CITIES OF SPAIN

CASTILLA-LA MANCHA地方    MADRID
ANDALUCIA地方    SEVILLA GRANAD
CATALUNA地方    BARCELONA

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MADRID
7/5 夜10時 MADRIDの空港に降り立つ。ここの宿だけは日本から予約したものの、いき方はさっぱりわからない。飛行機の隣の席に座ったバスク人RAUL(本人はスペイン人である自覚が全くない)は「マドリードのホテルはよく知っているがこんな宿きいたことないよ、大丈夫かい?ヒッヒッヒ(と笑うように聞こえる)。旅行案内所で確認してから行った方がいいよ。」とおどかされたものだから、夜遅いしで、少し心配になった。

ところがどっこい、着いたらまだ日本の夕方のような感じで明るい。まわりが見えれば、対処もできるからこわいものはない。念の為、旅行案内所で場所を確認してからタクシーに乗った。白タクが危ない、という話しもきいたが、タクシー乗り場にきている車をつかまえればいいだろうと値段を聞いてから乗った。HOTEL AROSAまでスイスイと行って3000ptas。日本円にすれば約8掛けなので2400円くらい。問題なし。

その晩は疲れて話しもしないで寝たので、翌朝、食事をとりながら予定を話しあった。ホテルは新しいビジネスホテルのようで快適だったし、ついていた朝食はバイキング形式でとてもおいしかった。まずコーヒー。こくがあって目が覚める。また、中央の大きなテーブルには何種類ものハムやチーズ、果物、パンが並べてあり、一種類食べ始めると全種類に手をだしたくなるほどだった。

食事の合間に決めたのは、やっぱり南方に行こう、ということ。その時の体調・気分で決めるが、まあ、SEVILLA, GRANADAをまわりましょう。ガイドブックでいくつかホテルの候補をピックアップし電話をすると、即ok。宿もできたところで、さてどうやって移動するか。できればAGVという新幹線のような乗り物も乗ってみたいし、駅に行って乗れる時間帯を確認することにした。

MADRIDには汽車の駅がいくつかあるが、その中のアトーチャ駅は、長距離用と近距離用に切符売り場が離れている。長距離用では銀行のように整理番号を発行しており、当日用と前売りに分かれていた。整理番号をもらってゆっくり椅子で待つことができ、駅のシステムも合理的で良かった。SEVILLA行き12時発のAGVの券を購入。まだ時間もあるし、駅の近くを散歩でもしてみよう。

そぞろ歩いていると、真っ青な空にポカンと透明な箱が浮かんでいるような、何となくダリの絵のセンスに近い面白い建物がある。友達に借りてきた地図で確認してみると、国立近代美術館だ。駅から5分もしないところで手頃なので入ってみた(入り口には入場料500ptasとあるのに、何故かこの日は無料)。建物の透明な部分はエレベータだった。乗ってみると空中を移動しているような(実際そうなのだが)ふわふわした感じを受ける。上の方は現代美術、下の方はダリやピカソ等が展示されており、やはり一番人が集まっていたのは、ピカソのゲルニカだった。待ち時間内だったので結局1時間半程度しか見られなかったが、人もまばらで静かな落ち着いた雰囲気が心地良かった。

SEVILLA
午後2時半。快適なAGVからSEVILLAの駅に降り立つ。アーチ型のその駅自体が巨大なモニュメントでもあるような構内。ガイドブックでは詳しいSEVILLAの町のことがわからないので地図を買い、まあ30分くらいですみそうなので歩いていくことにした。

この安易さがいけなかった。馴れないところでバスに乗って間違えておりるより、徒歩の方が軌道修正し易いだろう、という考え方は普通は正しい選択だったかもしれない。ところが、この約40度の灼熱の炎天下、しかも一番暑い時間帯でスペイン人達はシエスタ(午睡)をして過ごすものだ、と頭では分かっていたはずの状況に、地図を見ながら水を片手にえっちらこっちら歩くなんて。しかも日曜日だし人通りが殆どない。日が照りつけるゴーストタウンのようだ。美しい噴水の公園を右手ににらみながら、でも鑑賞する元気もなく干上がった魚のようにどんよりと歩き続けた。

