第1章 福祉労働者の現状

はじめに
 福祉業界は安い・きつい・汚いというイメージがある一方で、福祉の心でもってやりがいが強調される。では、実際の福祉労働環境はどのような状況なのか、調査論文を元に概説する。
なお、参考にした調査研究は年度にばらつきがある。また、あまり多く調査されていない。その中でも、できるだけ最新のものを参考にしながら論じていく。

第1節.労働賃金の現状
第1項 労働賃金の実際
 福祉業界の労働賃金は安いのは通説である。では、どのくらい安いのか。
桑本(2000,P.28)の調査1によると、「大学卒の男子では、年齢が55才から59才の職員は民間平均水準よりも月額で26万円も下回り、最も数の多い短大卒の女子でも20才から24才時の4,900円の格差が、50才から54才になると3万4700円に拡大する。中略。例えば島根にある特別養護老人ホームの職員は、勤続11年で手取り17万円という水準であり、埼玉でも平均年齢36才で20万円弱」というすさまじい低賃金実態である。
 小松(1998)の調査2では、福祉施設従事者の職種では施設長がもっとも給与額が多く、給与合計は「35〜40万円未満」層に多い。一方、ワーカー、パート・臨時・嘱託は「10〜13万円未満」層(31%)が多いといった結果がある。パート・嘱託職員の給与の低さもさることながら、何十年と勤め、一施設の運営の責任と理念遂行を行うトップの報酬が40万以下である。それはつまり、どんなに働いても40万円くらいが上限であることを指している。この額は決して高いとは言えない。

第2項 福祉俸給表について
 福祉業界には、99年人事院勧告で新設された福祉職俸給表3がある。この俸給表は福祉業界の全体的な賃金の底上げを意図したものである。しかし、その水準は、看護師に適用されている医療職3と比べて初任給で一万円も低く、さらに経験を積むに従って格差が広がる。社会福祉士や保育士、介護福祉士など資格における専門性を踏まえた水準とは言い難い。
 とはいえ、福祉職俸給表はある意味、職員の身分の安定を与えてきた。特に措置費が運用されていたときには過半数の社会福祉施設が準じていた4。それは、「公的福祉の具現者として、福祉を増進する責任を負う地方自治体のパートナーとして認知され、国=措置費の体系の中に明確に位置づけられていた」(廣末〔2002,P.138〕)といえる。
 しかしながら、この福祉職俸給表を導入している施設は公立に多く、民間は少ない5。そして民間施設にとって福祉職俸給表は給与の上限モデルとして捉えられている。さらに昨今では、この福祉職俸給表から離脱し、職能給や人事考課制度によって格差をつける傾向が強まっている。その上、介護保険施行後の介護職やヘルパーの賃金は、非雇用者への再就職〜リストラによって低下している6

第3項 まとめ
 福祉業界は、決して給料が安くないと言う言説がある(久保〔2004〕)が、調査研究から浮かび上がるのは低賃金の実態ばかりである。また、賃金の調査研究は、特に厚生労働省管轄のものは、特集として一回きりであり、その後は行われていない。昨今の労働者の流動化に伴って、現在さらに福祉労働者の賃金の状況は悪化傾向にあり、歯止めがかかっていない状態である。

第2節.雇用の現状
はじめに
 次に、福祉労働者の雇用の現状について述べていく。雇用形態について述べる場合、正採用が難しくなっていることと、離職率の高さが問題になっている。この現状について論じていく。

第1項 非正規職員の増大
 福祉職は、安定的でリストラの心配がないといわれる。しかし、就職活動をする中で、なかなか正規採用されず、臨時・嘱託・パートなど非正規でしか就職ができない現実を味わう人が多くいる。福祉系の大卒者もその例外ではない。さらに、非正規採用者はいくら経験を積み、資格を取っても、正職員になれる保障はない。つまり、正職員になることが不可能なフリーター7就職が増大している。
 吉岡(2003,P.23)は非正規職員の声を拾っている。

