%が3歳児以下だった。 加害者側の虐待者は67人に上り、このうち63%の42人が20代。実母のみの虐待が最も多く、半数近い30件で発生していた。経済的な問題、近隣からの孤立、母親の健康状態、子連れ再婚などの要因が重なり、虐待が生じたケースが目立った。 また、児童相談所が関与した15人のケースはいずれも、児相や保健所など複数機関が以前に相談を受けたり、一時保護していたことも分かった。厚労省は19日付で各都道府県に対し、関係機関の連携・協力をより推進するよう通知した。
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- 母親が1歳長男を餓死 愛知
愛知県警西署は2002年7月5日、1歳2カ月の長男に食事を与えず、餓死させたとして保護責任者遺棄致死の疑いで名古屋市西区城西、飲食店従業員、田○○幸容疑者(24)を逮捕した。 調べでは、田○容疑者は6月末から7月初めまでの間、長男の松○(前夫の姓)○一ちゃんに食事をさせず、自宅で餓死させた疑い。 田○容疑者は、6月末にベビーフードを食べさせて以降は、お茶しか与えていなかったといい、発見時、○一ちゃんの体重は5・1キロ。あばら骨が浮き出た状態で、おむつも長時間交換していなかったという。 調べに対し、同容疑者は「前夫から養育費がもらえず仕事を辞めたため、ベビーフードが買えなかった。子供がいつ死んだか分からない」と供述している。 ○一ちゃんは昨年5月生まれ。田○容疑者は今年2月に前夫と離婚し、3月に愛知県東浦町から転居。西区にある託児所付きの飲食店に住み込みで働いていたが、6月に同店を辞めた。 最近は別の店で働き始め、部屋に長男1人を残して仕事に出掛けることも度々あったという。 4日午後3時ごろ、田○容疑者は「子供の様子がおかしい」と自ら119番、救急隊が駆けつけたが○一ちゃんは既に死亡していた。 西署の調べに、当初は「4日朝まで生きていた」と話していたが、司法解剖した結果、3日までに死亡していたことが分かった。
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- <虐待死>4歳男児に暴行 両親を傷害容疑で逮捕
2002年8月22日午前11時20分ごろ、千葉県船橋市、運送会社運転手、小○千○容疑者(20)から「息子が風呂おけでおぼれた」と通報があった。同市消防局救急隊が駆け付け、小○容疑者の長男、田○翔ちゃん(4)が浴槽に沈んでいるのを発見。心肺停止からかなりの時間が経過していることや頭などに骨折の形跡があることから船橋署に通報した。同署が、小○容疑者と、同居している内縁の夫で会社員の菅○利○容疑者(27)から事情を聴いたところ、2人が翔ちゃんに暴行を加えたことを認めたため、23日朝、両容疑者を傷害容疑で逮捕した。 これまでの調べに、両容疑者は暴行を加えたことを認め、「泣いたりするし、言うことを聞かないからやった」などと供述しているという。 調べでは、小○容疑者は20日午後7時ごろ、翔ちゃんの顔を殴って後頭部を本棚にぶつけたうえ、腹をけるなどの暴行を加え、翔ちゃんに頭の骨を折るなどのけがを負わせた疑い。また、菅○容疑者は7月中旬の午後7時ごろ、翔ちゃんの頭や腹を殴るなど暴行し、頭部打撲などのけがをさせた疑い。 同署は翔ちゃんを司法解剖して死因を特定するとともに、両容疑者から翔ちゃんがなぜ浴槽内で死亡していたかなど詳しい経過を聴き、容疑を傷害致死に切り替えるかを検討する。
翔ちゃんは小○容疑者と前夫との間の子。小○容疑者と翔ちゃんは昨年2月から菅○容疑者と同居を始めた。近所の人は「部屋から子供の泣き声が聞こえることはあったが、表で子供の姿を見かけることはなく、おかしいと思っていた」と話していた。
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- 食事与えず4歳女児衰弱死 埼玉
埼玉県警所沢署は2002年10月8日、同居している女性(27)の二女の荒井若菜ちゃん(4つ)に十分な食事を与えず栄養失調で死亡させたとして、保護責任者遺棄致死の疑いで同県所沢市くすのき台、電機設備工、田中大策容疑者(34)を逮捕した。 調べでは、田中容疑者は今年1月ごろから若菜ちゃんに、ささいな理由から食事を与えず、低栄養状態に陥らせて今月7日、死亡させた疑い。死亡時の体重は約6.3キロで、標準的な体重の半分以下だった。 田中容疑者は女性と女性の長女、若菜ちゃんの4人暮らし。
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- <キレる>4、5歳児クラス半数に問題行動 保育園の全国調査で
「他の子の腹を訳もなくたたく」「おもちゃの取り合いで何度も『ぶっ殺す』と言う」「注意されると自分の手足をひっかく」―― 楠凡之・北九州市立大助教授(臨床教育学)らによる保育園の全国調査で、園児のこんな問題行動が報告された。4、5歳児クラスの半数で観察され、背景に虐待被害を想定する保育士が多かった。少年犯罪で注目された「キレる」現象の“幼年化”とも言えそう。楠助教授は「問題児扱いするのではなく、虐待などを見落とさないよう注意が必要だ」と指摘する。 調査は昨年5月、北九州市を中心に全国120の保育園に質問用紙を郵送。保育士が「キレた」と感じた園児の人数(出現率調査)や具体的行動(事例調査、複数回答)を尋ねた。 回答は66園(計6892人)が寄せた。出現率は2・9%(45園計202人)で、年長者ほど増えた。事例調査の回答は37園から72人分(2〜6歳)。類型で分けると、身体攻撃が最も多く73%。以下「長時間泣き続ける」など感情制御が困難63%▽「ガラスを割る」など物に当たる33%▽「死ね」「ばか」などの暴言26%。自傷行為も6%あった。 72人のうち、保育士が「虐待を受けている可能性がある」と受け止めた子が40人に上った。一方で医師から注意欠陥多動性障害(ADHD)と診断されるなど、病気が原因とみられる園児は12人(16%)だった。 全国保育士会の藤岡佐規子・前会長(北九州市)は「親のストレスは家庭内で弱い立場の子供にぶつけられる。キレる行為は助けを求める悲鳴に思える」と話す。楠助教授は「虐待も障害も対応には高い専門性が求められるが、国の基準では4、5歳児30人に保育士1人しか配置されない。保育環境の充実が不可欠だ」と話している。
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- スノボ男衝突、逃走 山形のスキー場
2003年2月16日午前11時10分ごろ、山形市の蔵王温泉スキー場の「上の台ゲレンデ」で、山形県遊佐町上蕨岡、公務員(41)の二男で幼稚園児(5つ)にスノーボードをしていた男が衝突し、逃げた。 拓海ちゃんは病院に運ばれたが、頭がい骨骨折と脳挫傷(のうざしょう−脳が損傷(そんしょう)すること)の重傷。同日夜、病院から通報を受けた山形署が過失傷害容疑で男の行方を追っているが、17日になっても不明。 調べでは、現場は2つのコースが合流する地点で、抱きかかえながら滑り降りていたときに、別のコースを滑っていた男が転倒しながら衝突。ボードが頭にぶつかったという。 男はしばらく現場近くにとどまっていたが、スキー場のパトロール隊が到着して救助作業が始まると、次第に現場から遠ざかり、他のスキー客の制止を振り切ってそのまま逃走したという。 男はグレーのウエアと毛糸の帽子姿だったという。被害者は家族5人でスキーに来ていた。
<感想>確かに、事故の原因の殆どは、親には無い、かもしれません。 ただそれでも、どんなに相手を責めることが出来ても、 失われたものは、完璧には返ってきません。
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番外:<富士登山>小児がん経験の児童ら、7合目へ
日本の最高峰を踏みしめた――。小児がんを経験した7〜33歳の男女とその兄弟姉妹ら約20人が2002年7月28日、富士登山に挑んだ。一行は山頂を見ながら「少しでも上に行きたい」と、思い思いのペースで登った。
<感想>癌や白血病、アトピー・アレルギー、病気を患う子も多いですね。子供を持つって、色んなことを引き受けることなんですよ。子供をダシにして自分の人生を充実させたい・・・これが、こんなエゴが、どんなに子供に失礼か分かりますね。そのときにも、子供が苦しんでくれるから、自分が充実できると思うんでしょうか?
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赤ちゃんの反応、無視しないで
産後1カ月の母親の4人に1人が「赤ちゃんの反応を無視したことがある」とし、「ののしった」という人も10人に1人に上ることが2002年8月16日、岡山大大学院の工藤尚文教授(産婦人科)らが実施したアンケートで分かった。 回答の分析から、児童虐待につながりかねないこうした行動の背景に、育児に負担感を持ち、赤ちゃんへの愛情をうまく持てないでいる母親の姿が浮かび上がった。 新生児期に児童虐待の芽が潜んでいることを示す結果とも言え、工藤教授は「出産直後からケアを必要とする母親を見分け、カウンセリングなどを通じて適切にケアしていく体制が必要だ」と指摘している。 調査は厚生労働省が研究費を負担する厚生科学研究の一環で、結果は同省に提出された。 厚労省は、保健指導のため家庭訪問の機会を持つ保健師向け虐待予防マニュアルを都道府県などに配布しているが、地域保健分野の虐待への取り組みは遅れが指摘され、体制の確立が急務となりそうだ。 調査は平成12年から13年に岡山市内の医療機関5施設で出産した母親計758人に、産後1カ月間の赤ちゃんへの接し方などを尋ねた。 それによると「不機嫌に黙り込み赤ちゃんの反応を無視した」と答えた母親が27・1%。無視が「2回以上あった」が18・4%に上った。赤ちゃんを「ののしった」が12・1%、「怒鳴った」は7・8%だった。 育児状況を統計的に分析した結果、赤ちゃんの夜泣きや授乳に負担を感じる母親ほどこうした行動を取る傾向が強く、赤ちゃんに愛情をうまく持てないという心理的要因が大きく影響していることが判明した。 研究報告書は「行政などが児童虐待事例に(事後的に)かかわるだけでは不十分で、虐待的子育てが起きないよう妊娠中や出産直後からの教育的介入が必要だ」と結論付けている。
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働く女性の6割 うつ状態
中小企業で働く約1万人を対象にした自己評価式のテストで、女性の60%、男性の50%が重度から軽度のうつ状態と判定されていたことが4日、厚生労働省研究班の調査で分かった。雇用情勢が厳しさを増す中、職場でのストレスが精神状態に悪影響を与えている状況を裏付けた形で、労働者へのメンタルヘルス対策があらためて問われそうだ。 調査は国立公衆衛生院の平野かよ子公衆衛生看護学部長らが昨年12月から今年1月にかけて、製造業やサービス業、卸業、小売業などで働く勤労者を対象に実施、1万1976人から回答を得た。 「物事に集中できない」「憂うつ」「食欲がない」「過去をくよくよ考える」など20項目の回答を基にうつ状態を判定した。 女性は「軽症の抑うつ」の人が43・9%で最も多く「重症、中等症の抑うつ」の16・2%と合わせると60・1%。男性は「軽症の抑うつ」が38・7%、「重症、中等症の抑うつ」が11・0%で、合わせると49・7%に達した。 「最近死にたいと思ったことがあるか」という質問には、女性の12・0%、男性の9・5%が「いつもある」「しばしばある」「ときどきある」と回答した。 死にたいと思った理由を仕事や家庭に分けて尋ねると、仕事の分野でのトップは男性が「仕事の内容・責任」、女性が「人間関係」、家庭に関しては男性が「経済的なこと」、女性が「家族のこと」だった。 調査結果は中高年などの自殺の防止対策を審議している厚生労働省の「自殺防止対策有識者懇談会」で2002年10月4日公表された。
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<補足>キリスト教圏での家族主義の動き
オーストラリアのハワード首相は2002年4月19日、民放ラジオに出演し「子供は父親と母親のそろった家庭で育てられるのが幸福」と述べ、未婚女性が体外受精によって妊娠することを禁止する法案を近く連邦議会に提出する考えを示した。 |
好きな人の子供だから、その子にも100%愛情が湧く・・・と言うのは、全く保証されていません。それも、本能が創り出す妄想(もうそう)・思い込みに過ぎないのです。 ぐれて、家庭内暴力をされること・子供から愛されないことだって、有り得ます。と言うか、普通に二親が揃(そろ)ってる家庭以上の努力が必要であることは、青少年の犯罪非行統計でも分かっています(虐待のある、不幸なままの家庭に、二親が揃っていても問題外ですが)。
気持ちは分からなくはないけど、子供が欲しいと思うのは、性ホルモンと繁殖本能によるのですけどね。 サケの遡上や、ツバメなどを思い出して下さい。なんで、命・死を懸けてまで、子供を作るためだけに帰って来るのでしょう。これは、全ての生物に言えること。私たち人間も、多かれ少なかれ、「なぜだか分からないけど、子供が欲しい。」と思ってしまう、また、「どんなにきつい結果になると分かっていても、生殖行動出来てしまう。」条件付機能が、実は、脳・体に備わっているのです。 つまり、100%の愛情からだと思うのは、単純すぎます。子育てはそんなに簡単では有りませんよ。後のページに続きが有りますが、27・8歳を過ぎて老化が始まって、ホルモンバランスが崩れて来たら、本能の影響に注意 (脳は17・8歳から1日10万個の脳細胞が減少。年々毎に、歳を取る度に、理性の抑制が少なくなって、感情的情緒的に偏って行く。涙もろくなって行く。男女関係は特に、幼稚な人ほど、ホルモンの影響を受けて、まともな判断が付きにくくなって行く。無計画な「出来ちゃった結婚」なども、これ。 もちろん、(セックスを)無理矢理やられて、子供を作ってしまう場合は全く別です。 避妊(ひにん)の失敗でなら、可能性は低いですが、これが、殆(ほとん)ど毎回、避妊もせずにセックスする・やってしまうような人の場合は、多かれ少なかれ性欲・本能に常に流されていて(避妊を自(みずか)ら切り出せないのも、お互いの愛情だと錯覚(さっかく)している快楽を、邪魔(じゃま)する可能性・心配が有ることを、内心では分かっていることになるし(対等な関係でもないのに、(セックス)やってしまう関係が間違っている。SEXだけで、つなぎ止めることも、ほぼ無理でしょう。))性欲・本能に常に流されていて、結局、お互いの本質的な生活能力や相性を知る前に、妊娠して、子供を産むか下(おろ)すか悩んだり悩ませたり、慌(あわ)てて結婚して(子供を武器に関係を迫る事、親の許可をもらう事を、多少なりとも狙(ねら)っている・画策してるのですから、性的ストーカーですね。前述のシングルマザーの途中経過の一つの形に過ぎないことも、見失ってはいけません。)、結婚したとしても、お互いを見抜(みぬ)けていない(快楽の延長の空想・妄想しか出来ない)ので、最終的に、時間がたって分かってくると、離婚してしまうことまで、予想できる行動パターンになります(U宮Aンナさんの実状は、どうなんでしょうか(2003年1月末に離婚されたそうです。女性なら、もうこの方の、(ナルシストなら、後で本にするかも知れませんが)恋愛論には、耳を貸さない方が良い(女性には、記憶方法の違いによって、反面教師は効かない。効かないから、同じような過(あやま)ちを繰り返してるの)です(Hが・Kじさんにしても、結婚相手にしても、気が付きようが無かった訳ではないのに、付き合えてしまってる、子供を作ってしまってるのですよ)。こういう人が幸せになるためには、交際中のセックスを一切断つ必要が有るでしょう。優しさと優柔不断は違うのです。 後で説明していますが、これも父親が女遊びをしていたことが、娘に返ってきただけと見ることも、説明も、出来ます。 当時の当人の苦労を知らずに(聞いても、聞くだけでは全く理解できない)、父親が遊び人であったことのみを周囲から知ってしまえば、娘の恋愛観が影響を全く受けないことは有り得ません。フリーセックスを主張したり、男性観や恋愛の仕方に少なからず、影響する・されてしまうのです。これは、ご本人がおっしゃられてる通り、”父親にかぶせていた”こと=父親のイメージを基に判断してしまってることなのです(エレクトラ・コンプレックス、エディプス・コンプレックスの影響)。良いことであっても、悪いことであっても。・・・・全て返ってきてしまうのです。 また、親の愛情が無償であるのは当然でしょう。しかし、結婚や同棲での、男女の愛情が、完全に無償にならないことも多からず有ることを、忘れるべきでも有りません。彼は彼であり、親ではないのです。持ちつ持たれつの分担が、お互いに必要になるのです。 「自分をもっと分かって欲しい。愛して欲しい。」−これが、親に対して思うことを、男女関係にそのまま一方的に持ち込めば、要求される側が一方的に疲れてしまうのは当たり前。ナルシストな自分だけが疲れて傷ついてるわけじゃないのです。子供は親子関係の主人公ですが、前述の通り、恋愛や同棲・結婚は、主人公(ヒロイン・ヒーロー)は自分だけじゃありません)。これを思えば、その友人のUのさんの方がよっぽど大人です)。 自分の外面・美しさに本心では溺(おぼ)れてしまってる、自分で美しいと思ってるような、ナルシストタイプに多いです。ナルシストタイプは、自分の肉体に、興味・欲望が重なっていて、快楽のみに走ってしまうことが多いからです(それとは対極的な位置に居た、自分の容姿に、興味がすごく有る、美容整形後での、過去の嫌な思い出が付きまとってる人も、ここに入ることが多い。変えたいと言いつつも、整形しても過去の記憶までは消せない場合が有るのです)。 要するに、その場の雰囲気(ふんいき)や感じることの、今の快楽にしか目が行かなくて、そのときに、先の生活のことを考えられ難くなる、動物的な本能を多く残してるからなのです。 後で、”(コンドーム)付けてね”って言っておけば良かった、というのは、誰でも思えること。 肝腎(かんじん)なことは、そういう流されたセックスをするときに、やってしまうときに、それが言える心の準備と余裕が有るか、それが断われるか、ということなのです。だから、前もって、そういう事に関しての本当の男女の性行動の意味を、お互いで知って、認識しておく必要もあるのです、というのが、メニューページからの主旨です。) 本能の影響に注意して下さい。)