ようやっとカテドラルが見え、私達が目指してきたはずのSt.Cruzeの街に入ったはずなのに、ホテルが分からない。ここでまたグルグルと迷った挙げ句、やっと見つけた。Hotel Dona Maria。行き先を示す標識もたっていたのにあれだけ見つけられなかったのはやはり疲れていたのでしょう。

ホテルはまあまあ。1泊12500pts。一人あたり5000円程度。内装のアンティークな家具はそれなりに雰囲気があっていいが、フロントがお互いにおしゃべりばかりしていることと建物全体の照明が暗かった。とはいえ、その他は快適だったし、なにしろカテドラルのすぐ横で、ロケーションとして活気に満ちかつ利便性が高かったのが良かった。

ホテルにチェックインしたあと、本当は疲れていたのでそのままシエスタをしたかったが、お腹がすいたのでまた懲りずに外出。ところがこの時間はまだレストランは開店の時間ではないし、バルもあまり開いていない。かなり捜してからこぎれいなバル・エスパーニャを見つけた。はじめて入ったので、どうやって頼むのかわからない。ガイドにバルのことは書いてあったが、テーブルに座ってオーダーをとりにくるのか自分で注文しにいくのか、料金先払いか後払いか、分からない。とりあえずカウンターに座り、目の前にある皿を指さして英語で店員に話しかけた。英語は通じなかったようだが身ぶりは通じたらしく、小皿にえびのマリネ、タコと野菜のマリネ、スモークサーモンと生ハムのカナッペを盛って出してくれる。waterとwhite wineは通じたらしい。まずは水分の補給。やっと人間らしい気分になったところで、長居する気になりテーブルに移って食べはじめた。3皿ともさっぱりしていてあとをひく。何気なくガーリックが効いていて食欲を尚更かきたてる。ゆっくり、と思いながらも瞬く間に小皿が空いていく。ガツガツしているように見えるかなあ、でもとてもおいしいし、やっぱりもう少し食べよう、ということでタコのマリネをもう一度、そしてチキンのサラダ、ジャガイモのサラダ、サングリアを頼んだ。店員は40代くらいの男性。ほっそりした身体つきに、映画の渋い脇役のような顔立ちで、私達がモリモリ食べているのを見て、口の端をチラッと上げてみせた。
flamenco 夜はフラメンコ。Sevillaはフラメンコを見にいきたくて訪れたところでもある。この写真はそのEl Alenal(copy right belongs to El Arenal)のチケット。予約はホテルのフロントで依頼した。場所はホテルから10分位のところなのだが、分かりにくい裏道にあり迷ってしまい時間ギリギリに入った。テーブルは10くらい、入り口近くはバーカウンターになっている。私達のような観光客で埋まっている(殆どは、いかにもアメリカ人、といった感じだったが)。友人から、フラメンコ・ショーでは、食事もとれるけれど割高だよと聞いていたのと先程のバルの食事で空腹ではなかったのでドリンクにサングリアを頼むにとどめた。1ドリンク付きで1人3900ptas。3200円くらい。さてこの値段は高いか、安いか。フラメンコ次第だ。

黒い服の恰幅のいい男性が4人入場。お互いにしゃべりながら若者2人がギターの調弦をし、2人の中年〜初老の男性が手をたたきはじめる。パシッパシッ、パンパンパン、と歯切れの良いリズムができてくる。パパン、パンパン、パパン、パンパン。手拍子だけの鋭いパーカッションが続く。そして踊り手登場。10代〜20代の女性が3人。一番若い人はほっそりとして優しげな顔立ちをきりっとさせて一生懸命に踊っている。美しいプロポーションに気品のある立ち居振る舞い、でもまだまだ踊りは硬い。その人のお姉さんらしい女性は、どちらかというと間延びした感じの目鼻立ちなのに、全体に華があって表情に非常な魅力がある。踊りも目を惹く。この店の看板娘なのだろう。3人目はムチムチとした身体つきなのだが、踊りは一番官能的だ。早い時間帯は若い人がでてきて、時間が経つに連れてベテランが登場すると聞いたが、その若い人達がこのレベルなら今夜は楽しめそうだ。