「同じ仕事、同じ責任であっても正職員より低い賃金でやってられない」
「特に一時金が支給される時は辛い」
「いつになったら正職員になれるのか展望がない」
「正職員でも低賃金なのに、それ以上に低い賃金では生活ができない」と退職する職員も後を絶たない。
 中には、「施設の中心的な仕事をするのは正職員で、介護職などは「常勤的非常勤」でいい」と明言する施設長もいる」と。
 では、どの程度非正規職員が存在するのか。垣内(2002)の調査結果から簡単に紹介する。
 あるいは、林(2003,P.11)は、民間社会福祉施設は「非正規職員の割合が26.1%」である(「平成13年度民間社会福祉施設の人事・労務管理の実態調査」)と明らかにする。「平成元年の同調査」では、非正規職員の割合がわずか8.5%であったことから、いかに増えたかが伺える。ちなみに、一般産業界の非正規従業員の比率は平成10年で27.5%であった。

第2項 離職率の高さ
 社会福祉施設の職員は離職率が高く、再び垣内(2002)の調査結果を示せば、
 単純に考えて、民営の福祉職場では5年ないし6年で全労働者が入れ替わる計算になる。ちなみに、厚生労働省「賃金構造基礎統計調査」における全産業の平均勤続年数は1999年で11.8年、男子では13.2年、女子で8.5年である。
 さらに民間施設の年齢構成では、29歳以下が44%である。その他、30代、40代は20%前後。50歳以上は15%である(「平成9年社会福祉施設等調査報告」)。このことは、いかに若年層が多いかが分かる。

第3項 まとめ
 第1項と第2項を総合して考察すると、林の調査から平成元年の時点で8.5%しか非正規職員がいなかった。よって施設勤務の年齢構成から、30代以降は正職員が多いことが予想される。そのため、東京人材センターや民間保育園の調査からだいたい3人に一人が非正規職員であると割合が出ているが、実際は多くの若者(20代)が非正規であることが推測される。
 勤続年数との関わりで見ると、非正規雇用の若者は5年たっても雇用に変化が無く(正採用にならず)、やめていくことことが推測される。このように離職率の高さは社会福祉現場に何ら展望を持ち得ないという若者の失望が見え隠れする。

第3節.労働時間・環境の現状
はじめに
 福祉の仕事は大変だ。あるいはきついというイメージがある。過重労働の原因は、不安定雇用の増加により、正社員の仕事量が増えたからと考える言説もある。ところで、福祉労働の過密さや労働時間に関する調査はほとんどない。労働時間に関しては、事業主が書かれているため、その実態は明らかにできない9。よって、筆者の体験も交えて福祉施設の労働環境とその問題点を整理し考察を加える。

第1項 役割の不明確さ
 1に関して、施設は利用者の生活過程へチームワークとして働きかける「非常に総合化された労働過程」中井(1998,P.262)である。個々人が施設のメニューに沿って動き、お互いにフォローし合う。やるべきことをみんなで行うという暗黙の了解や規則がある。しかし、誰がどの程度やるのかまでは決められていない。そのため新人の正職員とベテランの臨時職員ではその力量において立場が逆転することがままある。やるべきことを明確に把握し、個別性に働きかけるには、業務への慣れと経験がものをいうことが多いからである。
 また、資格取得とか大卒は正採用の理由に必ずしもならない。その一方で、縁故や施設長に気に入られてなどの理由で正採用になるケースもある。
 その結果、この役割の不明確さや採用の基準のなさは臨時職員にとって不満となる。同じことをしているのに。正職員は仕事をまともにこなせていないにこの差はなんだ。雇用保険や健康保険の加入もされず、賞与の額は歴然とする。何をどう頑張ったらよいのだと。