つまり、AV女優やシングルマザーが、自分で「正しい」「悔いはない」と、そう言ってるのは、自己肯定・自己正当化・自分のプライドのために=人目を気にしてるために「正しい」と言ってるに過ぎなく、社会的に見れば逆になることが多いのです。だから、珍しいから話題として、面白がって見世物として、メディアでは、成り立ってしまうのです。小学校の低学年の学級会で「今日、私はこんな良いことをしました。」と、自慢下に言ってることと、大差無いのです。 はっきり言って、崇高(すうこう)な理念を持って、AV女優やソープ嬢をしていても、社会一般は、そんな事は絶対受け入れません。その中から芸能界に移って成功を納めている人は、いずれも、その世界から足を洗った(辞めた)人で、キャラクターのはっきりしてる人だけです。後は、脇毛で有名だったAV女優の黒木Kさんのように(キャラクターが有っても)、半狂乱になって自殺(未遂)をしてしまったような人まで出ているのが現実ですよ。いくら理念が有っても、誰も見向きもしなくなるときが来るのです。風俗に理念は関係ないし、だから風俗なのです。 何故かといえば、AV女優・ソープ嬢に必要な性的魅力は年齢と共に無くなって行くからなのですよ。逆に70歳80歳で「熟女でお色気ムンムンよ〜」などとやられても、男性はどうでしょう? あなたの行き付けのお店の最高年齢は、いくつくらいですか?(男性の方へ聞いて下さい) いきなりしわくちゃになる訳でないのですから、徐々にやっぱり向かっているのです。若い内に子供を産んで、育てながら老けて行って、死んで次の世代に命を繋いで行く。これは、全ての生物の命題です。 そして、男性なら、同じお金払うなら若い方が良い(これも繁殖本能に由来する。子供がたくさん産めるから)、綺麗(きれい)・清純(せいじゅん)な(汚(けが)れてない)方が良いという(アザラシや日本猿などに有るハーレム願望。他のオスの子供・遺伝子を残したくない願望)、処女(初めて)願望が有るからなのです。これが、男性側への連れ子が難しい本質でも有るのです。 「結婚なんて」と、そんな事言うええカッコしいもいいかも知れませんが、例えば、川口順子外相(2002.3現在)は旧通産省の官僚時代に子供を産んで育てていますし、中山恭子内閣官房参与(2002.10現在)も、同じく旧大蔵官僚時代に子育てを行っていますし、子供のために会社役員を休暇するスーパーレディも多く居るのです。そういう人に限って、家庭もきちんとしているのは、やはり、当人の能力のため、将来の見極めが出来るためでしょう(川口さんは、通産官僚のときに、子供をおぶって、出張したことも有るそうです。それは中山さんも同じです)。 彼女達を見る限り、仕事と家庭が干渉しない違う次元のような気もしますし、また、相手との目的合わせに時間がかかる以上、一時も無駄にしない方が良いように思えます。望まなければ、行動できないし、叶(かな)う訳が無いのです。 「仕事か結婚か」などという選択は、共働きが当たり前な時代に、レベルが低すぎますよ。自分が低いから、職場に自分達の要望が通らないような環境に、ならざるを得ないし、後々、やりたいことに制限を、自らかけてしまう結果になるのです。
ついでなので、前述の生物学的な側面からの処女願望でなくて、文明・歴史学的な思考に基づいて、 男性が思う処女願望・バージン願望、「処女が好きと言うこと」について、もう少し掘り下げておきます。 実は、洋の東西を問わず、バージンには特別な思いが込められています。 まずキリスト教の聖書からですが、マリア様は処女でキリスト様を懐妊し出産したことになっています(生物学的には人工受精でもしない限り有り得ない)。これは、そのまま、神の存在の汚れなきを表してるのです。それは、そのまま結婚式の「バージンロードを歩いて神の元に辿る」と言う教会での式典に繋がっています(バージンでもないのにバージンロードを歩いたら、バチでも当たりそうですが)。同じキリスト教の国家・アメリカでも地域によっては、儒教思想のように、「愛が有るから結婚するまで、性交・セックスはしないんだ」というようなことを守ってる地域はたくさん有るし、また、分派のモルモン教などでは、快楽の有る性交を禁止して、性交を崇高(すうこう)なものとしています。 日常の慣行に目を向ければ、初めての航海を処女航海と言うし、初めての小説などでは処女作と言います。これは、何れも初めてであることに、特別な意味を込めたものです。 コンピューターのデータディスクで、フォーマットされてないものを、バージン・ディスクと言うし、書き込まれていない固定メモリをバージン・ROM(ロム)と言います。これらは、「特別だ」と言う意味を、意外に日常的に使ってる証拠でしょう。 言葉的には、初めてじゃないものよりも・データの入ってるその物よりも、その状態を大事にする必要が有るから、こう言う言葉が残っていて、作られて、使われているのです(もちろん、男性社会だから、処女−となるのです。女性社会なら童貞航海?とかになっていた事でしょう)。
日本に目を向けると、これが島国の特徴なのか、木造文化の特徴なのか、更に濃い処女信仰(しょじょしんこう)が残されています。 一例を上げれば、長野県の諏訪大社(すわたいしゃ)に有る御柱祭り(おんばしらまつり−古くなった柱を、切り出してきたばかりの新しい神聖な、ご神木のものと取り替える祭り。死者も出るほど有名で勇壮な祭りですよ)や、それに似た祭りは各地に多数有ります。神社のしめ縄などがその典型例です。 日常に目を向けると、既婚者の留袖(とめそで−振り袖の袖を落として既婚である事を表す。本来は、出戻りでも、袖が切られてるので、振り袖は着られなかった。一説には、切ると言う行為で、処女喪失を表していたということも有る)や平安朝時代−江戸時代くらいまでのお歯黒(おはぐろ−これも、歯を黒く塗って既婚である事を表す)など、逆差別的なもので、現代に残ってるものも有るでしょう。また、「女房と畳(たたみ)は新しい方が良い」などと言う言葉が残ってるくらい、「新しいもの=神聖なもの=汚れの無いもの」と言うことが、日本人の精神の根底に流れているのです。 新年を迎えるときは、新しい下着に変えたりしてはないですか?あなたの携帯、新製品ではないですか? 身近に有るものほど、出易いと言えます。
また、SM的観点で言えば、多くの男性が願望を持ってるという、性交で射精するときの「顔にかける、顔射」や「おっぱいにかける、胸射」、または、ここまで来ると変質者ですが、朝礼の時間などに、マスターベーションで「スカート、体操服、水着などの服(本当に有った話ですが、プールの時間に、更衣室に忍び込まれて(忍び込むのも、女子トイレも有るそうですよ。ビデオ撮影だけでなくて、使用済生理用品が好きな人も居るそうです。だからではないですけど、次の人が不快にならないように、使用済ナプキンとかは、きちんと紙に包んで丸めて棄てましょうね。そういう事の女性らしさも必要だと思います。)更衣室に忍び込まれて、ショーツ・パンティのあて布に射精されてしまっていて、素早く隠しながら着替えることがアダとなって、気が付かないで、スカートを穿いて、パンツを穿いてしまってからしばらくして、後で次の授業の直前になって、「股間に感じる(精液・精子のヌルっとした)変な感触」に初めて気が付いて、妊娠の心配をして、「ショック」といいながら、早退してしまった人もいますよ(まさか、プールや海で射精してないでしょうね)。特に、経験が余り無い頃だと、みんなに見せて聞いても精子だとは、分からないので、こういうことするのだけは、止めて欲しいです。自分が服にかけられて、汚いとは思えないのでしょうか。また、下着の場合、人に聞けない子・言えない子・全く知らない子で、本当に妊娠してしまったら、どうするつもりなのでしょう。一生子供でいられる訳でないのですから、大人になったときに、やがて責任がかかってくるのですよ)服や、バッグ、カバン、筆記用具、楽器など持ち物に射精すること」は、汚れの無いものを自分の精液で汚す事の征服願望(せいふくがんぼう−処女願望、独占欲の裏返し)に有るとされています。また、余談ですが、元アイドルの岩井Sりさんが、おしゃっていましたが、当時の握手会では、順番待ち最中に、見えるぐらいの所まで来ると、自分のパンツの中に手を入れてマスターベーションして、握手の直前に射精して、精液のべっとり付いたままの手で握手をさせられた事が何度か有ったそうです。
もし、「俺は処女かどうかは気にしない」と言うことを、口で軽々しく言ってるようなら、次の事を試して下さい。それは、あなたのお父さんの何年も良く使い込まれた箸(はし)を綺麗に洗って、彼氏に渡しながらこう言って下さい。 「お父さんの箸だけど、綺麗に洗ってあるから、ちゃんと使ってね。衛生的には問題無いよ。」と。彼は、嫌な顔一つせず、その箸を食事に使ってくれるでしょうか?あなたは、どうですか?
実は、食器を個人の所有物にする事を行なわれるのは、箸文化の有る日本に特有です。お墓に、故人の茶碗を置いたりしていないでしょうか? さらに、自分の親(のもの)を嫌うのも、近親相姦(きんしんそうかん)を防止しようとする機能が脳に有るためです。 やっぱり、人に使い込まれたもの・古いものは、嫌だと思うのが日本人の文化の潮流に有るのですよ。処女・非処女って言葉や頭で簡単に片づけられるほど単純じゃないのです。男性の早漏の5・6ページ目にある通り、口で言ってること自体、気にしてる証拠でも有るのです。「過去は、しょうがないじゃん。仕方ないじゃん」。全くその通りです。ですが、「しょうがない」と一体、何を諦(あきら)めているのですか?つまり、諦めてる者の大元は、そうであって欲しくない理想が有るから、それを諦めようと、頭・脳で二面的に納得させようとしているだけでも有るのです。こういう感情に近い言葉を発してるときは、深層心理では対極的・二面的な逆の思考も存在する事が真実です。女性自身でも「なんであんな人が最初だったんだろう」とか、「この人を最初の人にしたかった」とか、身近に聞いたりしたことはないですか? また、過去の過ち(あやまち)の免罪符(めんざいふ)として、愛情がそこに有るから、本当に全てをひっくるめて受け入れられるものでもあるのです(これって、宗教の愛や慈悲(じひ)と同じでしょう?)。 愛するとき、過去をこだわらないと言うのだけでは、一皮足りなくて、本当は、その人を愛すること、理解することは、その人の育って経験してきたこと、全てを、ひっくるめなければ、成り立ちません。 心の問題の殆どが、子供からの問題を辿らなければならないことが、その証明。 目の前の人を理解することは、過去を受け入れて上げることなのです。決して、こだわらないことじゃない。 全然理解しようとする努力をしないまま、愛し合えてると思うのも、愚かしいことです。 それは、本当は心が繋がっていません。性器だけに近いことです。
さらに遺伝子的に見れば、前述の■「ファッション」のセクションの■「水着の選び方」のところで言った通り、殆どの男性は、表で言う事とは裏腹に、ふっくらしてる女性が好きなのにも関わらず、女性自身にダイエット願望が有るのは、”未だ母親になった経験の無い事を本能的にアピールするため”であり、太ってない事−くびれの有るウエストが処女性に繋がる事を、女性自身の本能が理解してるためでもあるのです。 細目のお母さんなら、ご記憶が有ると思いますが、40代以降でも、ウエストがくびれていて細いままで居ると、初対面くらいの(比較的若い)女性達・お母さん達から「あの〜、お子さんはいらっしゃるのですよねえ。」「ご結婚は、されてるんですよねえ。」(こういう事は、もっと仲良くなったり、その人の事を聞いて調べてから言う事。本当にそうでなかったら、傷つきますよ!)みたいに、ちゃんと誉(ほ)めてるのか良く分からない、ことを言うのはそのためです。 つまり、女性のダイエット願望は、自分の処女性(結婚して子供を産んでない事)をアピールするための本能でもあったのです。
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もし、この心境が分かり難いというなら、是非(ぜひ)、ご結婚されてご懐妊(かいにん)されるときに、もう一度、このことを思い出して下さい。 妊娠中のホルモンバランスによって変わって行く、乳房、特に乳首(ちくび)・乳輪(にゅうりん)の大きさ黒さや、大きなウエストに、後々、この意味が分かるときが来るかとも思います。 ご興味が有れば、武田久美子さんなどが、妊娠(にんしん)前後のヌードを写真集などで撮影されていますので、ご参考になさると、子供を産む前に、分かるかもしれませんね。
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この意味(処女性)において、男性も自分の本能とは逆に、痩せてる女性(他の男性の遺伝子=子供を、増やした経験が無さそうに見える、太目でない女性)が好きだと、錯覚してしまうのですが、遊んでる経験の多い男性ほど、その遊び相手などに、自分の汚れとは対極的な意味を持つ、見かけ上、処女性の強い、若くて痩せてる(母親になっていない)女性を求める傾向が強くなるのです。つまり、これも自分の行いとは逆に、自分の子孫だけを残したいと言う、願望に繋がってるのです。
あるボクシングの世界チャンピオンの有名な言葉が有ります。 チャンピオン戦に負けると、旧チャンピオンが持っていたチャンピオンベルトを、勝者・新チャンピオンに渡して着けるのは、画面で見た通り有名ですが、実は、その後に新しいチャンピオンベルトを製作して、新チャンピオンに渡し、そのリング上で渡されたチャンピオンベルトは、その試合後に、元の持ち主に返却されます。つまり、負けると自分のベルトが一度だけ、他人に渡る訳です。 これを、経験したある元世界チャンピオンは、「自分の女が目の前でヤラレたみたいで、好かん。」と言っています。そして、その返されたベルトには、一切の興味が無くなります。 もちろん、自分が負けたことの悔しさを認めることの、障壁も有りますが、この気持ちは、人間としての当たり前の、感性を表しています。
自分の相手が、人と性交渉をすること。または、それを想像させられること。それを見せられること。これらは、余程の変態か、Mっ気の有る人でなければ、受け入れられる訳が無い、当たり前の感情です。逆に、この感情が有るから、SMが成り立ってしまうのですが、普通の、大部分の人は、認められない感覚であること−少なくとも、喜ばれる感覚ではないこと、を忘れては、いけないでしょう。 それは、自分の家族を守りぬきたい本能でもあるからです。
少なくとも、こういう一般的な心情−相手の浮気や他の人との性交の直後でも、平気で相手と性交渉できてしまう、というような−一般的な心情の欠如してしまった人・Mっ気のある人の、意見や、または、相談事は、非常に注意が要ります→2
(前述のように、インターネット自体が匿名性ゆえに、実社会でのものと、意見や考え方が大きく違ってるとき・傾向が有ることも留意(コミュニケーション方法も、文章と話し言葉とでは、感情の伝わり方などが、全然違う−いかに、文字で自分を伝えることが難しいか分かるでしょう。その伝えられないもどかしさ(いや〜、ほんとに)は、相手の方も抱えてる問題でも有るのです。また、頭で考えてることをしっかり文章にしているはずでも、実際の自分の相応のイメージから大きく逸脱(いつだつ)する場合も出てくるでしょう。文字だけでは分からないことも、顔を見ながらなら見抜ける・伝わることも多くあります。 例えば、夢を語るのは自由に出来ますが、じゃ、それをどれくらいまで、どのステップまで実行できてるか、と聞かれたら、”何もしてない”としか言えない人も多いでしょう。→1
確かに、夢や目標は、上手く使えば、自分自身のグレードを確実にアップします。 しかし、具体性の欠ける目標を持つと、妥協(だきょう)だらけの人生になりかねません。また、漠然としてるがゆえに、実現性の無い、大きな目標のみを持つと簡単に挫折も出来てしまうでしょう。受験などのように、自分の責任だけでは対処できないものは除いても、なるだけ目標に対しての妥協をしないことも大切(小目標を持てないことが既に妥協であって、おかしいこと)になります。目的までのルートは、たくさん有るものですよ。 例えば、高校受験で浪人することは、殆ど無いし、自分のその後の時間を考えれば、高校に行く事自体が目標でも、何もおかしくは有りません(リカバリーしやすいってこと)。しかし、大学受験になれば、自分の目標に沿った、学校を選ぶ必要も出てきます。自分のなりたいものに合わせた、目標設定が要ることになるのです。 つまりそこには、具体的な数値目標がはっきり必要になり、夢のためには、それをクリアできるまでは、妥協できないはずです。経済的な責任をどう取るかも、もちろん必要ですが。 また例えば、車の免許を取ることを考えます。 もちろん、最終的に運転免許を取ることが目標なのですが、その前に、運転技術を身に付ける必要が絶対的に生じます。これを妥協して、下手でもなんでも良いから、ハンコをもらって卒業したいと考える人も多いですが、その後の自分のことを考えれば、出来るようになるまでは、自らハンコをもらわない選択も出てくる訳です(私はそうしてましたよ)。 免許を取った後は、全て自己責任になり、未熟なゆえに、ペーパードライバーに成ってしまったり、下手な運転で人を傷付ければ、最悪の人生にもなりかねないのです。実際の本当の目標を考えれば、免許を取ること自体が問題ではなくて、安全運転できて生活に使いこなせることが、最終目標になるのです。 さらに例えば、ものを売ることには、販売目標が必要ですし、本を書くにも、具体的な目標や、芸術家のように自分の納得できるレベルは、確実に存在するでしょう。 大学の教科書のように、誰もが言いそうなこと(例えば、恋愛書でプラトニックのみを認めるのはナンセンスでしょう。性が愛情を確かめる方法の一つなら、その性の技法も尽されても良いと思います。)誰もが言いそうなことをまとめて、専門用語を並べて、確実に数量のまとまりそうな、(この場合、学校という)マスメディアや、下地の整った仲間内で販売数を目標にしても、余り意味が有りません。映画などの入場者数も多分同じでしょう。
それこそ、文学や芸術、心理学であれば、個人で手作りで作ってる、数百円の詩集や同人誌の方が、価値も高い場合も有るでしょう。特に過去の歴史を振り返れば、それは暦前としてることです(駄作が多いことは有りますが、それでも、没後何年かして、見出されてるものも確実に存在してるのです)。 つまり、自分自身が本心から、納得できるか、出来ないかという、根本的で本質的な目標を忘れてはいけないし、それを忘れると、たとえ達成できたところで、なんの充足感も得られることは有りません。 ただ達成すればいいってことでもないのです。 それは、自分の未来を設計することに同じでしょう。
1→男性のページでは関連事項を説明してますが、言葉は脳内のイメージであって、決して自分自身の実際の現実と、イコールにはなりません(誰でも良く見せたいと思うこと)。この脳内・心理で行なわれてること−ウソばっかりでも病気では有りません。人間とは、誰でも先生・宗教家のように、人を先導したい・偉くなりたい、という欲望を抱えてるものです。−この脳内・心理で行なわれてることを考慮せずに、完全なコミュニケーションは取れないし、実際に見て判断するしか無い場合(お互いの人間性を読み合う必要)も多々有る訳です。こんな便利なインターネットを否定は出来ませんが、これで、全てのコミュニケーションが取れてると思うのは、人生経験が足りてないからですよ。孤独な人は余計に、直接顔を合わせないだけに、文面以上に共感、同情しやすいことを、忘れてはならないでしょう。 ”言葉じゃ、全てが伝わらない。”と言える、初めから決め付けてしまうのは、言葉の表現を行うことを生業にしてるようなプロの言う言葉であって、普通の私たちのような能力のものが、コミュニケーションしようとするなら、”一つでも多くの言葉で、自分を伝えるべき。言葉を惜しむべきじゃない。”というのが、本当のことでしょう。 つまり、実社会で、人とコミュニケーションを普段から取ってない方・取れてない方・気持ちの汲み取れてない方は、そこから変えなければ、文字を使いこなすのは難しいでしょう。まず、実社会で友人・親友を増やすことが出来なければ、ネットで、まして異性で、有り得る訳がないのです。ネットで時間を費やすより、実社会で表現する経験を積むべきです。特に若い内ならね。会ってもいないのにハート・マーク一個で、愛情が伝わる訳じゃないのですよ。記号で、出会いが有る訳でも有りませんね。