一曲ごとに衣装もかえ、その他にも男性ダンサー、30代くらいの女性ダンサーもでてきて、先ほどの3人も含めて1人で踊ったり輪舞だったり。原色のドレスが渦巻き、翻り、力一杯足を踏み鳴らし、見るものを飽きさせない。振り返って彼を見ると、一番若いきれいな女性をそれこそ穴があくほど熱心に見つめている。1杯目のサングリアもとっくになくなったようだ。今晩来て良かったね。

ふと気がつくと、後ろのパーカウンターと隅のテーブルでは地元の人達が飲んでいる。9時30からショーが始まり、10時半頃にスペインの都はるみ、といった感じの多分50代の、ところが非常に筋肉質で、バイタリティーあふれる女性ダンサーがでてくると、拍手喝采がこのコーナーから。勿論スペイン語で言っているから意味は分からないが、「いよっ、いいぞ、○○さんよ!」とか「今日もきれいだよ、おばちゃん」といった感じの歓声がやんやと湧き起こる。この都はるみさん、非常にエネルギッシュでキレがいい。それまでのダンサーとは違って小柄なのに、舞台の端から端まで、足を踏み鳴らしながら情熱的な表現ムンムン。手拍子や掛け声も、舞台から、そしてカウンターからかかり、店全体が盛り上がっていく。最後に全員の躍りで締めくくった。

その日は泥のように眠り、朝起きたらもう昼だった。次の日の予定を話し合い、やはりGranadaに行くことにして、長距離バスを申込にいった。1人2700ptasで2時間おき程度に発車、目的地までは4時間ぐらいかかるらしい。10時の便を申し込むと、駅員が身振り手振りで何度も手を細かく振り下ろす。ここも英語は通じないからそのボディーランゲージの意味するところを類推してみる。私は直感的に、「10時の便だと沢山の停止駅があるよ」だと思い、彼は「もう一杯だよ」ととった。いずれにせよ、それならと12時の便で券を買った。(結果的には、12時の便はノンストップでGranadaに行き、3時間で着いたので、10時の便は駅が一杯あるよという意味だったらしい。)

昼間の暑さは本当に圧倒するばかりだ。バスの申込をしただけで疲れた私達は12時くらいまで寝ていたはずなのに、またホテルに戻って2時から7時過ぎまでシエスタをした(こんなのを午睡というのだろうか?)。ようやっと8時頃ホテルをでて、今日は何もしなかったね、と話しながらSt.Cruzの街を散策する。まだ日差しは強く、街はその明るさを反射するように白い壁の建物がところせましと建っていて、赤いゼラニウムのプランタが窓に飾ってある。小規模ながら美しい街だ。お目当てはTio Pepeというレストラン。細い路地を抜けると小さな広場があり、またいくつか路地がある。地図はあるが、これまた迷ってしまった。迷いながら、ここは以前サンフランシスコからロサンジェルスへ南下した時に立ち寄った街(サンタ何とかといって、ここらへんをモデルにしたのだと思う、やはり美しい白壁と赤レンガの屋根、細い路地が特徴だった)を思い出した。

Tio PepeはそんなSt.Ceuzeの小径の奥にあった。トルコ・ブルーの地に山吹色の模様を散らしたタイルが敷きつめてある。テーブルクロスもお皿も花瓶もトルコー・ブルーで統一してある。そんな素敵な内装も観察する余裕なく店に入り、席に着いてホッとした。太陽さえなければ乾いた風が通り、心地いい。サングリアと定食をとった。ひと皿目がガスパッチョ、2皿目は白身魚のフリッタ。どうも日本で一度食べたガスパッチョが何故だったか気持ち悪くて先入観があったが、ひと匙すくって飲んでみると、これがいけるのである。きっと風土のせいもあるのだろう。暑く照りつける太陽のもと、ふらふらして食も細る時、ガーリックとすっぱさがほどよくマッチして、喉ごしをなめらかに通っていく。サングリアにしても然り。これだってアルコール度数がそう低いわけではないのだが、フルーツがいっぱい、特に私達が好きな青りんごが目にも涼しく惜しげもなく入っており、さわやかだ。これもデカンタで1リットルもらったがもう1リットルおかわり。パンとサングリアだけでも十分なご馳走だ。少しずつ酔いがまわってきた頃に白身魚の揚げ物。小魚や切り身、いか等がフワっとサクっと揚げてある。今晩もまたフラメンコを見にいこうか、と思っていたが、あまりのおいしい食事ゆえ、ゆっくり堪能して食べて、ゆっくり散歩して帰った。 (これでいくらでしょう?定食が1600ptas/人、サングリア1300ptas/lなので、5800ptasでした。素晴らしく満足なディナーでした。)

