A.はじめに
現在、精神病院に入院、通院している精神障害者のほとんどは、統合失調症であり*1、他の症状−アルコール依存、躁鬱病などに比して圧倒的な割合である。精神障害者とは、統合失調症に罹っている人を対象にしていると捉えることもできる。精神障害が知的障害や身体障害と大きく違う点は、医療などの治療が大きなウェートを占めている点であると思われる。また、その一方で、生活者としての障害の克服という視点で福祉としてアプローチし、ノーマライゼーションを達成するという目的もあり、この点については他の障害と共通する。また、医療の現場においてもリハビリテーションテーションを目的とした取り組み、地域精神医療や退院後の適切な医療の介入と社会資源、社会福祉制度の利用により社会復帰を目的にしたものなどが見られる。
本レポートでは、統合失調症の障害者としての特色を念頭に、医療と福祉の背景にあるリハビリテーションの意味をまとめ、統合失調症特有のアプローチを論述し、統合失調症をとりまく現在の福祉の役割、医療の役割について考察したい。

B.現在における統合失調症の診断、障害の視点について
統合失調症は、精神症状を主とする身体の症状と考えられているが、原因・成因については遺伝子、脳の部位など生物学的なアプローチが試みられているがいまだ解明されていない。また、統合失調症は生物学的脆弱性を持つだけでは発症しない。よって、何時になっても心理的精神的援助が必要となるであろうし、何よりも症状に対する専門的理解は必要になる。
診断において、現在はICD-10とDSM-4が主流となっている。これらの診断基準は、心因、内因、外因という原因論を廃し、症候学的、現象学的立場に立っている。このことは、明確な診断基準の設定を可能にし診断的判定の信頼性を向上させ、統計調査や比較研究、あるいは生物学的研究に大きく寄与した。さらにDSM-4における多軸診断(GAF)は、それぞれの症例をいくつかの軸について評定する多軸分類が適用されている*2。多軸診断により、当面するある1つの問題を評価することに気をとられていると見過ごされるかもしれないようなある種の疾患類型、環境の様相、機能の領域などにも注意が配られるというようになる。このことは、単に症例中心の診断からより一層トータルに捉えることが可能になっている。このように、医療において統合失調症に対し、詳細な症例、多角的な視点や規定が診断の範囲を狭め、より適切な診断が可能になっている。
診断、治療と共に生活者として捉えた場合、WHOは国際障害分類(ICIDH)*3の中で疾患に直接起因する「機能障害」、機能障害によって個人生活にもたらされる「能力障害」、能力障害のために社会との関係に起きる「社会的不利」を定義している。ICIDHを統合失調症に適用したとき、他の身体疾患に比べて目立って困難ないくつかの特徴がある。
また具体的な、社会生活上の問題点としては、
他にも、病態も前駆期、急性期、消耗期、回復期とサイクルがあること。また再発により機能が徐々に低下していき、回復が困難になりやすいこと。再発を繰り返すと陰性反応が増加し、陽性反応が持続するなど、病態なのか障害であるのかその区別が明確でないという特色がある。
いずれにしろ、幻覚、妄想、思考障害などの症状(機能障害)によって、生活上一般に簡単であるはずの日常生活技能に障害があるのが大きな特徴といえる。
次に、こうした統合失調症の特色を踏まえ、リハビリテーションという視点から生活者として医療と福祉について論述する。