【通常、コミュニケーションの伝達割合で言うと、 ボディランゲージ・ボディサインが6割。声のトーン・抑揚が3割。言葉自体は残りの1割。 例えば、本気で”コノヤロー”と言う場合と、ふざけて”コノヤロー”と言う場合では、顔付き・態度・声質が正反対になることなら、直ぐ分かるでしょう。 メール・文章の場合、 伝えたいはずの、しかも一番肝心な、9割のイメージを棄ててしまっているのです。 受け手は、残りの9割を想像し、勝手に自分の不安を相手にも投影したりもします。だから、仲の良かったはずのカップルでも、メールのコミュニケーションを多用する人達は上手くいき難い。 それは、以心伝心みたいなものが成立してないと、または、熟練した関係にならないと、とてもきついものです。】
”愛してる”・”好きだよ” いきなりの言葉で、これで、私の何が伝わりましたか? 特に、日常の会話での告白にしても、純な真面目な人ほど、こう言った、いきなりの告白を嫌い、友達関係からのステップを好みます。 文字・言葉の持つイメージをそのまま伝えてる訳ではなくて、その奥に有る自分の心が伝えられなければ、気持ちは伝わらないのです。その思いを伝えるために、理解し合えるために、色々、話し合って欲しいのです。お互いを分かり合えるからこそ、こういう一言が意味を持ち得るのですよ。 まあ、自分で置きかえれば、直ぐ分かりますね。 好きな人や、興味が有る人から言われれば、うれしい、けど、嫌いな人からや、全く知らない人が、自分のことを勝手に調べて知っていて、いきなり告白されたら嫌でしょう、ということです。 ここが分からないからこそ、いつまでも、片思いから先に進んで、付き合うことが出来ないのです。eメールの告白ならなおさらです。受け取りようによっては、こんな風に気持ちは全く伝わらないし、無視も出来るのです。 (こちらの、ひとめぼれの心理にも繋がっています(後程、進んで行くと出てきます)。) 確かに、告白すべきチャンスの有るイベントごとは有効に使うべきでも有りますが、それでも、日常的に、余りしゃべらない人に、自分の気持ちをダイレクトに伝えてしまうのは厳禁です。それは、相手に自分の気持ちを押し付けること。それによって、相手が自分のものになると、物欲に侵されてること。相手に同じ言葉を言わせようとしてること。 まずは、自分の好意を誠意で伝えることに気を使って、相手がもし、その好意を同じように返してくれるなら、もう時間の問題。放って置いても、どちらからともなく誘い合ってデートのセッティングが自然に出来るようになるのです。 簡単に言って、押し付けては駄目なのですから、プレゼントに付け加える言葉は、日常的に有る、お願いごと・頼ることで様子を見れば良いのですよ。前後述していますが、例えば、”今度、仕事教えて下さいね。””勉強、教えてね。””美味しいお店、教えて下さいね。”などなどと、コミュニケーションの期待出来る、ネタ振りをしておけば良いのです。 どちらにしても、顔見知りで、ある程度はお互いが知ってることが前提ですよ。 それでも、いきなり他人に告白したい人は、リスク(危険)覚悟で、挑戦して下さい。確率は非常に低いですが、お互いに一日に何度も目を合わせてや、(前述の)パーソナルスペースに入る回数が多いなどや、軽く会釈(えしゃく)するなどして気になっていれば、可能性も無くは無いです(きっかけは、やっぱり日常会話が良いでしょう)。ただ、0・ゼロではないって言う程度ですから、勘違いは止めましょう。 単にあなたが見てる事が多く長いから、目が合うだけかも知れませんよ。自分が、もし、長時間見つめられる事が有ればどうでしょう?それが、嫌いな人だったら。 よく言われる、重要なことですが、私たち女性と男性とでは、アイコンタクトの意味が逆になる場合も有るのです。 女性は愛情が有れば、話がなくても見つめられますが、男性は逆になることが多いようですし、これはご存知でしょうが、ウソをつく場合、男性は目をそらし、女性は目を合わせますね。 もっとも、嫌いな場合は、目を合わせないようにしたり、劣等感が有ったりや恥ずかしい場合は視線を下などにそらすのは同じでもありますが。
また、あなたが、もし、見知らぬ人から、食料品をプレゼントされた場合、開けて食べられますか?ということなのですよ(芸能人のプレゼントでも同じこと)。手作りほど気持ち悪いと感じるはず。”あなたのために作ったの”。これは、好意を得たいという自分のためである事がミエミエになってしまうことも有るのです。それを、”あなたのために”と初対面でいきなり切り出すから、上手く行かないのです。 贈り物はあげることじゃなくて、もらって・・・・もらうこと(告白そのものもですよ)。そのこと自体に、相手からの好意が前提条件としてすでに必要なのです。その条件を無視して、好意を感じられないのに押し付けられるから、気持ち悪いと感じてしまうのです。 やっぱり、日頃のあいさつから始めるコミュニケーションが全てだと、思った方が良いでしょう。 知らない人だけに、現実には相手がすでに居ることだって、十分有り得る(知り合いとして普通に話していても、プライベートまで分からないことも含む)のです。 それらを想像し、関係がいきなり致命傷(ちめいしょう)にならないように、もっと気を使うべきです。逆に言えば、色んな話をしみて、気が合う前提が無いなら、分らないなら、告白すべきでもないのです。 ■ただ告白には、こういう事も言える。■時間帯だって関係ある■告白で自分を落ち着かせる方法はここ )実社会と、意見や考え方が大きく違ってるとき・傾向が有ることも留意)
2→注意が要ります。偏った、風俗嬢並みの人生の場末に行ってしまったとも呼べそうな、人生観、恋愛観、性的感覚にされてしまう場合が有ります。 それは、一見、進んだ考えに見えて、洗練(せんれん)されてるように思えるかも知れませんが、人の心の基本は、相手を思う愛情は、何千年も変わっていないことを、知らない人です。 古代人(約20(30〜3)万年前の更新世後期の初め頃に出現したネアンデルタール人(猿人(Ape man)は、約450万年前以前に類人猿から分岐したとされ、私たちホモサピエンスやクロマニヨン人の祖先は、15〜20万年前に分岐したとされる。))の遺跡を見れば、人類の祖先が道具を使い出した直後の頃より、死者を花などで、弔う習慣が既に有ったことが、夥(おびただ)しい量の花粉と人骨の化石で、分かっています(クロマニヨンにとって埋葬の例が確認されていないというのもあるけど、逆に、この花粉の理由も否定されていません。チンパンジーやある種の動物が、子供や伴侶の死をもって、存在に愛着を表す事が現に有ることを考えれば、より新人に近い彼らに、感情の芽生えが全く無い事も考え難いです。有史まで辿れば古代人は以外にロマンチストなのです。星座、占いなどで思い当たるでしょう)。特に前頭葉の発達してる人類種では、埋葬の習慣は一般的です。埋葬が行なわれているということは、その儀式を支える最少のコミュニティとして、家族がそこに有ったことは、優に想像できます(王族の血縁などが、この通りですね)。現実社会に照らし合わせても、矛盾は無いでしょう。 また、大脳の前頭葉といえば、理性をつかさどっている部分です。すなわち、優しい心と理性は、大脳生理学的には同一の次元の物ということです。動物虐待の出来る子供の脳で、前頭葉の機能の低下が起きているのは、周知の事実(若い世代で減少する傾向=動物に戻る傾向=先祖帰りする傾向が、有ることも気にかかりますが。男女関係・人間関係が粗暴(そぼう)・投げやりに成っていく。これは、完全に教育・食・生活の問題)でしょう。 つまり、人間の心理は、人間として生れたときから、何万年も変わっていない可能性もあるのです(現代人と同じ脳に成ったのは15万年前とされる)。
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補足:ここで言ってるのは、感情面での遺伝のこと。 社会性も遺伝し、滅んだ人種と、私たちの祖先の人種との差に、度々指摘され、心も進化するということも、言われますが、むしろ、協調性などの学習効果、記憶力としての、進化の方に重きが有るようにも見て取れます。それは、近代の新旧の学校環境で比較すれば、かなり近いものと言えるのではないでしょうか。教えられ、躾(しつけ)られて、初めて学習できるものも多いでしょう。 オオカミや他の動物でも、集団でポジションを決めつつ狩りをする動物・共同で生活してる生物は、意外に多いです。 それを見て、人間が学び取れるか、もしくは、そういう社会性に関する遺伝も、それらと袂(たもと)を別れた、もっと大昔にされていたことだって(元は余り変わっていないと)、言えなくは有りません。 ネアンデルタール人が、埋葬の習慣が有ったということは、優しい心には、知性の発達した以前には、もう持っていたことになります。
証拠が有るのは、滅んだ人種でも、死者を弔(とむら)ったという事実。 永遠に別れることの悲しみなどの感情が、既に有ったということです。
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いくら、フリーセックスが進んでも、すさんだ風俗嬢・売春婦が表に出てきていても、人の心が、そんなに簡単に大きく変わる訳じゃないのですよ。この心情、人を思う優しい心も、理性と共に発生して(暴力的、野生的なものも残してますが)、遺伝子に書き込まれているのです。だから、形は違っていても(政治・権力的に曲げられて権威主義になってる地域も有りますが)、隔離された地域・文化でも、確実に結婚制度が有るのです。それは、お互いの愛情を、社会的に認めてもらうことによって、より安定した形で、家族、社会が繁栄するために必要だと、みんなの遺伝子が、肌で感じてきたとしか、言いようが無いのです。動物にも”つがい”がある訳です。
多夫多婦制にすればいいなどの方が良いと思うのは勝手ですが、それでも、■処女願望の意味を、お互いに(ここから、このページの最後まで、もしくは、サイト全体を読んで)よく考えた方が良いでしょう。人の心理は単純ではないのです。特に理性が発達し、男女がほぼ対等に成りつつ有る社会においては、その重要性が逆に上がってきているのです。自分に嫉妬(しっと・ジェラシー)を感じてくれないことに、相手の愛情を感じますか?自分の順位が気になりませんか?内心でも順位が有れば、すでに対等ではなくなってるのです。 お互い、一人対一人で、ぶつかり合って燃え上がれることが、素敵なことであるからこそ、逆に、こういった心情にも成り得るのです。ちょっとは、やきもちも焼いて欲しいと、思うのも自然です。 嫉妬とは、自分が愛されるべき愛情を、何らかの不安によって、愛情が足りないと思うことを、相手から、心も体も愛してもらうことで、補おうとすることです。簡単に言えば、「自分が相手を、どのくらい思ってるのか」よりも、「相手が自分を、どのくらい思ってるか=自分が相手のことを、どのくらい占有できたか」を気にすることなのです。 このバランスが、後者に傾けば、より嫉妬深く(この嫉妬が逆方向に出るときのも、金品や自分自身を貢いで振り向かせたがることも多く)なり、前者(お人好し)に傾けば、利用され易く、尽(つ)して貢(みつ)がされる(都合のいい女にされる(多夫多婦宣言=二股三股を許すこと。彼の他の彼女が「あたしだけ愛して」なんて独占欲を持ち出せば、それこそ”とんびに油揚げ”かもしれませんよ。)都合のいい女にされる)ことが多くなります。つまり、お互いの愛情のバランスの問題。後述していますが、愛されたいと思うなら、先ず、自分が愛して、自分自身を相手に占有させて上げることも必要でしょう。愛し、愛される事にバランスが伴わなければ、どちらかが疲れて、破局を迎えるものです。■バランスを取るための方法はここ つまり、嫉妬が全然無いのも問題ですが(有っても良いのです)、一人よがりに、愛情を足りない=占有できていないと思うのも良くないし、また、それ以前に、相手を自分自身がどれだけ愛してるのか=相手に自分を、どのくらい占有させているのか、自分で認識してないのも良くありませんが、たとえ無限に思う相手の愛情であっても、分けられた他人のそれも奪(うば)いたい、一人占めしたいと思うのも当然なことです。 それは、生物学的には、自分自身がそこに存在できるかの不安に繋がってるからなのです。その結果、生き残りたいという独占欲が、恋することと一緒に存在するなら、それが叶わなくなったときの憎しみも、有ったはずの愛情とは、必ず表裏一体に存在するのです。 多夫多婦制といいつつも、その内訳は、召し使い並みに、差別される(占有率が均等に成り得ない)ことも出てくるでしょう。これは、これまでの人類の歴史では暦前です。その多くは、一人の権力者に対して、弱者の配偶者が一極集中で行なわれると言う、動物界のそれとほとんど変わらないのです。 自分の存在が不安になるなら、心からの安定を求めるなら、繰り返しますが、お互い、一人対一人で対等に、ぶつかり合って燃え上がれることが、本当に素敵なことなのです。愛情のシーソーは、二人でしか動かせないのです。
逆に、不倫や二股や浮気や多婦多夫制を薦めようとするのは、そのメリット=”本気で相手に向き合わなくても構わない。本気で愛さなくても良い。”と言うこと、を考えた場合、その人が、たった1人のパートナーにさえ、向き合ったことの無い証拠です。 真剣に愛し愛されることに(よって起こる、”いつ、失うかもしれない。”という)恐怖感を感じてる、とても臆病な人なのです。恋愛・結婚では必ずお互いにイーブンに引き受けなければならない、別離の可能性の重みを、一切引き受けたくない、相手に押し付けたい人です。人間的には幼稚かもしれない。 だから余計に、自分の幸せの手に入らない”正当”な理由を求めて、既婚者やプレイボーイや、絶対に手に入らない芸能人のような人などをわざわざ好きになろうと言う、ジレンマが止りません。最初から結果の分かりそうな人を選んで、幸せに成れないのは、恋が実らないのは、”私のせいじゃない”、と言いたいわけです。 二人が別れるとき、本当は、二人とも悪い、責任が有るんだけどね。 それらの”屁理屈”のこじつけの結果が、”自由恋愛”に摩り替えられ、不倫擁護などになるのです。 ■すり替えの元
”人間的”と言った場合、どんな人を言いますか? 一夫一婦制は、家族を考える理性によって創られてきたのですから、うなずけますね。それを、自らの性欲・本能によって、壊そうとすることが、カッコイイと見えてしまうことは、何万年も先祖帰りしてしまった、幼い動物的な、性欲優先の感情に過ぎません。愛情の有る、理性の有る、人間がすべきでは、ないのです。三角関係にでもなれば、いずれ、関係の清算を迫られることが、来ることでしょう。 今の大切な人よりも大切に思えるなら、確かに好きになるのは仕方ない事。 だけど、だからといって、その気持ちをダイレクトに相手に伝えて良いかどうかは、別問題。それこそ、■ここの告白の問題にも繋がります。 さらに、突っ込んで言えば、好きなら不倫でも、なんでもかんでも許されるかといえば、これもまた別問題。 例えば、嫌なやつだからといっても、簡単には殴(なぐ)れないし、殺してしまうなんていう事も出来ません。 感情というのは、現実問題、そういう厄介な面が有り、法的に普通に守られてもいるものも有るのです。 これは、好きだという気持ちも、相手とその周りの人が受け入れられるかどうかに関わる以上、避けては通れない問題でも有るのです。厳密には、好きだというのも、自由では有りません。 ただ一方的に、好きで居るのだけが、自由なだけなのです。 ですが、それでも、ついでに言ってしまえば、良く、「好きな気持ちは止められない」と言いますが、理性の有る人間には、いえ、人間だけには、それが可能です。 例えば、好きなタレントを思い浮かべて、その人の妹(男性は弟かな?)になったとします。 どんなに好きなキムタクでも、どんなにキスやエッチがしたくっても、殆どの普通の正常な人の場合は、家族であることを条件に、その気持ちを自然に抑えます。有ったとしても、ごく希(まれ)で、アニメ漫画やマンガの世界だけくらいでのことでしょう。希なことだから、安定してる自分の生活と深層心理で比較を行って、物語としてストーリーが面白く思ってしまうのです。 ところが、犬や猫は、兄弟であっても簡単に子供を作ろうとします。さらに、実は、つがいになってる鳥どうしでも浮気が有ります(ただし、それでも、子育ては、つがいのみで最後まで行いますよ)。この違いが、人間が人間としてあらしめる、唯一の条件、理性が働くからなのです。”兄弟姉妹・家族”であることを理性が判断し、自分を抑制してるのです。 さらに例えば、これは誰でも経験する、相手からの拒絶(きょぜつ)や別離(べつり)です。 こちらも、どんなにあなたが好きでも、独身どうしであっても、言われる側は、自分の感情とは裏腹に、諦(あきら)めざるを得ません。その諦める、自分の行動を抑止できる、ストーカーにならなくて済むのも、自分の理性がそれらを抑えるからです。感情で動いてるはずの恋愛にだって、理性の必要なときも多くあるのです。それとも、欲望に任せて、子供をどんどん産んでみますか? つまり、人間は、理性によって自分の感情をコントロールできるのです。それが出来ないこと自体、自分が性欲に対して弱いことを、自分で性欲を処理できてないことを、言ってしまってるのです。 特に愛人のような関係で、「一週間に1回会えるだけでいい。それで愛情が感じられる。」なんて、思えてしまってる人は、実は、愛情ではなくて、粘膜(ねんまく)どうしが触れて擦れあい創り出される幻想(げんそう)に過ぎません。その人との性欲に溺(おぼ)れていて、愛情だと錯覚してしまってる人なのです。■特に男性は、自分の都合によって、愛情より性欲の処理を先行させるものです。 しばしば、セックスは、愛情を錯覚させます。一人暮らしを始めたり、性欲によって起こる寂しい時期にはなおさら、相手の評価基準が下がります。■ここの彼氏も、一度は自分を見直すべきかも。■孤独を嫌いすぎると、本当の幸せは手に入れられない(後述)。
まして、浮気を駆け引き(かけひき)に使う・使われるような場合、愛情は知らず知らずの内に、疲れて離れて行くでしょう。性の駆け引きは、相手に重荷になり、不信感を募(つの)らせ、破綻(はたん)を招くだけです。 これが、分からない人は、する人・される人も、ここのページだけでも、頭からしっかり読んでおくべきです。 ■クリック→恋愛・幸福と、イタズラや悪さのドキドキは違うのです(後述)。 ■クリック→人間性は、一生変えにくい。 ■クリック→決断しなくちゃいけない場合も有る。 一生心配しなければならない事は、本当は不幸です。 それは、将来、子供にも向かって、虐待(ぎゃくたい)などの原因にも成りかねない事です。 男の人に、「ほんとに自分の子供?」と思わせたら・・・・
そんな人には、性交・ベッドにいる時間と、生活の会話の時間のどちらが多いかと、聞いてみて下さい。この二つの時間がイコールでも偏り過ぎてることを、普通の人なら、直ぐに気が付くでしょう。もしくは、体の関係無しで、愛情だと自分が言ってるものが、持続できるか、試してもらうように、聞いてみて下さい。