alkazar 次の日はとうとう、Sevillaとお別れの日。夜、早く寝たせいか目も早く覚め、もったいないので近くを散歩することにした。宿から歩いて3分の王宮,Alkazar。朝一番で入ったせいか、人が殆どいない。外からみていたよりもゆったりとした空間で、タイルの細工が素晴らしい。天井から降ってくる光できらめく中庭。たわわに咲く花々。涼しい風の通り道であるあずまや。今までそんなに王宮を見て歩いたわけではないが、この旅行通じて一番印象的な場所だった。

ここでは確実に時が別の流れを編み出している。今、の時間でも、昔・歴史、でもなく、異次元にでも迷い込んだ感がある。迷路のような庭園や、ひっそりとした噴水。そう、バーネットが書いた「秘密の花園」といった趣がある。勿論、私達も旅人の一部であり、訪れ、また去るわけだが、自分達にだけ開かれた秘密の場所のような気にさせる。これを造った人達に思いを馳せながら。

裏側からでたのでまたSt.Cruzeの道を宿に向かって歩いていくと、こぎれいな陶器店がある。Sevillaはタイルも含めて陶器が有名だからと思い、冷やかし半分店に入ると美しいシリーズが飾ってある。勿論、素焼きに近い、日本でもよく見るものもおいてあるが、この店のオリジナルらしい(裏で焼いているようだ)茶器のセット、ガスパッチョのセットが堂々と飾ってある。欲しい。とはいえ家が狭いので、グッと欲望を抑えて、飾り皿だけ買って帰った。(店名:Azulehjo, Address:Mateos Gago,10 Tel:4220085 営業:9:30-20:00)

Sevillaの乾いた熱風。街のそこここに見られる西洋とイスラムがないまぜになっている独特な文化を語るタイル。フラメンコの硬くリズミカルな手拍子の音。最後に触れたAlkazarの時間の流れ。忘れ難い街となった。

GRANADA
Sevillaと同じAndalucia地方に位置することから、風土は似た雰囲気を漂わせているのだが、こちらの方がまだ少し湿気があるようだ。とはいっても日本ほどではない。真っ青な空にはけでなぜたような薄い白雲が時々流れることがあるからだ。

granada city ここでも私達はまたこりずにGranadaのバス停から宿まで歩こうとした。本当は、アルハンブラ宮殿の中にあるという有名なパラドールに泊まりたくて、何回か駄目もとで電話したが、やはり現実はそう甘くなく空室はなかった。そこで、同じアルハンブラの敷地内にあるAlhambra Palaceというホテルを予約したわけだが、名前からして位置も分かり易いだろうから、まあSevillaの時と同じくらいだろうし、と歩くことにしたのだった。しかもまた3時という暑い時間帯。、性懲りもなくというのか、学んでないというか。バス停だから地図も売っておらずガイドブックにたよったのが状況をより悪くさせた。方向を間違えたのか、いつまでたっても着かない。通りの名前もちゃんと標識がたっていない。ジリジリとフライパンに焼かれる鰯のような気分になってきた。とりあえずスーパーマーケットが見えたのでそこに入ってジュースを買い道を聞く。店員があきれたように「歩いていくのか?」というのでうなずくと、(多分)「やめときなさい、この暑さに。倒れちゃうよ」と言ったよう。 というわけで、焦げた鰯達は有り難いアドヴァイスに従って車をつかまえたのでした。

