修士論文中間発表
2003年10月14日
「精神障害者福祉政策再編に関する一試論」
生活保護制度と精神保健福祉制度の連関から


要旨
現在の精神障害者に関する福祉施策は、他の障害(知的障害、身体障害など)福祉施策に比べて立ち後れているといわれている。本論文において、このことについて統計資料などを中心に論述する。
また、とかく精神障害者に対するサービスが、同じ福祉分野であっても分断され、総合的に供給されていないのも現状である。本論文のテーマである福祉政策再編は、様々なサービスが精神障害者に総合的に供給されるにはどのような概念が適切であるか、さらにその概念から実際にどの様に援用するのかを論じることにある。
 具体的には、昨今、精神障害者を巡る取り組みが、いわゆる「医学モデル」から「生活モデル」への転換し、ADL中心のリハビリテーションからQOL中心のリハビリテーションへ展開しようとしていることを論述し、福祉領域における役割について考察する。こうした意味で、トータルリハビリテーションの理念が適当と思われる。 このことによって、同じ福祉分野においても、生活保護制度は実態として経済的給付のみであると認識され、精神保健福祉制度が社会復帰や地域生活支援などを行っているという通説が、トータル・リハビリテーションの概念において自立や人権の復権をめざした様々な取り組みの一部であることを明らかにする。そして、生活保護制度も経済的給付を通して自立を促しており、その役割はより積極的に捉えることが可能であることなどを論述する。
 以上により、精神障害者の福祉施策の役割を明確にし、さらに精神障害者にとってのぞましい「在り方」について考察する。

序章.問題点と研究目的及び方法
(修士論文構想)を基に推敲する。

第1章.精神障害者の実態
本論文では、実際に精神障害者はどの様に把握されているかについて、統計資料を分析し、考察する。本章では、以下のことについて明らかにする。
現在、1.について論考を進めているが、このことによって明らかになったことは、
A. 精神障害者数や入院形態による実数について調査によってばらつきがあり統一性がないことである。そのことを端的に表していることとして、同じ厚生労働省においても社会・援護局障害福祉部精神保健課によるものと公衆衛生審議会精神保健福祉部会では実数に相違が見られることである。例えば、医療保護入院に関しては、社会・援護局においては、平成12年度において105369人であり、公衆衛生における「衛生行政報告例」(平成12年度)では、47911人として挙げられている。このことについては、「ほとんどの入院形態が任意入院になっている」(厚生労働省社会・援護局〔2001.01.28〕)と言われる一方で、「医療保護と任意入院の判断基準が明確ではない」(公衆衛生審議会〔1998〕)とも言われており、実数については把握することは困難である。
 さらに、「Q市保健所概要」において、任意入院者を「在宅者」としてカウントしている統計もある。このことについてQ市保健所に尋ねてみたところ、法令上の取り扱いである措置入院、医療保護入院は組織上把握しやすいが、任意入院に関しては、個人の判断によることが大きいこと、また短期間で退院しやすいことから把握しにくいと応えた。この一例だけでも、前提から統一性が得られていないといえる。
B. 精神疾患による区分が同じ統計資料であっても流動化しており、連続性が成立しにくいことである。現在ほとんどの統計(特に精神病院患者調査)では、精神疾患の分類は、国際疾病分類(ICD-10)に準拠し項目化されてきている。具体的には、平成12年度から「Q市保健所概要」でもICD-10に倣った形で、疾患別別の障害者数が細目化されている。しかし、そのことによって統計上の不連続性を生じさせることになっている。例えば、俗に言う痴呆は、アルツハイマーと血管性痴呆が代表的であるが、平成12年度まで、アルツハイマーのみが「老年期精神障害」として分類されており、血管性痴呆は、「その他」として他の原因不明の精神病と一緒になっていた。このようなことから、精神障害として捉えられてくる範囲や枠組み「そのもの」が流動化していることが分かる。
C. やはり今だ長期的に入院している患者が多いことである。現在、精神保健福祉施策が進められてきていることから、措置入院者が減少し、平均在院期間が短くなってきたといわれている。また、「新規で入院する方については、比較的短期間で退院できるようになっている方が多い」(高原〔2002,pp.30-31〕)といった事に対し、実際には精神病院の病床数はよく言われるように著しく減少はしていない。その代わり、精神障害者として診断されている人が増えているため、相対的に減少しているように見えること。問題なのは、病床の減少よりもむしろ、長期入院している患者が相も変わらず多いことである。また、退院に関しても新規の患者が短期間で退院できるようになってきたのではなく、年次推移による入院者数と退院者数の比較から、昔からの傾向であり、重要なのは長期に入院している患者をどのくらい退院させたかということである。このことについても(長期入院者の退院率)昔から変わっていないことが統計上明らかになっている。
 今後の研究として、2.においては、「Q県(市)歳入歳出決算書」などを参照しながら、他の障害と予算面で比較を行い、「Q市障害者プラン」から障害者手帳の特典などを一覧として提示し、実際にどの様なサービスの格差があるかを提示する。さらに、全国精神障害者家族会連合会による「ぜんかれん精神保健福祉研究所モノグラフ」などの当事者へのアンケート調査を参照しながら、精神障害者が必要と思っている社会に対する要望などを提示する。また、3.では、「Q市福祉の概要」や『生活保護の動向』(平成14年度版)中央法規などから医療扶助を中心とした統計を抽出し、他の扶助、要因などと比較する。また、全国救護施設による実態調査、Q県R法人の救護施設の障害者別の年次推移などをまとめ、生活保護制度における精神障害者の実態について考察する。
なお、現在使用している主な統計資料は以下の通りである。
・社会福祉の動向編集委員会『社会福祉の動向』(2002),中央法規,2002
・「国民衛生の動向」(第49巻第9号),厚生統計協会,2002
・「国民の福祉の動向」(第49巻第12号),厚生統計協会,2002
・「障害者白書」(平成15年度版),内閣府,2003
・「厚生労働省白書」(平成15年度版),厚生労働省,2003
・「Q県障害保健福祉業務報告」(平成14年度)
・「Q県精神保健福祉センター所報(精神病院患者調査)」(年次推移を中心に)
・「Q市保健所概要」(平成15年度)
・「Q市福祉の概要」(平成15年度)
参考文献
厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部精神保健福祉課「社会保障審議会障害者部会精神障害分会(第1回)議事録」,, 2001.01.28
公衆衛生審議会精神保健福祉部会「精神保健福祉法に関する専門家委員報告」,,1998
高原亮治「精神保健福祉施策の現状と課題」『社会福祉研究』84,28-35,2002