話していますか?自分達の将来のために。「現在が楽しければそれで良い」というのは、もう一皮有って、実は、楽しい近未来がそこに有るから、また明日会えるから、現在が楽しく思えるのです。 全ての不安は、言葉という道具を使って解消するしかないし、その言葉の証(あかし)は、自ら行動で示さなければ得られないのです。
後で出てきますが、男性心理で「ここへ来るの初めて〜」「こんな事してもらうの初めて〜」「そこは、行ったこと無いよ」と言われて嫌に思わない−嬉しく思うのは、紛れも無く、処女信仰の形が現れているそのものじゃないですか。全く同じ条件で、処女か、処女じゃなかったら、多くの男性はやっぱり処女を選びますよ。(釣った魚にエサやらないのもここからでしょうか) 「俺は、処女は嫌い」と言う人もいますが、これは、単に「遊びたい・遊んでる」「遊び・浮気を認めて欲しい」(お前もやってきたんだから、俺もいいだろ)と言う、ねじれた性的感性によるものであって、処女か非処女かを、分けて考えてるのですから、これも大元は、逆説的に、処女に対する特別に思う意識が奥底にある証拠でもあります。 また、体の付き合いそのものじゃないにしても、処女性の観点で言えば、デートをするときに「あそこも前彼と行った」「ここも元彼と来た」(自分自身の感動も減少してる)と言われるのは、男性は余り好みません(上の例の逆です。女性でも、嫌だと感じる人も多いでしょう。私も嫌です)。増して自分の過去の性の経験を馬鹿正直に言ってしまうと、自信を無くし、信頼が壊れ、愛情が遠のく場合も有ります。真面目に将来まで付き合いたいと考える男性なら、そんな過去の多い経験から、自分も別れた過去の人数のうちの1人になるんだ、短期間で別れてしまうんだ、と思えてしまうのです。比較されるのは嫌なのです。怖(こわ)いのです。若い内はなおさらです。 前述のように、男性は女性よりも初体験が平均1年遅いもの。そんなに多い体験をいうことは、かなり早い初体験を聞かされるのと同じこと。その全ての経験の差、違いが怖いのです。 見え透いてる嘘は、問題ですが、どんなに多い経験でも、彼氏に告白するなら1人〜2・3人ぐらいに止めておくべきで、それも、かなり過去の話にして、若気の至り程度にしておくことです(それには、普段から真面目な付き合いしかしてないことを、実行できてないと嘘になりますよ)。また、自分の浮気や二股を相手に言ってしまったり、見つかって、許してもらった瞬間に、それは、あなた自身が相手に対しても、それらを認めてしまったことになります。許した相手が、「そっか〜。お前もしてるなら、俺(私)も自由だよなー。」と(深層心理で)思い、お互いを不幸な結果に導きます。 人間関係は振り子のように揺れています。昨日までの関係が、こういう会話・出来事一つで、立場が入れ替わってしまうものです。その原因は、往々にして自分が作ってることが多いのです。 若い時なら、なお更です。ケンカ一つで二度と会えなくなることだって有るものです。 「他人に厳しく、自分に甘く。」 こんな事は、感情優先の恋愛では、成り立つものではないのです。いずれ、必ず、しっぺ返しが来ることでしょう。つまり、やっぱり、日頃の行いなのですね。
そして、良く考えれば、人数多く付き合う事が決して自慢できない事だと理解できますよ。だって、性交目的・遊びで付き合ってるならまだしも、その人数分の回数も別れているのですよ。逆にしたら、自分の恋愛下手・相手を見る目が無い事、同じ過ちを繰り返してる事、もしくは、本能丸出しにセックスに狂ってる事を言ってることになってしまうのです。こんな人が相手だと、学習能力がゼロで、余り頭が良くなさそうで、嫌じゃないですか?こんな相手と別れずに幸せに成れるものでしょうか? こういう人にとって、自分が最後の一人だと言う保証は、全く無いと言って良いでしょう。 別れるために付き合いたいのですか?何のために付き合いたいのですか? よく、”人は別れるために付き合う”だとか、”人は死ぬために生きてる”だとか、若いくせに分かった風なことを言ってるM(マゾ)の人・自虐的(じぎゃくてき)な人がいますが、こんな字面だけの言葉遊びに、まともに付き合ってはいけません。 死ぬ事が目的なら、早く死んでしまえば良いし、別れて一人になることが目的なら、初めから付き合わなければ良い。 こんな当たり前の簡単な事が理解せずに、格好付けて言ってるだけなのです。人生経験の無い人達を騙せても、私には、その程度は効きません。 実際、生きていくなら、今まで生きてきた中で、どんな事でも、結果に目的のある事は、過去に有りえましたか? 全ての結果の予測が出来てますか?出来ないからこそ、色々悩んでいるのではないですか? 目標と言え度も、中間目標に過ぎないはず。全ては通過点に過ぎなかったはず。 生きてる以上、死ななきゃいけないことは絶対無いし、付き合っていて、別れることを目的にしてる訳では無いはず。この事自体が、前述した人生観が間違ってるとしか、言いようが有りません。 人は、”幸せに成りたい”と、生きるし、人と付き合うのですよ。 これに、異論が有りますか?これが、本音じゃないの? それに、生き死にに関わることを、簡単に口にすべきでもないでしょう。こういう事を簡単に言える人ほど、信用するに値しないのは事実ですよ。そんな簡単なことでは有りません。
理性が有るから我慢出来る、「猫のように誰とでも」と言うようなことではなく、人間的な恋愛が出来るのです。 ナンパならともかく、恋愛に勝ち負けが有るのも絶対おかしいですね。結婚もそうだけど、付き合うきっかけは、お互いの意志で始めたのですから、問題の起因はここに有り、振られる、振ったなんていうのは、勝ち負けにはならないでしょう。強いて言うなら、どちらも負けなのですよ。お互いを選んだのだから、そこが既に負けなのです。
| 恋することは、いつまでも自分を若々しくし、人生を充実させます。 でもだからと言って、誰とでも付き合って、直ぐ寝てしまう、直ぐセックスしてしまうことは、愚かしいです。こういうことを積み重ねていけば、必ず自分の価値を下げていきます。それでも、もててるような、平均よりかなり上の人と、自分の人生を、余り簡単に一緒にしない方が良いでしょう(人と同じ価値観こそが問題ですが。同じ価値観は存在しないでしょう。”価値観が一致・不一致”してるのではなくて、元々は、全てが違っていて、”価値観が合う・合わない”だけが、存在してると思った方が自然でしょう)。少なくとも、少しは考えてみましょう。 色々有るかも知れませんが、若さも重要な価値の一つです。大部分の一般の人以下で、刻一刻と年齢と共に、付き合える相手の(年齢だけではない)幅を狭めるのは事実です。繰り返しますが、それでも、もててるのは、社会的にリーダーシップが取れるようなビジネスの成功者か、タレントのような持って生れた能力の持ち主であることを忘れてはならないでしょう。いずれにしても、光り輝いてる人のはずです。 シングルマザーでも生活できるような人は、社会的・ビジネス的にも、既に成功者(生活基盤などをしっかり考えられるから、行動できるのです)になってることでしょう。つまり、結果的に勝ち組みは何をやっても認められますが、負け組みは、外れたことをすれば、落ちこぼれの深みに、どんどんはまっていくだけでしょう。 結婚の話にしても、大部分の人は、したいときにすれば良い、と表向きは言いますが、 結婚なんてと言って、「したいときにすれば良い」、「それが適齢期」と言えるのも、こういうスターのような(いつでも相手を選べそうな)人達の言葉である事に留意すべきでしょう。
バージンの話と同じで、普遍的な事柄なら、誰も意見を言いません。例えば、「1+1=2」であって、「”溜飲”は”りゅういん”と読む」など、当たり前のことであれば誰も「私は〜だと思う」とは言わないのです。逆にその意見を述べるという事は、自分の脳の反対側・深層心理では、「どこか違うかも知れない」「本当はどちらが正しいか分からない」など、その逆のロジック・思考も自分自身に内在させているからこそ、不安な自分を納得させる意味での言葉でも有るのです。 逆説的に分かり易く言えば、ぬいぐるみを見て「かわいい〜」と思う事が当たり前なら、言葉に出さずに自分でその気持ち良さを楽しむでしょう。しかし、一旦、「かわいい」と言ってしまえば、それは、自分の価値観・考え方に対しての意味、「そう言ってる自分自身もかわいいでしょ」と言うナルシスト的な自己満足をも含むのです。ぬいぐるみに対しての意味だけではなくて、逆側の、自分自身への意味も含んでるのです。 また、例えば「北の国から」を見て泣いたり感動して、そういう田舎(いなか)に住みたいと思う人も居たことでしょう。でもそれは、現在の仕事や住処(すみか)に安定してることが前提であって、そういう生活が有るからこそ、逆に、脳が無意識に勝手に対比を行って、そういう無い物ねだりの世界に憧(あこが)れてしまうだけのことなのです。 自分の理想の一部を満たしていると、全てが理想に合っていると思えてくるだけなのです。
仕事も無い、学校も無い、スーパーも無い、病院も無いようなところのどこが本当に良いと言えるのでしょうか。本当にみんなが良いと言えるなら、農村は過疎(かそ)に悩むことはない訳です。断片的な評価で、それが全てであるかのように判断をさせるのは、脳の仕業(しわざ−大脳の扁桃体(へんとうたい)が、良い事ばかりを記憶の中から串刺しにして、連鎖的に”好き”という感情を前頭葉(理性)に伝達してしまうため。高所恐怖症、〜恐怖症の真逆)です(この働きを、イメージ出来てると、それだけで、一方的な気持ちも和らぎますよ)。 ちょっと会っただけの一目ぼれも、ストーカー心理の、相手のほんの一部を好きなだけなのに、その全てが自分の愛情だと錯覚するのも同じです。さらにまた、同じ物のはずでも、手に入れられないものは、余計に欲しくなるし、逆に、既に有るもの、押し付けられるものは、反発し、嫌う働きまで有り、その等しい価値が分らなくなる傾向までも有ります。 これらが文字どおり、「隣りの芝生が青く見える」「浮気をしたくなる」「恋に落ちる」メカニズムです。 海外に行って、その日本とは全く違う文化の、単なる見た目の刺激(しげき)のいくつかに興奮(こうふん)して、結果、日本に居たときの自分が色褪(いろあ)せて物足りなく思えてしまうのも、全く同じです。例えばアメリカなど、そこで住もうと思えば、日本人の殆どが中流に思ってるのとは逆に、社会階級が歴然と有る事の現実に打ちのめされてしまうことも有るでしょう(英語が出来れば、仕事が出来ると勘違いしがちですが、それは、日本で日本語が話せるというのと同じこと。しかも現実は、日本でも英語が出来るだけでは、直接の仕事は少ないです。翻訳にしても、映画にしても、その道での専門知識やプラス・アルファを求められます)。 結局、現在の生活の足場に自信が有るからこそ・満たされているからこそ、なのです。 体の不自由な人を、ぱっと見て、「かわいそうね」と一言で簡単に済ませられるのも同じです。 水商売系の女性で(全員では有りません)、「男の価値は、お金・稼(かせ)ぎに有る(それが全て)」と思い込んでしまうのも同じで、これは、自分の女性としての価値が、指名される事・量−つまり、”自分の価値が、稼ぎに有る”と深層心理では思い込んでしまってるためです。どんなに素敵で上品な女性を装(よそお)いつつも、その二面的な内面性が表に出るときに、相手を判断する価値観が、自分の判断されてる価値観と等しい(そんな事は絶対有りえません。価値観とは人それぞれなのですよ。)等しいと勝手に思い込んでしまってるのです。 本当は、”稼ぎ”ではなくて、この場合は、(もちろん、会話などの仕事っぷりは、前提ですが)「若さや、美しさ」にその価値が有るのですから、当然、自分のその価値も時と共に無くなっていく事を、内心では気が付いていて、不安に思ってる場合が多いです。つまり、将来の収入が不安だという、深層心理が働いて、お金に対しての執着心(しゅうちゃくしん)が大きくなるのです。こう言う人に限って、好きでその仕事をしてる、自分で自ら選んだと言いつつも、この言葉自体にも二面性が有って、色んな投資話・儲け話・サイドビジネスに首を突っ込んでは、失敗や成功を繰り返すことも多いです。 よって、指名されてる割合が高い人ほど(現在の自分の収入が安定し、満たされているほど)、”良い女”を自負してリーダーシップを取ってるような人ほど、あるグループの(オピニオン)リーダーになりたいと思うような人ほど、 将来の不安を煽(あお)られて、逆に、ある意味、無意識に天狗(テング)になって、その傾向が強くなってくるはずです。(これをご理解できてる、あなたには、違いますね。もし、訳も無くカリカリ来てしまったり、やり込めてやりたいと思ったら、それは、あなた内面の奥底では、この文章が逆に当てはまったことを、認めてしまったことになるのです。)
(こちらなどの価値観の話などにも繋がっています。)(本当は、仕事は人生観を表す一部なので、その仕方・やり方にこそ意味や価値が有るのは、男女共通なはずです。 儲けが有ることや、蓄えが有るからと言って、定職を持てないような人だと、ちょっとは不安になるはず。 つまり、稼(かせ)ぎが絶対的なのではなくて、仕事をしてると言う、ひたむきさの方に、価値や好意を感じてしまうことが、本当でしょう。逆に、それでも良いと言うなら、自分が食べさせて行く決心をする必要もあるでしょう。)
本音と建前というようなものに近いですが、この本音と二面性の違いは、本音が、故意に自分の考えを隠してる=建前が嘘(うそ)に近いのに対して、内面の二面性は、意識しようとしない限り、自分自身もそれに気が付かない、感情の裏表に一体で有る点です。 もう少し、身近な例で説明すると、 「ねえ、あたしのこと好き?」という問いかけには、本当は命令や希望や宣告が含まれていて、意訳すると「あたしに、もっと好きって言ってよ!あたしは、嫌いじゃないのよ。」という意味が含まれています。 また、「好きなら、好きって言ってよ!」という命令や願望には、逆に、素直になれない、自分から相手へのアプローチの意味で、「あたしが、こうやって”好きだ”って言ってるんだから、分かってよ!」という思いか、また、問いかけで「本当に、あたしのこと好きなの?」という疑問が含まれています。 さらに、「あたしって、駄目ね。駄目な女ね。」というのは、間違いなく謙遜(けんそん)が含まれていて、これには、「あなたって、素晴らしいわ。でも、私だって、良い女に見えるときも、たくさん有るでしょ。」とう意味が含まれています。 この辺は、当たり前でもあって、すぐご理解し易いと思います。 さらに、フランクな付き合いの出来るカップルの場合、 「あたし、最近、体臭が強くなってきて困っちゃう。自分でも気絶しそう。」なんていう会話が有った場合、意訳すると「あたし、実は昔から、体臭が少し有って、あなたに嫌われたら困っちゃう。自分では、そんなに気にならないんだけどな。だから、あなたには、気にならないって、言って欲しいんだけど。」という思いが含まれています。 では、「そんなことじゃあ、怒りません!」といったら・・・・・・・・・・・・・・・簡単ですね。ふつふつとした怒りを理性で抑えてるだけなのです。
ちょっと、シュチュエーションを日常的にして、当人の人生観、生活の気概に関しての言葉も、裏を多く含んでることも多いです。例えば、 「まるで、パートみたい。」と自ら切り出して言うのには、「本職(天職)のつもりも有るの。」という本気の意味・満足度も含まれます。”まるで、”という言葉の例えてる例が、”これから逆になります”という、宣言の意味になってるのです(もちろん、行動(癖(くせ)・(斜め上に視線を外すなどの)目の動き)・表情・抑揚にもよります。普段との違いが、防御本能であり、内面を隠そうとしてる証拠です)。 一般的に、パートをしてる人が自分で、”パートに行ってきます。”と言うよりも、”仕事に行ってきます。”と自然に話すことが普通であって、雇用形態によって自分で区別する方が希(まれ)なはずですよ。これは、生活の糧(かて)がその仕事であることを、逆に意味してるからであって、学生の人が”(アル)バイト行かなくちゃ。”などと言える、学業を本業にしてるのとは、立場が違うことを、内心で区別してるためです。その証拠に”パートと立場が同じはずの、契約社員の場合”、自分で”契約してる仕事に行ってくる”とは、言わないでしょう。雇用形態は大切でなくて、仕事をしてる状態こそに、その大切さが有ると、内心で理解してるためなのです。 したがって、ぷー太郎・ぷー子の場合の”バイト”と言うことには、本業の決まってないことに対する、後ろめたさが内心であることになります。積極的な”フリーター”の人のみ、こう人達は「仕事に行く」と自ら言ってるはずです。
またまた、良い例を思い出したので、追加します。 それは、久しぶりに再開した時の会話で、「まあ、いつまでもお若くて、おきれいで〜」という言葉です。ここまで来れば、簡単ですね。 これには、「もう、確か、いい加減な歳なはずなのに」「結構、歳が行ってるはずなのに」(格好が若すぎるんじゃない?派手すぎるんじゃない?)という接頭語が見え隠れしてるのですよ。 誉め言葉も、言い回し、会話の流れによっては、逆効果の印象を与えかねません。友達ならOKかもしれませんが。
また、交際の話に戻して、 (ストーカーに拡大解釈されても困りますが、)仲の良い、付き合ってるカップルがケンカする、もう少し、過激な場合、 「バッカじゃない!もう良い加減にしてよ!」という言葉には、普段の接し方と無意識に比較を行っていて、「あなたは、普段はもっと賢いでしょ。だから、早く、しっかりしてるあなたに戻ってよ!あたしも、もう、いい加減に止めたいんだから。」という思いが入っています。 こうやって、考えていくとケンカしてても、あんまり後を引くようなことは、無くなりますよ。
あるTV番組の「男女の会話の違い」(タッグクエスチョン)で、面白い例をやっていたので、付け加えて解説しておきます。 何か、女性を下に見てる内容にも見えたので、余り好きでは有りませんが、とりあえず、それは、置いておきましょう。 デートを男性が仕事でドタキャンする、という設定で、(女性がキャンセルする場合だって有るでしょうに。) 「私と、仕事と、一体、どっちが大切なの?」という、文章を変換していきましょう。(こんな消極的なこと言う、女の子がまだ居るの?) この疑問文をまず、相手に聞いてること・尋ねようとしてることを、自分に言うように(怒りや疑問ほど、相手に言う前に、自分にも聞くべきです。)、逆にしてみると、「私も、仕事も、大切なのは分かってるよ!」という宣言になり、この後に続くであろう、本当の感情が見えてきて、「分かってるけど、じゃあどうする気なの?」という怒りや意地悪の気持ちと、「そんなのは、分かってるけど、私の会いたい気持ちも分かってよ!」という願望・宣告が出てきます。 つまり、この言葉を言いたいあなたは、本当なら、素直に「じゃあ、いつ会えるの?」と聞くか、「この償(つぐな)いは、後でしっかりしてね。」と頼むとか、などになるということです。 また、男性で論理的に言えば、「どっちを取るの?」という問題の起因(彼女の怒り)は、あなたが、デートをキャンセルしてしまったことに有る訳ですから、怒ってる相手を前には、文句・苦情は全て受け取って、素直に誠実に謝(あやま)って、代案を出せることが、男性としてのベターな処理でしょう。→
