A.学習障害とは何か
Learning Disabilitiesは、日本では一般に学習障害と訳されている。日本語の障害という言葉のイメージが重すぎることもあり、最近は、「学習障害」よりは頭文字をとった「LD」を使うことが多くなって来ている。
文部省協力者会議・最終報告の定義
学習障害とは、基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、 読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態を指すものである。学習障害は、その原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害や、環境的な要因が直接の原因となるものではない。
これが、1999年7月に、文部省・協力者会議(「学習障害及びこれに類似する学習上の困難を有する児童生徒の指導方法に関する調査研究協力者会議」)が「学習障害児に対する指導について」(いわゆる最終報告)の中で示した学習障害の定義であり、現在日本では唯一の公式の定義である。 つまり、知的障害には該当せず(IQ70ないし75以上)、全般的な知的面での遅れはないものの、1つないし2つ以上の特定の分野において特異な困難を持っている障害である。
この定義で取り上げている主症状は、
(1)言語能力の困難
(2)読字・書字の困難
(3)算数・計算の困難
(4)推論の困難
また、中核症状ではないとの考え方で、定義からははずれたものの、学習障害はこの他に下記の様な困難を併せ持つことが多いとされている。
(1)社会性の困難
(2)運動の困難
(3)注意集中・多動による困難
学習障害は症候群であり、個々の学習障害児・者たちが抱える困難は多様である。
例えば、聞いて理解することはできるのに、教科書や黒板の字を読んで理解することが困難な読字障害。コミュニケーションや集団行動がうまく取れない社会性の困難などがある。 学習障害は中枢神経に何らかの機能障害があると推定されているが、現在の医学でははっきりと解明できておらず、また一部の症状を除いて有効な医学的治療法はない。
学習障害は、教育的概念用語として定着しつつあるが、決して学齢期だけの問題ではない。一生涯何らかの困難を伴うものとされている。
B.学習障害の原因
- 学習障害の直接の原因は、個人に内在するものであり、中枢神経系の何らかの機能障害によるものと推定される。つまり、様々な感覚器官を通して入ってくる情報を受け止め、整理し、関係づけ、表出する過程のいずれかに十分機能しないところがあるものと考えられる。しかし、中枢神経系のどの部分にどのような機能障害があるかについては、まだ医学的に十分には明らかにされていない状況にある。
- 学習障害は、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの他の障害、あるいは児童生徒の生育の過程や現在の環境における様々な困難といった外的・環境的な要因による学習上の困難とは異なる。また、ある教科に対する学習意欲の欠如や好き嫌いによるものでもない。
- 言語障害については、器質的又は機能的な構音障害や吃音等の話し言葉のリズムの障害そのものは、学習障害の直接の原因となるものではないが、話す、聞く等言語機能の基礎的能力に発達の遅れがあるという状態については、学習障害でも同様に見られることがあることに留意する必要がある。
感覚統合と言語障害について
学習障害での主な障害の一つに感覚統合が十分に機能しないということがあげられる。この感覚統合とは、感覚入力をうまく利用するために組織化、まとめる過程である。うまく利用するということは、自分の身体やその周りの環境を感じ取ることであったり、適応反応であったり、学習過程であったり、あるいはいくつかの神経機能の発達ということであると思われる。感覚統合を通して、人が周りの環境と効果的な相互関係がとれ、適切で満足な経験ができるように、神経系のシステムのいろいろな部分が一緒に協力して働くようになる。
例えば、「りんご」という物体を見ている人を挙げると、りんごからは甘いにおいがしたり、赤い色だったり、つるつるしていたり、といういろいろな感覚刺激(入力)が出ている。それらは脳の中にはいって,過去に「りんご」という言葉を知ったこととか、食べた経験など一緒になる。そして、出てくるのが「りんご」という言葉や食べるという運動ということになる。
「感覚統合に問題がある」とは、入力は一般的には誰でも同じあるが、出力が一般と違う、または、ことばや運動がおかしい場合を指す。(一次性感覚統合障害)
機能の障害においては、例えば、目が見えない、耳が聞こえない、また脳性麻痺のように身体に麻痺がある場合は入力の時点で、他とは異なっている。ということは、出力がおかしくても仕方がない。(二次性感覚統合障害)