第2章.精神障害者の定義について
本章では、精神障害者とは「何か」ということについて様々な見解があるが、以下の1〜3に絞って考察する。
 1と2はそもそも障害者とは何かという「そのもの」の規定を巡る論議であり、3は1と2を含んでいるが、逆に、精神障害者と精神病者の区別が明確に規定されていない。3については、第1章で疾患として分類された「精神医療による」統計を中心として考察されるが、第2章では、一般に漫然と精神障害者と呼ばれているが、「そもそも」精神障害とは何かということを中心に考察し、本論文における精神障害者の「対象像」を構築する事を目的とする。具体的には、
A. 障害と障害者の違いを説明する上で、国際障害分類第2版(ICF)における障害の構造を基に精神障害者の特性について明らかにする。
B. A.を基にして、どの様な状態が精神病者であり、精神障害者なのかを考察する
C. A.B.により、精神障害者施策の様々な分野・領域の役割について考察する。
現時点における論考では、Aの障害の構造を中心に考察している。WHOによる1980年度ICIDH初版では、「機能障害、能力障害、社会的不利の国際分類」から2001年度版の第2版では、「生活機能、障害、健康の国際分類」と名称が変更されている。この差異の詳細については、現在論考中であるが、ここで明らかにするのは、
a. 普段、障害者とは何かと捉える際に、疾患による分類でもって考えることが多い。そして、実際に、障害者に「なる」ということには、内部にも外部にも様々な要因が相互に働き、複雑な構造が形成されていることについての理解があまりないのが現状である。
b. 国際障害分類の変化(あるいは、上田敏が提唱しているモデル)や精神障害者特有の構造モデルを参照しながら、障害者をめぐる定義そのものが大きく変わっていることを論述し、なぜ変わる必要があったのか、そしてどの様に捉えているのかという点である。
今後の研究では、A.を受けて、Bにおいて、精神障害者特有の「障害の構造」について詳述し、さらにC.において障害の構造を前提とした様々な職種がどの様に関わるのかその視点の相違について論述する。
主要参考文献
秋元波留夫,調一興,藤井克徳『精神障害者のリハビリテーションと福祉』中央法規,1999
上田敏『リハビリテーションを考える』青木書店,1983
上田敏『リハビリテーションの思想』(第2版)医学書院,2001
蜂矢英彦・岡島和雄監修『精神障害者リハビリテーション学』金剛出版,2000