これ、仕事の問題でなら、男女共通ですよ。ってことは、この後に続きますが、これも、男女の違いって言うよりは、気配りが出来るか、出来ないか、と言うことでも有るのですけどね。 対等の立場なら気をそらすことが有効ですが、自分がミスをした場合や、お客様の場合、立場をわきまえないと余計に怒りを買います。男女関係においては、常に「自分は悪くない」という思い込みが働くので、冷静に判断することも必要です。 自分の過ちなのに、”まあまあ〜”なんて、言い訳たっぷりにやったら、絶対駄目ですよ。 また重要なことで、ここの方法の神髄(タッグクエスチョンの分析)は、相手の怒りの源泉が何処に有るかを知るための方法です。 感情論・当事者だけであれば、ストレートに使えますが、ホステスの客取り・縄張りなどのような、目に見える経済的価値等の対価が絡む場合、先ず始めに現状を論理的に把握するのが、当たり前の方法です。問題がこのように複雑になればなるほど、論理的アプローチによって経緯を共有しなければなりません。その経緯と結果の両方に感情が乗ってしまってるのです。だから、結果だけの対処では駄目なのです。 その怒りに対して、当事者であるのか、第三者・管理者であるのかで、共有しなければならない経緯・感情が別に有るのです。
→ただし、何度も同じことが有れば、スケジュールの管理能力を疑われるのは、仕事でも同じ事。回数を重ねると、殆どの場合は、お互いの心(信頼感)を繋ぎとめるのは難しくなるでしょう。 でも、まあ、私なら、”遅くなってからでもいいよ”とか言うと思うんですけど。 好きな人に会えるのですからね(会えないことを前提にしてるから、本当に別れてしまうのです。だから、好きなら、積極的にセッティングを試みるべきなのです)。
自分に聞いた方が良い例としては、 例えばこの季節(おっと危ない。イベントネタは扱わないことにしてるのです。出来るだけ季節に制限されない行動を提案したいからです。)、告白相手に迷うことも有るでしょう。みんなが相手を選んでるのにつられて、慌(あわ)てることも多いでしょう。 「あー、ひとりの人に、決められないの〜。」なんて、友達に言って悩むことも有るでしょう。 これ(宣言)を同じように逆に自分に聞くと、「一人に決められないの?誰が好きなの?」と聞くと(疑問)、答えが直ぐに出ないなら、本当に好きな人が、今は居ないことも見えてきます。 この疑問を否定疑問(逆の聞き方)にも変えてみます。すると、「一人に決めたくないの?誰も好きじゃないの?」と変わり、より一層、自分の心に聞けるはずです。 つまり大概は、「決められない」のではなくて、決めたい情動がまだ無いからなのです。決め手が無いから、好きな相手じゃないから、決められないだけなのです。 人を好きになるって、相手も絡むこと。そんなに簡単でも有りません。 だから、逆に、慌てることもないのです。好きになることと、相手を選ぶことが、一緒ではないのです。
さらに、同様な例を続けると、 例えば、あなたが仕事や学校で憤(いきどお)りを感じたり、精神的なダメージを受けるような失敗が重なった場合、恋愛にも勘違いして、交際相手に、度々電話などで言ってしまうであろう、とても誤解され易い「(いつも以上に無口な)もう疲れたよ」などは、その後に続く言葉が、今の自分の欲求になります。 否定的な言葉を言い放ったまま止めると、受ける側は不安をかき立てられて、根掘り葉掘りされて、自分の傷だけを広げて、二人の関係を壊してしまいますよ。 人間関係は、気の抜けること=癒(いや)されることが一番。 このままでは別れてしまうことも有るかも知れません。 後に続く言葉を「だから、どうしたいの?」と、自分に聞くと、「話を聞いて欲しい」「一緒にいて欲しい」「側にいて欲しい」など、感情的欲求(後述してます)が初めて自覚できるはず。 疲労感が、会いたくない感情に自分自身も結び付き易いから、注意です。 うっかりでも、否定的な言葉を発してしまうと、本当に不幸になってしまいますよ。 一呼吸置いて、自分の本当の奥に有る気持ちを伝えて上げましょう。 前の言葉だけを言うより、後の言葉を言う方が、親密になり易いのは明白なのです。 具体的に言えば、結婚問題(マリッジブルー)などの重要な悩み事を、相手に打ち明けるような場合、 基本的には、”Yes,But法”が良いです。例えば、
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「私は、あなたを信頼もしてるし、愛してもいる(Yes)けど(But)、・・・・」
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Yesの部分は、”−こういう−ときのあなたは”とか、具体性を持たせて上げると、嫌味には聞こえにくくなる。嘘(うそ)じゃいけません。 次に、具体的に今の気持ちを続けます。
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「将来、一緒に暮らせるか、とても不安なの。怖いの。−<具体的理由。−つまり、これを自己分析できる事が重要なのです。>こうされるとき、こういうことで、こう怖くて、動けなくなっちゃうの、何も考えられなくなっちゃうの−。それを1人で悩むことが辛いの。」
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理由−これだけを言うから問題が大きくなる。 さらに、欲しいものに続けて、
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「だから、一緒に(or
あなたから)安心したいの。」
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相手を意識してる事−頼ってる事を、して欲しい事の前に置く。理由の部分の”1人で”は、ここを強調させることが出来ます。もちろん、嘘じゃいけません。 さらに最後に、”Yes”で、
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「でも(But・But=Yes)、将来もこのまま一緒に居たいから、ここまで打ち明けてるの。悩んでるの。分かって欲しいの。」
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などとフォローして締めくくれば=好転させる・プラスの気分にさせること・明るい未来になることを付け加えれば、相手がむっと来る事無く、気持ちを分かってくれるように、コミュニケーションの努力を、してくれるようになります。ここも、嘘じゃいけません。
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まあ、これも気配りなのですが(恋愛だけじゃありません。いきなり否定で本文に入る人の、気がしれません。コミュニケーションは議論じゃないよ。もし、自分が、いきなり間違ってると指摘、否定されつつ、その後でお願い、依頼されたって、絶対答えるわけ無いじゃん!普通は、先に相手を認め誉めるものでしょう)。これは、答える側も全く同じこと。大切な人であれば、そんなの当たり前。たとえ限りなくNoに近くても、Yesになるような方法を提案し返すべきです。 ここまで深刻でないものや、自分でその不安→希望をある程度絞り込めていて、コミュニケーションが上手く行ってるカップルなら、前半の理由までを省略して、希望とフォローを一緒にする方法も有り得ます。例えば、「−<希望>こう−してくれれば、もっと−<誉め言葉>好きになる・良い・かわいい・頼れる−のにな(もちろん、嘘や、”嫌いになる・別れる”など脅(おど)し・怒りは駄目)。」と、やることです。簡単なものなら、これでも十分です。相手を否定するやり方は、余り利口じゃないのです。 その相談をすることによって、より良い結果を導こうとするなら、疲れてくる夜は最悪で、しっかり朝食を摂った、起床後3時間以降で昼食の1時間半以上前(朝方−”朝食を一緒に”、と言うのは、意外に良いかも。現代家族に抜けてるものもこれなんですよね。breakfastには、眠気を取る意味と、膠着(こうちゃく)した関係を打ち壊す意味も有る。それは、脳が飢えてる状態から、満たされることに=気持ち良いということに、他の事象もひっくるめて良いように解釈してしまう働きが有るため。ポジティブに建設的になれます。昼食会も同様。−)か、または、昼食後くらいの、一番理性が働く=イライラしない時間帯を、選んで相談(でも実際は、この時間帯に会えない人達のトラブルが多いものです。告白する・口説くには、理性が外れてくる夜が良いけど、その反面、夜間は、感情が表に出易い事を覚えておきましょう。)時間帯を、選んで相談しましょう。 不安の大概はコミュニケーション不足。お互いがお互いの事を分からなくなってる事が原因。 分からないなら、分かり合えるように、コミュニケーションすれば良いだけのことです。 ただ、コミュニケーションって、単純に言葉だけのことでも有りません。口下手なら行動で表す以外に有りません。■なぜ?不安を余計に掻(か)き立てられる言動を取ってしまうのか?■性的な攻撃の意味 また受ける側から見れば、もう一度言いますが、会えなくなること・別れることを前提に考えてしまうから、本当に別れてしまうのです。根掘り葉掘りすることは、自分達を繋ぎ止める信頼をぶち壊すことと同一だと肝に銘じましょう。あなたが付けてしまった、信頼関係への?は、相手からもあなたに対する?で返ってきます。
つまり、実際は、人に言いたいことが有るなら、先ず”自分にはどうなのか”を考えて、一拍置く方が良いのです。感情的になればなるほど、こじれるのは当たり前なのですから。
もっと簡単に、交際相手に会えない状況で言われる、生返事(なまへんじ)・空返事の後の「また電話するね」や「か・な・ら・ず(強調された”必ず”)連絡するわ」は、殆(ほとん)ど望み薄(うす)であることが、理性では判断出来るはずです。 ここで、執着して”嫌な奴””ストーカー?”と呼ばれるか、自分を制して、”あいつ、頭いいな””分かってくれてるんだ”と相手に思わせるかでは、自分の相手からの価値・評価と、その後の成長が全然違うのですよ。自分と相手の立場を入れ替えて、良く考えて行動するべきです。 本当に、相手の方は、引き止められることを望んでいるのか、考えてみるべきです。
特に「好きな人が出来た。」とダイレクトに言われるのは、別れの言葉であることを、しっかり受け入れる必要が有るでしょう。「それでも良いから、付き合って。」と思えば、これは、自分が”都合の良い女”宣言をしてしまうのと同一です。当然彼は、形は別れたりしないで、体の付き合い(本当の気持ちから見れば浮気)は続けてくれるかも知れませんが、それでも交際相手の心は、初めの宣言の通り、他の人に移っているのです。 交際相手の、自分の次の相手の存在を自分が知らない状態で、すでに今の自分が、次の人に負けていることを忘れてはいけません。 今の自分のまま−今の愛しかたでは、自分の好きな人に、愛情は届かなくなったのです。 このままの関係を続ければ、前述のように必ず別れてしまいます。 こういうときこそ、ほとんど復縁は望めないのですから、追いかけ回して、元交際相手の時間を、無理矢理奪(うば)うことはせずに、冷静に間を置いて、お互いにお互いのこと(自分自身)を良く考える時間を作るべきです。 彼から見て、”都合の良い女”宣言をしてしまうあなたと、今好きな人との価値を比べれば、また、冷静になってるときに自分と比べてみれば、宣言で落ちてしまった、惨(みじ)めな自分の価値では、彼の好きな人には、簡単には太刀打ち(たちうち)できない、勝てない、と考えられる、覚(さと)れるはずですよ。 交際相手の裏切りに腹が立つ(「別れ」を受け入れられずに、追い掛け回す原動力はここから出ている。本当は、最高の仕返しは、自分自身が最高に幸せに成る事。)裏切りに腹が立つかもしれないけど、逆に言えば、自分の今の価値や輝(かがや)きを落とさないようにするしか(現実的には、相手より下出に出てる内は絶対無理で、相手が復縁を迫っても、しばらくは、喜んだり・ウキウキしないで、電話で話を軽く聞く程度に止めておき、その間に自分の輝きを増して、相手よりも上の存在・先生みたいになって、逆に相手の過去の過(あやま)ち・浮気したり裏切ったこと(あなたに”復縁を迫る”ことは、今の相手をも、また裏切ってること)を、怒(いか)るのではなく、優しく叱(しか)るように諭(さと)せられるような存在にならなければ)するしか、復縁のチャンスはないものです。 でないと、何度復縁しても同じ結果になります。これ、浮気の対処方法も全く同一です。 ■自分の気持ちを分かってもらう方法
”昔は、泣いて別れを拒(こば)んだけど、今は、そんな自分ごとをも拒められる。” これが、自分の価値を高める唯一の方法です。過去の、自分の付き合い方、相手に対しての依存(いぞん)の仕方(全く希望を受け入れなかったり、全部受け入れるのは、行き過ぎ。”持ちつ持たれつ”が基本です。)を省(かえり)みて・反省して、相手より早く大きく、自分を変えることなのです。 人間的に大人になって行くあなたに、誰もが好意・魅力を感じないことはないでしょう。これがポイントですよ。過去の自分より大きくなってる自分が認識できれば、自信も湧いてきて、さらなるステップアップも可能です。 だから(後述していますが)、失恋を怖(こわ)がってはいけないのです。 それは、自分のハートのステップアップを止めること。 恋愛なら、途中で相手が離れて行くのは、良く有るものです。分かっていたとは思うけど、それが、恋愛というものです。 あなた自身で考えても、先に彼を嫌いに成り得る可能性の有ることは、十分承知していたはず。逆に考えれば、彼だけしか好きにならなかった訳ではないのですから、未来も”好きな人が全く現れない”なんてことは、まず有り得ません。 別れても、一人に執着(しゅうちゃく)してしまうのは、未熟(みじゅく)な自我(じが)によって、自分の欲求・目的に正直になってないことでもあるでしょう。 未熟な人間だから、物欲一杯の、ストーカーのような性格は嫌われるのです。
結局、自分の奥底の感情を感じることです。素直になることです。自分の弱さや悪い所を、認めてさらけ出せる勇気を持つこと。相手に好きだと言わせる前に、自分で言える勇気を、嫌みにならない程度に持つべきなのです。”女は度胸”ですよ。 信頼できる関係に成りたいなら、こういった言葉の飾り・お化粧は無意味ですよ。 ポイントは主語「私とあなた」「自分とみんな・他人」など、の、逆パターンと、伝えたい感情の裏表「好きと嫌い」「命令・宣告と願望」「希望と問い掛け」「気にしてることと気にしないこと」「同意と否定」など、の、逆パターンですよ。名詞の場合も感情に近い言葉は、逆にすることが出来ます。直前の「パートと正社員・本業」などです。 この方法は、相手を主に分析する方法ではなくて、基本的には自分の心をはっきりさせる方法です。
(ここにも一例を追加してます。「頭で」と「本心」)
「これが、当たり前だよね。普通だよね。いいんだよね。」なんて自分で思うなら要注意です。それは、違うってことが意識されてることの裏返し。本当に普通に思うなら、イメージもしないものなのです。
簡単に言えば、”先生・師匠(ししょう)”という言葉には、見下(みくだ)す場合・調子の良い場合には、逆に”馬鹿(ばか)”にする意味も含まれるでしょう、ということですよ。”泣かないで、泣かないで。”と強調して言われれば、本当は、泣いてるあなたをもう少し見ていながら、慰めている自分の存在意義を確かめ、優越感に浸りたい心境も含まれてるのです。これは、”かわいそう〜”と言うのも同じです。 ケンカを止められ・止めようとするとき、また、怒りをなだめ・なだめられるとき、言われる言動に逆らって行動すること(リアクタンス理論(心理学でいうブーメラン効果))を、高校生にもなれば普通に体験し、理解もしてるでしょう。 つまり、それに薄々気が付いていながら、自分でそれを、何故、言ってるのかと言うことでも有るのです。
(こちらなどにも関連しています)
つまり、自分が言ってる意見・行ってること、と言うのは、自分の奥底に有る二面性に必ず影響されていて、本心は・実際のことは、現実にその立場にならなければ分からないことなのです。 ですから、「したいときが適齢期」と言うことについて、もっと広範囲に判断すべきでも有るのです。 独身を遅くまで続けて行けば・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・考えてみて下さい。 早く結婚するのも”アリ”だと深層心理で自分自身には思うからこそ、逆に他人には、「したいときが適齢期」と言ってしまえるのです(私は、こういうことを平気で言えて、その人の二度と無いチャンスを逃させてしまうことが有れば、最低最悪の罪(つみ)だと思います)。本当なら、人生の岐路(きろ)に関わることに、簡単に意見できないことが、親身になるなら当たり前のことでしょう。”他人事だ”という処理が、脳の奥底ではされてしまっているからなのです。
私ならこう思います。 付き合っていて、別れと関係を深めることで悩んでいるのなら、”同じ恋は二つ無い”。 その可能性も、当人どうしにしか答えが出せません。 (ここの一連の文章を読んで頂くと、ヒント・手がかりは転がってるかな?) 付き合っていない(告白のチャンスが作れる)のなら、”同じ時・チャンスは二度と来ない”。 中学生には中学生の、高校生には高校生の、それぞれの年代に合った恋愛が有るように、歳と共に恋愛のタイプも変えるでしょう。簡単に言えば、40歳前後になって、学生の頃のような’きゃぴきゃぴ’した付き合いも、とてもし難いでしょう、ということ。 あっさりした付き合いが好きなら構いませんが、それでも、デートのタイプは色々制限も出てくることでしょう。 したがって、若い頃の付き合いを思い出に・・・・というのも難しいです(全く出来ない訳でも有りませんが)。 ホルモンが減少する以上、情熱(心理・精神)も老化するのです。40・50歳で大学受験に余りチャレンジしようとしないのと同じ事です。 でもとにかく、自分でチャンスを作って、自分で話し掛け・られない・ような人にとっては、この年齢の制限は遅くなれば成るほど、のしかかって来るのが現実です。 なぜなら、活動的な良い相手ほど、先に他の人に取られて行くのが関の山。 影で上手くやっていた友達に気付いて、ハッとするようでは、自分の現実を受け入れなさすぎです。 ■ただ告白には、前述のような問題も有る。
まあ、一生懸命、仕事に打ち込んでる人、本人が、気が付かずに、全く気にしない事、口にしない事が、本来そう(したいときが適齢期と)言える事であって、結婚という言葉を自ら使う以上、逆説的な意見も否定できない事が、本当の事なのです。気にしてるからこそ、言ってる・言えてしまうのです。 人の感情からの言葉・行動には、色んな大きさの”あまのじゃく”が住み着いています。それが内面の二面性です。色んな顔を持つものです。 光が当たってる所も有れば、必ず影も出来る。 人は、強調したいことと、隠そうとするウソのことを、自ら無意識に会話で提供しようとするのです。
これで、直前の「人は死ぬために生きてる」だの、「別れるために付き合う」だのが、いかに、内面を隠してるかが、読めませんか? これを、逆にすると、「人は死にたくないから、生きてる」のですし、「別れたくないから(一人になりたくないから=自分の家族を得たいから)、付き合う」という、極々自然で当たり前の結論に変わります。 これでも、前述の人生観が正しいなんて、思えますか?