C.リハビリテーションと医療、福祉について
精神障害者に対し、障害者という視点で取り組まれるようになったのは他の障害に比べてかなり遅かった。先に述べたWHOのICIDHの発表(1980年)から10年、「医療を必要とする病者であると同時に、生活上の困難・不自由・不利益を持つ障害者」と捉える考え方が普遍的となる。このような障害の捉え方の転換によって必然的に援助技術にも支援システムにも、そして制度上にも変革が要求されることになる。従来の医学的リハビリテーション中心の技術を越えて、心理社会的なリハビリテーション技術を生み出すことになる。
精神障害リハビリテーションは、第一に精神機能に障害を持つ人々を対象にする点において、第二にこの対象者の訓練や援助の過程で独自の技法を発展させてきたという点において、独特の領域である。しかし、様々な障害をもつ人々の社会参加や自立を目標に据えて援助を進める際に、リハビリテーションの理念や概念についていえば、身体障害など他の領域と全く異なるところはない。ノーマライゼーションなど全人的復権をめざす上位概念として捉えるべきである。
これまでの長期入院などによる施設病は、この半世紀の精神障害者リハビリテーションの主要な課題であった。また、退院から社会復帰まで、生活訓練などの枠をより広げ、様々な社会資源の活用、社会福祉、保健、教育など様々な職種との連携により、今後は、地域生活支援という枠組みの中で捉えていくことが肝要となっている。
統合失調症におけるリハビリテーションについては、基本的に次に掲げる4条件があわせて準備される必要がある。
薬物療法において最も重要なのは、患者が自分の病気の性質を理解し、再発防止に努めることを学習することである。その一つとして薬の継続服用がある。これは、心理教育並びにSSTなどを通じて、患者が自らの障害とその性質について理解し、治療スタッフすすめる治療とリハビリテーションの計画に納得することが重要である。薬の副作用*4は、薬が再発を防止し、残存する精神症状を改善するのに役立つといえ、他方ではリハビリテーション活動に阻害的に働くことが考えられる。よって、個々の患者の症状とリハビリテーション活動の実情に併せて処方が工夫されることが求められる。
生活技能訓練については、WHOの定義においては、生活障害は元々の機能・形態障害(精神症状)が長引いたため2次的に生じたものと理解されている。しかし、統合失調症の場合の生活障害は決して2次的に生じたものだけとは言えない。認知機能の発達についての素質的問題、幼少期からの不器用さ、孤立による生活体験の乏しさとともに発病後の生活のしづらさが生じているのである。そのために日常生活や対人関係上の常識や判断にも障害が生じてくる。こうした生活技能の障害には従来、経験的に看護婦による生活指導が行われてきたが、今日では障害の性質と程度をアセスメントし、目標を立て改善を図る方法が採られている。具体的にはSST*5、心理教育などによるコミュニティ訓練などの専門家によるケアマネジメントである。こうしたアプローチのいくつかは可能な限り入院段階から行われ、次第にディケア、社会復帰施設と移行するに従い重要となる。他にも、体育療法により、体を動かすこと、作業療法による創作の喜びや動機づけなどが取られている。
精神療法については、統合失調症は主に、抗精神薬による医学によって「治すこと」が図られるが本人の主体性を回復するには至らない。再発や発病の原因となるストレスは、脳にばかり及ぼすのではなく、人格構造上の脆弱性*6が存在しそのために発病によって心の挫折を起こしている。その結果、精神症状とはニュアンスを異なる退行症状が生じている。それが精神症状と一緒になって生活障害を起こしている。このパーソナリティへの影響による退行には精神療法が必要なのである。この過程は「癒すこと」と考えて良い。
家族機能については、日本において成人以降の精神障害者が、家族と一緒に住んでいる割合が欧米各国と比べて大変高い。精神障害者が家族にいるという状態は、各家族によって捉え方があるが、苦悩や否定的、敵対的になるケースも多く、そのことがかえって本人の再発や悪化を引き起こすことも多い。よって、家族の理解、支援は本人にとっての社会的不利、ストレスの防衛につながりリハビリテーションへ転帰することが可能になる。具体的には、家族会に参加し、ディケアの支援プログラムを修得する。または家族療法*7を受けるなどがある。
社会的支持については、日本においては、社会復帰などを中心に精神保健福祉の分野で精神障害者の社会的生活支援が進められている。また、障害者プランにおける整備目標の設定など、これまで立ち後れてきた精神障害者の社会復帰施設等の増大や法制化により人権の擁護、契約による支援制度への移行を通して整備されてきている。こうした、精神障害者が地域の中で生活出来るようなあらゆる支援は今後より重要な視点となる。しかしながら、いまだ、就労に関しては他の障害者に比べて低いこと。また、施策に関しては地域格差があり、精神障害者を取り巻く社会資源に開きがある。包括的な制度、社会資源の構築を望まれ*8、今後より発展する必要のある分野である。また、福祉の分野では、リハビリテーションの他に、社会的不利やスティグマへのエンパワメント、アドバカシーを含む運動を通して「生活者としての自立」を目指している視点*9が必要である。
いずれにしろ、1〜4の条件を満たすためには様々なチームワークが必要となる。医療との連携はどの段階でも必要であるが、社会的支援などは、PSWや社会福祉関係者がイニシアチブを取って行うことも必要となってくる。