車に乗ると15分くらいで、1600ptasぐらいで着いた。はじめからそうすれば良かった・・・。Hotel Alhambra Palaceは高台にあり、見晴らしがいい。フロントの従業員も礼儀正しく、施設も近代的。何よりも部屋からバルコニーにでて、眺望を楽しむことができる。青い青い空に、時々流れる白雲、下は赤い漆喰の建物が特徴的なGranadaの町、横は雪を抱いた山。素足でいるとやけどしそうに暑いバルコニーから、飽きもせず、ずっと見ていた。

granada 次の日はBarcelonaに発とうかと思ったので、夕方のAlhambra宮殿を見に行くことにした。濃い緑の中を上っていくと門についた。もっと大きくそびえているのかと思っていたが門も気をつけていないと気がつかないほど。王宮に入るには時間制限がされているが、庭園は特に制限はない。指定された時間になるまで庭園をそぞろ歩いた。

Granadaのイメージを色で表すと橙色。王宮や壁も、町の建物も橙色で、また昼間の白い光線のような太陽のもとではなく、夕陽がまた橙色の紗をかけたように見せている。

庭園は良く手入れされており、杉のような木でアーチや壁を造っていたり、花々も咲き乱れている。天上には夕陽と見事にコントラストを描く蒼空、たなびく白雲。ところどころ崩れかけた赤い壁に緑豊かな樹木、赤・黄と色鮮やかなインパチェスやポーチュラカに似た花。百花繚乱と表すしかない。涼しい風が吹き抜けて、それまでの疲れも嘘のように癒された。

granada王宮は昔日の面影は残しているものの、かなりの部分崩れている。内装はイスラムの影響を色濃く受けているように見えるが、それもはがれたりしている。美しさではSevillaの王宮に及ばない。何がこんなに違うのだろう。Sevillaの王宮はこじんまりとして見えて実は奥行きがあり、外から見るよりも堂々と豪華である。多分、私の感覚上で一番違うことは、ここには大切に残されている安らかさや充足感がある。昔に造られたとは思えず、今でもふと誰か居住者がでてきそうな脈動感を感じる。しかし、Alhambraは補修作業がされていたり、庭園も見事にメンテナンスされているものの、「廃墟」という言葉こそがふさわしい。以前は誰が住んでいたのだろう。どんなことを思い、悩み、或いは画策していたのだろう。好奇心は過去に向けて刺激される。

ここにもまた心を残しながら、退舘時間が迫ってきたのでゆるゆると歩いて宮殿を後にした。Granadaのフラメンコも見てみたいと思ったのだが、宮殿を見た余韻をそのままにしておきたくてホテルに素直に帰った。まだレストランも開いていなかったので、ホテルのルームサービスをバルコニーで食べることにした。この方が品数を少なくアラカルトで頼み易いので、疲れている時にはお薦め。夕陽の強い煌めきが段々と夜景にかわっていくのを見ながら、サングリアのグラスを傾けた。

次の日は元気いっぱいに目覚め、様々なルートでBarcelonaに行くことを考えたが、結局時間もあまりないから飛行機で約1時間飛ぶことにした。街を歩くには時間が中途半端だったのでさっさと空港へ。自動車でやはり20分ほどで2000ptas。涼しいクーラーにあたり、空港内の"Tapas Tapas"というバルで軽食をとった。空港内といってバカにしたものではない。イタリアンサラダと言われるマカロニサラダ、チキンサラダ、タコのマリネサラダ、とヘビーな食事に疲れている私達は立て続けにサラダを頼んだ。これらもまた微かにガーリックの風味と、それぞれのソースがあっさりさっぱりしていてなかなかのもの。じっくり休養をとってからBarcelonaに発ったのだった。

BARCELONA
Barcelonaは涼しかった。それまで直射日光のもとでは40度近くまであろうと思われたのに、こちらは20数度。電車も地下鉄も整っていて乗り方さえわかれば便利だし、通りも広く、建物も一つ一つに趣があっていつまででも歩きたくなるような街だ。中心街は銀座を広々とさせたような感じで、しゃれたブティックに、軒をつらねる様々な趣向を凝らしたバルに、歩きながらも目は忙しい。、また、そのバルも香ばしい肉の焼ける臭いや、魚のフライを揚げる音、グラスや皿を両手いっぱいにもって店中と舗道にまで広げたテーブルを忙しそうに往復する店員など、五感を刺激する。歩く人々のリズムも、東京ほどではないが他の地方よりは早い。治安はもちろん地方よりは良くないのだろう、特に女性はかばんを肩にかけたりたすきがけにして、更に手でもおさえている。Andalucia地方は日本と全く異なる風土が楽しかったが、Barcelonaは異文化ながら東京等と同じように「都市」特有のリズムをあわせもちそれもまた魅力だ。