「せっかく、ここまで待ったんだから、妥協しちゃ、もったいない。」なんて、30歳前後で(無意識に、お互いが安心するために)言っていたりしますが、これも、全く同じで、とても嘘に近いです。 妥協しない、人間関係は存在しません。交渉・折衝はもちろん、純粋に愛し合うものどうしの結婚生活でさえも、お互いの妥協をせざるを得ないことが本当です。→
意外に忘れがちでも有りますが。 自分が重要だと思うことに限って、相手もそれを共有できないことは、多いです(重要だと思わせてるのも、執着が原因のこともあるから。”こうしなけりゃならない・こうでなくちゃいけない”というものは、執着にも成り得るのです。例えば「セックスシンボル(乳房・男性器)が大きくなくては」、好みで良く言う「背が高くなくちゃ」、と思うのも、度が過ぎれば執着ですよ)。たとえ、好きな人どうしでもです(共有できないことが多いこと)。それが、さらにその人の親にでもなればなおさらです。 本質的に違いを認め合ってないから、余計に折り合いが悪くなるのです。同じ言葉でも、他人から言われても腹が立たないことが多いのは、その証明。 これは、違う人格だから、多かれ少なかれ誰にでも有ること。 これを、ただの言葉の’価値観の違い’で逃げて(こう簡単に言うほど、価値観の定義が分かっていないもの。実は価値観なんて実態が存在しなくって、単なる自分のわがままが通せるか、または、通らなければ自分が納得できる理由が有るか、そうではないかの違いでしょう。)、関係を諦(あきら)めては、本当に元も子も無くします。 答えが出せないことも決してないでしょう。 誰のためなのか? 誰の何を守りたいのか? 結論を急がずにゆっくりゆったり構(かま)えて、できるだけ大らかに話すことですね。 散々(さんざん)付き合ったはずなのに、価値観の違いも、おかしくは、ない?
→それを、最初に、付き合う前から、言ってしまうのは、某独裁国家の外交と全く同じで、何を言うつもりでしょう。 それより、何より、そう言い合ってる友人どうしでも、妥協することが多いのではないですか? 完璧な人間はいませんよ。そういう自分は、どうなのでしょう。 話し合うって、コミュニケーションを取ることって、自分の執念(しゅうねん)を貫(つらぬ)くことじゃないのです。 人間関係における執念は、執着そのものです。執着とは欲望自体に虜(とりこ)になること。しがみついてること。がっついて見える内は、誰も認めてはくれません(後ほど説明)。 でもまあ、こう言う人に限って、結婚式で投げられるブーケに、我先に血眼(ちまなこ)で飛びつくのも見かけますね。話すこと=意識してる=気にしてる以上は・・・・ですよ。 つまり、この発言は、自分が焦(あせ)ってることのそのもの。 だったら素直に、自分で準備できるように、正面に向き合うべきなのです。 それ以外に、もやもやしてる不安を取り除く方法は有りません。
ここ、重要ですよ。
シングルマザーを目指す人の場合、確かに生理的・根源的な欲求も存在しますが、「子供だけでも欲しい。」と思うのは、子供が純粋無垢(じゅんすい・むく)な愛情の対象としての意味の通り、子供を愛することによって、子供だけではなくて、さらにそれによって、自分をも、純粋に愛し返されたいという欲求を代謝してる結果です。 「子供だけが欲しい。」のではなくて、それは、「子供を全身全霊、愛したい。」、ゆえに逆に「子供から、自分も愛されたい。」=「現在の愛されていない自分を、もっと愛して欲しい。」=「人に愛されたい。」ことに繋がっていきます。 この、裏側の強すぎる愛されたい欲望は、度々(たびたび)、こういった殆ど無意味な、自分の奉仕先(貢ぎ先)を求める・作り上げる事で代謝されようとします。 この辺は、ちょっと難しいでしょうか?でも、親に愛情を感じなくなる反抗期や、かなわぬ愛が終わろうとするとき、彼氏と別れた後には、むくむくと欲求が出てくることが、その証明になるでしょう。 愛情の対象が欲しいのではなくて、その逆であることが多く、自分がその愛情の対象にされたいだけなのです。→
体の不自由な、殆ど寝たきりの病人が、元気なペットを飼っていたり、外で遊ぶためのラジコン・模型飛行機などを作って、枕元に置いたりするのも同じです。 自分が、満たされないことを内心では認めているから、こういった第三者に自分の代わりをしてもらおうとすることで、その欲求を代謝させているのです。どちらも、自分が外で飛び跳ねたいことを代わってもらおうとしているのです。
→これに、自分で答えが見つけられないと、悲惨極まりない人生になる場合も有るでしょう。 いつまでも満たされる訳がないですからね。 例えば、一人子供を産んだ後に、またまた、シングルマザーでその子のために兄弟姉妹を、と考えるものです。でもそれは、母親自身の身勝手であって、子供自身のことを本当に100%考えての、子供のための、純粋な決断ではないことに、自覚が必要なのです。 人から愛されたい自分が見つかったなら、先ず、あなたが誰かを愛するべきなのです。
誰からも愛されない、誰も愛せないとか言って(本当は、そうではなくて、愛したいと思うことの感情の悲鳴でもあるのです。こういう人の殆どは、自分に無理矢理理屈をくっ付けて、愛情の受け取りを拒否してるだけ、人間同士の繋がりを拒絶してるだけであり、一番親しい人にだけに、その受け取り先を求めてるに過ぎません。)、そんな過(あやま)ちを少女期から思い込んでしまって、 (友人どうしで)「将来、一緒に暮らそうね。」など言うのも、その場の雰囲気で、表面上は、(ここが大事)本当にその時はそうは思っていても、実は、本当にお互いを愛してる−本当の家族愛が有る、というところまでには、なかなか到らないことが現実でしょう。愛が有ると言うのは思い込みであって、お互いのために簡単に犠牲(ぎせい)に成り得ないことが、その証明になるでしょう。進路が絡めばはっきりします。さらに、言われる方に、好きな人が本当は、いたとしたら、あなたのそんな言葉は、友達にとって迷惑になるでしょう。 友情は友情であって、愛情ではないのです。 本当は、恋に破れて傷つくことが受け入れられないなら、背伸びして大人の恋愛をするのは、やっぱり間違いでしょう。また同様に、失恋の直後に、自分の存在や二人の関係を、前述のように省(かえり)みることが出来ないうちに、新しい恋に、孤独感を打ち消そうと頼ろうとすること=恋愛自体に依存するのも、同じく間違いです(理由は(ここなどで)前後述しています)。 女性には、大人としての付き合いをするとき、必ず妊娠の可能性の有ることをも忘れるべきでは有りません。赤ちゃんが出来てしまった過去は、絶対に変えられないのです。まず、人間同士としての関係を深められる自分・価値観をしっかり持てるように経験を積むべきでしょう。これは、授業を受けてるだけでは得られません。 自分が人間的に幼すぎて、相手に流され振り回されてばかりで、尽(つく)してばかりで、別れさせられるから、単に性的に利用されてるように思えて、悔やまれて、傷が深まるのです。■みんなそんな焦(あせ)って、恋愛を急いでるわけではないことを、忘れないで下さい。 ゆったり構えて、分かり合えば良いんですよ。急ぐことは有りません。楽しめる時期には、楽しいことのみをすれば良い。それだけです。無理して大人の関係−身体の関係・肉体関係−セックスをする必要、やってしまう必要は、全く有りません。学生で居るだけで、本来は拒(こば)めるし、拒んでも良いし、あなたのことを本当に愛してくれる人なら、それを、簡単に理解してくれるでしょう。性欲以外に安心させる方法は、いくらでも有ります(後で出てきます)。 また、親友で、本当に自分に愛情を持ってくれるなら、逆に、時には嫌(きら)われる寸前になるような、慰(なぐさ)めるだけの良い子にはならずに、傷を舐め合う(なめあう)ことはせずに、親のように、強く、自分を本来の姿に導(みちび)いてくれることでしょう。 友人なら、そう有りたいものだと思いませんか?
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何も、結婚する形が全てでは有りません。内縁の形も有る事でしょう。 しかし、外国の文化を見る限り、結婚していなければ、人間的に大人として、社会人として見られないのも本当です。これは、男性に対しても、既に国内で再就職する際のキーワードになったりもします(会社の質によっては、扶養などの給与面での逆の意味も有る場合も有りますが)。 繰り返しますが、結婚が人生の全てではありません。だけど、普通に人生を送りたいのなら、結婚が一生の殆どだと言っても誰も否定できないはずです。特に普通の女性なら、子供を産める能力を持つ、前半の半分の時期にしか、チャンスが無いのが現実でしょう。 したいときが適齢期ではなくて、自らチャンスを作らなければ、進みようが無いのは、他の人生、受験や、進学、就職と、全く同じことなのです。 人生を豊かにすごすために、大きなターニングポイントが存在します。それは、 最終学歴(学友)の選択、職(しょく−同僚)の選択、伴侶(はんりょ−家族)の選択です。 この三つです。この全てが、人付き合いを変えるものであり、それぞれが、因果関係を持つものです。 あなた様はどこまで選択が済んでるでしょうか?