D.おわりに
現在における統合失調症は、上記のようにDSM-4などによる診断基準の厳密化、GAFによる症例以外にもトータルに疾患を捉えようとする視点、リハビリテーションの解釈の拡大など、社会的に生活者としての視点が整備されてきていることが分かる。このことは、医療の視点も治療のみならず社会的に統合失調症を捉えていることを意味している。同様に、福祉も単に社会参加、社会復帰、地域支援の視点のみならず、統合失調症など精神障害者に対する特色を近接する学問とりわけ、心理学や医学から専門的な知識を持つことの認識が高まってきている。
実際に、医療と福祉は密接につながっており、通院しながら作業所に通う人や援護寮にいながら作業と治療にあたる人など多様であるが、全人的な取り組みがなされていることについては、従来に比べて多くのケースで見ることが出来る。しかしながら、触法精神障害者や統合失調症そのものに対する一般社会の偏見が依然として根強く、地域支援などが進まないなど当事者にとってどうしようもない社会的不利が他の障害に比べて多いことも確かである。いずれにしろ、リハビリテーション、ノーマライゼーションを上位概念として今後も医療と福祉の連携はより密接に結びつき、社会整備の拡充を進める必要がある。

注釈

*1:『国民衛生の動向2002』、患者数(全国推計)p.445では、分類4.精神及び行動の障害において、精神分裂病,分裂病型障害および妄想性障害は260.1千人、気分障害(躁鬱病をふくむ)64.0千人、神経症性障害及び身体表現性障害45.8千人、その他120.0千人となっている。
*2:第一軸は主症状、二軸において他の症例特に人格障害、精神遅滞などが付記される。三軸は本人の病識について、四軸においては心理社会的な環境問題を中心に記載される。五軸は、全体的評定を尺度を用いて記載する。
*3:現在は、1999年改正案が提出され2001年5月ICIDH-2最終案が採択されている。「環境」を関係図や分類リストに組み込み、各次元の項目の名称を中立的なものにし、各要素の相互関連を示している。
*4:主に、パーキンソン症状がリハビリテーション活動において最も障害になると思われる。
*5:SSTは現在様々な医療・福祉の分野で取られている技法であり、認知行動理論に基づいて対人コミュニケーションを改善する訓練を行うものである。
*6:もちろん、人格構造上の脆弱性だけでは発症するものではないが、社会環境的ストレッサーによる発病、再発のケースが多く見られる。退行症状は、心の挫折感、スティグマへのネガティブな視点、孤立、引きこもりなどであり、それに精神症状における幻聴、幻覚、妄想、興奮などが複合した状態が生活障害であると言える。
*7:家族療法に関しては、システムアプローチが中心であり、ダブルバインドなど不適切なコミュニケーションパターンを解決するために面接によってセラピストが介入を行う。いずれにしろ、家族システムの問題解決を主眼に置くことが重要であり、本人の洞察や深い目標はあまり重要視しないとされている。
*8:「精神保健福祉施策の現状と課題」(高原亮治,社会福祉研究84,鉄道弘済会)pp.34-35
*9::「自立生活支援と実践課題」(寺谷隆子,社会福祉研究84,鉄道弘済会)pp.42-43において「自立支援には地域福祉権利擁護事業における生活支援員のアウトリーチを通してアドボカシー機能が強化され、利用者の生活と人生を擁護の実践と、促進させる機構といえる」など。

参考文献
『精神医学ハンドブック』(小此木啓吾他編著,創元社,1998)
『精神障害者とこれからの社会』(新宮一成・角谷慶子編,ミネルヴァ書房,2002)
『精神保健福祉への展開』(全家連保健福祉研究所,相川書房,1993)
『精神障害リハビリテーション学』(蜂矢英彦・岡上和雄監修,金剛出版,2000)
「こころの科学90(分裂病治療の現在)」(日本評論社,2000.3)
「社会福祉研究第84号(精神障害者福祉の課題と展望)」(鉄道弘済会)など

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