ホテルは奮発して中心街にあるHotel Majestic。どこに行くにも便利で、夕方までゆっくり休んだあと、近辺をふらふらと散歩してまわり土地勘もできた。この日、私はあまり食欲がなかったが、シーフードがおいしいといわれる店Alertを訪ねてみた。まだ8時をまわったばかりで店内に客はない。通りに面したしゃれたマリンブルーのクロスがかかったテーブルに案内してもらった。メニューを見て「お薦めは何か」と店主にきくと、突然冷蔵庫の中から魚を大皿にのせてきて、「グリルだ」という。グリル皿はえび・たこ組と白身魚組とがあり、後者を頼んだ。その他、ガスパッチョとタコのマリネを前菜として頼んで、ここでも勿論飲み物はサングリア。店主はひょろりとやせて眼鏡をかけた学校の先生のよう。料理の為に厨房に入ったり、チラっと鋭い視線を店内の隅々に投げかけて、客の満足度や不足しているものがないかチェックしている。一時すぎると次々と客が入ってくる。はじめてであろう客、常連さんで店主に声をかけていく人。私達は満腹で動けないと贅沢にもうなりながらゆっくり店をあとにした。

barcelonate 翌日は海に行くことにした。オリンピック会場となったBarcelonateである。これもまた地下鉄で簡単にいくことができる。着いた日のBarcelonaはどんよりと曇っていたが、この日は南の地方のように抜けるような青空が広がり、海もエメラルド・グリーンからコバルト・ブルーまで鮮やかに色どられていた。さえぎるものもなく空間が広々としている。海辺は海水浴客も多く海岸は結構混んでいる。埠頭にはレストランやバルがずっと並んでいて、クーラーのよく効いた店内と、涼しい風が吹き抜ける海に向かったテラスが先端まで続いている。ぶらぶらと散歩したあと昼食時になったので並びの一つに入ろうとしたが、どこも感じが良くて迷った。混んでいる店で、しかし海に面したテラスの席が空いている店を選んで入った。

そのLa Dradaのお薦めは黒板にチョークで"Menu 999Ptas"と書いてあった。2皿選べるので、ガスパッチョと魚のフリッタを1人前ずつ、そしてパエリヤを2人前頼む。潮風が気持ちいい。直射日光をパラソルがさえぎり、目の前はただもう海。時々沖の方まで泳いでくる果敢な猛者もいる。ピカソの絵にでてくるような真っ白なハトや海鳥が視界を横切っていく。喉のかわきを癒すためにサングリアと水をとった。もってくる間にもうガラスのピッチャーに水滴がついている。いけないと思いつつ、冷たく心地よい喉越しにグラスを傾けるピッチが早くなる。まわりの客は様々だ。英語を話している観光客、この暑いのにスーツをきてアタッシュケースを下げたビジネスマンのグループ。ビジネスマン(ウーマン)のグループも以外と多くて、3−4組いた。皆、身ぶり手振りをまじえて良くしゃべり良く飲んでいる。う〜ん、これから戻ってきっとまた仕事するのでしょう。それにしてもすごく飲んでいる。それから日本から留学してきているらしい女性と英語で話している親子。しゃべる声、食器がこすれる音、乾杯でグラスがかちあう音、笑い声、鳥の鳴き声、そして波の音。時は歩みをとめてしまったようだ。実際、ふと目をやるとおいしい食事に堪能した彼は座ったままシエスタしていた・・・。

涼しい海辺のテラスを出るのは勇気がいったが、疲れもでてきたのできちんと昼寝をしておこうと、Barcelonateを後にした。宿に戻ってゆっくりしてから夕方また街をそぞろ歩くことにした。スペインには珍しいいわゆるコンビニエンスストアVipsに入ってみたり、デパートのEnglesものぞいてみたりした。