試験勉強もせずに、誰も次のステップには、進めません。誰でも、次のステップへの準備が要るのですよ (お茶やお花じゃないよ。まして、英検や漢字検定でもないですよ。独立できる、ハート・人間性、生活能力のことですよ。つまり、相手に対する思いやり、心使いのこと。女も男も、日常的に、かいがいしく、人の世話が出来たり−迷惑にならないよう、邪魔にならないよう、相手のことを察する能力を、経験し、学習し、身に付ける必要が有る。小説を読んで想像力を身に付けたり、映画などで、人の心に深く感動しておくのも大切ですし、それを友人などと、感想や主人公の気持ちなどを、ディスカッション・議論するのも大切でしょう。それが、想像できて体験できてない人が、行うことは絶対に出来ないからです。人から子供っぽいと言われる場合は、この相手の気持ちを考えられる想像力・洞察力が足りないのです。何を求められてるかが分かっていないから、”あれやって・これやって””ああならいい・こうならいい”と、自分で求めてばかり、お願いばかり、自分の世界・思い込みから出てこないから、子供っぽいと言われてしまうのです。−人の世話が出来たり、気配りが出来たり(仕事をする上でも、人付き合いでも、必須ですね。)、ペットや植物の面倒が見れたりするような性格の人の方が、圧倒的に良い相手と早く幸せに成れる率は高いでしょう。見た目の人当たりも、全然変わるのですよ。ペットは言葉を持ちません。翻訳機なんか使わずに、いかに健康状態や欲求を見抜けるかで、基本的な生物としての、根源的な欲求に対して、直感的に思いやりが働くようにも成り得るのです。 当然、人の世話が出来るような人は、その自信が人から与えられてる事を肌で感じていて、自ら進んで人の好意にも与られるからです。 人に嫌われないようにするには、全てをやってしまうのではなくて、プライドを傷付けないように、信用して色々手伝ってもらうこと−相手の方が自分にとって必要であること、その大事な人だという、必要性の演出も、必要なのです。これだって、気配りです。 また、プライドを守って上げるためにも、全ての話を最後まで聞きましょう。意見が有れば、その言ってくれた努力に対して、多少でも、それを誠実に受け入れるように努力してみましょう。 良い所に目を向けて、自分に関係してくれたことに、もっと感謝(かんしゃ)しましょう。 ありがとう、と言いましょう。 え、これを知ってるって?それじゃ、とても幸せでしょう?もっと感謝すると、もっと幸せに成れますよ。 そうそう、究極的には、さらに、大切な人の行為=好意には、精一杯、目一杯の、自然でさりげない感謝を忘れないことに尽きるでしょう。(これに気が付けるあなたは、やっぱり、さすがですね。こういった女性的視点のはずでも、出来る人は意外に少ないのですよ。自分のためにしてくれたことなのに、お出しすることはもちろん、”お茶して行ってよ”の、簡単なプログラムであるはずの一言も、普段の肩書きやらプライドやらで、なかなか言えない。自分で好意のループを断ち切れば、それは簡単に関係も壊れますよ。わずらわしくない、楽な方向には簡単に進みます。 逆に言えば、心遣い(こころづかい)は本当に、恋愛(というより、人間関係)の最終兵器でも有るのです。
「就職の過程に見る、人柄が良いことって?自分を磨くって?」は、ここ
交際相手のみではなく、その友人にも気遣いが出きるようになったとき、その友人をもてなす好意・優しさは、交際相手を癒(いや)して、絶対自分にも必ず帰って来るものです。しかし、先に延べたように、多くの人は出来にくいのでご安心を。 これをこなせるようになったあなたは、ルックスのみで言い寄るライバルを簡単に蹴落(けお)とすことが出来ます!たとえ、お目当ての相手に選ばれなくても、もっと良い相手に選ばれる結果に成る事でしょう。) だから、(これから現れる)大切な人のために、普段から感覚を磨いておく必要が有るのです。 いきなりなんか出来ませんからね。 まずは、小さな心遣いから始めましょう。こう考えると、仕事での心遣いも馬鹿に出来なくなるでしょう? そんなあなたを見てる人は、意外に逆に多いものです。
特に、愚か者(おろかもの)は、人の言葉を聞きません。自分だけの世界観から出てきません。人の話を聞けないから、さらに悪い事態(じたい)になっていくのです。 ご興味が有れば、生放送・公開番組の人生相談番組をしばらく見続けて下さい。内容は全く学ばなくて良いです。参考にしなくて良いです。その話され方のみに注目して見続けて下さい。全員では有りませんが、はっきり分かりますよ。<それにしたって、(性)犯罪が、問題の原因・起因に有ったり、法律問題にまでなってることを、みのさんに聞くのも、いくらなんでもおかしいですね。だから、私は「家族を作るきっかけが不幸なら、その結果も不幸になる。」って、言ってるのですけどね。その選択の思考方法がすでにおかしい。これじゃ、おしゃべりに付き合わされる方もかわいそう。> 例えば、別れを宣告されたときに、何回会っても、相手を説得するのは、もう無理だと思うべきです。その時に出来るのは、あなたが自分が納得できる理由を聞けるかどうかだけ(中には、女性自身が大好きな、一番簡単な別れ言葉の’価値観の違い’を言う人もいるでしょう。この時に、自分がそう言い渡される時になって、ようやく、その言葉で逃げることがずるいことであると気が付くもの)なのです(外見の理由なら本当の理由では有りません(だったら、初めから付き合わないでしょ?実際は、それにまつわる理由が本心には有るのです。 例えば、胸。コンプレックスゆえに、自分から積極的にセックスしていなかった・悦(よろこ)べていなかったなどは、なかったですか?コンプレックスゆえに、本心で遠慮(えんりょ)なく相手にぶつかって、付き合えなかったことはないですか?そういう自分を抑(おさ)えて隠(かく)すことに、”何隠してるんだ?”と、余計に相手の不信感が募(つの)って行くものです。
だから後で、自分も交際を楽しめるテクニックの一例を扱っているのですよ。 10代の交際はとても楽しい。はしゃいでも、誰も悪く言いません。 それは、大人になるしがらみが無いから。見栄も少ないから。 大人になることは自分を隠していくこと。感情を押し隠すこと。 それゆえに、好きな人どうしで、感情を隠さず付き合えることに、特別な価値が出てきて、お互いにそれを求めるのです。
また、自分の自信の無さは、自分の粗探(あらさが)しだけでは済まなくなって、鏡の前の自分に対する思考で、自分の見えるものすべてに、相手にも接してしまうようになり、相手の欠点を闇雲(やみくも)に突付いて、お互いに低い方へ、低い方へと、導こうと、悪循環が出来上がります(これだって、自分のしてることが自分に返ってるだけ)。前述の二面性の所で、”価値が稼ぎに有る”と思うことと同じく、人を判断してる基準が自分自身にあることを忘れると、だから余計に、”自分を棚に上げて、何言ってんだ?”ということにもなるでしょう。■ここの話にも繋がります■悪循環を断ちきる一歩はここ ただ、だからといって、全て我慢してしまうと、まかり間違って、自分たちの愛情の向上心を奪ってしまいます。ここで言ってるのは、正しいことを意見することではなくて、人の粗探しや、揚げ足取り(あげあしとり)に終始することや、さらにその揚げ足取りのし返しのことです。つまり、(度々使いますが)バランスの問題ね。 この両者を混同するのはナンセンス(プライド・自分の社会的地位の高い人ほど陥(おちい)り易い。違う視点の考えを拒みます。)ですが、後者において、人の欠点が気になるなら、”人の振り見て我が振り直せ”で、自分にプラスとして、まず、取込むべきです。 もし自分が言われたら言われたで、素直に受け入れるように努力して、感謝しましょうよ。 って、直前で言ったばかりですよ。→
もし、どうしても文句が言いたいなら、最低15分間はしっかり待って考えて下さい。理想的には一晩以上が良いです。何故かと言うと、興奮してる状態のアドレナリンを、アセチルコリンが押さえるように作用して、冷静さを取り戻せるからです。これは、反論する場合も、メールさえも同じですよ。 怒りは、なるだけ時間を置いてから、外に出すべきです。カッとなるのは、半分は過ちを認めてる証拠でも有るのです。 また男性は、知ってる人も居るでしょうが、そう言う言葉を吐き出すときは、必ず両手をズボンのポケットに入れて言って下さい。親御さんはお子さんに、それを教えて上げて下さい。 こうすることで、暴力で言うことを聞かすことの多い、男の子社会の悪習を押さえることが出来、即座に暴力に訴えることをしなくなります。また、もし暴力事になるにしても、文字通り、自分が手を出すか出さないかで、罪状が変わってきます。 親しい友人との争い事ほど、相手を危めることのないように、自分で両手を押さえること=自分を意識的に制することの暗示を教えるべきです。 また、男女間・夫婦間の問題で、教育や金銭や性生活のことなどを話し合うとき、真に答えを探そうとするなら(相手に押し付けようとするのではなく、妥協点を探せるなら)、次の点に留意してみてください。必ず、致命傷にならずに、関係を保てるでしょう。 まず、話すときに相手の手を上から握ること。目をしっかり見て話すこと。説得される方は、出来るだけ手のひらを上に向けさせて、スキンシップすることが大事。これなんかは、子供を持つお母さんなら、子供に自然にそうしてることもあるでしょう(その理由を理性でなく本能で知ってるからですよ)。 次が、切れずににこやかに話すこと。前後でも言ってるように、誠実な思いは必要でも、感情的になってしまっては、こじれる場合も多いです。思いやりを忘れずに、相手を追い込むことなく、話すことです。 実際問題、これらが出来るなら、浮気や好意が移ること以外で、別れることは考えられないでしょう? ここ、大切な人とのコミュニケーションの勘所でもあるのです。 ただ、関係を取るか、願望をとるかのどちらかを選ばなくちゃならないときも、多いのも本当ですが。
→もし、別れることに悔(く)いを残すなら、それは、コンプレックスそのもののことが原因ではなくて、あなたの心が原因なのです。素直になる勇気を持たないことが原因。同じ悔いるなら、全てをさらけ出しての、失敗の方が、本当は納得が行くことを忘れてはいけません。忘れれば、素直にも成れないくせに、執着は人一倍大きくなるだけですよ。結果、自分で幸せに成れる方法−自分を素敵にする方法を棄ててしまうのです。 もう一度繰り返しますよ。外見が理由なら、余程作り込まない限りは、初めから付き合わないでしょ?逆に言えば、交際が始まったということは、相手はあなたの外側は認めてくれていることなのです!)外見の理由なら本当の理由では有りませんが、その程度の相手だと思って、諦(あきら)めざるを得ないときも有るでしょう)。
宗教に偏り過ぎるのも、いけませんよ。まして、部外者との交流を断絶・拒絶する、もしくは、大音量で他の人の会話を聞けなくする・自分の思考を奪(うば)うのは、一番のマインドコントロール方法ですよ。 ”正しい”ことの視点は、ことの善悪の両方を知ってなければ、成り立ちません。脳のイメージである言葉の形容詞は、常に比較級(比較(ひかく)の元になる両方のクラス)を心に持ち、必要とします。もし、これを行う、部外者の言葉に耳を貸さないような宗教・業者なら、入らない方が良いでしょう。 必ず、陥(おとしい)れられますよ。■科学を理解してない人が、本当の宗教の意味は理解できないはここ 誰であっても、間違いを認められる人で有りたいですね。お互い。
ただ、逆に言えば、騒がしい所で、何かを説得しようとする場合、電話でも、直接会ってでも、 相手の思考レベルが下がるので、物事を比較的簡単に説得し易くなります。 スクランブル交差点でのプロポーズなどが、良い例。デートの約束も同じこと。 別れ話のような場合も、静かな所でしくしくと行うよりは、こちらの方が、さらっと出来ます。 もちろん、離縁も、復縁も。 でも、相手の方が賢いと、環境が同じだということは、自分自身が逆説得され易くなることでもあることを、お忘れなく。 つまり、経験度の違いですね。 だから、上記では、そういう環境自体に、自分を置いてはいけない、と言ってるのです。 相手の方が、一枚も二枚も上手だと思うべきです。
人は、自分がやって上げる行為・協力する行為には、無意識に、それを行う自分の、相手への好意が自然にプラスされるものなのです。人に好かれたいなら、自分からも適度に頼るべきです。それは、「ここ教えて?」でも良いし、落ちた消しゴムを「取ってくれる?」と言うだけでも、違うのです(拾ってくれないような関係になってしまっては、遅いですが)。 他愛の無い会話で、相づちを打つ、肯く(うなずく)のだって、構いません。理解されて、嬉しくないはずはないのです。 また、結婚式にも有りますが、共同作業も格別です。嫌ってる相手でも好きになってしまうことも有るでしょう。特に、同じ委員会・部活に入っていたりとかの場合など、長期間に及ぶものは、手抜きすること無く、お互いでしっかり分担できれば、なおさらです。仕事の関係でも同じです。 また、同じ目的に向かって、同じ考えで、お互いのために、色々出来るようになれるなら、それは本当に、真実の愛に変わる時が来るのも当前のことでしょう。
同調行動(協調行動)−動作・しぐさや、相手の本当の好みを真似(まね)たり、その好みを(私も好き!って)受け入れることでも、逆に好意を簡単に得られます (連帯意識は、共通点が有ることで得られる。ただし、余り合わせすぎると、自分が無くなって、逆に嫌われることも有ります。大元は、全く違う人格であることが基本に有るから、同調行動=合うことに、”あー良かった。うれしい。”と好意が伴うことを忘れてはいけません。最後は、この辺が経験でしか体得できない(自分が嫌だと感じるまで、踏み込み過ぎてしまうから)のですが、相手に真似してることを覚られないように(直接聞いて合わせるのはNG。もってのほか。そんなの誰にでも分かってしまう。)、相手の好きなものを情報を集めながら先に真似ることなのです。 例えば、友人どうしでファミ・レスの注文などのときなどは、相手の目の動きを−分からないように”チラチラ”−良く見ます。普通なら、注文しようとしてるメニューは、値段や名前を確認するために何度も見ます。最終的に2つくらいに絞って返り見るでしょう。 ここで、十分に情報を受け取った、合わせたいあなたは、そのどちらかのメニューを、先に声に出して言ってしまいます。たとえそれが、最終的に外れていたとしても(メニューが違ったとしても)、相手の好きなものの候補の一つが押えられたのですから、意地悪な人でなければ、好意を感じないことは無いでしょう。上手く行けば、逆に相手があなたに合わせてくれる場合も出てきますよ。また、一度好みを覚えてしまえば、次回も使えます。また、何回にも分けて、相手の好みを探っていく方法も有るのです。 これらなどは、自分が良く外食を使ってることが前提(自分に余裕がないと出来ない)にもなってる訳です。こう考えて自分自身をも客観的に観察していくと、いかに外での経験が自分の行動に影響してるかが分かります。ファミレスだけのことじゃ有りません。日常的に転がってる経験です)。 <これらは、自分が嫌ってるものをひっくり返す事でも、全くの嘘を付く事でも有りません。それらが、自分を無くしてしまうこと、失ってしまうことです。譲(ゆず)れる範囲である事が原則です。上記の話で言えば、自分に好き嫌いが無い事が大前提です。嫌いなら、食べられないでしょう? という事でもあるのです。食べる事の好みが真逆なら、成り立ちもしないのです(逆に、そういう場合、価値観が合わないのですから、交際も難しくもなるのは事実ですが)。 そうですね。男性女性の性別に限らず、自分の芯がぶれるのは逆に良くないですね。 例えば、オーム(のような)相手に会話するのも、盛り上がるわけ無いですね。 違う意見が出るから、会話が弾む場合も有るのですよ。例えば趣味にしても、大枠は同じでも、細部は違う事が当たり前。サークルなどに入って、多くの人とコミュニケーションを取れば直ぐ分かる事でしょう。大枠が同じなら、それだけでも十分ですよ。例えば、ある同じアイドル・グループが好きなら、その中の誰が好きかは、そんなに問題じゃ有りません。というより、この場合は返って違ってる方が、上手く行く可能性は高いです。ここまでお読み頂いてる方なら、そんな経験も有るのでは。 もっと突き詰めれば、例えば、ハード・ロックが好きだなんて言う場合、同じアーティストまでを好きになる必要は、無いですね。同じカテゴリー(の音楽)が好きなだけで、話をするには十分でしょう。 これは、男性には、特に知って欲しい実話ですが、ヤクザでない本当の右翼と、政治活動に没頭してる改革派は、立場や意見の違いこそ有れども、お互いを認め合ってるグループも存在してます。なぜなら、国を良くしていこうと思う情熱は、どちらも同じである事を知ってるからです。違うのは、主権者と歴史観だけでもあったりするのです。 心からの嘘の無い、熱い言葉が、お互いの心を打つからです。嘘は、嘘の上塗りを呼び、最終的には、誰にでも見抜けるようなものになってしまうからです。 格好を付けない事。嘘を付かない事。これは、仲良くなりたい=分かり合いたいなら忘れてはならないことでしょう。 個性を変えるまでは、する必要はないのです。考え(好み)を受け入れて分かり合う事が、合わせることと思って欲しいです。 本来は、共同作業の根元に、同調することが含まれる(学校で勉強しなくちゃならないのは、本当はここ、共同作業の大切さとその仕方(調停方法−ちょうてい・ほうほう。ネゴシエイション。)なんでしょうけどね。(考える能力を持つ人を除き)記憶力だけの東大生が、最近、価値が暴落して就職率が悪いのは、このコミュニケーション方法が経験でしか身に付かない事の裏返しな)のです。伝わってるかな?>
さらに、自ら進んで良いことをすれば、良いことをする人は、良いことをする人が大好きなので、あなたを簡単に仲間に入れてくれます。また、まめな人も同じく、こまめな人が好きなので、あなた自身を手助けしてくれることも多くなることでしょう。 人付き合いが増えれば、全てのチャンスが広がり、ツキが絶対に向いてきますよ。 ”運(うん)”と書いて”はこぶ”と読みます。運べるのは、何を隠そう、人でしか有り得ないではないですか? ”良いことをすれば、影で妬(ねた)む人もいるかも知れませんが、それでも続ければ、良い行いの全ては、自分のツキとして、必ず返って来る”と思って間違い有りませんよ。ミスチルではないけど、私たちは”連鎖する生き物”です。 みんな、それを知っているのです。空缶を一個拾うだけでも、献血することからでも良いじゃない。 逆に、”人を呪えば穴二つ”で、人様を悪く言う人思う人・正しいことを阻害・阻止する人は、自らの心を因縁に、自滅(じめつ)の道を辿(たど)るはずです。 悪いことも、自分に全て返って来るのです。悪いということを悪いこととは全く思わない、それに打ち勝つ自信が有れば、構いませんが、それでも自分のパワーは永遠でも無限でもない(歳を取ると昔の悪さが、余計に気になってくるもの)無限でもないことをお忘れなく。またそこを、蛇などの”動物霊”に喩えられて、霊感商法に浸け込まれたりするのです。 さらにここで、この原則、法則を知っても、なお、続けてしまう場合は、ほんとに特に注意して欲しいです。 これを知っても、物欲に溺(おぼ)れ執着(しゅうちゃく)しすぎることや、人を妬(ねた)み正しいことを阻(はば)むこと、人を騙(だま)したり、何の、価値も、効果も、無いものを、高価に、売ることなどは、2倍にも3倍にもなって、自分にはね返ってきてしまいます。歪(ゆが)んだ感情は理性を麻痺(まひ)させ(宗教によっては、自分の理性、科学を越えて、返って来る、と言います。)、どんどん不幸な結果を選んでしまい、身内をも巻き込み、同じ色に染め、不幸に導くものです(ある人の例はここ)。 たとえば、仕事をしてる自分と、家族・恋人と接してる自分は、どんなに頑張っても精神的・感情的に、100%分離できません。肉体で言えば、100%が同じ自分です。つまり、相手によって、そんな都合よく換えられないってこと。それは、ストレスが移って、健康・肉体・精神を致命的に傷付けることで出るかも知れません。 ちょっとの因縁が連鎖して、たとえ自分に出なくても、一番大切な関わりの深い人を、巻き込み不幸にする確率は、本当に高まります。 その怖(こわ)さに、鳥肌が立ち、”ぞくぞく”と身震(みぶる)いするときも有ることでしょう。 これから、少しの努力で簡単に得られたはずのものを、渾身(こんしん)の努力を必要としたり、永遠に手に入れられなくなったり、せっかく得たものであっても、やがて失い、離別を迫(せま)られることでしょう。 また、思い出すたび、忘れようとするたび、もがけばもがくほど、どんどん深く深く、不幸の深み、泥沼にはまって行くのです。 これを暗示だと思い込んでも解くことが出来ません。それは、これが暗示ではなくて、もっとも自然なこと−ごく簡単な原理−であるからです。嘘だと思うなら、自分の家族や、身の回りに居る、強欲な人の末路を良く見て欲しいです。 世の中を扇動しようなんて思う人ほど、気が付けば思いっきり填(は)まるよ。