つまり、二次性感覚統合障害は、機能が悪いために二次的に感覚統合の障害を起こしている。しかし、一次性感覚統合障害は、どこが悪いのかわからないとされる。
言語習得に関しては、特に一連の感覚統合を必要としている。過程として以下の1〜4を踏むとされる。
- 書かれている文字の形を視覚的に認知、弁別する力が必要であり、その形と聴覚的に認知、弁別した音(読み方)とを結びつけ、その事を記憶し、必要に応じて想起する。
- 文字のつながりの視覚、聴覚認知をする。字の並びを追いかける(走査)
- まとまりと認識した単語への意味づけを行う。
- 意味づけした単語のつながりを文として理解をする。
- 文のつながりの理解と記憶の力が必要な文章理解をする。
学習障害においては読みのおくれは、ひらがなの覚えが遅く、一字一字の拾い読みや間違い・省略などが多いなどから気づかれる。書き方のおくれなどでは、ひらがなを裏返しに書き(いわゆる鏡像文字)、漢字の書き方をいつまでも間違って、なかなか覚えられないなどが顕著である。このことは、視覚的にも聴覚的にも文字や意味を結びつけ認識することが困難であることが推測される。
C.学習障害の問題点について
- 学習障害における、このような学習の遅れが十分に理解されず、両親や教師の叱責、友達のからかいやいじめの的になりやすいため、子どもがますます学習の意欲を無くし、あるいは無用の劣等感に苦しみ、時には不登校や暴力行為などを起こすことがある。
- これらの子どもには、しばしば同時に、多動や注意集中困難、衝動的言語などが見られる。それには学習障害を起こす脳の機能障害が同時にこれらの障害を伴うこともあり、学習場面での失敗による叱責や自信喪失、いらだちなどのため、感情が不安定になって、同じような状態を起こしている場合もある。
- 上述のとおり、一次性感覚統合障害であるということや医学的にも明確な原因が分からない点に問題があると思われる。また、これまで、さまざまな発達障害と一緒にカテゴライズされ、注意欠陥や多動など二次性の症状や不適応を起こしているケースもあり、分かりにくくさせているのも大きい原因となっている。
D.学習障害への取り組みについて
学習障害児の多くは通常の学級に在籍していることが多い。これらの児童生徒に対する指導は、具体的には次のような方法が考えられるが、学習障害児の指導を担任のみに委ねるのではなく、学校全体で取り組むことが重要である。
- 担任が配慮して指導 学習上の困難が軽度な者については、通常の授業の中で担任が配慮して指導することが適当であることから、基本的には、全ての教員がこうした児童生徒の特徴を理解し、その指導方法を実践できるようにすることが求められる。
- 平成5年から、基礎・基本の徹底と個に応じた多様な教育が展開できるよう、複数の教員が協力して小人数による指導や個別指導を行う、いわゆるティームティーチング等を実施するための教職員の配置が図られ効果を上げている。
- 教材の種類とその示し方、板書の仕方、ノートの取り方の指導などの工夫が大切であること。
- 読み書き計算と強い関係のある、文字、記号、図形の認知等に配慮した指導や手指の巧緻性を高める指導も有用であること。
- 「書くこと」や「計算すること」が特別に困難な場合には、ワープロやコンピュータあるいは電卓など本人が取り組みやすい機器等の併用が効果的であることが報告されている。
従来の特殊教育においては、障害の種類や程度に応じた固有な指導内容・方法、あるいは指導形態があるが、学習障害児については、困難のある特定の能力の種類により指導方法等が異なることもあり、学習障害児に共通した一般的な指導方法は現時点では確立されていない。
さらに、同一の能力に困難を有していても、個々の学習障害児に生じている学習上のつまずきや困難などは様々であり、これらを改善するためには、個々の実態に応じた指導を行うことが必要である。その際、個々の児童生徒の認知能力の特性に着目した指導内容・方法を工夫することが有効である。
この障害は学習の“発達性"障害であって、遅れながらも徐々に獲得していくことが知られている。その回復の援助をすることが、関係者の任務である。もし可能なら普通学級で、不得手な課題について時間をかけてゆっくり学習するとともに、人間関係の持ち方を身につけていくことが望まれる。
参考文献
『メンタルケース・ハンドブック』(菱山珠夫監修他、中央法規出版、1994)
『精神医療ハンドブック』(小此木啓吾他、創元社、1998)
「通常学級における学習障害児への教育的対応」(阿部芳久、東北福祉大学研究紀要第23巻)など
参考にしたサイト
日本LD(学習障害)学会 Japanese
LD STATION
LD関連学術団体