第2項 変則勤務について
 2に関しては、「入所型の施設では、一週七日、一日二四時間、福祉サービスを常時提供する必要があることから交替制は不可欠」(林〔2003,P.12〕)である。さらに林(2003)は特別養護老人ホームの全職員の88%は交替制に従事。平均一ヶ月に4.1日の夜勤を行っていることを明らかにしている。
 変形労働時間制導入の理由は通常8時間を超える入所型施設が割増料金の支払いを回避すること。一般企業に比べて遅れている週休二日制の拡充を図るためである。端的に「労務コストの抑制のため」(林〔2003,P.12〕)にある。
 筆者の勤める知的障害児施設でも24時間体制である。入所者のライフスタイルに合わせて労働を集約させる。食事時間や就寝時間、入浴時間、登校時間にあわせ早番や遅番が(月4〜5回)当てられる。宿直は原則一週間で一回(月4〜5回)である。その他、研修・週休などを含めると、平常勤務はほとんどなくなる。さらに365日利用者がいるので、お盆や正月も交代で宿直をするためまとまった休みは取れない。ちなみに、有給休暇の取得率は、「公私ともに3割に満たない」(垣内〔2002,P.228〕)と言われ、勤務上、平常勤務の少なさや万年人手不足から休暇が取りづらい状況にある。

第3項 配置基準について
3と1は関連するが、変形労働時間は人手不足を生み出す。それは人員配置基準が大きな原因である。筆者の勤める施設を例に述べると、知的障害児施設の人員配置基準は児童3人に対し、職員1人である。定員は60名であるから現業は20人である。しかし、施設長補佐や係長、看護師を入れての計算である11
 宿直は3人体制であり、20:30まで遅番2名の計5名で60人の利用者を相手にするので、単純に考えて配置は12対1の割合となる。その間に、入浴、夕食、就床の介助を行う。宿直者は22時から次の日の6時まで労働時間としてカウントされていない。しかし、その間にケース記録や行事企画などの書類作成をすることが多い。あるいは病気の利用者がいる場合は、22時以降でも定期的に熱を測り、水分補給をし、必要な処置をするなど22時では就寝できない。
 平常勤務時間でも人手不足はおこる。特に午前中は「宿直の入り」、「遅番」は出勤しておらず、週休の消化や有給休暇、振替休日(土日の宿直/遅番など)が重なって出勤した現場職員が3人しかいない事態が度々起こる。そのため、しばしば宿直明けの職員がそのまま残って仕事をしていく。宿直の入りは11:30からであり、次の日の12:00まで残るとすれば、丸25時間施設に拘束されていることになる。
 こうした勤務形態と配置基準では、時間内で多様な個々に応じたサービスを提供はできない。結果として内容を単純化し、最低限行う業務を優先させ、流れ作業で管理的に行われる12しかない。ちなみに、この配置基準の低さが利用者への虐待を誘発しているとも言われる13
 このような管理的で画一的な業務しかできない現場にあって、新人や施設勤務を志す学生は、閉鎖性と専門性の不在を目の当たりにする。福祉の現場はつまらないものに映る。だからこそ、変えていきたいと思うものの、勤務状況や配置基準などどうしようもない部分でいつしかやる気を失っていく。

第4節 考察
 他の仕事に比べて、ノルマがないとか、競争原理がないからぬるま湯である(久田〔2004〕)と福祉職に対する厳しい意見がある。あるいは、国の公金で行われているのだから文句は言えないとまで言われることがある。しかし、本来福祉は人にとって必要なものであるといわれながら、この離職率の高さはどうだろうか。この労働の空洞化は他の産業に比べて急速に進んでいると言えないだろうか。かくして、福祉労働は、安い・きついという実態が浮かび上がる。
 次章では、福祉労働の特質や構造について更に踏み込んで論じていく。