俗には、”真面目は損をする”と言われますが、それこそが、俗悪であって、決して本道では有りません。 自分の言葉で語れない、教科書(マニュアル)の物真似しか出来ないような人に限って、そういったことを自信たっぷりに言うものです。 ですが、本当は真逆であって、ちょっとした説法やアーチストの言葉に耳を傾ければはっきりします。 みんな分っているのです。 もっと、本当の自分の声に耳を傾けるべきです。愛する人達のために、良く在りたいと思うことが本当でしょう。
会社を起こすような人は、色(色気、異性)を好むような人、欲望の大きい人でなければ、成し得ないでしょう。 しかし、余りにそれが大きすぎ、異性・人を、おもちゃにするようなことが出来るうちは、欲望が強すぎ、裏切られ、大きな失敗も繰り返すはず、自分の欲望が強くて眩(まぶ)しいがゆえに、自己陶酔(じことうすい)して他社のサービスとの比較(ひかく)を怠(おこた)って、失敗を繰り返すはずです(例えば、社員を、完全に身内・仲間と思うか、自分の欲望を満たす道具と思うかでは、行動・接し方が違ってくるもの。それに対しての応答も、しかりです)。会社を起こして成功するには、そういう(性的なものも含め)欲望が、こなれてくる頃、少なくなってくる頃が、本当は良いのです。(女性企業家が20代前半でも成功する理由。男性が30代中後半に成功し易い理由。) お客様の多くは、その起業家の欲望を、社員などを通して、肌で感じて、見抜かれてる・見抜いてる、と思うべきです。欲望と誠意のバランスって難しいけどね。
心理学では「好意の返報性(ミラー脳細胞については後述)」、もうちょっと分かり易くは狭義に「ブーメラン効果」と言いますが、宗教上も、殆どの宗教で説法されてること、つまり、精神の真理と言っても良いものでしょう。だから、いつも悲惨(ひさん)な顔、醜(みにく)い顔、人を憎(にく)む顔つきをしていてはいけないのです。いつも微笑んで暮らせる世界・人間関係に、なるだけ自分を置くべきです。文句を言うなら、笑えるものに止めておくべきです。言うこと、やることは、基本的に相手にとっては、取り返しが付かないのです。 記憶は消せないからです。 つまり、これらを知らない者どうしが争うと、仕返しは更なる争いを呼び、更なる仕返しを止められません。勝ちたい欲望(=悪意を競うこと)を、どうしても抑えられなくなるのです。”御相子(おあいこ)”にさせて相手に止めさせるつもりの建前が、勝ちたい欲望によって打ち消され、余計に相手を煽(あお)る結果を招いていきます。 真似(まね)でも、ふざけてでも、相手を殺そうと見えるような仕返しをしただけで、逆に自分に返ってきて、自分の命が絶たれることも有るでしょう。それが、自分の心を因縁に導き出される結果なのです。
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弱い者いじめや、特に、動物虐待(ぎゃくたい)は絶対いけません。 それは、自分の命、子孫の生命・精神に関わる問題に返ってくることが多いでしょう。 中には、見て見ぬふりしただけの人にも返ってきてしまうでしょう。 身の回りに、それを行った人が居るなら、このサイトが無くなったとしても、20年後、30年後に思い起こして、その人の生活・人生を見て欲しいです。 でも、それは、祟(たた)りでもなんでも有りません。自分の心を因縁に、繋がって導き出される結果であるのです。理由は、このコラムの前後で言ってることですよ。
そんなこと、ある訳ないだろって思う人ほど、少しだけ耳を傾けて下さい。
宗教の話が、少し出ているので、それにちなんで、ご説明しましょう。 実は、神が神として崇(あが)め奉(たてまつ)られるには、基本的に2つの条件が有ります。 まず、一つ目は、奇跡(きせき)・御利益(ごりやく)など、文字どおり神業(かみわざ)と呼べそうな、事象が重なることです。それは、偶然(ぐうぜん)にでもかまいません。 ただ、これだけでは、神としては、とても呼ばれ難いです。例えば、風水師が「言うこと聞いたら良く当たるのよ」と、言われても、風水師、人間としての域を大きく出ることは、有りません。 しかし、もう一つの条件として、その神業の反対として、罰(ばち)・祟(たた)りが、有るとしたらどうでしょう。 「あの風水師の言うことの逆をやっていたら、バチが当たったのよ。」、ということに成った瞬間に、不安を感じて、神として崇拝(すうはい)したい心境が出てきませんか? 某宗教で、この罰を演出するために、非合法に躍起(やっき)になっていた理由も分かるでしょう。まあ、逆に人工的にそれを作ろうとしてる時点で、自ら神でないことを言ってることにも成るのですが。 つまり、人間にとっての神格化の条件は、簡単に言えば、御利益と罰です。この罰は、その宗教の足かせである、掟(おきて)を形成して、より深い信仰心(しんこうしん)を煽(あお)ります。 この条件に、さらに意思疎通(そつう)が完全でなければ無くなるほど、神格化の条件は揃(そろ)ってきます。道端の石ころでも、持ってれば良いことが有って、持たないと悪いことばかり起きる、となると、擬人化(ぎじんか)して、毎日でも拝(おが)みたくなるでしょう。相手の意識、言葉を確認できない以上、勝手に都合よく、受け取ってしまうからです。 崇(あが)めることと祟(たた)りは、見ての通り漢字では同じ意味です。
何を、長々と言ってるのかといえば、ここからが本題。神格化のプロセスは、もう分かって頂きましたね。
それでは、ご出産経験の有る方ならご存知でしょう。安産の神様は何でしょう? そうです。犬です。 これは、大昔、言葉を持つ前からの人間に一番近い動物であり、生き物・生命の象徴の意味も含まれているでしょう。 犬が多産であることとか、神社のこま犬から(これは、本来はずっと後、最近のこと。)だ、というのは間違いではないでしょうが、元々、日本に居る犬でも、柴犬のように少数産の犬も居るし、それより、何より、これだけでは、神格化の条件を満たしていません。 つまり、罰が無いのです。 犬(生命)を神格化するには、例えば、飼ってる犬を虐待し、粗末にしていたら、跡取(あとと)りが生れないとか、病気で子供が死んでしまうようなことがあちこちで重なっていたと、想像が付きます(さらに、逆の意味で、昔話の、”はなさかじいさん”で、その生命の神秘性の一部を伝えようとしてる節があります)。 そんな不幸が、逆に(人よりも)多産を難なくこなす、子沢山の犬に重なって、神格化させた条件になっていたということです。
でもその不幸(罰)の実は、そんな虐待ができるような人が、純粋に優しい訳無いし、自分の子を心底愛せること=自分の身を投げ出して守ることも少ないことに繋がって、家庭が上手く行くことは少なかったであろうと、推測できます。そして、そういう親に育てられる子は、さらに優しくなくなっていきます。 これは、現代でも虐待を受けた子が自分の子を虐待し易いことで証明できます。
動物園で育ったチンパンジーが、群れで子育てを見たことがなかったり、自分自身が親から早く引き離され愛情を注がれなかった場合、その固体は子育てをすることは出来ません。いくら妊娠しても、愛情を自分の子に注げないのです。 子育て本能は、実は学習によって行われている側面があります。少子化家族は更なる少子化を招き、大家族で育った人が大家族になりやすいのもそこに起因しています。 とにかく、母性本能は、生まれつきの本能ではなく、学習するものなのです。
- 千葉の4歳長男虐待死、20歳母親に懲役4年の判決
千葉県船橋市で昨年、殴る蹴るなどして4歳の長男を死亡させた事件で、傷害致死罪に問われた母親の同市上山町、無職○島被告(20)の判決が2003年2月19日、千葉地裁であった。裁判長は「幼児に対する母親の愛情が欠如した犯行で、虐待以外の何ものでもない」などとしながらも、「被告が父親から虐待を受けていたなど、情状も有る」などとして、○島被告に懲役4年(求刑・懲役6年)を言い渡した。 解説:複数世代間の虐待の起こり易いことも、裁判でも既に理解されている。
つまり、大昔から、命を大切に出来ないような人の周りに居ると、不幸に巻き込まれることを、本能的に感じ取った結果でもあるといえるでしょう。
昔から、続いてること。それは、打ち消すことの出来ない真理でもある訳です。 虐待・意地悪を重ねると、 それを知って毒された身内から、自らの心を因縁に、不幸に導かれていくのです。
動物虐待は幼児虐待を誘発させるでしょう。
つまり、罪悪感の有る人には自分に、無い人は身内に、返って来ることなのです。 ■因縁は必ず自分に返ってくるはここ ■人間性など、関連事項はここ(後述)■虐待のゲーム感・ドキドキ感は、一生消えることはない。
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それでも、どうしても怨んだり、妬んだりするなら、一日当たり10秒くらいまでとし、口には絶対出さないで下さい。文章で書いたり、打ち込んだりするのも、絶対駄目、最悪です。とにかく自分から出さないことです。 これを思ってしまった直後は、必ず、楽しい・うれしい感情に全て置き換えながら、そんな悪事を思う自分に、いたわりながら”ごめんね””ごめんな”と、声に出して、素直に謝(あや)りましょう。自分のために、自分に謝ることなのですよ。 自分で意識できれば、早く忘れることが出来ます。 それらをやってしまうのは、自分に対しての意味で有ることと同一なのですよ。 それでも言いたきゃ、逆に言うことも出来るけどね。”バカヤロー”→”あったまいい”、”殺してやるー”→”長生きしろよー”とか。 縁が切れて、冷静に成ったり、しばらく経つと、どうせ馬鹿らしく思うことが普通なんですから。 とにかく、否定的なエネルギーを出すのは絶対良くないですよ。 何処に耳や目が有るか分かりませんよ。
<これらは、人間関係における情動のことですよ。政府や社会に対して、意見を言うことなどが、いけないと言うことでは有りません。分かりますよね。悪口の類が良くない。 同じ言うなら、建設的な言葉を使うべきでしょう。>
簡単に言えば、持ちつ持たれつが、人付き合いの基本なのです。人付き合いを絶やさないこと。それは、社会学では社会性資本の充実という、個人個人の暦(れっき)とした財産のことなのです)。 自分の小さい頃からの写真を並べて下さい。中学生・・・高校生・・・大学生・・・20代前半・・・と、何が変わってますか?そこから、今からの数年後、5年後、10年後を予想して下さい。 みなさんは、御自身の能力はどちらに向いて、一般、普通の人と比べてどうでしょうか? もし、足りてないとお考えなら、努力しつつも出来るだけ早くに、結論を出せるように頑張って下さい。
イベントの季節であれば、朝夕でも、告白のチャンスの大きさが変わったりすることも有るものです。その日じゃなくちゃいけないときも有れば、チョットでも早い方が有利にことを進められる場合も有るのです。 それが、積極性というもの。 ライバルとのレベルが変わらなければ、一日でも付き合いの長い方に、愛着が湧くものです(それは、赤ちゃんが、生きるために親を慕い愛するために見つめようとすること、親を認知する機能を始めとされます。見つめ・見つめられることが有るから、愛情が湧くようにもなっているのです。前述の告白の部分の自分勝手な錯覚の原理は、ここに有ります)。 真面目なアタックだと分らせたければ、日常の挨拶(あいさつ)を忘れずに、告白したいなら朝・午前中の内にチャンスを掴(つかむ)むことです(■時間帯など詳しくは、この辺り前後)。恥をかくことが有っても、同じ一回には、変わり有りませんよ。 ただし、前述の通り、誤魔化しながら言いくるめて口説きたいなら、夜が良いのも本当ですが。 ただそれでも、夜に誘うのでは、先約の人が既に居れば負けるときも有るでしょうし、夜は誤魔化され易いことを本能的に察知されてるため、無理矢理に付き合わされた感じから、後日に”やっぱり・・・”と、ひっくり返されることも有りがちです。 だからこそ、学校や仕事中なら、迷惑がかからないことを前提に、休み時間で、お昼前後の理性がしっかりしてるうちに、先に会う約束をしてしまうのも良いでしょう。明るい太陽の下で交わす約束は、理性がきちんと働いてる以上、簡単には反故(ほご)に出来ないものです。男性は特にそうです。 万が一、先にしたはずの約束が破られるなら、その程度の人間だったとも思えるものです。 だから、「少しでも早い方が良いよ」と言うことなのです。仕事上の事ならなおさらですよ。
■愛情の種まきが早い方がチャンスは多い←愛情に限らず本当のことだよ。 納期・期限・目標の決まらない仕事は、良い仕事が出来ないものです。 それは恋愛だって、人間形成だって同じこと。 目標や期限の有る無しで、それ自体の深まりも意外に大きく変わります。 ゴール(目標)を決めなければ、もちろんゴールも出来ないし、残りの直線でムチを入れなけりゃ勝てないことも有るのです。 大人な付き合いが自然に出来て、それを最終目標にしてるなら、交際してるだけの状態も良いでしょうけど、確率や条件の良いときを無駄に過ごさないで下さい。 上のリンク先の部分を読んだ後に、 ラジオ体操最後の、深呼吸の息を吸うときの格好のように、 座ったまま、顔を少し上に向けて、手のひらを太ももに伏せずに上に向けて、手指の力を抜いて、腕と胸を少し開き、目を閉じて、ゆっくり素直に考えてみてね。
光り輝く若さの価値を落とさない内に。 若さは、それ自体、尊い(とうとい)ことを、メイクで十分知ってるはず。 どんなグラビアアイドルでも、30歳・40歳となれば、やがては、・・・。 長寿記録のご老人を見れば、・・・。これは真実ですよ。
人は、新しい人や物に巡り会うとき、外面的・表面的な部分からしか入って行けないことが、ほんとに多いです。子供の頃から今までを、しっかり思い出してみて下さいね。 また、お化粧することの意味を掘り下げることでも構いませんよ。お化粧することを執着せずに、完全に手放せるのでしょうか。隠したいものは全く無いのでしょうか。また、芸能を目指してるような人には、制限が確実に有ること、選ばれなくなることを知ってるでしょうか。え?芸能人じゃないもん?それ、大切なことです。テレビを見てるうちに、例えば不倫は文化だと言うような、特殊な世界観の人達には染まらないで下さい。 スターじゃない人には、スターの真似は出来ないのです。 さらに、年齢と共にその自分の居場所が変わったりもしますね。また、違う居場所に変わることを求められたりもしますね。
遅くなればなるほど、別の価値観、違う輝きを、自分に持てなければ、 交際能力の高い相手や、人生におけるチャンス、今の位置は、 どんどん若い人に取られちゃいますよ。 最終兵器、忘れないようにね。■歳の差のある恋愛・かなり年下との恋愛
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ただし、普段から性欲に流されるような、「遊んでも、遊んでも、物足りない。」と思えてるような人は、「(鏡の前で)そろそろ歳だし、落ち着こうかな。」「三十路(みそじ−30才)前だし、お見合いでもしようかな。」なんて考えても、遊び足りないと思ってきた人が、実際に結婚生活を長期間持続するのは、かなり難しいです(逆に言えば、仕事をしたくて、したくて、というのも同じ事)。 家庭に閉じこもって子育てが大変になれば、「なんでこんな事してるんだろう」と、「昔、遊んでいた自分に対して、戻りたい。」という欲求が、ほぼ必ず出てきて、結婚生活の破綻(はたん)への道を辿(たど)って、必ず別れてしまいます。これはまるで、前述のスーパーレディ達の真逆の行為であることに気が付くでしょう。すなわち、自分のレベル・グレードが、一生を左右することの、反対側の典型例になってしまいます。 遊ばない人は余り遊ばないように、こういう人は、いくら遊んでも、遊び足りない欲求を抱えています(お金に執着する人は、いくら稼(かせ)いでも、貢(みつ)がせても、足りないと思うのも同じ)。人のものを奪(うば)おうとするまで、他の欲望にも引火し易いでしょう。 それもそのはず、だって、現実には、遊びたい欲求ではなくて、別の欲求であることが多いために、本当の欲求を自覚して満たすことが出来ないので、いくらでも遊び足りないと思えてしまうのです(もちろん、結婚後に偶然(ぐうぜん)に、その欲求を満たされてしまう場合も、希(まれ)に有りますが)。 無闇に動いても、本当の欲求を知らなければ、全く満たされないときが有るのです。
後で述べていますが、こういう人は性欲が落ちてくる老化を待って、無くなった性欲・欲望によって自分に見えてくる、本当の欲求を自覚できるまでは、結婚や同棲(どうせい)は向いていません。 それか、積極的に自分自身が、その欲求を探る必要が有るのです(まあ、遊びたい人・執着してる人が、そんなことを思いもしないのも現実ですが。愚か者は、人の言葉を聞かないのです。 また、逆に求められてもいないのに、押し付ければ(心の中に深入りすれば)、それだけで関係が壊れる(”着かず離れず”の感覚も、男女関係には一生必要ですよ。何処に行くにも何をするにも干渉し、べったりでも行けないし、全然放任するのも、■前述の通り、無能のすることです。ただ、この距離感を意識しようとするとき、それは、自分にとっては、真に愛しあってる状態にはなっていません。お互いの距離感を意識しなければならないとき、関係が危うくなってることを暗に認めてる状態でも有るのです。ここで言ってるのは、危うくしないためのコツのことです。簡単に、しつこいほどに付きまとえば嫌いになるし、構ってくれないなら他の人を好きになり得ることだと思って下さい。)それだけで関係が壊れることも有り得ます。こういう人に限って、余計に(一般にもそうだけどね)干渉(かんしょう)される事を嫌います。 愛情と、押し付けること=干渉することは、違うのですよ)。 遅くなればなるだけ、タイムアップはもうすぐです。 時間と、成功のチャンスは、反比例するのですから(結婚の話にも繋がるけどね)。
■自己診断方法の一例はここ
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これを読んでるカップルの皆さん、性(処女性=処女膜の有る無しによらない。処女膜なんて、テニスや新・体操、シンクロスイム、競泳のような大股を開く激しい運動や、通学で自転車に乗って擦ったり股間に力を入れてると、自然に裂けてなくなります。まして、真剣に運動していて、生理用品でタンポンを使うことが多いなら、処女膜は物理的に無縁に近いでしょう。問題はそんな膜のことでは有りません。浮気をせずに、1人のみを愛すること。他の人と性交しないこと。誰とでも簡単に寝ないこと。)■処女性とは、その1〜その2〜 性って大切だから、良く考えて大切に時間を過ごして下さいね(性器解説図はここ。処女膜とは。解剖図・処女膜。自分で見て分かります。)。 一度しかないものが、人生にはたくさん有りますよ。半端な相手との代替恋愛は、しない方がいいよ。純粋な思いを感じていますか? ■忘れてはならないのは、女性と男性のコミュニケーション方法が違うって事。ここは、抑えておいた方が良いでしょう。その2。その3。
(こんな話はつまらないかな?役に立ってんのかな...)
■3ページ目へ行く(芸能人の行動を例に分かり易く解説)
実践は、自分の責任でしてね。
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