第3章.制度における理念と実際について
第2章において論述する「障害の構造」には、リハビリテーションが理念の一つとして背景にあると考える。疾患によって引き起こされる様々な障害の克服、解消はリハビリテーションがこれまで引き受けてきたし、これからもその役割は重要である。しかし、一般にはリハビリテーション=訓練といった認識が強く、リハビリテーションとは、理学療法士、作業療法士が行うものと考えられている面もある。
しかし、本来のリハビリテーションの意味合いは、様々な職種が連携し、障害の克服・解消をとおして、全人間的な復権を目指すものである。また、これまでも医療・精神保健福祉・福祉行政がそれぞれの分野で連携し、精神障害者の施策が成立してきている。そして、リハビリテーションを理念の中心として自立を目指した取り組みがなされてきた。さらに、リハビリテーションの理念は時代と共に変化し、さらにそれによって施策も変化していった。
具体的には、新障害者プランに見られるように長期入院者の解消などが実数として提示されるなど、地域を中心とした対策が強力に進められている。このことは、これまでの精神医学(精神病院)を中心とする「医学モデル」のリハビリテーションから、精神保健・福祉の充実による地域社会でのネットワークを重視する「生活モデル」へ理念上移行していることを意味する。同様に、「自立」の意味合いも、これまではリハビリテーションは主に「ADL」の自立をめざして連携が図られてきたが、今後は「QOL」の自立を目指して連携が強調されることとなる。こうしたことを念頭として、
今後の研究において
主要参考文献(モデル参照として)
白石大介『精神障害者への偏見とスティグマ』中央法規,1994
東雄司,伊畑敬介監修『みんなで進める精神障害リハビリテーション』星和書店,2002
上田敏『科学としてのリハビリテーション医学』医学書院,2001

第4章.制度の連関性について
 本章では、生活モデルを中心としたネットワークを念頭にし、実際に連携をするとしたらどの様な理念上の共通認識が必要なのか、また実際の連携の在り方についてモデルを提示する。現在このことについて、研究中であるが、「医学モデル」と「生活モデル」の制度間の連携について、以下のように考察している。
医学モデル
「医学モデルにおける連携」
医学モデルにおけるリハビリテーションの位置づけと性格については、第3章で詳述する。現段階では、矢印についての考察を行っており、現在の精神障害者福祉施策の連携を表している。詳細については研究中であるが、リハビリテーションの理念は精神医療の枠組みの中で実施され、地域精神保健福祉の活動も医療の中で完結している。そのため、精神保健福祉や生活保護などの福祉行政は矢印としてリハビリテーションの中を通過していたとしても、交わることがなく、関係性としてのみ表している。精神保健福祉は、現状では、医療法人におけるディサービス、グループホーム、援護寮などが多く、抱え込み構造の中に入り込んでいるという現状を表している。地域型の精神保健福祉としては、民間や家族会による作業所などが考えられるが、これらをどの様に理念上結びつけていけばよいのかは今後の研究課題とする。

生活モデル
「生活モデルにおける連携」
トータルリハビリテーションの理念に基づいたチームワークの在り方を示したものとして、現時点考案しているモデルである。医学モデルの矢印による連携から重なり合いながらもそれぞれの視点の相違がありながらも協同作業の中で、QOLの向上を目的とした取り組みを重視している。(のぞましいチームワークの在り方については第2章における障害の構造からそれぞれの視点の相違に基づいて論述される) 医学モデルの縮小から生活モデルの移行(あるいは地域の社会資源の充実)は昨今の精神障害者福祉の動向として妥当性はあるが、まだまだ十分ではない。また、論点として入院患者の退院促進をもって医学モデルが縮小されると短絡的に捉えられている傾向があるが、医療の役割は依然として重要である。さらに、これまでの自立とリハビリテーションの関係は、訓練→就労→自立といった一方的な面があった。しかし、トータルリハビリテーションにおいては、あらゆる意味での障害の軽減を社会・心理・医学的など様々な視点の上に立った総合的な自立と捉えることにある。今後の研究として重なり合う部分の詳述と具体的な施策の働きなどを考察する。

終章
現在研究中であるが、精神障害者とは何か、関わるとは何かといった事をまとめる。

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