1民間平均賃金とは、労働省「賃金構造基本統計調査結果」から学歴、性、年齢階級を抽出し、比較している。しかしこの調査は1998年ものであり、現在の福祉労働の流動化により、さらに悪化していることは推して測るべし。
2この他、女性と男性の給与の格差、勤続年数別、職種のクロス分析など多岐に渡る。特に、女性と男性の格差ははっきりとしている。
3 桑本(2000,P.34)参照。福祉職俸給表は、行政職1表を土台に6級の簡素な構成にまとめられている。しかしながら、行政職1表では、勤続15年頃から格差がつきはじめ、勤続35年頃には、月額で10万円の格差が出る。
4林(2003,P.13)参照。なお、出典は全国社会福祉施設経営者協議会編「全国経営者協議会法人基礎調査」平成元年による。なお、平成13年では31%に減少している。
5桑本((2000,P.30)では、人事院総裁の中島忠能の言葉を引き合いに出し、「民間においては、原則として措置費の範囲内で給与を支給せざるを得ないからであり、その措置費における人件費算定の基準が、人数の面のおいても単価の面においても、個々の福祉施設の実態にあっていない」としている。措置費ですらこのような状況であるなら、昨今の利潤を生み出すために人員の削減やパート化の状況にあってはより悪化していると見るべきである。
6 ヘルパーの労働条件・環境の劣悪さについては、吉田(2001)や松川(2005) を参照。垣内(2002,P.236)によると「時間給の多い登録ヘルパーでは、一日あたり勤労時間が2〜3時間のものが75%、4〜5時間の者が19.8%であり、その時間給をもっとも分布の多い「1000円台」とすると、実質月額賃金は4万から10万円にしかならない。また、通勤費や移動中、待機中などの賃金は支払われない者も多い」と。渋谷(2003,P.27)ではヘルパーの体験談があり「市役所の福祉担当職員の中に、労働条件のことを言うと、登録ヘルパーに対し「おまえらはボランティアなんだ」とか「いつ辞めたっていい」等という人がいる」などその地位の低さは目を覆うばかりである。
7森岡(2005,P.125)ではフリーターの定義について「通常は若年のパート、アルバイト、派遣などをさす。しかし年齢を問わず非正規雇用者を広くフリーターと呼ぶならば、日本はすでに立派(?)な「フリーター社会」である」と。また雇用形態に関しては、長期蓄積能力活用型グループ(正社員)、高度専門能力活用型グループ(有期雇用の低年俸契約社員)、雇用柔軟型グループ(パート・アルバイト・派遣)に分類している。嘱託職員はまさに高度専門能力活用型グループとして位置づけられている。
8施設職員の平均勤続年数は平成9年「社会福祉施設等調査報告」で「特集」として調査されたものであり、継続的に行われたものではない。ちなみに、賃金の状況については平成10年の「賃金・労働・時間・制度 福祉施設・制度の実態〜平成10年度賃金・労働時間・制度総合調査結果の概要」労働省統計月報,51(11)(610),1999が最後であった。
9 垣内(2002,P.221)で、コムスンの労働上の劣悪さを紹介している。「…月に330時間とか350時間以上働く社員も大勢いましたが、規定通り「177時間」あるいは「177」と書けと会社側から指示されていたくらいです。…」と。
10 筆者の勤める施設でも、臨時や嘱託であっても2,3人ケース担当をし、様々な施設内の係〜行事企画、実習受け入れ、日用品の管理など任されている。セクションによっては、正職員と同じだけのケースを受け持っている人もいる。さらに、ケースカンファレンスの資料作成なども行っている。
11 2006年4月から障害者自立支援法が施行され、配置基準の縛りは無くなった。しかし、現行の運営に基づいて財源が組まれており、その状況は変わらない。
12 中井(1998)では養護施設を例にして、以下に配置基準が画一的なサービスを提供しているのかを具体的に紹介している。あるいは、廣末(2003,PP120-124)では、介護保険導入前の勤務形態について述べている。ちなみに、介護保険が施行されて改善されたと言うことではない。
13 李(2002)参照。配置基準が1975年から変わっていないこと。むしろ、パート職員による配置転換によって悪化していること。労働法が改正され、労働時間が短縮されたものの、施設利用者の高齢化、重度・重症化の問題が深刻になったこと。これらが労働の過密化を生みだし、排泄、入浴、食事の保障のみが精一杯となり、そして出来るだけ短い時間で一定の達成が目的となる。それは、職員の余裕を奪い、利用者に対し、人間らしく接することを困難にさせながら、本来護るべき利用者の人権を侵害し生活を脅かしていることを述べている。

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