このデパートは広くて品数も多い。デパートやストアの商品を見ていると、勿論それだけでは語れないのだろうが、生活ぶりが見てとれておもしろい。コンピュータソフトの値段や並んでいる商品は日本のデパートが売っているのと殆ど同じ。コンピュータの世界は今一番国境がない分野なのかもしれない。食器売場をのぞいて見ると、見たこともない器具やファッション性豊かな道具もある。機能性をとことん追求した北米の食器売場ともひと味ことなっていて面白い。スペインの料理方法がわかると、またそれを一つのキーとしてスペインに関する知識や文化への理解度も広がるのだろう。服飾関係では靴が安い。残念ながら私はかかとの皮がすぐきれたりするので修理してもらったりすることを考慮すると、海外では買わないことにしている。(勿論、オーダーする気構えがあれば別なのだろうが。) 服は男女とも日本においてあるものよりシンプルなデザインで私の好みの品がが多かったが、これはその店のマーケット方針かもしれないので、スペインだからどうのということは言えない。けれど全体的に北米と比較しても平均的にあまり背が高くないからか、思ったよりもサイズは小さめだ。鞄は女性用は品数も多く欲しいものが沢山あったが、紳士用はありきたりなアタッシュケースが少しあるだけ。あまりそう鞄をもって歩くことがないのか。面白かったのはCDやビデオコーナー。本を売っているコーナーに比してビデオはかなり充実している。文字文化よりも映像の方が好まれる傾向は多分世界的なものなのだろうが、それにしても本とビデオが1:20くらい。この国の嗜好なのか、このデパートの指向なのか。何気なく見て歩いて何か馴染みのある絵だな、と思うと宮崎俊のスペイン語吹き替えだったりして、日本のアニメ作品は想像以上に進出していた。どう考えてもアメリカではやっているマンガの絵と日本のアニメはかなり異なり違和感を覚えない方が不思議だと思うのだが。技術的に高いのか、「うける」ストーリーというのは絵という第一印象を超えられるぐらいユニバーサルなのか。

日本と最も異なっていたのは地下の食料品フロア。まず肉がゴロゴロしている。豚の丸焼きがあったり、肉切り包丁をもったおじさんの腕と同じくらいの大きさのソーセージやハムの塊がゴロンゴロンと横たわっている。それらを注文を受けて「はいよ」と切っていく。豪快である。それから酒のコーナーも充実している。日本の小さいコンビニストアくらいのスペースをさいている。勿論、地価が安くて全体的にスペースが広ければどこの国でもそれくらいスペースを割けるのだろう。しかし、食料品フロア全体との割合からみても、その重きの置き方は並ではない。ワインだけの並び、リキュールだけの並び、ウイスキー、ビール。ワインも様々な形のボトルがあって、また国内で造っている地方を見ても北から南までそろっている。見ているだけで飽きない。この他、甘いものの品数も多い。閉店間近であまり見ている時間がなかったが、例えばアイスクリーム一つとってもそう。大きな冷凍陳列台の中に所狭しとアイスクリームが並べてあるのは驚かないが、大きなパックの品数が多いこと。試しに1つレモン・アイスクリームという箱を買ってみた。多分6個ぐらい入っているから食べきれないかもしれないと想像しながら買ったのだが、宿に帰ってあけてみると本物の大きなレモンが2つドンッと入っている。切れ目から蓋をとると中にはレモン・アイスクリームが。シャーベットではなくクリームで、酸っぱさとクリームのまろやかさが上品にマッチしてとてもおいしかった。

barcelona 歩き回って疲れてしまい、スペイン最後の夜だったが夜遊びもせずぐっすり寝てしまった。もっと観光の名所も見てまわりたかったが、学生の時と違ってすぐに出勤することを考えると無理もできない。でも旅なんていうものは、その時その時の体調や気分や興味にあわせて楽しめればいいのだろう。また必ずスペインは訪れてみたい。今度はマラガなどの南端に行ってみたい。南端からバレンシアの方へ海沿いに行くのもよし。左へまわってポルトガルに入るもよし。そのまま海を渡ってイスラム文化の原点まで訪ねていってもいい。或いは北へいってスイス・フランスとの国境沿いを見るのも興味深いかもしれない。Barcelonaの出発ロビーで外を見ながら思いを馳せていたことは、これからの帰路のことではなく、次に来る時の旅のルートだった。